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熊本地裁の経過一覧表

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2001年  12月18日 提訴 訴状 提訴までの経過、認定手続きの怠り、資料収集の怠り、チエの罹患の事実、判断条件の誤り
2002年  03月15日 第1回口頭弁論 意見陳述書 認定審査手続きの違法性、病院調査の放置、立証責任は被告が負担すべき、求釈明(電話応答記録、未検診死亡者に対する病院調査)
原告第1準備書面
被告答弁書 棄却処分の違法性等、全面的に争うことを主張
2002年  06月10日 第2回口頭弁論 原告第2準備書面 未検診死亡者の放置は被告の方針であったこと
被告第1準備書面 水俣病像の初歩的説明、認定業務の概要、本件処分の適法性(病院調査が遅れた理由は未処分者数が膨大であったことのみ)
原告第3準備書面 被告第1準備書面への反論
2002年  09月02日 第3回口頭弁論 原告第4準備書面 チエの疫学事情、水俣病罹患の医学的根拠
原告第5準備書面 電話相談記録(乙号証)の分析におり被告の怠慢(原告問い合わせを無視)を指摘
2002年  12月02日 第4回口頭弁論 原告第6準備書面 認定制度違法運用の歴史
原告第7準備書面 本件事案の特異性(民間カルテが存在せず)の観点からの立証責任論
2003年  02月24日 第5回口頭弁論 原告第8準備書面 チエの被曝歴(特にお孫さんの毛髪水銀値)
原告第9準備書面 被告の病院調査は、S医院の廃院を書類上で確認したのみで、それ以上のカルテ調査をしなかった
原告第10準備書面 <審査手続きの極限的な遅延の場合は、被告は認定申請を棄却することが許されない>との新しい法理の主張(極限違法論)
原告証人申請 宮澤信雄・津田敏秀・県公害部長・電話対応者
2003年  06月27日 第6回口頭弁論 原告意見書 被告第2〜4準備書面に対する反論の骨子
被告第2準備書面 原告第6準備書面への反論(法律の建前論、数字や字句の異同へのこだわり、事実関係は認めており評価を争う。集中検診への抗議の様子を詳論
被告第3準備書面 原告第8〜10準備書面への反論(チエは水俣病である蓋然性は低い。疫学的手法は個別の因果関係には適用されない)
被告第4準備書面 原告第7準備書面、第10準備書面への反論(極限違法論は根拠無し、立証責任は原告が負担すべき)
2003年  08月04日 郵送のみ 原告第11準備書面 求釈明要求(申請後の手続き、検診審査等について、また未検診死亡者とその対策について、カルテの収集について)
2003年  09月19日 第7回口頭弁論 原告第12準備書面 被告第2準備書面(原告第6準備書面への反論)への反論。主に認定制度違法運用の歴史について
原告第13準備書面 被告第4準備書面のうち立証責任は原告が負担すべきということへの反論。原告第1準備書面の続編にあたる
証人尋問に関する上申書 2003年2月24日に提出した証人申請のうち、最も尋問を希望するのは県公害部長、特に1994〜1995年在籍の永野義之・環境公害部長
被告第5準備書面 求釈明の一部への回答。但し最も肝心な未検診死亡者の滞留については答えず
2003年  11月28日 郵送のみ 意見陳述書 上記被告第5準備書面への追加を要請
2003年  12月05日 第8回口頭弁論 原告第14準備書面 疫学的手法の解説と、それによった専門家会議や水俣病判断条件の批判、中公審議事録についても言及
原告第15準備書面 被告第4準備書面(極限違法論は根拠がない)への反論。救済法の主旨、行政手続法についても言及
原告第16準備書面 永野部長証人尋問の必要性を主張、資料(新聞記事など)も添付
原告第17準備書面 溝口家の水銀曝露やIPCSクライテリアについての被告の反論(準備書面3及び5)に対して反論。中公審議事録も引用
2004年  01月13日 郵送のみ 原告準備書面  訂正書 原告第14〜17準備書面の字句訂正
2004年  02月27日 第9回口頭弁論 原告第18準備書面 被告第6〜8準備書面へのとりあえずの反論。本訴訟の本義は被告の未検診死亡者の放置、切り捨て策を問うことにある
被告第6準備書面 あらためて溝口チエが水俣病棄却相当であったことを主張。1971年水俣湾周辺地域住民健康調査の資料を利用
被告第7準備書面 原告の証人申請に対する反論。尋問の必要なし、またこれ以上は求釈明に答えない
被告第8準備書面 原告第14及び17準備書面への反論(専門家会議や水俣病判断条件への批判は理由がない。中公審議事録は証拠能力が低い。溝口家の曝露からは水俣病に罹患していなかったことが推認される)
2004年  05月21日 裁判長の交代 裁判長:野尻 純夫 左陪席:小野瀬 昭 右陪席:中島 栄
第10回口頭弁論 原告第19準備書面 被告が原処分時には使用せずに、裁判が始まってから新たに発見した資料を持ち出して原処分を正当化しようとしたこと(被告第6準備書面)に対する批判
原告第20準備書面 医学専門家会議(1985)の空疎な実態と委員たちの不適格性を指摘、被告の疫学論に対する批判
2004年  08月20日 第11回口頭弁論 原告第21準備書面 永野義之証人の必要性を再度主張。この訴訟の審理を進めるためには、未検診死亡者の認定手続の実態解明が不可欠である
原告第22準備書面 チエが死亡した1977年から処分の出された1994年までの、未検診死亡者に対する県の対応実績の求釈明
被告第9準備書面 原告第19、20準備書面への反論。改めて52年判断条件の正当性を主張
2004年  11月12日 被告側証人主尋問 永野義之・元熊本県環境公害部長に対する被告側の主尋問
2005年  01月14日 被告側証人   反対尋問 原告第23準備書面 1994年4月と6月に行われた病院調査の実態の求釈明
1997〜1995年の病院調査実施資料の提出要求と実態の求釈明
永野義之・元熊本県環境公害部長に対する原告側の反対尋問
2005年  04月15日  裁判長の交代
 新裁判長
  横山秀憲
原告第24準備書面 救済法の趣旨からも、溝口チエを水俣病と認めるべきであることを主張
原告第25準備書面 チエの水銀曝露・水俣病発症について疫学的背景を説明する
原告陳述書 原告による、水俣病発生時のころの南袋地域やチエの様子についての証言
津田意見書 居住歴・喫食歴と感覚障害があれば水俣病と認められる。チエは認定相当であった
2005年  06月13日 進行協議 津田敏秀氏、溝口秋生氏の証人採用を決定
2005年  07月11日 津田敏秀氏
原告側主尋問


溝口秋生氏
原告側主尋問
原告第26準備書面 被告が従来主張してきた(1994)よりも早い時期(1984)に病院調査をする予定があったという書面(乙122〜125号証)を、審理日程も終盤になって出してきたことに対する抗議。および河野慶三(当時医療審議員)に対する証人申請
津田敏秀氏、溝口秋生氏への原告側主尋問(溝口氏は次回へ継続)
2005年  10月14日 津田敏秀氏
被告側反対尋問
被告第10準備書面 原告第26準備書面に対する回答。1984年に実際に病院調査が行われたかどうかはわからない。
原告第27準備書面 被告が提出した証拠「1971年の住民健康調査の資料」の制作過程に対する疑問、求釈明。
原告第28準備書面 主に1970年代前半に各団体で行われた調査や検診の略年表
原告第29準備書面 被告第10準備書面に対する反論。提出書類に対する被告側の杜撰な態度を批判。
津田敏秀氏への被告側反対尋問と原告側補充尋問(溝口氏は次回へ継続)
2005年  10月28日 義務付け訴訟提訴 訴状 チエさんを水俣病と認定するよう熊本県に義務付け訴訟の併合提訴
2005年  12月12日 溝口秋生氏
主尋問・反対尋問
原告第30準備書面 水俣病認定問題における河野慶三氏の位置づけ
原告第31準備書面 被告提出の証拠(乙111〜121)をもとに未検診死亡者の切り捨ては熊本県・国の政策であったことを証明
義務付け訴訟に対する被告答弁書 義務付け訴訟の却下を主張
2006年  02月13日 第12回口頭弁論 原告第32準備書面 被告答弁書に対する反論(義務付け訴訟)
原告第33準備書面 長期にわたる処分の遅れは不作為違法であることを立証(棄却取消訴訟)
原告第34準備書面 被告が民間カルテを収集しなかったことは証明妨害にあたることを立証(棄却取消訴訟)
二宮意見書  (第1) 1977(S52)年判断条件は医学的に誤りであること。チエさんは水俣病であったことを証明(義務付け訴訟)
2006年  05月08日 第13回口頭弁論 裁判官交代 新裁判長=亀川清長 新右陪席=内山真理子 左陪席は変わらず
原告第35準備書面(義務付け訴訟) S52年判断条件は医学的、法的に誤っている。チエさんは水俣病である。
証拠申出書及び立証方針 4人(二宮正氏、宮澤信雄氏、河野慶三氏、溝口秋生原告)の証人申請
二宮意見書  (第2) 末梢神経障害説のために多くの人が棄却されていた。被告県が主張する水俣病判断基準は、既に関西訴訟最高裁判決で否定されている。
2006年  06月13月 進行協議 原告第36準備書面(義務付け訴訟) 第35準備書面の要約
2006年  07〜08月 郵送のみ 原告第37準備書面(義務付け訴訟) 第35準備書面の誤字訂正
原告第38準備書面(義務付け訴訟) 本訴訟における津田意見書・証言と二宮意見書の位置関係
2006年  10月12日 進行協議 上申書 原告、被告ともにこれ以上新たな主張・立証をする必要はないと判断できる。
現裁判官による早期結審、判決を求める
被告第11準備書面 チエには四肢末端の感覚障害も含めて水俣病の症候は認められない(被告第1、第3準備書面と同内容)
2006年  12月22日 第14回口頭弁論 右陪席の交替
原告第39準備書面(義務付け訴訟) S診断書の証拠価値は高い。またチエさんの審査資料がS診断書のみになった責任は被告・県にある。
2007年  3月9日 河野慶氏
主尋問・反対尋問
被告第12準備書面 四肢末梢の感覚障害は末梢神経障害による。
2007年  5月1日
 〜7日
郵送のみ 津田意見書  (反論書) 被告第12準備書面、衛藤意見書に対する反論
二宮意見書  (第3) 被告第12準備書面、衛藤意見書に対する反論
2007年  7月6日 結審 原告最終意見陳述 原告・溝口秋生さんによる最終意見陳述。
原告第40準備書面 以下に続く第41〜43準備書面に共通する総論。この裁判の特徴と本質。救済法の趣旨・目的。被告の不誠実な応訴態度、等。
原告第41準備書面 チエさんは水俣病に罹患していた(病像)。
 第1章、チエさんの生活歴と南袋地区の当時の状況。
 第2章、救済法の趣旨・目的、疫学からみた観点、大脳皮質障害からみた観点、いずれの場合でもチエさんは水俣病患者と認定されるべきである。
原告第42準備書面 チエさんの認定棄却処分は取り消されるべきである。熊本県が医学資料の収集を意図的に放置し、水俣病罹患を証明する資料を失わせた上で棄却処分にしたことは、手続上において著しく違法である。
原告第43準備書面 52年判断条件は、法的・医学的にみても誤っている。この条件を当てはめてチエさんを処分することは認められず、チエさんを水俣病患者と認定するべきである。
原告第44準備書面 原告第1〜34準備書面の誤植訂正(ホームページ掲載の書面は訂正済み)
被告最終準備書面 52年判断条件は妥当である。チエさんには水俣病に関連する病状は認められない。原告の主張する医学論(疫学による水俣病罹患の可能性の高さ、大脳皮質障害による四肢末梢の感覚障害)は誤っている。関西訴訟判決も医学的に誤っている。
2008年  1月25日 熊本地裁判決 判決要旨
判決文
チエさんの水俣病の症状を証明するカルテがないとして、病院調査を放置した熊本県の責任は不問のまま、原告の請求を全て棄却。

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