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2009年1月31日

福岡高等裁判所 第5民事部 ヌ係 御中

控訴人側第48準備書面
(チッソ水俣病関西訴訟の意義)

事件番号  平成20年(行 コ)第6号
事件名 水俣病認定申請棄却処分取消及び認定義務付け請求控訴事件

 控訴人(原告)      溝口 秋生
 上記控訴人代理人 弁護士 山口 紀洋
   同      弁護士 東  俊裕

 被控訴人(被告)熊本県知事 蒲島 郁夫
 被控訴人(被告)熊本県
         上記代表者知事 蒲島 郁夫

 上記当事者間頭書事件について、控訴人は、以下の通り弁論を準備する。

第1 はじめに:本準備書面の目的と構成内容

1 控訴人側は、第45準備書面『控訴理由書』で原判決を全面的に批判した。
 本書面は同書面に引き続き、控訴審であらたに提出した証拠にも基づき、溝口チエは水俣病とは認められないとした原判決を批判し、被控訴人が控訴審第1準備書面で主張する病像論なるものに対して反論をおこなうものである。

2 ところで、控訴人側は、次に引用する原判決部分ならびに被控訴人主張部分に対して、異論はない。

@本件・原判決「(2)水俣病の判断について」の項での判示(48頁)。
「救済法及びその施行令は、救済の対象とすべき疾病としては『水俣病』とのみ定義しており、『水俣病』とはいかなる疾病であるかについて規定していないことからすれば、同法は医学的にみて水俣病と診断し得る者を救済の対象とするとともに、どのような者を水俣病と医学的に診断し得るかということは、その時々の医学的知見に委ねていると解するのが合理的かつ相当である。

「公害健康被害の迅速、かつ公正な保護を目的とする救済法等の下における認定基準も、医学的研究成果に応じた適正な検討が常に加えられるべきであることはいうまでもない。

A被控訴人第1準備書面(6頁)。
「救済法は、『水俣病』がいかなる疾患であるかについては具体的に規定していないところ、『水俣病』という概念は、医学上の水俣病以外にあり得ないから、救済法3条は、医学的に水俣病と診断し得る者を認定の対象とすることを明らかにするものであり、どのような者を水俣病と医学的に診断し得るかということについては、医学的知見にゆだねる趣旨と解するのが相当である。」

3 (1) 控訴人側は「どのような者を水俣病と医学的に診断し得るかということは、 その時々の医学的知見に委ね」られていること、「『水俣病』という概念は、医学上の水俣病以外にあり得ない」ことに異論はない。
 しかし控訴人側と被控訴人との間で対立している争点は、「水俣病とはいかなる疾患であるか」の病像論に係る定義、特に医学的知見の基礎「感覚障害の責任病巣について」である。
 控訴人側は、被控訴人の「水俣病においては中枢神経、末梢神経のいずれも障害される」との責任病巣に関する主張に対しては、見解を異にし、一貫して反論してきた。

(2) 被控訴人は、第一審以来、「水俣病にみられる四肢末梢の感覚障害」について、当該症状は末梢神経が傷害されることに起因するとの末梢神経障害(多発神経炎)説に基づいて、次のように主張してきたところである。
 「末梢神経障害(多発神経炎)には多くの原因がある。」「他の疾患の可能性もある。」「原因不明の場合も少なくない。」「鑑別も困難である。」「非特異的な症状である。」ゆえに「この症状のみをもって水俣病であるとはいえない。水俣病である蓋然性は低い。」あるいは「水俣病であるかどうかわからない。」したがって「症候の組合せによる診断すなわち52年判断条件に基づく判断が正当である。」「そもそも当該症状が申請患者にあったか否か疑わしい。所見としてその客観性は乏しい。」等々である。
 溝口チエに対する棄却処分の「医学的」理由はこのような総論に基づくものである。

(3) 対し、控訴人側は、水俣病関西訴訟高裁、最高裁判決等々に基づき、被控訴人の「末梢神経が傷害される」との主張(末梢神経障害説)には医科学的根拠は不存在であるとの証拠を示しつつ、メチル水銀曝露により傷害される部位は「もっぱら中枢神経」であるとの医学的知見に立って、水俣病すなわちメチル水銀中毒症とは中毒性<中枢>神経疾患であるとの「医学的」定義に基づく主張をおこなってきたところである。

4 (1) そして控訴人側は、末梢神経障害説に基づいて「症候の組合せ」による診断を要求する52年判断条件、その運用、溝口チエへの適用を批判してきた。

(2) 水俣病関西訴訟高裁判決(判例時報1761号)、最高裁判決(判例時報1876号)、津田敏秀医師『意見書』(甲第92、93、161、186、239号証)と同医師の証言、日本精神神経学会の水俣病問題に関する一連の『見解』(甲第26、27、58、64号証)、二宮正医師『意見書』ならびに同『意見書』添付資料(甲第164、218、240号証)等々に基づき、メチル水銀曝露歴(汚染魚介類摂取歴等)を有する水俣病認定申請患者は、その四肢末梢(遠位部)優位の感覚障害のみで高度の蓋然性をもって水俣病といえる、との主張である。

(3) 上記(2)に挙げた証拠中、特に水俣病関西訴訟高裁判決内容に関し、控訴人側が直接的に依拠しているのは、端的には、以下の括弧内のとおりである。

 「判断準拠2は、メチル水銀曝露を受けた者(@を満たす者)が、それぞれ判断準拠2(1)ないし(3)に掲げる臨床症状のうち一つがあれば足りるとするのである」。
 「結局、判断準拠2(2)は、四肢末梢優位の感覚障害という条件を充足するか否かの判断に帰着することとなる」。

 これは、国・熊本県『上告受理申立て理由書』(甲第166号証)からの引用である。国・熊本県が水俣病関西訴訟高裁判決内容をどう理解し、認識していたかを端的に示すものである。(この国・熊本県の判決認識については本書面<第4>で詳論する)。

5 控訴人側は第45準備書面で、溝口チエ生前の臨床所見は、医学的にどのように判断されるのが合理的であるかについて述べた。本書面ではさらに、

<第2>で、溝口チエと水俣病関西訴訟原告らとは、メチル水銀曝露と症状発現との因果関係判断の前提である「疫学的条件」においても同一であることをまず確認する。

<第3>で、法が対象とする疾患「水俣病」の定義について、最高裁が、メチル水銀中毒症とは水俣病であるとした法令解釈の統一について述べる。

<第4>で、水俣病の医学的定義(病像論)に関する本件被控訴人・熊本県また訴外・国の従来主張内容を確認する。

続き、<第5>で、その主張内容に対し反論をおこなう。

<第6>では、水俣病関西訴訟につき本件との関連における争点・経過概略を述べる。ここでは本件争点・病像論の関連資料として、1991年・中央公害対策審議会水俣病問題専門委員会『議事速記録』よりの抜粋を示す。

<第7>では、本件行政訴訟において採用・適用されるべき病像論とは、被控訴人の末梢神経障害説(多発神経炎説)に基づく52年判断条件ではなく、水俣病関西訴訟・最高裁判決で確定した「水俣病とは中毒性中枢神経疾患である」との医学的知見「中枢説」に基づくべきであること。この「水俣病」の定義において、溝口チエは水俣病関西訴訟原告と臨床所見ならびにその起因性につき同一であること。さらに溝口チエという「不作為違法下の未検診死亡者」に対する同判断条件の機械的適用を批判する。

 以上は、水俣病関西訴訟高裁、最高裁判決ならびに『水俣病認定審査に係る判断困難な事例の類型的考察に関する研究』(甲第272号証)及び同研究の対象とされた患者全例の所見を解析・評価した二宮正『意見書(その2)』(甲第218号証)、控訴審で提出した病院(医療機関)調査一覧表(甲第259号証)、原田正純医師の『手控え3冊』(認定審査会資料・第265号証)等に基づく。

<第8>は、被控訴人の「水俣病とメチル水銀中毒症とは異なる」「52年判断条件は水俣病の診断基準である」等との主張に対する反論である。
 国・熊本県が、かつて、別件の水俣病訴訟では、水俣病とは「イラクの症例において同様」(<第8‐3>の抜粋B)のメチル水銀中毒症であるとの医学的な常識に基づき、「感覚障害の責任病巣」に関し末梢神経障害説をむしろ否定する主張をしていた事例を示し、本件控訴人側主張の「中枢説」に係る証拠とその評価の異同につき述べる。

 本書面は、以上をもって、溝口チエは中毒性中枢神経疾患に罹患していた、すなわち水俣病であったとの主張を、また原判決批判、被控訴人の第1準備書面に対する反論をおこなうものである。

第2 溝口チエの臨床所見の特徴、疫学的条件とその背景

1 溝口チエ(以下、チエと表記する。)が生前に有していた、四肢ないし口周囲という全身性の感覚障害の分布領域、臨床所見ならびにその起因性について、被控訴人がこれまでに漠然と主張してきたのは、多発性脳梗塞による、あるいは腎疾患(尿毒症)に起因する多発性ニューロパチーであるという、2点の「他の疾患の可能性」であった。
 これに対して、控訴人側は二宮正医師『意見書』に基づく第45準備書面を提出し、反論をおこなった。
 チエについて、神経疾患の通常の検査・診断ステップに則り、除外鑑別診断を加え、メチル水銀曝露歴を前提として、当該症状は神経系のいかなる部位が損傷されたことに起因すると判断するのが合理的であるかの、局在診断の結論を示した。
 すなわち当該症状は大脳皮質(頭頂葉中心後回)の体性感覚野が直接損傷されたことに起因するとの詳論をおこなった。これに対し、被控訴人からの反証を伴った反論はない。

2(1) また、控訴人側は、チエの疫学的条件(居住・摂食歴、同居家族内及び地域内の認定もしくは認定申請の状況、保健手帳・医療手帳の交付状況等。)について、現存する証拠また提出資料に基づき述べてきたところである。

(2) この<第2>では、チエの疫学的条件及びその背景について、すなわちチエと同じく、不知火海沿岸一帯住民であった水俣病認定申請患者(水俣病関西訴訟原告らを含む。)との共通項について、まず確認する。
 確認のための資料は、水俣病関西訴訟高裁判決、『水俣病認定審査に係る判断困難な事例の類型的考察に関する研究』、病院(医療機関)調査表、原田正純医師の『手控え3冊』である。
 以下に、これら資料に確認し得る事項を列挙することとする。

(3) チエと水俣病関西訴訟原告(以下「関西原告」という。)及び甲第259号証、甲第265号証(審査対象3千数百名。関西原告含む。)の水俣病認定申請患者に確認し得る共通項とは、いずれも、水俣湾及び不知火海沿岸一帯を生活圏としていたことである。
 この共通項について、関西訴訟「原告団」という集団を構成していた個別原告らの、また上記証拠中の個別患者らの来歴をみると(水俣病という大規模な環境汚染として、常識レベルに属するが)、以下の事項が確認される。

・生年月日、家族構成、本人または同居家族が従事していた職業はもとより、

・出生し、居住していた地区に関しては、行政区画として分類される市町村(島嶼部においてはその番地が属する地区、いわゆる「浦」)も多様であった。

・当該地区に居住していた期間は、(関西原告に関しては関西方面に転出した時期も、原告ごとに)ばらばらであった。

・魚介類摂食状況に関しては、魚介類の入手方法は自家または親類が漁業である場合は漁場・漁法やその時期。また商店や行商人から購入する、近隣や親戚から貰う、海岸に赴き採捕する等の、多様なものであった。(本件においては溝口秋生『陳述書』)。

 水俣病認定申請に関しては、特に甲第259号証、甲第265号証と併せ確認し得る事項として、

・認定申請をおこなった年月日はもとより、申請時添付診断書を作成した医療機関、

・診断書に記載されていた傷病名(診断名。「病名不詳」を含む。)、

・既往歴(入・通院歴、往診歴、服用してきた薬剤等)も、ばらばらであった。

・主訴(愁訴)の事項ならびにその内容(部位・頻度・軽重の程度等)は、地域住民として日常的に用いていた言語表現そのままを反映しての、多種多彩なものであった。

・また、医療機関に赴き受診した年月日、認定申請をおこなった当該年月日がすなわち「水俣病を発症」した症状発現の時点である等と特定して言い得るものではないことも明らかである。この点、被控訴人の主張に即してさらに述べれば、「水俣病にみられる症状ひとつひとつは『非特異的』である」のならば、地域住民また申請患者らが自らの症状は水俣病である、メチル水銀曝露に起因するなどと明確に認識し得る筈もない。

3 以上、チエ、また関西原告を含むこれら水俣病認定申請患者・未認定患者とは、いわば、不知火海沿岸一帯から無作為に抽出された住民であるといえる。

 結論として、以上の証拠に確認し得る事実とは、関西訴訟「原告団」を構成していた原告患者、同原告を含む甲第265号証の諮問・審査対象3千数百名の水俣病認定申請患者、『水俣病認定審査に係る判断困難な事例の類型的考察に関する研究』の研究対象とされた未認定患者、すなわちこれら無作為抽出の住民の80%以上が、四肢もしくは四肢ないし口周囲(すなわち全身性)の感覚障害を有していた、ということである。
 チエの臨床疫学的背景とは上記のとおりである。チエが生前に有していた四肢ないし口周囲を含む全身性の感覚障害は、このような背景において考察されなければならない。

第3 水俣病の定義

1 「水俣病」との表記について

(1) 控訴人側は、以下に所論を述べるにあたり、「メチル水銀中毒症」と「水俣病」との表記についてはこれを「水俣病」と統一して記述する。理由は、以下の3点である。

・疾患の命名法については第45準備書面で述べたとおりであって、
「水俣病」とは、外徴を特定しての“症候論的”病名であり、
「メチル水銀中毒症」とは当該原因(病因)物質を特定しての“原因論的”病名であること。これは教科書的な記述上の相違・分類に過ぎないこと。

・救済法、公健法が対象とする疾患「水俣病」について、水俣病関西訴訟・高裁判決が「メチル水銀中毒症」と定義し表記した部分について、同最高裁判決はこれを「水俣病」と定義し直して判示していること。つまりこの最高裁判決において、法令解釈の統一がなされていること。この点については第3−3<法令解釈の統一について>で述べる。

・本書面で引用し評する部分の『上告受理申立て理由書』中の国・熊本県主張に異論はないこと。

 以上の理由による。

2 本件訴訟における審理対象疾患「水俣病」の原因物質について

 水俣病の「原因物質」(食品衛生法上は「病因物質」と表記される。)がメチル水銀であることについて、水俣病関西訴訟で原告、被告間に争いはなかった。
 本件訴訟においても、水俣病の原因物質がメチル水銀であることについて、控訴人側と被控訴人との間に争いはない。

3 法令解釈の統一について

(1) 水俣病関西訴訟・最高裁判決による、「水俣病」との表記・法令解釈の統一について、同判決より以下に抜粋、引用して示す。(ただし、下線は控訴人側が施した)。

同判決は、「理由」の<第一 事案の概要>冒頭から、

「被上告人らは、水俣病の患者であると主張する者」とし、続いて、

水俣病は、水俣湾又はその周辺海域の魚介類を多量に摂取したことによって起こる中毒性中枢神経疾患である。(中略)
水俣病の原因物質は、有機水銀化合物の一種であるメチル水銀化合物であり、
水俣病は、このメチル水銀化合物が、」

 等々と述べた(判例時報第1876号。7頁。)うえで、

<第二 上告理由について>では、

「所論に鑑み、職権により判断する」として、
「水俣湾又はその周辺海域の魚介類を摂取して水俣病となった者及び健康被害の拡大があった者に対して国家賠償法上一条一項による損害賠償責任を負うとした原審の判断は、後述のとおり、正当として是認できる。」とした。

<上告代理人都筑弘ほかのその余の上告受理申立て理由について>」では、

「所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、上記事実関係の下においては、原審の判断は是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。」としたのである。

(2) 最高裁判決は、同訴訟で22年間の長期に亘り、徹底的に行なわれた水俣病の「医学論争」の結論として国・熊本県の主張を斥け、52年判断条件という「診断基準」では水俣病ではないとの棄却処分、あるいは水俣病であるかどうかはわからないとして保留とされ続けた原告について、「水俣病」とは中毒性<中枢>神経疾患であること、原告は医学的にみて「水俣病」と診断し得る、としたのである。

(3) この最高裁判決においてなされた「水俣病」との表記・法令解釈の統一とは、「水俣病」とはメチル水銀化合物(原因物質)に汚染された魚介類(原因食品)の摂取(曝露)に起因する中毒性中枢神経疾患であるとの「医学的概念」定義の確定である。
 最高裁は、法令解釈の統一をその使命のひとつとする。
 そして、国・熊本県は、『上告受理申立て理由書』で、水俣病罹患の判断とはメチル水銀曝露と発症(症状発現)との因果関係の判断であるとして、その因果関係の立証における要件3点を充足するのであればこの疾患を「『水俣病』と表現しようと『メチル水銀中毒症』と表現しようと」因果関係は認められる、と主張していた。(この主張については<第4−2>に抜粋する)。その国・熊本県主張のとおりの定義である。最高裁は、法廷における審理の対象疾患すなわち高裁判決「メチル水銀中毒症」との表記・定義等に対する国・熊本県の上告ならびに上告受理申立てをいったん受理した。
 そのうえで、行政による救済法あるいは公健法上の認定と損害賠償請求訴訟における認定とは、その因果関係の立証の程度また判断における証拠方法は当然異なるとしても、同一原因物質曝露に起因する神経疾患として、「メチル水銀中毒症」と「水俣病」とは「医学的」に、実態として同一である。ただし「水俣病」とは<中枢>神経疾患であると最終的に定義し、その旨の判示をなしたのである。

(4) 以上、本件行政訴訟において「その時々の医学的知見に」基づき「医学的研究成果に応じた適正な検討が常に加えられるべき」対象疾患は「水俣病」すなわち中毒性中枢神経疾患である。

第4 水俣病の定義(病像論)に関する本件被控訴人また国・熊本県の従来主張内容の確認

1 被控訴人の主張の確認

(1) 被控訴人は、控訴審第1準備書面第3頁で次のように述べている。

「救済法上の『疾病』概念は医学的知見に基づくものである。
「環境庁(当時)は、(中略)臨床上の診断基準として52年判断条件を定めた。
「同判断条件の医学的正当性は医学の専門家の間でコンセンサスが得られている。
「52年判断条件が公害健康被害補償法の下で『水俣病』と認定を受けるための基準であるのに対して、関西水俣病訴訟最高裁判決は国及び県の規制権限不行使によって健康被害が生じたとして損害賠償を求める訴訟であるから、
「原判決も正しく認めたとおり(49ページ)、関西水俣病訴訟最高裁判決が52年判断条件等の合理性についてなんら判断していないことは明らかであり、同判決は、本件訴訟に影響を与えるものではない。」

(2) しかし、被控訴人の「最高裁判決が52年判断条件等の合理性についてなんら判断していない」との主張は、国・熊本県が『上告受理申立て理由書』において示していた高裁判決内容についての認識、特に同判断条件に関し主張していた内容と明らかに矛盾している。この点については、本書面の<第5>項で反論することとし、以下では『上告受理申立て理由書』よりの抜粋を行なうにとどめる。

2 国・熊本県の主張の確認:『上告受理申立て理由書』(甲第166号証)

(1) 水俣病関西訴訟で国・熊本県が提出したこの文書の医学的事項に係る主張内容と、本件行政訴訟での被控訴人の第一審第1準備書面での主張内容とが同一であることについては、二宮正医師『意見書(その2)』末尾の対照表のとおりである。

(2) 『上告受理申立て理由書』中の医学的事項に係る主張内容を再確認するために、126ないし140頁、また154ないし155頁、165頁から抜粋し、以下に示す。(ただし、改行ならびに下線は控訴人側が施したものである)。

・『上告受理申立て理由書』よりの引用。

「第6 水俣病罹患の有無に関する判断の誤り」

1 はじめに

(1) 問題の所在

ア 本件請求が認められるためには、チッソ水俣工場から排出されたメチル水銀化合物により本件患者らに健康障害が惹起されたといえなければならない。(中略)具体的には、本件患者らが、チッソ水俣工場の排水中に含有されていたメチル水銀化合物に汚染された水俣湾の魚介類を多量に摂取し、それによって健康障害が惹起されたか否かが問題である。(126頁)。

イ この問題は因果関係の問題であり、本件患者らが健康障害を受けているか、受けているとしてその健康障害がチッソ水俣工場排出のメチル水銀化合物に由来するものであるかという事実の有無が問題である。
 これを、更に分析すれば、

@ 本件患者らがメチル水銀に汚染された魚介類を摂取した事実(メチル水銀曝露歴)、

A 本件患者らに健康障害が生じている事実(健康障害)、

B その健康障害が摂取したメチル水銀により生じたものである事実(メチル水銀の原因性)

の三点が認められる場合に、因果関係が認められることとなる。(後略)。

(2) 原判決の概要及び問題点(127頁以降)。

ア 原判決の概要

 本件患者らの多くは、救済法、公健法に基づいて水俣病の認定を申請したが、熊本県知事、鹿児島県知事からその認定を受けなかったものである。

同知事らは、水俣病の認定のための判断基準として通知された昭和52年7月1日付け環境庁企画調整局環境保健部長通知「後天性水俣病の判断条件について」(環保業第262号、以下「52年判断条件」という。)に基づいて水俣病に該当せずとの判断を下したものであり、これらの判断の正当性も争点となったところ、原判決は、(中略)

1 水俣湾周辺地域においてメチル水銀化合物により「汚染された魚介類を多量に摂取していたことの証明がなされる」こと

2 次の3要件のいずれかに該当すること

(1)舌先の2点識別覚に異常のある者及び指先の2点識別覚に異常があって、頸椎狭窄などの影響がないと認められる者

(2)家族内に認定患者がいて、四肢末梢優位の感覚障害がある者

(3)死亡などの理由により2点識別覚の検査を受けていないときは、口周辺の感覚障害あるいは求心性視野狭窄があった者

 の2条件を満たせば、「メチル水銀に起因する障害が生じている患者と認定してさしつかえない」とした。(中略)

 さらに、原判決は、水俣病にみられる所見が変動することを肯定し、個々の患者らに対する判断において、一度でも異常所見があれば上記判断準拠2を満たすとの態度をとる一方、剖検により水俣病の脳病変が認められなくても、判断準拠を満たす限り、水俣病に罹患していると判断できるとしている。
 その上で、原判決は、本件患者58名のうち51名について水俣病に罹患していると判断した。

イ 原判決の誤り

 上記判示は、52年判断条件は救済法、補償法の認定要件であり、
本件においては52年判断条件によって判断する必要はないとして、
52年判断条件に関する医学的な検討は全く行わずにこれを排斥したが、
「水俣病」と表現しようと、「メチル水銀中毒症」と表現しようと、
本件において立証すべき事柄は上記に掲げたとおりであり、その内容に変動はない。

 52年判断条件は、水俣病に罹患しているか否かの判断、すなわちメチル水銀を原因として健康障害が惹起されたか否かを判断するための医学的知見を総合したものであるから、上記のような形式的理由によって52年判断条件による必要はないとするのは、飛躍があるといわざるを得ず、さらに、専門的医師の判断の信頼性を無視するものであって、経験則に著しく反する。
 一方、原判決の提示する判断準拠は、過去に医学会において提唱されたこともなく、かつ、当事者間の攻撃防御すら尽くされないままに原判決が独自に定立した基準であるところ、後述のとおり医学的知見に著しく反するものであって、経験則に反した誤りがある。
 また、原判決は、もっとも医学的価値の高い病理学的所見を無視して判断を行うなどしており、このような判断は、医学的知見に著しく反したものである。

 このような結果、メチル水銀化合物及び人体に関する知見、水俣病に関する医学的知見、その他一般的な医学的知見などの経験則に照らし、到底、メチル水銀化合物により健康障害が招来された関係について高度の蓋然性が認められないにもかかわらず、これを肯定する旨判断したものであって、原判決には経験則に著しく反して相手方の主張を真実と認めた違法がある(民訴法247条違反)。

2 医学的診断と水俣病の特徴(疾病論)

(2)水俣病の定義

ア 水俣病の定義
水俣病は、工場排水に含まれるメチル水銀が魚介類に蓄積され、それを大量に経口摂取することによって起こる神経系疾患であり、(後略)。

イ 水俣病の発生機序
水俣病は、メチル水銀が人体に摂取された後、脳に入り、神経細胞を侵して、感覚障害、運動失調、難聴及び求心性視野狭窄等の神経症状を引き起こして(後略)。

ウ 水俣病の主要症状とその特質(133頁以降)。

(ア)感覚障害
「各感覚障害の現れる部位は、原則として、両側対称性の四肢末端ほど強い感覚障害であって、口周囲にみられることもある。
このように四肢末端ほど強い両側性の感覚障害は最も普通には多発神経炎においてみられるものであるから多発神経炎型と総称されている。」(133頁。)
すなわち、多発神経炎型の感覚障害は、」(134頁)。

「以上のとおり、多発神経炎型の感覚障害は、水俣病の主要な症候の一つではあるが、それ自体は非特異的な症候であり、原因不明のものも多いのであるから、その鑑別には注意しなければならず、かかる症候がみられるからといって短絡的に水俣病と診断することは避けなければならない。」(135頁)。

3 原判決が定立した診断準拠の誤り(138頁以降)。

(1)本件判断準拠構造全般に関する誤り

 原判決は、前記のとおりの判断準拠を掲げ、判断準拠1及び判断準拠2の両方を充足することが必要であるとするも、
 判断準拠2の(1)ないし(3)については、いずれかその一つに該当すれば足りるとしている。
判断準拠1は、いわゆるメチル水銀曝露に関するものであって、前記の因果関係の分析においては、@メチル水銀曝露歴に対応するものである。
判断準拠2(2)中の「家族内認定患者」の部分も、同様にメチル水銀曝露歴を認定するための間接事実たる性質を有するものであって、@メチル水銀曝露歴に対応する。

以上の部分を除いて、判断準拠2は、いずれも臨床症候を示すものである。
これを前記の因果関係の分析に対応させると、A健康障害性、Bメチル水銀の原因性に対応していると整理せざるを得ない。
 ところで、判断準拠2における臨床症候は、いずれも、それぞれが上記Aの健康障害を示すものであるところ、

判断準拠2は、メチル水銀曝露を受けた者(@を満たす者)が、それぞれ判断準拠2(1)ないし(3)に掲げる臨床症状のうち一つがあれば足りるとするのであるから、
結局のところ、原判決は、Bのメチル水銀の原因性要件を別個に検討する必要がないとするに等しい。

すなわち、メチル水銀曝露歴があり、健康障害として、判断準拠に掲げる臨床症状があれば、その他の原因について検討することなく、当該症状はメチル水銀に原因するものと認めることとなる。

 しかしながら、メチル水銀に汚染された魚介類を摂取したとしても、直ちにメチル水銀による健康障害が発生するのではないこと、同じ量のメチル水銀を摂取したとしても健康障害が発生するか否かについて個体差があることは、それぞれ既に述べたとおりである。

 さらに、水俣病として現れ得る症候は、そのいずれもが特異性のあるものではなく、
それらの症候のうち一つが認められれば直ちに水俣病であると判断し得るものでないことも明らかである。

 特に、典型的症候を有する患者と異なり、本件患者らは、軽症の水俣病である不全型に該当するか否かが問題となっているのであり、正常領域ないし境界領域に位置するのであるから、水俣市及びその周辺に居住して、魚介類を摂取したというメチル水銀曝露歴があり、なんらかの健康障害があったとしても、直ちに健康障害がメチル水銀を原因とするものであるといえないことは、水俣病、メチル水銀の特質からあきらかである。(139頁)。

とすれば、以上のようにBのメチル水銀の原因性を別個に検討要素としない原判決の判断準拠は、それだけで医学的、科学的経験則に反することは明らかである。(140頁)。

(3)判断準拠2(2)について(154頁以降)。

イ 判断準拠2(2)の誤り

(ア)家族内認定患者条件の意義に関する誤り
 同一食生活を送っていた家族内に認定患者がいることは、判断準拠1に関連する事実である。すなわち、同一食生活を送っていた家族内に認定患者がいれば、同認定患者はメチル水銀に汚染された魚介類を多量に摂取しているものであるから、本件患者もメチル水銀に汚染された魚介類を摂取したであろうということを推認するための間接事実にすぎない。(154頁)。
したがって、本判断準拠は、判断準拠1の間接事実をもって、判断準拠2の要素としていることとなる。しかし、判断準拠2は、判断準拠1を満たしていることが前提であり、判断準拠1を満たすための間接事実がいかに存在しても、判断準拠2を満たすための意義は持ち得ない。(155頁)。

とすれば、結局、判断準拠2(2)は、四肢末梢優位の感覚障害という条件を充足するか否かの判断に帰着することとなる。

しかしながら、(中略)多発神経炎型感覚障害は、水俣病に罹患する可能性が絶無の他地域に居住する者においてすらみられるのである。

以上のとおり、感覚障害のみで、水俣病に罹患しているとは認め得ないことは医学的に明らかであって、判断準拠2(2)が医学的知見に反していることも明らかである。

「オ 小括」(165頁)。
 以上述べたとおり、52年判断条件に基づく専門医による臨床判断は、適切なものであり、その信用性は高いというべきであって、
 52年判断条件に基づいて専門医が下した判断がある場合において、これをいたずらに排斥することは、著しく経験則に反することは明らかである。

(註・控訴人側による引用は、以上である)。

 第5 被控訴人また国・熊本県の上記主張に対する反論

1 最高裁により<第4>に引用した国・熊本県上告受理申立て理由(すなわち本件被控訴人の第一審第1準備書面と同一の内容。二宮正『意見書(その2)』対照表。)は斥けられた。

(1) ところが被控訴人は、敗訴判決を受けて5年後の現在もなお、控訴審第1準備書面で「救済法上の『疾病』概念は医学的知見に基づく」「救済法上の指定疾病は医学的知見に基づいて当該疾病に罹患していると診断されることを前提としていると解される。」などと「医学的知見に基づく」「診断」について述べていながら、しかし同時に「水俣病においては中枢神経、末梢神経のいずれも障害される」などとの病像論、末梢神経障害説に基づく52年判断条件の「医学的」正当性に係る主張を継続しておこなっているところである。

(2) しかも、被控訴人、訴外・国は、1956年以来、水俣病とは中枢神経が障害されるとの責任病巣に係る認識を有していながら、『上告受理申立て理由書』、本件各準備書面に確認し得るとおり、この「医学的知見」に立って感覚障害の臨床実態把握とその起因性の究明に努めてきた形跡は認められない。

 むしろ逆に、関西原告・関西訴訟団が実施した二点識別覚検査等の検診方法について、また大阪高裁判決が所見部位の変動を積極的に認定したこと等については批判していた。
 結局、国・熊本県は、水俣病の「感覚障害の責任病巣」については、意図的に曖昧、漠然と「神経系疾患」とし多発神経炎説を展開してきたのみ(甲第166号証)である。

2 このように、国・熊本県行政はこれまで(現在なお)、「水俣病にみられる四肢末梢の感覚障害」について、52年判断条件に基づく、症候の組合せによる診断が必要との「医学的」な理由をもって、関西原告、チエらを含む膨大な水俣病認定申請患者を棄却処分あるいは長期保留としてきた(いる)ものである。(本件における被控訴人の各準備書面。また上記各甲号証)。

3 ところが大阪高裁判決は、国・熊本県が主張する末梢神経障害(多発神経炎)説と同説に基づく52年判断条件による「症候の組合せによる診断」を否定した。
 判決は、関西原告について、運動失調・構音障害・求心性視野狭窄・難聴等他の所見がなくとも、メチル水銀曝露歴を前提として、「四肢末梢(遠位部)の感覚障害のみ」で「高度の蓋然性」をもってメチル水銀中毒症であるといえる、としたのである。

 同判決は、関西原告の臨床所見とその起因性(責任病巣)について、

末梢神経に異常があるかどうかは、腱反射をみれば判るが、水俣湾沿岸の患者には、腱反射の消失あるいは減弱は少なく、腱反射は正常または亢進が多い。
「これは、メチル水銀による末梢神経の損傷はほとんどないか、損傷されてもその程度は少なく、末梢神経の異常が感覚障害の原因でないこと、したがって、腱反射は正常であるあるいは亢進しているからといって、このこと自体から、当該患者がメチル水銀中毒症ではないと判断するのは相当でないことを示している。
「したがって、複合感覚に障害を受けていれば、それだけで大脳皮質に障害を受けたことに起因する感覚障害で、メチル水銀中毒の影響によるものと推認してさしつかえないであろう。」

と判示した(下線部は控訴人側による)。

 すなわち、判決は、四肢もしくは四肢ないし口周囲という全身性の感覚障害(本件におけるチエまた控訴人秋生の所見。控訴人に関しては、水俣協立理学クリニック作成の『水俣病検診録』8頁<(15)知覚障害>項。)の起因性・責任病巣について、これを「もっぱら大脳皮質中心後回が直接損傷されたことによる」と認定したのである。
 これは、法の趣旨論とは範疇が異なる、水俣病罹患という「医学的」事実の認定に係る判断である。
 そして最高裁は、大阪高裁判決を追認し、国・熊本県が『上告受理申立て理由書』で展開していた主張(下の括弧内は同書より抜粋した国・熊本県の判決内容認識である。)を斥け、

「判断準拠2(1)ないし(3)に掲げる臨床症状のうち一つがあれば足りる」
「感覚障害のみで、水俣病に罹患しているとは認め得」

る、としたのである。

 控訴人側はこれまで、同判決に関して「末梢神経障害説に基づく52年判断条件は、事実上否定された」と述べてきた。同判決を伝えた各報道は「『症候の組合せ』による診断を求めてきた52年判断条件は、事実上否定された。」との評価・解釈を示した。
 この評価・解釈が控訴人、また報道機関独自のものであるとは評し得ないと考える。

4 水俣病関西訴訟判決は、従来の医学的知見の基礎すなわち責任病巣の前提自体を否定した。つまり検診・審査・処分の前提であった「医学的知見」の基礎・末梢神経障害説とこれに基づく52年判断条件は、「医学的」に誤りであった、ということである。
 では何故、このような過誤がこれまで継続してきたのか、また現在も被控訴人が継続して52年判断条件の医学的妥当性を主張しているのかについて、次の項で述べることとする。

5 末梢神経障害説の根拠。医師・医学者らの知見

(1) 「水俣病においては末梢神経が傷害される」との「末梢神経障害説」の根拠

 「末梢神経障害説」は佐々委員会「公害の影響による疾病の指定に関する検討委員会報告」(1970年3月・甲第174号証)に端を発し、被控訴人が同説の医学的根拠としてこれまで提出してきたものは、乙第2、3、106、129、132各号証等の武内忠男・衞藤光明両医師らの病理研究報告論文である。
 また、井形昭弘医師ら認定審査会委員であった医師・医学者ら「高度の学識と豊富な経験を有する水俣病医学の専門家」も水俣病は末梢神経障害に起因するとの前提に立ち、「この多発神経炎の」臨床所見、それと病理学的所見との相関あるいは齟齬・乖離等について、武内・衞藤両医師らの病理研究報告論文を引用、援用しつつ、同説に基づいての「臨床的研究」論文を発表してきたところである。
 これら医師・医学者らの論文とはいったいいかなる内容のものであったかについては、鶴田和仁医師「水俣病における感覚障害の文献的考察」(甲第167号証)。また二宮正医師『意見書』(甲第164、218、240号証)ならびに同『意見書』添付資料に多数が紹介、引用されている。

(2) 神経疾患の発生頻度・機序・臨床像の認識の欠落

 末梢神経障害と中枢神経疾患とでは、機序は異なる(控訴人側第35、45準備書面)。
 発生頻度も、臨床像自体も対照的に異なっているのである。(二宮正医師『意見書』ならびに控訴人側第45準備書面「対照表」)。
 四肢末梢(遠位部)の感覚障害の発生頻度は、「原因不明」も含めて、きわめて低い。
 上記のような事項は、医学の一般常識に属する。
 しかし、水俣病認定審査会委員である医師・医学者らは、神経疾患の発生頻度・機序・臨床像一般の認識、海外でのメチル水銀中毒症研究の成果に関する知見が欠落していたと思われる(第45準備書面)。

@ 発生頻度
 末梢神経障害すなわち多発神経炎で最も頻度が高い症状は、発症の機序からいっても、両方下肢のみの感覚障害である(二宮正『意見書』)。ところが、この「下肢のみ」の感覚障害は、水俣病認定患者、未認定患者のどちらにも確認し得ない(甲第173号証)。

 被控訴人は、水俣病とは多発神経炎であるとしてきた。またその感覚障害の分布領域・「典型的なパターン」とは「多発神経炎型」であるとしてきた(甲第166号証)。
 ならば、この「下肢のみ」は、水俣病発症の起点を確認し得る指標症状のはずである。

 ところが、この「下肢のみ」型は、『認定審査会資料説明書』(甲第173号証)の人形図にさえ記載されていない。「水俣病すなわち多発神経炎」の機序として、無視し得ない「パターン」であるにもかかわらず、である。

 この点については、ここで、「多発神経炎の発生頻度」に関する、甲第240号証の4ないし5頁また同号証添付資料4、5,6、7、8、86を再確認する。
 以下のとおりである。

(@)資料4・『平成18年度環境白書』:水俣病発生地区・不知火海沿岸住民の医療手帳交付者、認定患者合わせ、「四肢の感覚障害がある者」は、概算で(というのも、行政によって現在なおその増加が確認されているゆえである。)、人口10万人あたり5578人。

(A)資料5、6・『厚生省資料』:糖尿病性あるいはアルコール性のニューロパチーに「詳細不明」、「原因不明」をも加えて人口10万人あたり22.81 (約30)人。

(B)資料7・「アメリカ・M.ウォーリン『神経疫学』」:人口10万人あたり40人。

(C)資料8・『水俣病に関する総合的研究 平成4年度』環境省・日本公衆衛生協会:元・認定審査会委員であった荒木淑郎、二塚信、熊本俊秀各医師らの調査では、60歳以上の1270名中3名。すなわち人口10万人あたり236人。(ただし同調査は、その対象を60歳以上に限定している。また対照地区を‘非水銀汚染地区’としているが、曝露に関する情報はない)。

(D)資料86・「黒岩ほか『新内科学体系8』」:日本における神経疾患の推定頻度は、人口10万人あたり150人。

 単純に、(@)と(A)ないし(D)の数値を比較すると、水俣病発生地域での四肢末梢優位の感覚障害の罹患率は、非汚染地域の四肢末梢優位の感覚障害あるいは「多発神経炎」の罹患率と比べて、23倍から244倍高いことがわかる。
 さらにこの点、日本精神神経学会『見解』、津田敏秀医師『意見書』・同医師証言が四肢末梢優位の感覚障害の発生頻度の異常な高率について指摘しているところである。

A 機序
 昭和46年事務次官通知は、水俣病の感覚障害の機序について、その<第1 水俣病の認定の要件(1)>の<(イ)後天性水俣病>の項で、「四肢末端、口囲のしびれ感にはじまり」と、その初発・必発症状としての特徴を指摘している。

 このような四肢末梢(遠位部)優位の感覚障害は、@に述べたように、その発生頻度は「原因不明」も含めてきわめて低い、特異的なものである。

 その機序、また所見部位が検診のたびに変動するなど臨床所見の特徴からも、被控訴人が主張する「非特異的」疾患などではない、多発神経炎などではありえない、むしろ「特異的」な神経疾患であることは明瞭であろう(二宮正『意見書』ならびに控訴人側第45準備書面)。

 にもかかわらず、これまで水俣病認定審査会関係医師・医学者らが四肢もしくは四肢ないし口周囲(全身性)の感覚障害を「多発神経炎」などと診断してきたのは神経疾患、特に感覚障害の頻度・発症の機序等について無理解であったことによる。

B 臨床所見の特徴
 水俣病認定審査会関係医師・医学者らは、中枢神経疾患の臨床所見の特徴についても無知ないし無理解であった。それゆえ四肢、口周囲の感覚障害はすなわち多発神経炎、同「型」であるとの単純ステレオタイプ的な発想に終始し続けていた(第45準備書面)。

 『水俣病認定審査に係る判断困難な事例の類型的考察に関する研究』には二点識別覚検査の実施及びその結果と思われる数値の記載が散見される。が、それは8p、10p、あるいは30p(註・ミリメートルではない。)等々の、意味不明のものである。
 口唇でも舌尖でも指先でもなかったであろうことは確かと考えられるが、具体的手法等はまったく不明である(井形医師はいわゆるピースサイン、指2本でおこなっていた)。
 二点識別覚検査は、海外では1800年代から常識的におこなわれてきたものである。
 ハンター・ラッセルらも、イラクのメチル水銀中毒事件ではバキルらもおこなっていた。

(3) 病理学的研究について:医科学的研究の欠落、常識的研究手法からの逸脱

 衞藤光明医師ら神経病理学者が、適切なヒトのコントロールをとることなく末梢神経は傷害されているとの結論を公表したことがさらに「末梢神経障害(多発神経炎)説」を補強したことがうかがえる(鶴田和仁・甲第167号証)。
 衞藤医師は、非汚染地域・非曝露群の正常例との比較対照研究を行なってこなかった。
 比較対照群(コントロール)も設定せずに、濃厚汚染地区である水俣市袋地区湯堂の、<10代>で死亡した<男性の>胎児性水俣病患者と、同じく濃厚汚染地区である水俣市袋地区茂道の、<60代>で死亡した<女性の>解剖所見とを、単に見た目で比較しながら解剖所見につき云々していた。
 また、ラットに確認した知見をそのままヒトに適用していた。(以上は甲第48号証、第45準備書面ほか)。
 さらに、同一人物の同一病理標本のオモテ面を水俣病患者に特徴的な所見であるとし、ウラ面を一般的な末梢神経病変の所見であるなどと発表する、またそれを180度回転させ、さらに異なる所見を云々するなど(津田敏秀『医学者は公害事件で何をしてきたのか』・甲第113号証。二宮正医師『意見書』・甲第218、240号証ならびに添付資料。)、およそ常識的な医科学的研究手法からの逸脱は、関西原告らに厳しく批判された。
 水俣病関西訴訟高裁、最高裁は、衞藤光明医師の病理研究報告論文、証言を採用しなかった。

 ところが、本件訴訟で被控訴人は、このような非常識な資料の作成者たる衞藤医師、また同氏を含め水俣病関西訴訟で不採用とされた証拠を作成した医師・医学者らの研究報告論文多数を証拠として提出し、同証拠に基づく主張をしてきた。控訴審・第1準備書面においても「とにかく末梢神経は傷害されている」との強弁を繰り返し続けている。

 これに対し控訴人側は、甲第48、113,190号証等を提出し、被控訴人が末梢神経障害説の根拠とする武内・衞藤両医師らの病理研究報告論文には、医科学的と評し得るデータ・根拠そのものが不存在であること。そもそも両医師の研究方法自体が通常の医科学的手法から逸脱していることについて述べてきたところである。

 水俣病関西訴訟高裁判決内容については先に述べたとおりであるが、ここで同判決が証拠採用したハンター・ラッセルらの報告論文、『スェーデンレポート』、またイラクのメチル水銀中毒事件報告論文等、海外のメチル水銀中毒症研究報告を再確認すると、「腓腹神経、すなわち『末梢感覚』神経に病変は見出されなかった。『末梢運動』神経にはわずかに病変は認められた。」という内容なのである。
 海外で発生したメチル水銀中毒事件の研究報告論文が述べているのは、メチル水銀の標的臓器すなわち責任病巣は「もっぱら中枢神経」であること、である。
 むしろ「末梢神経が傷害されているという日本の武内らの病理研究報告は、比較対照(コントロール)研究がなされていないなど、研究方法自体が信用できない。」とまで批判しているのである(以上は甲第48号証、二宮正医師各『意見書』ほか)。
 特に本件争点は「感覚障害の責任病巣」である。そして末梢感覚神経に病変は見出されていない。
 被控訴人は、四肢もしくは四肢ないし口周囲すなわち全身性という感覚障害の分布領域ならびに臨床所見の特徴と、わずかに確認されたのみの運動神経病変との相関は医学的に、合理的に説明し得る、その根拠を有している、とでも言い得るのであろうか。

 以上、被控訴人が主張する末梢神経障害説に係る医科学的根拠は、不存在である。
 同説に基づく52年判断条件、その運用による「診断」すなわち検診・審査に、医学的妥当性はない。したがってまた処分という法的行為に、正当性は存しない。
 被控訴人によるチエ棄却処分、また原判決の本件請求棄却は、水俣病の「医学的知見」に照らし、再検討されるべきである。

6 中枢神経疾患の臨床像の、(1)除外方針及び(2)実際の除外事例

(1) 中枢神経疾患の臨床像の除外方針

 「水俣病にみられる」四肢末梢優位の感覚障害という臨床所見は、発生頻度・機序・臨床像のいずれからも末梢神経障害とは考えられない、むしろ中枢神経疾患にこそ特徴的、「特異的」な症状である。ところが、この症状は水俣病診断から除外されてきた。
 例えば、感覚障害が四肢ないし口周囲においても確認される全身性であること。その感覚は低下・鈍麻していること。検査において、所見部位が検診のたびに変動すること。腱反射が減弱ないしは消失しておらず、むしろ、正常ないし亢進であることなど。
 病理所見では腓腹神経(末梢感覚神経)の生検(biopsy)で傷害部位が見出されないことなど。
 このような臨床所見また病理学的所見から、水俣病の感覚障害は心因性(ヒステリー等)である、または詐病である、などと見做されてきた。

 除外方針は、「四肢に主観的な感覚低下のみがある場合、客観的な所見である、反射の消失、神経伝導速度の低下、神経生検で異常所見が見いだされないものは、診断基準により、水俣病の診断から除外される。」(井形昭弘医師「Recent Advances in Minamata Disease」・甲第172号証)というものであった。
 なお、井形医師がここにいう「神経生検」とは、佐々委員会「公害の影響による疾病の指定に関する検討委員会報告」に記載されている、末梢神経損傷の有無の確認に係る検査事項・biopsyのことである。

 詐病視については、水俣病認定申請患者に対する、いわゆる公的検診における痛覚の検査で、検査者(検診医)が被検者に対し「痛くないはずがない」などと、その皮膚が破れ出血するまで針で突き続けた等々の事例がある(甲第22、262号証ほか)。

(2) 実際の除外事例

「診断基準により、水俣病の診断から除外され」た具体的な棄却処分の事例として、控訴人側は、甲第218、265、272号証を提出済みである。

@ 甲第272号証『水俣病認定審査に係る判断困難な事例の類型的考察に関する研究』及び同研究の対象とされた全患者の症例、所見を解析・評価した甲第218号証・二宮正医師『意見書(その2)』に次の3点があきらかである。

・「判断困難事例」180症例のうち、四肢の感覚障害を有していた患者は79名。
全身性(四肢ないし口周囲)の感覚障害を有していた患者は48名であった。
この合計(すなわち関西原告と同一の臨床所見を有する水俣病認定申請患者)は127名(70・55%)であった。

・この127名中、アキレス腱反射と膝蓋腱反射がともに低下消失していたのは20名であった。

・残り107名(84%)はすべて、それら腱反射が正常ないし亢進していた。

 これは、水俣病関西訴訟高裁判決で請求が認容された原告の臨床所見と同一である。

A 甲第265号証・原田正純医師の『手控え3冊』(認定審査会資料)における審査対象者、すなわち関西原告を含む水俣病認定申請患者3千数百名の症状について、いまここに概略を述べれば(本証拠の解析結果及び評価に係る詳論は、後日提出する。)、その80%以上に、「四肢もしくは四肢ないし口周囲(すなわち全身性)の感覚障害+腱反射の正常ないし亢進」が認められる。

 このような臨床所見を有する水俣病認定申請患者のほとんどが棄却処分とされてきた。しかしこれら患者は、「水俣病の診断」として、ただちに「大脳皮質に障害を受けたことに起因する感覚障害で、メチル水銀中毒の影響によるものと推認してさしつかえない」事例である。
 これらの水俣病認定申請患者の所見が大脳皮質の損傷によるとの前提に立つと、なんら「判断困難」ではなく、むしろ逆に、中枢神経疾患であるとの診断の蓋然性こそ高度に担保されるのである。また「他の疾患の可能性」との除外鑑別診断も容易なのである。(第45準備書面)。
 さらに、感覚障害以外の各症状についても中枢神経疾患として一元的・合理的に説明が可能なのである(二宮正、浴野成生両医師らの臨床疫学的研究・甲第190号証、甲第262号証)。

 つまり、メチル水銀の曝露歴を有する水俣病認定申請患者のうち、四肢もしくは四肢ないし口周囲すなわち全身性の感覚障害の症状を有していた患者は、神経内科の基礎的教科書に照らし、神経疾患の「通常の」検査・診断ステップに則って診断がなされれば(二宮正医師・各『意見書』。第45準備書面。)、メチル水銀中毒症の医学的知見・判断のあり方について明確に述べた水俣病関西訴訟大阪高裁準拠・最高裁判決に従っての審査がなされれば、そのほとんどが迅速かつ確実に、「それだけで大脳皮質に障害を受けたことに起因する感覚障害で、メチル水銀中毒の影響によるものと推認」されるのである。
 チエは、まさにこの事例に該当する水俣病患者であった。
 被控訴人は、また原判決も、チエがその生前に有していた、また同居家族も現に有している諸症状中まさにこの特異的な四肢もしくは四肢ないし口周囲という中枢性感覚障害について、真剣に検討すべきであった。
 同居家族である控訴人の諸症状、特に感覚障害に関しては、水俣協立理学クリニックが作成した『水俣病検診録』の8頁<(15)知覚障害>項に「(触、痛)・口周囲の感覚障害(+)・四肢末梢(+)」との所見の記載が認められるのである。
 他の同居家族の臨床所見、また保健手帳・医療手帳交付状況等疫学的条件についても、控訴人側が提出してきた甲第123号証ほかのとおりである。

 以上、チエの四肢ないし口周囲すなわち全身性の感覚障害は、疫学的条件とともに、この「中枢説」においてこそ検討されるべきである。そのうえで、原判決は批判され、被控訴人主張は排斥され、チエは水俣病であったとの医学的、合理的な判断がなされるべきである。

第6 本件との関連における、水俣病関西訴訟の争点・経過の概略

 これまでに確認したように、チエと同様の疫学的条件、臨床所見を有しながら、関西原告、また関西原告を含む膨大な水俣病認定申請患者は、認定から除外されてきた。
 しかし関西原告は、最高裁により「水俣病」として認定された。すなわち、井形医師が示していた「除外方針」は覆され、52年判断条件が依拠する医学的知見・末梢神経障害(多発神経炎)説は排斥されたということである。

 この項では、本件との関連における、水俣病関西訴訟の争点・経過の概略を述べる。
 また本件争点・病像論の関連資料として、中央公害対策審議会水俣病問題専門委員会『議事速記録』よりの抜粋を示す。

1 「政府最終解決策」における水俣病未認定患者の位置付け

(1) 1995年「政府最終解決策」

 水俣病関西訴訟高裁判決(2001年)以前に、政府・連立与党は水俣病問題につき、1995年「政府最終解決策」を策定した。
 私企業であるチッソ、昭和電工と未認定患者間の、本来的には民間協定であるはずの和解案を、政府・連立与党が策定したのである。
 同「解決策」の前提、また対象とする未認定患者に課した条件は、次の3点であった。

@ いったんは救済法・公健法上の水俣病認定申請を行なったものの、しかし、知事ら(熊本県、鹿児島県、新潟県各知事、新潟市長、環境庁長官、行政不服審査庁)により、棄却として処分もしくは裁決、あるいは保留とされ「水俣病とは認められない」と今日にまで至った未認定患者は、やはり水俣病とは認めない。

A 国・県行政には、これまで未認定患者らが訴訟等の場で主張してきたような水俣病の発生・汚染被害の拡大に係る行政責任はない。

B 同「解決策」を受諾することとする未認定患者は、受諾に際しては水俣病認定申請・行政不服審査請求・訴訟・交渉等については、これら一切の「争訟」を取り下げること。また水俣病認定申請を含め「争訟」提起は今後一切行わないこととしなければならない。和解にあたっては、未認定患者側が「紛争状態」の終結をなすことを求める。

 この「解決策」の前提@、Aは、国・熊本県が『上告受理申立て理由書』で主張した内容と同一である。また、B「認定申請の取下げ」は、現行施策「新保健手帳」の交付・医療給付にあたり、やはり行政が未認定患者に課している条件である。

(2) 「解決策」に基づき医療手帳を交付された未認定患者の症状・病像に係る定義・位置付けすなわち「救済対象者の考え方」とは、概略、次のとおりである。(小島敏郎・乙第66号証。津田敏秀『医学者は公害事件で何をしてきたのか』・甲第113号証等。)。
 「過去において通常のレベルを超えるメチル水銀を曝露した可能性についてはまったく否定しているわけではない」「医学的に水俣病の蓋然性がまったくないわけではない」これら1万数千名の水俣病未認定患者は「四肢末端優位の神経疾患を有するものである」。がそれは「原因不明」であり、あくまで「公健法上の水俣病とは認められない者である」。

(3) この政治解決は、いわゆる未認定患者はあくまで水俣病ではない、国・熊本県には法的責任はないという前提で謀られた。
 訴訟継続を選択した国家賠償請求訴訟としては、関西訴訟団、待たせ賃訴訟原告団の2件、また棄却処分取消訴訟では原告・御手洗が福岡高裁での訴訟継続を選択した。
 これら3件を除く全国の患者団体が、「生きているうちに救済を」と、政治的決着に応じることを決定し、翌1996年中に、3件を除く全ての訴訟が取り下げられた。
 水俣病関西訴訟団は、その受け入れを拒否して、水俣病発生・汚染被害拡大・病像論を争点とする国家賠償請求訴訟継続の道を選んだ。結果として、万余の全被害民を代表して闘い続けることになった。
 本件行政訴訟で、いま、控訴人が「すべての未検診死亡者を代表して」法廷に臨んでいるのも同様の構図である。
 ところで国・熊本県は、1995年時点はもとより、今日現在も、未認定患者との間での和解を成立させてなどいない。特に病像論については、医学的知見に係る従来主張の変更を明言してなどいないのである。

(4) これまで、関西原告、棄却取消訴訟原告ら水俣病認定申請患者は、52年判断条件に基づき、検診・審査・処分されてきた。
 認定申請、行政不服審査請求あるいは訴訟の提起、行政機関との度重なる交渉等は、いずれも、行政の被害実態究明・把握の放棄という徹底した不作為状況の下で、被害民自らが、やむなくとった行為であった。
 そのような行政不服審査請求人あるいは訴訟原告ら、また本件控訴人を支えてきたのは「不知火海で生まれ、育ち、このような健康障害・健康異常をきたした者が、水俣病でないはずがない。国と熊本県に、責任がないはずがない。そのことをあいまいにして、水俣病を『終わった』ことにされてはならない」という信念だった(溝口秋生『陳述書』)。
 その信念を法廷等で主張するにあたり、依拠してきたのは、水俣病事件史の事実である。
 水俣病事件とはそもそも食中毒事件であること。したがって検診医らの詐病視、また地域内での差別や詐病視のもと、葛藤を抱えながら、本人が申請をしなければならない理由など、本来はないこと。
 加害の本質とは、傷害・殺人事件であること。加害企業のチッソや昭和電工自らが、加害者として、また企業に加担してきた行政が行政として当然講じるべきであった措置を、敢えて、一切講じなかったのが事件史の事実であること。
 特に本件控訴人が依拠してきたのは、「迅速かつ公正・広汎、確実な救済」を立法の目的・趣旨とする根本規定・救済法の意義であり、提訴するとは、同法の目的・趣旨の具現を求めてであった。

(5) 水俣病関西訴訟高裁、最高裁判決は、明快に、「いったんは救済法・公健法上の水俣病認定申請を行なったものの、しかし知事らにより棄却として処分もしくは裁決され、あるいは保留として『水俣病とは認められない』とされてその日にまで至った」「未認定患者の」関西訴訟原告らが水俣病である事実を認めた。

 未認定患者の信念に応えた。と同時に、「政府最終解決策」の前提を覆したのである。

 被控訴人、訴外・環境省が、どのように詭弁を弄し、強弁しても、52年判断条件は「医学的に」誤ったものであると判示されたこと。さらには同判断条件を策定し、運用もし、また、「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議の意見」(乙第14号証)で追認もし続けた歴代認定審査会委員ら「水俣病医学専門家」、処分庁・知事らの責任が指弾されたのだということを、忘れてはならない。

2 水俣病関西訴訟の審理経過・争点の変遷と判決内容の概要

 最高裁判決は原審の大阪高裁判決を追認した。また原告ら訴訟団は、控訴審で、病像論につき、それまで主張してきた末梢神経障害(多発神経炎)説を撤回し、水俣病とは中毒性中枢神経疾患であるとの説を全面展開した。
 この転換の意味について、まず大阪地裁、高裁判決について、その経過、争点の変遷と判決内容の概要を確認する。

(1) 一審・大阪地裁の経過、争点

 関西訴訟は、「かつて水俣湾周辺地域に居住し、後に関西地方に移り住んだ住民が、被告チッソ水俣工場からのメチル水銀化合物を含む排水によって汚染された水俣湾周辺地域の魚介類を摂取したことにより、そのメチル水銀が体内に蓄積され、様々な症状等が生じる水俣病に罹患したとして、(中略)損害賠償を請求」した事案である。(高裁判決。判例時報1761号)。

 主要争点は3点。責任論、除斥期間、そして特に本件との関わりにおいては、水俣病とはいかなる疾患であるかの病像論、であった。
 この病像論に関して、「感覚障害の責任病巣」に係る医学的知見について一審段階で原告、被告間に争いはなかった。水俣病とは中毒性神経疾患である。しかも末梢神経が傷害されるという考え方を、いわば共有していた。

 提訴から13年目の1994年7月11日、大阪地裁の判決が言い渡された。
 判決は、国・熊本県の加害責任を認めなかった。また「原告患者らはいずれも52年判断条件に照らすと水俣病患者とは言えない。」とした。
 原告患者42名については水俣病の可能性を「考慮」(確率的(割合的)因果関係論。)してある程度の賠償額を認容した。が、5名を棄却し、12名には、被告チッソが主張してもいない除斥期間を適用して門前払いという、大変厳しい判決であった。
 判決は、病理学的研究・所見に関しては、末梢神経障害説を医学的知見の基礎とする52年判断条件に基づき、原告のうち、かつて熊本県が解剖所見から水俣病ではないと棄却処分とした原告について、やはり水俣病罹患の可能性は認められないとその請求を棄却した。

(2) 控訴審・大阪高裁の経過・争点

 関西原告ら訴訟団が控訴審でまず全面的に主張したのは、曝露と発症(症状発現)との因果関係を明らかにできる手法・医学的知見についてであった。すなわち、WHO、ILO等の国際機関、大学医学部、産業医学会等の教育・研究機関、学会等が現に常識的に採用し、因果関係の判断をなすにあたり適用している「疫学」についてである。
 訴訟団は、「このような疫学的解析だけが、当該水俣病においてもメチル水銀の曝露と健康障害との因果関係の有無を明らかに判断できる。」との主張を行なった。
 この考え方に基づけば、汚染魚介類の摂食歴等の疫学的条件があり、四肢末梢優位の感覚障害を有する者が「原因不明」と判断されるなど常識的にありえない、90%以上の蓋然性で水俣病と言える、と主張した。

 元来水俣病の診断、因果関係の判断のためにはメチル水銀曝露を受けた集団(曝露群)とメチル水銀曝露を受けていない集団(非曝露群)との比較対照研究をおこない、健康の偏差を明らかにすることが必要である。

 しかし、行政は(いまだに)このような実態調査を行おうとせず、それまで「経験上」(控訴審・井形、衞藤両医師ら証言。)認定してきた重症患者に依拠した診断基準を、何らデータの裏付けもなしにとりまとめたのである。
 国・熊本県は「52年判断条件を策定しまた運用もしてきたのは、歴代の認定審査会委員ら水俣病医学専門家による」と称してきた。しかしその中に、健康の偏差を科学的方法論をもって明らかにしてきた疫学者は、一人も含まれていなかった。

 訴訟団は、次に、これまでの全ての水俣病訴訟、行政不服審査請求等で未認定患者側も「水俣病では末梢神経が傷害される」としてきたところ、主張を次のように180度転換したのである。
 「水俣病患者の末梢神経が傷害されているという医科学的証拠はない」「メチル水銀の曝露により末梢神経が傷害されるという武内・衞藤両医師ら病理学者らの報告論文は、そもそも研究方法自体が医科学的研究の手法から逸脱し誤っている」「このような病理研究に依拠する多数の水俣病論文なるものになんら証拠価値は認められない」等と全面否定したうえで、「水俣病患者の感覚障害とは、大脳頭頂葉中心後回の一次体性感覚野が直接損傷されていることに起因するものである。」と中枢説に主張を転換した。
 弁護団は、従来主張の転換を明言するにあたり、法廷で、原告らに対し、これまで、末梢神経障害説という誤った医学的知見を基礎に主張を行なってきたことを謝罪した。

 訴訟団のこの転換は、医学教科書に記載されている中枢神経疾患の臨床像特にメチル水銀中毒症に係る国内外の文献・資料について、徹底的に再検討を加えた結果であった。

 控訴審で『意見書』を提出し法廷での証言も行った浴野成生医師、同医師と共同研究を行なってきた二宮正医師の研究報告論文を得(浴野成生『意見書』・本件甲第47号証。二宮正ら臨床疫学的研究・本件甲第190号証。)、さらに両医師からメチル水銀中毒症の病像に関する国内外の報告文献・資料について示唆を得、ハンター・ラッセルら論文(1940年、1954年。)、熊本大学医学部水俣病研究班『水俣病』(1968年)、永木譲治医師らの論文(永木医師らの論文については本書面<第8>で言及する。)、イラク、アメリカ・ニューメキシコ州、カナダ等々、海外で発生したメチル水銀中毒事件報告をも再検討した結果であった。

 結局、国・熊本県が、また原告側も従来主張してきた末梢神経障害説を支持する医学文献・資料は、見出せなかったのである。

 対して、国・熊本県は「52年判断条件は医学的に妥当である」との主張を繰り返すばかりであった。当該主張を是とする井形昭弘、永松啓爾、衞藤光明3名の医師・医学者を証人として出廷させその旨の証言も得て、従来主張の正当性を繰り返し続けた。
 しかし、井形医師は、同判断条件は水俣病関係医師・医学者らの「経験を持ち寄って」作ったとしか証言できなかった。(甲第166号証で国・熊本県は「経験則」との言を幾度も繰り返している)。また衞藤医師も比較対照群(コントロール)につき問われ、それは「私の頭の中にある」としか証言できなかった。

 52年判断条件は「後天性水俣病の判断条件について」と題する昭和52年7月1日付けの環境保健部長通知である。
 その前文には「近年、水俣病の認定申請者の症候につき水俣病の判断が困難である事例が増加してきたこともあって、当庁においては医学的知見の進展を踏まえ、昭和50年6月以降医学の関係各分野の専門家による検討を進めてきたところであり、今般その成果を左記のとおりとりまとめた。」とある。
 しかし、井形、衞藤証言に明らかなように、52年判断条件はなんら具体的なデータや論文等の医科学的根拠を有してはおらず、審査会関係医師らが「経験を持ち寄って」策定したなどと主張する以外にないレベルのものであることが明らかとなった。
 関西訴訟団は、国・熊本県の「52年判断条件は医学的に妥当である」との主張根拠につき、調査嘱託により、環境庁(当時)に対して52年判断条件の根拠となる具体的データや論文等の提出を求めた。
 しかし環境庁は、「当該資料は存在しない」として、全く提出しなかった。
 ところが後に、情報公開法に基づく行政文書開示請求で、関係資料は調査嘱託後ただちに廃棄されていたことが判明した。また一部残存していた医学関係資料は、同訴訟団の主張の正当性を裏付ける内容のものであった。

 控訴審は、概略、以上のような経過であった。そして病像論の争点は次の2点に収斂し先鋭化された。

・メチル水銀中毒症すなわち水俣病の責任病巣は、人体神経系中の何処であるか。 中枢神経系か、末梢神経系か。またその医科学的根拠の有無についてはどうか。

・メチル水銀中毒症の障害部位、すなわち当該責任病巣に起因する臨床所見の特徴とは、 如何なるものであるのか。

 原告患者側と被告国・熊本県・チッソとの間で、証人尋問を含め、徹底的になされたこの医学論争の経過で明らかとなったのは、国・熊本県らが、この数十年間、「水俣病においては、中枢神経、末梢神経のいずれも障害される」と主張しつつ、中枢神経疾患としての病態把握をおこなってこなかったことであった。
 むしろ中枢神経疾患の臨床像を有する患者を棄却処分、あるいは保留として、水俣病認定から除外し続けてきた事実であった。

 一審とはまったく異なり、原告と国・熊本県らとの間で、この上記2点につき徹底的に対立する論争が展開された。

 大阪高裁は、原告側提出証拠に基づき、責任病巣は中枢神経であるとの局在を示した。
 個別原告に対する臨床所見の検討は、神経疾患の通常の診断ステップに則って局在診断をおこなったと評し得るほどの徹底したものであった。
 例えば、この責任病巣との相関において、当該原告の当該感覚障害はむしろ頸椎症・頸椎変形(狭窄、骨棘形成等)に起因すると明確に判断し得たものは、鑑別除外した。

 判決は、中枢神経疾患の指標症状である複合感覚障害、また同障害の有無を把握する検査方法としての二点識別覚検査に着目し、同感覚障害が大脳皮質直接損傷に起因するものであることを第一の前提とした。そしてこの前提に立って、感覚障害の臨床所見の特徴を重視した判断基準(準拠)を設け、原告51名についてメチル水銀中毒症であると認めた。
 判決は、国・熊本県、認定審査会委員である医師・医学者らがこれまで提唱してきた「水俣病の医学」を覆し、認定の方向から徐外してきた中枢神経疾患の臨床像をむしろ積極的に認めたのである

 この判決に対して、チッソは上告することなくその賠償責任は確定した。
 しかし、国・熊本県は上告ならびに上告受理申立てを行い、訴訟は最高裁第二小法廷に係属した。

 ところで高裁判決は、<第五 判定方法>で次のように判示している。

「曝露を受けた水銀量については、曝露直後の毛髪などが採取されていないから毛髪水銀量の検査によることはできないところ、そのことにつき原告らには何の責任もない。」
「したがって、今となっては、居住時期、魚介類の摂取量などについては、原告らの供述(本人尋問、陳述書など)によるしかない。」。

 本件訴訟においても、控訴人側は、毛髪水銀量、魚介類の摂取量等に関する被控訴人の憶測レベルの主張を批判してきたところである。被控訴人は、毛髪水銀値と臨床所見との相関を明確に示し得るデータなど、そもそも持ち合わせてはいないのである。

3 最高裁判決

(1)中央公害対策審議会水俣病問題専門委員会『議事速記録』(1991年)

 上告審で、関西訴訟団はあらたな証拠として中央公害対策審議会水俣病問題専門委員会『議事速記録』全8回分を提出した。(本件では甲第86、245ないし251号証)。

 1991年11月26日付け中央公害対策審議会「今後の水俣病対策についての答申」(いわゆる「中公審答申」。)の前提とは、次のとおりである。

「水俣病が発生した地域においては水俣病とは診断されないものの、
「水俣病にもみられる四肢末端の感覚障害を有する者で、
「その症候をもって水俣病ではないかという疑いをもち、深刻な不安を持つに至っている者が少なからず存在しており、
「このような者が自ら水俣病である又はその可能性があると考えることは無理からぬ理由があり」

 等々と、水俣病患者とは認められない(認めない)がしかし多数の「健康不安者」の存在を認めているものである。
 これら多数の「健康不安者」を救済する必要があるという内容で、 前記1995年の政治決着はこれらの未認定患者に対し、一時金260万円と一定の医療給付を行うことで水俣病問題の「最終解決」を謀ったものである。

(2) 関西訴訟団は、国・熊本県の「大阪高裁判決の病像についての判断は、医学的な経験則に反する」等との上告受理申立て理由に対し、上記答申に至る水俣病問題専門委員会の『議事速記録』を示し反論した。

 この『議事速記録』は、最高裁に事件が係属した2001年に、情報公開法に則った行政文書開示請求により環境省が開示したものである。
 水俣病問題専門委員会は、環境庁(当時)が、次のような状況認識をもって主催したものであった(同『議事速記録』中の環境庁職員・岩尾らの発言)。

・「司法の場で国の診断基準、すなわち52年判断条件が認められていない。」

・福岡高裁で現在進行中の和解協議で「和解救済上の『水俣病』が『メチル水銀曝露歴+四肢末梢(遠位部)の感覚障害』となること」は、必至である。

・このままでは、従来の水俣病対策の根幹が崩れてしまう。

 つまり同委員会は、環境庁がこのような危機感をもって、水俣病訴訟、行政不服審査請求等の「紛争状態」が長期化し認定申請者も後を絶たない等の状況を収束させるため主催したものであった。

 参加した委員も環境庁の担当者も、議事中、52年判断条件は医学的な基準ではなく、行政の線引きの基準であること。『水俣病の判断条件に関する医学専門家会議の意見』も行政上の見解にすぎないこと。感覚障害のみの水俣病はあり得ること。水俣病の感覚障害は中枢性であることなどを、互いに認め合っていた。
 その上で、しかしこれまで国・熊本県らまた同委員会の委員である医師・医学者らは、法廷や行政不服審査請求等争訟の場では、「症候の組合せ」による診断基準、すなわち52年判断条件を守りつつ「感覚障害のみの水俣病はない。」と主張してきたのであるから、これら未認定患者をあくまで水俣病とは認めずに問題を収拾する方策はないか、と検討していたのである。
 大阪高裁で国の証人として証言した井形昭弘医師が委員長であったが、井形医師は、
「裁判で言われても、感覚障害のみで水俣病とは言わない方がいい。これを認めると、チッソないし国は、莫大な賠償額を負担しなければならなくなる」などという趣旨の、およそ医学からは乖離し、違背する「他事考慮」発言をしていた。

 訴訟団は、8回に及ぶ議事速記録を全て最高裁に提出し、国・熊本県の不誠実な応訴態度を批判した。この議事速記録によって、国・熊本県の上告受理申立て理由は、完全に根拠がなくなった。(同『速記録』よりの抜粋は以下の(3)項にまとめて示す)。

 2004年10月15日、最高裁第二小法廷(北川弘治裁判長、福田博、滝井繁男、津野修裁判官)は、国と熊本県が、1960年1月以降、チッソ水俣工場の排水に関して規制権限を行使しなかったことが違法であり、国と熊本県は、同月以降に水俣湾及びその周辺海域の魚介類を摂取して「水俣病となった者及び健康被害の拡大があった者」に対して、国家賠償法一条一項による損害賠償責任を負う、と明快に断じた。

(3) 中央公害対策審議会水俣病問題専門委員会『議事速記録』よりの抜粋。

@ 同水俣病問題専門委員会事務局・環境庁(当時)職員は、52年判断条件について、以下のとおりの発言をおこなっていた。

「52年の判断条件につきましても、行政の通知でございますので、100%医学的な診断基準ではない」(第1回)。

「水俣病に関して純医学的な面から医学者の方がつくられた診断基準というものがない」(第6回)。

「(昭和)60年の医学専門家会議(の意見)というのは行政上の見解」(第6回)。

A 以下、中公審『議事速記録』よりの抜粋:括弧内は同委員会開催回と発言者である。
(なお、改行、下線は控訴人側が施したものである)。

「それらの臨床所見が病理所見にどのように対応しているかということについてお示ししたのがこの図でございます。ただいま御説明申し上げました主要症候につきましては、まず感覚障害は、この図で申しますと、脳のてっペんにある頭頂葉後中心回というところの障害で出てくると言われております。(第1回・事務局)

「このIPCSのクライテリアを受けまして、重松委員会の平成2年度の事業として、この評価をしていただいております。その部分でございます。
『IPCS環境保健クライテリア101;メチル水銀』(中略)母親の頭髪水銀値が10〜20μg/gで胎児に影響が出る可能性について示唆されたのも事実であること、そのことを受けて、疫学的な調査研究などにより科学的な究明を図るべきであるという評価をしております。(中略)
メチル水銀の標的臓器、主にどこが障害されるかということでございますが、
クライテリアの記載としては、ほぼ神経系、特に中枢神経系の障害に限局されるということでございます。研究班の評価としては、記載してございませんが、当然の知見であるということでございます。
(第3回・事務局)

「例えば専門家会議で、四肢の感覚障害のみをもって水俣病と診断することは医学的に無理がある、確かにそういう意見であったわけですが、ここで言っておりましたのは、昔は椿先生も、富士山の形で、一番下が四肢の感覚障害、これはイラクでそう言われているのですが、その上、重くなったら小脳失調が出、それも重くなったら視野狭窄が出るということを言っていたのです。ところが、

最近の知見によって、四肢末梢の感覚障害というのは、中枢性の障害であって、
末梢神経はやられてないというのが通説
になってきて、それを援用したわけです。 (第5回・井形)

「全然異常がなかった人が、次にはきれいな感覚障害があって、もう一度調べたら全くなくなる。そういう人が多いんです。それから、朝に症状を見たら失調性は全くないのに、夕方、疲れたころ見ますと失調性が出ている、そんな人もいるのです。
したがって、裁判の原告でも、現に原告になって認定した人が何人か出ています。だから、すべては連続的で、余りクリアカットに言うことがなかなか難しいというのが実情であります。これは小高委員の質問に対する私の答えであります。(第5回・井形)

「感覚障害は、客観的な症候を備えた感覚障害と、備えない感覚障害とがあって、
普通、四肢末梢の感覚障害があるときは、ほとんど例外なく腱反射は消失又は減弱します。ところが、水俣病の場合には、亢進する場合があり、ほとんど減弱してないんです。
伝導速度も余り信頼がおけないといって、ひどい場合には伝導速度が落ちますけれども、落ちてない。そうすると、本人の訴え以外にチェックする方法がない。そういう背景もあるんです。(第5回・井形)

(註・以下はすべて第7回委員会での発言記録である。)

【植村委員】 医学的なところでよく分からないのでお伺いしたいのです。
先ほど10ページの上の方のアンダーラインが引いてあるところの関連で事務局から赤い玉、白い玉という話があったと思いますが、3行目、4行目にかけまして、
「特にその症状とメチル水銀曝露との間に関連性を認めうる者を特定することも容易でない」とありますが、ここの表現だけを見ていますと、
メチル水銀の影響を受けて四肢の感覚障害のみを有するようになった、そういうものは存在するのだと考えてよろしいわけですか。
これを仮に赤玉と呼ぶとしまして、赤玉は存在することは認めている、そういう前提で これを書いていると考えてよろしいわけですか。
メチル水銀の影響で四肢の感覚障害のみを有するということがよく分からないのです。

【井形委員長】 私はあり得ると思うのですが、今までの裁判での主張は、あり得ないと。この報告書にも、あり得ないと書いてあるのです。

【植村委員】 そうすると、「関連性を認めうる者を特定することも容易でない」、
この書きぶりはちょっとおかしいような気もするのです。

【井形委員長】 しかし、それで徹底してしまったら、もうこの委員会も要らないのです。そこで、多少苦しい表現で、何も赤玉と書いてありませんから、「可能性を排除する」というのと「否定しない」とを使い分けてあるのです。

【植村委員】 あちこち慎重な表現をされているのはよく分かるのです。赤玉の存在を認めた上での話なのか、それとも、それも認めない上での話なのか分からない。

【浅野委員】 「可能性を排除するものではない」といっていますから、ありていに言えば、認めているのです。

【井形委員長】 医学的にはあり得るのですが、それを特定することはできないし、また、この階層を水俣病と認めてしまうと、またそれに続くボーダーライン層を設定しないと解決しない。

【植村委員】 ほかの原因のもあるわけですから、特定できないのはよく分かるのですが。

【井形委員長】 そのことは、大石長官は国会で蓋然性が50%という表現を使っているのです。

【植村委員】 赤と白が半々だったら50%、こういう感じで?

【井形委員長】 はい。それで50%以上を認定して、蓋然性が低いものは、水俣病の影響によるかもしれないけれども否定している、そういう表現を使ったことがあるのです。
ですから、赤玉というのは、完全な水俣病とはいわないけれども、その人がある種の症状を持っておるけれども、それに有機水銀が少し修飾しているかもしれない、こういうものも入れて赤玉というのです。いずれにしろ、苦しい表現なんです。

【植村委員】 そこの書き方は、そういう関連性を認めうる者が存在することを前提として、その特定は容易でないというふうに受け取れると思うのです。

【井形委員長】 どちらがいいですか。

【植村委員】 それで7ページあたりの医学的な話と矛盾するのではないかと思ったのです。7ページの上から3行目では「臨床医学的にそのような水俣病の存在は裏付けられておらず」とありますね。
そうすると、ここは「水俣病」という表現になっていますから、水俣病というのはそういう概念ではないという意味なのか、
それとも、単に四肢の感覚障害だけだったら、たとえメチル水銀の影響を受けた者でも水俣病ではない、そういう前提で「水俣病」といっているのか、
それとも、そうではなくて、臨床医学的には裏付けられていないということになるのか、
このあたりが矛盾しているのではないか。

【浅野委員】 ここは法的因果関係の話をしているつもりなんです。だから、仮に法的因果関係という考え方でいけば、関連性を認め得る者がないとは言えないだろう。しかし、仮にそういうことを法的なレベルでは考え得るとしても、個々には分からん。むしろ
個々に分からんということを言いたいだけなのだから、余りそこでぎりぎりと詰めて、医学的に存在することを認めたのか認めないのかと言われると困ってしまうのです。

【井形委員長】 ご承知のように、一審の判決のときには、かなり厳しい、
これを水俣病といわずして何というかという判決と、診断基準が間違っているとか、
争点になってないことまで言われて、我々も非常に困っているわけです。

そこはソフトな表現で逃げたいと思うのです。

【植村委員】 かなり微妙なところだと思います。ほかの可能性もあるのだから、水俣病と診断できないのは当然だと思いますけれども、メチル水銀の影響で四肢の感覚障害だけが生じているという可能性も否定できないと思っていた方が――

【井形委員長】 この論旨はそうなんです。

【浅野委員】 そこに持ち込んでしまったのだからしょうがないですね。
ここではもう医学の話から離れてしまっている。

【植村委員】 別のところを見ると、またそうなので――

【浅野委員】 医学の話は医学の話だから、そこは潔癖にやっておいて、法的な話はもう少し潔癖でなくてもいい。

【森嶌委員】 しかし、7ページは医学の話でしょう。それでさっきこれが出てきて、僕はかねてから言っていたことがここに出てきたなと思って喜んでいたのです。
非常に組み立てやすくなる。

【事務局】 今、植村先生から御指摘があったように、「四肢の感覚障害を有する者の中で、特にその症状とメチル水銀曝露との間に関連性を認めうる者」というのが、理念的にも存在する書きぶりにするためには、病像の問題もここまで書かないと首尾一貫しないということであえて書いているところではあります。確かに微妙な問題でして、
これまで私どもは、その下に可能性があるということを積極的に言ってこなかったわけですから、そこを言うということは、一歩後退してしまうことなんです。それでそこをあえて言うかどうかというのは、もう少し慎重に考えたいと思っております。

(註・控訴人側の抜粋は、以上である。)

(4) ところで、この『議事速記録』の第5回委員会で井形昭弘医師が言及している「専門家会議」とは、被控訴人、訴外・国が「52年判断条件は医学的に妥当である」と主張する唯一の根拠「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議の意見」(乙第14号証)作成会議のことである。
 第7回委員会で、植村委員は環境庁作成・配布資料の7ページに関し「感覚障害のみの水俣病」について、「臨床医学的にそのような水俣病の存在は裏付けられておらず」との記述につき言及をおこなっている。当該言及部分は乙第14号証と同一内容である。

 しかし、被控訴人、訴外・国が「52年判断条件は医学的に妥当である」と主張していながら、国(同専門委員会事務局・環境庁職員)の52年判断条件についての実際の認識が「医学的な診断基準ではない」、「水俣病に関して純医学的な面から医学者の方がつくられた診断基準というものがない」こと、「60年の医学専門家会議というのは行政上の見解」であることは、抜粋したとおりである。

(5) また第5回委員会での井形昭弘医師の発言は、
「最近の知見によって、四肢末梢の感覚障害というのは、中枢性の障害であって、末梢神経はやられてないというのが通説」というものであった。
 しかしこの認識は、同人の1997年の水俣病関西訴訟・大阪高裁での証言内容とは、まったく異なる。

第7 52年判断条件批判。本件行政訴訟において採用・適用されるべき病像論

1 被控訴人、訴外・国らは、水俣病が中枢神経疾患であることは、1956年5月以来認識していた。

(1) しかしこの50年間、水俣病に係る健康障害の把握について、中枢神経疾患であるとの前提をもっての正確な検査、特に複合感覚障害の所見を得るための二点識別覚検査など、おこなってはいなかった。複合感覚障害の概念すら理解してはいなかった。
 二点識別覚検査の結果と思われる数値またその手法は、杜撰もしくは意味不明のものであった(おそらくは、ハンター・ラッセルら論文中の同検査結果報告も、イラクでのメチル水銀中毒事件についてのBakirらの詳細な研究(甲第59,60号証)中の同検査結果報告も読んではいなかった。あるいは「読んで」いたとしても、その意味を理解してはいなかった)。

(2) 四肢もしくは四肢ないし口周囲すなわち全身性の感覚障害は、発症機序として「特異的」である。統計上も発生頻度はきわめて低いことは前掲の証拠のとおりである。
 さらに腱反射の正常ないし亢進もみられるなどは医学的にはきわめて「特異的」である。にもかかわらず、被控訴人らは、当該症状は「非特異的」であるなどと主張してきた。

2 被控訴人らは、中枢神経疾患としての水俣病の病態把握を懈怠・放棄しながら、法に基づいて水俣病の認定申請をおこなった関西原告、チエら膨大な認定申請患者を、むしろ末梢神経障害説に基づく52年判断条件により、認定から除外してきたのである。

(1) 同判断条件による「診断」が関西原告らを含む水俣病認定申請患者を棄却処分とし、あるいは長期保留としてきた事実は、関西訴訟高裁判決(判例時報1761号)、甲第218、265、272号証等に明らかなとおりである。
 52年判断条件はむしろ水俣病という<中枢>神経疾患の臨床像を「積極的に」除外してきた(今後も除外する)ものである(井形昭弘医師・甲第172号証ほか)。

(2) 同判断条件は、メチル水銀曝露により「人体」神経系の何処が傷害されるかの前提、すなわち責任病巣に係る医学的知見の基礎自体が誤っているのである。
 そもそも、責任病巣が異なるのであれば、それはまったく別の疾患なのである(二宮正医師『意見書』)から、同判断条件の運用は、検診・審査・処分の各段階で必然的に「誤診」を導く。
「52年判断条件は、水俣病に罹患しているか否かの判断、すなわちメチル水銀を原因として健康障害が惹起されたか否かを判断するための医学的知見を総合したものである」(『上告受理申立て理由書』)などとの主張は、とうてい首肯し得ない。
 「判断困難事例」の増加は、必然であった。「症候の組合せ」を要求すればするほど、病態からは乖離した正体不明・不存在の奇怪な疾患像が創作されていくのみなのである。

3(1) したがって、控訴人側がこれまで批判してきたとおりであって、同判断条件は、水俣病という中毒性<中枢>神経疾患の「臨床上の診断基準」たりえない。
 医学的には、神経疾患の通常の検診・日常的診断レベルに違背する誤診を導く。
 法的には、事実認定における対象疾患の病態自体を歪曲しながらの重大な事実誤認を必然的に導くものである。

(2) 52年判断条件は、水俣病に係る根本規定・救済法がその立法の目的・趣旨とする「迅速、公正・広汎、確実」な救済、同法が要請する要医療性とは違背する。
 そもそも、同判断条件に基づき水俣病患者を「臨床上」診断する、さらに治療方針を定立するなど、責任病巣に係る医学的知見の基礎自体の誤りからして不可能なのである。

(3) 以上、控訴人側は52年判断条件に法との目的適合性を見出すことはできない。
 被控訴人らの主張は、最高裁判決で水俣病に係る医学的知見として確定された中枢神経疾患説に敢えて違背し、むしろ従来主張・施策との整合性に関わる齟齬もしくは矛盾や補償問題等の「他事考慮」をもって同説を意図的に排除しつつ、医科学的根拠も不存在の末梢神経説をことさらに言いつのっているのみなのである。

 被控訴人らの主張また52年判断条件の運用は既に法目的への違背であり、法が要請する救済・補償の事実上の拒否である。すなわち、制度の濫用である

4 溝口チエの臨床所見

 第45準備書面で述べた溝口チエの臨床所見を、因果関係の立証要件3点(本書面の第4‐2‐(2)『上告受理申立て理由書』)に則して述べれば、チエの現存する資料及びその検討結果より、
チエの

・疫学的条件に関しては、
「メチル水銀に汚染された魚介類を摂取した事実(メチル水銀曝露歴)」

・有していた諸症状、特に四肢ないし口周囲という全身性の感覚障害に関しては、
「健康障害が生じている事実(健康障害)」

・「その健康障害が摂取したメチル水銀により生じたものである事実(メチル水銀の原因性)」

の3点が認められる。

 つまり因果関係が認められることが明らかである。
溝口チエが罹患し発症していた疾患は、中毒性中枢神経疾患「水俣病」である。

5 被控訴人による、チエに対する52年判断条件の機械的適用の批判

 「迅速かつ公正・広汎、確実な救済」を立法目的・趣旨とする救済法は、行政により不作為違法状態が生起・招来されるなど、そもそも想定外であったはずである。
 さらに、以下に列挙するような事態も、想定外であったはずである。

・行政が、水俣病認定申請患者を、未検診のままに放置する。

・行政が往診検診等も一切おこなわないまま患者は死亡するに至るなど、本件チエらのような事態を生じさせる。

・遺族が、審査の進捗状況につき絶えざる問合せを(本件控訴人は17年間も継続して)おこなっていたにもかかわらず、行政が「検討中」とのひと言のみで無視、放置する。

・そのあげく、行政が履行義務である病院(医療機関)調査を放棄し、もって関係資料を毀滅する。

・認定申請からは21年後という、異常な長期間の放置後に棄却処分とする。

・(本件のように)行政訴訟を提訴してなお、被控訴人から事実究明に係る釈明はない。

・行政が、自らの履行義務である調査責任放棄を棚上げしつつ、遺族に対しては、遺族感情などなんら考慮することなく、「チエ(母親)を解剖する方法も取り得た」「資料収集は控訴人でもおこなえた」などとの暴論を、法廷という公的な場において浴びせる。

 総じて、控訴人ならびにその遺族が今日にまで至らざるを得ないような経過など、法は、また被控訴人は想定済みであったとでもいうのであろうか。
 本件のような経過に「やむを得ない事情があった」などと、繰り返し重ねて言い得るのであろうか。

 救済法及びその施行令、公健法及びその施行令、また昭和46年事務次官通知、52年判断条件も、その審理・救済対象者を原則的に「生存患者」としていたはずである。
 未検診死亡者に係る本件のような不作為問題の発生など、「迅速かつ公正・広汎、確実な救済」を立法目的・趣旨とし、要医療性を原則とする法の想定外であったはずである。
 しかし、この点に係る被控訴人主張は、単に「死亡者にはなんら利益無し(被控訴人・第一審準備書面)。」という、責任放棄・実態究明放棄の極みともいうべきものである。

 さらに、諮問・審査・処分の対象「生存患者」とは、諮問の前提たる「公的検診」が要求する検診項目のすべてを、行政自らの手で完了させた者のはずである。

 ところが、本件審理の対象者すなわちチエは、不作為違法下の、未検診死亡者である。
 行政が要求するいわゆる「公的検診」の検診項目のすべてを完了した患者ではない。
 にもかかわらず、被控訴人は、自らの不作為違法下、意図的に放置したチエに対して、またチエと同様の未検診死亡者に対して、なんら別途の審査方法・審査基準も講じないまま長期間放置し、いわゆる「公的検診」が完了した生存患者と同様に52年判断条件を機械的に適用して棄却処分をおこなったものである。
 控訴人側は、被控訴人のこのような意図的・恣意的処分にはとうてい納得できない。

第8 国・熊本県らが過去、別件訴訟で主張していた医学的知見について

1 控訴人側は、<第6>で、国と認定審査会委員の医師・医学者らが中央公害対策審議会水俣病問題専門委員会という行政組織会議内部において、いかなる「その時々の医学的知見」を共有していたかを確認した。
 ここに確認するのは、国・熊本県らが、翌年の時点で、他の水俣病訴訟では、いかなる主張をおこなっていたのか、である。

 控訴人側は、甲第275号証として、水俣病第3次訴訟第一陣控訴審での同訴訟被告(国・熊本県ら)最終準備書面(1992年5月22日付け)抜粋を提出する。
 同訴訟(1980年5月21日提訴。一審判決は1987年3月30日。)における「病像に関する国・熊本県の主張」部分である。

2 甲第275号証等から確認し得た「感覚障害の責任病巣」に係る事項

(1) 本章の結論として、甲第275号証等から確認し得た事項は、次の3点である。

@ 国・熊本県ら(以下、単に「行政」ともいう。)は、1992年時点でメチル水銀化合物が人体に侵襲し、傷害する部位は(末梢神経に先行して)まず中枢神経系である。四肢末梢の感覚障害の責任病巣とは中枢神経である、との明確な認識を有していた。
 同訴訟で原告側が主張していた「水俣病においては末梢神経が先行して障害される」との医学的知見に対しては、むしろ否定的であった。

A 行政がこれまで訴訟等で主張してきた「その時々の医学的知見」の「その時々」、また「医学的知見」の内実とは、実際には、次のとおりであった。

(@)行政は、提出する乙号証(医学論文等)を取捨選択する、あるいはその一部分を摘示するにあたっては、訴訟ごと、また当該訴訟での原告側主張内容に対応して「その時々の」反論に有効・必要と判断したものを取捨選択して提出していたこと。
 つまり、行政は訴訟等における攻撃・防禦という法廷技術的発想にのみ終始していたのであって、ここに「水俣病の医学」に係る定見を有していたとも、事実(住民健康障害の実態)究明の意志が存していたとも認め難いこと。

(A)医学論文等の評価・解釈(行政が乙号証に基づいて示すとした「医学的知見」。水俣病関西訴訟の上告理由における「経験則」「定説」等。)は、「その時々の」自己の主張に都合のよい評価・解釈での使い分けであったこと。

 環境保健部長通知(52年判断条件)、「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議の意見」、「中公審答申」、「政府最終解決策」等行政文書も「その時々の」「紛争」への対応の必要に迫られての作成であった。

B 行政がこれまで本件また他の水俣病訴訟で提出してきた証拠の選別と評価・解釈、同証拠に基づくとしてきた主張とは、実際には、「その時々」に、意図的かつ欺瞞的に重ねてきたものであること。

 以上である。

(2) 控訴人側は、第3次訴訟被告最終準備書面よりの抜粋を以下に示すにあたり、これまでの水俣病各訴訟、本件行政訴訟における争点を明確にするために、同書面より抜粋する事項を、水俣病訴訟の共通争点たる「感覚障害の責任病巣」に限定する。

(3) 第3次訴訟第一陣控訴審で、原告患者側が依拠し主張していた医学的知見とは「水俣病においては末梢神経が先行して障害される」というものであった。
 国・熊本県は、その反論を最終準備書面の<3 感覚障害について>項(五)の(1)アの「b 末梢神経先行的障害説について」で述べている。以下の<3>項に抜粋する。

3 「b 末梢神経先行的障害説について」(甲第275号証72頁)よりの抜粋:
(控訴人側が抜粋した部分は、以下@ないしEのとおりである。ただし、番号、改行ならびに下線部は、控訴人側が施したものである)。

@ 「この点に関しては、熊本大学の宮川太平教授による
ラットを用いた実験がしばしば議論されるが、
メチル水銀の影響については種差が大きい等の理由から、
右実験結果を人にあてはめることのできないこと
は、被告国・県第五準備書面で説明したとおりであるから、ここでは繰り返さない。

A 「そもそも、水俣病の感覚障害について末梢神経の障害がどの程度関与しているか
については前述のとおり議論があるが、この点はさておくとしても
病理学的にみた場合、メチル水銀により末梢神経が先行的に障害されるとの点は否定的である。

B 「この点につき、多数の水俣病患者の剖検を経験してきた武内忠男博士は、
人体の場合は依然として中枢有意で末梢に比較的軽度の病変をみる事実は、
イラクの症例において同様である。
』(水俣病の病理学的追及の歩み・乙第三三四号証)
と述べており、

C 「黒岩博士らは
四肢末梢の感覚障害を有する水俣病認定生存患者の腓腹神経生検標本を正常人と比較した結果、『明らかな組織病理学的な異常所見は認められないと判断された。』とし、さらに同時に施行された電気生理学的所見と合わせて『患者の下肢遠位部の接―圧覚だけでなく痛覚の鈍麻についても
その責任病巣が腓腹神経などの末梢神経に存在しない可能性が強く示唆される。』と結論づけている(黒岩義吾郎ら「水俣病患者の感覚障害の研究」・乙第三三五号証)。

D 「また、徳臣博士らも、
同様に四肢末梢の感覚障害を有する水俣病認定生存患者について
短潜時SEP(脳波の一種)を調べて体性感覚路病変の部位診断を試み、
その所見が『感覚障害の発生起源として中枢性要因を示唆するものである。』と結論づけている。(徳臣晴比古ら「水俣病の感覚障害―水俣病におけるSEPについて」・乙第三三六号証)。

E 「そして、更にいえば、前記ラスタムらも、イラクのメチル水銀中毒事件について、
『結論的に、これまでに得られた病理組織学、電気生理学の知識では、メチル水銀中毒によっておこった末梢神経症という概念を確立することができない。」としているところである。」

(註・抜粋は以上である)。

4 「(五)感覚障害のみを呈する水俣病」との文言について

(1) この(五)の(1)の表題は、「感覚障害のみを呈する水俣病患者が存在する可能性について」である(同・72頁)。また行政がここで「水俣病」としているのは、抜粋したC、D項に明らかなように、自らが既に認定していた水俣病患者のことである。

 しかし、「感覚障害のみを呈する水俣病患者」といっても、行政は、そもそも、このような水俣病認定申請患者の認定申請を棄却処分としてきた。
 これまで、なんら疫学的実態調査(比較対照研究)もおこなわず、少数の初期・急性劇症型患者の病像を「経験上」、水俣病の「典型的」臨床像とし、かつ中枢神経疾患の臨床像は除外してきたのである。もとより認定などしてこなかったのであるから、この表題のような前提自体がそもそも不存在なのである。設問として成立し得ない。
 「感覚障害のみを呈する水俣病(患者)」などとの文言は、独自に、恣意的に設定した前提を、そのまま自らの結論として正しいと相互反復し首肯しているに過ぎない。
 ただし、「この最終準備書面においては」、である。

(2) 「この最終準備書面においては」というのは、水俣病関係医師・医学者らが、臨床所見として「感覚障害のみを呈する水俣病(患者)」が実際には存在するとの認識を有していた事実は原田正純『裁かれるのは誰か』(甲第51号証)68ないし69頁の1966年の第63回日本内科学会での勝木・椿・徳臣各医師の発言にあきらかな故である。また前掲中公審『議事速記録』中の井形医師らの発言、河野慶三氏(元・熊本県首席医療審議員)の発言(甲第145ないし147号証)に確認し得るとおりである。

 また「感覚障害のみを呈する水俣病」を除外した方針・意図は、甲第51、179号証の徳臣医師、前掲中公審『議事速記録』中の井形医師らの「他事考慮」発言に如実である。また実際の除外事例は、既に述べたとおり、甲第265号証等にあきらかである。

(3) この「感覚障害のみ」に関して、国・熊本県は、同(五)<(3)小括>項で次のとおり主張していた。
(審査会は感覚障害のみの場合に)「その感覚障害の原因について更に精密な再検査を実施し、その原因を追及するというようなことはしていない」。
 つまり病態の究明を放棄していた、ということである。

(4) 本件においても、被控訴人は、チエの感覚障害についてその疫学的条件、臨床所見の特徴、起因性を真摯に考察することなく、曝露歴を認めていながら「他の疾患の可能性」2点を曖昧・漠然と主張したにとどまっている。
 被控訴人は、控訴人側が詳論した除外鑑別診断による「他の疾患の可能性」の排除に対し、いまだなんらの有意な反論をおこなってはいないのである。
 被控訴人は、チエが生前に有していた四肢ないし口周囲すなわち全身性の感覚障害は「あきらかに腎疾患(尿毒症)に起因するニューロパチーである」とも「多発性脳梗塞によるものとして確定診断し得る」とも述べてはいない。
 つまり控訴人に対して、「チエはメチル水銀曝露歴を有する。が、四肢ないし口周囲すなわち全身性の感覚障害は、明らかに、メチル水銀曝露には起因しないものである」と明確に反論する、自らの主張を立証するなど、なんらおこなってはいないのである。

 また原判決も、チエの全身性の感覚障害、その起因性について「健康な人間であっても、全くしびれを感じたことがない者はまれである」、「長年農作業等の身体的負荷の高い労働に従事していた」等とするなど、被控訴人と同レベルでの理由をもって、チエの感覚障害についてなんら真摯に考察することもせぬまま、判決文を作成したのである。

5 国・熊本県の「感覚障害の責任病巣」認識について

(1) 国・熊本県が、第3次訴訟被告最終準備書面で主張していた医学的知見とは、概略次のとおりである。

「水俣病とはイラクで起きたメチル水銀中毒事件(本件甲第59,60号証)と同じくメチル水銀中毒症である。」
「水俣病においては、原告患者側が主張するように『末梢神経が先行的に障害される』というよりは、むしろ、もっぱら中枢神経が障害される。中枢神経疾患である。」
 すなわち水俣病とはメチル水銀中毒症であり、感覚障害の責任病巣はもっぱら中枢神経である、というものであった。

(2) これは本件「控訴人側の」主張内容、また関西訴訟団の控訴審での主張内容と同一である。
 つまり、国・熊本県らは、感覚障害の責任病巣について、

・第3次訴訟では末梢神経障害説をむしろ否定して中枢説を主張していた。

・関西訴訟控訴審、本件行政訴訟では中枢説を無視ないし軽視しつつ末梢神経障害説を主張してきた。

・国・熊本県らの「医学的知見」とは、このように、訴訟ごと、また原告側主張に対応しての「その時々」で異なる。場合によっては正反対なのである。

・しかしまた、被控訴人らは、水俣病においては末梢神経が障害されるとの医学的知見を述べながら、感覚障害以外の他の症状の責任病巣については次のようにすべてを中枢神経が損傷されることに起因すると説明し主張をおこなってきたところでもある。

 「運動失調、構音障害は小脳の損傷に起因する。」「難聴は後迷路性(中枢性)であり側頭葉横側頭回の損傷に起因する。」「求心性の視野狭窄は後頭葉鳥距野(視覚-周辺部視野-の中枢)の損傷に起因する。」
 もとより被控訴人らは、水俣病の感覚障害は大脳皮質(頭頂葉中心後回)体性感覚野が直接損傷されることに起因すること自体を否定してはいないのである。
 控訴人側は、被控訴人に医学的知見と言い得る定見があるのか自体、疑問である。

(2) 被控訴人は、「メチル水銀中毒症では末梢神経病変は常に確認されている」との主張根拠として『WHO環境保健クライテリア 1 水銀』(乙第67号証)、『IPCSクライテリア101 メチル水銀』(乙第68号証)を挙げている。
 しかし、WHOが両クライテリアの作成にあたり医学的知見の基礎資料としたのは、『スェーデンレポート』(1970年。)、イラクでのメチル水銀中毒事件についてのバキルら報告書等なのである。
 この2点の文献について、

・病理学的所見については、本書面の第5‐5‐(3)で述べたとおりである。

・臨床所見、特にイラク事例報告論文に関し注目すべき事項とは、メチル水銀中毒症においては感覚障害が初発・必発症状であること。しかも曝露量の増大に比例して機械的に運動失調・構音障害・求心性視野狭窄・難聴等「症候の組合せ」が(被控訴人第一審準備書面一覧表のように)必ず出現するのではないこと、メチル水銀曝露量の増大にもかかわらず「感覚障害のみ」の症例が確認されていたこと、である(第35準備書面)。

・また、環境省は『水銀汚染対策マニュアル』(2001年・甲第56号証)で、このイラク等の報告事例に基づき、曝露量‐生体反応関係から、感覚障害が水俣病の初発・必発症状であることを解説している。のみならず、同マニュアルの発行年には、水俣市で開催された水銀国際会議で同マニュアルを配布もしているのである。

(3) さらに、「感覚障害の責任病巣」に関しては、この第8‐3で抜粋した項目C「黒岩博士ら」の腓腹神経(末梢感覚神経)生検研究とは、このテーマに関わってきた永木譲治、大西晃生両医師らとの共著論文として、1970年代後半以来たびたび報告され、『水俣病に関する総合的研究』(環境庁・日本公衆衛生協会)に収録されてきた。いずれも「末梢神経が傷害される」との主張を否定する内容の論文である。
 また、同抜粋項目Bの武内忠男博士「水俣病の病理学的追及の歩み(乙第三三四号証)」とは、国・熊本県が、第3次訴訟で、原告主張の末梢神経障害説を否定する根拠として提出したものであるが、同論文は、本件では、被控訴人が末梢神経障害説の根拠として提出している同医師「水俣病の病理総論(乙第3号証)」とともに、『水俣病―20年の研究と今日の課題』(青林舎・1979年)に収録されているものである。

(4) 被控訴人ら(訴外・国ら)の「その時々の医学的知見」の「その時々」とは、以上のとおり、第3次訴訟、関西訴訟、本件行政訴訟と、訴訟ごと、かつ当該訴訟での原告側主張、特に「感覚障害の責任病巣」に係る主張をことさら否定する目的をもって、その目的のためには有効・必要であると「その時々に」判断した資料またその一部分を乙号証として取捨選択し、評価・解釈を加え、法廷等に提出していたということである。

(5) ここに至って、控訴人側は、被控訴人の病像論に係る定見とは、いったいいかなるものであるのか、そもそも被控訴人は、水俣病の医学的知見につき定見と言い得るなにものかを有しているのか否か自体に疑問を抱かざるを得ない。

 被控訴人らに、チエの水俣病被害に関わる事実究明を今後当法廷で、また施策として行なう意志があるのか否か自体、疑わざるをえない。

 一方の訴訟と他の訴訟とで、さらにまた原告側の主張内容に対応しての「その時々」の反論目的のためには有効・必要であると判断した証拠を選別する。場合によっては、その証拠の評価・解釈、またそれに基づく「医学的知見」を異にする。主張内容自体を反転さえするとは、いったい、どういうことであるのか。
 特に水俣病訴訟の最大争点、メチル水銀曝露に起因する「感覚障害の責任病巣」と、その臨床像について、被控訴人らの実際の認識とは、いったいいかなるものであるのか。
 これまでのどの訴訟で提出したいかなる準備書面において、あるいは行政不服審査請求のどの弁明書において主張していた内容こそが被控訴人の真正の認識であるというのか。

 法廷等における審理は、事実の追究・確認を旨とし基礎とするものであるはずである。 その審理において、事実認定の基礎たる証拠の選別を恣意もしくはなんらか一定の方針に基づく意図をもって行なう。また証拠の評価・解釈と、それに基づく主張については、場合によっては従前の主張を翻す。あるいは他の訴訟では正反対の主張を行なうなど、被控訴人が主張する因果関係の立証要件、蓋然性、証拠方法なるものと、いったいいかなる関係性、整合性があるというのであろうか。

 控訴人側は、被控訴人が水俣病の病像論という同一案件の同一論点について、各々の訴訟ごと、かつ当該訴訟での原告患者側の主張に対応しつつ、意図して証拠を選別し、その評価・解釈、主張内容を使い分けるなどという行為は、およそ禁反言の法理を踰越するものであって、到底許されるべきことではないと考える。

 このような、場合ごとの「使い分け」(中公審『議事速記録』中の井形医師ら発言。)は、被害の規模と実態、また水俣病の病態を真摯に究明・把握するべき義務を負う行政(しかも国・熊本県は加害者の位置にある。)として実質上の責任放棄であり、水俣病に係る健康被害実態の隠蔽であると考える。
 被控訴人の行為は、本件のみにとどまらない、水俣病に関してこれまでに提起された行政不服審査請求また訴訟等の審理において虚偽の主張を積みかさねてきたものとして、審理に対する証明妨害行為の連続であったとして、厳しく批判されるべきであろう。
 本件行政訴訟は、被控訴人が不作為違法下にあって、かつ未検診死亡者であるチエの病院調査義務を放棄し、もって関係資料を毀滅したなどという幾重もの意図的な不作為の経緯を有する。
 控訴人側は、もとより行政訴訟として圧倒的な資料の偏在にあって、かつ被控訴人が訴訟提起以降も求釈明になんら応答もせぬままの状況にあって、関係証拠資料を探索し、チエの水俣病罹患事実を述べてきたところである。

 しかし、行政の不作為により被害民・その遺族がこのような経緯を辿らねばならないとは、そもそも法が想定していた事態だったであろうか。

 国・熊本県知事らは、1956年水俣病公式報告以降、水俣湾及び不知火海沿岸一帯地域住民の健康被害の実態究明に努めるべきところこれを放棄し、不作為を重ねてきた。
 控訴人にとって、水俣病事件史とは、国・熊本県・チッソ、昭和電工らによる被害民の放置、すなわち意図的な不作為による証明妨害の歴史そのものである。

 被控訴人らにより、救済法、公健法の立法目的・趣旨など、チエ生前の資料と同様に、とうに毀滅されていたのであり、医科学的根拠を有する知見も、現在なお毀滅され続けているのが現状であろう。

 控訴人は、本法廷においてこそ、水俣病事件史に関わる事実の究明がなされることを、事実が事実として認められ、法の目的・趣旨がここに具現することを、司法による水俣病行政の矯正を俟ちつつ、望むものである。

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