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被告最終準備書面

目次

第1 はじめに
1 本件事案の概要
2 本件の争点
3 被告らの主張の骨子
 (1)争点@について
 (2)争点Aについて

第2 争点@(本件申請者が救済法上の水俣病と認められるか否か)について

1 本件申請者には水俣病であることを示す症侯が認められないこと
(1)救済法における水俣病の意義
(2)本件申請者には水俣病であることを示す症侯が認められないこと
(3)原告の主張が認められないこと
(4)小括

2 本件申請者の症状の発症時期からすると、メチル水銀汚染の影響によるものである可能性は極めて乏しいこと

3 本件申請者にみられるとされる症状の原因が他疾患である可能性があること

4 原告のその余の主張について
(1)救済法の趣旨について
(2)46年通知と52年判断条件について
(3)52年判断条件の医学的正当性について
(4)関西水俣訴訟判決について
(5)二宮意見書に対する反論
(6)疫学に関する主張(津田証言・津田意見書)に対する反論

第3 争点A(本件処分に手続的瑕疵があるか否か)について
1 原告の手続的違法に関する主張が主張自体失当であること
2 本件処分の手続に違法はないこと
 (1)処分手続について
 (2)本件処分に至るまでの経緯
 (3)本件処分に係る事情について
 (4)まとめ

第4 本件義務付けの訴えは却下されるべきであること

 被告らは、本準備書面において、従前の主張を整理・補充し、原告の請求に理由がないことを改めて明らかにする。
 なお、略称は、従前の例による。

第1 はじめに

1 本件事案の概要
 本件は、溝口チエ(本件申請者)が救済法に基づき水俣病の認定申請をしたのに対し、被告熊本県知事が棄却する処分をしたことから、原告が、同知事に対し、上記処分の取消し及び溝口チエ(本件申請者)が水俣病であると認定する旨の処分の義務付けを求める事案である。

2 本件の争点
 本件訴訟の争点は、
@ 本件申請者が救済法上の水俣病と認められるか否か(実体的違法の有無)
A 本件処分に手続的瑕疵があるか否か(手続的違法の有無)
である。

3 被告らの主張の骨子

(1)争点@について

ア 救済法における水俣病と認められるか否かは医学的な判断によるから、医学的に水俣病であることを示す症侯が認められない場合には、当該申請者は、救済法にいう「水俣病」と認定されるべき者に該当しない。本件申請者については、そもそも、水俣病であることを示す症侯が認められないから、水俣病と認定されるべきではない。
 これに対し、原告は、主としてS医師(以下「S医師」という。)作成の診断書(甲第2号証)に基づき、本件申請者には、四肢末端の知覚鈍麻などが認められるから水俣病に認定すべきであるなどと主張する。しかしながら、同診断書のみで原告が主張する症侯を認定することはできないし、他の検診結果等に照らしても、本件申請者には水俣病であることを示す症侯が認められない。また、原告は、甲第164号証の二宮意見書や、疫学に関する甲第92号証の津田意見書及び津田証言を基に、本件申請者が水俣病と認定されるべきものである旨主張する。しかしながら、二宮意見書並びに津田意見書及び津田証言は、本件申請者に水俣病であることを示す四肢末梢優位の感覚障害等の症侯が認められることを前提とするものであり、その前提を欠く本件では、そもそも本件申請者が水俣病と認定されるべきとの原告の主張を裏付けるものではない。
 したがって、本件申請者は、救済法上の水俣病と認定されるべきとはいえない。

イ 本件申請者については、水俣湾周辺地域に濃厚な汚染のあった昭和33、34年から約15年も経過し、かつ、頭髪水銀濃度の調査対象集団における一般住民や漁業関係者の同濃度の最大値が発症閾値を大きく下回った昭和43、44年から約5年を経過した昭和49年ころになって初めて症状が出現したというのであるから、その症状が水俣湾におけるメチル水銀汚染の影響によるものである可能性は、極めて乏しいものである。
 また、水俣病は、メチル水銀が神経系(中枢神経と末梢神経の両方を含む。)を障害することにより、四肢末梢の感覚障害、運動失調、平衡機能障害、求心性視野狭窄等の各種の神経症状を呈する疾患であるが、これらの症候はそれぞれ単独では非特異的であり、他の疾患によってもそれらの症侯を来す場合がある。したがって、仮に原告に水俣病にみられる上記の症侯のうち何らかの症侯が認められたとしても、様々な他疾患との鑑別診断を行う必要があるのであって、直ちに水俣病であるなどといえるものではないところ、本件申請者についてかかる鑑別診断はされていない。
 ところで、上記のような水俣病の症候の特質から、水俣病の診断は、これらの症侯の組合せによる症侯群的診断によらざるを得ないところ、環境庁(当時)は、昭和50年に、熊本県、鹿児島県、新潟県及び新潟市の認定審査会の委員等、水俣病の専門家17名からなる水俣病認定検討会を設置し、水俣病の範囲に含めて考えられる症侯の組合せを整理し、臨床上の診断基準として52年判断条件を定めたものであり、同判断条件の医学的正当性は医学の専門家の間でコンセンサスが得られている。52年判断条件が公害健康被害補償法の下で水俣病と認定を受けるための基準であるのに対して、関西水俣訴訟最高裁判決は国及び県の不作為が違法であるとして損害賠償が求められた訴訟についてのものであるから、同判決が52年判断条件の合理性について何ら判断していないことは明らかであり、同判決は、本件訴訟に影響を与えるものではない。

(2)争点Aについて

ア 原告は、本件申請に対する棄却処分が遅れたことや医療機関の資料を収集しなかったことが棄却処分の取消事由となり、あるいは、水俣病と認定すべき義務を生じさせる旨主張する。しかしながら、救済法はその3条1項で水俣病患者認定の要件を規定しているところ、同項及びこれを受けた公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法施行令1条別表6が規定する認定の要件は、「水俣病にかかっている者」のみであり、しかも、「水俣病にかかっている者」に該当するか否かは、医学的知見に基づいて判断されるべき事柄なのであるから、「申請に対する処分の遅れ」が認定の要件となるものではない。また、本件においては、医療機関調査の段階において保存期間経過等によりカルテ等が廃棄されていたものであって、「医療機関の資料を収集できなかったこと」が棄却処分を違法とすることはない。原告は、「極度の遅延」により認定義務が発生したり、水俣病患者認定要件該当事実の立証責任が原告から被告らに転換する旨も主張するが、主張自体において失当といわざるを得ない。

イ 本件申請者は、昭和49年8月1日付けで水俣病認定申請をしたが、神経内科及び精神科については未検診のまま、昭和52年7月1日に死亡した。病理解剖は実施されていない。被告熊本県知事は、平成6年6月13日付けで水俣市立病院に医療機関調査として文書照会したが、保存期間経過等によりカルテは存在しなかった。被告熊本県知事は、平成7年7月12日付けで審査会に諮問し、同月31日付けで「判断するための資料が揃っていないため判断できない」旨の答申を受け、同年8月18日付けで棄却処分を行った。
 ところで、昭和48年3月にチッソの損害賠償責任を認めた熊本水俣病第一次訴訟判決が言い渡されたこと、同年7月に水俣病患者東京本社交渉団とチッソとの間で補償協定が締結されたことなどから、申請者数が増大し、未処分件数は昭和49年度末には2821人に上り、本件申請者が死亡した昭和52年度末には4731人となった。その後も増え続け、検診医の不足もあって、昭和53年度から昭和61年度までは5000件前後で推移した。このような事情の中で、被告熊本県知事は検診の促進に努め、本件申請者の死亡までに眼科及び耳鼻咽喉科の予診及び本診は行われたが、神経内科及び精神科の検診は未了となった。未処分者の滞留する中で、被告熊本県知事は、生存者の処分を優先せざるを得ず、また、未検診死亡者の処分は、それ自体極めて困難であったことから、本件申請者については、昭和56年の未検診死亡者の諮問中断までの間に医療機関調査及び諮問が行われるに至らず、その後、平成6年度になるまでは、本件申請者を含む未検診死亡者の医療機関調査等に本格的に着手できなかった。
 本件申請者について、申請から死亡までの約3年の間に検診が完了せず、死亡から医療機関調査が行われるまで17年間が経過したのは以上の事情によるものであって、やむを得ないものである。

第2 争点@(本件申請者が救済法上の水俣病と認められるか否か)について

1 本件申謂者には水俣病であることを示す症侯が認められないこと

(1)救済法における水俣病の意義

ア 救済法は、「この法律において『指定地域』とは、事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じたため、その影響による疾病が多発している地域で政令で定めるものをいう。」(2条1項)、「前項の政令においては、あわせて同項に規定する疾病を定めなければならない。」(同条2項)とした上で、「指定地域の全部又は一部を管轄する都道府県知事は、当該指定地域につき前条第2項の規定により定められた疾病にかかっている者について、その者の申請に基づき、公害被害者認定審査会の意見をきいて、その者の当該疾病が当該指定地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を行なう。」(3条1項)と規定している(乙第52号証)。そして、救済法の委任を受けた公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法施行令1条別表6は、認定業務の対象とすべき疾病について「水俣病」と規定しているにすぎない(乙第53号証)。
 このように、救済法は、「水俣病」がいかなる疾病であるかについては具体的に規定していないところ、「水俣病」という概念は、医学上の「水俣病」以外にあり得ないから、救済法3条は、医学的に水俣病と診断し得る者を認定の対象とすることを明らかにするものであり、どのような者を水俣病と医学的に診断し得るかということについては、医学的知見にゆだねる趣旨と解するのが相当である。

イ したがって、医学的に水俣病であることを示す症侯がそもそも認められない場合には、当該申請者が、救済法にいう「水俣病」と認定されるべき者に該当しないことは明らかである。

(2)本件申請看には水俣病であることを示す症候が認められないこと

ア 水俣病であることを示す症候
 水俣病は、メチル水銀により神経系の特定部位(一箇所とは限らない。)が傷害される疾病であるため、傷害された部位に対応する神経症侯である、
@四肢末梢優位の感覚障害
A運動失調
B平衡機能障害
C求心性視野狭窄(両側性)
D中枢性障害(眼科、眼球運動異常)
E中枢性障害(耳鼻科、後迷路性難聴の聴力障害)
などの症侯がみられる。
 そして、神経症侯の把握は、診察の際の患者の応答により行わざるを得ないことが多いため、その把握には専門的熟練を必要とするのであり、水俣病の症侯と認めるために医学的に有効な一定の所見は、技術的熟練や、解剖学、生理学等の医学的専門的知識とともに、豊富な経験を有している医師が、客観的に公正な検診を行うことにより、初めて得られるものである。なお、上記の主要症侯は、それぞれ単独では非特異的であり、他の疾患によってもそれらの症候を来す場合があるから、類似症候をもたらす他疾患との鑑別においても、高度の神経学的知識が要請されるところである。

イ 本件申請者についての症候に関する資料

(ア)自覚症状に関する資料の記載内容

a 本件申請者が昭和49年8月1日に認定申請を行った際の認定申請書(甲第1号証)の「健康状態の概要」欄には、「手足のしびれ、歩行の不自由、よだれが出る、味が良くわからない」と記載されている。

b 本件申請の際に提出されたS医師作成の診断書(甲第2号証)の「傷病名」欄には、「病名不詳 自覚的には四肢のしびれ感、歩行のゆらつき、流挺があり、血圧162〜80粍水銀柱。四肢末端に知覚鈍麻を認める。水俣湾の魚介類を多食していたとの訴えから精査を必要と考える。」と記載されている。

c 熊本県が昭和52年7月13日に本件申請者の次男夫婦に対して実施した疫学調査記録(乙第24号証)には、「S47年頃から味がしなくなったと訴えだし、足が痛い為、米ノ津のマッサージに通っていた。この頃から毎日、ボヤーッとして座っている日が多くなりだす。」と記載されている。

d 環境庁特殊疾病審査室が平成8年11月8日に原告らを審尋した際の審尋録取書(甲第3号証)には、「亡溝口チエの症状等」として、「よだれを垂らしながらボヤーッとしていることがあった。」、「食事を自分でつくっていたので、味をみせてもらったところ、ものすごい味付けになっていた。聞いてみたところ、辛いのかあまいもわからない、口の中が何も感じないといっていた。」、「耳は遠く目も悪かった。」、「歩き方もおかしかった。」と記載されている。

(イ)検診結果
 本件申請者について、客観的で公正な検診結果として得られているものは以下のとおりである。

a 求心性視野狭窄について
 ゴールドマン視野計による検査において、左右ともに視野狭窄及び視野沈下は認められない(乙第28号証の1・2枚目Wの2)。

b 中枢性障害(眼科、眼球運動異常)
 眼球運動検査の結果、滑動性追従運動障害で軽度の異常が認められるが、中枢性眼球運動障害のもう一つの重要な判断要素である衝動性運動で異常が認められない(乙第28号証の1・2枚目Wの3)。

c 中枢性障害(耳鼻科、後迷路性難聴の聴力障害)
 純音聴力検査の結果、感音性難聴のパターンが得られているが、聴覚疲労現象は認められず、更に語音聴力は正常範囲であることから、後迷路性難聴は認められない(乙第28号証の1・2枚目Xの1)。

d 平衡機能障害
 視運動性眼振検査と眼振検査が実施されている。眼振検査では異常はみられず、視運動性眼振検査の結果は、水平方向はデータ不良であった(乙第28号証の1・2枚目Xの2及び3)。ここにいうデータ不良とは、非注視のときによくみられるパターンであり、異常を示すデータが得られたという意味ではない。視運動性眼振検査の垂直方向については、本件申請者が頭がふらふらして気分が悪くなったため、検査を続行できず、データが得られなかった(乙第23号証)。

ウ 本件申請者に水侯病であることを示す症侯が認められないこと

(ア)@四肢末梢優位の感覚障害が認められないこと
 本件申請者については、上記アの@四肢末梢優位の感覚障害の存在を裏付ける客観的で公正な検診結果は得られていない。上記イ(ア)の自覚的な神経症状に関する資料が存在するものの、それらは、いずれも本件申請者の自覚症状を聴取して録取されたものにすぎず、客観的な検診に基づくものとはいえない。
 また、上記診断書に「四肢末端に知覚鈍麻を認める。」と記載されているものの、どのような検査を実施したかについて何ら説明はされておらず、さらに、同診断書を作成したS医師も「問診に頼っていました。」と述べていることからすると、上記診断書の記載も、本件申請者の自覚症状を聴取した結果を記載したにすぎないものと認められる(甲第40号証2及び3ページ)。
 したがって、上記診断書のみでは医学的に客観性のある認定資料としては不十分であり、本件申請者については、@四肢末梢優位の感覚障害が認められるとはいい難い。

(イ)A運動失調が認められないこと
 A運動失調に関しても、本件申請者については、客観的で公正な検診結果は得られていない。
 また、S医師も、本件申請者の診断内容について、「運動失調も認められれば診断書に記入していました。」と述べている(同医師の陳述書・甲第40号証)。
 以上によれば、本件申請者については、A運動失調が認められないことは明らかである。

(ウ)B平衡機能障害が認められないこと
 眼振検査では異常がみられなかったこと、視運動性眼振検査では水平方向がデータ不良で、垂直方向のデータが得られていないことからすれば、平衡機能障害は医学的に確認できていないといわざるを得ない。
 なお、S医師作成の上記診断書(甲第2号証)には「歩行のゆらつき」との記載があるが、上記診断書においては、どのような検査を実施したかについて何ら記載されておらず、そもそも「歩行のゆらつき」が医学的に平衡機能障害を示すものともいい難い。
 したがって、本件申請者については、B平衡機能障害は認められないというべきである。

(エ)C求心性視野狭窄、D中枢性障害(眼科、眼球運動異常)及びE中枢性障害(耳鼻科、後迷路性難聴の聴力障害)が認められないこと
上記イ(イ)の客観的で公正な検診結果に照らせば、本件申請者については、上記アのC求心性視野狭窄(両側性)、D中枢性障害(眼科、眼球運動異常)及びE中枢性障害(耳鼻科、後迷路性難聴の聴力障害)が認められないことは明らかである。

(3)原告の主張が認められないこと

ア 原告は、本件申請者について、甲第2号証のS医師作成の診断書により「四肢末端の鈍麻」が確認され、同診断書に「歩行のゆらつき」と記載され、また、平衡機能障害の検査時に本件申請者が「頭がフラフラして気分が悪い」と訴えていたことから、四肢末梢優位の感覚障害、運動失調及び平衡機能障害の存在が確認されている旨主張する(原告第4準備書面3ページ、同第10準備書面2ページ、同第24準備書面8ページ、同第25準備書面9ページ等)。
 しかしながら、同診断書のみでは医学的に客観性のある認定資料として不十分であることは前記(2)ウのとおりであるから、同診断書のみに依拠する原告の上記主張は認められないというべきである。

イ また、原告は、甲第164号証の二宮意見書や、疫学に関する甲第92号証の津田意見書及び津田証言を基に、本件申請者が水俣病と認定されるべきものである旨主張する。
 すなわち、二宮意見書は、S医師の診断書について、「医師が検診にもとづいて作成したカルテと同等の意味をもつ」などとし(甲第164号証46ページ)、また、津田意見書は、当該地域(水俣に近い地域)において、「四肢末梢性の感覚障害を呈する患者は99%以上は・・・メチル水銀暴露による発症であることを示唆している.」とし(甲第92号証67ページ)、津田証言も同旨を述べるが、この疫学的見解から、何らかの結論を導くためには四肢末梢優位の感覚障害が認められることが前提となる。
 しかしながら、前記(2)ウのとおり、S医師の診断書のみでは医学的に客観性のある資料として不十分であり、本件申請者に同症侯を認めることはできないから、原告の依拠する二宮意見書並びに津田意見書及び津田証言は、その前提を欠くものであって、本件申請者が水俣病と認定されるべきとの原告の主張を裏付けるものではない。
 したがって、この点でも原告の主張は認められないというべきである。

(4)小括
 もとより、上記の主要症侯が単独で認められるからといって水俣病と診断できるものではないが、本件申請者については、以上のとおり、水俣病であることを示す単一の症侯すら認められないというべきである。
 したがって、本件申請者については、水俣病であることを示す症侯の組合せを検討するまでもなく、救済法上の水俣病と認定されるべきではないといわざるを得ない。

2 本件申謂者の症状の発症時期からすると、メチル水銀汚染の影響によるものである可能性は極めて乏しいこと

(1)一般に、発症閾値のある中毒物質による中毒症状は、中毒物質を生体内に取り込んだ後、その蓄積量が発症閾値を超えなければ発症することはない。そして、蓄積量が発症閾値に達しない段階で中毒物質の摂取を中止すれば、その後、蓄積されていた中毒物質は体外に排出されるから、蓄積量は減少することになる。したがって、中毒物質の蓄積量が発症閾値に達しない段階で摂取を中止すれば、それ以後、同中毒物質を原因とする症状が発症することは考え難い。

(2)水俣病はチッソ水俣工場のアセトアルデヒド生産工程から排出されたメチル水銀を中毒物質とする中毒症状であるところ、漁業関係者を含めた水俣市住民の頭髪水銀濃度は、同工場からのメチル水銀化合物の排出が止まった昭和43年以降は昭和30年代半ばに比べ大きく低下しており、昭和44年以降他の地域と同程度になっている。また、昭和48年ないし昭和60年に剖検された水俣地区在住者の臓器内メチル水銀濃度は、大脳、小脳、肝臓、腎臓とも対照地区(茨城県)と同程度まで低下しているとの調査結果がある。加えて、出生児の臍帯中水銀濃度も、昭和30年から昭和35年ころをピークに年々低下し、昭和43年以降は非汚染地域の濃度と同程度に至った(乙第108号証5ページ等)。

(3)ところが、本件申請者の認定申請書(甲第1号証)によれば、本件申請者に「手足のしびれ」、「歩行の不自由」、「よだれが出る」、「味がよくわからない」という症状が出現し始めたのは、昭和49年1月末ころであるとされている(なお、原告から聴取した疫学調査書(乙第24号証2枚目)及び原告の審尋録取書(甲第3号証2枚目)によれば、本件申請者は昭和47年ころから各種症状が出現したとされているが、仮にこれらの症状が実際に出現していたとしても、その時期については、本件申請者自身が本件申請当時に作成した上記認定申請書の記載の方が信用性が高いことは明らかである。)。
 したがって、本件申請者については、水俣湾周辺地域に濃厚な汚染のあった昭和33、34年から約15年も経過し、かつ、頭髪水銀濃度の調査対象集団における一般住民や漁業関係者の同濃度の最大値が発症閾値を大きく下回った昭和43、44年から約5年を経過した昭和49年ころになって初めて症状が出現したというのであるから、その症状が水俣湾におけるメチル水銀汚染の影響によるものである可能性は、極めて乏しいものである。

3 本件申請者にみられるとされる症状の原因が他疾患である可能性があること

 仮に、本件申請者が四肢末梢優位の感覚障害、運動失調、平衡機能障害等の水俣病にみられる各種の症侯のいずれかを実際に有していたとしても、被告第1準備書面第2の2(2)で述べたとおり、これらの症候はそれぞれ単独では非特異的であり、他の疾患によってもこれらの症候を来たす場合がある。具体的には、四肢末端ほど強く現れる感覚障害は主なものを挙げただけでも、急性感染症、栄養障害(脚気等)、内分泌障害(糖尿病等)、代謝障害(尿毒症等)、重金属・有機溶剤中毒、薬剤の副作用及び悪性腫瘍に伴う感覚障害があるほか、原因不明のものも多い。また、運動失調、平衡機能障害、眼球運動障害及び難聴は、腫瘍、多発性硬化症等の脱髄性疾患、各種中毒、血管障害、各種の変性疾患等の疾患で認められ、いずれも水俣病に特異な症候とはいえない。
 したがって、仮に、本件申請者が上記のような水俣病にもみられる各種の症候を実際に有していたとしても、上記のような様々な疾患との鑑別診断を行う必要があるのであって、直ちに本件申請者が水俣病であるなどということはできないところ、本件申請者についてかかる鑑別診断はされていない。

4 原告のその余の主張について

(1)救済法の趣旨について
 原告は、第35準備書面において、「救済法の目的や趣旨からすると認定基準は、正しい医学的知見の上に立ったものであり、しかもそれを前提に、民事訴訟による司法救済より広く救済するという趣旨が反映されたものでなければならない。」(4ページ)、「救済法は、因果関係が専門家の判断によっても黒白付けがたい場合、すなわち、有機水銀の影響があるか否か、真偽不明の場合は救済しようと考えたのである。」(193ページ)と主張する。
 しかしながら、原告の上記主張は、以下述べるとおり、救済法の趣旨を正解しないものであり、失当である。

ア 救済法による給付の趣旨

(ア)救済法による給付は、基本的には、原因者による損害賠償がされるまでの応急的な行政上の特別措置であり、被害者が加害者から損害賠償等を受けた場合には、この制度による給付に相当する額を返還させるという『立替払い』的な性格を有するものである。そして、@指定地域につき指定疾病にかかっている者であること、及びA救済法3条の規定によりその者の当該疾病が当該指定地域に係る大気汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を受けたこと、換言すれば、救済法の定める健康上の被害(当該疾病)の存在と当該疾病と大気汚染又は水質汚濁との間の因果関係の存在、という2点さえ証明されれば、a)加害者及び加害行為の特定、b)加害行為と損害との間の相当因果関係の存在、c)加害行為の違法性、d)加害者の故意、過失等については、証明を要することなく、必要な給付を行うことにより、司法制度による解決と比較して、より迅速かつ広い範囲にわたる救済を図るものであり、社会保障的性格を併有するものであるということができる。
 すなわち、我が国の不法行為法は、原則として無過失責任(結果責任)主義を採用していないため、司法制度による解決を図ろうとすると、被害者は、前記a)ないしd)の要件を証明しなければならないのであって、そのために多大の時間と労力を要することになる。そこで、救済法は、そのような証明を不要とし、健康上の被害及びその被害と大気汚染又は水質汚濁との間の因果関係について確実に証明できる者に対し、迅速な救済を図るものである。また、前記a)ないしd)の要件を証明できない場合、あるいは、短期消滅時効や除斥期間等の権利行使の期間制限等を理由に、加害者に対する損害賠償請求が棄却される場合であっても、給付を受ける余地があるという意味において、救済法による救済制度は、司法制度による解決と比較して、より「広い範囲」にわたる救済を図るものであるといえる。

(イ)一方で、救済法による救済制度は、公害問題の特殊性を背景とする社会的必要性から制定されたものであるから、政策的な面を有するものでもある。したがって、救済法が司法制度と比較してより迅速かつ広い範囲にわたる救済を図るものであるといっても、@指定地域及び指定疾病が政令により一義的に定められていること、A社会保障的な性質を併有する給付であることから、支給要件も一義的に定められている上、その前提として認定制度が存在するのであって、救済法による救済の範囲は、法令の規定により政策的に定められているのである(以上につき、被告第2準傭書面2ページ以下、乙第56号証。)。

イ 救済法による給付の対祭
 前記第3の2(1)アで述べたとおり、救済法施行令1条別表6は、認定業務の対象とすべき疾病について「水俣病」とのみ規定しており、「水俣病」がいかなる疾患であるかについては具体的に規定していないところ、疾病としての「水俣病」という概念は、医学上の「水俣病」以外にはあり得ないから、同規定は、医学的にみて水俣病と診断し得る者を認定の対象とすることを明らかにする趣旨であると解するのが相当である。また、前記アで述べた救済法の趣旨からも、救済法に基づく給付を受けるためには、「水俣病」に罹患していることが必要であることは当然である。したがって、救済法における「広い救済」といっても、飽くまでも医学的にみて水俣病に罹患していると判断し得るものが対象であり、医学を無視した無限定なものではない。
 そして、水俣病の個々の症状は、それぞれ単独では一般に非特異的であるので、水俣病であるか否かの判断においては、専門家による総合的かつ多角的な検討に基づく蓋然性の判断が必要となる。したがって、「水俣病の疑いがあると判断される、ぎりぎりの限界的な事例」とは、医学的にみて水俣病である可能性が、水俣病でない可能性を上回る場合を限度とするものというべきであるし、また、そのような「限界的な事例」を含めて認定するためには、都道府県知事は疫学的調査及び指定医療機関等による医学的検査を実施し、公害被害者認定審査会(審査会)等に諮った上で、認定申請に対する処分を行うことが必要とされているのである(以上につき、被告第2準備書面6ページ以下。)。

ウ 小括
 以上のとおり、救済法が、司法制度による解決と比較して、より迅速で広い範囲にわたる救済を図っているといっても、救済法による救済は、健康上の被害の存在及びその被害と大気汚染又は水質汚濁との因果関係の有無等に関し、医学的判断を必要とすることを当然の前提としているのであるから、この点を度外視して「民事訴訟による司法救済より広く救済するという趣旨が反映されたものでなければならない。」、「救済法は、」「有機水銀の影響があるか否か、真偽不明の場合は救済しようと考えたのである。」旨の原告の主張は、救済法の趣旨を正解していないものといわざるを得ない。

(2)46年通知と52年判断条件について
 原告は、第35準備書面において、「52年判断条件が46年裁決・事務次官通知において確立された認定に絞りをかけるものであることは、一目瞭然である。」(原告第35準備書面173ページ)と主張するが、以下述べるとおり、52年判断条件は46年通知を具体化したものであって、「認定に絞りをかけるもの」ではない。

ア 46年通知(乙第62号証)は、救済法の趣旨を周知することにより円滑な救済法の運用を図るため、昭和46年8月7日付けで発せられたものであるが、すぐに以下のような問題点が生じた。

@ 第一(2)に「前記(1)の症状のうちのいずれかの症状がある場合」と記載されていたため、同通知第一(1)(イ)掲記のいずれか一つの症状でもあれば認定すべきとしているかのように誤解された。

A 第一(3)の「有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合」というのが具体的にどのような場合であるのかが不明確であったことから、同通知の趣旨として広まった「疑わしきは救済」というニュアンスと相まって、わずかの可能性でもあれば、上記「否定し得ない場合」に該当するかのように誤解された。

イ しかしながら、そもそも46年通知の第一(2)においていわゆるハンター・ラッセル症候群のすべての症侯がそろわない場合でも水俣病の範囲に含まれるとされたのは、その時点における医学的研究の成果を取り入れたものである。椿忠樺教授によれば、「知覚障害は主徴ではあるが、これのみのものは少なく、軽度であっても小脳症状、聴力障害、視野狭窄を伴うものが多い」とされている(乙第137号証の1及び同2)。
 以上のように、46年通知は当時の医学的知見を基礎として成立しているところ、当時において(現在においてもそうであるが)、同通知第一(1)(イ)のいずれか一つの症状でもあれば水俣病と診断することができるというような医学的知見は存在しなかったものである。この点については、昭和46年9月に、同通知の趣旨を明らかにすべく出された環境庁企画調整局公害保健課長通知「水俣病認定申請棄却処分に係る審査請求に対する『裁決書』および『公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法の認定について(環境庁事務次官通知)』について」(乙第63号証。以下「公害保健課長通知」という。)においても、46年通知は「公害の影響による疾病の指定に関する検討委員会の行った研究報告書に集約されている水俣病の成果を基礎とするものであ」るとされているところ、同研究報告書には一症状のみの水俣病の存在など報告されていないことからも明らかである。
 したがって、同通知第一(1)(イ)についていずれか一つの症状でもあれば認定すべきであると解釈することは、医学的知見に明らかに反するものであり、行政解釈として採用する余地がない。

ウ また、46年通知の第一(2)で「当該症状の発現または経過に、経口摂取した有機水銀が原因の全部または一部として関与している」場合には、「水俣病の範囲に含む」とされ、第一(3)で「当該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合においては、法の趣旨に照らし、これを当該影響が認められる場合に含む」とされたのは、同通知が、前記(1)アで述べた救済法の趣旨にかんがみ、医学的知見に基礎を置いた上で、医学的にみて水俣病又はその疑いがあると考え得る限りの者を含め、広く患者を救済しようとしたものである。すなわち、申請人の呈する健康障害とメチル水銀の影響との因果関係の医学的判断(水俣病か否かの医学的診断の確実性(確からしさ)の程度)について、水俣病とほぼ確実に診断し得るという、いわば確定診断のレベルではなく、相応の医学的検査を尽くしたにもかかわらず、医学的根拠をもって水俣病である可能性が水俣病でない可能性を上回ると判断し得るぎりぎりのレべルを採用することによって、医学を基礎とした上で可能な限り救済の間口を広げたものといえるのである。したがって、46年通知にいう「否定し得ない」とは、わずかでも可能性があれば「否定し得ない」ものとして認定すべきであるという意味ではなく、当然そこには医学に根拠を有するものでなくてはならないという限界があるのである。そして、その判断は、審査会委員の水俣病に関する高度の学識と豊富な経験に基づく医学的判断にゆだねられているのである。
 なお、上記「否定し得ない場合」ということの意味については、当時の大石環境庁長官が昭和47年3月の衆議院公害対策並びに環境保全特別委員会において、「私が疑わしき者は救済せよという指示を出したのでございますが、これは一人でも公害病患者が見落とされることがないように、全部が正しく救われるようにいたしたいという気持ちから出したのでございます。ただし、疑わしきは救済せよということは、疑わしいということは、これは御承知かと思いますが、医学的な用語と普通俗に世間で使うことばとは内容が違います。疑わしいというよりも、まず、80パーセント怪しいとか90パーセントそうらしいとか、あるいは2、3パーセントしか怪しくはないけれどもあいつは怪しいんだというように、ピンからキリまでございます。しかし、医学的には、そういうものは3パーセントか10パーセントというものは疑わしいという範囲には入りません。まず50パーセント、60パーセント、70パーセントも大体こうであろうけれども、まだいわゆる定型的な症状が出ておらぬとかなんとかいうような、そういうものが疑わしいという医学用語になるわけでございます。私の使っております水俣病の場合の疑わしいというのは、そのような医学的な根拠を土台としたわけでございますが、それが一般にはどうも誤解されまして、何でもかんでも片っ端から患者と見てしまえというようなうわさが流れたのは残念でございますが、私の判断からはそのような判断でございます。」と答弁している(乙第64号証)。
 また、前記公害保健課長通知も、この点について、「認定申請人の示す症状の全部または一部が『有害水銀の経口摂取の影響によるものであることを否定し得ない』とするかどうかについては、前述したとおり裁決書および次官通知の趣旨に従い水俣病に関する高度の学識と豊富な経験を基礎とすべきものであり、この医学的判断をもとに都道府県知事等が認定に係る処分を行うことになるものである。」と説明しているところである(乙第63号証)。

エ 以上のとおり、46年通知の趣旨は、その時点における医学的研究の成果を取り入れ、また、救済法の趣旨にかんがみ、医学的知見に基礎を置いた上で、医学的にみて水俣病又はその疑いがあると考え得る限りの者を含め、広く患者を救済しようとしたものであって、この趣冒に従って認定業務も行われてきたのである。このことは、前記第2の2(1)ウ及びエで述べたとおり、審査会では、総合判断の結果を、@「水俣病である。」、A「水俣病の可能性がある。」、B「水俣病の可能性は否定できない。」、C「水俣病ではない。」、D「わからない。」の五つの場合に分けて判定及び答申を行い、答申を受けた知事は、@ないしBの答申の場合には、水俣病と認定する旨の処分を行っているところからも明らかである。
 したがって、52年判断条件は、46年通知を具体化したものであって、原告の上記「52年判断条件が46年裁決・事務次官通知において確立された認定に絞りをかけるものである」との主張が誤りであることは明らかである。

(3)52年判断条件の医学的正当性について
 原告は、第35準備書面等において、52年判断条件が誤っている旨繰り返し主張しているが、以下に述べるとおり、52年判断条件が医学的な正当性を有するものであることは明らかである。

ア 水俣病の病理
 水俣病は、工場排水に含まれるメチル水銀が魚介類に蓄積され、それを大量に経口摂取することによって起こる神経系疾患であり、腸管から体内に吸収されたメチル水銀は体内の様々な組織を一様に障害するのではなく、主に中枢神経系を中心とする神経系の特定部位(一箇所とは限らない。)を強く障害することが病理解剖学的に確認されている(乙第129号証別紙3参照)。
 すなわち、大脳で主として障害される部位は、後頭葉の鳥距野(線野)前半部(周辺部視野の中枢)、頭頂葉の中心後回領域(感覚の高次中枢)、前頭葉の中心前回領域(随意運動の中枢)及び側頭葉の横側頭回領域(聴覚の中枢)である。また、小脳(運動の円滑さや身体の平衡をつかさどる。)では、虫部及び半球が障害される。さらに、脊髄末梢神経では、知覚神経(末梢の感覚受容器から中枢方向へ刺激を伝える)に変性所見が認められている。なお、障害の程度は症例により異なり、同一人の中でも部位ごとに多少の差があり、一定したものではない(荒木淑郎「神経内科学」第2版(乙第1号証)736ページ、737ページ、武内忠男「メチル水銀中毒の病理学的研究」(乙第2号証)、武内忠男ら「水俣病の病理総論−とくに人の水俣病病理について−」有馬澄雄編・水俣病−20年の研究と今日の課題−(乙第3号証)465ページ)。

イ 水俣病の症候について
 このように、水俣病において、神経系の特定部位が障害されるため、障害部位に対応する症候が出現することとなるが、障害の程度によっては、障害を受けた部位に対応する症侯が必ず出現するとは限らない。
 また、同程度のメチル水銀を吸収蓄積しても万人が等しく水俣病になるわけではない。なぜなら、メチル水銀に対する感受性には個人差があり、水俣病を発症するメチル水銀量にも個人差が認められるからである。
 そして、水俣病にみられる主な症侯としては、四肢末梢の感覚障害、運動失調、平衡機能障害、求心性視野狭窄、歩行障害、構音障害、筋力低下、振戦、眼球運動異常、聴力障害などを挙げることができる。

ウ 診断基準について
 臨床医学における診断の過程においては、ある疾患に特異な所見(その疾患にしかみられない所見)が得られるならば、その所見を検出する客観的な検査(血液検査、X線検査等)のみで診断が可能となる。
 一方、疾患によっては特異な所見がもともと存在しない場合があり、そのような場合には、各種の症侯の組合せによる症候群的診断によらざるを得ない。すなわち、一つ一つの症侯はそれだけでは特定の疾患を指し示すものに対応するとは限らないが、幾つかの症侯が同時に出現し、その組合せにある疾患に特有の一定の規則性が認められるときには、そのような諸症侯は臨床診断上重要な意味を有することになる。このような症侯の組合せを症侯群といい、症侯群を基にした診断が症候群的診断といわれるものであり、臨床診断における最も基本的な手法である(吉利和監訳「ハリソン内科書1」第9版(乙第11号証)8ページ)。
 ところで、症侯の組合せに基づいて症侯群的診断を行う場合、症侯には出現頻度の差や他の疾患では通常みられない特異的なものかどうかといった違いがあるから、どのような組合せであっても診断価値が等しいというものではなく、様々な組合せの中でも診断上の価値の最も高い組合せが診断基準とよばれるものである(鈴木秀郎「診断基準の意義とその功罪」内科第55巻第6号(乙第12号証))。

エ 水俣病の診断について
 上記アで述べたとおり、水俣病は、メチル水銀が神経系を障害することにより、主要症候として掲げた各種の神経症状を呈する疾患である。これらの主要症候がみられる場合に、直接に生検などの方法によって、メチル水銀による障害を証明できれば、水俣病の診断は明確であるが、生存中にそのような検査を行うことは実際上不可能である。
 また、上記の主要症侯は、それぞれ単独では非特異的であり、他の疾患によってもそれらの症侯を来す場合がある。その具体例は上記5において詳細に指摘したところであり、水俣病の診断は、メチル水銀によって引き起こされる各種の症候の組合せから、メチル水銀による神経系の障害を推定するという症候群的診断によらざるを得ないのである。
 また、上記イで述べたとおり、メチル水銀による神経系の障害では、障害を受けた部位に対応する症侯が必ずしもすべて出現するとは限らないのであるから、上記の主要症侯のすべてがそろうことを要求することも相当ではなく、どのような症候の組合せがあれば、メチル水銀の影響が推定できるかが検討されなければならないのである。
 そこで、環境庁は、昭和50年に、熊本県、鹿児島県、新潟県及び新潟市の認定審査会の委員等、水俣病の専門家17名からなる水俣病認定検討会を設置し(乙第13号証)、水俣病の範囲に含めて考えられる症侯の組合せを整理し、臨床上の診断基準に当たる具体的な水俣病の判断条件を定め、その結果を、52年判断条件として示したのである。また、環境庁は、昭和60年に「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議」を設け、52年判断条件についての医学の専門家の意見を求めたところ、医学専門家会議の意見は「・・・現時点では、現行の判断条件により判断するのが妥当である。」とするものであった(「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議の意見」(乙第14号証))。
 このように、52年判断条件は、水俣病に関する学識経験豊かな医師による検討を経て成立したものであって、医学的知見に基礎を置き、適切かつ妥当であることは医学の専門家の間でコンセンサスが得られているものである。

オ 国及び熊本県は、いわゆる「末梢説」に立っていないこと
 原告は、第35準備書面において、「国・熊本県が水俣病の感覚障害は主として、末梢神経障害から来るものであると考えて」いる(59ページ)とした上で、水俣病では大脳皮質が障害されているから、52年判断条件を支えた医学的知見は誤りであると主張する。
 しかしながら、国及び熊本県は、これまで一貫して「メチル水銀は中枢神経及び末梢神経の両方を障害し、その結果として感覚障害や視野障害、聴覚障害等の様々な症状を呈する」と主張しているのであって、感覚障害が主として末梢神経障害によるとする、いわゆる「末梢説」には立っていない。このことは、昭和60年10月に示された「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議の意見」(乙第14号証)において、「病理学的には、ヒトにおいては、中枢神経障害が著しく、末梢神経障害は軽い」とされていることからも明らかである。
 原告は、国及び熊本県が「水俣病における感覚障害が末梢神経の障害に基づく多発神経炎型に属し、水俣病とそれ以外の原因に基づく多発神経炎との鑑別が重要である」(原告第35準備書面57ページ)と主張しているとした上で、国及び熊本県がいわゆる「末梢説」に立っていると述べるようである。しかし、原告の引用する国及び熊本県の主張は、「四肢末端ほど強い両側性の感覚障害は最も普通には多発神経炎においてみられるものであるから多発神経炎型と総称されている。」(原告第35準備書面56ページ)ことを説明したものであり、原告の指摘は正しくない。
 また、原告は、52年判断条件が大脳皮質中心後回の障害を示す複合感覚(二点識別覚、立体覚等)検査により構成されていないことも、国及び熊本県がいわゆる「末梢説」に立っていることの根拠としている。しかし、後述するように、上記検査には検査方法としての問題があり、原告の主張する中枢神経障害の診断法としてもこれらを採用することはできない。
 したがって、国及び熊本県がいわゆる「末梢説」に立っていることを前提とした原告の主張は、その前提において誤っている。

カ メチル水銀中毒では中枢神経及び末梢神経が共に障害されること
 原告は、関西水俣大阪高裁判決がいわゆる「中枢説」を採用したことについて、「大阪高裁は、国・熊本県の主張する『日本最高水準の医学的知見』を排斥し、世界的知見を採用したのである。」(原告第35準備書面42ページ)と述べている。
 しかしながら、国連の食糧農業機関(FA0)と世界保健機構(WH0)が開催する合同食品添加物専門家会議(Joint FA0/WHO Expert Cooittee on Food Additives(略してJECFA))が、加盟国から最新の知見を集めて会議を開き、その会議レポートをまとめて2004年にWHOから出版し、現在、全世界的に活用されている「WHO Technical Report Series;922 "Evaluation of certain food additives and contaminants"」(乙第130号証の1。以下「2004年WHOレポート」という。)においては、ヒトにおけるメチル水銀の障害部位に関して、"Both the centra1 and periphera1 nervous systems show signs of damage.(中枢と末梢の両方の神経系が障害される)"とされており、中枢神経と末梢神経の両方が障害されることが明確に記載されている。なお、この2004年WHOレポートでは、関西水俣大阪高裁判決が引用したWHO環境保健クライテリア101(昭和51年発行、平成2年発行)を参考文献として引用しており、同クライテリアを踏まえた上でなお上記のような知見を示したのである。
 したがって、少なくとも現時点で依拠すべき国際的知見が、この2004年WHOレポートであることは明らかである(衛藤意見書2−4)。
 なお、関西水俣大阪高裁判決が言い渡されたのは平成13年(2001年)であるから、当然のことながら同判決には2004年WHOレポートは反映されていない。
 また、被告第12準備書面で述べたとおり、水俣病において中枢神経のみならず末梢神経が障害されることは、病理学的にも証明されており、このことは衛藤意見書において述べられているとおりである。

キ 二点識別覚検査等について
 原告は、複合感覚(二点識別覚等)障害に係る検査の有用性を主張するが、二点識別覚検査については、その客観的かつ標準的な検査方法が現時点で確立しておらず、得られた結果を客観的に評価することすら困難とされている(衛藤意見書4−4)のであって、そのような二点識別覚検査の結果のみを用いて皮質性感覚障害を証明するということは、医学的に不適切である。また、その他の検査についても、四肢末梢優位の感覚障害が存在する場合には所見を正しくとることができない、老化によっても結果に影響を受ける(甲第240号証資料35)等、その検査としての有用性には限界がある。

ク バキルらの報告について
 原告は、1972年にイラクで発生した消毒小麦によるメチル水銀中毒事件に関するバキル報告(甲第59号証)の内容を指摘した上で、「各症状の初発閾値の違いによって感覚障害のみの水俣病が存在することが証明されている。」と主張する(原告第35準備書面85ページ)。
 しかしながら、バキル報告が指摘した知覚異常とは、初発症状としての「四肢及び口囲のしびれ感−知覚異常」(numbness in the estreoities and in the periora1 areas paresthesia)であり(甲第59号証168ページ)、これは「いわゆる自覚症状としてのしびれ感」を指しているのであって、水俣病の診断上問題となっている感覚障害、すなわち四肢末梢優位の感覚障害とは明らかに異なるものである。原告がバキル報告が世界的に受け入れられた証左として示す、世界保健機関が1990年に発行したIPCS(国際化学物質安全計画)環境保健クライテリア101「メチル水銀」では、「イラクの事件では多くの症例でパレステジア(引用者注:知覚異常)は一時的であった。」とされており(乙第107号証55ページ・下線は引用者による。)、バキルらが報告しているパレステジアは中枢性のものでもなければ、不可逆的な障害でもなかったと認められ、水俣病の診断上問題となっている感覚障害とは異なることが明らかである。

(4)関西水俣判決について
 これまで原告は、関西水俣訴訟最高裁判決、及び同最高裁判決において是認された同大阪高裁判決に依拠してその主張を述べてきているが、以下述べるとおり、原告の主張は失当である。

ア 損害賠償の基準は認定の基準とは関係がないこと
 原告は、「救済法の趣旨は、被害者の立証上の負担を軽減するところにあったはずである」から、「救済法上の救済範囲は、大阪高裁の判断準拠よりもより広いものになるべきなのである。」(原告第35準備書面200ページ)と主張する。
 しかしながら、前記(1)アで述べたとおり、救済法における「被害者の立証上の負担の軽減」の趣旨は、救済法の定める健康上の被害(当該疾病)の存在と当該疾病と大気汚染又は水質汚濁との間の因果関係の存在、という2点さえ証明されれば、a)加害者及び加害行為の特定、b)加害行為と損害との間の相当因果関係の存在、c)加害行為の違法性、d)加害者の故意、過失等については、証明を要さないという意味であって、不法行為法理に基づく救済において要求される上記a)ないしd)の要件の証明を不要にすることにより、健康上の被害及びその被害と大気汚染又は水質汚濁との間の因果関係について立証できる者に対し、迅速な救済を図ろうとするものである。
 これに対し、損害賠償請求訴訟においては、裁判官が、上記a)ないしd)のそれぞれについて立証がされていること、すなわち、加害者及び加害行為が特定されていること、加害行為と損害との間の相当因果関係があること、加害行為に違法性があること及び加害者に故意又は過失があることがそれぞれ立証されていることを前提として、不法行為法の理念である損害の公平な分担という見地から結論を導いていくことになるのであり、健康上の被害等を確実に立証できる者に対して迅速な救済を図ろうとする救済法の制度趣旨と、加害者の故意過失等を要件として損害の公平な分担を図ろうとする不法行為法の制度趣旨との間には明確な違いがある。
 この点につき、関西水俣大阪高裁判決では、「46年事務次官通知あるいは52年判断条件は、端的に言って、救済法あるいは補償法における認定要件を設定したものと理解するべきであろう」、「本件で問題となっている病像論は、52年判断条件とは別個に、被告チッソ水俣工場から排出されたメチル水銀中毒被害についての不法行為に基づく損害賠償請求事件であるから、・・・民事訴訟における被害の立証として、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得る高度の蓋然性の証明は、いかなる知見、経験則に基づいてなされるべきか、また、メチル水銀中毒症によるどの程度の症状について、損害賠償が認められるべきかという問題ということになる」と判示されている。また、関西水俣訴訟最高裁判決の最高裁調査官による判例解説(長谷川浩二・最高裁判所判例解説民事篇平成16年度581ページ、582ページ))においては、「原審は、@本件は不法行為に基づく損害賠償請求事件であるから、補償法等の下での認定要件を定めた昭和52年判断条件とは別個の基準によるべきであるとした上で、A水俣湾又はその周辺海域の魚介類を多量に摂取したことに加え、(a)舌先の二点識別覚に異常のある者、(b)四肢末梢優位の感覚障害があり、家族内に水俣病であると認定された患者がいる者、(C)口周辺の感覚障害又は求心性視野狭窄のある者のいずれかであれば、その症状はチッソが排出したメチル水銀化合物に起因すると認められる旨の判断基準を示して、個々の患者につき判断を加えた。」、「本判決は、原審認定の事実関係の下では原審の判断は是認することができると判示するにとどまり、病像論につき踏み込んだ判断を示さなかった。」、「補償法等による給付は、国に違法行為があったことを前提とするものではなく、不法行為責任とは別に、政策的に設けられたものであるから、補償法等による給付がどの範囲に及ぶかは、不法行為責任とは別に、補償法等の解釈により定められるべきものである。そうすると、本件においては昭和52年判断条件とは別個の基準によるべきものとした原審の上記判断@は、いわば自明のことと思われる(また、補償法等の下での認定基準としての昭和52年判断条件が合理的であるかどうかにつき、原判決及び本判決が判断を何ら加えていないことも明かであろう)。」と述べられている。
 したがって、救済法における水俣病の認定は、飽くまでも医学的知見に基づいて客観的にされるべきものであって、関西水俣病大阪高裁判決が採用した国家賠償請求訴訟におけるメチル水銀中毒症の判断基準に左右されるものではない。

イ 疫学の結果は直ちに個人に適用できないとされていること
 疫学的手法を本件申請者が水俣病と認定されるべき根拠とする原告の主張の誤りについては、既に被告第3準備書面第3の1(3)等で述べたところであるが、関西水俣大阪高裁判決においても、「本件のような公害訴訟において、疫学が重要な役割を果たすことは原告らの主張するとおりであるが、それはあくまで一般的にその症状がメチル水銀に起因している可能性が高いというにとどまり、個別の当該患者が、高度の蓋然性をもって、メチル水銀中毒症に罹患しているとまで認定することはできない。したがって、疫学から見て四肢末梢の感覚障害のある者はメチル水銀中毒症に罹患していると認定すべきであるとの原告らの主張は採用することはできない」と判示されているのである。

ウ 末梢神経が障害されることを否定していないこと
 原告は、第35準備書面において、「大阪高裁は、メチル水銀は末梢神経を障害しないと判断した。」(40ページ)と主張する。
 しかしながら、関西水俣大阪高裁判決は、「メチル水銀中毒による末梢神経の損傷はほとんどないか、損傷されてもその程度は少なく」と判示しただけであって、末梢神経障害の存在を完全に否定したものではない上、同判決の上告審判決は、「上記事実関係の下においては、原審の判断は是認することができる。」と判示したにすぎず、上記アのとおり「病像論につき踏み込んだ判断を示さなかった」ものと解説されており(前記最高裁判例解説)、原告の主張はこれらを正解しないものにすぎない。

エ 関西水俣大阪高裁判決の医学的誤りについて
 なお、関西水俣大阪高裁判決においては、

@ 水俣湾周辺地域においてメチル水銀化合物により「汚染された魚介類を多量に摂取していたことの証明がなされる」こと
A 次の3要件のいずれかに該当すること
a 舌先の二点識別覚に異常のある者及び指先の二点識別覚に異常があって、頸椎狭窄などの影響がないと認められる者
b 家族内に認定患者がいて、四肢末梢優位の感覚障害がある者
c 死亡などの理由により二点識別覚の検査を受けていないときは、口周辺の感覚障害あるいは求心性視野狭窄があった者
 の2条件を満たせば、「メチル水銀に起因する障害が生じている患者と認定してさしつかえない」としているが、この判断については、以下のとおり医学的な誤りないし不適切といわざるを得ない点が含まれている。

(ア) Aaにおいては舌先又は指先の二点識別覚をもって判断の根拠としているが、上記(3)キで述べたとおり、二点識別覚については、その客観的かつ標準的な検査方法が現時点で確立しておらず、そのような二点識別覚検査の結果のみを用いて中枢神経の障害が証明されたとすることは医学的には不適切である。

(イ) Abにおいて判断根拠とされている「四肢末梢優位の感覚障害」については、大阪高裁判決の中でも、「四肢末梢優位の感覚障害はメチル水銀中毒以外の原因によっても生じうるものであるから、四肢末梢優位の感覚障害があることのみによっては、高度の蓋然性をもって、当該患者がメチル水銀中毒であるとまではいえない」と判示されているとおりであり、たとえ家族内に認定患者がいる場合であっても、当該感覚障害が他の原因によって生じうることは変わらないのであるから、当該感覚障害のみの症侯によって判断を行うことは医学的には不適切である。

(ウ) Acについても、「口周辺の感覚障害」及び「求心性視野狭窄」はいずれも他の疾患においても生じうるものであり、当該症候のみによって判断を行うことは医学的には不適切である。

(5)二宮意見書に対する反論
 二宮意見書(甲第164号証、甲第218号証)及び同意見書に基づく原告の主張が医学的に誤っていることについては、被告第12準備書面で述べたとおりである。
 これに対し、原告は、新たな意見書(甲第240号証。以下「二宮意見書3」という。)を提出したが、以下述べるとおり、やはり二宮正助教(「二宮助教」という。)の意見は医学的に誤っている。

ア 二塚信氏の疫学調査の妥当なこと
 二宮助教は、二塚信氏の論文は本来の汚染地区を非汚染地区として設定しているため誤りであるなどと述べている(二宮意見書3(1ページ))。
 しかしながら、そもそも被告らは、二宮助教の行った疫学調査での水銀汚染地域での調査結果が二塚信氏らの調査での水銀汚染地域での調査結果と比較してあまりに大きく異なっている(約10倍の差がある)ことから、二宮助教の調査結果の信頼性に疑問があると主張しているのであり(被告第12準備書面第2)、仮に二宮助教の主張するとおり二塚信氏らの非汚染地区の設定に何らかの問題があったとしても、二宮助教の調査結果の信頼性に疑問があることには変わらない。

イ 二宮助教の考察の不適切なこと
 二宮助教は、メチル水銀汚染地区とメチル水銀非汚染地区を比較し、「『水俣病』発生地区(メチル水銀汚染地区)で、四肢の感覚障害を呈していれば、メチル水銀の影響だと考えることは適切である。」(甲第240号証二宮意見書3(5ページ))と述べる。
 しかし、二宮助教は、自ら「メチル水銀に曝露されたこと以外の条件は同じにすることが必要である」(同意見書1ページ)などと述べながら、水銀曝露以外の条件の全く異なる集団を比較して何らかの結論を導こうとしているのであって、主張が矛眉している。なお、上記のような結論は、疫学的にも到底意味のある結論とはいえない。

ウ WH02004レポートについて
 二宮助教は、「WH02004年レポートに、環境保健クライテリア101から引用して、『中枢神経と末梢神経系が傷害された症侯を示す』と記載されていることは認める。」(二宮意見書3(9ページ))とした上で、「ここで述べられている内容は、運動神経の問題であり、全く問題の所在が異なる。」(同ページ)などと述べる。
 しかし、2004年WHOレポートは、環境保健クライテリア101のみならず過去の多数の論文を調査し、それらを総合的に判断した上で、運動神経に限定せずに、中枢神経と末梢神経の両方が障害されると結論づけているのであり、環境保健クライテリア101のみを取り出して2004年WHOレポートの結論が誤っているとするかのような二宮助教の上記主張は失当である。

エ メチル水銀中毒による末梢神経の障害について
 二宮助教は、「末梢神経障害を支持する論文が少ないというのが、世界の趨勢である。」(10ページ)と述べる。
 しかし、メチル水銀中毒により中枢神経が障害される旨記載されている資料等においても、メチル水銀中毒により末梢神経が障害され得ることは否定されていないのであるから、単にメチル水銀中毒による末梢神経障害について記載した論文数が少ないことのみをもってメチル水銀中毒患者に末梢神経障害はないことの根拠とすることは誤りである。

オ 末梢神経障害と伝導速度検査の関係について
 二宮助教は、WHO環境保健クライテリア1において「メチル水銀に非常に強い曝露を受けた患者において、伝導速度になんら変化を見出すことはできなかった。」と記載されていることをもって末梢神経障害がないことの根拠とするようである(二宮意見書3(11ページ))。
 しかし、二官助教自身も述べているとおり「神経伝導検査は大径有髄神経線維の機能を測定している」(同意見書22ページ)のであるから、小径有髄柚経線維や無髄線維末梢神経に障害があっても、大径有髄神経線維が障害されていない場合には測定される神経伝導速度は低下しないのであり、衛藤意見書でも述べられているとおり、伝導速度に変化がないからといって末梢神経障害がないことの証左にはならない。

カ 二官助教の文献引用の誤りについて
 二宮助教は、HANDBOOK OF CLINICAL NEUROLOGYの記載を引用し、メチル水銀中毒において末梢神経障害がないことの根拠としている(二宮意見書3(11、12ページ))。
 しかしながら、同書では上記引用箇所に引き続いて、「これらの、ヒトにおける情報の不足は、動物において感覚神経の明らかな変化が形態学的・電気生理学的に観察されている事実と併せて考察されるべきである。動物実験では、脊髄後根神経も水銀の摂取による主要な病巣であることが明らかにされており、このことは培養組織においても明確に示されてきた。」とも記載されており、末梢神経障害がないとは記載されていないことが明らかである。
 また、そもそも同書が出版されたのは1987年であり(同意見書資料18)、その記載内容は既に陳腐化しているといわざるを得ない。
 なお、二宮助教は、「水俣病のケースで末梢神経が傷害されたとする病理学上の変化はごくわずかで、しかも(それを証明する)方法も不完全である(武内・衛藤1977)。」と訳している(二宮意見書3(11ページ))が、原文は"Patho1ogica1 changes in the PNS of Minamata cases were minimal1y described and quantitative techniques were on1y applied in limited fashion(Takeuchi and Eto 1977)."と記載されている(同意見書資料18(273ページ))のであるから、正しくは「(略)病理学上の変化の記載は少なく、定量的な手法が用いられた例は限られている。」と訳すべきである。

キ 末梢神経障害の診断の方法について
 二宮助教は、衛藤医師の論文について、「横田氏が(中略)定量的にコントロールとの比較を行うべきではないのかと問題点を指摘している。これに対し衛藤氏は、(中略)自らの方法の限界を認めている。」(二宮意見書3(14ページ))としている。
 しかし、衛藤意見書に述べられているとおり、病理学的に神経障害と診断するには、神経系の特殊染色を行い、明らかな神経線維の消失像(神経紬胞の減少)と膠原繊維による修復像(コラーゲンの増加)を確認すれば足りるのであり、必ずしも有髄神経の直径分布のヒストグラムまで作成する必要はない。このことは、衛藤意見書別紙4掲載の写真からも容易に理解できることである。この点、衛藤医師と横田氏との間の書簡(二宮意見書3資料31)において、衛藤医師は「末梢神経病変の有無を証明するには、検索方法はいろいろあります。」、「ヒストグラムで示す場合は、相当数の検索例が必要です。」、「人体例の生検も倫理的に困難ですので、(中略)種々の方法論があって良いのではないでしょうか。」と述べている。
 なお、二宮助教が対照として引用する永木らの論文(二宮意見書3(15ページ)、資料33)については、上記の神経系の特殊染色が行われていないほか、健常者の神経線維を摘出して検査を行ったことの倫理的問題等があり、今日に至るまで一般の学術誌には採用されていない。

ク 高齢者の末梢神経障害について
 二宮助教は、長島らの「末梢神経所見は有機水銀中毒症の判定の指標にはなりにくいのではないか」との報告を引用している(二宮意見書3(15ページ))。
 しかし、上記長島らの報告書中にも「これらの(高齢者の神経の)病変が悪性腫瘍例に多いことから腫瘍による直接の影響か治療薬の影響か、または腫瘍以外の因子によるのか臨床所見との対応をも含めさらに多数の症例にて検索していくことが重要である」(同意見書資料37-a(86ページ))と記載されているように、上記報告も、末梢神経所見について鑑別診断の必要性が大きいことを指摘して今後の研究課題を提示するにとどまるものである。

ケ 口周囲の感覚障害について
 二宮助教は、「顔面に感覚障害が起きるときは頭頂部から起きる。」(二宮意見書3(37ページ))と主張する。
 しかしながら、二宮助教が「その後、頭頂部にそして顔面の中央が障害される」(同意見書37ページ)と訳している”Periphera1 Neuropathy"(同意見書資料72)においては"(略)Later、the vertex of the head and the centra1 face are affected”と記載されているのみであり、「その後、頭頂部及び顔面の中央が障害される」と訳されるべきものである。なお、同書のFigure39-3においても、頭頂部と口周囲が同時に障害された例が示されている。

(6)疫学に関する主張(津田証言・津田意見書)に対する反論

ア 原告の主張する疫学データについて
 原告は、本件申請者が「水俣病と認定されるべき蓋然性が高い申請者であった。」と主張する根拠として、津田敏秀医師の「水俣病問題に関する意見書」(甲第92号証)及び日本精神神経学会・研究と人権問題委員会が発表した見解(原告第35準備書面105ページ)を引用する。
 津田医師の上記意見、及び同医師が主導して作られたと推測されるほぼ同内容の上記委員会の見解は、医学界のコンセンサスを得た見解ではなく、今日までこれを支持する主だった研究もないが、原告はこれらをもって科学的医学的データであると主張している。そこで、津田医師の意見は、常識的な疫学の定義に反する上、その疫学調査には、疫学的に要求される疫学の判断条件、誤差(バイアス)が全く考慮されていないなど、致命的な誤りがあるものであって、その調査結果が疫学上も到底信用し得ないことを明らかにすることとする。

イ 疫学のみにより個別的因果関係を立証することはできないこと
 疫学は、「人間集団における健康集団の頻度と分布を規定する諸要因を研究する医学の一分野」と定義される。ここでいう集団は、人間の生活、行動、性質などを共にするいろいろなサイズのグループが目的に応じて選ばれ、いずれの場合でも、常に実杜会の人間集団を直接の観察対象とする。
 つまり、疫学の特徴は
 @疫学の観察対象は、個々の人間でなく「人間集団」であり、その平均的特徴であること
 A疫学の研究対象は、疾病を有する者のみならず健常者を含む人間集団の全体であること
 B疫学の研究目標は、健康障害の頻度や分布を規定する諸要因を解明すること
にある。
 このように、疫学は、個体差を一切考慮せず、集団の統計的特徴に基づいて健康障害の要因を推定していく学問的方法論であるから、個人を観察の対象とし、個体差を常に考慮する臨床医学において、この疫学的手法を利用することにはおのずから限界があり、「疫学研究のみの結果に基づいて病気の原因を決定することは不可能であり、この点について疫学者の意見の相違があるとは思われない。」とされているところである(秋葉澄伯「疫学研究は個人レベルでの因果関係を評価できるか」環境と健康Vol.11 No.3 June 1998・乙第109号証126ページ)。
 世界的な疫学の権威であるケネス・ロスマン博士も、「疫学的研究の主要な目的は、疾病の原因を調査することである。」、「法廷で専門家は、ある特定の疾病を持った患者が特定の曝露によって引き起こされたかどうか意見を求められることがある。個人における因果関係を求める方法は、疫学的な方法とは根本的に違う。疫学的方法では、どのような個人に対しても因果関係を当てはめようとすることはしない。疫学的方法というのは、特定の個人に対するというより、むしろ理論上の意味で曝露が疾病の原因なのか、という言説を評価するものである。」(ケネス・ロスマン著「ロスマンの疫学」(乙第138号証)63ページ)と説明している。
 以上のとおり、疫学的に有意であったからといって、そこから個人の疾病と曝露との個別的因果関係を判別することが不可能なことは、疫学の常識と言っても過言ではない。

ウ 津田敏秀(以下「津田医師」という。)の疫学に関する見解の誤り

(ア)津田医師の見解の要旨

a 津田医師は、その意見書(甲第92号証)において、「五二年判断条件の妥当性を検証する」として、これまでの水俣病に関する研究をまとめて一覧表(同号証66ページの「表5−1」。以下「表5−1」という。)を作成し、「曝露群において五二年判断条件で認定されるであろう者を除いた後の四肢末梢性の感覚障害の有病割合と、非曝露群の四肢末梢性の感覚障害の有病割合を明示し、その2つの有病割合を用いて相対危険度を求める」(同号証65ページ)としている。
 取り上げられている調査は、曝露群に関するものとしては、立津調査(甲187号証の三)、藤野調査(甲188号証の一、二)、原田調査(甲189号証)及び二官・浴野らの研究(甲190号証の一、二。津田意見書では「Ninomiya調査」と称されている。以下「二宮・浴野らの研究」という。)であり、非曝露群に関するものとしては熊本調査(甲191号証)が挙げられている。

b 津田医師は、「表5−1」を前提として、「曝露群寄与危険度割合は、ほぼ全例で90%を越え、とりわけ水俣に近い地域では、99%を越えている。これは、当該地域において四肢末梢性の感覚障害を呈する患者は99%以上は水俣を中心とした何らかの曝露による発症、つまりメチル水銀曝露による発症であることを示唆している。」とする(甲第92号証67ページ)。
 その意味については、「例えば、100人の曝露があって感覚障害を呈する人がいた場合、寄与危険度割合が99%を超えているという前提ですけれども、その場合には、その曝露群の中の100名の内の99人以上の人が水俣病であることを意味するということでよろしいんでしょうか。」との問に対し、津田医師は、「そうですね。水俣病によってその症状を発症したということが言えるわけですね。」と証言し(第15回口頭弁論期日調書と一体となった証人尋問調書(以下「調書」という。)165ページ)、その津田医師の見解を前提とし、「例えば、曝露群の中の100名の中から1名の方を選別した場合に、その方にメチル水銀の曝露歴があって、感覚障害を呈しているとしたら、ほかの疾患の可能性を考慮することなく、その方は水俣病であると診断されることになるんでしょうか。」との問に対し、「ほかの疾患があってもなくても、そういうふうに言えます。」と証言している(調書166ページ)。
 そして、「99%の寄与危険度割合からすると、曝露群の中の感覚障害を呈する100名の中のある個々の1名の方を選別した場合に、その1名の方が水俣病に罹患してる確率というのは99%になるという趣旨でしょうか。」との問に対し、津田医師は、「そうですね。」と答え(調書168ページ)、続けて、「個人の因果関係も疫学のみで判断できるということですか」との問に対し、「ええ、疫学しかないわけですね。」と証言し(調書169ページ)、疫学のみによって、ある要因と症侯との個別的因果関係を判断できると断言した。
 そして、様々な調査データを疫学的手法を用いて解析すると有機水銀曝露歴及び四肢末端優位の感覚障害を有する者が水俣病に罹患している蓋然性は99%であるとの結論が導かれることから、チエが水俣病に罹患している蓋然性は99%であるともいう。

(イ)疫学的因果関係の判断条件が認められないこと(「関連の整合性」が認められないこと)
 「疫学調査による結果が、その疾患に関する既存の知識とも合致し、また、その疾病についてみられるいろいろな現象がそれによって矛盾なく説明できること。」が、「関連の整合性」として疫学的因果関係の判断条件とされている。
 津田医師は、水俣湾岸地域においてメチル水銀曝露があり、感覚障害があれば、両者の間の相当因果関係を肯定できるとするが、かかる見解は、神経内科学等の隣接科学の知見に反するものであり、「関連の整合性」を欠く。
 すなわち、「新潟では患者が7名発見された昭和40年6月時点で、阿賀野川下流域の全住民24,093名の一斉調査を行い、後に汚染企業昭和電工のある鹿瀬町まで遡及して調査し、本症を9項目に分解して、ひとつでも該当するものは診察する一斉調査で患者発見に努めた。これによって、同年末までに感覚障害のみのきわめて軽い患者を含む初期患者計26名が確定された。両地域の症侯に見られたみかけの差は、患者検出方法のこのような差の反映であることが明らかになっており、後に九州でも軽症患者の検出が進んだ。当例、感覚障害のみの患者は、すべて1、2年後に典型的な症状を呈した」と述べられている(近藤喜代太郎著「最高裁の水俣病判決に寄せて」(乙第139号証)475ページ・下線は引用者による。)。
 また、水俣病にみられる四肢末梢性感覚障害は、一般に多発性神経炎型と総称されており、これは極めて多くの原因によって生ずるばかりではなく(荒木淑郎著「神経内科学第2版」(乙第140号証)662ページ)、祖父江博士らが調査したところによれば、原因を明らかにできないものが210例中108例あったと報告されている(「末梢神経障害のすべて」(乙第141号証)15ページ)ように、原因不明のものも少なくない。
 さらに、このような症状を有する者の割合は加齢とともに増加するが、椿教授の調査によれば、養老院に入院した後に死亡した50歳以上の老人217人には、入院時で8パーセント、死亡前には12パーセントの者に四肢末梢性の感覚障害が認められたとされている(「水俣病の診断に対する最近の問題点」(乙第142号証)888ページ)。
 このように、感覚障害のみしか現れないメチル水銀中毒症は確認されていない上、四肢末梢性感覚障害は、原因が多岐にわたるだけでなく、特発性(原因不明)のものが多く、しかも、右各調査結果によれば、その頻度は加鈴とともに増加するものと考えられるとの科学的知見が存在するのであり、このような隣接科学上の知見に照らすと、津田医師の上記見解が「関連の整合性」を欠いているものであることは明らかである。

(エ)情報バイアスが考慮されていないこと
a 疫学において考慮しなければならないものの一つに、疾病状態の不正確な測定という情報バイアスがある。情報バイアスとは、試験参加者の曝露状態に関する情報や疾病の不正確さから生じる誤りを指す。
「表5−1」では四肢末梢性の感覚障害が疾病(症侯)として扱われているから、「表5-1」に基づく疫学調査結果の正当性を判断するためには、その四肢末梢性の感覚障害の診断の正確性を考慮しなければならない。

b ところが、甲第92号証の意見書(72、73ページ)の内容から明らかなとおり、津田医師は、情報バイアスを全く考慮していないという致命的な誤りを犯している。証言においても、津田医師は、「感覚障害の採り方ってのは、そんなに大きな違いはないです。審査会資料なんかにも載ってるとおりで、大きくばらっきようがありません。」(調書122ページ)と述べており、いつでもだれでも簡便に取れる所見であるかのように述べている。また、「感覚障害の採り方というのは、何度でも申し上げますけれども、そんなにバラエティーに富むものではなくて、決まりきったことをやるだけですので」と述べ(125ページ)、「専門が何であれ、あるいは診断に当たった先生の数が複数であったとしても、個々の先生ごとによって四肢末梢性の感覚障害の診断の採り方にバラツキだとか違いが生じるものではないか」との問に対して、「ええ、大きなバラツキは生じないと思います。」とも証言している(134ページ)。加えて、津田医師は、2004年に発行された「水俣病研究」(甲第117号証103ページ)においても、「四肢末端に優位な感覚障害、等の水俣病の主な諸症状は、研修医レベルでトレーニングが行われる検査法であり、神経内科学だけでなく、内科学一般、整形外科学、脳神経外科学、等々、広く医学医療各科において行われているものである」とし、医師であればだれでも検査実施が可能である汎用な検査であるように述べる。

c しかしながら、「感覚障害の検査は神経疾患の検査の中で最も難しいものの1つである」と位置づけられている、その理由は、「判定はあくまで患者の主観に頼らねばならないので、患者の協力が得られなければ正確な検査ができないから」であり、「異常のない人でも問診や検査により疲労したり精神的に動揺を示しているときには、正確な成績を得ることはできない」ため、「客観性の乏しい所見であり、これのみに頼ると失敗するので、常にほかの神経所見と照らし合わせて、総合判定すべき」とされている。したがって、検査に際し、医師が「患者に暗示を与えたり、誘導するようなことはしてはいけない」とされ、「検者のちょっとした言葉でも、患者は暗示にかかりやすいもの」であり、「こちら側の痛みはにぶくなっているはずだというようなことを、不注意にもらすと、その暗示によって患者が痛覚鈍麻に陥ることもある」とされ(ベッドサイドの神経の診かた・乙第4号証92ページ)、正確に感覚障害の存在を総合的に判断することには相当の慎重さが必要であるといえる。
 このように、各担当医師が具体的にどのような方法で、どの程度の時間をかけて、神経所見の有無を判断したのか等により、神経所見の採り方には差異が生じ得ることが明らかであるから、疫学者は、これらの前提情報を確認し、生じ得た情報バイアスを考慮しなければならないことは自明の理である。
 本件においても、調査の時点で既に水銀汚染地域におけるメチル水銀曝露の可能性が調査を行う医師にも被験者にも認識されていた上、各調査については、立津調査では200名以上の医師が(調書126ページページ)、二宮調査でも「結構な数」の医師が(調書129ページ)神経所見を採っている。また、津田医師は、甲第92号証の意見書を作成するに当たり、立津、藤野、原田、Ninomiya、熊本調査の感覚障害の診断方法の具体的な内容については、「どのような指示を・・・、カルテを見たら分かると思いますけど。」(調書119ページ)、「原田先生にもっと詳しく聞かないと分からないとは恩いますけどね。」(調書120ページ)などと述べ、感覚障害の採り方の詳細が分からないことを認めている(調書125ページ)。しかも、津田医師が非曝露群に設定したKの熊本調査については、感覚障害の診断方法について、研究者である熊本教授に尋ねることすらしていない(調書117ページ)。

d 以上に照らせば、曝露群に設定された立津、藤野、Ninomiyaの各調査においては、神経所見の診断手法にばらつきがあり、それぞれの精度・正確性にも疑問があるほか、医師・被験者の主観においても神経所見が認められる要素が強かったことが推認され、神経所見が熊本調査に比べて著しく広くあるいは緩やかに診断されるといった情報バイアスが存在していることが認められるというべきである。

e これらのために、津田医師の疫学調査結果では、相対危険度や寄与危険度割合が過剰に大きな値を示し、かつ、各調査ごとの数値に大きな差異を示し、「関連の整合性」の条件を満たさない結果を招来しているのである。そして、津田医師は、これらの情報バイアスを全く考慮することなく、結論を導いているのであるから、その手法によって出された寄与危険度割合が、疫学的意味を持たず信用し得ないことは明らかである。
 さらに、「表5−1」は、そもそも行政の水俣病の診断基準に問題があると考えていたという津田医師が、関西水俣訴訟における原告代理人から委嘱を受けて作成したものであることからして(調書95ないし98ページ。なお、109ないし114ページ参照)、作成に当たって津田医師の主観が少なからず働いていたといえる。

(エ)選択バイアスが考慮されていないこと
 疫学においては、選択バイアスをも考慮しなければならない。選択バイアスとは、観察された患者及び対照者又は曝露者及び非曝露者の選択方法を原因とする誤りをいう。
 ところが、甲第92号証の意見書の内容から明らかなとおり、津田医師は、選択バイアスを全く考慮していない。つまり、調査対象が偏って選択されている可能性がある。例えば、GのNinomiya調査については、対象地域の御所浦で二つに分かれているうちの一方の派閥の構成員のみを対象としたということであるが(調書153ページ)、曝露群に関する上記各調査が患者を発見しようとした調査であるならば、検査をする医師が、その地域における被験者が疾病に罹患しているという先入観を持っていたおそれがあり、また、曝露があったとして自分の意思で調査に協カする者だけを調査対象としたおそれもあり、その調査結果は、曝露地域全体の指標ではなく、偏ったものとなっていることが十二分に考えられる。また、それ以外の調査についても、被験者の抽出方法について明確な説明はない(調書139ないし152ページ)。
 このように、各調査では、選択バイアスが生じている疑いがあるが、津田医師は、その検討すらせず、調査結果をまとめるに当たり選択バイアスを考慮しないという誤りを犯している。
 したがって、この点でも津田医師の見解が信用できないといえる。

(オ)記述疫学的方法の域を出ていないこと
 前述したとおり、疾病と要因についての分析を行うためには、まず、記述疫学的方法により、疫学現象、すなわち、時間的、空間的、及び人の属性別にみたある疾患の発生率、有病率をとらえ、疾病発生の関連要因について仮説を立て、次に、その仮説を確かめ、関連牲の有無を明らかにするために、分析疫学的方法を用いる。分析疫学的方法には患者対照研究と要因対照研究(コホート研究)の二つの方法がある(乙第73号証20、21ページ)。
 ところが、前記のとおり、そもそも津田医師は、曝露群と非曝露群とが異なった研究における集団であるにもかかわらず、これらを何らの調整もせず比較しており、これは患者対照研究にも要因対照研究にも当たらず、記述疫学的方法の域を出ていないというべきである。
 すなわち、患者対照研究では、同一の特性を持った集団(たとえば、同じ住所地、同じ職業、同じ学校、同一の曝露要因など)内から、症例(患者)と対照(患者ではない人)を選び、それぞれの曝露歴を調べることにより、症例と対照の疾病発生の違いを見る。また要因対照研究であるならば、曝露要因以外は同一の特性を持った集団を追跡し、その集団から曝露のあった群となかった群についての相対危険度など、曝露要因の影響を評価する。しかし津田医師は、同一の特性を持った集団内から選ばれた集団同士を比較しているのではなく、場所が全く異なる地域に関する研究における集団同士を比較している。
 よって、津国医師の研究は、分析疫学的方法と評価することはできず、記述疫学的方法の域を出ないもので、信用できないものというべきである。

(カ)疫学のみにより個別的因果関係を立証できないという疫学の大前提を津田医師は理解していないこと

a そもそも、津田医師は、疫学により得られる因果関係の意義を理解していない。
 すなわち、前記で述べたとおり、疫学は、集団に対する疾病の因果関係を明らかにしようとするものであって、疫学的に有意であるからといって、ある要因と個人の疾病との個別的因果関係を肯定することは不可能なことは、疫学の常識である。
 つまり、寄与危険度割合は、どのようなバイアスにも歪められていない因果的作用を反映しているのならば、曝露を受けた集団の中で、曝露によって生じた集団内の疾病発生の割合を表す指標となる(「ロスマンの疫学」(乙第137号証)74、75ページ)。寄与危険度割合の数値自体は、例えば曝露を受けた人々という集団の中で発生した疾病において、曝露に起因する者の割合を示すものであり、一個人が発症したことについて、曝露がどれくらい寄与しているかを示すものではない。
 ところが、津因医師は、寄与危険度割合は個人が曝露によって疾病を発症した蓋然性を示していると証言している(調書168ページ)。
 このように、津田医師は、疫学の常識と相反する証言をしており、そのことからしても、その調査結果の科学的信用性は疑わしいといわざるを得ない。

b なお、被告らの主張は、訴訟において、疫学が曝露と症侯の相当因果関係の判断に全く寄与しないというものではない。しかし、疫学的因果関係は個別的因果関係を基礎づける間接事実にすぎない。
 しかるに、津田医師は、そもそも疫学のみによって個別的因果関係を立証できるとしたり、99パーセントの寄与危険度をもって個別的因果関係も99パーセント以上の確率で認められるなどと疫学についての基本的理解に疑問があり、加えてその調査結果は、疫学の判断条件が遵守されておらず、疫学調査自体の誤差も何ら考慮されていないのであるから、その調査結果の信用性は乏しい

(キ)まとめ
 以上のとおり、津田医師による疫学調査は、曝露群と非曝露群を比較するために必要である各種バイアスについての必要不可欠な考慮を欠くものであり、90パーセントや99パーセントといった相対危険度の数値が誤った疫学的方法・知見に基づき算出された、到底信用できないものである。
 また、津田医師の証言及び意見書は、曝露物質と集団の疾病発生との疫学的因果関係を、そのまま個人の診断に当てはめようとする重大な誤りを犯している上、曝露物質に対する個体差を無視して疫学によって得られた割合を個別の因果関係に利用しており、整合性を欠くものであるといわざるを得ない。

エ 津田医師の意見書(甲第239号証)について

(ア)津田医師の用いる疫学的手法の誤り
 津田医師の、自らの疫学研究に基づく「溝口チエが水俣湾産の魚介類を食べていなければ溝口チエに四肢末端に優位な感覚障害がなかった蓋然性は、99%より高い」(甲第239号証2ページ)等の主張が誤っていることについては、上記ウで述べたとおりである。

(イ)溝口チエは他の疾患を有していた可能性があること
 津田は、「溝口チエがこれらの障害〔引用者注:脳出血、梗塞等〕に罹患していた確率はきわめて低いと断言できる。」(甲第239号証5ページ)と述べているが、その根拠は全く不明である。
 なお、原告自身が「長年にわたる臨床医師としての経験、及び水俣病患者の診療に当たってきた経験をもっている。」(原告第39準備書面9ページ)と述べるS医師が実際に本件申請者を診察した上で、「病名不詳」(甲第2号証)と診断しているということは、本件申請者に見られた所見を総合的に判断すれば他の疾患との鑑別が必要と考えたということであり、むしろ本件申請者が他の疾患を有していた可能性を強く示唆するものであるといえる。

(ウ)水銀中毒患者の病理診断について
 津田医師は、「病理医が診断しているのは、症候が肉眼的に顕微鏡的に発生しているか否かの判断だけで、原因曝露との因果関係ではない。」(甲第239号証7、8ページ)、「衛藤氏が(中略)見えているのは神経紬胞の脱落や神経繊維〔引用者注:「線維」の誤りと推測される。〕の変性だけで、それがメチル水銀により生じたか否かということに関しては何の情報も与えない。」(同号証8ページ)などと述べている。
 しかしながら、病理医は通常、臨床情報(曝露の情報を含む。)を主治医から聴取して診断を行うものであり、水銀中毒の症例についての臓器中の水銀組織化学反応や水銀定量の結果も踏まえていることからすれば、津田医師の病理学に対する認識は誤っている。

(エ)メチル水銀中毒では末梢神経が障害されないとの主張について
 津田医師は、「New Eng1and Journal of Medicine」に掲載された総説の表(甲第239号証12ページ)を唯一の根拠として、メチル水銀中毒症患者では末梢神経傷害がないことを主張するが、中枢神経と末梢神経の両方が障害されることが明確に示されていることは被告が繰り返し述べているとおりである。

(オ)検査の客観性について
 津田医師は、「衛藤氏は二点識別覚が『客観性に欠ける』と称している」とした上で、「病理診断などは、密室で他者が検証する術がないものを『最終診断』(主観で判断)するわけである」(甲第239号証14ページ)と述べている。
 しかしながら、衛藤意見書において、二点誠別覚検査は第三者間で客観的な比較を行うための標準化した方法が確立されていない、臨床において水俣病であることを決定づける客観的な検査方法が現時点では存在しない旨述べられているのは、検査結果の再現性を他者が検証できないという意味においてであって、何ら問題ではない。
 そして、衛藤意見書において病理診断の結果が客観的知見である旨述べられているのは、診断に用いられた標本を、後日他者が用いて再診断し、当初の診断結果の当否を検証することができるという意味においてである。すなわち、すべて病理診断の結果は、時間を超えて他者からの検証にさらされる中で、普遍的なものとなるのであり、だからこそ臨床医からも尊重されているのである。
 津田医師の意見は、医学界では常識として受け入れられているこのような認識を無視する独自の見解にすぎない。

第3 争点A(本件処分に手続的暇疵があるか否か)について

1 原告の手続的違法に関する主張が主張自体失当であること

(1)原告の主張する「手続的瑕疵」は本件処分の取消事由に該当しないこと
 原告は、原告第10準備書面11ページ以下等において、本件申請に対する棄却処分が遅れたこと、及び医療機関の資料を収集しなかったことそれ自体が本件処分の取消事由に該当し、このような場合、棄却処分をすることは許されず、あるいは、水俣病であるとの認定をすべき法的効果が発生すると主張する。
 しかしながら、救済法はその3条1項で水俣病患者認定の要件を規定しているところ、同項及びこれを受けた公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法施行令1条別表6が規定する認定の要件は、「水俣病にかかっている者」のみであり、しかも、「水俣病にかかっている者」に該当するか否かは、医学的知見に基づいて判断されるべき事柄なのであるから、「申請に対する処分の遅れ」が認定の要件となるものではない。また、本件においては、医療機関調査の段階において保存期間経過等によりカルテ等が廃棄されていたものであって、「医療機関の資料を収集できなかったこと」が棄却処分を違法とすることはない。
 したがって、原告の主張する「手続的瑕疵」が本件処分の取消事由に当たらないことは明らかというべきである。

(2)「『極度の遅延』による認定義務の発生」について
 原告は、第10準備書面、第15準備書面等において、「極限論」などと称する意見を述べ、「極度の遅延」により申請を棄却することができず、水俣病患者であるとの認定処分をすべきであるとの法的効果が生じるなどとるる主張する。
 しかしながら、原告のこれらの主張が失当であることは、上記(1)で述べたところに加え、被告第4準備書面第4の1(14ないし16ページ)、同第7準備書面第1の2(3ないし5ページ)等で述べたところからして明らかである。

(3)「『極度の遅延』による立証責任の転換」について
 原告は、第7準備書面等において、「極度の遅延」により本件処分の適法性の立証責任が転換されるべきである旨主張しているものと解される。
 しかしながら、救済法3条1項所定の水俣病患者認定要件該当事実の立証責任は、原告が負担すると解すべきであり、これが被告に転換されることなどないことは、被告第4準備書面第4の2(16ないし23ページ)、同第7準備書面第2(5ないし7ページ)等で述べたとおりである。

2 本件処分の手続に違法はないこと
 上記1で述べたとおり、そもそも原告の主張する「手続的瑕疵」は本件処分の取消事由に該当しないが、この点をおくとしても、以下述べるとおり、本件処分の手続に違法はない。

(1)処分手続について
 本件申請者に対する処分手続が進められた当時の、熊本県における水俣病にかかる認定申請から処分に至る手続の概要は、次のとおりである。

ア 申請の受付
 救済法により認定を受けようとする者(認定申請者)は、申請書を熊本県衛生部公害対策局公害保健課(当時)に提出し、これを受けた同課では、申請書及び診断書等の添付書類について形式的審査を行った上、不備がなければこれを受理するとともに、申請者に対して受理通知を行う。

イ 調査及び医学的検査

(ア)申請者に対し、県職員による調査(病歴、職歴、生活歴、魚介類の入手方法及びし好性、家族の状況等についての調査。原則として個別に面接して調査する。)及び専門医師による医学的検査である検診を行う。
 具体的な検診の内容は次のとおりである。
 まず、予備的検査として視力検査、視野測定、眼球運動検査、純音聴力検査、語音聴力検査、聴覚異常順応検査及び視運動性眼振検査等を行う。
 そして、これらの予備的検査の後、神経内科、精神科、眼科、耳鼻咽喉科等の専門医師による検診を行うほか、血圧測定、生化学・血清学的検査、頚部等のX線検査等を行う。また、医師の指示により必要に応じて、各種血液検査、脳波検査、筋電図検査、末梢神経伝導速度検査、四肢の骨、関節及び頭蓋等のX線検査等を行う。
 以上の疫学的調査及び検診で得られた資料に基づき、県の職員及び熊本県公害被害者認定審査会(「審査会」)委員等(審査会委員及び専門委員)により審査会に提出する資料が作成される。知事は、審査会において水俣病に罹患しているか否かを判断するために直接使われる公害被害者認定審査会審査資料(以下「審査会資料」という。病理所見や後述の医療機関調査結果が加わる場合もある。)が整備された認定申請者について、知事は、同審査会に対し、審査会資料を提出して諮問する。

(イ)上記(ア)で述べた医学的検査(検診)は、「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法の施行について」(昭和45年1月26日厚生省環境衛生局長通知〔乙第17号証〕)の第1の2(1)及び「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法による認定に際しての医学的検査の実施について」(昭和45年1月26目厚生省環境衛生局公害部庶務課長通知〔乙第18号証〕)に基づいて行われている。また、検診内容等の詳細については、前述の通知等により国から示されており、具体的には、審査会が協議して決定している。
 なお、救済法に基づき認定申請を行う場合、認定申請書に認定を受けようとする疾病についての医師の診断書を添付しなければならないとされている(救済法施行規則2条1項)。しかしながら、このような診断書には、内容がまちまちであったり、所見の正確性に疑問があったり、必要な所見の記録が内容として乏しいなど、公平・公正性の点で問題があるものが少なからずあるため、審査会で高度な医学的判断を行うためには、通常この診断書だけでは不十分である。そこで、都道府県知事等は、審査会の意見を聴いて定めた医療機関(指定医療機関)に委託し、又は知事等が特に委嘱した医師により、申請者に対して所要の医学的検査を実施し、その上で審査会に諮問する必要がある。
 このことを水俣病についてみれば、水俣病は神経系疾患であるところ、神経症侯の把握は、診察の際の患者の応答により行わざるを得ないことが多いため、その把握にはそれ自体専門的熟練を必要とする上、水俣病の症侯は他の疾患にも同様に認められる非特異的なものであることから、類似症侯をもたらす他疾患との鑑別も不可欠であり、この判断には高度の神経学的知識が要請される。したがって、審査会において、水俣病か否かを的確に判断するためには、豊富な知識、経験を有している医師により、公正に検診が行われることが必要不可欠であり、このような検診が行われることなくして審査会による適正な審査は期待できない。そこで、熊本県においては、所要の医学的検査を、指定医療機関に委託し、又は、豊富な知識、経験を有している専門医師に委嘱しており、これらの検診医によって検診が行われている。

ウ 審査会での審査
 審査会では、各審査会委員等に、審査会資料(上記イで述べたとおり、県が実施した疫学的調査及び検診の結果得られた資料を基に、申請者の生活歴等に関する部分は県職員が、病歴等に関する部分及び検診結果に関する部分は審査会委員等が、それぞれ整理して記載(要約転記)したもの。)が配布される。なお、認定申請書に添付された診断書の写し(上記イ(イ))も、各審査会委員等に配布される。
 そして、審査会資料に沿って、まず、担当の県職員が疫学的調査の結果を説明し、次いで、神経内科、精神科、眼科、耳鼻咽喉科等の審査会委員等が、各科の検査所見を説明した後、これらを基礎として審査会で討議を行い、水俣病に関する医学上の知見に照らして、認定申請者が水俣病に罹患しているか否かを医学的に総合判断する。
 審査会では、総合判断の結果を、@「水俣病である。」、A「水俣病の可能性がある。」、B「水俣病の可能性は否定できない。」、C「水俣病ではない。」、D「わからない。」の五つの場合に分けて判定し、その内容に従って知事に答申(意見)する。
 なお、審査会では、環境庁から52年通知(甲第9号証)によって示された52年判断条件に基づいて審査が行われている。

エ 知事による処分
 上記ウの答申(意見)を受けた知事は、@ないしBの答申の場合には、水俣病と認定する旨の処分を行い、Cの場合には、水俣病認定申請を棄却する処分を行う(乙第121号証2枚目参照)。

オ 未検診死亡者の取扱いについて
 上記イで述べたとおり、水俣病であるかどうかを判断するための十分な資料を収集するには検診が必要であるため、認定申請後、検診が未了のうちに死亡し、剖検も実施されなかった者(「未検診死亡者」)については、水俣病であるか否かの判断が極めて困難である。そのようなことから、未検診死亡者の処分は進まず、知事は、昭和56年以降、審査会に対して諮問すること自体中断せざるを得ない状況が続いていた(乙第77号証ないし第79号証、甲第12号証ないし第14号証)。
 そこで、平成2年に未検診死亡者に係る医療機関調査要領(乙第19号証)が作成され、知事は、これに基づき、未検診死亡者が生前受診していた医療機関に対して、医療機関調査を行い、医療機関調査結果のうち、審査に関係する所見が記載されているものを参考資料として、実施済みの検診結果や疫学的調査結果を要約転記した資料(公的資料)とともに審査会に提出して諮問することとなった。
 そして、審査会においては、未検診死亡者については、上記公的資料及び参考資料を審査会資料として審査を行い、総合判断の結果を、I「公的資料により判断条件に相当する所見があると判断できる。」、U「公的資料によって水俣病でないと判断できる。」、Va「公的資料による所見のみでは不十分であるが、参考資料による所見で補うならば、判断条件に相当する所見の記載があった。」、Vb「公的資料(疫学資料は除く)はない(あっても所見がとれていない場合を含む)が、参考資料によれば判断条件に相当する所見の記載があった。」、Vc「参考資料によっても(公的資料による所見を補う場合も含む)判断条件に相当する所見の記載はなかった。」、Vd「判断条件に相当する所見があるかないか判断できない。」、W「判断できる資料が揃っていない。」、の七つの場合に分けて判定し、その内容に従って知事に答申(意見)することとなり、答申(意見)を受けた知事は、上記T、Va、Vbの答申の場合には、水俣病と認定する旨の処分を行い、U、Vc、Wの場合には、水俣病認定申請を棄却する処分を行うこととなった(乙第121号証2枚目参照)。

(2)本件処分に至るまでの経緯

ア 本件申請者は、昭和49年8月1日付けで、救済法3条1項の規定に基づき、水俣病認定申請(本件申請)を行い、被告は昭和49年8月5日付けでこれを受理し(甲第1号証)、以下のとおり、検診及び疫学的調査を実施した。
 昭和50年9月9日 耳鼻咽喉科予診
 昭和50年10月17日 眼科予診
 昭和52年6月9日 耳鼻咽喉科予診及び本診
 昭和52年6月16日 眼科本診
 昭和52年7月13日 疫学的調査(乙第24号証)
 なお、本件申請者は、昭和52年7月1日に死亡したため、神経内科及び精神科については未検診であり、病理解剖も実施されなかった。また、後記(3)において述べるような未処分者の滞留という特殊事情により、未検診死亡者の諮問中断(前記(1)オ)までの間に医療機関調査が行われるにも至らなかった。なお、乙第122号証は、昭和59年8月24日に決裁された「水俣病認定申請者に係る医療機関の調査について(伺)」に関する書面であるが、これに添付された「病院調査計画表」には、「病院診療所名」を「水俣市立病院」、「調査予定日」を「59.8.28」、「申請患者番号氏名」を本件申請者である「溝口チエ」とする記載があり、昭和59年当時、本件申請者に関して、水俣市立病院に対する医療機関調査が計画されていたことはうかがわれる。しかしながら、上記医療機関調査が実際に実施されたことを示す復命書や調査票等の資料は存在していないことや、当時においては、認定を現に待っている生存者の処分を優先せざるを得ない状況にあったことに照らすと、昭和59年ころに、本件申請者に関する上記医療機関調査を実施したか否かについては、極めて疑問であるというほかない。この点、乙第122号証に「派遣職員」として記載されている河野慶三氏も、同文書の作成経緯、同文書に係る病院調査計画の立案の経緯、同文書に記載された計画に基づいて実際に病院調査を行ったかどうか等については記憶がない旨証言している(河野証人尋問調書95、101、120、128ページ等)。
 その後、被告熊本県知事は、平成6年6月13日付けで、水俣市立病院(調査時の名称は「国保水俣市立総合医療センター」)に文書照会したところ(乙第25号証)、「保存期間経過等によりカルテがない」との回答があった(乙第26号証)。また、S医院、I医院については、当時いずれも廃院となっていたため、資料を得ることができなかった。

イ そこで、被告熊本県知事は、上記の検診及び疫学的調査等により得られた資料をもとに、平成7年7月12日付け公保第316号により、審査会へ諮問した(乙第27号証)。
 そして、審査会は、本件申請者について得られた疫学的調査結果、検診結果を基に、平成7年7月14日及び15日開催の第195回審査会において審査を行った結果、眼球運動で滑動性追従運動に軽度異常、衝動性運動には異常なしとの所見が得られているが、求心性視野狭窄及び後迷路性難聴は認められず、平衡機能障害は確認できず、感覚障害及び運動失調については資料が得られていない(被告第1準備書面第4の3(22ないし24ページ)ことから、被告熊本県知事に対し、平成7年7月31日付けで「判断するための資料が揃っていないため判断できない」旨の答申(前記(1)オ、W「判断できる資料が揃っていない」)を行い(乙第30号証)、被告はこの答申を受けて、平成7年8月18日付けで棄却処分(本件処分)を行った(乙第31号証)。

(3)本件処分に係る事情について
 上記(2)で述べたとおり、本件申請者については、申請から死亡までの約3年の間に検診が完了せず、死亡から医療機関調査が行われるまでに約17年が経過しているが、これは、以下述べるとおり、当時、熊本県が抱えていた未処分者数が膨大であったことや、未検診死亡者の処分がそれ自体極めて困難であったという事情によるものである。

ア 本件申請当時の状況(未処分者の滞留)

(ア) 水俣病は、昭和31年に公式発見された神経系疾患であるが、発生当初は典型的有機水銀中毒としてのいわゆるハンター・ラッセル症侯群の症侯(四肢の感覚障害、小脳性運動失調、視野狭窄、難聴、構音障害等)を高度に示し、水俣病であるか否かの医学的判断は比較的容易であるとされていた。しかし、もともと、神経系疾患の診断は、患者の応答により診察を進める場合が多く、相当の熟練を要する医師でないと正確な診断が困難な上、第1期審査会発足(昭和45年1月)のころには、有機水銀中毒症としては非典型的であって前記症侯を明確に具備しないものが多くなっており、加齢現象や他の疾病も類似の症候を示すことから、申請者の示す症侯が水俣病であるか否かの医学的判断は、一層困難となってきていた(以上につき、乙76号証117、118ページ)。
 なお、本件申請者は、昭和49年に申請したもので、原告の主張によれば、症状の発現は昭和47年ころからである。

(イ) 昭和46年、水俣病であるか否かの判断基準として、46年通知が環境庁から発出されたが、同通知に示された症状があるといえるか、当該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合を含め、当該症状の発現又は経過に係る魚介類に蓄積された有機水銀の経口摂取の影響が認められるといえるかについては、なお、その判断が困難な場合が少なくなく、審査会委員の間においても意見の一致を見ないことがままあった。
 また、昭和52年、環境庁は52年判断条件を発出したが、なお医学上の判断が困難な場合が少なくなかった(以上につき、乙第76号証118、119ページ)。

(ウ) 審査を促進するには、その前提となる検診を促進する必要があるが、水俣病の医学的判断が困難であることから、検診には相当の学識と経験を持った専門医に当たらせる必要があるところ、熊本県においては、諸般の事情から、これら専門医の供給は熊本大学医学部に求めるしかなく、その確保はもともと容易でなかった。
 そして、昭和48年3月、熊本地方裁判所においてチッソの水俣病患者に対する損害賠償責任を認めるいわゆる熊本水俣病第一次訴訟判決が言い渡されたこと、同年7月に水俣病患者東京本杜交渉団とチッソとの間で補償協定が締結されたことなどから、それまでおおむね月30件ないし60件で推移していた申請者数が、同年4月以降約150件ないし500件と急増したため、審査会による審査促進のための改善措置にもかかわらず、未処分件数は一向に減らず、処分の遅れは一層深刻になった。
 ちなみに、未処分件数は、チッソとの補償協定が成立する前年である昭和47年度末には584件であったが、同協定が成立した昭和48年度末には2172件、本件申請のあった昭和49年度末には2821件に上った(乙第51号証)。
 以上のとおり、申請者が急増し、これに伴い未処分件数の累計も急増したため、検診医の増員が必要となったが、熊本大学医学部医師は、水俣湾周辺地区住民健康調査並びに有明海及び八代海沿岸住民健康調査にそれぞれ従事した等の事情もあって、検診に従事する専門医の確保、増員を熊本大学医学部に頼ることでは不可能な状態にあり、このことによる検診の遅延が、審査の遅延、さらには処分の遅延を招いていた。
 そこで、知事は、環境庁の提案を受けて、昭和49年、未処分件数滞留の事態を打開するため、熊本大学のほか、九州各県の大学、国立病院の医師を動員することにより、検診医の増加を図って検診の遅延を解消することとし、同年7月と8月に約400人の集中検診を実施した。しかし、被告第2準備書面第3の9(1)オないしコにおいて述べたように、協議会(水俣病認定申請患者協議会)等の反対行動のため、徹夜の交渉で熊本県職員が暴行を受けたり、疲労のため救急車で搬出されるという事態まで発生した。そして、集中検診に参加した医師らも、協議会からの責任追及の態度に対して強い不満を示すとともに、紛争に巻き込まれたくないとして辞退の意向を示したことから、検診業務は一部を除いて同年9月から昭和51年3月まで、審査業務は昭和49年11月から昭和50年3月まで、それぞれ停止せざるを得ず、再開時には大量の未検診数、未審査数を抱えるに至った(未処分件数は、昭和50年度末は3191件、同51年度末は3641件に上った。乙第51号証)(以上につき、乙76号証121〜123ページ)。

(エ) 検診、審査業務の再開後は、協議会等の申請者団体の要望もあって、上記のような集中検診態勢を存続させることはできず、従来の熊本大学医学部中心の体制によるほかなかったため、検診数の急激な増加を図るのは困難であった。そのような状況の下において、国と熊本県は、検診、審査に従事する専門医の確保に努め、昭和52年10月以降は月間150人検診、120人審査(昭和54年4月からは130人審査)の態勢を整えるに至ったが、昭和53年以降再申請者が増加したこともあって、未処分件数の滞留が続いた(昭和52年度から同61年度までは未処分件数は5000件前後で推移していた。乙第51号証)。
 以上のように、熊本県において未処分者が膨大となり、一県では対応し得ない問題であったことから、昭和53年10月20日、第85回臨時国会において、臨時措置法が成立し、同年11月15日に公布され、昭和54年2月14日に施行された。これにより救済法に基づく申請者で認定に関する処分を受けていない者(本件申請者を含む。)は、環境庁長官に対し認定に関する処分を求めることができることとなった。そこで、環境庁と熊本県は、臨時措置法に基づき環境庁長官に申請できる者全員に対し、文書により申請の手続をするよう何度も呼びかけた(以上につき、乙第76号証124、125ページ)。

(オ) このように、当時、国及び熊本県は、検診、審査態勢の充実のため、種々の施策を講じたが、これらの施策にもかかわらず、未処分件数の滞留を解消することはできなかったものである(乙第76号証125〜127ページ)。ただし、認定の遅れによる不利益を可能な限り回避するため、種々の施策が講じられていたことは、待ち料訴訟差戻後控訴審判決の認定した諸事実を指摘した被告第4準備書面第3の2(5)のサにおいて述べたとおりである。

イ 未検診死亡者の処分が保留されたことについては、やむを得ない事情があったこと
 以上のような状況の下で、当時としては、未検診死亡者の処分よりも、認定を現に待っている生存者(待ち料訴訟最判(最高裁平成3年4月26日第二小法廷判決・民集45巻4号653ページ)のいう「相当期間内に応答処分されることにより焦燥、不安の気持ちを抱かされないという利益」を「内心の静穏な感情を害されない利益」として現に有している生存者)の処分を優先せざるを得なかった。
 また、本来、審査会が水俣病であるかどうかを医学的に判断するには、審査に足りる資料が必要であるから、未検診死亡者は本来審査に必要な資料の一部又は全部を欠いていることになる。そして、前記(1)イ(イ)で述べたとおり、申請時診断書や検診医でない他の医療機関の資料は、内容がまちまちであったり、所見の正確性に疑問があったり、必要な所見の記録が内容として乏しいなど、公平・公正性の点で問題があるものが少なくなく、にわかに重視できるものではない(乙第76号証130ページ参照)ため、未検診死亡者に対する民間資料(民間の病院を受診した際の資料)の使用は、処分の公正さや、未検診死亡者と生存者の間の公平(特に、検診拒否運動、すなわち、審査のために必要な資料を得るための検診医による検診を拒否する運動が激しい中で、生存者との間の取扱いの公平さは大きな問題であった。)、未検診死亡者の中でも資料がある人とない人の間の公平等、水俣病認定審査制度の枠組み全体の問題と深くかかわることであった。したがって、未検診死亡者の処分は、それ自体極めて困難な問題であったのである。
 このような事情から、未検診死亡者に対する処分は進まず、被告熊本県知事は、昭和56年以降、審査会に対して諮問すること自体、中断せざるを得ず(乙第77号証ないし第79号証、甲第12号証ないし第14号証)、その後平成6年度に至るまでの間、未検診死亡者の処分に着手できないこととなったのであり、未検診死亡者の処分が保留されたことについては、やむを得ない事情があったのである。

ウ 本件申請者について
 本件申請者が申請した昭和49年度末には、2821人の未処分者を抱えていたが、その後も未処分者は増加の一途をたどり、本件申請者が死亡した昭和52年度末には4731人を数え、その後、昭和53年度末、同54年度末、同59年度末及び同60年度末には5000人を超えるに至った(乙第51号証)。
 このような事情の中で、被告熊本県知事は検診の促進に努め、本件申請者の死亡までに眼科及び耳鼻咽喉科の予診及び本診は行われたが、神経内科及び精神科の検診は未了となった。しかし、上記イで述べたとおり、生存者の処分を優先せざるを得ず、また、未検診死亡者の処分は、それ自体極めて困難であったことから、本件申請者については、昭和56年の未検診死亡者の諮問中断までの間に医療機関調査及び諮問が行われるに至らず、その後、平成6年度になるまでは、本件申請者を含む未検診死亡者の医療機関調査等に本格的に着手することができなかった。

工 以上によれば、本件申請者について、申請から死亡までの約3年の間に検診が完了せず、死亡から医療機関調査が行われるまでに約17年が経過しているのは、やむを得ない事情によるものであったというべきであるから、このことから本件処分が違法であるなどということはできない。

(4)まとめ
 以上のとおり、本件処分に至る手続に違法性はなく、本件処分に取消原因はない。

第4 本件義務付けの訴えは却下されるべきであること

1 本件義務付けの訴えは、行訴法3条6項2号の「行政庁に対し一定の処分又は裁決を求める旨の法令に基づく申請又は審査請求がされた場合において、当該行政庁がその処分又は裁決をすべきであるにかかわらずこれがされないとき」において、「行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟」(同条項柱書、「申請型義務付け訴訟」)に該当するところ、申請型義務付け訴訟のうち、「申請又は審査請求を却下し又は棄却する旨の処分又は裁決がされた場合」の類型については、当該処分又は裁決が「取り消されるべきもの」であるときに限り、提起することができるとされているから(行訴法37条の3第1項2号)、当該義務付けの訴えに併合される処分の取消請求が認容されることが訴訟要件となるものと解される。
 したがって、当該処分又は裁決の取消請求訴訟が認容されない場合は、当該処分又は裁決が「取り消されるべきもの」に該当せず、申請型義務付け訴訟は、前記の訴訟要件を欠くものとして却下されるべきである(市村陽典「行政事件訴訟法の改正と訴訟実務」法律のひろば2004年10月号23ページ以下。特に同27ページ中段)。

2 本件申請を棄却した本件処分は、前記第2及び第3で述べたとおり適法であるから、本件処分が取り消されるべきものに当たらないことは明らかである。
 したがって、本件義務付けの訴えは、前記の訴訟要件を欠き不適法であるから、却下されるべきである。

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