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被控訴人側第1準備書面

平成20年(行コ)第6号
水俣病認定申請棄却処分取消、水俣病認定義務付け請求控訴事件

控訴人  溝口秋生
被控訴人 熊本県知事ほか1名

平成20年10月3日

福岡高等裁判所第5民事部ヌ係 御中

被控訴人ら訴訟代理人
柴田憲保
斉藤修

被控訴人ら指定代理人
佐久間健吉
平野朝子
松本剛
大澤玄瑞
森永英晃
吉田尚弘
川本日子
赤谷圭介
児玉喜明
高武政司
下田一博
村田信一
駒崎照雄
田中彰浩
中山広海
真田龍一
木脇弘二
後藤浩
藤本聡
山上智昭
二宮守
山鹿公嗣
大村英哉
猿渡正則
前田弘明

第1 はじめに
 1 本件事案の概要
 2 本件の争点
 3 被控訴人の主張の骨子
  (1)争点@について
  (2)争点Aについて
第2 争点@(本件申請者が救済法上の水俣病と認められるか否か)について
 1 本件申請者には水俣病であることを示す症侯が認められないこと
  (1)救済法における水俣病の意義
  (2)本件申請者には水俣病であることを示す症侯が認められないこと
  (3)本件診断書に関する控訴人の主張は誤っていること
  (4)小括
 2 本件申請者の症状の発症時期からすると、メチル水銀汚染の影響によるものである可能性は極めて乏しいこと
 3 本件申請者に見られるとされる症状の原因が他疾患である可能性があること
 4 控訴人のその余の主張について
  (1)46年通知と52年判断条件について
  (2)52年判断条件の医学的正当性について
  (3)原判決と関西水俣訴訟判決について
第3 争点A(本件処分に手続的瑕疵があるか否か)について
 1 控訴人の手続的違法に関する主張自体が失当であること
 2 本件処分の手続に違法はないこと
  (1)処分手続について
  (2)本件処分に至るまでの経緯
  (3)本件処分に係る事情について
  (4)本件処分に係る事情に対する控訴人の主張について
  (5)まとめ
第4 本件義務付けの訴えは却下されるべきであること
第5 控訴人第46準備書面における求釈明の申立てに対する釈明
第6 結語

 被控訴人は、本準備書面において、原審における主張を整理・補充し、控訴人第45準備書面及び同第46準備書面に対して必要と認められる範囲で反論するとともに、控訴人第46準備書面における被控訴人に対する求釈明の申立について、必要と認める範囲で釈明する。
 なお、略称は、新たに用いるもののほか、原判決の例による。

第1 はじめに

1 本件事案の概要
 本件は、溝口チエ(以下「本件申請者」という。)が救済法に基づき水俣病の認定申請をし、その次男である控訴人がその地位を承継したのに対し、被控訴人熊本県知事(以下「被控訴人」という。)が棄却する処分(以下「本件処分」という。)をしたことから、控訴人が、同知事に対し、本件処分の取消し及び本件申請者が水俣病であると認定する旨の処分の義務付けを求めた事案である。原判決が、取消請求を棄却し、義務付け請求に係る訴えを却下したため、これを不服として控訴人が控訴したものである。

2 本件の争点
 本件訴訟の争点は、
 @本件申請者が救済法上の「水俣病」と認められるか否か(実体的違法の有無)
 A本件件処分に手続的瑕疵があるか否か(手続的違法の有無)
 である。

3 被控訴人の主張の骨子(原審における被控訴人最終準備書面1ないし4ページ)

(1)争点@について

ア 救済法における「水俣病」と認められるか否かは医学的な判断によるものであり、医学的に水俣病であることを示す症候が認められない場合には、当該申請者は、救済法にいう「水俣病」と認定されるべき者に該当しない。本件申請者についでは、そもそも、医学的にいう水俣病であるこを示す症候が認められないから、「水俣病」と認定されるべきでない。
 これに対し、控訴人は、主としてS医師(以下「S医師」という。)作成の診断書(甲第2号証及び本件申請者に係る審査会資料等(乙第28号証、同98号証)に基づき、本件申請者には、四肢末端の知覚鈍麻などが認められるから水俣病と認定すべきであるなどと主張する(平成20年6月16日付け控訴人の第45準備書面(以下「控訴人第45準備書面」という。)2、142、149ないし54ページ)。しかしながら、同診断書のみで控訴人が主張する症候を認定することはできないし、他の検診結果等に照らしても、本件申請者には水俣病であることを示す症候が認められない。
 したがって、本件申請者は、救済法上の「水俣病」と認定されるべきものとはいえない。

イ 本件申請者については、水俣湾周辺地域に濃厚な汚染のあった昭和33、34年から約15年も経過し、かつ、一般住民や漁業関係者の頭髪水銀濃度の最大値が発症閾値を大きく下回った昭和43、44年から約5年を経過した昭和49年ころになって、初めて症状が出現したというのであるから、その症状が水俣湾におけるメチル水銀汚染の影響によるものである可能性は極めて乏しいものである。
 また、水俣病は、メチル水銀が神経系(中枢神経と末梢神経の両方を含む。)を障害することにより、四肢末梢の感覚障害、運動失調、平衡機能障害、求心性視野狭窄等の各種の神経症状を呈する疾患であるが、これらの症候はそれぞれ他の疾患によっても見られるものである。したがって、仮に控訴人に水俣病に見られる上記の症候のうち何らかの症候が認められたとしても、様々な他疾患との鑑別診断を行う必要があるのであって、そのような鑑別診断を経ないで、直ちに本件申請者が水俣病であるといえるものではない。ところが、本件申請者についてこのような鑑別診断はされていない。
 ところで、救済法上の「疾病」概念は医学的知見に基づくものであるから、救済法上の指定疾病は医学的知見に基づいて当該疾病に罹患していると診断されることを前提としていると解される。また、水俣病の診断は、医学的には各種の症候の組合せによる症候群的診断によらざるを得ないところ、環境庁(当時)は、昭和50年に、熊本県、鹿児島県、新潟県及び新潟市の認定審査会の委員等、水俣病の専門家17名からなる水俣病認定検討会を設置し、水俣病の範囲に含めて考えられる症候の組合わせを整理し、臨床上の診断基準として52年判断条件を定めたものであり、同判断条件の医学的正当性は医学の専門家の間でコンセンサスが得られている。52年判断条件が公害健康被害補償法の下で「水俣病」と認定を受けるための基準であるのに対して、関西水俣訴訟最高裁判決は国及び県の規制権限不行使によって健康被害が生じたとして損害賠償を求める訴訟であるから、原判決も正しく認めたとおり(49ページ)、関西水俣訴訟最高裁判決が52年判断条件等の合理性について何ら判断していないことは明らかであり、同判決は、本件訴訟に影響を与えるものではない。

(2)争点Aについて

ア 控訴人は、本件申請に対する棄却処分が遅れたことや医療機関の資料を収集しなかったことが、棄却処分の取消事由となり、あるいは、水俣病と認定すべき義務を生じさせる旨主張する(控訴人第45準備書面5ないし10、197ないし203ページ)。
 しかしながら、救済法はその3条1項で水俣病患者認定の要件を規定しているところ、同項及びこれを受けた公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法施行令1条別表6が規定する認定の要件は、「水俣病にかかっている者」のみであり、しかも、「水俣病にかかっている者」に該当するか否かは、医学的知見に基づいて判断きれるべき事柄なのであるから、そもそも、控訴人が主張する「申請に対する処分の遅れたこと」は認定の処分要件ではない。また、本件においては、医療機関調査の段階において保存期間経過等によりカルテ等が廃棄されていたものであって、「医療機関の資料を収集できなかったこと」によって廃棄処分が違法となるものではない。

イ 本件申請者は、昭和49年8月1日付けで水俣病認定申請をしたが、神経内科及び精神科については未検診のまま、昭和52年7月1日に死亡しており、病理解剖は実施されていない。そして、被控訴人(熊本県知事)は、平成6年6月13日付けで水俣市立病院に医療機関調査として文書照会したが、保存期間経過等によりカルテは存在しなかった。被控訴人熊本県知事は、平成7年7月12日付けで審査会に諮問し、同月31日付けで「判断するための資料が揃っていないため判断できない」旨の答申を受け、同年8月18日付けで棄却処分を行った。
 ところで、昭和48年3月にチッソの損害賠償責任を認めた熊本水俣病第一次訴訟判決が言い渡されたこと、同年7月に水俣病患者東京本社交渉団とチッソとの間で補償協定が締結されたことなどから、水俣病認定の申請者数が増大し、未処分件数は、昭和49年度未には2821人に上り、本件申請者が死亡した昭和52年度未には4731人となった。未処分件数は、その後も増え続け、検診医の不足もあって、昭和53年度から昭和61年度までは5000件前後で推移した。このような事情の中で、被控訴人(熊本県知事)は検診の促進に努め、本件申請者については、その死亡までに眼科及び耳鼻咽喉科の予診及び本診は行われたが、神経内科及び精神科の検診は未了となった。未処分者の滞留する中で、被控訴人(熊本県知事)は、生存者の処分を優先せざるを得ず、また、未検診死亡者の処分はそれ自体極めて困難であったことから、本件申請者については昭和56年の未検診死亡者の諮問中断までの間に医療機関調査及び諮問が行われるに至らず、その後、平成6年度になるまで、本件申請者を含む未検診死亡者の医療機関調査等に本格的に着手できなかった。
 本件申請者に対して、申請から死亡までの約3年の間に検診が完了せず、死亡から医療機関調査が行われるまで17年が経過したのは、以上の事情によるものであって、やむを得ないものであった。

(3)以下、各争点について、被控訴人の主張を整理・補充するとともに、控訴人第45準備書面及び同第46準備書面に対して必要と認められる範囲で反論する。

第2 争点@(本件申請者が救済法上の水俣病と認められるか否か)について(原審における被控訴人最終準備書面4ないし48ページ)

1 本件申請者には水俣病であることを示す症候が認められないこと(原審における被控訴人最終準備書面5ないし11ページ)

(1)救済法における水俣病の意義

ア 救済法は、「この法律において『指定地域』とは、事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じたため、その影響による疾病が多発している地域で政令で定めるものをいう。」(2条1項)、とした上で、「地域指定の全部又は一部を管轄する都道府県知事は、当該指定地域につき前条項第2項の規定により定められた疾病にかかっている者について、その者の申請に基づき、公害被害者認定審査会の意見をきいて、その者の当該疾病が当該指定地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を行う。」(3条1項)と規定している(乙第52号証)。そして、救済法の委託を受けた公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法施行令1条別表6は、認定業務の対象とすべき疾病について「水俣病」と規定しているにすぎない(乙第53号証)。
 このように、救済法は「水俣病」がいかなる疾病であるかについては具体的に規定していないところ、「水俣病」という概念は、医学上の水俣病以外にあり得ないから、救済法3条は、医学的に水俣病と診断し得る者を認定の対象とすることは明らかにするものであり、どのような者を水俣病と医学的に診断し得るかということについては、医学的知見にゆだねると趣旨と解するのが相当である。

イ したがって、医学的に水俣病であることを示す症候がそもそも認められない場合には、当該申請者が救済法にいう「水俣病」と認定されるべき者に該当しないことは明らかである。
 この点、原判決も、「救済法及びその施行令は、救済の対象とすべき疾病としては「水俣病」とのみ規定しており、「水俣病」とはいかなる疾病であるかについて規定していないことからすれば、同法は医学的にみて水俣病と判断しうる者を救済の対象とするとともに、どのような者を水俣病と医学的に判断し得るかということは、その時々の医学的知見に委ねていると解するのが合理的かつ相当である」としており(原判決48ページ)、正当である。

(2)本件申請者には水俣病であることを示す症候が認められないこと

ア 水俣病であることを示す症候
 水俣病は、メチル水銀により神経系の特定部位(1箇所とは限らない。)が傷害される疾病であるため、傷害された部位に対応する神経症候である、

@四肢末端優位の感覚障害
A運動失調
B平衡機能障害
C求心性視野狭窄(両側性)
D中枢性障害(眼科、眼球運動異常)
E中枢性障害(耳鼻科、後迷路性難聴の聴力障害)

などの症候がみられる。
 そして、神経症候の把握は、診察の際の患者の応答により行わざるを得ないことが多いため、その把握には専門的熟練を必要とするのであり、水俣病の症候と認めるために医学的な有効な一定の所見は、技術的熟練や、解剖学、生理学等の医学的専門知識とともに、豊富な経験を有している医師が、客観的に公正な検診を行うことにより、初めて得られるものである。なお、上記の主要症候は、それぞれ他の疾患によっても見られる場合があるから、類似症候をもたらす他疾患との鑑別においても、高度の神経学的知識が要請されるところである。

イ 本件申請者についての症候に関する資料

(ア) 自覚症状に関する資料の記載内容

a 本件申請者が昭和49年8月1日に認定申請を行った際の認定申請書(甲第1号証)の「健康状態の概要」欄には、「手足のしびれ、歩行の不自由、よだれが出る、味が良くわからない」と記載されている。

b 本件申請の際に提出されたS医師作成の診断書(甲第2号証、以下「本件診断書」という。)の「傷病名」欄には、「病名不詳、自覚的には四肢のしびれ感、歩行のふらつき、流涎があり、血圧162〜80粍水銀柱。四肢末端に知覚鈍麻を認める。水俣湾の魚介類を多食していたとの訴えから精査を必要と考える。」と記載されている。

c 熊本県が昭和52年7月13日に本件申請者の次男夫婦に対して実施した疫学調査記録(乙第24号証)には、「S47年頃から味がしなくなったと訴えだし、足が痛い為、米ノ津のマッサージに通っていた。この頃から毎日、ボヤーッとして座っている日が多くなりだす。」と記載されている。

d 環境庁特殊疾病審査室が平成8年11月8日に控訴人らを審尋した際の審尋録取書(甲第3号証)には、本件申請者の症状等として、「よだれを垂らしながらポヤーッとしていることがあった。」、「食事を自分でつくっていたので、味をみせてもらったところ、ものすごい味付けになっていた。聞いてみたところ、辛いのかあまいもわからない、口の中が何も感じないといっていた。」、「耳は遠く目も悪かった。」、「歩き方もおかしかった。」と記載されている。

(イ) 検診結果
 本件申請者について、客観的で公正な検診結果として得られているのものは以下のとおりである。

a 求心性視野狭窄について
 ゴールドマン視野計による検査において、左右ともに視野狭窄及び視野沈下は認められない(乙第28号証の1・2枚目Wの2)。

b 中枢性障害(眼科、眼球運動異常)
 眼球運動検査の結果、滑動性追従運動障害で軽度の異常が認められるが、中枢性眼球運動障害のもう一つの重要な判断要素である衝動性運動で異常が認められない(乙第28号証の1・2枚目Wの3)。

c 中枢性障害(耳鼻科、後迷路性難聴の聴力障害)
 純音聴力検査の結果、感音性難聴のパターンが得られているが、聴感疲労現象は認められず、更に語音聴力は正常範囲であることから、後迷路性難聴は認められない(乙第28号証の1・2枚目Xの1)。

d 平衡機能障害
 視運動性眼振検査と眼振検査が実施されている。眼振検査では異常はみられず、視運動性眼振検査の結果は、水平方向はデータ不良であった(乙第28号証の1・2枚目Vの2及び3)。ここにいうデータ不良とは、非注視のときによくみられるパターンであり、異常を示すデータが得られたという意味ではない。視運動性眼振検査の垂直方向については、本件申請者が頭がふらふらして気分が悪くなったため、検査を続行できず、データが得られなかった(乙第23号証)。

ウ 本件申請者に水俣病であることを示す症候が認められないこと

(ア)@四肢末梢優位の感賞障害が認められないこと
 本件申請者については、上記アの@四肢末梢優位の感覚障害の存在を裏付ける客観的で公正な検診結果は得られていない。上記アの@の自覚的な神経症状に関する資料が存在するものの、それらは、いずれも本件申請者の自覚症状を聴取して収録されたものにすぎず、客観的な検診に基づくのとはいえない。
 また、本件診断書に「四肢末端に知覚鈍麻を認める。」と記載されているものの、どのような検査を実施したかについで何ら説明はされておらず、さらに、同診断書を作成したS医師も「問診に頼っていました。」(甲第40号証2及び3ページ)と述べていることからすると、本件診断書の上記記載は、本件申請者の申立てを聴取した結果を記載したにすぎないものと認められる。
 したがって、本件診断書のみでは医学的に客観性のある認定資料としては不十分であり、本件申請者については、@四肢末梢優位の感覚障害が認められるとは言い難い。
 この点、原判決も、「しびれや知覚鈍麻という感覚検査は、上記のとおり患者の主観によるところが大きいという性質上、神経疾患の中でも診断の難しいものであるから、確実な診断を行うためには検査を重ねた上で慎重に判断する必要があるものであり、上記S医師による本件診断書の記載のみをもって、チエに四肢末梢優位の感覚障害があったと認めることはできない。」(原判決51ページ)と判示しており、正当な判断である。
 これに対して、被控訴人は、被控訴人が水俣病総合対策医療事業として、平成7年の政府最終解決策において医療手帳を交付し、平成17年の同事業拡充後には保健手帳を交付しているところ、その交付に際しては、民間医師らによる簡便な検査により感覚障害の確認を行っていることを根拠に本件診断書の記載のみから本件申請者の感覚障害を認定すべきであると主張するようである(控訴人第45準備書面126ページ)
 しかしながら、医療手帳の交付に当たっては、熊本県が指定した医療機関による公的検査において詳細な感覚検査を実施することとされており、そもそも控訴人の上記指摘は前提となる事実関係を欠く。四肢末梢優位の感覚障害を認めるには、客観的な検診に基づく資料が必要であることは、上記アに述べたとおりである。
 また、保健手帳は、環境保健行政の推進という観点から実施されているものであって、必ずしも「水俣病にかかっている」ことを交付の要件とはせず、水俣病にも見られる一定の症状を有する者をより広く救済するという施策目的に沿って運用されているものである。したがって、上記控訴人の主張は失当である。

(イ)A運動失調が認められないこと
 A運動失調に関しても、本件申請者については、客観的で公正な検診結果は得られていない。
 さらに、原判決においても「チエの運動失調については、検査結果等の証拠は何ら存在しない。」、「S医師も、運動失調が認められた場合には診断書に記載していたと思う旨述べているのに(甲40)、本件診断書にはチエに運動失調を認めたとの記載はない。」などの事情を理由に、「客観的にチエに運動失調の存在を認めるには足りない。」と判示しており、(原判決52、53ページ)本件申請者については、A運動失調が認められないことは明らかである。なお、控訴人は、本件診断書の「歩行のゆらつき、流涎」の記載を他覚的所見であると主張するようであるが(控訴人第45準備書面128ページ、平成20年7月28日に実施された原田正純医師の証人調書(以下「原田医師証人調書」という。)24、29ページ)、同診断書やS医師作成の同種診断書の各記載を見れば、「歩行のゆらつき、流涎」に関する記載は客観的数値を示した血圧より前に置かれており自覚症状にすぎないことが明らかであるし(甲第259号証1ないし14ページ)、また、S医師自身も本件申請者の診断内容について「運動失調も認められれば診断書に記入していました。」(同医師の陳述書・甲第40号証)と述べていることからして、これをもって、連動失調の存在が認められるものではない。

(ウ)B平衡機能障害が認められないこと
 眼振検査では異常が見られなかったこと、視運動性眼振検査では平方向かデータ不良で、垂直方向のデータが得られていないことからすれば、平衡機能障害は医学的に確認できていないといわざるを得ない。
 したがって、原判決においても「眼振検査においては異常は見られず、視運動性眼振検査においては、水平方向データが不良で、垂直方向については検査結果が得られていない」こと等を理由に「平衡機能障害の存在をうかがわせるに足りるものではない。」と判示されている(原判決53ページ)とおり、本件申請者については、B平衡機能障害は認められないというべきである。

(エ)C求心性視野狭窄、D中枢性障害(眼科、眼球運動異常)及びE中枢性障害(耳鼻科、後迷路性難聴の聴力障害)が認められないこと
 上記イ(イ)の客観的で公正な検診結果に照らせば、本件申請者については、上記アのC求心性視野狭窄(両側性)、D中枢性障害(眼科、眼球運動異常)及びE中枢性障害(耳鼻科、後迷路性難聴の聴力障害)が認められないことは明らかである。

(3)本件診断書に関する控訴人の主張は誤っていること

ア 控訴人は、控訴人第45準備書面119ページにおいて「被告は、S医師の診断書が審査の資料として不十分であり、証拠価値が低い旨主張するが、そもそも審査資料の欠落(実質的にはS診断書のみ)という状況をつくったのはもっぱら被告の責任である。」などとして、「S医師の診断書の証拠価値を高く評価し、そこに記載された内容を真実と認めるべきである。」と主張する。
 しかしながら、本件診断書(甲2号証)における診断内容では水俣病と認定するに足りないことは上記(2)のとおりであり、控訴人は、S医師がいかなる条件、状況の下に、いかなる診断をし、その診断結果がどのようなものであったかについて何ら検討することなく、合理的でない根拠に基づいて本件診断書の証拠価値を高く評価すべきであるなどとしているだけであって、控訴人の同主張は、法的な根拠が一切なく、およそ採用され得る主張ではない。

イ また、控訴人は、診断書を作成したS医師について、「水俣病診察の最先端の医師の一人であった」(控訴人第45準備書面110ページ)として、診断書を高く評価すべきとしているが、診断書の証拠価値が高いか否かは、診断書を作成した医師の経歴のみでなく、上記のとおり、当時、その医師がどういう条件、状況の下で対象者を診断し、いかなる診断をしているかの検討が不可欠なのであって、この点を何ら検討していない控訴人の同主張は全く説得がないし、そもそも、S医師自身が、「水俣病については学校でもまだ話題にならず、インターン後、ぼちぽち伝え聞いた位です。(中略)水俣病の申請には、開業医の診断書が必要であるとの事で、かかりつけでない人達(例えば溝口さんのような人)も次々に来られました。私は専門的な検査を多くの人に受けて欲しいと思っていましたので、開業医の中では多数の人々に診断書を書いた方だと思います。(中略)診断書の表層的な内容は、(疫学的にも化学的にも充分な検討をする余裕がなかった)そんな状態の時おこったもので、水俣病の医学的な問題もまだまだ手探りの頃でした。(中略)そのまま受け取っていただいて結構です、ただ、当時如何にも私が水俣病についての知識が充分あったと思われたら、他の開業医並でしたから、残念ながら診断書にはあのように「病名不詳、精密検査を必要と考える」としか書けなかったのです。診療の第一線では疑いが少しでもある人をふるいにかけて申請してもらう事を目的としていたからです。」と述べているのであって(甲第270号証)、本件診断書をもって各種の症候の存在を認め、水俣病であると認定するこど到底不可能なのである。

(4)小括
 もとより、上記の主要症侯が単独で認められるからといって水俣病と診断できるものではないが、本件申請者については、以上のとおり、水俣病であることを示す単一の症侯すら認められないというべきであり、本件申請者が水俣病にかかっているとは認められない。原判決も「そもそもチエについては症状に関する客観的な資料に乏しいというほかなく、(中略)チエが水俣病であったことを示すに足りる症状の存在を証拠上認めることはできない」(原判決54ぺ一ジ)と正当に判示している。
 したがって、本件申請者については、水俣病であることを示す症侯の組合せを検討するまでもなく、救済法上の水俣病と認定されるべきではないといわざるを得ない。

2 本件申請者の症状の発症時期からすると、メチル水銀汚染の影響によるものである可能性は極めて乏しいこと(原審における被控訴人最終準備書面11、12ぺ一ジ)

(1) 一般に、発症閾値のある中毒物質による中毒症状は、中毒物質を生体内に取り込んだ後、その蓄積量が発症閾値を超えなければ発症することはない。そして、蓄積量が発病閾値に達しない段階で中毒物質の摂取を中止すれば、その後、蓄積されていた中毒物質は体外に排出されるから、蓄積量は減少することになる。したがって、中毒物質の蓄積量が発症閾値に達しない段階で摂取を中止すれば、それ以後、同中毒物質を原因とする症状が発症することは考え難い。

(2) 水俣病はチッソ水俣工場のアセトアルデヒド生産工程から排出されたメチル水銀を中毒物質とする中毒症状であるところ、漁業関係者を含めた水俣市住民の頭髪水銀濃度は、同工場からのメチル水銀化合物の排出が止まった昭和43年以降は昭和30年代半ばに比べ大きく低下しており、昭和44年以降は他の地域と同程度になっている。また、昭和48年ないし昭和60年に剖検された水俣地区在住者の臓器内メチル水銀濃度は、大脳、小脳、肝臓、腎臓とも対照地区(茨城県)と同程度まで低下しているとの調査結果がある。加えて、出生児の臍帯中水銀濃度も、昭和30年から昭和35年ころをピークにに年々低下し、昭和43年以降は非汚染地域の濃度と同程度に至った(乙第108号証5ページ等)。

(3) ところが、本件申請者の認定申請書(甲第1号証)によれば、本件申請者に「手足のしびれ」、「歩行の不自由」、「よだれが出る」、「味がよくわからない」という症状が出現し始めたのは、昭和49年1月末ころであるとされている(なお、控訴人から聴取した疫学調査書(乙第24号証2枚目)及び控訴人の審尋録取書(甲第3号証2枚目)によれば、本件申請者は昭和47年ころから各種症状が出現したとされているが、仮にこれらの症状が実際に出現していたとしても、その時期については、本件申請者自身が本件申請当時に作成した上記認定申請書の記載の方が信用性が高いことは明らかである。)。
 したがって、本件申請者については、水俣湾周辺地域に濃厚な汚染のあった昭和33、34年から約15年も経過し、かつ、頭髪水銀濃度の調査対象集団における一般住民や漁業関係者の同濃度の最大値が発症闘値を大きく下回った昭和43、44年から約5年を経過した昭和49年ころになって初めて症状が出現したというのであるから、その症状が水俣湾におけるメチル水銀汚染の影響によるものである可能性は極めて乏しいものである。

3 本件申請者に見られるとされる症状の原因が他疾患である可能性があること (原審における被控訴人最終準備書面12、13ぺ一ジ)
 仮に、本件申請者が四肢末梢優位の感覚障害、運動失調、平衡機能障害等の水俣病に見られる各種の症侯のいずれかを実際に有していたとしても、原審における被控訴人第1準備書面第2の2(2)で述べたとおり、これらの症侯は、それぞれ他の疾患によっても見られるものである。具体的には、四肢末端ほど強く現れる感覚障害は主なものを挙げただけでも、急性感染症、栄養障害(脚気等)、内分泌障害(糠尿病等)、代謝障害(尿毒症等)、重金属・有機溶剤中毒、薬剤の副作用及び悪性腫瘍に伴う感覚障害があるほか、原因不明のものも多い、さらに、頸椎病変や腰椎病変によっても四肢に感覚障害が生ずる。
 また、運動失調、平衡機能障害、眼球運動障害及び難聴は、腫瘍、多発性硬化症等の脱髄性疾患、各種中毒、血管障害、各種の変性疾患等の疾患で認められ、いずれも水俣病に特異な症候とはいえない。
 したがって、仮に、本件申請者が上記のような水俣病にも見られる各種の症侯を実際に有していたとしても、上記のような様々な疾患との鑑別診断を行う必要があるのであって直ちに本件申請者が水俣病であるなどということはできないところ、本件申請者についてかかる鑑別診断はされていない。

4 控訴人のその余の主張について

(1)46年通知と52年判断条件について
 控訴人は、控訴人第45準備書面において、46年通知の認定要件が「『水俣病に見られる神経症状のいずれかがあり、それが明らかにほかの原因によるものである場合は別として、メチル水銀経口摂取の影響によるものであることが否定できない場合は水俣病として救済する』という主旨である」とした上で、被控訴人が46年通知を「根拠もなく排撃し、医学的に明らかに誤った52年判断条件を恣意的に維持し続けている」(32ぺ一ジ)と主張するが、以下に述べるとおり、52年判断条件は、46年通知を具体化したものであって、46年通知と実質的に異なるところはなく、52年判断条件によって認定基準が変化してはいないことが明らかであるから、控訴人の同主張には理由がない(原審による被控翫人最終準備書面16ないし23ぺ−ジ)。

ア 46年通知(乙第62号証)は、救済法の趣旨を周知することにより円滑な救済法の運用を図るため、昭和46年8月7日付けで発せられたものであるが、すぐに以下のような問題点が生じた。

@ 第一(2)に「前記(1)の症状のうちのいずれかの症状がある場合」と記載されていたため、同通知第一(1)(イ)掲記のいずれか一つの症状でもあれば認定すべきとしているかのように誤解された。

A 第一(3)の「有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合」というのが具体的にどのような場合であるのかが不明確であったことから、同通知の趣旨として広まった「疑わしきは救済」というニュアンスと相まって、わずかの可能性でもあれば、上記「否定し得ない場合」に該当するかのように誤解された。

イ しかしながら、そもそも46年通知の第一(2)においていわゆるハンター・ラッセル症侯群のすべての症侯がそろわない場合でも水俣病の範囲に含まれるとされたのは、その時点における医学的研究の成果を取り入れたものである。椿忠雄教授によれば、「知覚障害は主徴ではあるが、これのみのものは少なく、軽度であっても小脳症状、聴力障害、視野狭窄を伴うものが多い」とされている(乙第137号証の1及び同2)。
 以上のように、46年通知は当時の疫学的知見を基礎として成立しているところ、当時において(現在においてもそうであるが)、同通知第一(1)(イ)のいずれか一つの症状でもあれば水俣病と診断することができるというような医学的知見は存在しなかったものである。この点については、昭和46年9月に、同通知の趣冒を明らかにすべく出された環境庁企画調整局公害保健課長通知「水俣病認定申請棄却処分に係る審査請求に対する『裁決書』および『公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法の認定について(環境庁事務次官通知)』について」(乙第63号証、以下「公害保健課長通知」という。)においても、46年通知は「公害の影響による疾病の指定に関する検討委員会の行った研究報告書に集約されている水俣病の成果を基礎とするものであ」るとされているところ、同研究報告書には一症状のみの水俣病の存在など報告されていないことからも明らかである。
 したがって、同通知第一(1)(イ)についていずれか一つの症状でもあれば認定すべきであると解釈することは、医学的知見に明らかに反するものであり、行政解釈として採用する余地がない。

ウ また、46年通知の第一(2)で「当該症状の発現または経過に、経口摂取した有機水銀が原因の全部または一部として関与している」場合には、「水俣病の範囲に含む」とされ、第一(3)で「当該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合においては、法の趣旨に照らし、これを当該影響が認められる場合に含む」とされているのは、前記(1)アで述べた救済法の趣旨にかんがみ、医学的知見に基礎を置いた上で、医学的にみて水俣病又はその疑いがあると考え得る限りの者を含めて広く患者を救済しようとしたものである。すなわち、申請人の呈する健康障害とメチル水銀の影響との因果関係の医学的判断(水俣病か否かの医学的診断の確実性(確からしさ)の程度)について、水俣病とほぼ確実に診断し得るという、いわば確定診断のレベルではなく、相応の医学的検査を尽くした上で、医学的根拠をもって水俣病である蓋然性を判断し得るぎりぎりのレベルを採用することによって、医学を基礎とした上で可能な限り救済の間口を広げたものといえるのである。したがって、46年通知にいう「否定し得ない」とは、わずかでも可能性があれば「否定し得ない」ものとして認定すべきであるという意味ではなく、当然そこには医学に根拠を有するものでなくてはならないという限界があるのである。そして、その判断は、審査会委員の水俣病に関する高度の学織と豊富な経験に基づく医学的判断にゆだねられているのである(乙第63、64号証)。

エ 以上のとおり、46年通知の趣旨は、その時点における医学的研究の成果を取り入れ、また、救済法の趣旨にかんがみ、医学的知見に基礎を置いた上で、医学的にみて水俣病又はその疑いがあると考え得る限りの者を含め、広く患者を救済しようとしたものであって、52年判断条件と異なる前提に立つものではないし、52牛判断条件発出の前後に関わらず、この趣旨に従って認定業務も行われてきたのである。このことは、原田医師も認めるところである(原田医師証人調書34ないし37ぺ一ジ)。したがって、52年判断条件は、46年通知を異体化したものであって、控訴人の上記「52年判断条件が46年裁決・事務次官通知において確立された認定に絞りをかけるものである」との主張が誤りであることは明らかである。

(2)52年判断条件の医学的正当性について
 控訴人は、控訴人第45準備書面において、52年判断条件が誤っている旨繰り返し主張しているが(4、32ないし35、96ないし108、133ぺ一ジ)、以下に述べるとおり、52年判断条件が医学的な正当性を有するものであることは明らかである。

ア 水俣病の病理

(ア) 水俣病の病理所見
 水俣病は、工場廃水に含まれるメチル水銀が魚介類に蓄積され、それを大量に経口摂取することによって起こる神経系疾患であり、腸管から体内に吸収されたメチル水銀は体内の様々な組織を一様に障害するのではなく、主に中枢神経系を中心とする神経系の特定部位(一箇所とは限らない。)を強く障害することが病理解剖学的に確認されている(乙第129号証別紙3参照)。
 すなわち、大脳で主として障害される部位は、後頭葉の鳥距野(線野)前半部(周辺部視野の中枢)、頭頂葉の中心後回領域(感覚の高次中枢)、前頭葉の中心前回領域(随意運動の中枢)及び側頭葉の横側頭回領域(聴覚の中枢)である。また、小脳(運動の円滑さや身体の平衡をつかさどる。)では、虫部及び半球が障害される。さらに、脊髄末梢神経では、知覚神経(末梢の感覚受容器から中枢方向へ刺激を伝える)に変性所見が認められている。なお、障害の程度は症例により異なり、同一人の中でも部位ごとに多少の差があり、一定したものではない(荒木淑郎「神経内科学」第2版(乙第1号証)736ページ、737ぺ一ジ、武内忠男「メチル水銀中毒の病理学的研究」(乙第2号証)、武内忠男ら「水俣病の病理総論−とくに人の水俣病病理について−」有馬澄雄編・水俣病−20年の研究と今日の課題−(乙第3号証)465ぺ一ジ)。

(イ) 国及び熊本県は、いわゆる「末梢説」に立っていないこと
 控訴人は、控訴人第45準備書面において、国や熊本県が、感覚障害の原因を末梢神経の障害に限定していると決めつけた上で、被控訴人の主張が誤りであると主張し、また、52年判断条件についても、その誤りを前提としているから誤っていると主張するようである(23ページなど)。
 しかしながら、そもそも、52年判断条件は、中枢性・末梢性いずれの障害に起因する感覚障害であるかを区別することなく感覚障害をとらえており、52年判断条件策定後に、水俣病を研究している者の間において水俣病の感覚障害の原因が中枢神経にあるのか末梢神経にあるのかという議論が生じたことを踏まえても、なお、変更する必要のない医学的正当性を有するものであるということができるから、控訴人の上記主張は、本件訴訟において何ら意味を持たない。
 また、国及び熊本県は、これまで一貫して「メチル水銀は中枢神経及び末梢神経の両方を障害し、その結果として感覚障害や視野障害、聴覚障害等の様々な症状を呈する」と主張しているのであって、感覚障害が主として末梢神経障害によるとする、いわゆる「末梢説」には立っていない。このことは、昭和60年10月に示された(被控訴人が52年判断条件の正当性を主張するための根拠の一つとする)「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議の意見」(乙第14号証)において、「病理学的には、ヒトにおいては、中枢神経障害が著しく、末梢神経障害は軽い」とされていることからも明らかである。

(ウ) メチル水銀中毒では中枢神経及び末梢神経が共に障害されること
 控訴人は、関西水俣訴訟高裁判決がいわゆる「中枢説」を採用したことについて、「大阪高裁は、国・熊本県の主張する『日本最高水準の医学的知見』を排斥し、世界的知見を採用したのである。」(控訴人第35準備書面42ぺ一ジ)と主張している。
 しかしながら、国連の食糧農業機関(FAO)と世界保健機構(WH0)が開催する合同食品添加物専門家会議(Joint FA0/WHO Expert Cooittee on Food Additives(略してJECFA))が、加盟国から最新の知見を集めて会議を開き、その会議レポートをまとめて2004年にWHOから出版し、現在、全世界的に活用されている「WHO Technica1 Report Series;922 "Evaluation of certain food additives and contaminants"」(乙第130号証の1。以下「2004年WHOレポート」という。)においては、ヒトにおけるメチル水銀の障害部位に関して、"Both the centra1 and peripheral nervous systems show signs of damage.(中枢と末梢の両方の神経系が障害される)"とされており、中枢神経と末梢神経の両方が障害されることが明確に記載されている。なお、この2004年WHOレポートでは、関西水俣訴訟高裁判決が引用したWHO環境保健クライテリア101(昭和51年発行、平成2年発行)を参考文献として引用しており、同クライテリアを踏まえた上でなお上記のような知見を示したのである。
 したがって、少なくとも現時点で依拠すべき国際的知見がこの2004年WHOレポートであることは明らかである(衞藤意見書2−4)。なお、関西水俣訴訟高裁判決が言い渡されたのは平成13年(2001年)であるから、当然のことながら、同判決には2004年WHOレポートは反映されていない。また、原審における被控訴人第12準備書面で述べたとおり、水俣病において中枢神経のみならず末梢神経が障害されることは病理学的にも証明されており、このことは衞藤意見書において述べられているとおりである。

イ 水俣病の症候について
 このように、水俣病においては、神経系の特定部位が障害されるため、障害部位に対応する症侯が出現することとなるが、障害の程度によっては、障害を受けた部位に対応する症侯が必ず出現するとは限らない。
 また、同程度のメチル水銀を吸収蓄積しても万人が等しく水俣病になるわけではない。なぜなら、メチル水銀に対する感受性には個人差があり、水俣病を発症するメチル水銀量にも個人差が認められるからである。
 そして、水俣病に見られる主な症侯としては、上記1(2)アに述べたように、四肢末梢優位の感覚障害、運動失調、平衡機能障害、求心性視野狭窄、歩行障害、構音障害、筋力低下、振戦、眼球運動異常、聴力障害などを挙げることができる。

ウ 診断基準について
 臨床医学における診断の過程においては、ある疾患に特異な症侯(その疾患にしか見られない症侯)が得られるならば、その症侯を検出する客観的な検査(血液検査、X線検査等))のみで診断が可能となる。
 一方、疾患によっては特異な症侯がもともと存在しない場合があり、そのような場合には、各種の症侯の組合せによる症侯群的診断によらざるを得ない。すなわち、一つ一つの症候はそれだけでは特定の疾患を指し示すものに対応するとは限らないが、幾つかの症侯が同時に出現し、その組合せにある疾患に特有の一定の規則性が認められるときには、そのような諸症侯は臨床診断上重要な意味を有することになる。このような症侯の組合せを症侯群といい、症侯群を基にした診断が症候群的診断といわれるものであり、臨床診断における最も基本的な手法である(乙第11号証8ぺ一ジ)。
 ところで、症侯群的診断を行う場合、症侯には出現頻度の差や他の疾患では通常見られない特異的なものかどうかといった違いがあるから、どのような組合せであっても診断価値が等しいというものではなく、様々な組合せの中でも診断上の価値の最も高い組合せが診断基準と呼ばれるものである(乙第12号証)。

エ 水俣病の診断について
 上記ア(ア)で述べたとおり、水俣病は、メチル水銀が神経系を障害することにより、主要症侯としで掲げた各種の神経症状を呈する疾患である。これらの主要症侯が見られる場合に、直接に生検などの方法によって、メチル水銀による障害を証明できれば、水俣病の診断は明確であるが、生存中にそのような検査を行うことは実際上不可能である。
 また、上記の主要症侯は、それぞれ他の疾患によっても見られる場合がある。その具体例は上記5において詳細に指摘したところであり、水俣病の診断は、メチル水銀によって引き起こされる各種の症侯の組合せから、メチル水銀による神経系の障害を推定するという症候群的診断によらざるを得ない。
 さらに、上記イで述べたとおり、メチル水銀による神経系の障害では、障害を受けた部位に対応する症侯が必ずしもすべて出現するとは限らないのであるから、上記の主要症侯のすべてがそろうことを要求することも相当ではなく、どのような症侯の組合せがあれば、メチル水銀の影響が推定できるかが検討されなければならない。
 そこで、環境庁(当時)は、昭和50年に、熊本県、鹿児島県、新潟県及び新潟市の認定審査会の委員等、水俣病の専門家17名からなる水俣病認定検討会を設置し(乙第13号証)、水俣病の範囲に含めて考えられる症侯の組合せを整理し、臨床上の診断基準に当たる具体的な水俣病の判断条件を定め、その結果を52年判断条件として示した。そして、環境庁は、昭和60年8月16目に熊本水俣病第2次訴訟控訴審判決が福岡高等裁判所で出されたことを契機として、その時点における水俣病の病態及び52年判断条件が医学的に見て妥当なものであるかどうかにつき、同年に設けた「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議」に諮問した。同会議の委員については、椿忠雄新潟大学名誉教授を始め、荒木淑郎熊本大学医学部教授、井形昭弘鹿児島県学医学部教授ら水俣病についての代表的な専門家とともに、水俣病研究に限定することなく、様々な神経症状に精通する神経内科の代表的専門家である国立療養所中部病院長の祖父江逸郎、国立武蔵療養所神経センター長里吉栄二郎、東京都立養育院附属病院長豊倉康夫らを人選しており、これらの専門家から構成された同会議は、52年判断条件について、「現時点では、現行の判断条件により判断するのが妥当である。」と結論付けている(「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議の意見」(乙第14号証))。
 このように、52年判断条件は、水俣病に関する学識経験豊かな医師による検討を経て成立したものであって、医学的知見に基礎を置き、適切かつ妥当であることは医学の専門家の間でコンセンサスが得られているものである。

(3)原判決と関西水俣訴訟判決について
 控訴人は、原審及び控訴人第45準備書面において、関西水俣訴訟判決が控訴人の主張を裏付けている旨の主張するが、その主張が、関西水俣訴訟判決を曲解し、自己に都合のよい部分のみを引用した誤った主張であることは、以下の点から明らかであり、原判決は、関西水俣訴訟判決を正当に評価、判示しているというべきである。

ア 救済法における「水俣病」認定要件は同法の立法趣旨に基づいて解釈されるべきこと
 控訴人は、「関西水俣病最高裁判決で、国と熊本県の加害性が公権的に確定した瞬間から、加害者国・被控訴人側は、認定制度の抜本的な改革・改組を構想・断行しなければならなかった。」「被控訴人側は、あろうことか関西水俣病最高裁判所判決に対して、いまだに従うことをせず、水俣病審査において水俣病二重基準を強行しているのである。」(控訴人第45準備書面45ぺ一ジ)と主張する。
 しかしながら、原審における被控訴人最終準備書面26ないし28ページで述べたとおり、関西水俣訴訟最高裁判決は、救済法等による給付が、不法行為責任とは別に、政策的に設けられたものであり、救済法等による給付がどの範囲に及ぶかは、不法行為責任とは別に、同法の解釈により定められるべきものであるという考え方を前提に、52年判断条件等が救済法等における認定基準としての合理性を有するか否かについては何ら判断を加えていないのである(長谷川浩二・最高裁判所判例解説民事篇平成16年度581ぺ一ジ、582ぺ一ジ)。この点については、原判決も「関西水俣訴訟高裁判決は、『本件で問題となっている病像論は、52年判断条件とは別個に、被告チッソ水俣工場から排出されたメチル水銀中毒被害についての不法行為に基づく損害賠償請求事件であるから』と判示し、補償法による認定要件を定めた52年判断条件とは別個のものとなるとして、52年判断条件については判断しておらず、同最高裁判決も52年判断条件について判断を加えていないと評されている。」(原判決49ぺ一ジ)と正当に説示しているものであって、控訴人が主張するように、関西水俣訴訟判決によって52年判断条件が否定されたとするのは、失当である。
 そして、救済法における水俣病の認定は、飽くまでも医学的知見に基づいて客観的にされるべきものであって、関西水俣訴訟高裁判決が採用した国家賠償請求訴訟におけるメチル水銀中毒症の判断基準に左右されるものではない。

イ 疫学の結果は直ちに個人に適用できないとされていること
 控訴人は、疫学的手法を本件申請者が水俣病と認定されるべき根拠として繰り返し主張するが、その誤りについては、既に原審における被控訴人第3準備書面第3の1(3)等で述べたとおりである。
 原判決においても、「公害事件において、疫学が重要な役割を果たすことは原告主張のとおりであるが、それはあくまで一般的にその症状がメチル水銀に起因している可能性が高いというにとどまり、個別の患者が、高度の蓋然牲をもって、メチル水銀中毒症に罹患しているとまで認定することはできない。」(原判決54ページ)とされており、関西水俣訴訟高裁判決と同様の判示がされている。

ウ 関西水俣訴訟高裁判決の医学的誤りについて
 関西水俣訴訟高裁判決は、メチル水銀に起因する障害が生じている患者と認定するために独自の判断準拠を示したが、同判断準拠については、原審における被控訴人最終準備書面(29、30ぺ一ジ)で主張したとおり、医学的に明らかな誤りないし不適切といわざるを得ない点が含まれている。
 前記のとおり、関西水俣訴訟最高裁判決は、水俣病の病像論について踏み込んだ判断を示さなかったが、この点については、「水俣病がどのような病気であり、個々人がこれに罹患しているかどうかは、専ら事実認定に関する事項(法律審である最高裁が判断を示すのにふさわしい事柄ではなく、本来、医学的、科学的に解明されるべき事項)である。本判決は、このような点を考慮して、原審の上記A(引用者注:上記アの判旨)の判断については、経験則違反等の違法があるとは言えないと判断したものと推測される。」(長谷川浩二・最高裁判例解説民事篇平成16年度下592ぺ一ジ)とされており、最高裁判所において関西水俣訴訟高裁判決が示した独自の判断準拠を是認したと認められるものではない。

第3 争点A(本件処分に手統的瑕疵があるか否か)について(原審における被控訴人最終準備書面48ないし61ぺ一ジ)

1 控訴人の手続的違法に関する主張が主張自体失当であること(原審における被控訴人最終準備書面48ないし50ぺ一ジ)

(1) 控訴人の主張する「手続的瑕疵」は本件処分の取消事由に該当しないこと
 控訴人は、控訴人第45準備書面162ないし201べ一ジにおいて、被控訴人ら病院調査および資料収集を意図的に放置した事実、故意により不作為違法状態を継続し、異常に処分を遅らせた事実、諮問、答申、処分の段階において恣意的運用を行っている事実を主張するようであり、その上で、本件申請者の認定審査過程においては、それらを理由とする重大な手続上の瑕疵があり、これが裁量権の逸脱・濫用に該当し、本件処分は取り消されるべきであると主張するようである。
 しかしながら、原判決56ぺ一ジで、「長期間を要したこと自体から直ちに処分権者にはもはや棄却処分を行う権限が失われるとの主張は、法理・法律上の根拠は見出し難い上、どれだけの期間をもって棄却処分を行う権限が失われるとするのかは実際上判断が困難であり、長期間を要したことを手続き上の瑕疵の一般基準として採用することはできない。」(56ぺ一ジ)と判示されているとおり、そもそも「手続的瑕疵」は本件処分の取消事由に該当しない。

2 本件処分の手続に違法はないこと(原審における被控訴人最終準備書面50ないし61)
 前項の点をおくとしても、本件処分の手続に違法はなく、このことは原判決においても、「被告熊本県知事がチエに関する資料を故意に隠減したとか、意図的に病院調査を放置したと認めることはできず、また、被告熊本県知事が意図的に認定処分を遅延させたと認めることもできないから、本件処分に認定制度の根本意義を喪失せしめるような悪質かつ重大な違法があったということはできない」(71ぺ一ジ)と正当に判示されている。

(1)処分手続について
 本件申請者に対する処分手続が進められた当時の、熊本県における水俣病に係る認定申請から処分に至る手続の概要は、次のとおりである。

ア 申請の受付
 救済法により認定を受けようとする者(認定申請者)は、申請書を熊本県衛生部公害対策局公害保健課(当時)に提出し、これを受けた同課では、申請書及び診断書等の添付書類について形式的審査を行った上、不備がなければこれを受理するとともに、申請者に対して受理通知を行う。

イ 疫学的調査及び医学的検査

(ア) 申請者に対し、県職員による調査(病歴、職歴、生活歴、魚介類の入手方法及び好性、家族の状況等についての調査。原則として個別に面接して調査する。)及び専門医師による医学的検査である検診を行う。
 具体的な検診の内容は次のとおりである。
 まず、予備的検査として視力検査(裸眼視力及び必要に応じて矯正視力の検査)、視野測定(ゴールドマン視野計を用いて求心性視野狭窄の有無等を調べる検査)、眼球運動検査(眼電図により眼球運動の障害を調べる検査)、純音聴力検査及び語音聴力検査並びに聴覚異常順応検査(オージオメーター等を用いて難聴の程度及び鑑別を行う検査)、視運動性眼振検査(回転ドラムを用いて誘発される眼振の異常により平衡機能障害を調べる検査)等を行う。
 そして、これらの予備的検査の後、感覚障害、運動失調、平衡機能障害、構音障害、振戦、痙攣、筋力低下、精神症状、視野狭窄、眼球運動異常等の症侯があるか否か、また、これらの症候が有機水銀の影響によるものであるか否かあるいは他の疾患との関連はどうかなどを調べるために、神経内科、精神科、眼科、耳鼻咽喉科等の専門医師による検診を行うほか、血圧測定、生化学・血清学的検査、頚部等のX線検査等を行う。また、医師の指示により必要に応じて、各種血液検査、脳波検査、筋電図検査、末梢神経伝導速度検査、四肢の骨、関節及び頭蓋等のX線検査等を行う。
 以上の県職員の面談による調査及び検診で得られた資料に基づき、県の職員及び熊本県公害被害者認定審査会(「審査会」)委員等(審査会委員及び専門委員)により審査会に提出する資料が作成される。知事は、審査会において水俣病に罹患しているか否かを判断するために直接使われる公害被害者認定審査会審査資料(審査会資料。病理所見や後述の医療機関調査結果が加わる場合もある。)が整備された認定申請者について、同審査会に対し、同審査会資料を提出して諮問する。

(イ) 上記(ア)で述べた医学的検査(検診)は、「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法の施行について」(昭和45年1月26目厚生省環境衛生局長通知〔乙第17号証〕)の第1の2(1)及び「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法による認定に際しての医学的検査の実施について」(昭和45年1月26目厚生省環境衛生局公害部庶務課長通知〔乙第18号証〕)に基づいて行われている。また、検診内容等の詳細については、前述の通知等により国から示されており、具体的には、審査会が協議して決定している。
 なお、救済法に基づき認定申請を行う場合、認定申請書に認定を受けようとする疾病についての医師の診断書を添付しなければならないとされている(救済法施行規則2条1項)。しかしながら、このような診断書には、内容がまちまちであったり、所見の正確性に疑問があったり、必要な所見の記録が内容として乏しいなど、公平・公正性の点で問題があるものが少なからずあるため、審査会で高度な医学的判断を行うためには、通常この診断書だけでは不十分である(なお、このことは、福岡高裁平成8年9月27日判決(判例タイムズ925号107ぺ一ジ。以下「待ち料訴訟差戻後控訴審判決」という。)でも判示されている。〔乙第76号証130ぺ一ジ〕、原田医師証人調書27ページ)。そのため、都道府県知事等は、審査会の意見を聴いて定めた医療機関(指定医療機関)に委託し、又は知事等が特に委嘱した医師により、申請者に対して所要の医学的検査を実施し、その上で審査会に諮問する必要がある。
 このことを水俣病についてみれば、水俣病は神経系疾患であるところ、神経症侯の把握は、診察の際の患者の応答により行わざるを得ないことが多いため、その把握にはそれ自体専門的熱練を必要とする上、水俣病の症侯は他の疾患にも同様に認められる非特異的なものであることから、類似症侯をもたらす他疾恵との鑑別も不可欠であり、この判断には高度の神経学的知織が要請される。したがって、審査会において、水俣病か否かを的確に判断するためには、豊富な知識、経験を有している医師により、公正に検診が行われることが必要不可欠であり、このような検診が行われることなくして審査会による適正な審査は期待できない。そこで、熊本県においては、所要の医学的検査を、指定医療機関に委託し、又は、豊富な知識、経験を有している専門医師に委嘱しており、これらの検診医によって検診が行われている。

ウ 審査会での審査
 上記のイ(ア)の諮問を受けた審査会では、各審査会委員等に、審査会資料(上記イで述べたとおり、県が実施した疫学的調査及び検診の結果得られた資料を基に、申請者の生活歴等に関する部分は県職員が、病歴等に関する部分及び検診結果に関する部分は審査会委員等が、それぞれ整理して記載(要約転記)したもの。)が配布される。なお、認定申請書に添付された診断書の写し(上記イ(イ))も、各審査会委員等に配布される。
 そして、審査会資料に沿って、まず、当該の県職員が疫学的調査の結果を説明し、次いで、神経内科、精神科、眼科、耳鼻咽喉科等の審査会委員等が、各科の検査所見を説明した後、これらを基礎として審査会で討議を行い、水俣病に関する医学上の知見に照らして、認定申請者が水俣病に罹患しているか否かを医学的に総合判断する。
 審査会では、総合判断の結果を、@「水俣病である。」、A「水俣病の可能性がある。」、B「水俣病の可能性は否定できない。」、C「水俣病ではない。」、D「わからない。」の五つの場合に分けて判定し、その内容に従って知事に答申(意見)する。
 なお、審査会では、環境庁から52年通知(甲第9号証)によって示された52年判断条件に基づいて審査が行われている。

エ 知事による処分
 上記ウの答申(意見)を受けた知事は、@ないしBの答申の場合には、水俣病と認定する旨の処分を行い、Cの場合には、水俣病認定申請を棄却する処分を行う(乙第121号証2枚目参照)。

オ 未検診死亡者の取扱いについて
 上記イで述べたとおり、水俣病であるかどうかを判断するための十分な資料を収集するには検診が必要であるため、認定申請後、検診が未了のうちに死亡し、剖検も実施されなかった者(「未検診死亡者」)については、水俣病であるか否かの判断が極めて困難である。そのようなことから、未検診死亡者の処分は進まず、知事は、昭和56年以降、審査会に対して諮問すること自体中断せざるを得ない状況が続いていた(乙第77号証ないし第79号証、甲第12号証ないし第14号証)。
 その後、平成2年に、未検診死亡者に係る医療機関調査要領(乙第19号号証)が作成され、知事は、これに基づき、未検診死亡者が生前受診していた医療機関に対して、医療機関調査を行い、医療機関調査結果のうち、審査に関係する所見が記載されているものを参考資料として、実施済みの検診結果や疫学的調査結果を要約転記した資料(公的資料)とともに審査会に提出して諮問することとなった。
 そして、審査会においては、未検診死亡者については、上記公的資料及び参考資料を審査会資料として審査を行い、総合判断の結果を、T「公的資料により判断条件に相当する所見があると判断できる。」、U「公的資料によって水俣病でないと判断できる。」、Va「公的資料による所見のみでは不十分であるが、参考資料による所見で補うならば、判断条件に相当する所見の記載があった」、Vb「公的資料(疫学資料は除く)はない(あっても所見がとれていない場合を含む)が、参考資料によれば判断条件に相当する所見の記載があった。」、Vc「参考資料によっても(公的資料による所見を補う揚合も含む)判断条件に相当する所見の記載はなかった。」、Vd「判断条件に相当する所見があるかないか判断できない。」、W「判断できる資料が揃っていない。」、の七つの場合に分けて判定し、その内容に従って知事に答申(意見)することとなり、答申(意見)を受けた知事は、上記T、Va、Vbの答申の場合には、水俣病と認定する旨の処分を行い、U、Vc、Wの場合には、水俣病認定申請を棄却する処分を行うこととなった(乙第121号証2枚目参照)。

(2)本件処分に至るまでの経緯

ア 本件申請者は、昭和49年8月1日付けで、救済法3条1項の規定に基づき、水俣病認定申請(本件申請)を行い、被控訴人らは昭和49年8月5日付けでこれを受理し(甲第1号証)、以下のとおり、検診及び疫学的調査を実施した。

昭和50年9月9日 耳鼻咽喉科予診
昭和50年10月17日 眼科予診
昭和52年6月9日 耳鼻咽喉科予診及び本診
昭和52年6月16目 眼科本診
昭和52年7月13日 疫学的調査(乙第24号証)

 本件申請者は、昭和52年7月1日に死亡したため、神経内科及び精神科については未検診であり、病理解剖も実施されなかった。また、後記(3)において述べるような未処分者の滞留という特殊事情により、未検診死亡者の諮問中断(前記(1)オ)までの間に医療機関調査が行われるにも至らなかった。
 なお、乙第122号証は、昭和59年8月24日に決裁された「水俣病認定申請者に係る医療機関の調査について(伺)」に関する書面であるが、これに添付された「病院調査計画表」には、「病院診療所名」を「水俣市立病院」、「調査予定日」を「59.8.28」、「申請者患者番号氏名」を本件申請者である「溝ロチエ」とする記載があり、昭和59年当時、本件申請者に関して、水俣市立病院に対する医療機関調査が計画されていたことはうかがわれる。しかしながら、上記医療機関調査が実際に実施されたことを示す復命害や調査票等の資料は存在していないことや、当時においては、認定を現に待っている生存者の処分を優先せざるを得ない状況にあったことに照らすと、昭和59年ころに、本件申請者に関する上記医療機関調査を実施したか否かについては疑問であるというほかない。この点、乙第122号証に「派遣職員」として記載されている河野慶三氏も、同文書の作成経緯、同文書に係る病院調査計画の立案の経緯、同文書に記載された計画に基づいて実際に病院調査を行ったかどうか等については記憶がない旨証言している(河野証人尋問調書95、101、120、128ぺ一ジ等)。
 その後、被控訴人熊本県知事は、平成6年6月13日付けで、水俣市立病院(調査蒔の名称は「国保水俣市立総合医療センター」)に文書照会したところ(乙第25号証)、「保存期間経過等によりカルテがない」との回答があった(乙第26号証)。また、S医院、I医院については、当時いずれも廃院となってていたため、資料を得ることができなかった。

イ そこで、被控訴人熊本県知事は、上記アの検診及び疫学的調査等により得られた資料を基に、平成7年7月12日付け公保第316号により、審査会へ諮問した(乙第27号証)。
 そして、審査会は、本件申請者について得られた県職員の面談による調査結果、検診結果を基に、平成7年7月14日及び15日開催の第195回審査会において審査を行った結果、眼球運動で滑動性追従運動に軽度異常、衝動性運動には異常なしとの所見が得られているが、求心性視野狭窄及び後迷路性難聴は認められず、平衡機能障害は確認できず、感覚障害及び運動失調については資料が得られていないことから、被控訴人熊本県知事に対し、平成7年7月31日付けで「判断するための資料が揃っていないため判断できない」旨の答申(前記(1)オ、W「判断できる資料が揃っていない」)を行い(乙第30号証)、被控訴人はこの答申を受けて、平成7年8月18日付けで棄却処分(本件処分)を行った(乙第31号証)。

(3)本件処分に係る事情について
 上記(2)で述べたとおり、本件申請者については、申請から死亡までの約3年の間に検診が完了せず、死亡から医療機関調査が行われるまでに約17年が経過しているが、これは、原判決60ぺ一ジ以下でも判示され、以下でも述べるとおり、当時、態本県に対して認定申請をし未処分となっていた者の人数が膨大であったことや、未検診死亡者の処分がそれ自体極めて困難であったという事情によるものである。

ア 本件申請当時の状況(未処分者の滞留)

(ア) 水俣病は、昭和31年に公式発見された神経系疾患であるが、発生当初は典型的有機水銀中毒としてのいわゆるハンター・ラッセル症候群の症侯(四肢の感覚障害、小脳性運動失調、視野狭窄、難聴、構音障害等)を高度に示し、水俣病であるか否かの医学的判断は比較的容易であるとされていた。しかしながら、もともと、神経系疾患の診断は、患者の応答により診察を進める場合が多く、相当の熟練を要する医師でないと正確な診断が困難な上、第1期審査会発足(昭和45年1月)のころには、有機水銀中毒症としては非典型的であって上記症候を明確に具備しないものが多くなっており、加齢現象や他の疾病も類似の症侯を示すことから、申請者の示す症侯が水俣病であるか否かの医学的判断は、一層困難となってきていた(以上につき、乙76号証117、118ぺ一ジ)。
 なお、本件申請者は、昭和49年に申請したもので、控訴人の主張によれば、症状の発現は昭和47年ころからである。

(イ) 昭和46年、水俣病であるか否かの判断基準として、46年通知が環境庁から発出されたが、同通知に示された症状があるといえるか、当該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合を含め、当該症状の発現又は経過に係る魚介類に蓄積された有機水銀の経口摂取の影響が認められるといえるかについては、なお、その判断が困難な場合が少なくなく、審査会委員の間においても意見の一致を見ないことがままあった。
 また、昭和52年、環境庁は52年判断条件を発出したが、なお医学上の判断が困難な場合が少なくなかった(以上につき、乙第76号証118、119ぺ一ジ)。

(ウ) 審査を促進するには、その前提となる検診を促進する必要があるが、水俣病の医学的判断が困難であることから、検診には相当の学識と経験を持った専門医に当たらせる必要があるところ、熊本県においては、諸般の事情から、これら専門医の供給は熊本大学医学部に求めるしかなく、その確保はもともと容易でなかった。
 そして、昭和48年3月、熊本地方裁判所においてチッソの水俣病患者に対する損害賠償責任を認めるいわゆる熊本水俣病第一次訴訟判決が言い渡されたこと、同年7月に水俣病患者東京本杜交渉団とチッソとの間で補償協定が締結されたことなどから、それまでおおむね月30件ないし60件で推移していた申請者数が、同年4月以降約150件ないし500件と急増したため、審査会による審査促進のための改善措置にもかかわらず、未処分件数は一向に減らず、処分の遅れは一層深刻になった。
 ちなみに、未処分件数は、チッソとの補償協定が成立する前年である昭和47年度末には584件であったが、同協定が成立した昭和48年度末には2172件、本件申請のあった昭和49年度末には2821件に上った(乙第51号証)。
 以上のとおり、申請者が急増し、これに伴い未処分件数の累計も急増したため、検診医の増員が必要となったが、熊本大学医学部所属の医師が、水俣湾周辺地区住民健康調査並びに有明海及び八代海沿岸住民健康調査にそれぞれ従事した等の事情もあって、熊本大学医学部に頼るだけで検診に従事する専門医を確保、増員することは不可能な状態にあり、このことによる検診の遅延が、審査の遅延、さらには処分の遅延を招いていた。
 そこで、知事は、環境庁の提案を受けて、昭和49年、未処分件数滞留の事態を打開するため、熊本大学のほか、九州各県の大学、国立病院の医師を動員することにより、検診医の増加を図って検診の遅延を解消することとし、同年7月と8月に集中検診を実施し、申請者約400人に対する検診を行った。加えて、この集中検診以降も、九州各県の大学等の専門医の協力を得て、月間120人程度の申請者に対して検診を行い得る体制が採られる予定であった。ところが、原審における被控訴人ら第2準備書面第3の9(1)オないしコ(23ないし28ぺ一ジ)において述べたように、協議会(水俣病認定申請患者協議会)等の反対行動のため、熊本県職員が徹夜の交渉等による疲労のため救急車で搬出されるという事態まで発生したばかりか、さらに、協議会は、上記集中検診に参加した医師らほとんど全員に対しても、直接、申入書を送付し回答を求めて責任を追及する態度を示したり、一部の大学医学部の研究室や病棟に赴いて面会を求めるなどし、その結果、各大学や病院の本来的業務に支障が生ずるおそれも生じた。そめため、上記の医師らは、協議会の上記態度に対して強い不滴を示すとともに、紛争に巻き込まれたくないとして辞退の意向を示すこととなった。協議会は、審査会に対しても、第3期審査会の構成に反対し、解散するよう熊本県に申し入れ、第1回目の審査会は開会に至らず流会を余儀なくされた。上記のような経緯により、大学、病院及び検診医の協力を引き続き得ることができない状態となり、検診医、審査会委員等の確保が著しく困難になったことから、検診業務は一部を除いて同年9月から昭和51年3月まで、審査業務は昭和49年11月から昭和50年3月まで、それぞれ停止せざるを得ず、昭和51年3月の検診再開時には大量の未検診数、未審査数を抱えるに至った(未処分件数は、昭和50年度末は3191件、同51年度末は3641件に上った。乙第51号証。以上につき、乙76号証121〜123ぺ一ジ)。

(エ) 検診、審査業務の再開後も、協議会等の申請者団体の強い要望及び検診医確保の困難性から、上記集中検診のような態勢を存続させることはできず、従来の熊本大学医学部所属医師中心の体制によるほかなかったため、検診数の急激な増加を図るのは困難であった。そのような状況の下において、国と熊本県は、検診、審査に従事する専門医の確保に努め、昭和52年10月以降は月間150人検診、120人審査(昭和54年4月からは130人審査)の態勢を整えるに至ったが、昭和53年以降再申請者が増加したこともあって、未処分件数の滞留が続いた(昭和52年度から同61年度までは未処分件数は5000件前後で推移していた。乙第51号証)。
 以上のように、熊本県において未処分者が膨大となる一方で、検診医が確保できないという状況になり、一県では対応し得なかったことから、昭和53年10月20日、第85回臨時国会において、臨時措置法が成立し、同年11月15日に公布され、昭和54年2月14日に施行された。これにより、救済法に基づく申請者で認定に関する処分を受けていない者(本件申請者を含む。)は、環境庁長官に対し認定に関する処分を求めることができることとなった。そこで、環境庁と熊本県は、臨時措置法に基づき環境庁長官に申請できる者全員に対し、文書により申請の手続をするよう何度も呼びかけた(以上につき、乙第76号証124、125ぺ一ジ)。

(オ) このように、当時、国及び熊本県は、検診、審査態勢の充実のため、種々の施策を講じたが、これらの施策にもかかわらず、未処分件数の滞留を解消することはできなかったものである(乙第76号証125〜127ぺ一ジ)。ただし、認定の遅れによる不利益を可能な眼り回避するため、現在に至るまで種々の施策が講じられていることは、前記待ち料訴訟差戻後控訴審判決の認定した諸事実を指摘した原審における被控訴人第4準備書面第3の2(5)のサ(11、12ぺ一ジ)において述べたとおりである。

イ 未検診死亡者の処分が保留されたことについては、やむを得ない事情があったこと
 以上のような状況の下で、当時としては、未検診死亡者の処分よりも、認定を現に待っている生存者(待ち料訴訟最判(最高裁平成3年4月26日第二小法廷判決・民集45巻4号653ぺ一ジ)のいう「相当期間内に応答処分されることにより焦燥、不安の気持ちを抱かされないという利益」を「内心の静穏な感情を害されない利益」として現に有している生存者)の処分を優先せざるを得なかつたものである。
 また、本来、審査会が水俣病であるかどうかを医学的に判断するには、審査に足りる資料が必要であるから、未検診死亡者は、本来審査に必要な資料の一部又は全部を欠いていることになる。そして、上記(1)イ(イ)で述べたとおり、申請時診断書や検診医でない他の医療機関の資料は、内容がまちまちであったり、所見の正確性に疑問があったり、必要な所見の記録が内容として乏しいなど、公平・公正性の点で問題があるものが少なくなく、にわかに重視できるものではないため、未検診死亡者に対する民間資料(民間の病院を受診した際の資料)の使用は、処分の公正さや、未検診死亡者と生存者の間の公平(特に、検診拒否運動、すなわち、審査のために必要な資料を得るための検診医による検診を拒否する運動が激しい中で、生存者との間の取扱いの公平さは大きな問題であった。)、未検診死亡者の中でも資料がある人とない人の間の公平等、水俣病認定審査制度の枠組み全体の問題と深くかかわることであった。
 したがって、未検診死亡者の処分は、それ自体極めて困難な問題であったのである。
 このような事情から、未検診死亡者に対する処分は進まず、被控訴人熊本県知事は、昭和56年以降、審査会に対して諮問すること自体、中断せざるを得ず(乙第77号証ないし第79号証、甲第12号証ないし第14号証)、その後、平成6年度に至るまでの間、未検診死亡者の処分に着手できないこととなったのであり、来検診死亡者の処分が保留されたことについては、やむを得ない事情があったのである。なお、この間、昭和63年に未検診死亡者に対する対応を協議するために「環境庁・熊本県打合せ会議」が開催されたが(乙第111号証)、ここでも被控訴人らは未検診死亡者の処分について、生存者優先の選択をせざるを得なかった。この会議に対しても控訴人は種々批判を加える(控訴人第45準備書面163ないし165ぺ一ジ)が、前記アで述べたとおり、当時の申請者が増大し未処分者が滞留する中、認定処分の迅遠な処理が強く求められる状況において、未検診死亡者の処分については、公的資料のみにより判断する場合と民間資料を用いた場合の不公平等、その他総合的に判断し、真にやむを得ず生存者の処分を優先せざるを得なかったのである。

ウ 本件申請者について
 本件申請者が申請した昭和49年度の年度末には、熊本県における未処分者は2821人に上っていた上、その後も未処分者は増加の一途をたどり、本件申請者が死亡した昭和52年度末には4731人を数え、その後も、昭和53年度末、同54年度末、同59年度末及び同60年度末にはいずれも5000人を超えるに至った(乙第51号証)。
 このような事情の中で、被控訴人熊本県知事は検診の促進に努め、本件申請者の死亡までに眼科及び耳鼻咽喉科の予診及び本診は行われたが、神経内科及び精神科の検診は未了となった。しかしながら、上記イで述べたとおり、生存者の処分を優先せざるを得ず、また、未検診死亡者の処分は、それ自体極めて困難であったごとから、本件申請者については、昭和56年の未検診死亡者の諮問中断までの間に医療機関調査及び諮問が行われるに至らず、その後、平成6年度になるまでは、本件申請者を含む未検診死亡者の医療機関調査等に本格的に着手することが主できなかった。

エ 以上によれば、本件申請者について、申請から死亡までの約3年の間に検診が完了せず、死亡から医療機関調査が行われるまでに約17年が経過しているのは、やむを得ない事情によるものであったというべきであるから、このことから本件処分が違法であるなどということはできない。

(4)本件処分に係る事情に対する控訴人の主張について

ア 原判決に対する控訴人の批判について
 控訴人は、原判決について3点を批判し、本件申請者の処分が遅れたことにやむを得ない事情などないと主張するようである(控訴人第45準備書面183ページ以下)。
 既に上記1において主張したとおり、本件処分に至る手統に違法があったたとしても本件処分の取消事由とはなり得ないのであるから、控訴人の上記主張は主張自体失当である。また、その点をおくとしても、いずれも原判決の判示は正当であって控訴人の主張は思い込みに基づいているなど理由がない。

(ア) 申請者の抗議・妨害について
 控訴人は、集中検診につき、「大量の棄却処分を図ろうとした被控訴人側の責任こそが問われるべきであって、かかる観点なしに申請者側が妨害したから処分が遅れたとする原判決の認識は、被控訴人側の責任を申請者側に転嫁する不当なものである。」(控訴人第45準備書面185ぺ一ジ)と批判する。
 しかしながら、被控訴人らは、この集中検診拒否事件の結果のみで本件処分が遅れたなどと主張しているのではないし、集中検診につき「集中検診は医師の予断と偏見に満ちたもの」であるとか、「大量の棄却処分を図ろうとした」という主張も控訴人の一方的な見方を述べるものにすぎない。

(イ) 未検診死亡者の処分が難しかった点について
 控訴人は、未検診死亡者について、審査のための資料が限られていた原因が被控訴人らにある、民間資料の信ぴょう性が高いことは証拠上明らかであるなどと主張する(控訴人第45準備書面185、186ぺ一ジ)。
 しかしながら、控訴人の主張する民間資料がにわかに重視できるものではないことは、前記(3)イで述べたとおりであり、未検診死亡者の処分は、それ自体極めて困難な問題であったのである。このことは、直接に「相当の期間に処分を行わないことの違法性」が問われた待ち料訴訟差戻後控訴審判決でも同様の判断がされている。

(ウ) 本件申請者の客観的判断資料が乏しかったことについて
 控訴人は、「チエについて、カルテがないことや検診結果が眼科と耳鼻科のみであるのは事実であるが、これらの事態を引き起こしたのは被控訴人側の責任以外ない」、「被控訴人側は、真に検診をやる気も、多数の申請者を迅速に検診する意思も全くなかった」と批判する(控訴人第45準備書面186、187ぺ一ジ)。
 しかしながら、被控訴人らが様々な問題に対して、その時々に対応し得る対策をとってもなお、客観的判断資料を収集できなかったこと、処分に時間を要したことは、上記3エに述べたようにやむを得なかったというべきである。

イ 未検診死亡者検討会に対する批判について
 控訴人は、未検診死亡者検討会について、「審査会との2度手間をかける必要は全くない。」、「どの未検診死亡者を審査会に諮問するかを事前に検討するという性格をこえて、審査会に代わり実質的に審査を行い答申内容も決定するという役割を果たしていた。」などと決めつけ、熊本県知事が未検診死亡者検討会を恣意的に運用し、本件処分を意図的に遅延させたと主張するようである(控訴人第45準備書面176、190ないし192ぺ一ジ)。
 しかしながら、そもそも未検診死亡者検討会を設置した趣旨は、審査会を円滑に運営するために資料の整理を行うことを目的としたものであって、控訴人が主張するような実態はなく控訴人の上記主張には前提に誤りがある。

ウ 審査会における答申及び答申保留パターン表に対する批判について
 被控訴人が、本件申請者に対して行った、上記表のW「判断できる資料が揃っていない」との答申を理由とした棄却処分について、控訴人は、「水俣病か否かを判断できない、つまり処分できないという事態になるところ、この場合に棄却するというのは矛盾である」(控訴人第45準備書面193ぺ一ジ)と主張する。
 しかしながら、水俣病であると認定するに足りる資料がない場合には、水俣病であると認定できないのは当然である。また、未検診死亡者について資料を広く集めた上で総合的判断を行っても認定審査会で結論が得られず、かつ、今後も認定に資する新たな資料を得ることが見込めない場合には、応答処分をしないことによりいつまでも申請者の地位を不安定にしておくのは相当ではない。昭和53年7月3目環保業第525号「水俣病の認定に係る業務の促進について」(乙第55号証)も、このような事情を理由として「いつまでも申請者を法的に不安定な状態におき、行政庁に対する不服申立てのみちをとざすがごときことのないよう所要の処分を行うこと。」とされているのであるのであって、かかる観点からも被控訴人の処分に何ら不当な点はない。

(5)まとめ
 以上のとおり、本件処分に至る手統に違法性はなく、控訴人の主張には理由がない。

第4 本件義務付けの訴えは却下されるべきであること

1 本件義務付けの訴えは、行訴法3条6項2号の「行政庁に対し一定の処分又は裁決を求める旨の法令に基づく申請又は審査請求がされた場合において、当該行政庁がその処分又は裁決をすべきであるにかかわらずこれがされないとき」において、「行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟」(同条項柱書、「申請型義務付け訴訟」)に該当するところ、申請型義務付け訴訟のうち、「申請又は審査請求を却下し又は棄却する旨の処分又は裁決がされた場合」の類型については、当該処分又は裁決が「取り消されるべきもの」であるときに限り、提起することができるとされているから(行訴法37条の3第1項2号)、当該義務付けの訴えに併合される処分の取消請求が認容されることが訴訟要件となる。
 したがって、当該処分又は裁決の取消請求訴訟が認容されない場合は、当該処分又は裁決が「取り消されるべきもの」に該当せず、申請型義務づけ訴訟は、前記の訴訟要件を欠くものとして却下されるべきである(市村陽典「行政事件訴訟法の改正と訴訟事務」法律のひろば 2004年10月号23ページ以下。特に同27ページ中段)。

2 本件申請を棄却した本件処分は、前記第2及び第3で述べたとおり適法であり、本件処分が取り消されるべきものに当たらないことは明らかである。
 したがって、本件義務付けの訴えは、前記の訴訟要件を欠き不適法であるから、却下されるべきである。

第5 控訴人第46準備書面における求釈明の申立てに対する釈明

1 控訴人第2、第22及び第23準備書面に係る部分について
 本件訴訟は、本件申請者が行った水俣病認定申請に対する棄却処分について争われているのであり、本件申請者以外の水俣病認定申請者の申請年月日、死亡年月日、医療機関調査年月日等は、本件争点と何ら関連性がないから、釈明の必要を認めない。

2 控訴人第31準傭書面にかかる部分について
 平成19年3月9日に行われた河野慶三氏の証人尋問のとおりである。

3 控訴人第36準備書面にかかる部分について

(1)Tについて
 既に繰り返し主張し、前記第2・4(3)でも主張したとおりである。

(2)Uについて
 本件争点とは何ら関係がないから、釈明の必要を認めない。

第6 結語
 以上のとおり、控訴人の主張は、いずれも失当であることが明らかであるから、本件訴訟は速やかに棄却されるべきである。

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