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被告第8準備書面

 被告は、本準備書面において、2004年1月13日付け訂正書による訂正後の原告の2003年12月5日付け第14準備書面(以下「原告第14準備書面」という。)、原告の2003年12月5日付け第17準備書面(以下「原告第17準備書面」という。)に対して、必要と認める範囲で反論することとする。
 なお、略称等は従前の例による。

第1 原告第14準備書面について

1 はじめに
 被告は、既に被告第1準備書面(7ないし9、14ないし17ぺ一ジ)において、水俣病の診断方法、52年判断条件の正当性について詳しく主張し、他方、原告の主張する日本精神神経学会の見解についても、既に被告第2準備書面(32ぺ一ジ)、被告第3準備書面(10ないし15ぺ一ジ)などで適宜反諭してきたものである。
 これに対して、原告は、原告第14準備書面において、被告の主張を誤解ないし曲解し、あるいは不正確に引用した上で原告独自の主張を展開している。しかし、被告の主張を正解すれば、これは、いずれも理由がないことは明らかであって、被告としてはあえて反論する必要牲は乏しいが、52年判断条件の正当性等を判断するに当たって、裁判所に大きな誤解を与えかねない内容を含むものであるため、念のため、以下のとおり指摘しておく。

2 医学専門家会議に関する原告の主張にっいて
(1) 医学専門家会議の委員について
 まず、原告は、医学専門家会議の「『専門家』の中身を具体的に点検すべきである。ところで日本神経学会は、専門医試験を昭和50年から開始している。ところが、この8人の専門家の中に専門医試験の合格者はいない。〔中路〕彼らのうち、死亡した椿忠雄と受験資格がないと思われる三嶋功を除いた6人は、平成元年に無試験で専門医の資格を取得している。つまり彼ら6人は何らかの都合で合格できなかった面々である。彼らは専門であると自称しながら、神経学ですらこの技能資格である。」と述べ、医学専門家会議の6名の専門性について疑問がある旨主張する(原告第14準備書面7、8ぺ一ジ)。
 しかし、一般に、学会で専門医制度を設けて試験を行うこととなった場合、当該試験の試験官として学会内で専門医試験を実施し合否を決定する側となるような学会内の主だった構成員に対しては無試験で専門医資格を付与することが行われるのが通例である。日本神経学会においても、専門医制度を設けて試験を行うこととなった際に他の多くの学会の専門医制度と同様、学会の主要構成員に専門家資格を付与したものであって、6名の専門家が「何らかの都合で合格できなかった面々である」との原告の主張は全くの誤りである。現に、医学専門家会議の委員(原告の指摘する6名)は、認定委員(5名。そのうち3名は認定委員長にもなっている。)ないし試験問題の作成者(1名)であって、日本神経学会の重鎮ともいうべき専門家であるということができる。
 これら6名が無試験で合格していることまで知っている原告が、これら6名は認定委員や試験問題の作成者を務める程の日本神経学会の重鎮であることを知らないとは考え難い。

(2) 医学専門家会議の意見について
 原告は、「『医学専門家会議の意見』の内容もまた貧弱である。わずか1400字に満たないこの文章に、根拠となる参考文献、データ、分析は全く掲載されていない。これは普通、『専門家』の意見とは言わない。」と述べる(原告第14準備書面8ぺ一ジ)。
 しかし、「医学専門家会議の意見」(乙第14号証)は、昭和60年当時における水俣病の病態及び昭和52年判断条件が医学的に見て妥当なものであるかどうかについて、環境庁の諮問を受けて提出されたものであり、学術論文の体裁である必要はなく、参考文献も要求されていない。
 したがって、学術論文の体裁を取っていないから専門家の意見となり得ないという原告の指摘が失当であることは明らかである。

(3) 原告が主張する医学専門家会議の参考文献について
 原告は、「昭和52年判断条件が正しいと結論づけた、昭和60年医学専門家会議の参考文献が、いわゆる水俣病関西訴訟控訴審で、環境庁企画調整局長(岡田康彦)から大阪高等裁判所第三民事部裁判長裁判官(岨野悌介)に宛てられた、1998年3月19日付『調査嘱託について』(環保企第87号)と題する文書に示されている。しかしこの専門家会議の参考文献には、昭和52年判断条件を正しいと結論づける根拠論文は全くない。」と述べる(原告第14準備書面8ぺ一ジ)。
 しかし、原告が指摘する上記参考文献は、単に専門家会議で使用した資料にすぎず、専門家会議が自己の意見の根拠とした参考文献ではない。原告の主張は、その前提を誤っており失当である。

3 原告のいう「中公審議事録」に関する主張ついて
 原告が「中公審議事録」と称するものは、平成3年中央公害対策審議会環境保健部会水俣病専門委員会において、当時の環境庁担当者が備忘のために作成した議事速記録にすぎず、委員会に対して記録をとることについての了解を得ておらず、また、発言した委員に対してその発言容の正確性等の確認を得ていなかったものである。このように、原告が「中公審議事録」と称するものは正式な議事録ではないし、発言した委員の意図するところが正確に記録されているかどうかも不明である。したがって、これが正式な議事録であるかのように引用した、日本精神神経学会・研究と人権問題委員会による「水俣病問題における認定制度と医学専門家の関わりに関する見解」は、検討に値しない。
 これに加えて、原告の準備書面における引用は、全体の文脈を無視し、自己に都合のよい断片のみを抽出したものである点を看過することができない。例えば、原告の引用によれば、52年判断条件は医学的な根拠に基づかない判断基準であるかのような印象を与えかねないところ、「第6回議事録」(正式の議事録ではないことは上記のとおりである。)の内容として引用する「水俣病に関して純医学的な面から医学者の方がつくられた診断基準というものがない」との発言の記録のわずか2行前には、「52年の判断条件が医学的に見ても適切な基準ではないかと考えておりまして」という発言が記録されているのである。これをみても、原告の準傭書面における引用が、全体の文脈を無視し、自己に都合の良い断片のみを抽出したもので、失当であることは明らかである。

4 疫学に関する原告の主張について
(1) 疫学については、既に被告第3準備書面(10ないし15ぺ一ジ)で詳細に主張したとおりであるが、原告がこれを正解していないため、念のため以下の点を指摘しておく。

(2) 疫学研究とは、特定の集団の傾向を全体的に把握するものであり、個別の臨床現場において、診断に代え、疫学研究の結果をそのまま適用することができない。このことは、医学的に自明のことである。
 水俣病についていうと、仮に「疾患」を四肢末梢に優位な感覚障害、「病因」をメチル水銀の曝露の事実と考えても、このような感覚障害は何も水俣病のみに特有な症状ではなく、メチル水銀の曝露以外にも多くの原因によって生じ得るありふれた症状であるから、これだけで水俣病であると認めることはできない。当該個人にメチル水銀の曝露の事実があれば、水俣病の主要症侯が一つしか認められなくても水俣病と判断するという発想は、水俣病の主要症侯が個々的には極めて非特異的なものであって、他疾患との鑑別が必要であることからして、もはや疫学の限界を超えているというほかない。

(3) これに対して、原告は「被告のこの思いつきの反論の中で、『多くの原因によって生じる』という理由が意味がないことはすでに説明した。即ち、これは疫学で扱う『交絡要因』の問題であり、疫学はこれを分析して整理する方法を十分に有している。被告は『非特異的』という言葉を挙げれば、何でも診断・認定は不可能にもってゆけると思っているが如く思える。」と述べる(原告第14準備書面14ぺ一ジ)。
 しかし、上記のとおり、四肢末梢優位の感覚障害は何も水俣病についてのみ特有な症状ではなく、ビタミン欠乏、代謝障害、糖尿病など多くの原因によって生じ得る症状であるから、鑑別診断によって同一の症状を来す他疾患を除外することができなければ、その症状だけをもって水俣病であると認めることは到底できない。
 したがって、四肢末梢優位の感覚障害を来す「病因」について、「『多くの原因によって生じる』という理由が意味がないことはすでに説明した」という原告の指摘は、根拠がない。

5 「日本精神神経学会・研究と人権間題委員会」に関する原告の主張について

 原告は、「日本精神神経学会・研究と人権問題委員会」の見解が学会の総意であるかのように何度も述べるが、同見解は、飽くまで学会内に設けられた学会員有志により構成される一委員会の見解にすぎない。すなわち、これは、単なる任意の委員会の決定事項として理事会に報告したものにすぎないから、同見解が学会の総意を反映しているものとはいえないし、日本神経学会の重鎮ともいうべき委員による医学専門家会議の意見とは、自ずと価値が異なるというべきである。

第2 原告第17準備書面について

1 Tの毛髪水銀値に関する原告の主張について
(1) はじめに
 被告は、甲第38号証(平成15年2月7日付け分析結果報告書)の水銀値がTの体内に蓄積されたメチル水銀の量を正確に示すものであるといえるかについて間題点を指摘するとともに、仮にこれを肯定でき、Tの毛髪水銀値が本件申請者のメチル水銀曝露状況を推認させるとの原告の論法に従ったとすれば、かえって、本件申請者は水俣病の発症閾値を下回るメチル水銀しか摂取していなかったことが推認されることを明らかにした(被告第3準備書面3ないし6ぺ一ジ)。
 これに対し、原告は、原告第17準備書面においてるる反論するが、以下に述べるとおり、いずれも失当である。

(2) 計測対象(総水銀値とメチル水銀値)について
 原告は、「被告は水銀被曝状況を確定するためには、『総水銀値』ではなく、純粋に『メチル水銀値』でなければならない、かのごとく反論する。しかし被告側が過去になした水俣事件の調査や、被告が提出している乙各号証の計測対象・分析値は、全て『総水銀』である。」とか、「被告側も、特段の事情がない限り、住民の毛髪水銀値の高低は、毛髪メチル水銀値の高低とパラレルであり、被曝自体の調査には総水銀値で充分であることを認めていた」などと述べる(原告第17準備書面2から3ぺ一ジ)。
 しかし、水俣病がメチル水銀により引き起こされる疾病である以上、メチル水銀への曝露状況が間題であることは自明である。また、被告が、第3準備書面(4、5ぺ一ジ)において指摘したのは、今目においてはメチル水銀値の測定はかなり普及しており、原告が測定を依頼した環境監視研究所は、メチル水銀を測定できる機械であるガスクロマトグラフECD(エレクトロンキャプテャディクター)を所有しているから、Tのメチル水銀曝露歴を立証しようとするのであれば、メチル水銀値を測定するのが自然かつ合理的であるのに、甲第38号証には、メチル水銀値の測定結果が記載されておらず不自然であるということである。
 徴量のメチル水銀の定量分析が可能になったのは昭和40年代初めのことであり(もっとも、毛髪のような少量の生体試料を定量分析できるほど精度の高いガスクロマトグラフ法が普及したのは昭和49年ころのことであった。乙第102号証)、原告が指摘する乙第91号証(表17)の測定値は、これに先立つ昭和37年当時のものである。すなわち、当時は総水銀しか測定できなかったためにやむをえず総水銀を計測していたのであって、被告が「被曝自体の調査には総水銀値で充分であることを認めていた」などということでは全くない。
 また、甲第38号証の水銀値は、毛髪水銀値の測定のために検体として毛髪を採取し、すぐに測定をしたものではなく、胎毛筆作成のために採取し、様々な人の手を経て胎毛筆が作成されてから40年が経過した後に測定がされたものであるから、毛髪メチル水銀値の高低とパラレルであるとは限らない。

(3) 毛髪採取時期及び空気中の水銀について
 原告は、「水銀はタンパク質や無機物に『付着』することはあるが、常温で組織タンパクと化学反応を起こし『結合』することはあり得ない。そもそも化学物質一般の挙動は、光・熱・酸素・触媒等の特別な反応力を加えなければ、濃度が高い方から低い方へと一方的に移行するのが自然界の法則であり、その逆はない。従って、このような空気中の水銀が、生後100日の乳幼児の毛髪に移行また蓄積して、16.1ppmもの高濃度を顕現させることは、あり得ない。」などと述べる(原告第17準備書面3から4ぺ一ジ)。
 被告は、甲第38号証の水銀値がTの体内から排出されたメチル水銀の量を正確に示すものであるといえるかという問題点を指摘しているのであって、外部の水銀が「附着」したか「吸着」したか「結合」したかを問うているものでないし、現在でも体温計や朱肉といった、水銀が含まれる身近な日用品があるほか、水銀が含まれる農薬(昭和48年度まで)、医薬品(昭和40年代半ばまで)も少なくなかった(乙第71号証33ぺ一ジ)ことから、例えば、水銀体温計を誤って折ってしまったり、農薬の容器の蓋を開けておいたりしたため中身が揮発することにより、空気中に水銀が揮発することは考えられることを前提として主張しているものである。
 なお、水銀が常温で組織タンパクと化学反応を起こし『結合』することはあり得ない。」という原告の主張は誤りである。確かに、空気中に含まれる水銀がO価である金属水銀の場合は、それが毛髪に付くとしても、附着や吸着の形態をとる。しかし、空気中の水銀が無機水銀や有機水銀であれば、毛髪と結合しうる(もちろん、附着、吸着の場合もありうる。)。そして、前述した朱肉や農薬のほか、消毒に用いる昇汞や避妊薬・整髪剤等から、無機水銀等が揮発して、室内の空気中に多く含まれることは考えられることである。
 また、「化学物質一般の挙動は、光・熱・酸素・触媒等の特別な反応カを加えなければ、濃度が高い方から低い方へと一方的に移行するのが自然界の法則であり、その逆はない。」という原告の指摘も誤りであり、逆の場合がないとはいえない。例えば、羊毛や毛髪を使って汚水からの水銀除去を行ったり(乙第72号証397ぺ一ジ)、活性炭を使って汚水の水質浄化を行ったりすることがあるが、その際、附着(吸着、結合)を通し、水銀等の化学物質が羊毛等に、汚水における濃度より高濃度に蓄積していくことはあり得る。自然界においても、魚介類には水中メチル水銀濃度より更に高濃度のメチル水銀が蓄積する。

(4) なお、原告は、「被告は実質的に毛髪水銀値が個人及び被曝地域住民の曝露を明確に反映することすら認めないのである」と述べる(原告第17準書面5ぺージ)。しかし、被告は、個人の毛髪水銀値が当該個人の水銀曝露状況を反映することについて否定したことはない。適切な条件の下で正確に計測された毛髪水銀値であれば、個人の水銀曝露状況の客観的な指標として有用なものと考えるが、Tの毛髪水銀値(甲第38号証)は、本件申請者のものではなく本件申請者の孫のものである上、これが適切な条件の下で正確に計測されたものであるのか疑問があると述べているのである。

2 曝露歴や魚介類の汚染状況について
 原告は、被告が魚介類の汚染状況は魚種により、あるいは漁獲場所によってて大きく異なると主張したことに対して反論するが、この主張が根拠のあるものであることは明らかであり、原告がこれを否定しているものとは思われない。

3 IPCS環境保健クライテリア101等に関する主張について
(1) 「量−反応関係」について
 原告は、被告は「どの程度の被爆でどのような症状が発現するのかの量−反応関係すら、完全に個人差に帰してしまっているが、世界的にはまったく通用しない反論である」などと述べる(原告第17準備書面5ぺ一ジ)。
 しかし、被告は、水俣病には発症閾値があると主張しているものの、水俣病に「量−反応関係」がないとは主張していない。発症閾値の概念を認めることは「量−反応関係」を認めることと何ら矛盾しないのである。
 すなわち、化学物質の中には、生体がいくら微量の化学物質を吸収した場合でも、それに応じて必ず反応を起こすわけではなく、反応を起こすには、何らかの変性を示す限界量(一定量)を超えなけんばならないものがある。この反応を起こす最小量を「発症閾値」という。これに対し、「量−反応関係」とは、取り込み量が増えるにつれ、一定の症状を発現する率が増えていく関係をいう。そして、水銀や鉛、カドミウム等の金属は、ある量までは反応を示さず、発症閾値(下図(A))を超えると反応が始まるという意味で「量−反応関係」が認められ、この場合の「量−反応関係」は下図の汚染金属の示す曲線となる(乙第103号証)。

発症閾値のグラフ

(2) 水俣病の診断基準(昭和52年判断条件)について
ア 原告は、「中公審議事録」において被告側自身が「世界の基準的な『メチル水銀中毒症』とはまったく異なる、行政上の必要によって恣意的に定めた基準であること認めている」と述べるが、これに対する反論は前述した(第1の3〔4、5ぺ一ジ〕)。

イ 原告は、昭和52年判断条件について、「被告側の『水俣病』の基準は、@発症は個体差による(被告主張)。いくら毛髪水銀濃度が有意に高くとも直ちに症状は発現しない。逆に低くても患者としての認定例は存在する(乙第91号証・表14)が無視、或いは合理的説明不可能、」、「B末梢神経を傷害する。−これは世界の研究状況において日本の研究者のみがいまだに主張している。」と述べる(原告第17準備書面6ぺ一ジ)。
 しかし、原告の上記主張は、以下に述べるとおり失当である。

(ア) まず、人間の体が一人一人異なる以上、水俣病の発症に限らず、疾病に罹患する条件に偶人差があることは明らかである。

(イ) また、被告は、「いくら毛髪水銀濃度が有意に高くとも直ちに症状は発現しない」などとは主張していない。もっとも、毛髪水銀濃度が高ければそれだけで水俣病が発症するということではない、いずれにせよ、本件申請者については毛髪水銀濃度が高い事例ではない。

(ウ) 次に、乙第91号証の表14について検討するが、同表中、毛髪中の水銀量が50ppmに満たない患者の発病年月は、いずれも1953年(昭和28年)8月から1956年(昭和31年)10月であって、毛髪水銀値を測定された1959年(昭和34年)12月から1960年(昭和35年)1月までに少なくとも3年以上を経過している。すなわち、同表中の測定値は飽くまで毛髪水銀量を測定した時の値である。
 ところで、生体は、体内に吸収した有害な化学物質をいつまでも体内に保留しておくわけではなく、摂取された化学物質は体内に吸収され、その一方で分解、排せつされる。その排泄量は原則として体内保有量に比例し、この体内保有量が半分にまで減衰する期間を生物学的半減期という。ヒトにおけるメチル水銀の生物学的半減期は70日前後である(財団法人日本公衆衛生協会「水俣病に関する総合的研究中聞報告集」乙第104号証)。
 したがって、発症時にメチル水銀の体内保有量が多かったとしても、その後メチル水銀に汚染された魚介類を摂取しなくなれば、体内のメチル水銀は排出され、体内保有量は減少していく。そして、毛髪採取時に体内保有量が少なければ、毛髪水銀値は低くなる。そうすると、逆に、同表記載の各患者について、発病した時点で毛髪水銀値を測定していれば、同表記載の毛髪水銀値よりも高かったと推認できるのである。
 この点は、同表の引用元である喜田村正次ら作成の論文(喜田村正次ほか〔水俣病に関する化学毒物検索成績(第5報)〕(乙第105号証)123ぺ一ジ)においても、「発病後の経過月数の浅い者(とくに入院して現地魚貝を摂取しなくなってからの経過日数に関係する)では最高705p.p.mから286p.p.mで多量に含有されており、年月の経過と共に減少する優向を見せている」と述べられているとおりである。

(エ) 末梢神経の障害について検討するに、水俣病の病理については、熊本県では熊本大学医学部病理学第2講座の武内教授及び衛藤博士らによって多数の解剖が実施され、病理学的に詳細な検討が加えられているが、末梢神経の病変は常に確認されている(乙第106号証)。
 また、原告は、「世界的な『メチル水銀中毒症』の基準は」、「B標的臓器は神経系、特に中枢神経の障害に限局される(IPCSクライテリア)」「末梢神経は傷害されない」と主張するが(原告第17準備書面6ページ)、IPCS環境保健クライテリア101(乙第107号証55ぺ一ジ)においても、「9-1-1-1 神経系に対する影響」において、「大量曝露では、メチル水銀は末梢神経系に影響を与える(Rustamら、1975)」と指摘されているから、IPCS環境保健クライテリア101が末梢神経障害を否定しているもあとみるのは相当でない。

(3) イラクのメチル水銀中毒事件について
 調査対象者等に関する原告の主張の誤りについて逐一指摘はしないがIPCSクライテリアに記載の各研究について若干付言するならば、結局これらの研究からは明確な結論は得られておらず、最終的には「すべての交絡要因を考慮して、良くデザインされ、調整された国際的な疫学調査か必要である」と勧告されている。そして、上記IPCSの勧告を受け、セイシェルやフェローにおいて研究が行われているが、今のところ、最終的な結論は得られていない。

4 本件申請者とその家族の曝露歴に関する原告の主張について
(1) 原告は、甲第52号証をもって、「とくにP,32『水俣病患者発生分布図』においてチエ居住の袋地区が激甚な患者発生地であることは一目瞭然である」(原告第17準備書面8ぺ一ジ)、「チエ及び溝ロー家が同地区住民として濃厚汚染曝露群を構成する事実は否定しえない。汚染魚介類を目常的に摂食していた群に属する蓋然性がきわめて高い」(同9ぺ一ジ)と述べる。
 しかし、「袋」地区とは、湯堂、茂道などのいわゆる患者多発地区から北袋、本件申請者が居住していた南袋等まで含む広い区域をいうところ、上記分布図に、本件申請者が居住していた南袋を居住地とする患者は示されていない。
 また、曝露群とは、ある因子に曝露された集団をいうのであって、ある人がある因子についての曝露群に属する人の家の近辺に居住していたとしても、そのことで同じ因子に対する曝露群に加わることになるわけではないから、仮に本件申請者の居住地が濃厚汚染曝露群に属する人が多く居住する地域であったとしても、本件申請者が同程度曝露していたということはできない。

(2) また、原告は、「Tの毛髪水銀が泉村の平均値=対照=に比し有意に高い事実、S医院診断書に記載のチエ生前の症状および疫学調査書に記載のチエおよび溝ロー家の生活態様等は罹患・発症の蓋然性の高さを強めるものではあっても減じる内容のものでは決してない」と述べる(原告 第17準備書面9ぺ一ジ)。
 しかし、Tの毛髪水銀値、本件申請者の生前の症状及び生活態様等を検討しても本件申請者が水俣病に罹患していたとは認められず、むしろ水俣病でなかったと推認されることは、被告第6準備書面で主張したとおりである。

5 「昭和60年度水俣病に関する総合的調査手法の開発に関する研究報告書」の会議録(甲第49号証)における発言に関する主張について
 原告の主張は、単に被告の水俣病対策行政一般に対する批判であり、本件の結論に影響するものではないと考えられるが、原告にとって都合の良い断片のみを指摘する手法をとっていると思われるので、一言反論しておく。
 原告の引用する会議録が発言者の意図するところをどの程度正確に記録しているかは不明であるが、原告がアンダーラインを引いた熊本県の発言部分は、原告が述べるような「実質的な調査拒否」や「欺瞞的行政」を示すものではない。
 熊本県は、昭和52年10月1日に始まった水俣湾等公害防止事業(水銀を含む汚泥を封じ込め、水俣湾等の環境復元を図るもの。)による工事によって底質の攪乱、拡散あるいは処分地からの有害物質の流出、滲出等により2次災害を発生させないため、水質汚濁及び魚介類の汚染を監視することにした。しかし、魚介類に含まれる水銀値は、同じ魚種であっても、体長の違いにより差が大きいため、工事水域の魚介類に含まれる水銀値の経時的変化を見るためには、この点も考慮する必要がある、そこで、熊本県では、事前調査結果から標準となる体長(標準体長)を魚種毎に定めておき、毎回の調査結果から標準体長に対応する補正した水銀値(標準化値)を求め、このデータを魚種ごとに平均して経時的変化を見ていた。甲第49号証における熊本県の発言の趣旨は、この「標準化」及び「平均」という、データ処理の方法について説明したものである。

第3 まとめ

 原告の第14準備書面及び第17準備書面には、以上に指摘したほかにも誤った主張が含まれており、被告は以上に反論した部分以外の部分も争うものであるが、以上に反論した部分からだけでも、原告の主張が被告の主張を正解せず、裁判所に誤解を与えるおそれのあるものであることが明らかである。

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