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津田敏秀 原告側主尋問050711

原告代理人(山口)

甲第118号証を示す

001 今日出しました先生の略歴を書いてあるホームページと業績集でございますが、先生自身の略歴等はこのとおりでよろしいですか。

はい。

002 時間がありませんので、略歴についてはポイントだけを聞いておきまして、実際の極めて豊富な業績等は、書証を見て御理解いただくということにいたします。先生は、岡山大学の大学院環境学研究科の、現在教授をされていて、講義としては大学院で環境学を教え、また岡山大学の教養学部では哲学を講義されておられますね。

はい。

003 疫学と哲学というのは何かおもしろい取り組みのような気がいたしますが、理論的な関連があるんですか。

はい。疫学と申しますのは、私は医学部出身で、医学における因果関係、環境でいいますと、環境汚染と人体への影響というものを明らかにする学問です。そういう因果関係を扱うという際には、科学における因果関係とか、そういう科学哲学の議論というものがかかわってまいります。したがいまして、科学哲学や、哲学入門というようなあたりの部門が関係してまいります。

004 京都大学では因果関係論を講義されているんですね。

はい。公衆衛生大学院で講義しております。

005 多くの委員会の委員をされ、また多くの所属学会があります。それも省略いたしますが、先生は、これまで実際の疫学を使ったフィールド調査ないしは事件として大きいものとしては、どんなものをこれまでやってこられましたか。

宮崎県の土呂久のヒ素汚染地域におけるヒ素汚染とがんの因果関係に関する調査、それから、新潟におけるヒ素曝露とがんの発生に関する因果関係、あるいは、じん肺の合併症として肺がんが認められ得るのかという、そういう当時の政策の問題でありました、そういうことに関する疫学調査をやりました。あと、食中毒等の調査のお手伝い等はいろいろとしていました。

006 先生自身が水俣病の研究をされたのは、いつごろからですか。

93年か94年ごろからだったと思います。

007 そうすると、もう10年以上されているんですね。

そういうことになります。

008 きっかけは何だったんですか。

環境医学、とりわけ疫学的方法論を中心に私は大学院の時代からやってまいりました。ヒ素中毒症、そして、当時、大気汚染の問題というものに関しても勉強してまいりまして、そういうものが一通り大体終わりましたので、日本の有名な環境汚染問題である水俣病に関しても、当時まだ裁判等がたくさんありましたので、どういうことが具体的に問題になっているのかということを知ろうというふうに考えました。

009 具体的な研究としては、先人の論文をお読みになるとかまたはカルテをお読みになるとかいうことはあったと思いますが、それ以上に患者さんとの、実際の往診というんでしょうか、付き合いとか、そういうのはどんなことをされてまいりましたか。

それ以前から水俣というところを訪れたこともありまして、患者さんを診察する機会もありました。それ以降も、関西訴訟での証言というものもありますので、たくさんの患者さんとお会いして、診察させていただく機会などがありました。

010 大体どのくらい今まで、被害者というか、曝露歴を持った人たちの診察をされていますか。

長いあれですので、かれこれ数十人、あるいは100人にいくかいかないかという程度のような気がしますが、正確には覚えていません。

011 更には、実際に相手方にあたらなくても、カルテ等を読んで、被曝者の病状を調べた人数というのはどのくらいありますか。

カルテ等に関しましては、関西訴訟の意見書を書く際に、原データから当たりますので、かなり当たっております。それは、数え切れないというか。

012 大体でよろしいんですが、何十人か何百人の単位か。

何百人はあると思います。

013 先生が今おっしゃった関西の訴訟というのは、昨年最高裁で判決があった関西水俣病の裁判のことですね。

はい。

014 そこで、甲第92号証として提出させてもらっております意見書を先生は書いておられますね。

はい。

015 それと、高裁での証人尋問も受けているんですね。

はい。

016 それ以外に、先生は、水俣病に関する訴訟の記録等も相当読み込んでおられるように聞いておりますが、いかがですか。

ええ。並行して、精神神経学会の委員会におりまして、非常に多方面からの意見に答えなければならない、あるいは疑問に答えなければならないということで、非常に広範囲に資料が、私も集めましたし、集まってきましたので、それをかなり広い範囲で読みました。

017 先生が専門とされる疫学というものは、必ずしも皆さんが理解しているとは思いませんので、簡単に説明していただきたいんです。先生は、関西の訴訟で尋問をやっておられますが、かなり長い時間でやっておりまして、今回の私の尋問では、時間がありませんので、先生がお書きになった書物等で細かいところは理解するとして、大きな枠組みとして、疫学というのはどういうものなのか、また食中毒に対して疫学というのはどんな効用があるのか、それを簡単にお教えください。

一口に言いますと、医学における因果関係というものを明らかにするというのを目的とした学問、方法論です。環境医学に限りますと、環境汚染と人体への影響、あるいは食中毒事件でいいますと、原因食品と症状との因果関係というものを明らかにする方法です。因果関係ですので、私たちは、原因のほうを曝露、結果のほうを病気と言います。それを、だれの目にも分かりやすいように説明するための方法論です。それは、医学においては薬の効き目とか薬の副作用、あるいは手術の有効性等、臨床医学あるいは基礎医学全般にわたって応用されております。また、他の分野においても応用されております。

018 今、外側から見た疫学を語っていただきましたけれども、疫学の、今度は内側からいって、どんな論理を用いて疫学というのが成り立っているのか。

私たちが因果関係というものを考える場合に、どういうふうに考えているのかということをよくよく考えてみますと、曝露がなかった場合に比べて、曝露があった場合に、結果の発生率、医学で言いますと病気ですけれども、それの発生率が増える、上昇する、あるいは効き目の場合ですと減少するんですけれども、予防効果の場合は減少するんですけれども、そういう頻度が変わるということをもって私たちは因果関係として認識しておりますので、そういうものを、これまで経験則としてアバウトにとらえていたものを、きちんと定量的に数宇で示すという方法論です。

019 素人の私が先生からお話をずうっと聞いたり本を読んで思ったことは、今おっしゃったように、疫学のキーワードといいますか、根本的な大変重要なことというのは、物事を定量的に認識する、そのために、もう一つは、他と比較をすると、定量と比較というのが非常に大きな柱だと思いますけれども、そういうふうに理解してよろしいですか。

はい。定量と比較というものは、別に疫学に限らず、自然科学全般に関して言えることだというふうに思います。したがいまして、その部分で医学は科学と結び付いているというふうに言えると思います。

甲第118号証の21ぺ一ジを示す

020 先生は難しい論文を一杯書いておられると思いますが、一番分かりやすい疫学の本としては、21ぺ一ジの下の段に写真が出ておりますが、「市民のための疫学入門」、これが一番分かりやすいですか。

そうですね。

021 これは、どんなところで実際は使われているんですか。

日本語で書いた疫学、日本と欧米での因果関係、医学における因果関係、疫学に関するところにやや乖離があるというか、それを分かりやすく説明してくれという目的でこの本を書いたんですが。

022 どんな趣旨、またどんなふうな使われ方をその本はしているんですか。

趣旨としては、そういう目的で書きまして、この本自体は、幾つかの学校で疫学の教科書として使われたり、これを見て疫学というものが分かったということで、更に質問のメールを送ってくださる方もいらっしゃいます。

023 3冊本が出ていますので、お聞きしますが、右側の「医学者は公害事件で何をしてきたのか」という本は、どんな趣旨とどんな内容なんですか。

一つは、医学者というのは、まじめに研究をして、非常に客観的にやっているというのを前提にして物事は語られることがあるんだけれども、実際のところ、人間杜会と同じように、様々な価値観でもって学問的とは違う動き方をしてしまう学者さんが結構いると、そういうものは、公害事件において非常によく見えてくるということを明らかにするために、水俣病の事例とかその他の公害事件の事例などを使って、実際にある証拠に基づいてそういうことを明らかにしたものです。実際に書いた部分は、この本の倍ぐらいありましたので、半分に削るので、水俣病を中心に書かれていますけれども、全般にわたってそういうものを描出できたらというふうな目的です。他の学問分野の法律とか社会学とか心理学とか、そういう分野の先生方にぜひ読んでいただいて、研究課題にしていただきたいと思って書きました。

024 過去の先生の水俣病の研究がそういうところにも結実しているわけですね。

そうですね。

025 上の本で、「悪魔のマーケティング」という本がありますけれども、これは、たばこ産業の関係の本だと思いますが、疫学とたばこというのは、どんな関係があるんですか。

1950年代に、たばこと肺がんの因果関係に関して論争が起きました。それで、大体たばこを吸わない人に比べて、たばこを吸う人に約10倍肺がんが多発するという疫学データがどんどん積み重ねられて、1960年代に入って、大体決着がつくんですけれども、そういう過程において、疫学自身の方法論の改善もありましたし、次から次へとたばこの害というものが明らかになっていったというものです。この本自体は、WHOが扱っている文書を翻訳して、私がその解説を書いたものです。

甲第92号証を示す

026 先生の過去の水俣病の研究を結晶させたものの一つとして、関西訴訟に提出された意見書をお作りになられましたね。

はい。

027 これは、どんな依頼を受けてお作りになったのですか。

関西訴訟の弁護団から、意見書も書いてくれということで、書かせていただきました。特にこの意見書を書く際に考えたのは、水俣病というのは、半分の蓋然性を認定するということに関しては全く異論がないですね。ところが、水俣病でないと棄却される人たちが半分の蓋然性がないのかということに関しては、だれも具体的に証拠を示しておられなかったです、この意見書まで。それで、実際に証拠を調べますと、半分以上の蓋然性どころか、90パーセントあるいは100パーセントに限りなく近い人まで、判断条件では棄却されてしまうということに気が付きまして、これは、そこのところをきちんと書かなければならないというふうに考えました。

028 今半分とおっしやったのは、言わば50パーセント以上の立証ができたときにと、そんなふうに考えていいんですか。半分というお言葉が理解できないんですけれども。

そうですね。半分というのは、蓋然性というのは要するに確率のことですから、それが半分以上ということは、要するに50パーセント以上の確率で水俣病であるというふうに言えるということです。

029 素人言葉で言えぱ、蓋然性というのは、確からしさというふうに理解してもよろしいですか。

そうですね。もしメチル水銀曝露あるいは原因食品の喫食というものがなければ、症状を発症しなかったであろう確率、あれがなければこれがなかったであろう確率というものを言っております。

030 この本の中には、疫学の具体的な内容、またその疫学を活用してそのような結論が出ていくという過程が非常に詳しく書いてありますね。

はい。

031 甲第92号証の水俣病意見書を読ませていただきまして、今度は、私ども弁護団が意見書を本件の裁判で書いていただきましたね。

はい。

甲第93号証を示す

032 これが、私どもの委嘱によって先生が作成された意見書ですね。

はい。

033 どんなふうにして作成されましたか。具体的に何時間ぐらい使ったとかどんなふうな作業をしてこれを作ったかとか。

溝ロチエさんに関する資料を読ませていただいて、溝ロチエさんという人は、食中毒事件においては食中毒患者1名として当然数え上げられるべき証拠がある人なのに、それが争われているということを、どうすれば分かりやすく説明できるかということを考えました。もちろん、水俣病の蓋然性で言えば、半分以上の蓋然性があるということを言える証拠があるという意味です。

034 逆にいえば、証拠に基づいては、分かりやすく溝ロチエさんが水俣病だというふうに判断した過程を書いてあるということですか。

そうですね。

035 今日これからお尋ねすることは、その意見書に書いたことを更にかみくだいて語っていただくということになります。先生にこれからお聞きすることは、先生の独特な考え方ではなくて、一般的な疫学、それこそ教科書的な疫学に基づいた操作というんでしょうか、事件の分析、操作、結論というものをお聞かせいただきたいと思います。もう50年近くも言われ続けました水俣病あるいは水俣病事件ですけれども、先生は、水俣病というものについて医学的にはどんなふうに定義されますか。そんな細かい定義じゃなくて結構ですから。

メチル水銀中毒というふうに言われますけれども、それをもうちょっときちんと言いますと、病因物質がメチル水銀、原因食品が、魚介類、最初は水俣湾産だったんでしょうが、そのうち不知火海産となった集団食中毒事件ですね。非常に規模が大きく、食品衛生といいますか、食中毒事件で原因食品がはっきりしているのに、対策を全くとらなければここまで被害が広がってしまうのかという意味では、非常にそういうものの具体化してしまった、そういう意味では学ぶべきところがまだまだある事件だと考えております。

036 乙第62号証の昭和46年8月7日の環境庁事務次官通知をちょっと読み上げますが、これの第一に、水俣病の認定の要件とありまして、水俣病は魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取することにより起こる神経系疾患であって、次のような症状を呈するものであること。後天性水俣病、四肢末端、口囲のしびれ感に始まり、言語障害、歩行障害、うんぬんかんぬんと長く続きますが、先生がお考えになっておられる一般的な水俣病の要件というのも、こんな感じなんでしょうね、概念というのは。

概念はそうなんですけれども。

037 概念としてはこんなものですね。

はい。

038 これだけを見れば、大変簡明なといいましょうか、単純な公害事件だというふうに思うんですが、実際は昭和31年に第一号の患者さんが発見と言われてから、約50年たっておりますけれども、その間は非常に混乱が多いですね。

はい。

039 先生も、裁判例をお読みになって、御理解いただいていると思いますけれども、振り返れぱ、漁民暴動、見舞金契約の無効、水俣病終結宣言、チッソ本社座り込み、46年の環境庁の裁決、審査委員の全員辞任、熊本県ですけれども、検診拒否運動、そして、最近では関西の水俣病に関する最高裁の判決、そして、現在、2400人を越えるという申請者の活動ということで、大変混乱と動きが大きくなっておりますけれども、このような水俣病公害事件というのは、なぜこんなに混乱が続き、また長く解決しないということなんですか。

私のような公衆衛生に従事しているものからいたしますと、当然法律で定めている調査、あるいは対策、回収等、そういったものが全くなされなかったというようなことは先ほど言いましたけれども、そういうものがなされていれば、その種のトラブルの大部分はなかったであろうというふうに考えられます。

040 そうすると、初期において何をすればよかったんですか。

食中毒事件であるということが分かったのは相当初期なんですけれども、それが分かった時点で、調査をきちんとして、そして、対策をたてるべきだったというふうに考えます。

041 調査とは、どんな調査をすればよかったんですか。

食品衛生法27条、あるいは食中毒処理要領等に定められておりますように、喫食調査という、曝露調査と症状調査という、症状に関してきちんと患者さんから聞き取るという、そういう調査ですね、とりあえずは。

042 先生は、岡山県を中心として食中毒事件とか公衆衛生の問題には実際に携わっているんですよね。

はい。研修会等でも講師をやっております。

043 水俣病に関しては、そういうふうな通常なされるべき初期の調査とか行政の行動というのは全くなかったんですか。

少し食中毒に関する厚生省の研究会が開設されたということは結構知られていますし、それから、厚生省の食中毒事件録の、たしか昭和31年度版だったと思いますけれども、そこにも、水俣病に関する記載がありまして、当初食中毒としての認識はあったんじゃないかというふうに考えております。

044 資料を見ていましても、当初の30年代の初頭には、食中毒ということで熊本県も扱っていたと思いますけれども、その対策が、先生がおっしゃるような公衆衛生とか食中毒で通常やられる対策がとられていなかったんですか。

ええ、対策はとられなかったみたいですね。通常やる対策、たとえて言えば、雪印事件で、ちょっと出すのが遅れたんですけれども、回収命令というのが出ましたけれども、あれを、まあ回収命令を出していませんから、そのまま消費者が低脂肪乳を飲み続けたという状況みたいなものを考えていただければいいと思います。

045 先生は、そういう実態を認識されて、現在も食中毒事件として扱うべきだという行動をされているんですね。

そうですね。今となっては、広がってしまって、対策による規模の縮小というのは余り望めなくもないんですけれども、要するにきちんと証拠を残すこと、それで、記録を残すこと、あるいは、こういう法廷において問題になることがありますので、そういうものに備えること、そして、最終的な食中毒事件の記録として報告書を書くことということは、食中毒処理要領でも定められていますので、そういう様々な側面を考えて、残すべきですし、普通の食中毒事件におきましては、非常に詳しい報告書というものを行政の方々は多大な努力をして残しておられますので、そういうことを少しはするべきだと考えております。

046 そういった通常ではなさるべき調査とか報告というものは、水俣病ではなされていなかったということですか。

そうです。ほとんど全くというぐらいなされていないです。

047 先生にお聞きするべきことかどうか分かりませんが、それはなぜそんなふうに、一番大きく一番深刻な食中毒事件が、それにもかかわらず、通常やるべきことをしなかったというのは、何か大きな障害、またはできないような理由というのがあったんじやありませんか。

いろんな本では、通産省の方が、何もするなというようなことを、本で読んだんですけど、おっしゃったとか、それから、厚生省の人が、水俣病事件では、当時ポリオの予防接種、緊急入院した人は、ポリオにはチッソはいなかったみたいな言い方をして、要するに水俣病事件ではチッソがいたからやらなかったとか、それから、補償が必要だみたいな言い訳をされているんですけど、これは、実際に食中毒事件では、補償のことは考えず、とにかく被害の拡大を防ぐことですので、そういうふうな、これは、どちらかというと、うそみたいなもんです。けれども、そういうことを様々に理由は聞いておりますけれども、実際のところはきちんと調べなければならないと思います。

048 さっきの報告書も出ていないから、分からないわけですね。

そうです。

049 じゃ、対比として、水俣病事件と比べるぐらい大きい事件だと思いますが、森永ヒ素事件では、先生が今言った、あるべき行政というのはなされていたんですか。

そうですね。医師の届出自体が遅れてしまったのは問題ですけれども、遅れたといっても3週間程度なんですけれども、それでも、流通を考えると遅かったんですが、それでも、それが届け出られるやいなや、山陽放送ラジオで、原因食品は食べるなと、回収するということが行われて、そういうものが行われた上で、しかも、被害調査みたいなものが行われて、報告書がまとめられております。

050 先生がこれまで勉強した事件で、食中毒事件で、初期の調査もせず、それから、その原因となるものの回収もせず、そして、報告書も出さないという事件というのは、大きい事件でありましたか。

そういうのが徹底的になかったというのでは、水俣病事件だけじゃないかと思います。

051 時間がないので話を少し飛ばしますが、そういった混乱が多く、また認定を巡っての主張が患者側と行政側でするどく対立し、また司法とも対立するという状態で、昭和52年に判断条件というのが作られましたね。

はい。

052 この判断条件こそは、それまで混乱した水俣病の認定問題、患者の確定ということで、すばらしいという方々もいらっしゃるんですが、いかがですか。

いや、全然そうは思いません。なぜなら、52年の判断条件につきましては、かなり詳細な調査を精神神経学会でしたんですけど、とにかくこれの根拠となる文献データが全く見当たらない。逆に、これでは、たくさん患者とすべき人たちが漏れてしまうというデータが見付かるというようなことで、非常に大きな問題があると考えます。

053 実際も、52年判断条件を巡っては、出された後から、ずうっとやっぱり患者側と行政側は対立を繰り返していましたよね。

はい。

054 そのような状態で、先生が属しておられる日本精神神経学会で、この52年判断条件についての極めて科学的、詳細な研究というものがされましたか。

ええ。調査をして、そして、検討して、委員会で報告書が書かれました。

甲第26号証を示す

055 それが、これですね。

はい。

056 これも、結論としては、学会の結論はどんなものでしたか。一番最後のほうにサマリーがありますね。

はい。

057 先生がそれにタッチされておりますが、タッチされたことも冒頭に明記されておりますので、省略しますが、先生が参加されて出された結論として、どんなふうな結論が出たんでしょうか。

結論の(1)としましては、昭和52年判断条件作成過程について調査したが、医学的根拠となり得る具体的データを見出すことはできなかった。

058 データがないということがそこの結論になっておりますけれども、私どもとしてはとても信じられなくて、52年判断条件というのは、当時の審査会の委員さんが集まって、あらゆるそれまでの資料を集め、分析した結果、結論が出たんではないかと思い込んでいたんですけれども、実際データがないというのは、どういうことであり、どうしてそれが分かるんですか。

この後出る昭和60年医学専門家会議の意見にも共通することなんですけれども、医学的根拠となり得る具体的データあるいは医学的根拠となり得る文献というものが、本当に手に入る限りすべて調べましたが、なかったわけです。

059 その結論を出して、随分時間がたちますが、反論というのはありませんね。

そうです。

060 第一番目の結論はそれまでにして、第二番目はどんな結論が出ましたか。

昭和52年判断条件に示された証拠の組み合わせに基づく診断は科学的に誤りであると。

061 これも、素人が考えますと、組み合わせがあると、かえって鑑別の精度が高くなるのではないかと思う人もいるんですが、それはいかがですか。

科学的な誤りというのを具体的データでもって示したわけですね、逆に、先ほど。一般の方々は、その精度が高まるというのは、精度というのは、実は感度特異度、逆に言いますと、偽陰性偽陽性を別々に議論しなければいけなくて。

062 偽陽性というのは、一言で言うとどういうことですか。

偽陽性というのは、病気と判断すべきでない人を病気と判断してしまう確率です。

063 病気でない人を病気だと判断することですか。

はい。

064 偽陰性は。

病気として判断すべき人を病気でないと判断してしまう確率です。

065 いずれも誤りですね。

そうです。

066 その偽陽性と偽陰性の問題について、データをもって学会は調べたわけですね。

はい。

067 その結果、組み合わせという問題はどうなりましたか。精度が上がってはいないんですか。

学会としてというよりは、それは組み合わせというものは、根拠がないんですが、組み合わせたところで、偽陰性が増えるだけで、この場合は、偽陽性はほとんど減らない。ということは、この種のことが分かる人は大体言えるし、それから、実際に組み合わせをするような食中毒事件など、あるいは、一般的な中毒においてもないわけですね。症状の組み合わせを必要条件にするようなことはないわけです。

068 大変やさしく学会の結論も出ておりますので、読めば分かるんですけれども、組み合わせをすると偽陰性が多くなるというのは分かるような気がするわけです。一つの症状でもし十分ならば、二つ三つの症状を要求すれば、当然それでけられてしまいますから、本来病気だという人が病気でないと言われる確率が多くなるというのはよく分かります。ただ他方、念には念を入れるという世の中の言葉がありますけれども、一つ症状じゃなくて、二つ三つと症状を重ねていけば、病気でない人問を病気であるというふうに判断することが少なくなるんではないかというふうに思うんですが、水俣病の場合はそれがないというか、ほとんど無視してもいい、偽陽性の問題は、組み合わせをしてもほとんど無視してもいいというのは、どうしてなんですか。

要するに組み合わせが必要だと考えてしまうということは、そういうふうに言っている人たちは、要するに曝露歴というものを、軽視というか、ほとんど無視しているわけです。曝露歴があるという条件のもとで考えれば、曝露して症状が出たという条件、これを曝露歴と症状一つとの組み合わせというふうに考えてもらってもいいんですけれども、そういう条件のもとでは、偽陽性というものは非常に少ないということが言えるからです。

069 それも、その見解の中に詳しくデータに基づき数字で出してありますね。

はい、そうです。

070 実際にそういうふうに批判を、その他あと三つぐらいの結論が出ていたと思いますが、そのような結論で52年判断条件を否定されていますけれども、52年判断条件というのは、そもそもそれから5年後ですか、60年に医学専門家会議で、いわゆるお墨付きをもらってたものですよね。

はい、そういうふうに。

071 一般には言われていますね。

はい、言われています。

072 60年の医学専門家会議の結論というのも、結局は正しくないということを言っているんですか。

そうですね。60年医学専門家会議の意見は、一目見て分かるように、根拠となるデータも引用文献も全くないわけです。こういうものは専門家の意見と私は言わないというふうに考えております。どんな報告書でも、たいがいデータ若しくは引用文献というのは載っておりまして、根拠というものを読む側が知ることができるんですけれども、それができないというもので、どうにもならないという感じですね。

甲第27号証を示す

073 今問題にしている甲第26号証の精神神経学会の発表に引き続いて甲第27号証で医学専門家会議の無内容性というか、データのないところを、やはり細かく分析されているんですね。

はい。

074 この甲第27号証の医学専門家会議の批判は、実際にそれに携わった人たちに直接当たってお聞きになったりした、かなり直接的な調査でしたね。

そうです。

075 もとに戻ります。そうすると、52年判断条件をもし適用して誤りがあるというのであれば、実際にどのぐらいの人々が偽陰性として扱われていってしまうのか。どのような人が、本当は病気であるのに病気でないと言われてしまうのか、それはどういう結果が出ましたか。

52年判断条件に基づいて認定審査が行われていたとすれば、いわゆる政治解決のときに対象となった1万3000人の方々は、恐らく四肢末端の感覚障害があるでしょうし、それから、今認定申請されている方2000名余りの方々も、感覚障害があるでしょうから、そういう意味では、少なくとも1万5000人程度だと思います。

076 それに代わって、先生あるいは精神神経学会での正しい水俣病の病気の要件 というのはどういうものなんでしょうか。

少なくとも曝露歴と感覚障害があればいいと。しかし、これのみを要件としますと、曝露歴と視野狭窄のみとかその他の症状を無視していますので、やや狭くなりますけれども、そういうふうに考えております。

077 そうすると、正確に言えば、曝露歴があって、それで、今まで水俣病の症状だと言われた感覚障害あるいは視野狭窄、運動失調等の一つがあれば、水俣病として認めてもよろしいと。ただそのパーセンテージはそれぞれが違うと、こういうふうにお聞きしてよろしいですか。

そうですね。それが、食中毒事件における行政の取扱いの通常であり、かつ医学的であるというふうに考えます。

078 特に感覚障害が問題になっておりますので、今後感覚障害のことを中心に話しますが、特に感覚障害が水俣病の場合重要視されるというのはどうしてなんですか。

早期に起こってくる症状だというふうに書いてある文献が多い、それから、感覚異常を患っている人の数が多いことというようなことなどがあります。

079 46年の次官通知も、また間題になっている52年の判断条件も、水俣病の症状としては、まず感覚障害に始まるというふうに書かれていますね。

はい、そうみたいですね。

080 したがって、そこにおいては、両者別に異にする意見でもないわけですね。

そうです。

081 問題は、それ以降に他の症状を要求するかしないかで変わってくるということですか。

そうです。

082 そのところが一番重要なので、もう少し聞きますが、他のものを組み合わせとして入れてはいけないというふうに精神神経学会なり先生がお考えになったのは、なぜなんでしょうか、もう一度言っていただけますか。

具体的にそこが一つの問題の焦点だというふうに委員の一人が言ったわけですけれども、それで注目して、中心に、たくさん切り口がありますので、やったということ、それから、例えば普通の中毒、例えば食中毒事件が一番簡単だと思いますけれども、例えば食中毒事件において下痢、これは恐らく四肢末端における感覚障害よりもっと非特異的な症状であるというふうに思うんですけれども、それに組み合わせが必要だというような議論は聞いたことがない、私だけじゃなくて、多くの人が聞いたことがないというふうにあって、そういう意味では、日常の中毒という概念から離れてしまうからというところが一番大きいと思います。

083 例えば食中毒の場合、下痢をしたり、嘔吐する、吐いたり、また悪心というんですか、気持ちが悪くなったり、あるいは熱が出たり、そういう一連の症状があって、いずれも先生が言うように非特異的な症状だと思うんですが、中毒の初期調査において、例えば下痢だけでは軽いからだめで、熱まで求めるという組み合わせで中毒患者を決めるという、そんなことというのはないんですか。

食中毒事件処理の際には、そういうことはありません。特に原因食品や原因施設が分かった後では、そういうことはありません。要するに原因曝露というものを考慮に入れないから、そういう話に飛躍するんだと思います。

084 実際的に曝露歴というものが確定している上においては、一つの症状が出れば、中毒症状と認めていいと、それが中毒学の当然の考え方なんでね。

ええ、実際に行政的にも医学的にもそういうふうに判断しております。

085 先生のお話を聞いて全く私は驚くんですけれども、そうすると、水俣病で組み合わせを要求するというのは、中毒事件としては異常な事態なんですか。

そうですね。もし本当に組み合わせというものをアンドでつないで、そして、それをアンドでつないだものを持っていない人を水俣病でないとしたら、それはちょっと考えられない異常な事態だと思います。

086 アンドというのは、二つの症状ね。

はい。

087 一つと一つをかけ算すると。

そうです。

088 二つなければだめだというようなことを言うとすれば、驚くべきことなんですね。

そうです。オアでつなぐんだったらまだしも、アンドでつないだんでは、それを充たさない人たちを水俣病でないとしたら、それは異常な事態、ちょっと考えられないですね。

089 そこまで学会が確信を持っておっしゃっているのかもしれませんけれども、この事件で被告の第3準備書面の8ぺ一ジの中段あたりでは、水俣病の病状は、単独では非特異的であり、他の疾患によってもそれらの症状は当然起こってくるんだから、やっぱり組み合わせでなければならないということを、現在もこの裁判で言っているんですが、それに対しては先生はどう思われますか。

疾患というものを、症状で定義した疾患名である場合、それは原因との関連においては非特異的なもののほうがほとんどです。現象としては非特異的なものとして現れるのがすべてだと言ってもいいと思いますけれども、そういうような状況であって、それを非特異的だから組み合わせるんだというのは理由にならないですね。実際に非常に多発しているわけですから、多発している地帯において、多発という、その症状と曝露歴を組み合わせた場合は、もしその曝露がなければその症状が起こらなかったであろう確率は、非常に高いわけです。逆に言うと、曝露がなくても症状があったであろう確率というのは非常に少ないというふうに、なんとなく皆さんは経験則としても分かっていらっしゃるでしょうし、それを数字とかグラフとかで示せばもっとクリアに分かっていただけるというふうに思います。

090 素人考えでもこういうふうに思うんです。二つの組み合わせを要求されるとすれば、同時に本来その症状が出ないと、中毒者として認められないというのは、これは、人体の個人的な差があったり、そのときそのときの身体の様子で、同時に二つの症状が出るということを要求するというのは、大変実際的ではないと思うんですが、そんなふうに思ってもいいんですか。

はい、そうですね。それは、別に医師じゃなくても、素人の方でも簡単に理解していただけると思います。

091 また、さっき申し上げたように、46年の次官通知であれ、52年の判断条件であれ、最初に感覚障害が出てくる、その次にということでずらっといろんな症状が並んできて、感覚障害が初期的に出てくるというようなことを前提にして書いておられるので、それだけを見ても、曝露歴と、それから感覚障害があれぱ、中毒者として認めるのが正しいんじゃないかな、後から出てくるのはそれはそれでよろしいことでというふうに、これもまた素人考えで思うんですが、いかがですか。

それは、別に素人じゃなくても、だれしも、曝露量が比較的少ない人の場合は、そういうことが十分にあり得る。あるいは、これは放射線曝露なんかでもよく言われてるんですが、周辺部分にいる人たちは、比較的軽い症状、非特異的症状が多い、そういう人たちのほうが数がむしろ多くなるんだというようなことを書いてある記述も見たことがあります。

092 水俣病も、やはり同じような裾野があって、軽い症状の方のほうがやっぱり多いんじゃないですか。

そうですね。そう思います。水俣病に関して、本にも書いていますけれども、水俣病が変な誤りを犯したのは、中毒というのは、普通は曝露がなかった人を基準にして、曝露に遭った人にどんな症状が出てきたかを考える、それでもって中毒症と定義すべきところなのに、水俣病の場合だけは、最重症例あるいは劇症例あるいはハンターラッセル症侯群がそろった人たちを基準にして見たから、症状の数が少ない人たちを不全だというような言い方をします。ところが、普通の中毒事件におきまして、不全型の、仰えば不全型のヒ素中毒とか、そういうふうな言い方、不全型の食中毒と、そういうふうな言い方というのはしないわけです。聞いたことがないと思われますけど、それはまさしく見方が、重症例を基準にして、最重症例を基準にしていたからだというふうに考えられます。

093 被告側の長年にわたる認定制度の結果、重い人たちだけが水俣病と言われるようになっていったために、一番数の多い人たちを不全、完全でない不全形ということで呼ぶというのは、これも極めて奇妙なことだと思いますが、それが実態ですか。

そうですね、水俣病以外では恐らくないんじゃないかなと思います。

094 さっき示しました精神神経学会の26号証、27号証で、今おっしゃっているようなことを社会に出版されたんですけれども、それ以降、出版は、平成10年ですから、今まで約7年たっておりますが、具体的なデータを持った反論というのはないんですか。

はい、データに基づいた反論というものは全くありません。

甲第67号証を示す

095 これは、先生の論文で、病理の衛藤先生と北海道大学の公衆衛生の近藤喜代太郎先生に対し反論的なものをされているように読めるんですが、これはいかがですか。

衛藤先生に関しましては、この論文で特異度というようなことを書いておられて、特異度の定義は間違っているとこの論文では指摘したわけですけれども、衛藤先生は、そういう特異度というような定義は念頭におかずにこれを書いたというふうにおっしゃっていまして、要するに感度特異度というのは、医師国家試験にでも出るような基礎的な知識でして、それを衛藤先生は全く御存知なしにこの論文を書かれたということが明らかになっただけで、要するに基礎的な診断学の知識というものを、衛藤先生あるいは岡嶋先生は持ち合わせておられないんじゃないかということが分かっただけでした。近藤先生に関しましては、反論するから、近藤論文を批判した論文を送れという手紙がきましたので、ぜひ御批判くださいというふうに、お送りしましたところ、それ以来、全く返事は返っておりません。

096 ただ衛藤先生の論文も近藤先生の論文も、曝露歴と感覚障害のみでは、真の水俣病の患者を、その中で10パーセントしか認められないんだと、あと90パーセントは、みんな偽陽性になってしまうんだという趣旨だったですよね。

ええ、そうですね。

097 そこまで書いておきながら、先生に対する反論というのはないんですね。

そうなんです。この誤りは、ちょっとした基礎知識を得られれば、だれでもこれは間違っているとお分かりいただけると私は考えます。

098 そうなると、ここで被告が、感覚障害などと曝露歴で水俣病と認めては間違いだということを文書として出されている現代の人としては、この被告側だけだろうと思いますが、更に被告側は、被告第1準備書面の9ぺ一ジのところで、水俣病の診断はメチル水銀によって引き起こされる各種の症状の組み合わせから、メチル水銀による神経系の傷害を推定するという症侯群的診断によらざるをえないのであるというふうに断定されているんですが、これは、いわゆる組み合わせということを意味しておられると思いますが、この考え方に対して、先生はどんなふうに思われますか。

それは、データに基づかずに、あるいは曝露歴を無視した上でおっしやっているとしか言いようがなくて、症候群が抜ければ、症侯と曝露歴ということから判断するというんでしたらあれですけれども、そういう言い方は間違っていると思います。

099 先生が今までおっしやってきたように、もし被告がこのようなことを言うならば、データをもって、データを示して、症侯群的診断によらざるをえないということを主張すべきであるというふうに思われますね。

そうですね。半分の蓋然性ということを考えた上でですね。

100 あるいはまた、このような主張をしている方に法廷で証人尋剛こ立っていただいて、これに対しての正しいか正しくないかを公の場で判断し下もらうべきだというふうに先生は思われているんですね。

そうです。曝露があって症状がある人の蓋然性というものをどのように計算するかという根拠も含めて、明らかにしていただきたいと思います。

101 先生は、水俣病でもそうですが、たばこ病問題についても、公の席で議論をしようではないかという呼びかけを随分されていますね。

はい。

102 先生としては、いつでも自分の主張に対しては、法廷でも公のところでも議論に応じるという御用意があるんですね。

はい。

103 もう一つ被告側が言っておられるのは、このように52年判断条件は、医学的知見に基礎をおき、適切かつ妥当であることは医学の専門家の間でコンセンサスが得られているという主張があるんですが、今先生に少し習ったので、私も分かってきましたけれども、コンセンサスを得たという抽象的な言い方では、反論もできませんね。

そうです。実際に学会等では合意などは全く得ておられないわけです。仲間内だけで、非常にお年の先生方ばかり集まって、そうだそうだと言い合っただけという感じがしております。実際に一人一人にお伺いしても、具体的な反論はないわけですから。

104 お年寄りの仲間というのは、52年判断条件を作るときにも、また医学専門家会議をやったときでも、そういった仲間的な話合いだけだったんじゃないかということですね。

そうです。特に60年医学専門家会議です。

105 ところで、被告は、コンセンサスを得たと言うんですが、余りけんかにはなりませんけど、先生が属し、発表されたこの精神神経学会というのは、日本で幾つもある学会の中のその精神神経的な領域で、分野で、幾つもある学会なんですか。

いいえ、水俣病が発生し、その後、60年代に入って、議論された当時においては、精神神経学会、まだ神経学会というのはなかったわけですから、精神神経学会だけで議論と、内科学会で議論されたんですかね。そういう数少ない責任学会の一つであったというふうに委員会の人たちから聞いております。

106 そうすると、精神神経学会が公式に意見を述べたということは、まさに学会のコンセンサスを得ているというふうに理解してよろしいですね。

ええ。一応理事会で諮って、理事長も加わった理事会で承認された見解です。

107 話は変わりますが、もし曝露歴と感覚障害だけでは、いわゆる非常に軽い人も認めてしまうことになって、いわゆる病気として、社会通念上といいますか、社会生活が困難になるようなものだけを選ぶということにはならなくなってしまうんじやないか、よけいな人たちを入れてしまうんではないかという考えもあるようですが、これに対してどう思われますか。

医学的な判断というものは、軽症も含めてやるものですし、例えば食中毒事件で雪印事件のときの黄色ブドウ球菌などは、ほっておいてもといえばなんですけれども、スポーツドリンクを飲んでおれば、1泊2日で治る、非常に軽症の食中毒事件として知られておりますから、そういうものを対象にしないということになしましたら、大きな問題になると思います。

108 ずっと先生は食中毒事件としてお話を聞いておりますけれども、本件で棄却されたということの根拠は、救済法というものに基づいての認定制度で棄却されているんですれども、救済法の趣旨と食中毒事件の患者を判定していく作業というのは、同じように考えてよろしいですか。

ええ、そういうふうに思います。そういう意味でしたら。

109 むろん救済法には、特別の補償ということは規定されていませんが、例えば医療費とか看護費というものが入っているんですれども、非常に軽い水俣病中毒であれば、そのような治療費、介護費すらも要らないから、認定しないのも当然じゃないかという考え方はできませんか。

それは、行政的な取扱い上からも医学的な考え方からも間違っています。だれがその曝露によって引き起こされたかを確認するのがまず第一だというふうに考えております。

110 水俣病も不治の病と言われていますけれども、支給治療費を出す、または看護費を出すということは必要でしょうか、どうでしょうか。

必要であれば、とりあえず必要じゃないかと思います。

111 例えば対症療法として水俣病に効く薬とか療法などはありますか。

ええ、あると思います。対症療法というと、どうしてもあれは対症療法じやないかという人がいますけれども、とりあえずというのは非常に重要と思いますし、水俣病では余り考えられてこなかったんですけれども、リハビリなんかも重要だと私は考えております。

112 したがって、まず中毒患者は中毒患者として認定されることが必要なんですね。

そうですね。

113 今ここでこのような訴訟をやって、感覚障害と曝露歴というのを取り上げますと目新しいことのように思われますが、既に感覚障害だけの水俣病というものがあるということをかなり早くからおっしゃっている先生がいたことを御存じですか。

ええ、そういうことをおっしゃっている先生がいたのは知っています。中央公害対策審議会の議事録なんかを見ても、そういうふうに考えるというふうに言っておられる先生もいらっしゃいます。

114 それは、具体的には井形先生ですね。

そうです。

115 甲第64号証の821ぺ一ジ、右側の中断にその記載がありますけれども。

実際だれがそれを言ったかだけじゃなしに、現場で実際に感覚障害があれだけ多発しているわけですから、それと、そういう環境被害というものは薄く広く広がる部分というのは必ず出てくるという意味からも、そういう意見が出てきて当たり前だと思います。

116 甲第61号証、昭和41年の第63回の内科学会で、椿先生が、感覚のみの水俣病があるんだというふうにはっきり言明されておりますね。

そうみたいですね。

117 したがって、先生あるいは精神神経学会の声明というのも、とりわけ新しいということだけではないんですね。

そうです。

118 ただデータに基づいたという意味においては、非常に画期的であると。

そうですね。みんなが、現場にいる人たちは分かっていたことをあえてデータとして示したという意味は、重要だと思います。

119 結局先生は、中毒事件としてはそのような認定方法が当然なんだと、結局被告のほうが言っているものと先生が今おっしゃっていることの大きな違いというのは、曝露歴というものを問題の判断の中に組み入れるか入れないかということなんですね。

そうです。それとともに、もう一つは、多発するその頻度ですね。水俣病では、100倍以上の多発、こんな多発というのはなかなか観察されないんですけれども、それを無視したということ、それか重要だと思います。

120 日本精神神経学会の結論として、具体的に言うと、曝露歴と感覚障害だけで、どのような多発をしているか、もう一度数字をあげて、またはある程度具体的に説明していただけますか。

感覚障害のみに精神神経学会のはしぼっているわけですけれども、それでも、少なくとも100倍以上の多発が推定できるということで、これは、非常に大きな多発であって、それは、すなわち多発している。その患者さんたちで、喫食、曝露歴があって、症状があってということを考えれぱ、逆にそのうち例えばそういう人たちが100人いたら、そのうち一人以下しか曝露がなくても、症状があった人がいなさそうだということが言えるわけです。

121 そうすると、確からしさというのは、90パーセント以上だということなんですね。

そうです。100倍の場合が99パーセント以上ですね。

122 さっき言った擬陽性としては、一人もかける、100人いても、100人を曝露歴と感覚障害が判定された人を水俣病として100人認めたときに、万一水俣病でない可能性のある人は、一人よりも少ないということですか。

そうです。

123 実際の中毒事件で、こういう高倍率の事件というのはありますか。

ちょっと見当たらないですね。これより高い相対危険度が具体的に算出できるというのは、例えばサリドマイド事件ですね。ああいう感じになってきます。

124 水俣病意見書でもそこのところを、随分書いておられますけれども、ありふれた事件では、確からしさはどのくらいの倍率なんですか。

例えば大気汚染では、環境庁の資料では、2倍から3倍の多発があれば、そこを曝露地域として、そこで症状があれば、認定患者にするとかですね。それとか、アスベストだと、大体6、7倍ですね、肺がんに関しては。そういうデータが残っています。クロムでは、クロムと肺がんに関しては十数倍というような感じです。

125 アスベストは、今大変に問題になっていますから、厳密にお尋ねしますけど、アスベストでは、一般に肺がんになって、肺がんの中で、中皮腫というんですか、になる人もいると。

そうですね。中皮腫と肺がんは分けて考えますけれども、中皮腫のほうが、特異度というか、アスベストにおいて多発する倍率ははるかに高いんですけれども、肺がんのほうが、もともと多い疾患ですから、それが多発するという意味では、それが6、7倍多発していたという意味でいきますと、引き算をしますと、実数としては、肺がんのほうがたくさん出てくるということになります。別に症状の組合せとかはありませんからね。

126 ないですか。

はい。じん肺にしてもですね。

127 総論をまとめるところで最後にお聞きしますが、そういった先生がおやりになっている疫学の活用としては、単に病気と原因というだけじやなくて、疫学は現代においてかなり広く活用されていますね。

はい。

128 例えば薬効、製薬業界における薬効のときは、必要不可欠な考え方ですね。

そうですね。薬が効くということは、公的な健康保険の資金を支給するということですから、効かない薬までも効くとして販売されてしまうと、要するに公的医療費のむだ遣いになるわけですから、非常にきちんと薬の効果というのは要求されますし、あるいは副作用に関しても非常に、これは被害が実際に広がるという意味で、重要です。

129 証拠に基づく医療としての手術法、こんなのにも疫学は必要不可欠になっておりますね。

そうですね。延命効果のない手術あるいは、逆に害になる手術というものは、疫学的なデータ分析を行って、それを明らかにして除いていかなければならないと思います。そういうのを一連の言葉として、EBMというふうに言いまして、科学的根拠に基づいた医学というふうに、最近ではかなり有名な言葉になってきております。

130 エビデンス・べ一シック・メディスンですか。

エビデンス・べ一スド・メディスンです。

131 更には遺伝子による発生の頻度とか、または診断自身の精度を調べるためにも疫学というのは使われていますね。

そうです。遺伝子と症状の発現ですね。例えばある遺伝子を持つ人において乳がんが多いとか少ないとかいうようなことも、疫学的に、最終的には解析されて、判断されますし、そして、それぞれの診断の精度というものも、疫学研究結果に影響を与えるので、そういうものに関しても評価の対象となっております。

132 更には医学だけではなくて、ある事故の原因とそれから結果についての、結果からどのような原因があったか、または予防するためにはどうしたらいいかというようなことについても、データに基づく確率の考え方というのは適用されているんですね。

そうです。災害というか、特に卑近な例で言いますと、シートベルト、それから、バイクのときのヘルメット、運転中の携帯電話、こういうものは、疫学的な手法で海外で検証されております。それ以外にも、例えば製品の故障とかそういうものとその原因とか、そういうものに関しても、精度管理と言いますか、そういう意味でも疫学と共通した考え方が用いられて、今では、いろんな因果関係論や人工知能の研究などにも疫学は影響を与えているというふうに文献には載っております。

133 結局そのことは、最初に先生が、因果関係の問題は哲学なんだ、因果関係を規定する手法を学ぶ学問だというふうにおっしゃったとおり、人間にとっては、過去の因果関係を確定したり将来の因果関係で予測したりすることが必要不可欠だからなんでしょうね。

そうです。実際に起こった経験というものを、まとめて因果判断するということは、人間の、子供が様々なおもちゃをいじってだんだん火に近づいたら熱いとか、そういうふうなのを覚える過程にも類似していますけれども、過去に起こった経験を蓄積して現在の判断に結び付ける、あるいは将来、危険から避けるために、言わば予防ですけれども、用いるということは、普通に行っていることであって、それを具体的に数字で定量的に示したものが疫学であるというふうにも言えます。

134 今世界でも同じような手法で活用されていて、これに大きく反論される、反対するという意見というのはありませんね。

そうですね。その種の議論は、疫学の分野の内部でも、あるいは医学全体の分野、あるいはそれ以外でもあれされていますけれども、大きな、そういう意味ではそういう反論はないですね。

135 疫学についての最後の質問なんですが、そうした有効な人間の手法である疫学では、集団の因果関係については有用なんだけれども、個人の因果関係、原因と結果を規定するためには、働かないんではないかと、効果がないんではないか、また誤るんではないかという考え方もあるんですが、いかがですか。

例えば水俣病に関して言いましたら、水俣病の病像というものを個人に当てはめるというようなことが普通に、国、チッソ、患者側にかかわりなく言われているわけですけれども、その病像というもの自体も、実は一人の人から決して得られるわけではないわけです。必ず原因に曝露した複数の人たちから得られたものが病像なわけです。それを複数、もっと多くは集団なんですけれども、それを個人にあてはめて診断というものは、普通に用語として使っておられるわけですですから、そういうたくさんの人々から得られた経験則というものを、具体的な定量的な数字に直しているだけの話で、それは、通常日常的にお医者さんが行われている診療、診察活動そのものであるというふうに考えていただければ分かりやすいと思います。

136 チエさんの具体的な病状についてお聞きします。前半で先生からお聞きしたように中毒症状、公害の認定にとっては曝露歴というのは、まず最も大切なことですよね。

そうですね。

137 本件事件におきましては、棄却した裁決書、乙第42号証でも、被処分者の魚介類の喫食状況等からみて、被処分者は、魚介類に蓄積された有機水銀に対する曝露歴を有する者と認められるというふうな記載になっておりまして、曝露歴があることは、処分者も認めているところでございますけれども、念のために更に具体的にお聞きしたいと思います。甲第3号証の審尋録取書でも、1ぺ一ジの一番下に、魚介類は何でも好きであったので、入院するまで三度三度食べていた、種類としては特にイリコ好きで、他には、ボラ、タチウオ、タコ、ナマコ、貝類、カニを食べていたというふうな記載がありますが、これも御記憶にありますね。

はい。

甲第2号証を示す

138 被告は、第1準備書面の22ぺ一ジで、本件申請者には、有機水銀に対する曝露歴が認められるというふうに、被告のほうも認めております。しかし、実際に診断書等を見て、先生が、曝露歴というのはどんなふうにフイールド調査をされる方が考えられるか知りたいもんですから、甲第2号証を示します。これは、チエさんの昭和49年5月、S先生の診断書ですが、これからは、どんなところで曝露歴があるというふうに読むんですか。

「水俣湾の魚介類を多食していたとの訴え」というところです。

甲第1号証を示す

139 これは、チエさんの申請書ですが、これからはどんなところで曝露歴を考えるんですか。

「ずっと70有余年水俣市袋にて生活、袋湾産のビナ・カキ・カニ、魚類を好きであったので多食していた」というところです。

乙第94号証の4を示す

140 これは、昭和46年に住民に対して行われた健康状態調査票なんですけれども、これからはどんなところで曝露歴を見るんですか。

「この10から20年間魚介類を食べた。」というところ以降のところです。

141 (ウ)、(39)以降に書いてある記載などがそれにあたるということですね。

はい。

142 そのほか一杯ありますけれども、こういう本人の申告はそれだけで信用していいかという問題があるんですが、それはどういうふうに考えたらよろしいんですか。

信用できないということですかね。

143 信用できないんではないかという考え方に対しては、どんなふうにフィールド調査の人たちは考えておられるんですか。

信用できないと言っても、実際何かを食べなければいけなくて、このチエさんが魚介類を食べた場合、汚染されていない魚介類を入手し続けけるということは、常識的には考えられないということです。それと、普通、喫食歴というものは、こうやって質問票で聞く、あるいは曝露歴というものは、過去の曝露に関して質問票できちんと聞くというのが普通です。

144 今示しました質問票は、乙第94号証の4なんですが、こういう質問票というのは、他の中毒事件でもやっていることなんですね。

そうですね。曝露歴を聞く際には質問票というのは非常に有力な手段であり、特に過去の曝露については質問票で聞くしか仕方がない場合というのはしばしばあります。

甲第100号証の2ぺ一ジを示す

145 この地図の右側のほうに溝ロチエさんの御自宅、原告の自宅と同じですけれども、がありますが、海から近いということも曝露歴の一つの判断根拠にはなるんですか。

そうですね。非常に近いですね。

146 話は変わりますが、さっき示しました乙第94号証の4の住民調査は、3次まであって、チエさんまたは原告秋生さん等は2次まで確実に受けておりまして、3次については呼出しがあったかどうかはっきり分からないんですけれども、2次までいったということも、曝露歴には関係しますか。

そうですね。1次において、喫食調査、症状調査がなされて、それで、喫食歴あり、症状がありという人たちがたしか2次に進むはずでしたので、通常、喫食歴、そして、症状があるということでしたら、食中毒者としてみなされますので、あるというふうに考えるのが普通です。

甲第123号証を示す

147 原告あるいはチエさんの親族における水俣病行政の対応のことが書いてある一覧表ですけれども、親族の中に医療手帳を所持している人が大勢いると、こういうことも曝露歴の判断の一つにはなるんですか。

そうですね。家族内で医療手帳を所持されているということは、感覚障害があるということですから、そういう人たちが非常にたくさんいらっしゃるということからも、チエさんが感覚障害があったということを類推させ、そして、集団食中毒事件であるという特徴を感じさせるものであると考えます。

148 今まで大変早走りに資料をお見せしましたけれども、チエさんの曝露歴というのは、通常の疫学とか食中毒調査においては十分と考えてよろしいですが。

そうですね。

149 ところが、被告は、第3準備書面の2ぺ一ジで4項にわたつて、曝露歴のなし得る役割というのは限界があるんだと、一つは、本人が申告していること、ということですから、確実性がないんじゃないかということでしょう。二つ目は、魚介類は、場所的によって汚染の度合いが異なる、したがって、曝露したといっても、その曝露の内容は相当違うんじやないだろうかと、3番目には、人間の個人によって感受性が異なるので、曝露歴では十分ではないんじゃないかと、4番目には、中毒の多発地帯でも全員が同程度に曝露されるとは言えないんじゃないかというようなことを言って、必ずしも一般論とチエさんについて曝露歴が完ぺきであるというふうには思えないという趣旨の反論をされているんですが、いかがですか。

本人申告がだめだと言ったら、家族か近所の人に聞くしかしょうがないんですけれども、普通それをすることはないですけれども、聞かれてもいいんじゃないかなと思います。あとの部分は、そうであるという証拠はどこにもないわけですから、通常そういうことで曝露歴がないというふうに判断する証拠は何もないというふうに考えます。

150 今まで蓄積された証拠に対して、こういうふうな抽象的な反論をしても、そちらに反証、具体的なデータがあれば別だけれども、言っているだけでは意味がないんじゃないかということですね。

そうですね。通常やる方法である上に、きちんとたくさんの証拠がありますので、ちょっと無謀な反論であろうかと思います。

151 被告が第6準備書面の10ぺ一ジには、水俣湾の周辺地域の濃厚な魚介類の汚染があったのは、昭和33年から34年ぐらいだと、しかし、チエさんが発症したのは、昭和43年から更に5年もたったころの話じゃないかということで、曝露といっても、時があるんだという主張をされているんですが、これについてはどう思われますか。

曝露と発症の間に潜伏期間が存在するということは、どのような中毒症でも考えられることです。それと、繰り返しの摂取によってゆっくり進む神経症状ですので、本人がそれに気付かない期間というのが相当ありますので、それぐらいの期間があるのは当然だというふうに考えます。

152 更には、住民の頭髪の水銀濃度の高い時期とチエさんの発症時期が余りにも掛け離れているんではないかという反論もありますが、いかがですか。

頭髪水銀が採られた時期というのがありまして、頭髪水銀というのは、測定された頭髪が生成された時期の曝露しか反映しておりませんので、非常に短期の曝露です。そういう意味で、教科書的にはそういう注意書きが見られることがあります。それと、もう一つは、先ほど言いましたように、潜伏期問と本人の自覚的なものというのは相当時間のずれというのはあり得ると考えています。

153 被告は第6準備書面で、一般に老人、老婆でしょうね、は少食であると、だから曝露と言えないんじゃないか、言えないとばかりは言わないんでしょうが、少食であるということを加味しなければならないんじゃないかという反論も行っているんですが、いかがですか。

少食でも、食べたことは食べて、しかも、それも持続的に食べておられたわけですから、それが発症に十分であったということであれば、発症するわけでありまして、老人というのはそもそも、薬にいたしましても、薬が効き過ぎることがありますので、睡眠薬にしてもその他の薬にいたしましても、同じ薬でも若い人より効き過ぎることがあるので、老人は薬を少なめに処方するという逆の考え方もあり得ると思います。

154 いずれにしてもデータのないことで、具体的な反論にはならないということですね。

そうですね。

甲第2号証を示す。

155 これから診断書で、水俣病で出てくる症状を先生にとっていただきたいと思います。感覚障害に限らず、先生が水俣病との関連性を感じられる症状がもし甲第2号証にありましたら、いわゆる臨床医のような感じでゆっくりお話しください。

自覚的には、四肢のしびれ感、歩行のゆらつき、それから、流涎があり。

156 流涎というのは、よだれがたれるという意味ですね。

はい。それから、四肢末端に知覚鈍麻を認めるという書き方があります。

157 これで、先生がさっきから言われた感覚障害というのは、認められるんですか認められないんですか。

自覚的に四肢のしびれ感があったということ。それから、そのことをこの医師が、四肢末端に知覚鈍麻を認めるという書き方で確認しているということから見れると思います。

158 知覚鈍麻というのは、これは、単なる自覚症状だけではなくて、お医者さんが普通何らかの知覚的な検査をしてというふうに読んでいいんですか。

そうです。医師も認めているということですね。

159 そのほかには、この診断書から症状がとれますか。

歩行のゆらつきとか流涎ですね。

160 これは、いわゆる医学言葉で言うと、どんな症状なんですか。

歩行のゆらつきに関しては、運動失調に関連している可能性があります。流涎に関しては、知覚鈍麻と、あるいは口周囲の運動に関連するものもあるかと思います。

161 さっきも申し上げたように、口の周りの感覚の障害というのは、水俣病には初期的なものとしていろんな文書が出ていますね。

はい。

162 流涎というのはそんなふうに読んでもよろしいわけですか。

そうですね。脳卒中とか脳血栓の人が、片側だけよだれがたれるというので、家族に症状が気付かれるというようなエピソードなんかでは有名だと思います。

163 その場合の脳卒中の状況というのは、医学的に何と言うんですか。

それは、片麻痒です。

甲第1号証を示す

164 これから、水俣病的な症状というのはどんなふうに認識されますか。

手足のしびれ、歩行の不自由、よだれが出る、味がよくわからない。

165 甲第2号証と比べると、味覚がよくわからないというのが入っていますね。

はい。

166 これは、神経内科的にはどういうことなんでしょうかね。

味覚というか、舌の感覚が鈍麻しているというふうに考えられます。

167 これも、やっぱり一つの水俣病的な症状とみていいんですかね。

そうですね。そういう報告があったと思います。

甲第3号証を示す

168 これでの症状としては、いかがですか。

「よだれを垂らしながらボヤーツとしていることがあった。食事を自分でつくっていたので、味をみせてもらったところ、ものすごい味付けになっていた。聞いてみたところ、辛いのかあまいのかわからない、口の中が何も感じないといっていた。耳が遠く目も悪かった。歩き方もおかしかった。」というような感じです。

169 これは、事実というか、表現しているわけなんですが、これからは、病的にはどんふうなものがあるというふうに読めるんですか。

先ほども言いましたが、口周囲の感覚鈍麻、それから、耳が遠く、目が悪かったということで、難聴とか視覚障害があった可能性もあります。それから、歩き方もおかしかったということで、水俣病関連で言いますと、運動失調の可能性はあると思います。

乙第94号証の4を示す

170 これは健康状態調査票でございますけれども、これからはどんな症状がとれますか。

(ア)健康状態の(9)以降のところなんですけれども、四肢末端に優位な感覚障害があったと考えられます。

171 (9)以降ですね。

はい。

172 読んでいただけますか。

しびれ(ビリビリ、ジンジン、ビリビリ、ジカジカ)を今までに感じたことがあるか。10、しびれを現在も感じる。11、手足をにぎったり、長い間物をもったりすると手や指にしびれが出やすい。12は、いいえですけれども、13として、疲れたときや、寒いときだけ手足がひどくしびれる、14は回答なしなんですけれども、15、しびれが感じられたのは、両側にみられた、というところですね。

173 両側にみられるということは、水俣病の関連ではどんなふうに評価するんですか。

手足に両足にみられているわけですから、四肢末端に優位な感覚障害の自覚症状にします。

174 手足に力が入りにくいというところも少しあるんですか。軽いというところに丸がついていますが、これは何か意味をもちますか。

そうですね。いろんなあれで、これは力が弱くなっているんですが、感覚的にも起こり得ることもあるでしょうし、失調性のものとしても起こり得ることがあるのかもしれませんが、そのへんははっきりしません。

175 はっきりしないけれども、運動失調性の場合もあるし、筋肉が本当にうすくなってきた場合もあるし、そういうふうな可能性は見られるということですか。

はい。

乙第24号証を示す

176 疫学調査票なんですけれども、これではどんな症状を見てとれますか。2ぺ一ジですね。

昭和47年ごろから味がしなくなったと訴えだし、足が痛いため、米ノ津のマッサージに通っていたと、このころから毎日ぼやっとして座っている日が多くなった、昭和50年6月4日ごろから足がむくんだため、市立病院に通院するようになった。

177 足がむくんだために通院するということは、腎不全の影響とみていいんですか。それとも、それ以外のことも可能性としては考えられるんですか。

足がむくむこと自体は、ほかのあれでも起こってきますけれども、他の検査も組み合わせていますので、腎機能が悪くなったのかもしれませんね。

178 特にこれは水俣病とは余り関係のない症状ですね。

そうですね。今のところ報告が余りないですね。

179 マッサージに通っていたというのはどうでしょうね。その症状の程度といいますか、本人が望んだ程度というのは、これも水俣病の兆侯と何か関連づけて考えることができるのですか。

そうですね。針灸、マッサージを感覚障害に対して行っているという話をほかでも聞いたことがありますので、これはあり得ると思います。

乙第28号証の1、2を示す

180 これではいかがですか。

昭和47年頃から味覚鈍麻、足の痛み、この頃から毎日ボヤーッと座っている日が多くなった、昭和50年6月から足のむくみがあり、市立病院に通院、8月30日、朝、意識消失、ウーッとうなり声をあげ、市立病院に入院、昭和52年7月1日死亡というふうに、ほぼ同じ表現ですね。

181 今は乙第28号証の2の1枚目を示したのですが、今度は2枚目を見てください。まず左側で、滑動性追従運動がSPM、プラスマイナスと書いてありますが、これは、どんな症状ですか。

マイナスです。

182 衝動性運動はSMマイナスですね。

はい

183 しかし、滑動性追従運動はプラスマイナス。

はい。これは所見がないというふうに言えないというふうに、これを書いた医師が思ったんでしょうけれども、実際的なあれは示されていません。

184 被告のほうは軽いというふうに表現しているんですが、軽いという場合にこんな書き方をするんですか。

そうですね。

185 右側の耳の検査についてはどうですか。

オージオグラフですかね。

186 オージオグラフの表が出ていますね。

これは、難聴がありますね。

187 どうして難聴があるというふうに言えるんですか。

正常範囲をいくらとるかはいろいろありますが、大体30デシベルというようなところをとりますと、それより明らかに下がっていますから。

188 先生は、耳鼻科というのは専門ではないと思いますが、ほかの公害事件の調査などで難聴の問題をやったことがありますか。

そうですね。土呂久のヒ素中毒の患者さんを診察さしていただいてたころに、聴力検査というものを患者さんに関してやっていた記憶があります、相談しながら。

乙第21号証を示す

189 これは、視野計用なんですが、今度は目の方です。乙第21号証は、1枚、2枚と左右あると思いますけれども、これは何か意味を先生はお分かりになられますか。

ええ。眼科の教科書や審査会資料などから、特に審査会資料などから、やや沈下傾向があるんじゃないかなとは思いますけれども、正常範囲というふうにとる人もいると思います。

190 沈下があるというふうに見てもいいけれども、正常として見てもいい、じゃボーダーラインということでもいいわけですか。

そうですね。もともと視野というのは、狭窄という形を見るよりも、例えば半盲とか網膜剥離で視野欠損が起こるとか、そういう円がくずれるというのを見るのに使いますので、極端に視野狭窄が起こっている場合は非常によく分かりますけれども。

191 そうでない周辺の視野狭窄というのは分かりにくいということですか。

そうですね。

192 大体資料を先生に全部見てもらいましたが、そうすると、チエさんはどんな症状があったというふうに総括して言えるんですか。一つ一つは御説明を聞きましたけれども、それを全体として資料として見た場合に。例えば先生が前からおっしゃっている感覚障害というのがあるのかないのか、それは、程度としてはどうなのか、そのあたりはどうですか。

感覚障害は四肢末端に優位な感覚障害があったと考えるのが妥当だと思います。

193 運動失調はどうですか。

運動失調も、その可能性があったというふうに考えます。特に運動失調は、質問票では、感度が低い、要するにあるものをあったと判断できる能力は質問票では低いですので。

194 はっきりは出てこないわけですか。

はい。

195 しかし、可能性は認められると。

はい。

乙第94号証の4を示す

196 今おっしゃったのは、乙第94号証の4なんですが、例えば先生はどういう点がこの質問事項で感度が上がらないというふうにお読みになるんですか。

感覚障害に比べて、運動失調の項目というのは、17から恐らく23までの部分なんですけれども、質問項目がやや少ない、それから、例えば22のところ、細い道を歩いているとひどくふらふらしたりという、ひどくによって言葉を区切っていますし、歩くのに足がひょこひょこというような形で、非常に表現が限定されているという部分もあります。でも、そういうことを抜いたとしても、運動失調というのは、医師によって判断するのに比べて、質問票では聞き取りにくいというふうに思います。

197 例えばこの22で、「細い道を歩いているとひどくふらふらしたり、階段の昇り降りするのにつまづきやすいということがある。」というので、文章としては、これは二つ同時に起こったときに丸をつけるというふうにも読めるし、一つ一つ、さつき言ったアンドかオアもはっき分からないですね。

そうですね。聞き方にもよると思いますけれども、そういうことは起こり得ると思います。

198 もし先生がこれを水俣病の質問票として直そうとすれば、やはり各症状について同じぐらいの質問項目をつけるということになるんですか。

各症状を平等に見ようと思えば、そうしますけれども、感覚障害を特に見たいのであれば、感覚障害を中心に聞きますし、ほかの部分は自由回答みたいな形ですることもありますが、、続一した形ではそういうこともあり得ると思います。

199 食中毒事件の調査のときのデザインといいますか、最初何を目標にしようかというようなことでも変わってくるわけですね。

そうですね。食中毒事件におきましては、アンケートというような言い方を水俣病事件ではする人もいらっしやいますけれども、食中毒事件では、症状調査票と喫食調査票というふうに言いまして、それが、要するに判断するときの、食中毒患者1名を数えるときの根拠となります。あるいは、原因食品を特定するときの根拠にもなります。しかも、食中毒事件では時問との競争みたいなところもありまして、早くデータを集めないと被害が広がってしまう場合もありますので、切れ味するどい調査票をいかに短時間にコンパクトにまとめあげるかというのは、一つの調査員の腕の見せどころだというふうに考えています。

200 そうすると、今言ったように感覚障害はあると、それから、運動失調も、ないというふうに否定することは難しいと。

そうですね。

201 難聴はあるというふうに先生は思うと。

難聴はありますね。

202 視野狭窄については、あるともないとも言えないと、その程度ですか。

そうですね。審査会資料なんかが示してある値を考えますと、あるともないとも言い難いと。

203 それ以外には、特に水俣病との関連でとるべきというか、意味をもつべき症状というのはどうですか。

味覚とかの話などは、非常に印象に残る話ですね。

204 そうすると、先ほど前段でお聞きしました日本精神神経学会の結論であった曝露歴と感覚障害があれば、少なくとも水俣病という判断からしますと、チエさんに対する水俣病の先生の御判断としては、または診断としてはどうでしょうか。

曝露歴があったということと感覚障害があったということから、メチル水銀曝露による健康影響があったというふうに考えます。

205 この裁判で一つの大きな争点で、大変先生も責在を負わなければならないんですが、先生はそれを問違いないというふうに言えますか。

そうですね。メチル水銀中毒症として判断するのが妥当であり、そういうふうに言えない根拠とかがないですし、そういうふうに言いきっていいと思います。

206 それを定量的に言うと、どのくらいの確からしさで言えるんですか。

ほぼというか、99パーセントというふうに言ってもいいんじゃないかなと、思います。

207 今おっしやった99パーセントというのは、日本精神神経学会の出した数字からくるんであって、いわゆる多いとかほとんど100パーセントに近いという意味で使っている数字じゃありませんね。

そうですね。

208 数学的な数字というふうに理解していいですね。

はい。そのあたりに基づいております。

209 そうすると、最初に言った食中毒では、半分という言葉を先生は使われましたけれども、50パーセント以上の確からしさがあれば認めるべきだという水準から比べると、はるかにチエさんの水俣病としての確からしさというのは高いんですね。

そうですね。50パーセントという意味で判断するんであれば、はっきり言えます。

210 先生の、診断というか、判断はそうなんですれども、しかし被告のほうは、第3準備書面、第6準備書面で、強くチエさんの水俣病を否定されておりまして、例えば感覚障害と運動失調については、本証拠にかかる資料が得られなかったために、感覚障害、運動失調の有無を確認できないと、これは検診をしていないという意味でもあるんでしょうが、このあたりについてはどう思われますか。

通常、食中毒事件で証拠とされる症状調査票で、四肢末端に優位な感覚障害、これは保健婦さんから聞き取っておられるわけですから、それはあると判断されますし、おまけに医師も四肢の感覚鈍麻というのを認めているわけですから、これはかなりしっかりした証拠です。

211 被告のほうは、こういうものも自覚的な症状をただ申告しただけだという趣旨の反論もありますけれども、先生が今おっしゃったように、S医院の診断書も単なる自己申告を書き写したというだけではないんですね。

そうですね。医師が診察していますから、医師は、一応診察しながら、返事だけじゃなしに反応も見ていますから。それから、チエさんは、なんでもかんでも症状を丸しているんじゃなしに、四肢末端に優位な感覚障害と思われるところだけに、多分保健婦さんが聞き取って丸をしたんでしょうけれども、そこに症状が浮かび上がっていますので。

212 今おっしゃったのは、さっきの住民の調査で、乙第94号証の4なんですが、あれは確かにチエさんは自分のお名前も書けなかったということで、また調査の方法としても、医学的な関係の方が聞き取って書くものなんでね。

そうです。医学的というか、トレーニングを一応受けた、食中毒事件では食品衛生調査員とかもやりますけれども、下痢なんかを、別に下痢便とか嘔吐物を確かめるわけではなしに、食中毒事件では、全部どういう下痢が何回あつたかというのを詳細に聞き取るわけです。

213 そうすると、それも単なる自己申告だけのことではなくして、そういったトレーニングを受けた人が、それを聞くことによって正しく記載するという手続はあるわけですね。

そうですね。トレーニングを受けた人のほうがいいですけれども、ちゃんと丸をつけてくださいというふうに言っております。

乙第4号証を示す

214 感覚障害が問題になっていますので、しつこく聞きますが、これは被告側から出た感覚障害の調べ方の実際の方法なんですけれども、これの93ぺ一ジに、表在的感覚障害の調べ方、それから、深部感覚、深いとこにある感覚の調べ方、それから、複合感覚というふうに三つに分かれていて、それぞれに、表在感覚については、触感覚、痛感覚、温度感覚、部位感覚ずらっと並んでおりますけれども、こういう感覚の調べ方については特に異議はありませんね。こんなものなんですね。

そうですね。ただ水俣病、メチル水銀中毒関連の感覚というのは、どの感覚も落ちますので、しかも、はっきりしている場合には、痛覚で非常にはっきりした反応が出てきますので、全部調べない人もいるかもしれません。

215 今複数の資料を見て、先生が感覚障害を認められたんですけれども、被告側は、飽くまでもそれは自己申告だとか、または住民調査の結果というのはそれほど確実なものではないというような趣旨の反論もあるんですが、住民調査というのは、これも素人が考えますと、なんでも自由に書けるから、実際の自分の体験と違うことも書けるんではないかとふと思うんですが、そのあたりは、疫学の一番基本となるデータに関する考え方は、どういうふうに考えたらよろしいですか。

住民調査というのは、症状調査票のことですかね。

216 はい、症状調査票です。

症状調査票、水俣病関連の人たちと話していて、いずれの人たちも結構思い込んでいるところがあるんですけれども、自覚症状調査、そういう聞き取り調査、本人が書いているんじゃなしに聞き取って書いているんでしょうけれども、それで訴える症状あるいは自覚症状で訴える症状のほうが、実際にある、若しくは医師が診察してとる症状より広く訴えているんだというふうに思われがちなんですけれども。

217 一般にはそう思いますね。

そういうふうに皆さんは思い込んでおられるんですが、でも、実際は、症状調査票でとった所見のほうが、少ない人たちに現れるんです。ですから、見逃し、偽陰性が多くなるんです。そういう具体的な数字としてはそういう数字が出ているわけです。そういうことをきちんと吟味しないといけないと思います。

218 思い込みで申告のほうが広いんだというふうに思ってしまったら、それこそ危険だということですね。

そうです。

219 それに関する研究として、二塚先生の甲第119号証の水俣病の住民検診に関する方法的検討という文章があるんですが、これは先生は御存じですね。

ええ、大分前に読みました。

220 これが、今先生がおっしゃったように、いわゆる検診に対して、調べに対して対象者となった人たちはどんなふうに答えるかを実証的に研究された論文ですね。

そうです。

221 結論としては、どんな結論だと先生は覚えていらっしゃいますか。

要するに問診調査、要するに症状調査ですけれども、それと、そのあとの医師によるチェックの結果とを比較しているわけです。そうしますと、問診による聞き取りというものは、結構感度が低いんです。特異度は結構高い。ということは、見逃しが結構多いと、偽陰性が多いんだということです。偽陽性は比較的少ないと。そういうことを言っています。

222 これは、一般的な思い込みと逆の結果が出ているんですね。

そうですね。事実とは逆の方向に皆さんが思い込んでおられるというのがすごく印象的だった記憶があります。

223 どうしてそんなふうに、自分で何でも言えばというか、感じたとおりに言えば、別にお医者さんの診察と自分の申告とは内容がそれほど大きく変わるというはずはないんじゃないかと思い込んでいるんですが、どうしてこのようなことが起こるんですか。

それは、問診というものの重要性を、皆さん、特に一般の方々が認識しておられないからじゃないかなというふうに思います。ところが、問診というのは重要なんだというのは、私どもは学生のときから結構言われますし、それで、話を患者さんからちゃんと聞くということからトレーニングに入るわけです。器械を使った検査を行わなければ医学的診断をした気にならない、医学的行為をしたような気にならないというふうに皆さんが思い込んでおられるふしがあるんじゃないかなと想像します。

224 もう一つ根本的には、自分は気が付かないけれども医学的には身体に変調をきたしているという場合があるんじゃないですか。

そういう例というのは結構多いですね。ですから、そういう意味では、いわゆる人問ドッグとかがん検診というようなものがあり得るわけで、そういう例が多いから、早くお医者さんにちょっと診てもらったほうがいいよみたいなことを言っているわけです。

225 例えば私は事件でやりましたけれども、視野狭窄ですら、いわゆる自分の見ている視野の範囲ですら、狭窄、狭くなっても気が付かない人たちというのはいますね。

そうですね。視野狭窄も、たしか問診票では、感度が低いというのもありましたし、そういうものがゆっくりと進んでいれば、なかなか気付かない、視野なんかは特に補正できますから、気付かない可能性はありますね。

226 感覚障害はどうなんですか。

感覚障害も、実際にある人、二人のうち一人しかその質問票では気付かなかったということで、二人に一人は質問票では見逃してしまうというデータになっていたと思います。運動失調はもっとあったと思います。

227 運動失調はもっとですか。

はい。

228 運動失調は、自分がこんなもんだというふうに日常生活していると、自分では分からないわけですね。

そうですね。特に女性の場合、あるいはその調査では、たしか御所浦も調べておられたと思いますけれども、御所浦の女性の場合は特に低かったというふうに書かれていたと思います。

229 前にも出てきた審査員になっておられた井形先生も実際にそういう体験をして非常に驚いたという論文を書いておられますね。

そうですね。特にたしか女性が多かったというようなふうなことを書かれておられたというふうに記憶しております。

230 そうすると、疫学の専門家からみると、こういった問診票というのは、信頼できないということではなくして、かえって信頼できないのは、ここに全部現れているかどうかということをもっとキメ細かく見なければならないと、そんなことなんですね。

そうですね。事実を正確にとるということが目的でしたら、見逃しに注意したほうがいいというふうに考えます。

231 感覚障害の問題について被告側からのもう一つの反論としては、チエさんが腎障害を患っていたので、それからくる感覚障害ではないかというふうに言っていますが、このあたりはどうですか。

教科書を見たり、透析の人たちと話したりしたこともあるんですけれども、腎障害の記載は、たしか下肢が中心でした。レストレスレッグとかバーニングフットという形で、非常に足を落ち着けることができないというような、そういう感じの症状がくるということで、もうちょっと感じが違う。それから、あと、透析に入るのか入らないかというようなときに、患者さんの関心は、ものが食べられないとか身体がだるいとか、そつちのほうに関心がいっていることが多いというふうなことらしいです。

232 もし腎障害でのそういった感覚障害ということであれぱ、バーニングフット、足が燃えそうだという感じですか。

そうですね。

233 もう一つは、レストレスレッグ、いわゆる足がじっとしていられないと。

そうです。

234 そんなふうに、かなり強いんですね。

そういう感じですね。ちょっと違うなという印象です。もちろん腎障害がある人が、メチル水銀曝露にあって、症状が出るということもあるのは当たり前ですけれども。

235 ほかにも運動失調、それから視野狭窄、難聴等についても被告ははっきり否定しておりますけれども、それは被告側の反対尋問に任せるとして、最後に、さっき出てきた滑動性追従運動には、軽度な異常がみられるということは、被告の第3準備書面の8ぺ一ジで認めているんですが、しかし、この滑動性追運動の問題というのは、水俣病の症状としては重視する必要はないんだと、他の症状とともに初めて意味をもってくるに過ぎない、したがって、チエさんの滑動性追従運動の軽度の異常というのを水俣病の診断に何らか評価するという必要はないんだというふうな被告の反論があるんですが、これに対してはどう思われますか。

普通の考え方とはちょっと逆の強引さを感じます。むしろ、このような曝露歴、周りでそういう関連疾患、水俣病が多発している地域に住んでいて、家族に医療手帳をたくさんもらった人がいて、喫食歴があって、感覚障害があった人においてそういうものが見られた場合は、メチル水銀中毒症との関連をまず考えるのが普通の医者の考え方、特に臨床医の先生の考え方じゃないかなというふうに思います。

236 チエさんの総括として、今までの曝露歴、症状、そレて、被告側の反論等を全部私が少し早走しでしたけれども、述べましたけれども、先生として、総括的にチエさんの病状について思うところを述べてください。

喫食歴と感覚障害に関する証拠から、メチル水銀中毒症であると判断します。

237 それにもかかわらず、資料がないと、不十分だという点についてはどう思われますか。先生のお話を聞いていると、かなり豊富な当時のチエさんの様子が蘇ってくるんですけれども。

そうですね。かなり証拠として、通常、判断するに足る証拠は十分にあると思いますし、これは、食中毒事件の行政的書類から考えても医学的に考えても、蓋然性半分というレベルから考えますと、十分な証拠があるというふうに考えるべきですね。これをないというふうに言うのは、かなり強引な、事実に反する言い方ではないかと考えます。

238 先生のお話を聞いていると、私としては、52年判断条件ですらクリアしているんではないかと思いますけれども、どうして、こういう方が棄却されるんだというふうに思われますか。長い水俣病の研究として、こういうケースというのはどうですか。

姫路濁協大学の宮井先生のデータからは、52年判断条件を満たしていても、認定されない人たちが9人中7人もいたというデータもありますし、それから、52年判断条件自体も、もしあれをアンドでつなぐとしたら、通常の中毒の考え方とは離れた考え方であって、喫食歴があって、関連症状がある人たちをたくさん患者ではないと判断してしまうことになりますので、非常に狭い範囲に患者というものを数えることになってしまいますし、それに医学的根拠は全くないわけですから、データを見ない人にとっては、多くの誤解を生じる可能性があると思います。

甲第20号証を示す

239 最後なんですが、原告の次男のTさんがかなりの症状を持っておられて、手帳をもらっているんですけれども、読んでいただけますか。

四肢末梢性感覚障害、求心性視野狭窄、失調傾向、軽度の失調、情意障害、知能障害などを認め、胎児性水俣病の疑いが強い。

240 これは、平成2年6月26日、F先生の診断なんですけれども、これも棄却されているんですが、これ自身は先生には詳しくお調べいただいていないんで、この診断書が事実として考えていただきたいんですが、こういう方が棄却されるというのはどういうことなんでしょうか。

四肢末端に優位な感覚障害というのは、そういうのは非常に珍しい障害です。それから、求心性視野狭窄というのも、クロロキン網膜症というような、薬害では結構有名なんですけれども、これも、そんなに見られない珍しい症状です。それで、そういう地帯に住んでいて、そういう家族と住んでいてという状況で認められないというのは、非常に大きな問題というものがありますし、もともと水俣病というのは、普通食中毒事件では、曝露した人や、症状のある人全員を保健所が調べるのが食品衛生法で義務づけられているところですが、申請制度という形で患者を拾い上げていますから、その時点で、もともと多くの患者を放置してしまっていることになりますが、申請した人までも非常に絞られてしまっているという感じはこれから伺えますし、様々なお話を聞くにおいても、そういうことは感じます。

241 先生の水俣病意見書の中にも詳しく書いてありますが、私どもは、水俣病をやっていると、四肢末端の感覚障害というのはあるのが当然のような気がするんですが、実際には、有機水銀中毒でなくて、四肢末端の障害が発生する確率というのは、どのくらいなんですか。例えば何万人に一人とか何十人に一人とかそういう数字的に、先生の研究で数字が出ていたと思いますが。

熊本先生という大分医大の先生が、環境庁の研究班でやった調査では、65歳以上においてO.2パーセント、1000人に二人があったということです。それから、65歳以上にそれは限られていますので、全年齢層ということで言えば、O.09パーセント、これは四肢じゃなしに両足性なんですけれども、ですから、その一部のみが四肢抹消の感覚障害ということになると思いますけれども、O.09パーセント。

242 というと、1万人に9人。

そうですね。そういうレベルであったというデータがありました。

243 医者の実感としてお聞きしたいんですが、先生自身は、長いお医者さんの生活では、公害のフィールドワークをやっていて、水俣病以外、曝露地域以外の地域で四肢末端の感覚障害というのに出会ったことはありますか。

ええ。ヒ素中毒の患者さんは、感覚障害がきますけれども、それでも、主にあったのは足のほうです。なかなか手のほうにまではあれで。

244 手のほうにまでは及んでこないということですか。

はい。末梢性の場合ですね。糖尿病の患者さんをたくさん診られた先生も言われていますけれども、糖尿病は、教科書的には四肢末端に優位な感覚障害、グローブアンドストッキングというのが載っていますが、実際には四肢末端に優位がそろっている患者さんというのは非常に少ないというふうに言っておられました。

245 そうすると、一口に四肢末端の感覚障害と言うんだけれども、実際には有機水銀中毒以外に出る発症率というのは極めて少ないわけですね。

そうですね。多分少ないんだと思います。

246 それも、先ほど述べられた偽陽性が少ないんだということの一つの根拠にもなるんですね。

ええ、なり得ますけれども、とにかく診察を熱心にするというのは、四肢末端に優位な感覚障害というのは、結構大変ですから、データとしては、さっき言ったようなものがあるぐらいで、私が今のところ見付けたのはそれぐらいです。

247 大分医大の熊本先生ですか。

ええ。あれは有明海と不知火海沿岸の住民調査を行った結果ですね。

248 そうすると、曝露歴があって感覚障害が出るということは、やはり他の地域に比べれば、非常に特異的なことというふうにみていいんですね。

そうですね。それこそ、皆さんがよく見られる下痢とかそういうふうな非特異的疾患と言われている症状の中では結構珍しいし、皆さん、実感として、御家族御親戚あるいは町内で、こういう症状がある人がいるのかどうかというのを実際に思い浮かべていただければ、そんなにないというふうに思います。

尋問続行

以上

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