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2009年1月31日

福岡高等裁判所 第5民事部 ヌ係 御中

控訴人側第47準備書面
(釈明処分の申立)

事件番号  平成20年(行 コ)第6号
事件名 水俣病認定申請棄却処分取消及び認定義務付け請求控訴事件

 控訴人(原告)      溝口 秋生
 上記控訴人代理人 弁護士 山口 紀洋
   同      弁護士 東  俊裕

 被控訴人(被告)熊本県知事 蒲島 郁夫
 被控訴人(被告)熊本県
        上記代表者知事 蒲島 郁夫

 上記当事者間頭書事件について、控訴人は、以下の通り弁論を準備する。

第1 釈明処分の申立

1.第1審当初から、控訴人は被控訴人に対して、被処分者溝口チエ(以下「チエ」という)の認定審査の実態、チエをはじめとする未検診死亡者の諮問・審査の実態、被控訴人が未検診死亡者の取り扱いについて検討し、採用した方針と取り扱いの実際などに関する事実過程を明らかにし釈明するよう求釈明を行ってきた。
 なぜなら、これらの求釈明事項は、チエは救済法上「水俣病」と認められるべきか否か、チエの認定審査の過程に手続上の瑕疵があったか否か、という本件審理の争点を判断するうえで不可欠の要素だからである。
 しかしながら、被控訴人は控訴人の求釈明に対して、「本件争点とは関連性がないから釈明の必要を認めない」との理由により何ら答えようとせず、平成20年10月3日付の第1準備書面でも、その旨明言するに至っている(被控訴人第1準備書面44ページ)。

2.ところで再度強調するが、控訴人の求釈明事項はいずれも本件争点の判断にあたり必要不可欠の事項であるから、被控訴人が控訴人の求釈明に対して釈明するか否か、釈明するとしてその釈明の内容がいかなるものであるかは、控訴人の主張内容を左右し、その訴訟方針に重大な影響を与えるのは必至である。
 よって控訴人は、行政事件訴訟法第23条の2に基づき、裁判所が被控訴人に対して、釈明処分を行使するよう申し立てる。

第2 行政事件訴訟法第23条の2についての解釈論
  (甲第274号証参照)

1.本条の趣旨・目的

(1) 本条は、2004年の行政事件訴訟法の改正により、国民の権利利益の実効的救済という理念のもと、審理の充実・促進を図る目的に、民事訴訟法上の釈明処分(民訴第151条)の特則として新たに導入されたものである。

(2) 本条の理論的根拠

@武器対等の原則
 行政事件訴訟においては、行政側が武器つまり証拠や情報、専門知識の点で圧倒的有利な立場にあり、いわゆる証拠の偏在、私人と行政側との武器不平等という状況があることを踏まえ、行政側が保有する資料を提出させることにより、実質的な武器平等を図る必要がある。この武器対等の原則が、本条成立の実務上の原動力ということができる。

A行政の説明責任の原則
 さらに本条を根本から支えているのが、行政過程における説明責任の原則は、裁判過程においても貫徹されなければならないという考え方である。
 つまり、行政過程における説明責任については、情報公開法のもとでは、行政は主権者たる国民の信託により活動するものであり、当然に委託者である国民に対し、その活動について説明する責任を有することが明記されており(第1条)、一方、行政手続法では、拒否処分及び不利益処分の理由の開示や聴聞手続における文書閲覧請求(第8条、14条、18条)として具体化されている。
 この説明責任は、同時に行政訴訟における当事者としての立場においても果たされねばならず、行政側は法律による行政の原理にかなった裁判が行われるよう必要な資料を提出すべき任務を負う。かかる行政過程から裁判過程へと一貫した行政の説明責任の原則が、本条の理論的核心と言うべきである。

2.釈明処分の対象

(1) 本条1項1号にいう「処分又は裁決の原因となる事実その他処分又は裁決の理由を明らかにする資料」には、処分又は裁決に際して作成され、その直接の根拠に用いられた資料を綴った一件記録に相当する資料のほか、これに含まれなくても、処分又は裁決に際して行政機関相互の連絡調整の過程で参照されたり、処分又は裁決の判断に際して依拠されたような資料も該当する。

(2) 特に裁量処分の司法審査においては、その判断において考慮した事項、あるいは、「他事考慮」の有無、その評価の根拠と内容が問われることから、裁量基準・審査基準を明らかにする資料や、当該判断の過程・経緯を記載した書類などの提出も必要になる。

(3) さらに、説明責任の原則という理念からは、行政庁に対してその保有する資料の提出にとどまらず、処分の適法性について訴訟段階でも説明する、明らかにすることを要求できる、と言うことができ、その観点からは、行政庁が当該処分の適法性を主張するにあたり、その適法性の主張に関連する資料も、本条1項1号にいう資料の中に含まれると言うべきである。

3.釈明処分の効果

(1) 行訴法には、釈明処分に行政庁が従わない場合の対応ないし制裁に関する規定は設けられておらず、民事訴訟法上の釈明処分と同じく、行政庁は裁判所に対する一般的な協力義務を負うにとどまる。ただ、正当な理由なく資料の提出を拒んだ場合には、口頭弁論の全趣旨を斟酌して、裁判官の心証形成の面で不利な取扱いを受けることがあるのは当然である。

(2) これに限られず、行政庁は処分の適法性を説明する責任を負うという行政過程における説明責任、および最判平4.10.29(民集46巻7号1174頁、伊方原発訴訟)から導かれる被告の「事案解明義務」を媒介に、原告の証明度の軽減、原告が主張する事実の真実擬制、被告への証明責任の転換という効果を認めるべきだとする見解も有力視されている。

第3 裁判所は被控訴人に対して釈明処分を行使すべきであること

1.釈明処分申立の理由

(1) チエは救済法上「水俣病」と認められるべきか否か(争点@)に関して。
 控訴人が、チエは救済法上[水俣病」と認定されるべきである旨主張するにあたり、これまで法廷に提出されている証拠は、申請時添付のS医師作成の診断書(甲第2号証)、被控訴人がチエに対して行った眼科および耳鼻科の検診結果(乙第20、21、22、28号証)、被控訴人が1971年に行った水俣湾周辺地区住民健康調査におけるチエの検診結果(乙第94の1・2・3・4号証)のみという、極めて限定されたものにとどまっている。
 この他に、チエが水俣病か否かを判断する上で有効な資料(例えば被控訴人が1984年8月に実施したとされる病院調査により収集した資料ないし復命書(報告書))を被控訴人は提出すべきである。

(2) チエの認定審査過程に手続上の瑕疵があるか否か(争点A)に関して。
 控訴人が、チエの認定審査過程に手続上の瑕疵がある旨主張するにあたり、被控訴人がチエをはじめとする未検診死亡者全体に対して認定審査−処分をどのように行ったのか、その方針と取扱いの実際(例えば、病院調査に関する企画立案の資料、病院調査を行った人数、その内民間資料を収集した人数、処分の内訳など)が明らかにされ、その中にチエを位置づけ、他の未検診死亡者への取扱いと比較検討することが不可欠である。
 よって、被控訴人は、未検診死亡者の年度毎の実数、および未検診死亡者に対する取扱いの方針とその実際を示す資料などを提出するべきである。
 さらに、被控訴人はチエに対する病院調査および処分が遅れたことにはやむを得ない事情があった、よって手続的瑕疵はないと主張する最大の論拠として、民間資料を使用することには多大の弊害が伴うため未検診死亡者の処分自体極めて困難な問題であったことを挙げている(例えば、被控訴人第1準備書面38〜40頁)。
 では、民間資料を使用することは、いかなる弊害があったのかについて、民間資料を多数提出したうえで具体的に説明すべきである。

2.釈明処分の対象の列挙
 以下、一部は1.と重複するが釈明処分の対象を具体的に列挙する。

(1) 争点@に関して

@河野慶三氏による1984年8月の病院調査資料

 被控訴人は「上記医療機関調査が実際に実施されたことを示す復命書や調査票等の資料は存在していないことや、当時においては、認定を現に待っている生存者の処分を優先せざるを得ない状況にあったことに照らすと、昭和59年ころに、本件申請者に関する上記医療機関調査を実施したか否かについては、極めて疑問であるというほかない。」(被控訴人第1審最終準備書面55頁)と述べるのみで、実際に病院調査が実施されたか否かについてさえも明らかにしていない。
 しかし、いずれの場合であっても、部長決裁まで受けていたのであるから、その後の何らかの報告書が作成されていたはずである。この点については河野慶三氏も下記のように証言している。

111(代理人質問)
 単に一般論というだけではなくて、やっぱり決裁が上がっているにもかかわらず決裁しないという場合には、やはりそれはそれなりに何かの手続きはあるんですか。こういう決裁を上げたけども、やめるという、また別の決裁書を上げるとか。

(河野証人)
 もしそれがやられてるとすれば、できなかったとかですね、そういうことは報告するでしょうね。

112(代理人質問)
 そういう報告書はあるはずでしょう。

(河野証人)
 私がもしそれを担当してやってるとすれば、あるでしょうね。

[河野証人尋問調書 平成2007年3月9日付]

 また病院調査が実施されたか否かについて、被控訴人は「生存者の処分を優先せざるを得ない状況にあったことに照らすと−中略− 極めて疑問であるというほかない」と述べているが、部長決裁(8月21日)から調査予定日(8月28日)の間に認定申請者が急に増えたわけではないので、「生存者の処分を優先」が計画の途中中止の理由にはならない。
 被控訴人自身が、「『実施伺い』の決裁を受けているにもかかわらず、実施しないというケースは通常考えられないが、決裁後の何らかの事情により実施しないということが全くないとはいえない。(被控訴人第1審答弁書2005年11月29日)」と述べているように部長決裁の位置づけは重く、計画途中中止となるにはよほどの「事情」があったはずで、ことの顛末をまとめた報告書が作成されていなければおかしい。

A四肢の感覚障害の責任病巣についての確認
・大脳皮質障害による四肢の感覚障害の確認

 四肢の感覚障害の責任病巣について、被控訴人は下記のように主張する。

 しかしながら、そもそも、52年判断条件は、中枢性・末梢性いずれの障害に起因する感覚障害であるかを区別することなく感覚障害をとらえており、
  −中略−
 国及び熊本県は、これまで一貫して「メチル水銀は中枢神経及び末梢神経の両方を障害し、その結果として感覚障害や視野障害、聴覚障害等の様々な症状を呈する」と主張しているのであって、感覚障害が主として末梢神経障害によるとする、いわゆる「末梢説」には立っていない。
(被控訴人第1準備書面20頁)

 しかし、実際には、四肢の感覚障害について末梢神経障害型のみを認め、中枢神経疾患の臨床所見の特徴を有する患者の認定申請を棄却してきた(この点については再度、別の書面で主張・立証する)。
 よってまず被控訴人に対して、末梢神経の障害がなくて大脳皮質障害のみによって四肢の感覚障害が生じる場合を認めるか否かの確認を求める。

B52年判断条件を策定した「水俣病認定検討会」、およびこの判断条件は医学的に妥当であると追認した1985年10月の「医学専門家会議」に関する資料
・両会議の議事録
・両会議に提出された医学資料
・両会議委員の選定基準、その経緯についての資料

 現行認定基準の医学的根拠・正当性については、本件原審より続いている争点である。被控訴人はその主な根拠として「専門家」による検討の結果だと主張し上記の2会議を挙げる。しかし控訴人が問題としているのは出席委員の肩書きではなく、どのような根拠(医学資料)をもとにどのような議論をしたのか、である。
 よって、まず両会議の議事録もしくは速記録が開示され検討されなければならない。
 医学的事項についてはもとよりであるが、特に52年判断条件の第4項(未検診死亡者に対する医療機関調査の義務事項)は、本訴訟の争点Aにも直接関与する内容であり、これが盛り込まれた経緯、つまり同項目を設定するに至った状況認識、それと法の趣旨・目的との関連性如何を確認・検討することは、本訴訟の審理を進めるうえで必要不可欠である。なお、会議次第や要点録のみではその用をなさないことを念を押しておく。
 両会議の結論の根拠となった医学資料に関しては、日本精神神経学会が関係各行政機関や当該委員に任意に提出を求め収集し得た文献しか明らかとなっていない。
 水俣病認定検討会に関しては、「膨大な知見」という抽象的な回答にとどまり、具体的にどのような資料が会議に提出されたのかは明らかにならなかった(甲第26号証・日本精神神経学会見解)。
 また医学専門家会議に関しては13資料が確認されているが、そのうち末梢神経障害を肯定・示唆するのは4資料、逆に否定的なものは4資料であり、他の資料は結論の根拠となり得ないものであった(甲第58号証・日本精神神経学会中間報告)。これらの各資料がどのように評価・検討され「現時点では現行の判断条件により判断するのが妥当である」という結論が導かれたのか、また確認されている資料以外にも使用された資料があるのか、本法廷に証拠として提出されることを求める。

 委員の選定過程に関しては、特に医学専門家会議について8委員の内5人が52年判断条件を策定した水俣病認定検討会の委員でもあり、残り3人は水俣病の臨床経験が無かったことなど、その人選について医学会からも問題が指摘されている(甲第27、58号証)とおりである。加えて医学専門家会議については、会議の予定日程が2日間通算6時間半と極めて短く、最初から結論の方向が定められていたことが強く示唆されている(甲第27、113号証)。
 よって詳しい人選過程の資料(環境庁の企画書、伺い書等)の提出を求める。

 水俣病認定検討会と医学専門家会議は、水俣病事件史の中で決定的な位置にあり、本訴訟以外の訴訟でも毎回のように取り上げられ争点となってきた会議である。従って両会議に関連する資料が揃っていないことは想定しがたいので、控訴人が請求する資料が直ちに提出され、審理が速やかに進められることを要求する。

(2) 争点Aに関して

@未検診死亡者の取扱い方針・実態に関する資料
・病院調査の企画立案に関する資料(実際の立案書、起案担当者等)
・病院調査を行った毎年度ごとの期日と調査対象者の人数
・医療資料を収集できた人数
・処分の内訳

 第3(2)でも述べたように、上記資料は争点Aを審理するにあたって最低限基本となる資料である。
 また、原審判決後の控訴人の調査(甲第258号証)によって、チエが同時期申請者と比較して公平に扱われたのか、についても疑義が生じている。

A民間医療期間の資料の具体例
・民間資料を使うと「弊害」が出ることの具体的な資料例

 これも第3(2)に述べたように、被控訴人は民間資料を使用することによって、いかなる弊害があったのか、あるのか具体的な説明をしていない。このため控訴人は提出された証拠から推測するしかない。
 例えば、控訴人が乙第111号証より知り得た具体的弊害例の一つは、
「認定者がかなり多くなることが考えられる。(申請時診断書を参考に過去どの程度の認定率になるかを検討した際には、8割近くが認定となった)」
[乙第111号証22頁(資料6の1頁)]
であるが、ではなぜ申請者に関する資料を広く集め認定者が多くなることが弊害となるのか、何に対する弊害なのか釈明を求める。

B未検診死亡者検討会(以下「検討会」という)に関する資料
・検討会が設けられた経緯に関する資料
 特に関連すると思われる下記会議の議事録、資料は重要である。

1981年2月6日 未検診死亡者に関する小委員会
1981年4月24日第90回(旧)認定審査会での未検診死亡者に関する協議
1982年2月26日第98回(旧)認定審査会に提示された環境庁(当時)案
1990年2月26日付け処分案(乙第112号証)に記載されている「国レベルの協議」の内容

・検討会設置の法的根拠となる条例、通知等
・検討会の総開催数とその期日
・検討会毎の被検討人数と処分人数、処分内容の内訳
・規約等(担当部署、検討会委員の選定基準、検討会に諮問する申請患者の基準、答申の基準、等)
・資料の評価基準と処分内容との対応

 チエの処分について直接的な役割を果たしたのは、この検討会と第195回認定審査会である。
 被控訴人は検討会について「審査会を円滑に運営するために資料の整理を行うことを目的とした」(被控訴人第1準備書面42頁)と述べているが、その実態は認定審査会の答申内容にまで踏み込み、また恣意的な運営がなされていたことは、控訴人第45準備書面(控訴理由書)の173〜177頁、および190〜192頁で指摘している。特に、毎回10名いる認定審査会委員のうち8名の審査委員と10数名の熊本県担当職員が参加していたこと、「事前検討会」の存在、検討会とは別ルートで審査会に諮問された申請者例など、その運営には法的手続きの観点からも不透明な点が多い。
 特にチエについて審査された1995年6月28日の検討会では、「詳しいHP調査資料があるので、(控訴人注:認定審査会に)諮問しない」(乙第120号証)申請者の事例もあり、検討会の運営・審査基準には重大な疑問が残る。
 また1972年当時から未検診死亡者に関して議論・検討課題となっていたのは、医学資料(検診、民間資料)の取扱いと、申請者の処分基準についてである。つまり生存者とは別枠の審査会の設置が要請されていたのである。過去に小委員会を作ったこともあり、実際に生存者とは別枠の答申パターンも作った。(乙第111ないし114号証)
 以上の事実をふまえると、検討会はもともと未検診死亡者対象の準諮問委員会となるのが目的であったと考えるのが自然である。
 被控訴人が「資料の整理を行うことを目的」だったと主張するならば、その設置経緯や運営規定について具体的資料を提出して説明すべきである。
 本訴訟では、検討会設置に至った経過と目的を明らかにし、チエを含む未検診死亡者の処分に対する被控訴人の施策方針・実態を解明しなければならない。

C第195回認定審査会 議事録
 第195回認定審査会については議事録要点(乙第29号証)しか提出されていない。チエの処分に対する答申を行った審査会にもかかわらず、チエについてどのような審議がなされたのか、一切記載されていない。

 以上、本件争点の判断において必要・不可欠となる最低の資料について、裁判所による釈明処分を求める。

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