二宮正意見書・第3
まず、メチル水銀の影響を調べる時の科学の原則を述べる。
基本的に以下の認識の不足が、水俣病の科学を停滞させた大きな要因の一つではないかと考えるからである。
@ 対照実験
小学校5年でえんどうまめの発芽実験を学ぶ。例えば、発芽に水が必要かどうかを調べるために、二つのコップを用意する。一方のコップは、水を浸した脱脂綿をいれる。その上にえんどうまめを置く。もう一方のコップには、乾いた脱脂綿をいれ、その上にえんどうまめを置く。その他の光、空気などの発育に影響を及ぼす条件は同じにする。つまり、水以外の条件は同一にする必要がある。
この結果、水のあるほうが発芽して、他方が発芽しなかったなら、水が、発芽に影響を及ぼしたことがわかる。
A メチル水銀の影響
メチル水銀の曝露が、ある現象に影響を及ぼしたかどうかは、メチル水銀の曝露以外の要因は同一となる対照(コントロール)と比較することが必要である。これは、えんどうまめの発芽実験と同じく、対照実験の原理が用いられる。この原理は科学一般の方法論として、疫学、病理、臨床に応用される。
B 次に、被告第12書面に対する意見を述べたが、その概略を以下に示す。
1 第2に対する意見
1)メチル水銀汚染が健康に影響を及ぼしたかどうかを明らかにするためには、確実に汚染があった地域と、確実に汚染がなかった地域を比較する、それ以外の条件は同じにすることが基本となる。これは、えんどうまめの発芽実験と同じである。
2)二塚氏の疫学論文は、汚染地区と非汚染地区の規定が不明確である。不知火海沿岸住民は、汚染された証拠、あるいは汚染された可能性を示唆する証拠は十分あるが、逆はない。二塚氏の論文は、汚染地区を、コントロールに設定している。すでにここで失敗している。
3) 神経疫学の部分は、次のような情報−コントロールの地理的な場所、年齢分布、職業的背景、漁の形態、検査の方法、確実に汚染がなかったという証拠等−が全く示されていない。結果を吟味する前に、この部分が成功しているかどうかが不明なため、評価を求めること自体が無理である。
4)多発神経炎、あるいは四肢の感覚障害の罹患率を、非汚染地区として、厚生省の調査結果、米国での結果、さらに、被告が信頼する荒木氏、二塚氏らの調査結果で示す。それと、汚染地区での四肢の感覚障害の罹患率を、環境省の環境白書のデータから概算したものを示す。この違いは、メチル水銀が原因と考えられる。
2 第3に対する意見
1)ヒトにおいて、感覚障害の症状は、メチル水銀曝露で最初に表れる症状である。曝露が漸次大きくなれば、症状が強くなり、また他の症状が出る。
2)末梢神経が損傷されるという認識は、「水俣病」でしか通用していない。
3)末梢神経が傷害されていないことを支持する論文は多く、末梢神経が傷害されたことを支持する論文は少ない。
4)特に、環境省の機関である国立水俣病研究センターの前所長の、末梢神経が傷害されたとする論文は、科学でない。さらに・・・・
5)症候群は、特定の傷害部位を含む(その結果共通する症状を有する)ことを共通にする疾患群の呼称である。
6)神経診断は、症候群としての局在診断を行う。さらに原因診断として絞り込んでゆく。そのガイドラインが診断基準である。
7)52年判断条件は、局在が不明であり、症候群になっていない。
8)末梢神経傷害をもとにした52年判断条件は、誤ってメチル水銀中毒患者を棄却した。
9)反射は末梢神経傷害を診断するうえでの有力な検査である。
3 第4に対する意見
1) 不知火海沿岸にみられる四肢、口周囲の感覚障害は、メチル水銀が原因であると考えられる。他疾患が第一の原因との証拠はない。
2)それは、大脳皮質が傷害されて起きたことが、神経診断学上も妥当である。
4 第5に対する意見
1)口周囲の感覚障害もまた、大脳皮質傷害で起きる。
2)単ニューロパチーで、口周囲に傷害がくることは珍しい。
3)三叉神経で最も長いのは、第1枝である。そのため、多発ニューロパチーでは、頭頂部から感覚障害が起きる。
4)二点識別覚は信頼に足る検査である。医学部の学生でも皆知っている。
5)この検査で水俣病の感覚障害の責任病巣が大脳皮質であることがわかる。
5 第6に対する意見
1)ヘルペスについては、訂正しない。
2)遺伝性アミロイドーシスについては、一部被告の意見を取り入れ、訂正する。ありがとうございます。
6 最後に、溝口チエはメチル水銀中毒症である
溝口チエは、メチル水銀で大脳皮質が傷害され、四肢、口周囲の感覚障害が起きたと考えられる。それゆえ、水俣病である。
2 被告第12書面 第3-1に対する意見
国、熊本県は「末梢説」を採用している
3 被告第12書面 第3-2に対する意見
メチル水銀が中枢、末梢知覚神経両方を傷害するとの考えは、世界的な知見ではない
6 被告第12書面 第3-4に対する意見
深部腱反射について
7 被告第12書面 第3-5に対する意見
改めて水俣病の診断基準は誤っている。新たな基準で溝口チエを判断すべきである
1 対照実験
メチル水銀曝露が、ある現象に影響を及ぼしたかどうかは、メチル水銀曝露のない対照(コントロール)との比較でわかる。メチル水銀曝露以外の条件を同じにする。これが対照実験の原理である。これは、疫学だけでなく、病理、臨床でも応用される。
この対照実験に関して、『科学研究の態度』−成功への要点−(資料 1)は以下のように書かれている。
「対照に制限のあるもの−人間とか高価な家畜とか−で実験を計画する時はしばしば困難に逢着する。対照実験の基本的必要事項が満足されないならその企ては止めた方がよい、こんなことは自明の理のようであるが、研究者は困難が大に過ぎると見ると妥協して、結局なんにもならない企画をすることが稀でない。実験例数を多くしたからといって、決して十分な対照群の欠如を補ってくれるものではない」
2 疫学での対照実験
メチル水銀に曝露された住民に健康上の偏りが生じているかどうかは、メチル水銀に曝露されていない住民との比較が必要である。そして、メチル水銀に曝露されたこと以外の条件は同じにすることが必要である。
3 二塚氏の疫学調査の論文 Long-Term Follow-Up Study of Health Status in Population Living in Methylmercury-Polluted Area (Makoto Futatuka 他)の検討
(1) 対象群とコントロール群の設定について
メチル水銀汚染の影響を研究するとき、以下の、@、A、Bから不知火海沿岸地区はメチル水銀汚染地区と考えるのが適切である。
@ チッソ水俣工場は1953年頃より1968年までメチル水銀を排出していた。そのうち1959年までは水俣湾へ、それ以降は水俣川を通じて不知火海へ流していた(web page水俣病からメチル水銀中毒症へ 3.水俣病の発生と拡大 3)患者発生:水俣湾から津奈木へ)
A その結果、不知火海沿岸住民の毛髪水銀値が上昇した(web page水俣病からメチル水銀中毒症へ 3.水俣病の発生と拡大 3)メチル水銀の広がり:不知火海沿岸全体へ)ことが、熊本県、鹿児島県の調査(1960−62年)で明らかになった。不知火海の外海に位置する阿久根住民の毛髪水銀値も高いことに注意すべきである。これは、魚の回遊、漁場、流通が影響している。
B ネコの毛の水銀値は、天草牛深のネコや宇土半島の三角西港のネコの水銀値も上昇している(web page水俣病からメチル水銀中毒症へ 4.不知火海環境汚染 過去 2)不知火海沿岸 ねこの毛の水銀濃度)。
(2) メチル水銀汚染地区と非汚染地区の設定を誤っている
Fig3の不知火海周辺の、Area 1 (メチル水銀汚染指定地区)をメチル水銀汚染地区、Area 2(その周辺地区)を非汚染地区として、メチル水銀の影響による健康の偏りをみている。しかしこれは間違いである。Area 2もまたメチル水銀汚染地区である。
Fig4 Map of subject areaから、Area 2にあたる天草下島でも「水俣病」患者が少なくとも3名出ているのがわかる。この地区をコントロールと考えること自体間違いである。
同様の間違いは、小児の神経心理学の研究や、津奈木の研究にもみられる。2.2のEffects of methylmercury exposure on junior high school children born from 1955-58 near Minamata bayにおいて、Fig4 Map of subject areaの、School Bの地区をメチル水銀非汚染地区と考えている。
「もう一つの中学B、コントロールとして選ばれたが、そこは経済状態や生活スタイルが中学Aと類似しているが、しかしながら、漁場は有明海であり、メチル水銀の汚染の歴史がない」との説明がある。
また津奈木の研究でも、津奈木の海岸に住む人をメチル水銀汚染群、それ以外の人(おそらく山間部に住む人)をメチル水銀非汚染群に設定している。
これらの「メチル水銀非汚染群」は「メチル水銀汚染群」と考える方が正しい。魚の回遊、漁場、流通を考慮する、あるいはネコの毛や人の毛髪水銀が上昇していることを考慮すれば、「汚染群」としての証拠はあるが、「非汚染群」とする証拠はない。
(3) MParea,nonMPareaがどこを指すのか不明である
神経学所見を比較した、MPAreaあるいはnonMPAreaの具体的な場所が不明である。これ以前では、比較対照としてのコントロール群の場所を明示していたために、そこはむしろ「汚染」地区であることを指摘できた。この神経学所見の調査においては、対照地区が明示されていない。
疫学論文をみるときは、まず対照実験としての条件が整っているかどうかが問題になるが、この論文ではそのことに触れていないから、科学的に行われたかどうかは判断できない。
(4) 津奈木町と鹿児島県大島郡笠利町の比較
ちなみに、二塚氏の研究を講演会等で聞いたことがある。津奈木と奄美大島の笠利町の神経所見を比較している(資料 2)。しかし講演会のレジュメにあるように、調査対象は両地区とも60才以上なので、この論文(対象は40才以上)のnonMPAreaとは異なる。
そして、笠利町は、漁村ではなく、サトウキビと牛を中心産業にした農村であり、漁村とは社会的背景が異なる。
4 ninomiyaらの疫学調査について
汚染地区:曝露群が御所浦大浦住民。対象人口116名 男女比0.94 対象が確実に曝露群である(対象の71人は毛髪水銀が明らか。平均35±20ppm)、沿岸漁業中心の共同体の村である、他からの魚介類が流入しない(不知火海以外の魚を摂取しない)。
非汚染地区:非曝露群が宮崎県市振住民。対象人口146名 男女比0.87、人為的メチル水銀曝露がない(1971年日向灘の魚介類の水銀値0.11±0.07ppm)、沿岸漁業中心の共同体の村である、他からの魚介類の流入がない(商業的にも、漁業的にも不知火海の汚染魚が流入しない)。
この両地区で疫学的調査が行われた。これはメチル水銀曝露以外の条件は同じ、唯一メチル水銀の曝露の有無に違いがあった。
論文の翻訳と応募時の編集者との間の書簡を付ける(資料 3)。われわれの調査が科学的に行われたことがより詳しく理解できる。
5 感覚障害の罹患率について−科学こそ権威を嫌う
二塚氏の論文について、すでにその問題を指摘した。
かりに適切なコントロール、すなわちメチル水銀曝露以外の条件が同じような対照群と比較した結果だとしても、ninomiyaらの論文と二塚氏らの論文の罹患率の差を「神経内科専門医」に求めることは驚きである。科学こそ最も権威を嫌うものである。
水俣湾沿岸部住民と津奈木の沿岸部住民で、あるいは津奈木の山間部住民とでは、なぜ罹患率が異なるのか? 曝露と罹患の関係がまず問われなければならない。
1 不知火海沿岸住民の四肢に感覚障害があれば、まずメチル水銀が原因である
不知火海沿岸住民の四肢に感覚障害があれば、まずメチル水銀中毒症を考えるのは適切である。その発生頻度が、非汚染地区に比較して高いことは二宮意見書(第1)で述べた。
一方被告は、第一準備書面で、「四肢末端ほど強く現れる感覚障害は主なものをあげただけで、(略)原因不明も多い」として、多発ニューロパチーの原因の多さに注目させているのみで、その発生頻度について具体的データは何も示していない。
そこで他の資料から、四肢の感覚障害や多発ニューロパチーの発生頻度をメチル水銀汚染地区とメチル水銀非汚染地区で示す。
2 メチル水銀汚染地区での発生頻度
「平成18年度環境白書 総説2 環境問題の原点 水俣病50年」の第3節「4 今後の水俣病対策について」その概要がわかる(資料 4)。
「水俣病」発生地区住民の20万人中に、総合対策事業で四肢の感覚障害があるものに対して交付された医療手帳保持者は、平成18年3月末の生存者は8200人、公健法等に基づく認定を受けたものは2955人いる。総計11155人/20万人が四肢の感覚障害を有することになる。
これは人口10万人あたり5578人となる。
3 メチル水銀非汚染地区での発生頻度
@ 多発ニューロパチーの発生頻度
1)厚生省 精神 神経疾患 委託研究の「器質性神経症状を呈する疾患に関する死亡数及び総患者数の推計」(資料 5)は、厚生省の資料に基づき、神経疾患の患者数の分析を行っている。
「疾病および関連保健問題の国際統計分類」ICDとはWHOの疾病分類の国際基準である(資料)。なお、糖尿病やアルコールによるニューロパチー、また原因不明のニューロパチーもこの中に含まれる(資料 6)。
多発神経傷害は、末梢神経系の障害(350-359)の遺伝性及び突発性ニューロパシー(356)、炎症性、中毒性ニューロパチー(357)に属する。
遺伝性及び突発性ニューロパチーは、詳細不明も含めて、総患者数が男女あわせて、10万人当たり1.09人、炎症性、中毒性ニューロパチーは、10万人あたり、21.72人である。総計人口10万人あたり22.81人である。
2)Neuroepidemiology(神経疫学)(資料 7)
米国での有病率は、Table 44.5から、Polyneuropatiesは、人口10万人あたり40人である。
3) 新内科学大系 8 神経疾患の頻度概観(資料86)
表16 日本における神経疾患の推定頻度(黒岩)
ニューロパチー 人口10万人あたり150人である。
A「四肢の感覚障害」 年齢を限定した調査
1)荒木淑郎氏(元熊本大学神経内科教授、元認定審査会審査委員)、二塚信氏、熊本俊秀氏(水俣病認定審査会、専門委員)らの調査(資料 8)によれば、60才以上の1270名中3名が四肢の感覚障害を有する。人口10万人あたり236人(60才以上)である。
これらの数値を比較すると、「水俣病」発生地区での四肢の感覚障害の罹患率は、非汚染地区の、四肢の感覚障害の罹患率あるいは多発ニューロパチーの罹患率と比較して、23倍から244倍高いことがわかる。
@Aより、「水俣病」発生地区(メチル水銀汚染地区)で、四肢の感覚障害を呈していれば、メチル水銀の影響だと考えることは適切である。
被告第12書面 第3-1に対する意見
国、熊本県は「末梢説」を採用している
1 いわゆる「末梢説」と「中枢説」について
水俣病(メチル水銀中毒症)で見られる感覚障害の責任病巣について、病理学的に主に末梢知覚神経の傷害で生じるととらえるのか、あるいは大脳皮質中心後回の傷害で生じるととらえるのかの違いで、「末梢説」あるいは「中枢説」という言葉を使用している。
2 「末梢説」と「中枢説」の例
例えば、水俣病関西訴訟で衛藤氏は(二宮意見書(第2))、「中心後回は全体的に病変があります。そうしますと、手とか足だけの局在性というのはありませんので、四肢末梢の証明は(中心)後回では病理学的に証明できません」「私は、四肢末端ですから末梢神経の障害による影響と考えています」と証言している。つまりメチル水銀中毒症(水俣病)の感覚障害は、主として末梢知覚神経の傷害で生じた(大脳皮質(中心後回)の傷害も病理学的に認めている)と述べている。
さらに、衛藤氏は論文「水俣病の感覚障害に関する研究−剖検例から見た感覚障害の考察−」(資料12)のI 緒言で「水俣病の初発症状である四肢末梢優位の感覚障害は、メチル水銀によって招来された感覚神経の病変によると考えられ、脊髄神経根、末梢神経の特に感覚神経優位の病変はヒトの生検例あるいは剖検例において一般病理学的ならびに電子顕微鏡的に詳細に報告され(1〜3)、またこの様な病変の存在は実験的にも証明されている(4〜13)。一方、中枢神経系においては、傷害部位の選択性があり、最近では臨床生理学的研究により感覚中枢である後中心回の関与も無視できないといわれている(14)」と書いている。この下線部は自らの論文の引用である。つまり、この論文が発表された時期(1994)は、末梢神経傷害により感覚障害が起きると考えるのが定説だとの認識であった。
さらに、衛藤氏の医学書簡(資料13)は「水俣病患者の感覚障害が四肢末端にあることが、末梢神経傷害ではなく、直ちに後中心回の病変に由来する考えには納得行きません。(略)小生の結論は、剖検例から考察して、(略)中心後回の病変に由来するものとは考えにくいと思います。中心後回は瀰漫性に傷害されており、全身的な感覚障害を招来すると考えています。(略)」と書かれている。
このように、末梢神経の傷害により四肢の感覚障害が起きていると考えることを、「末梢説」とよぶ。
一方「中枢説」というのは、関西訴訟控訴審判決文にあるように、メチル水銀中毒症(水俣病)の感覚傷害は、主として大脳皮質(中心後回)の傷害で生じた(末梢知覚神経は正常である)という意味である。
3 水俣病の感覚障害は「末梢説」で考えられていた
二宮意見書(第1)と二宮意見書(第2)から明らかなように、水俣病の専門家と言われる多くの神経内科医は、大脳皮質よりも末梢神経が主な責任病巣と考えていた。つまり、末梢神経の傷害で生じる多発神経障害(多発ニューロパチー)で、四肢の感覚障害が生じたと考えていた。
また、被告第6準備書面は「略 (水俣病にみられる四肢末端優位の感覚障害は、多発ニューロパチーの一種である。)略 」、つまり四肢の感覚障害の責任病巣は末梢神経であると考えていることを示している。
さらに、水俣病認定審査会資料 図2-52(資料14)は、神経系のなかで、傷害部位別に、その特徴的な感覚障害の型を示している。
この図で、四肢の感覚障害を示しているのは、末梢神経障害による多発神経炎型の感覚障害のみである。もう一つの責任病巣である大脳皮質傷害(ここでは頭頂葉の傷害による感覚障害が該当する。それが両側に起きたのが、水俣病での大脳皮質傷害に相当する)による感覚障害は、四肢の感覚障害を示していない。
また、複合覚検査の一つである二点識別覚検査について、衛藤意見書4-4および被告第12書面第5の2(2)の後半に、二点識別覚検査そのものを一般的でないと主張している。
つまり、病理学的に大脳皮質中心後回が瀰漫性に傷害されることを認めつつも、その症状は、末梢神経の傷害による症状しか採用していない。
これは、水俣病の感覚障害が「末梢説」で考えられていたことを表している。
4 口周囲の感覚障害もまた「末梢説」で考えられていた
被告第12書面で、「実際に、水俣病では口周囲の感覚障害が症侯として認められる場合があるが、この症侯は末梢神経障害として医学的説明が可能であるし、水俣病として認定された患者の剖検例で三叉神経の病変が確認されている例もある(乙第132号証)。」との説明をしている。これは、三叉神経(末梢神経 第5脳神経)の傷害で生じるとの主張である。つまり「末梢説」を基本としている。
大脳皮質中心後回のみの傷害で、口周囲の感覚障害も起きる(三叉神経の傷害によるものではない)という中枢説とは異なる。
なお末梢神経障害(多発ニューロパチー)の症状、検査所見と、大脳皮質中心後回の傷害の症状の違いは、「被告第12書面 第3-5に対する意見 改めて水俣病の診断基準は誤っている。新たな基準で溝口チエを判断すべきである」の「2 感覚障害の責任病巣が誤りである」に示している。
被告第12書面 第3-2に対する意見
メチル水銀が中枢、末梢知覚神経両方を傷害するとの考えは、世界的な知見ではない
1 WHO2004年レポートについて
WHO2004年レポートに、環境保健クライテリア101から引用して、「中枢神経と末梢神経系が傷害された症候を示す」と記載されていることは認める。
環境保健クライテリア101(資料 9)には、「大量曝露では、メチル水銀は末梢神経に影響を与える(Rustamら、1975)。イラクの患者では、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤の治療により改善する神経性の筋力低下の症状がみられた」と書かれている。
アセチルコリンとは、運動神経末端から放出される神経伝達物質であり、それが神経終末から放出され、筋肉のアセチルコリン受容体に結合して、筋肉が刺激されて収縮する(資料10)。
つまり、メチル水銀の大量曝露において、神経性の筋力低下、つまり末梢運動神経の先端と筋肉の接合部の間に、アセチルコリンの放出異常が起きたという意味である。そして筋力が低下したとの内容である。
問題は、水俣病(メチル水銀中毒症)で、末梢知覚神経が傷害されるかどうかの問題を議論しているのである。ここで述べられている内容は、運動神経の問題であり、全く問題の所在が異なる。
2 メチル水銀の傷害臓器は中枢神経
厚生労働省 食品安全委員会の報告(府食 第762号 平成17年8月4日)「厚生労働省発食案0723001号に係る食品健康影響評価の結果の通知について」の添付資料「魚介類等に含まれるメチル水銀について」を示す。
これは、メチル水銀の傷害臓器は中枢神経であることを認めており、また感覚障害が単独で出現することも認めている(二宮意見書(第3)「第3-5に対する意見 改めて水俣病の診断基準は誤っている。新たな基準で溝口チエを判断すべきである」の「4 二つのメチル水銀中毒症:「水俣病」とメチル水銀中毒症を参照」)。
3 末梢神経毒性に関する報告は少ない
環境省委託研究「水俣病に関する総合的研究」分担研究(平成9年)V.3 有機水銀の健康影響に関する文献レビュー」(資料11)で環境省は、メチル水銀の神経毒性に関する文献レビューを行っている。
「C 研究結果 1神経毒性 メチル水銀が強い中枢神経毒性を有することは、既にWHO(1990)を含む多くの報告で認められている。脳の病理学的な変化も既に報告されている。(略)
末梢神経毒性に関する報告は少ない。水俣病患者の坐骨神経を調べて変性と再生を報告(Miyakawa et al,1976)するもの、イラクのメチル水銀中毒患者での神経伝導速度の有意でないが低下を報告(Von Burg & Rustam,1974a; Von Burg & Rustam,1974b)するものくらいである」
つまり、末梢神経障害を支持する論文が少ないというのが、世界の趨勢である。
なお、末梢神経が傷害されたとする宮川論文は、コントロールとの比較がないために、末梢神経が障害されることの証明にはなっていないこと、坐骨神経はラットで証明したものであり、間違いであることを、「被告第12書面 第3-3(1)」の「4 衛藤氏の論文の検討 末梢神経傷害に関して」で示す。
A メチル水銀により末梢知覚神経が傷害されるとした論文の検討
1 はじめに
衛藤氏・武内氏は、水俣病の病理診断基準として、末梢(知覚)神経と小脳と大脳がともに傷害されるとしてきた。また末梢知覚神経の傷害を確認する生検も行われてきた。
はたして、メチル水銀が末梢神経を傷害するのかどうかは、「水俣病」の診断にとっても、またその治療にとっても大きな問題である。
2 衛藤氏らの末梢説は支持されていない
衛藤氏は、水俣病患者の腓腹神経の生検で末梢神経が傷害されたとする論文を書いている(資料15)。そしてそれが、水俣病の四肢の感覚障害の責任病巣と広く考えられるもとになった。
しかしながら、WHOの環境保健クライテリア1(資料16)は「病理学的結果は、メチル水銀とエチル水銀化合物は、主として神経毒性であり、人体に、類似したタイプの病変を起こす。(略)末梢神経への損傷は臨床的徴候で示されるような可能性はあるが、人間に対して決定的な病理学的観察は入手されていない。Takeuchi(1970)は、水俣湾での流行で、メチル水銀に強く曝露された患者の末梢神経の直径の変化について報告している。しかし、Von Burg & Rustam(Bakirその他(1973)による引用)は、メチル水銀の非常に強い曝露を受けた患者において、伝導速度になんら変化を見出すことはできなかった」と報告している。
また神経学の大要(資料17)と呼ばれているHANDBOOK OF CLINICAL NEUROLOGY(資料18)は、「短鎖アルキル水銀中毒で、末梢神経が優位に傷害されるとした証拠は不確かである。水俣病患者の多くは四肢の遠部にしびれ感を訴えていたのは間違いないし(カーランドら 1960年)、同様のことがイラクのメチル水銀中毒の発症においても見られた(Bakir)。これらの症状はしばしば腱反射の亢進を伴う。それは、一次求心性神経(末梢感覚神経)が傷害されていないことを示す。
水俣病のケースで、末梢神経が傷害されたとする病理学上の変化はごくわずかで、しかも(それを証明する)方法も不完全である(武内・衛藤 1977)。そして、感覚障害の原因は間違いなく、急激に起きる中枢神経の変化や頭頂葉皮質の神経細胞の消失より、完全に説明できるかもしれない」と記載されている。
衛藤氏や武内氏は、これらの論文(資料19)(資料20)で、水俣病患者の末梢感覚神経の生検(腓腹神経生検)で、末梢神経が傷害されたと報告した。
この時の末梢感覚神経の生検(腓腹神経生検)が、水俣病患者で末梢神経が傷害されたとした最初の論文である。
3 末梢神経の解剖、生理、生検の方法
水俣病患者の腓腹神経生検で、末梢神経が傷害されたとする衛藤氏の論文が、前述したよう認められていない理由を説明する。
そのために、基本的な末梢神経の解剖、生理を説明する。および科学的方法論の基本を示す。
中枢神経と末梢神経の構造(資料21)
図版145で中枢神経から樹の枝のように伸びているのが末梢神経。
末梢神経のうち、脊髄から出ているのが脊髄神経。脊髄横断面と脊髄神経の横断面を示している。
図版174 脊髄神経 概観(資料22)
脊髄神経には後根と前根がある。前根は運動神経で脊髄からの電気信号を手足の筋肉に伝える。後根は感覚神経で、皮膚や関節等に対する刺激で起こる電気信号を脊髄に伝える。
脊髄から出た前根と後根は一つになり脊髄神経となり、末梢効果器(筋肉)や末梢受容器(皮膚等)と脊髄を結びつける。脊髄神経の構造は一本一本の神経線維が束になり、さらにその束が数個集まって出来ている。
水俣病の感覚障害で検索されるのが、後根と脊髄神経の先端である。図版145の腓腹神経(これは感覚神経線維のみから構成されている。そのため末梢感覚障害時の検索には適切な素材である)が用いられる。
図版175 脊髄神経の構築(資料23) 脊髄神経の横断面と縦断面を示している。縦断面、縦断面の図で、一本一本の有髄神経線維が認識できる。
図版164 神経線維とシュワン細胞(資料24)
神経線維一本の図である。神経線維には有髄神経線維があり、さらにそれよりもかなり細い無髄神経線維がある。
図版87 細胞膜 有髄神経線維と無髄神経線維(資料25)
有髄神経線維および無髄神経線維の断面の電子顕微鏡写真である。
『カーペンター神経解剖学』 Fig 7-6.後根と前根の神経線維(資料26)
A,は硬膜内の第4腰髄 (L4)神経後根の横断面である。矢印は無髄神経線維であるC線維の集団を指す。B,は硬膜内の第4腰髄 (L4)神経前根の横断面である。矢印は筋紡錘にいく小径γ線維の軸索を指す。大径α線維の軸索は一群の横紋筋線維に向かう。Holmesユ silver-Luxol Fast Blue 染色.X275
この図から、後根と前根の違いがわかる。後根の有髄神経線維は、大小様々な径を有するし、前根の有髄神経線維は大径有髄神経線維が多い。
前根と後根の有髄神経線維および無髄神経線維の大きさによる密度分布(資料27)これは脊髄前根、及び脊髄後根の神経線維の直径と密度の関係をヒストグラムで示している。前根は大きい大径有髄神経線維が目立つが、後根は、小径有髄線維が多いのがわかる。
生理(資料28)
有髄神経線維は、大径有髄神経線維と小径有髄神経線維に分かれる。大径有髄神経線維は、反射や触覚を、小径有髄神経線維は痛覚や温覚を伝達する。無髄線維も鈍い痛みを伝達する。神経伝達速度は、大径有髄神経線維が最も早く、無髄線維が最も遅い。直径の大きさと伝導速度、働きを示している。
神経生検について(資料29)
方法 対象の腓腹神経を取り出し、有髄神経、無髄神経の直径別の線維密度を測る。
コントロールも同様な処置を行う。その比較において異常の有無をみる。
評価は、@有髄神経線維密度の判定 A残存有髄神経線維の病変 B間質・血管病変 C封入体を有する病変 を観察する。
「神経線維密度の減少度は臨床的な神経障害の程度を反映しているので神経生検像の基本的なステップです。そのためには正常腓腹神経の密度を正確に把握しなければなりません」と書かれている。
図版 有髄神経線維の断面の電子顕微鏡写真(資料30)
電子顕微鏡で有髄神経線維および無髄神経線維を診たときの図
4 衛藤氏の論文の検討
はじめに
まず、コモンマーモセットの末梢神経の傷害について述べる。そのあと、ヒトについての論文を具体的に検討する。
衛藤氏は意見書で、メチル水銀でコモンマーモセットの末梢神経が傷害されたと主張しており、それを受けて、被告第12書面で「サルの中でも、種類によっては二宮助手の意見書のようなことはいえないから、二宮助手の意見書の上記記載が誤りであることは明白である」と主張している。
この事に関し、衛藤氏と水俣病関西訴訟を支える会の横田氏との間での、コモンマーモセットの末梢神経傷害に関する医学的書簡のやりとりを示す(資料31)。
衛藤氏のコモンマーモセットの末梢神経が傷害されたとする論文に対し、横田氏が図だけで傷害されたとするのは客観性に乏しいと、定量的にコントロールとの比較を行うべきではないのかと問題点を指摘している。
これに対し衛藤氏は、実験結果を客観的に示すには、実験の個体数がたりず、海外の論文では採用されないと、そして、対象数を評価に値するまでに増やすことは不可能であると、自らの方法の限界を認めている。
これは、コモンマーモセットの末梢神経が傷害されるというのは、いまだ衛藤氏の仮説の域であり、実証されたとは言い難い。
同書簡のなかで、衛藤氏は、人体例の生検も困難であるとしている。しかし後に述べる永木氏は、人体の腓腹神経生検で、水俣病患者8例と、コントロール群8例ずつでの比較を行い、水俣病患者の末梢神経は正常であることを証明したことを付け加える。
衛藤氏の末梢神経が傷害されたとする論文は、マーモセットだけでなく、他でも同様に、限定的な方法でなされているものが多い。
あらためて「科学研究の態度」の意味を認識してもらうために、ここに再度掲載する。
「対照に制限のあるもの-人間とか高価な家畜とか-で実験を計画する時はしばしば困難に逢着する。対照実験の基本的必要事項が満足されないならその企ては止めた方がよい、こんなことは自明の理のようであるが、研究者は困難が大に過ぎると見ると妥協して、結局なんにもならない企画をすることが稀ではない。実験例数を多くしたからといって、決して十分な対照群の欠如を補ってくれるものではない。」
末梢知覚神経傷害に関して
1)衛藤氏らは水俣病患者の腓腹神経生検で末梢神経が傷害されたとした。それに対して、HANDBOOK OF CLINICAL NEUROLOGYは、「(それを証明する)方法も不完全である」と評価している。この論文(資料20)について検討する。
衛藤氏らの結果は、手法において不完全であり、その結果は信頼性がない。この結果は、水俣病患者の末梢神経が傷害されたとする証拠にはなっていない。正常の可能性も窺える。
一方、永木氏らは、水俣病患者の腓腹神経生検で末梢神経は傷害されていなかったと、正反対の結論を出した。これ(資料33)について検討する。
c) 神経線維を、大径有髄線維と小径線維、無髄線維でそれぞれ比較している。
つまり、水俣病の患者の末梢神経は傷害されていなかった。
永木氏らの論文は、方法論的にも適切で、その結果は信頼できる。
末梢神経が傷害されたとする論文に宮川氏の論文(資料34)がある。
2)衛藤氏らは水俣病患者の後根と前根神経を比較して、後根が傷害されていることをもって、メチル水銀で末梢知覚神経が傷害されるとした(乙第132号証 9a 9b)(<別紙4>水俣病における末梢神経傷害の病理所見)。
これらは比較の方法論が誤っている。
ヒトの後根と前根は神経線維の構成が異なる(資料27)。そのため、水俣病患者の後根と、感覚障害がない非曝露群の後根とを比較する必要がある。そして神経線維の密度の比較で初めて、メチル水銀による傷害の有無がわかる。これは腓腹神経生検の時と同様である。
メチル水銀非曝露群においても、水俣病患者と同様に、後根は前根に比して傷害されやすい。
この知見は亀山氏らからすでに報告されている(資料35)(資料36)。また環境省委託研究においても、北海道大学の病理学の長嶋氏が同様の内容を報告している。
これらは、衛藤氏の方法論では、メチル水銀で後根が傷害されたかどうかを明らかにすることが出来ないことを示している。
長島氏はその報告の最後で、「末梢神経所見は有機水銀中毒症の判定の指標には成りにくいのではないか」としている(資料37a,37b)。
3)衛藤氏らは水俣病患者の三叉神経を取り出し、メチル水銀で傷害されたことを示唆するとしている(乙第132号証 6a、6b)。
この6a、6bは同一患者の三叉神経のものである。コントロールとの比較がないので、三叉神経がメチル水銀で傷害されたとの結論はでない。
メチル水銀で三叉神経が傷害されたかどうかは、水俣病患者の三叉神経と、感覚障害がないメチル水銀に曝露されていない人の三叉神経を比較する。その神経線維密度を比較することで明らかになる。
1)、2)、3)から、メチル水銀で末梢知覚神経が傷害されたとする衛藤氏の結論はその証拠がない。以上は科学的方法論自体の認識の問題である。
なお水俣病の大脳皮質鳥距野においても、その前方より傷害されるとする病理学的所見も、水俣病患者の大脳皮質鳥距野とコントロールとの比較において見直されている(資料38)。必ずしも、衛藤氏の結論と同じ結果は得られていないことを付け加える。
1 衛藤氏の、関連する内容の論文を数点通読して読むと、理解不能に陥る。倫理の問題に突き当たる・・・・
ある病理学の教科書をみて愕然とした。以来衛藤氏らの水俣病の病理に対する信頼性を消失した。
1)水俣病に特徴的な所見とした電子顕微鏡写真が、別の教科書では、逆さま、あるいは裏返しにして使用し、末梢神経の一般病変として解説されていた。そのことについて全く触れられていない。大阪高裁の国、熊本県側証人として尋問に立ったとき、「特徴的とは言っているが、特異的と言っていない」「私の写真をどう使おうが、私の勝手である」旨の発言をした。(資料39a,39b,39c) ここに、その3枚を載せる。
2)水俣病の大脳皮質の傷害程度を判断するために、コントロールとの比較が必要である。ところが、コントロールとして掲載しているものは、高度にメチル水銀に曝露した脳(水銀値は、正常人の100倍以上高値)であった。これらの情報には全く触れられていない(資料40)。なお対照が水俣病病理認定申請者で病理解剖が行われたことが、全剖検者の名簿、剖検番号、認定の有無等を掲載した論文(資料41)から確認できる。
3)大脳皮質鳥距野が傷害されるとする論文のコントロールもまた、上の 2)と同じくメチル水銀曝露群であった。これらの情報にも全く触れられていない(資料42a,42b)。
4)以前は水俣病の聴覚中枢を上側頭回として説明してきた。最近は横側頭回と違う部位を責任病巣として説明している。上側頭回と横側頭回はその解剖学的場所が異なる(資料43a,43b,43c,43d)。
そして、過去に、上側頭回として説明した脳標本写真の同一部位が、今では横側頭回として説明されている。写真の説明も書き換えたことは、一言も触れられていない。
以上これら4つは、常識では理解することができない。どのような理由があるにせよ、このようなことを行うこと自体、すでにその病理学所見は信頼性がないと考える。
2 最後に
被告はその準備書面で、「環境庁長官に対する認定申請又は病理解剖が行われていれば、本件申請者についての応答処分は速やかに行われていたと考えられ」と主張している。
しかし、溝口チエは、結果的に病理解剖の申請をしなくてよかったと考える。熊本県の回答のように、明確な病理診断基準がないうえ(資料44)、さらに上記のような信頼できない病理解剖医の判断で棄却されなくて本当によかったと考える。
水俣病関西訴訟高裁での判示のように、病理診断よりも生前の臨床所見で判断されるべきであることを、強く望む。
1病気の診断
二宮意見書(第1)9-10の後半で記したように、国の主張は「52年判断条件は、(略)すなわちメチル水銀を原因として健康障害が惹起されたか否かを判断するための医学的知見」であり、また水俣病関西訴訟大阪高裁での争点も「メチル水銀中毒症の病像」、すなわち、いかなる症候があればメチル水銀中毒症といえるかの病像が争点の中心であった。ともにメチル水銀中毒症の病気の診断を問題にしていることは言うまでもない。
これは、国家賠償請求訴訟であろうと、公健法での判断であろうと、その判断の中心は病気の診断、すなわちメチル水銀曝露と健康障害の医学上の因果関係であるとする点は同じである。
2 末梢神経が傷害されたことを支持する証拠を認めなかった
関西訴訟大阪高裁判決は、被告が主張するメチル水銀で末梢神経が傷害されたとする証拠を全く採用せず、末梢神経が傷害されていないとする証拠を採用した(二宮意見書(第2)「(1)水俣病関西訴訟大阪高裁の判決 引用のまとめ。」の水俣病の感覚障害の病理(特に障害部位)を参照)。
そして、被告の「水俣病に見られる感覚障害は、主として脳の頭頂葉の中心後回領域および末梢神経」との主張に対し、判決は「メチル水銀による末梢神経の損傷はほとんどないか、損傷されてもその程度は少なく、末梢神経の異常が感覚神経の原因ではないこと」と判示した。
そしてその判決要旨に「メチル水銀を原因とする感覚障害の原因は、メチル水銀の末梢神経の損傷によるものでなく、主としてメチル水銀により大脳皮質が損傷されるものであり(略)」と要約している。
そして、最高裁は、被告の「上告受理申し立て書」を一旦受理したうえで、あらためて「水俣病は(略)中毒性中枢神経疾患」と判示した。これは、「二宮意見書(第2)水俣病関西訴訟最高裁判所判決からみた、被告第一位準備書面の水俣病の内容の検討」のなかで示した。
つまり、最高裁は「水俣病は(略)中毒性中枢神経疾患」と「病像論」を判断したのである。
3 あらためて「誤診」である
上記内容は、メチル水銀中毒症では末梢神経は傷害されない、したがって中枢神経の傷害による症状が見られるとの内容であり、これと「公害健康被害の補償法等の施行について」の「水俣病は有機水銀中毒症であり、中枢神経及び末梢神経障害による症状が見られることが特徴的である」との内容とは相入れない
。
つまり52年判断条件は臨床、病理とも「末梢神経障害」があることを要求している点で、その基準に従えば、共に「誤診」、あるいは誤って診断していたということは、間違いではない。
1 反射弓の傷害で腱反射は低下消失する
腱反射の基本的な理解は、web page(水俣病からメチル水銀中毒症へ 9.末梢神経は傷害されるか? 水俣病感覚障害の責任病巣 4)臨床検査 腱反射)で説明しているとおりである。深部腱反射は、打腱刺激が、末梢知覚神経の有髄神経線維(そのうちの大径有髄線維)を通じて後根経由で脊髄後角に入り、単シナプス性に脊髄前角の運動神経細胞に伝えられる。そして末梢運動神経は脊髄前根を経由して筋肉に情報を伝える。結果筋収縮を起こす。
この打腱刺激から筋収縮までの反射弓の一部が障害されると、腱反射は低下消失する。
2 末梢神経が正常な場合、中枢神経系傷害で腱反射は亢進する場合と低下する場合がある
腱反射に中枢神経が関与するのはよく知られた事実である。 米国の医学部学生の教科書の表(資料 『臨床神経学の基礎』 メイヨー医科大学教材 第8章 運動系 189頁の表8-5)(資料45)を示す。
直接賦活系と呼ばれる皮質脊髄路線維、皮質球路線維(同 158頁 図8-2)が傷害されると反射は低下する。
間接賦活系と呼ばれる延髄からの網様体脊髄路(図8-12)、前庭脊髄路(図8-13)、視蓋脊髄路(図8-14)、赤核脊髄路(図8-14)、橋から網様体脊髄路(図8-12)が傷害されると反射は亢進する。
小脳統御回路と呼ばれる小脳への求心性線維や遠心性線維と小脳(図8-9、8-10,表8-1)が傷害されると反射は低下する。
最終共通路の障害(ここに末梢神経が含まれる)で、反射(最終共通路 局所反射 図8-16)は低下する。
この本の臨床関連事項のなかで「一般に下位運動ニューロンが傷害されると特に腱反射が障害される。さらに腱反射は、反射弓の求心性ニューロンに病変が生じると、ほとんど例外なく障害される」(同 188頁)と述べられている。
つまり、末梢神経の求心性線維(感覚神経)または遠心性線維(運動神経)が傷害されると反射が低下消失すると述べられている。
3 中枢と末梢がともに傷害されたときの反射について
被告の疑問点は、末梢感覚神経が傷害されて、さらに中枢神経が傷害されたときに反射はどのように変化するかという疑問であろう。
そのような疾患としてビタミンB12欠乏による亜急性連合性脊髄変性症がある。そのとき反射がどのように変化するかを具体例で示す。『内科学』(資料『内科学』朝倉書店 1520頁)から引用する。
「「臨床症状」(略)初期には下肢の異常感覚のみを訴え、他覚所見はない。後に振動覚消失、位置覚消失などの後索症状が出現し、上肢よりも下肢が強く、体幹まで上昇する。側索障害の症状として、下肢の筋力低下、痙縮、足クローヌス、Babinski徴候などを認める。膝蓋腱反射とアキレス腱反射は、亢進するが、末梢神経が冒されれば、減弱ないし消失する。治療により深部反射は正常となるかまたは亢進する。(略)」(資料46)とある。
つまり、脊髄障害で腱反射が亢進していた例も、末梢神経の障害に伴い反射は低下してくる。末梢神経傷害が軽快すれば、反射は正常ないし亢進するということである。
4 多発ニューロパチーにおける感覚障害と腱反射の低下する時期の比較
糖尿病が進行すると、両下肢からの感覚障害を認める。これは末梢神経に傷害が起きることによる多発ニューロパチーの症状である。感覚障害と同時に腱反射の低下が起こる。
臨床所見として、感覚障害と腱反射低下はどちらが早期に出現するかを示す。図2(資料47)は、手足の感覚障害に比較して、アキレス腱反射や膝蓋腱反射の低下が優位に出現することを示している。
深部腱反射が末梢神経傷害時の診断に有用であることは、この例からわかる。
5 ギランバレー症候群について
ギランバレー症候群は、一般に運動低下を示す急性炎症性脱髄性ニューロパチー(AIDP)の一種である。しかし「一般には、反射が保存、もしくは亢進するというのは、急性炎症性脱髄性ニューロパチーや、他の末梢神経障害ではみられるものではない」(資料48)が、これと異なる様なギランバレー症候群類似疾患が報告され始めている。それは、病気の回復期に、反射が保持、ないし亢進するという特徴があり、従来のギランバレー症候群と責任病巣、反射亢進の機序、発生病理メカニズムが異なるため、研究され始めている(資料49)。そのなかの報告である。
6 反射の意義について
田崎義昭ほか『ベッドサイドの神経のみかた』から、神経診断学における反射の意義についてみる。
第18章「局在診断のすすめかた」(278頁)(資料50)から
このように、腱反射は病変の局在診断にとって重要である。
7 初期水俣病にも反射の低下がなかった
水俣病(メチル水銀中毒症)において腱反射が低下しないことは、すでに述べた。その理由として、末梢神経が障害されていないと考えるのは、神経学の常識的な考え方である。
水俣病において、最も曝露が強い初期水俣病患者(被告の末梢神経障害説に従うなら、最も末梢神経障害が強いことが想定される患者)においても腱反射が低下していなかったことは、大阪高裁判決でも触れられている(二宮意見書(第2))。
8 末梢神経の傷害は、神経伝導検査、生検でわかる
多くの末梢知覚神経障害では大径および小径有髄神経線維がともに傷害される(例外的に、アミロイドーシス等では小径有髄線維のみが傷害される場合がある)。腱反射の打腱刺激は大径有髄線維が伝達する。また触覚も比較的大きな有髄線維(痛覚、温覚については小径有髄線維と無髄線維で伝達)で伝達されるため、大径有髄線維が傷害される時は、腱反射や触覚が同時に低下する。
また、神経伝導検査は大径有髄線維の機能を測定しているので、末梢知覚神経傷害があれば伝導検査に異常が出る。
そして末梢知覚神経が傷害を受けているかどうかは、最終的には末梢神経の病理、とくに腓腹神経(これは感覚のみを伝達している)の生検で確かめることができる。
9 水俣病患者は、末梢神経の伝導検査が正常であった
永木氏は水俣病認定患者178人(付属表1徳臣症例の腓腹神経と付属表2徳臣症例以外の公式認定水俣病腓腹神経(51歳以上)の人数の合計)の神経伝導速度を測定している(資料51)。
このうち、大多数が末梢神経伝導検査が正常であった(付属表1と付属表2の各振幅と伝側を図3に当てはめて判断する)。これは、末梢神経大径有髄線維の機能が正常であることを示している。
10 水俣病患者は、末梢神経の病理学検査が正常であった
末梢知覚神経が傷害を受けているかどうかは、最終的に末梢神経の病理学的検査、とくに腓腹神経(これは感覚神経のみ)の生検で確かめることができる。
永木氏は、水俣病患者8人と、メチル水銀に曝露していないコントロール8人で、腓腹神経の比較を行った。その結果、水俣病患者の腓腹神経はコントロールと比較して変わりがなかった(被告第12書面 「第3−3(1)に対する意見 4 衛藤氏の論文の検討」1)の永木氏の病理)。
つまり、水俣病患者の末梢神経は正常であることが明らかになった。
11 臨床現場での末梢神経障害の診断について
末梢神経障害において、腱反射の低下を見ない疾患(選択的に小径有髄線維が傷害される疾患 家族性アミロイドポリニューロパチー)はあるが、多くは腱反射が低下消失する。それゆえ、腱反射は、末梢神経の傷害を診断する際に重要である。そしてそれを補うために、神経伝導検査がなされる。そして、反射が正常な例も含めて、末梢神経が傷害されているかどうかは、さらに末梢神経の生検でわかる。以下(1)(2)で示す。
(1)例えば、資料『臨床神経学の基礎』(資料52)メイヨー医科大学教材でみるなら末梢神経疾患(333頁)に「末梢神経障害例では、通常運動、感覚および自律神経障害を示唆する症状と症候が認められる。例えば弛緩性の筋力低下と筋萎縮がみられ、その異常の分布に対応して、全ての種類の感覚の低下が認められる。深部反射と表在反射は、障害された、末梢神経の支配領域でともに消失する」
神経伝導検査については(336頁)「臨床症状だけに基づいてその患者が末梢神経障害を有するか否かを明らかにすることは、しばしば困難である。末梢神経障害の有無を明らかにする方法の1つとして、刺激に対する末梢神経の反応を定量的に評価する末梢神経伝導検査がある。この検査法によって末梢神経機能の評価が可能であり、特に末梢神経病変の局在部位の決定、病変の重傷度の評価、病変の性質の決定にこの検査は有用である」と述べられている。とくに、(336頁、右下)「上位運動ニューロンが障害されても神経伝導検査に異常はみられない」とあるように、中枢神経疾患の有無には、神経伝導検査の結果は左右されないという意味である。
また、筋電図もまた、末梢神経から筋の異常までを検出する(337頁)。そして(340頁)「筋電図検査と神経伝導検査の両所見を合わせて検討することにより、末梢レベルの疾患における病変部位を決定することができる。また、両検査により病変の性質の解明、病変の重症度の判定または予後の決定がある程度可能である」と考えられている。
最後に神経の組織学的検査(生検biopsy)について(340頁)「末梢神経疾患の中には、臨床的、生化学的および電気生理学的な検査だけではその異常の特徴を明らかにすることのできない例がある。このような症例には末梢神経の組織学的検査、通常腓腹神経sural nerveの束性生検fascicular biopsyが行われる」とある。
これらの検査は末梢神経の診断に重要であり、水俣病の検査にも含まれていることはすでに述べた。
(2)反射、神経伝導検査、生検を外来でどのように活かしているかを「ニューロパチーをめぐって」(clinical neuroscience)(資料53)でみる
ニューロパチーをどう診断するかについての座談会である(78-79頁)。
「ニューロパチーがあるかどうかの診断は」について
長谷川氏は、「深部腱反射が低下ないし消失してくることが非常に重要な所見」、楠氏は「遠位部のしびれ感、筋力低下、反射の低下ということでニューロパチーを疑って」、池田氏は、「反射の低下があればいえるけど、反射の低下を示さないニューロパチー患者が結構いるのではないかと思います」とのコメントを出している。いずれも、反射の低下をニューロパチーの診断にとって重要であると考えている。
「電気生理的検査」について
長谷川氏は「疑ったら電気生理検査を行うのが一番手軽で、おおざっぱな診断に近づく手段だと思います」、「その(病変の性質)鑑別に電気生理が役立つということが1つです」、「それから、電気生理は障害の分布を適切に示してくれます」と述べている。祖父江氏や長谷川氏は、ベッドサイドや外来で行うと述べている。
楠氏は「どういった障害がきているのかを推定するうえで、電気生理は非常に有用だ」と述べている。
「神経生検査の必要性」について
池田氏は「神経生検は非常に有用です」祖父江氏は「バイオプシー(生検)でないと得られない情報」について行うと述べている。池田は、FAPについて遺伝子診断で確定してしまえば、やる必要がないが、「後の病態把握に対して神経生検が必要になる場合がある」と述べている。
12 反射で感覚障害の責任病巣の大半は特定できる
臨床の場で、末梢神経障害の診断において腱反射は重要である。もちろんそれのみで全てではないことは当然である。それを補うものとして、他の検査がある。
二宮意見書(第1)「(7)7−4 糖尿病性ニューロパチーの診断について」の、診断基準の中の検査所見は、感覚障害(振動覚の低下)とアキレス腱反射の低下消失となっている。
また、二宮意見書(第2)「(3)感覚障害をあえて拒否している」の「a 感覚障害の実際の診断」で内野誠氏(認定審査会副委員長)はインタビューで「(略)しびれの原因は、脳や脊髄といった中枢神経の異常と、手や足などに伸びる末梢神経の異常の2種類に大別できる。末梢神経異常の診察では、ハンマーをたたいて反射(二宮注:腱反射)の強さを確認したり、筆でなでたり(二宮注:感覚のうちの触覚)、音叉で振動を与えて(二宮注:感覚のうちの振動覚)反応をみる。これらの診断で神経の異常が起きている場所の大半は特定できる」と答えている。
以上の二つをみれば、臨床の場で、腱反射が依然として重要であることが理解できる。
被告第12書面 第3−5に対する意見
改めて水俣病の診断基準は誤っている。新たな基準で溝口チエを判断すべきである
はじめに
衛藤氏は、メニエル病またはパーキンソン病も水俣病と同じ症状の組み合わせで判断しているゆえ、52年判断条件も同様に正しいと主張している。
しかし衛藤氏は、診断基準の意味を理解していない。「組み合わせ」自体の問題ではなく、組み合わせることにより、目的とする病気を絞り込んでその本体を明確にしていくかどうかの問題である。
症候群とは、同一の病態生理学的機序で起こる症状を呈する疾患を、グループとして捉える概念である。神経疾患では、その原因にかかわらず、解剖学的に同一部位に傷害があれば、同一の症状を呈する特徴があるので、同一部位に傷害を有する疾患群を症候群として捉える。次に、その症候群から、特定の原因で起こる疾患を診断する。そのガイドラインが診断基準である。
例えば、糖尿病性ポリニューロパチー(多発性末梢神経障害)の診断においても同じである。まず症候群としてポリニューロパチーを診断する。さらに様々な原因で起こるポリニューロパチーのうちから、糖尿病で起こるポリニューロパチーを診断することになる。
メニエル病またはパーキンソン病の診断基準も、責任病巣を絞りこんで、該当疾患が明らかになるよう構成されている。それはともに、@症状 A責任病巣 B除外診断というようにして、診断基準が構成されている。
(なおメニエル病とパーキンソン病の個別診断基準については、最後に別枠で「メニエル病とパーキンソン病の診断基準について」として掲載している)
1 水俣病の診断基準は A責任病巣 B除外診断 を示していない
メニエル病またはパーキンソン病は、@症状 A責任病巣 B除外診断で構成されている。つまり、病気を絞り込んでいく(鑑別していく)ことができる基準になっている。それは次の治療に結びつく。
ところが、水俣病の診断基準は、@症状(の組み合わせ)はあるが、Aの責任病巣を示さない。つまり病巣部位診断になっていない。B類似症状を示す除外診断も記されていない。
責任病巣が明確にならない診断基準は、患者の治療に役立たない。もしくは誤診を招く。
2 感覚障害の責任病巣が誤りである
1)中枢神経傷害と末梢神経傷害では、症状や検査所見が異なる
被告は被告第12準備書面の第3-5で、「中枢神経と末梢神経の双方が障害され得る疾患においては、感覚障害の原因が中枢神経であっても、(略)適用可能な基準を設けるべきであって」と記載している。
しかし、中枢神経(中心後回)が傷害されて起きる感覚障害と末梢神経が障害して起きる感覚障害は、症状、検査所見が異なる。
大脳皮質中心後回が瀰漫性に傷害されたら、自覚的には四肢の感覚障害を訴える、あるいは筆での触覚検査では四肢の感覚障害を示す(資料54)(資料55)が、触覚閾値を定量的に測ると全身の感覚障害である(資料56)。腱反射は低下消失しない。識別覚の異常が認められる。さらに感覚障害の閾値が変動しやすいこともその特徴である(資料57)(資料58)。
末梢神経伝導検査も、末梢神経の病理学的検査もともに正常と変わらない。
一方、末梢神経障害(多発ニューロパチー)では、両下肢の感覚障害から起こり、四肢の感覚障害へと広がる(同時に四肢の筋力も低下する)。末梢神経障害では感覚閾値が大きく変動することはない。腱反射が低下、消失する。
末梢神経伝導検査で異常を示す。末梢神経の病理学的検査で異常を示す。
2)感覚障害に関して、末梢神経障害(多発ニューロパチー)の症状、検査所見のみを採用
被告第6準備書面に、「水俣病にみられる四肢末端優位の感覚障害は、多発ニューロパチーの一種」であることを示し、環境省の国立水俣病研究所の所長自身が、「中心後回は全体的に病変があります。そうしますと、手とか足だけの局在性というのはありませんので、四肢末梢の証明は(中心)後回では病理学的に証明できません」「私は、四肢末端ですから末梢神経の障害による影響と考えています」と証言している。そして「高度の学識と豊富な経験」の医師も同様に考えていた(二宮意見書(第2))。
さらに、大脳皮質が障害されるときの特徴的な所見である二点識別覚についても、被告第12書面では認めていない。
そして水俣病の検査項目は、末梢神経病変を確認するために神経伝導検査や末梢神経生検を要求している。
3)末梢神経障害で診断していた
被告は第12書面で、「中枢神経であっても末梢神経障害であってもあるいはその両方であっても適用可能な基準」と述べているが、まさに責任病巣を放棄するような内容こそ、診断基準として適当ではない。
しかも、基準を曖昧にしつつも、「高度の学識と豊富な経験」の総合判断においては、感覚障害を末梢神経傷害で診断していた。
3 52年判断条件は末梢神経傷害を要求するため、メチル水銀中毒患者を除外する結果となった
52年判断条件は、症状を組み合わせて、6つの「症候群」を示している。
もちろん6つの「症候群」ができた科学的根拠を示していない。
何よりも深刻な問題は、環境庁からの出された52年通知に述べられている、「(1)水俣病に見られる症候の組み合わせのなかに共通してみられる症候は、四肢末端ほど強い両側性感覚障害であり、時に口のまわりでも出現するものである」感覚障害を、末梢神経傷害として判断したことである。
52年判断条件の「症候群」に共通する症候である感覚障害の責任病巣を誤ったため、本来メチル水銀中毒症と判断されるべきひとが除外されることになった。
その端的な例が、いわゆる「水俣病第二次訴訟 福岡高裁判決」での亡中島親松氏である。中島氏の末梢神経の病理学検査が行われ、メチル水銀が末梢神経を傷害するという基準に基づいて水俣病認定審査会で判断された。亡中島親松氏の末梢神経は正常であったために棄却され、それが司法の判断にも影響を及ぼした(資料61)。
4 二つのメチル水銀中毒症:「水俣病」とメチル水銀中毒症
厚生労働省 食品安全委員会の報告(府食 第762号 平成17年8月4日)「厚生労働省発食案0723001号に係る食品健康影響評価の結果の通知について」の添付資料 「魚介類等に含まれるメチル水銀について」(資料62)を示す。
「7.食品健康影響評価(1)有害性の確認」で、「水俣病やイラクにおける中毒事件例については、数ある優れた総説において知見が整理されている。メチル水銀の標的臓器は中枢神経系であり、(略)。(略)、曝露が軽度の場合、知覚異常や倦怠感が現れる」と述べており、メチル水銀中毒症が中枢神経疾患であること、また「これらの症状が発生する体内負荷量の閾値は、知覚異常では25mg、運動失調50mg(略)」と記されている。これは感覚障害が単独で出現することも認めている。これはWHO等の世界の共通認識であるメチル水銀中毒症である。
5 溝口チエもまた正しい基準で判断されるべきである
この「メチル水銀の標的臓器は中枢神経系」もしくは関西訴訟最高裁判決で「中毒性中枢神経疾患」という新たな認識がなされれば、「中枢神経および末梢神経が障害される」とする水俣病もまた検証されるべきである。そしてその検証に耐えなければ診断基準が変更されるのは当然である。
そして新たな基準で溝口チエも判断されるべきである。
「メニエル病とパーキンソン病の診断基準について」
メニエル症候群からメニエル病へ
蝸牛症状(難聴、耳鳴)を伴う発作性のめまいを反復するものを一般にメニエル病あるいはメニエル症候群と呼んでいる。
内耳の病理学的検索から、その本体が内リンパ水腫であることが明らかになった。
一方同様の症状を示すものが、末梢神経疾患や中枢神経疾患に多く見られた。
それゆえ、現在では、メニエル症候群のうち、とくに同様の症状を示す疾患を除いたものを、メニエル病と呼んでいる。
これは、@が臨床症状の特徴 Aが病変の解剖学的局在 Bが他原因、他部位で起こる疾患の除外である。
これを表したのが、被告の示す厚生労働省の研究班によるメニエル病診断基準である。1、2で臨床症状を示している。特に2-3)聴力検査で補充現象陽性を示しているが、これは病変が内耳に存在するという局在の特定している。3では、除外診断をしている。 (参考資料 「症候群 Meniere症候群」から)
パーキンソン症候群から、パーキンソン病ヘ
1 神経診断学再考
二宮意見書(第2)「神経診断における方法論の誤り e-1「後藤文夫 神経学的診断のプロセス」は、「神経症状は障害部位により決まり、必ずしも疾患の種類によらないことが多い。例えば、GERSTMANN症侯群は角回動脈の閉鎖によって起きることが多いが、角回付近の腫瘍でも同様の症状を呈しうるからである。
従って現在では、このようなsyndrome diagnosisは、むしろ病巣部位診断の有力な道具として使われている。一方英国では古くより、前述したように神経疾患をdisordered function and structure of the nervous systemとして考え、まずその障害部位の診断に重点をおき、次のステップとしてその原因を考えるという方法が行われてきた。このような学問の流れはDENNY-BROWNらによって米国にも伝わり、現在における神経学の主流となっている」
と引用している。
2 パーキンソン病の診断
振戦、筋固縮、姿勢反射消失を特徴とするひとつの症候群が、James Parkinsonにより記載された。後に、病理学的には、おもに黒質に病理学的異常が明らかになり、また生化学的には、黒質におけるドーパミン産生の低下がみられた。このドーパミン産生の低下により、上記の症状を示すものをパーキンソン症候群と呼ばれており、大脳基底核の傷害によることが認識されている。
パーキンソン症候群は様々な原因(例 感染、動脈硬化、薬剤、外傷他)で起きるが、上記のような共通の傷害部位を有している。そのうち、原因は不明だが、発病年齢や症状の経過に共通の特徴があるものをパーキンソン病と診断する(資料64)。
パーキンソン病の診断基準に則しての説明(被告第12書面 衛藤意見書 別紙6)から、患者の自覚症状(1)を聞き、それをもとに神経学的所見をとる。その結果が(2)であり、これはパーキンソン症候群の診断であり、syndrome diagnosisを病巣部位診断として用いている。つまり黒質を含む部位に病変があるという場所の診断にあたる。さらに、(3),(4)で、他の原因で起きるパーキンソン症候群を除外する。
そして原因診断として、黒質傷害によるドーパミン産生の低下を確かめるための生化学的診断を行うことで、パーキンソン病と診断する。これは、抗パーキンソン病薬を処方し、特異な姿勢反射が消失することを確かめることで、神経伝達物質の欠乏を確かめるという生化学的原因診断の確認まで組み込んだ診断基準になっている。
つまり(1)が症状(2)が病巣診断 (3),(4)が除外診断で、さらに生化学的原因診断を行う構成になっている。
A 不知火海沿岸にみられる患者の四肢、口周囲の感覚障害についての診断
1 不知火海での四肢の感覚障害はまず「メチル水銀が原因である」
メチル水銀により四肢の感覚障害が起きることはよく知られた事実である。
不知火海での四肢の感覚障害はまず「メチル水銀が原因である」と考えることは妥当である。ninomiya らの疫学論文をもとにして、二宮意見書(第1)の「9−3」「四肢の感覚障害はメチル水銀である」で、さらに「被告第12書面 第2に対する意見」でも明らかにした。
またかつて不知火海沿岸の様々な場所で居住し、後にそこを離れて大阪に行った水俣病関西訴訟の原告らの四肢の感覚障害の症状も、またメチル水銀によることが明らかにされた。
不知火海沿岸での四肢の罹患率と非汚染地区での罹患率の差は「メチル水銀が原因である」と考えるのが科学である。適切なコントロールを設定した疫学調査で、汚染地区、非汚染地区とも四肢の感覚障害の罹患率に差がないとする証拠はない。
2 メチル水銀が末梢神経を傷害しないことは、幾度も述べた
末梢神経が傷害されるとする衛藤氏の証拠に、根拠がないことは「被告第12書面 第3−3(1)に対する意見」で述べた。
3 診断学的方法
メチル水銀汚染地区で四肢の感覚障害を診断する際、最も発生頻度が高い順から鑑別することは、二宮意見書(第1)の「9−7四肢の感覚障害の鑑別」で述べた。
そして、その糖尿病等によるニューロパチーとの鑑別のために、「ハンマー」で、中枢神経障害と末梢神経障害の大半が判別できることは、「被告第12書面 第3−4に対する意見」の「12 反射で感覚障害の責任病巣の大半は特定できる」でも述べている。
それゆえ、あとは四肢の感覚障害を生じる可能性がある疾患として、頸椎症と鑑別をしたらよいことも、二宮意見書(第1)の「9−7四肢の感覚障害の鑑別」で述べている。
(ちなみに、ここで、頸椎障害による脊髄症、あるいは脊椎根傷害の発生頻度も記す。発生率は0.22-0.28%としている(資料65)。これは、220-280/10万人である。現在、不知火海沿岸で発生した四肢の感覚障害を有するものの割合に比較して圧倒的に少ない)。
さらに、頸椎症では四肢の感覚障害が発生する可能性もあるが、水俣病で見られる、四肢の感覚障害に同伴する口周囲の感覚障害はみられない。それゆえメチル水銀汚染地区においては、大脳皮質体性感覚野が瀰漫生に傷害されて、自覚症状として四肢と口周囲の感覚障害が同時に生じたと考えるのは妥当である。
これは二宮意見書(第1)の「9−4」「四肢の感覚障害は大脳皮質体性感覚野の傷害である」で、メチル水銀曝露地区で四肢の感覚障害を訴えていたものが、定量的触圧覚計では「全身の感覚障害」を示し、同時に二点識別覚も障害されていたことから、大脳皮質傷害が「四肢の感覚障害」の原因であることが明らかになった。
また、水俣病と同様の感覚障害がイラクのメチル水銀中毒症でも確認され、その責任病巣が中枢神経であったことは、「被告第12書面 第3-5に対する意見」の「4 二つのメチル水銀中毒症:「水俣病」とメチル水銀中毒症」の厚生労働省 食品安全委員会の報告「魚介類等に含まれるメチル水銀について」からも明らかである。
すなわち、不知火海沿岸に多発する四肢の感覚障害は、メチル水銀が原因で大脳皮質中心後回が傷害されて起きた症状であると解するのは、正しい。
これも、何度も説明を試みているが、未だ理解が得られない。
神経疾患は、まず責任病巣の判断で優先されることは、多くの神経学の教科書に記載されている。
しびれや感覚障害においても、原因ではなく、まず責任病巣の診断が優先される。以下、「<症候から>しびれ、感覚障害」(資料66)をもとに不知火海沿岸にみられる患者の四肢、口周囲の感覚障害をより詳しく鑑別する。
1 問診
「しびれは、自発的に起こる、あるいは何らかの刺激により誘発される異常な感覚(異常感覚、錯感覚)あるいは感覚鈍麻をさしていることが多い。」 しびれ、感覚障害の問診と診察にあたっては、発症の時間経過から病変の性質を、症候の分布パターンからその局在を推定し、この二つの軸を組み合わせることにより鑑別診断を絞り込んでいく」とある。
2 発症パターンについて
多くは、自覚症状はあったり、なかったりである。自覚症状のあるものでも、・・年・・月での発症を記憶するものは少ない。どちらかというと・・年頃であろう。血管障害のような突然の症状出現ではない。
突発性(時間単位)でもないし、急性(一般には1週間以内に症状が完成する)でもない。四肢の感覚障害の発症は@、A、Bにはあたらない。
3 既往歴、職歴、最近のできごと
多発ニューロパチーを考えた場合、アルコール歴、糖尿病、薬剤(とくに抗癌剤、免疫抑制剤、INH(結核治療薬)、phenytoin(抗てんかん薬)など),化学物質曝露歴(とくに有機溶剤、鉛、ヒ素など)について問診する。
急性発症でのGBS(ギランバレー症候群)、悪性腫瘍、発熱、喘息の有無、輸血歴を問診する。また脊柱管の病変(変形性頸椎症、椎間板ヘルニア等)での、 運動時痛の問診をする。これらに、魚摂取の問診が入る。
4 診察
1)診察のすすめ方
「問診で得られた情報および脳神経系、運動系、反射系などの所見をもとに、ある程度病変の局在と性質を想定したうえで診察を始めた方がよい」
「常に、頭蓋内、脊髄、神経根、末梢神経のいずれのパターンを診たいかを意識しながら刺激部位を選択していく」
「感覚障害域の境界を定める際は、低下域から正常域へと刺激を進める」
とある。
筆で刺激する検査で「四肢と口周囲の感覚障害」であり、定量的触圧覚検査では全身の感覚障害を示した。
さらに反射や伝導検査で、異常が出ないことは、神経根、末梢神経の傷害は除外され、中枢神経の傷害が疑われる。
2) 感覚障害パターン
感覚障害を、脳型、脊髄型、末梢神経型に分けられる。これらの中で注目すべきは、脳型以外は顔面の感覚障害がないということである。これは、三叉神経が脳幹に入る三叉神経脊髄路核より、上位で傷害されていることを示す。四肢の感覚障害と口周囲の感覚障害が同時に起きる場所は、脳型しかないのである。
つまり、パターンからは、大脳皮質瀰漫性の傷害が四肢と口もしくは全身の感覚障害を最もよく説明できる。
5 以下が責任病巣を踏まえた上での、鑑別診断である。
主要疾患
1)-6)のうち、脳型を示す疾患を考える。それに、該当する一般的な疾患は、2)の脳血管障害 いわゆる脳卒中である。突発性で多くは運動麻痺を伴う。半身性である。これは四肢の感覚障害や、全身の感覚障害を示さない。
ここで、メチル水銀が瀰漫性に大脳皮質傷害を傷害すること、また瀰漫性の大脳皮質傷害で、まれだが四肢の感覚障害を起こす可能性があること(「被告第12書面 第3-(5)に対する意見」の「2 感覚障害の責任病巣が誤りである」)を考慮に入れておけば、その判断は難しくない。
そしてそれは、識別覚検査で大脳皮質傷害を確認できる。
6 被告の提出した乙第131の『内科診断学』も同様の鑑別の仕方を示している
なおこの鑑別は、被告の乙第131の『内科診断学』の「感覚障害」でも同様の鑑別を行っている。
感覚障害をきたす原因疾患を、末梢神経、脊髄、脳の障害に分ける。各々の感覚障害のパターン(症候群)からその責任病巣を考え、さらに原因疾患を鑑別する方法を採っている。
「図III-268 感覚障害の種々の型」のうち、末梢神経型のパターンはa-c, 脊髄障害のパターンはd-h, 脳・視床・大脳皮質傷害は、i-kと鑑別を行っており、上記で示した鑑別診断した方法と同じである。
これらは、一般的な神経疾患の診断法であることが理解できる。
1について
最後の頁「最後に チエはメチル水銀中毒症である」の中での「あらためて、溝口チエの四肢の感覚障害は、大脳皮質体性感覚野の障害であると考えるほうが、他疾患考えるよりも合理的であることのまとめ。」で、被告が述べる鑑別疾患のどれにも当てはまらないことは述べた。
2について
水俣病(メチル水銀中毒症)の口周囲の感覚障害は、四肢の感覚障害と一体となって発生しているため、同一原因を考えるのはきわめて正当である。また口周囲の感覚障害とは、文字通り「口周囲」、つまり口を中心とした同心円状の感覚障害である。
四肢の感覚障害を切り離して、口周囲の感覚障害のみ、あるいは顔面の一部の感覚障害として議論することは、メチル水銀中毒症の責任病巣を特定するためには意味がない。
三叉神経の解剖図は、衛藤氏の示した図で間違いない。
三叉神経は、眼枝(V1)、上顎枝(V2)、下顎枝(V3)に分かれているゆえ、三叉との名前で呼ばれている。それは、互いに重なり合いが少ないことで、病変と神経枝の関係を捉えやすいといわれている(資料67)。眼枝(V1)、上顎枝(V2)、下顎枝(V3)とその支配領域を示す(資料68)。これからみても、衛藤氏の意見書にある「下顎枝が最も長いので、多発神経傷害の際も、口唇から感覚障害が発生しやすい」という説明は誤りであることが分かる。このFig.8.58から眼枝(V1)が一番長く、またFig.8.59から下顎枝(V3)のみの傷害では、口周囲に感覚障害が生じないことが理解できる。
(1) 衛藤氏が示した A Study of the Clinical Characteristics of Benign Trigerminal Sensory Neuropathyは単ニューロパチーである
この論文で論じられている疾患は、脳神経の1つである三叉神経を主病変とする単ニューロパチーである。つまり、三叉神経の3枝のうちの片側1枝の傷害を基本とする病気であり、左右対称性の四肢の感覚障害に同伴する口周囲の感覚障害とは、容易に鑑別がつく。
例えば、SYMPTOMS(症状)で「症状は比較的等しく広がっていた:感覚鈍麻は顔面左側が10人、右側が5人、両側が8人であった。三叉神経のうち、眼枝(V1)、上顎枝(V2)、下顎枝(V3)の支配領域の分布では、V2とV3の組み合わせを症状を有するものが最も多かった(23人の患者のうち13人 57%)。一方単独の領域のみの傷害(V2は2人、V3は2人)もしくは他の組み合わせ(V1+ V2は2人、V1+ V2+ V3は4人)でより少なかった。」とあるように、あくまでも左右のV1、V2、V3領域の障害の組み合わせであり、口周囲の感覚障害と言われるものとは異なる。
(2)最も長い枝は、眼枝(V1)である
三叉神経の3枝のうち、最も長い枝は、眼枝(V1)である(資料69)。それゆえ、多発ニューロパチーで三叉神経領域に感覚障害が最初に出現する部位は、頭頂部である(資料70)。とくに、Figure35-4は、「この35才の糖尿病患者は、長期間ニュロパチーに罹患しており、重症の網膜症、起立性低血圧、便失禁を伴う夜間下痢症を伴っていた。彼女はまた、対光反射低下を伴う不整な瞳孔も示した。感覚障害の領域は、神経線維の長さ依存性の感覚障害とその強さを示していた。三叉神経の最も遠位部の領域の感覚障害を示している(「ベニー帽(つばなし帽子)の消失」):傷害を免れている、あるいは正常の神経線維の長さが24p以内になると、ガッセル神経節から三叉神経第1枝(V1)の先端までの長さのほうが上回る。(資料71)」
これは、三叉神経のうち第1枝(V1)が最も長く24pあること、多発ニューロパチーが顔面にまで広がるときは、第1枝(V1)の先から感覚が障害されることを示している。
(3)下顎枝(V3)のみの傷害では、口周囲に感覚障害が生じない
三叉神経の支配領域には重なりがないことを述べた。そしてV3の支配領域は、『神経学の基礎と臨床』の図61(資料67)から明らかなように、V3の傷害では、その神経支配からみて、下口唇以下と頬部に感覚障害が起きる。口周囲には感覚障害が起きない。
(4)顔面に感覚障害が起きるときは頭頂部から起きる。口周囲ではない。
四肢の感覚障害に伴う顔面の感覚障害について、さらに他の神経学の本(資料72)(資料73)でも確かめられる。
PERIPHERAL NEUROPATHY(末梢神経障害)では、Distribution of Involvement(障害の分布)Distal Symmetric Polyneuropathy(遠位対称性多発性ニューロパチー)で、「(略)ニューロパチーが進むに従い、感覚消失は、前腹壁の真ん中に起こり、さらに外側に広がる。その後、頭頂部にそして顔面の中央が障害される(Fig.3-2)。重症の感覚性ニューロパチーでは、背部体幹と頸と顔面の末梢部分を残して、ほとんど全身が障害されるかもしれない(Fig.39-3)」
HANDBOOK OF CLINICAL NEUROLOGYのClinicopathological correlations(臨床病理学的な関連)において以下のように述べられている。「多くの代謝性あるいは中毒性多発性ニューロパチーにおいて、臨床的異常は体の最も遠位部、はじめは「靴下-手袋」の分布で始まる。例としてFig13に示す。これは、脚や腕、そして、そして体幹前部を神経支配する肋間神経等の遠位部での様々な程度の感覚障害を示している。四肢や体幹での感覚消失を比較すると、対応する脊髄レベルから、感覚が保たれている近位部の境界までの長さに相対的な違いがある(Sabin et al)。
この距離に比例した感覚障害のパターンは、(略)」
「Fig13.(A)アルコール性多発ニューロパチーの初期の感覚低下のパターン。遠位部(「靴下-手袋」分布)の感覚低下のパターンであることに注目 (B)アミロイド性多発ニューロパチー。感覚障害は進んで、腕や脚、そして遠位の胸神経の支配領域(前体幹)を含んでいる(C)重症の糖尿病性多発ニューロパチー。これらの感覚障害の分布において、上下肢体幹を比較すると、対応する脊髄レベルから正常な感覚領域までの距離が各々等しいことに注目しなさい。」
多発性ニューロパチーでは、頭頂部から感覚障害が起きる。
『ベッドサイドの神経の診かた』(資料74)より説明をする
A)三叉(V)神経傷害時の症状について
1) 傷害部位の診かた(資料75)に傷害時の症状が示されている。
三叉神経の傷害部位、ことに感覚系の部分障害はしばしば認められる。三叉神経障害は、脳幹内で起こる場合と、末梢部で起こる場合がある。
そして、a)〜d)で顔面の感覚障害に関する特徴を述べている。
このうち、やや口周囲の感覚障害に類似するのは、b) 玉ネギ様の感覚解離である。とくに延髄空洞症では特有な顔面の感覚解離を示すことがある。顔面の周辺から中心に向かって感覚障害(温覚、痛覚)の障害が広がる。触覚は保たれる感覚解離が見られる。
これは、水俣病の口周囲の感覚障害とは異なる。
他には、口周囲の感覚障害は示さない。
B)脳幹部傷害時の症状について
10.脳神経傷害と局所診断の意義(資料76)で、表12-9および表12-10でそれぞれ脳幹傷害時の症状、脳神経の傷害時の症状をまとめている。
これらから、口周囲の感覚障害のみを示すことは、認められない。すなわち三叉(V)神経障害のみの単独症状は認められない。しかもそれが両側性に起こることはまず考えられない。
C)視床から大脳皮質にかけての傷害
左右の視床から大脳皮質中心後回に向かう神経線維が、単独の病変(脳出血、脳梗塞、脳腫瘍)で、両側の同一の部位で同時に傷害されることはまずあり得ない。
また、脳出血、脳梗塞は急性病変であるし、脳腫瘍は慢性進行性病変であることからも、鑑別できる。脳卒中で麻痺が、左右同時に同程度起きることはまずないことを考えればわかる。
また脱髄性疾患にしても、慢性進行性であり、四肢と口周囲に感覚障害のみを起こすような疾患はない。
それゆえ、十分鑑別が可能である。
つまり、単一の原因でおこる慢性神経疾患で、四肢の感覚障害と口周囲の感覚障害のみ(運動麻痺兆候はみられない)が起こる疾患は、しかもそれがほぼ同時多発性に起きる(体の一部からおこり、しだいに拡大するのとは異なる)疾患は、神経機能解剖学的に考え、しかも発症メカニズム的に考えて、きわめてまれである。
中枢神経疾患で、その様な類似の疾患があり、多発している例があるなら、具体的に疾患名を挙げて示してほしい。
二点識別覚について
被告は、二点識別覚の方法論が決まってないので、意味がないと述べている。
二点識別覚の方法論は、1800年代、Weberが集大成した著作 THE SENCE OF TOUCHに既に記載されている。そこに方法論と使用する道具を掲載している。また身体の各部位での正常値も記載している(資料77)。
おそらく、神経学の教科書で記載されていない本はないと思われる。例えば国内では以下の神経学書(資料78)には、正常値も載せている。さらに、熊本大学医学部医学科の学生は皆知っている。実習で二点識別覚の検査を行っている(資料79)。少なくとも、30年くらい前に熊本大学医学部の講義で私も教えられた。
また、衛藤氏自身が、荒木氏、井形氏と共同著作している『水俣病の医学』(資料80)にも、あるいは本件「被告準備書面2」においても、大脳皮質障害のときには二点識別覚が障害されると記述している。
さらに、メイヨー医科大学(資料81)や、オックスフォード大学(資料82)の学生用教材(資料83)にも記載されている。
メイヨー医科大学教材について:「視床上部症候群 (略)一方皮質機能を必要とする識別覚は視床上部に病変が生じるときに高度に障害される。このような識別覚として(略)二点識別覚(略)がある。この種類の識別覚障害は頭頂葉傷害例でしばしば認められ、一般に皮質性感覚障害とよばれる」「VII 感覚系の神経学的検査 (略)1、触覚検査 2、痛覚検査、3、温度覚検査、4、振動覚検査、5、関節位置覚検査、6,二点識別覚検査、7、触刺激局在覚検査 8、皮膚書字覚検査 9、立体認知検査 感覚障害を欠くかまたは患者が自覚的に疼痛を訴えない場合には、触覚、痛覚、関節位置覚、振動覚を両手、両足で検査し、触覚、痛覚を顔面で行えば、感覚系のスクリーニングとして十分である。感覚障害が疑われるか、または明らかな感覚障害を患者が有する場合には、上記の検査を行い、どの種類の感覚が障害されているのか、その障害されている領域の分布はどのようであるのかを明らかにし、感覚検査所見が末梢神経、脊髄神経または後根、脊髄、後頭蓋か、テント上部のどのレベルの病変と対応するかを判定しなければならない。」
オックスフォード大学教材について:「Chapter 8 感覚系 8.2 体性感覚系 別々の刺激として感知することができる皮膚上の2点間の距離は、触受容器の密度と受容野の大きさに密接に関係している。この距離は二点弁別域として知られる。当然のことながら、弁別能が最も高いのは指先、舌先、口唇である。背中の皮膚では最も低い。(図8.8)正確な二点弁別の喪失は特異的な神経病の病変部位を突きとめるのに役立つことがある」
最後に、メチル水銀中毒症について二点識別覚を行った例については、二宮らの論文以外に、海外ではイラクのメチル水銀中毒症例の論文がある。
水俣病においては、内野誠氏(水俣病認定審査会副会長)、二塚信氏らも、水俣病患者で二点識別覚検査を行って、末梢神経というより大脳皮質が傷害されていると記述している(資料83a,83b)。
「ヘルペス」というと、唇の端に水疱ができたり、あるいは生殖器に水疱ができたり、また体幹の半身に巻き付くように帯状に水疱ができ、痛みを伴い、後に破れてかさぶたとなり治癒する皮膚疾患を思い浮かべる。その疾患を想定して、「ヘルペス」という語を使用した。
これら疾患は、類似した3種類のウイルスが原因となる。単純ヘルペスウイルス1型、単純ヘルペスウイルス2型、水痘帯状疱疹ウイルスというウイルスである。
単純ヘルペスウイルス1型は、口腔粘膜への感染(例えば接吻等による)が起こり、それが三叉神経(末梢神経)を逆行性に移動し、三叉神経節神経細胞(末梢神経)に潜伏、増殖する。そのウイルスが末梢神経を順行性に移動し、口唇粘膜に水疱をつくる(資料84)(資料85)。
単純ヘルペスウイルス2型は、同様な機序で、仙骨部脊髄神経節細胞(末梢神経)に潜伏、増殖する。そして性器粘膜、皮膚に水疱を生じる。
水痘帯状疱疹ウイルスもまた同様に感染し、末梢神経を逆行性に移動し後根神経節細胞(末梢神経)に潜伏、増殖する。そのウイルスが末梢神経を順行性に移動し、その末梢神経が支配する領域の皮膚に、帯状に水疱を発生させる。
以上が基本的な病気の成立機序である。
皮膚疾患から感染し、末梢神経節で潜伏、増殖し、宿主の免疫能の低下等に伴い、まれに脳炎を起こすということである。
これは、誤りではないので、訂正はしない。
図上 単純ヘルペス1型 図下 単純ヘルペス2型
アミロイドーシスのなかで、特にニューロパチー起きたすものを、家族性アミロイドポリニューロパチー (familial amyloidotic polyneuropathy :通称 FAPと略)と呼ぶのは、被告の指摘するとおりである。
これに関して、意見書での二カ所用いている。
二宮意見書(第1)の「7−3 家族性アミロイドーシス 進行性感覚性末梢ニューロパチー(略)、熊本県、長野県一家系ずつ見つかっている」と、二宮意見書(第1)の「6−2 (D)」で 「ちなみに、荒木淑郎氏は、遺伝性アミロイドニューロパチー(熊本と富山県に一家系ずつ確認されている)」の2カ所である。
家族性アミロイドポリニューロパチーとの名称に変更する。また富山県は長野県の間違いであるので訂正する。
2家系あるというのは、そのままにする。
日本神経学会の専門医と名乗ったことはない。
臨床医として数十年働いてきたものである。与論島で5年半過ごした。人口約六千人の島で診療を行い、「四肢の感覚障害」がいかに少ないかは、今でもその患者の名前があげられるほどである。
また、不知火海の島での調査を毎年続けてきた。汚染地区で四肢の感覚障害が多発していた。
そして、これがメチル水銀の影響であることを、宮崎県の漁村をコントロールとして比較することで明らかにした。
医学的に誤っているかどうかは、被告ではなく、裁判所の判断に任せたい。そのために、被告にこの意見書に対する再反論を最終準備書面で是非書いてもらいたい。期待する。
あらためて、溝口チエの四肢の感覚障害は、大脳皮質体性感覚野の障害であると考えるほうが、他疾患を考えるよりも合理的であることのまとめ。
@ チエはチッソが排水を止める1968年まで、そしてそれ以降も水俣湾、不知火海の魚介類を食べ続けた。
A 溝口家が汚染期間(web page 水俣病からメチル水銀中毒症へ 4.不知火海環境汚染 過去 3)不知火海沿岸 臍帯水銀濃度)中に汚染魚を食していた証拠は、孫の誕生時(1962年)の毛髪水銀値から明らかである。
B 1960年が汚染のピークなので、1962年の孫の誕生以前はさらに数倍高いメチル水銀曝露を受け続けたと考えられる(web page 水俣病からメチル水銀中毒症へ 4.不知火海環境汚染 過去 6)16ppm)。
C 水俣湾周辺で急性中毒患者が多発した時期(web page 水俣病からメチル水銀中毒症へ 3.水俣病の発生と拡大 3)患者発生:水俣湾沿岸から津奈木へ(1953-1959))にも汚染魚を節食した。
D チエに四肢の感覚障害があったことは佐藤診断書から明らかである。
E 不知火海沿岸での四肢の感覚障害は、メチル水銀による大脳皮質傷害が最も頻度が高い。
F チエの病歴と臨床症状から、尿毒症性多発ニューロパチーは否定的である。
G チエに四肢の感覚障害をおこす他の疾患(例えば家族歴から遺伝性疾患等)は、症状から、あるいは家族歴等を記した疫学調査の結果からも認められていない。
H チエに頸椎障害による症状(筋力低下、痙性歩行等)は認められていない。
I チエがよだれを流していたことは、佐藤診断書と被告疫学調査、溝口秋生陳述書および証言で明らか、さらに陳述書および証言では、流涎自体に本人が自覚できていないことがわかる。
J チエが脳血管障害をおこしたエピソード、また口角が麻痺をしていたとする目撃、あるいは明らかな意識障害があったとする聞き書き、また口に始終痛みを訴えていたというようなことは、家族からの話にも、また被告疫学調査の結果にも記載されていない。
K 大脳皮質傷害による感覚障害は自覚しにくく、四肢同様に、大脳皮質体性感覚野の傷害による口周囲の感覚低下がチエにあった可能性が示唆される。
L 以上から、チエの四肢の感覚障害は、脳幹部よりさらに上部の神経傷害で、しかも感覚のみを支配する部位が、左右対称に広く傷害されたと考えられる。
M これは、水俣病患者や水俣病関西訴訟原告、さらにイラク等のメチル水銀中毒症患者と同様の機序で、すなわち、メチル水銀による末梢神経の傷害ではなく、大脳皮質体性感覚野の傷害で起きたと考えるのが合理的である。
N また、メチル水銀非汚染地区で、このような左右対称性の、あるいは全身的な感覚障害のみを呈する疾患が多発したとする疫学調査報告はなく、また中心後回が瀰漫性に傷害されて同様の症状を起こす疾患は、過去の医学報告からもほとんど見あたらない。つまり、メチル水銀汚染地区には特異な疾患が発生していたことは、銘記すべきである。
なお、佐藤医院のカルテを破棄したのは被告であること、それによってチエがメチル水銀中毒症であるとの診断(特に末梢神経が傷害されていない証拠となる腱反射所見)がより困難になった責任は、当然被告が負うべきである。
すなわち、チエの四肢の感覚障害がメチル水銀中毒症によるものでないと被告が主張するなら、残された資料から、一般的な鑑別でなく、より具体的に特定の疾患で四肢の感覚障害が起きたことを、高度の蓋然性でもって証明することが被告に求められる。
その証明できなければ、「水俣病を否定できない」場合にあたると考えられる。すなわちチエは、「水俣病」と判示されることが相当である。
以上
添付資料・図版