銀騎士の伝説5部作


序、「銀騎士の伝説」って?

1、日本の社長の話
2、セシルの話
3、第1部完の話
4、外道司令の話
5、おまけ

もーみパワードールSSに戻る

イントロダクション

「銀騎士の伝説5部作」というのはですね、
ゲーム「パワードール」中にちょくちょく登場する航空隊「シルバーナイツ」をもーみが勝手に設定してフィーチャーしたSS群です。
事の起こりはSS「侍撫子魂」中で彼らを登場させたことに始まっていますが、設定は変えてあります。
全3部作のつもりで書き始めたところ、キャラが勝手に動き出してしまい、NIFTY上で4部、今回初公開の5部を合わせて全5部作となっています。

1篇づつでも分かるようにはしたつもりです。以下が略設定です。

オムニ防空軍第19飛行中隊 《シルバーナイツ》(TFW19)

部隊編制:A311攻撃機   ×4機(PD1)
     F231戦闘攻撃機 ×2機(PD2)

隊員構成:
  ”ギャラハン” 享年31歳 少佐  前飛行中隊長(KIA)
  ”ウッド”   27歳 大尉  飛行中隊長 (MIA)
  ”クリン”   24歳 中尉  次期中隊長
  ”イース”    19歳 少尉  万年ヒラ(^^;)
  ”アヤセ”      ?歳 少尉? 居なかったことにします
  ”エンドウ”  19歳 少尉  アヤセの代わり
  ”ユーリ”   21歳 中尉  海軍航空隊からの臨時転入隊員
  (名前は全てコールネーム。年齢は2539年現在。)

沿革:
 2534年、レイリーストーン市の民間企業 銀騎士航空防衛(株)をオム ニ防空軍が買収、シルバーナイツとして改組。ギャラハン社長を中隊長に任命。
 2535年、オムニ軍のナキスト撤退のおり、ギャラハン中隊長はシルバー ナイツ中隊を率いて善戦したが、クリン機の盾となって戦死。その後ウッド 中尉が大尉に昇進、中隊長となる。これにエンドウ少尉が加わる。
 2537年、テイネント・クライマー作戦に参加。クリン機は海上へ不時着、 セシル・フェリクス海軍中尉(当時)により救助されている。
 2538年、ランバート空軍基地への次期主力PLD輸送の護衛についている。
 2539年、リワインド作戦の一環、バベルの塔攻略任務においてウッド大尉 作戦中行方不明(MIA)、クリン中尉が引き継ぐ。ユーリ中尉が出向着任。
 同年、パワードールズ作戦においては、セシル・フェリクス海軍大尉の説得に よりレッドクラウン中隊と共にアトランタ宇宙港への爆撃任務を遂行、終戦を空 で迎えた。

戦後、空軍力削減調停により防空軍の編制が4機一個中隊から2機に変更。
エンドウ少尉は民間機パイロットへ転換した。
ユーリ中尉は海軍航空隊へ戻る。
MIAのウッド大尉が発見されるが、身体上の理由により復帰は不可能。

 2543年、再軍備に際して新機種F231を受領、機種転換。  同年、ワイアーカッター作戦参加。
 2544年、レイン・ダンス作戦に参加。
 ブラジル渓谷戦役において、前線司令部ヒドラウィングの護衛。
 2545年、終戦。シルバーナイツ解散。
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 銀騎士の伝説(第1部)「C.V.ギャラハン −汚された翼−」


 いつものように狭い駐機スペースに収まった軽武装カスタムジェットコミューターは多くの整備員と作業用ローダーにかしずかれ、一日の勤めを終えようとしていた。
 このシルバーナイツ・エアロガード社に入社して10年、先代から社長を引き継いで5年になる。南のダドリア海あたりじゃだいぶキナ臭い噂も聞くが、このレイリーストーン市辺りでは大きな紛争もなく、普段通りのエイティーズ(AT’s=エアリアル・トループス=空賊)を警戒しての航空輸送警備業務が続いている。

        * * *

 説明しよう。エイティーズとは、航空犯罪者全般を差す言葉である。
 航空犯罪と言っても暴走族ならぬ「暴空族」から、違法物資(密入国者や麻薬、戦略物資など)の「運び屋」、領空侵犯、ハイジャック、航空強盗、轢き逃げならぬ「撃墜逃げ」、当たり屋ならぬ「墜とされ屋」など現代社会で車に関わる犯罪のほとんどが、空に上がったと考えて貰って差し支えない。
 オムニ政府は当初、航空輸送企業に武装許可を与え、また陸海軍の航空隊を航空犯罪の対処に充てていたが、2480年、民間の航空輸送企業と航空機メーカーの要請により、オムニ航空警察隊を組織した。この成立過程には、特別予算を計上することの是非を巡って連邦議会が一時ストップするほど紛糾するなどのエピソードを持つが、それは別の話。
 オムニ航空警察隊は、設立の年の「80年」と「AT」をかけて「エイティーズ」の呼称をその年の報告書に記した。これをマスコミが広め、普通名詞「エイティーズ」は市民生活に定着した。逆に言えば、それだけ航空犯罪が頻発していたと言うことでもある。同隊は地域紛争解決・航空犯罪抑制の効果が認められ、その評価は急上昇した。
 ちなみに、2532年、南ファーティリックに駐留を開始した地球政府軍に対しての抑止力という背景の元、新たに「戦略空軍力法」が10年の時限立法で成立し、同隊はオムニ防空軍として改組された。同軍は陸海軍航空隊のノウハウと航空産業・兵器産業の強力な資本協力を得、目下急成長している。

        * * *

 オムニ防空軍の若造がやってきたのは2533年も押し迫ったころ、夕暮れ時になってだった。赤みがかった巻毛に掘りの深い顔立ち。眼鏡越しの眼差しが強烈な上昇志向を感じさせる、そんな男だった。
 「先日連絡致しました件で伺いました。オムニ防空軍所属、第9航空群準備委員会のエミリオ・サンチェス中尉です。シルバーナイツ・エアロガード代表、カーレル・ヴァン・ギャラハン社長ですね? はじめまして」
 そういって差し出された手はいかにもキャリア風の細っこい指だった。何がオムニ防空軍だ。急ごしらえの軍隊が、体裁だけ取り繕おうって魂胆が見え見えだ。
 「ウチを買収するって話だろ? あいにくと俺は愛国心ってやつにとんと恵まれてなくてね。帰って上司に伝えな。『オムニの空を守るならエイティーズにでも頼みな。やつら金さえ積めば何でもやるぜ。地球軍のシャトル奪取なんざ喜んでやるだろさ』ってな」
 「それを御社では黙って見過ごすと?」
 「エイティーズ狩りはウチのビジネスだ。クライアントからの依頼は確実にこなす。そのエイティーズが例えお前らオムニ防空軍だろうと、エイティーズは完全に排除する。クライアントのある限りウチは身売りなぞせんよ」
 「それを聞いて安心しました。御社は信頼に足るエアロガードだ。そしてあなたも」
 「そりゃどうも。…悪いが月末でちと忙しくてね。またにしてくれんかね?」
 「わかりました。また伺います」
 若造は立上ると、眼鏡をつい、と上げた。ブーツの踵を鳴らし、敬礼すると
 「我が軍の活動に理解をいただき、誠に感謝します」
 そう言って部屋を出ていった。ま、型通りのキャリア軍人といったところか。

 俺だって分かってはいるのだ。一部の報道が騒ぐように、コトが地球政府との戦争に及んだ場合、一貫した組織力を持ち、強力な武力を持った軍隊が必要だと言うことは。
 その際には、エイティーズとかエアロガードとかいったしがらみは断ち切られ、一致団結が図られることになるだろう。犯罪の激減は軍隊の評価を高めることにもなろう。
 だが「非常事態」の名の元に一旦エイティーズと手を組んだエアロガードを一体誰が信用するだろう? 信用を売るのが俺の商売だ。家内と5歳になった息子と社員を守るため、俺は戦後も稼業を続けなければならない。
 断じてエイティーズと手を組むような真似はできない。

 サンチェス中尉が置いていった資料をデスクの上にほうり投げると、俺は掛け売りの集金状況をチェックし始めた。
 ここのところ、依頼が減ってきている。平和な証と言うことか?
 だが、月末は特に、平和がいいとも一概に言えなくなる。
 この商売が少々恨めしくなるときもある。

        * * *

 「社長、すいません。あれ、レイランドの新型じゃないっすか?」

 ティーエ《ウッド》ロレンゾは俺の机の上の資料を見るなり、そう切り出してきた。我がシルバーナイツの若きホープドライバー、さすがに目が早い。エミリオの置いていった資料の表紙はレイランド・ダグラス社の最新鋭機の写真だったのだ。
 先日のヤハル兵器ショーで公開された開発コード名”ブラストウィンド”は飛行機乗りの度胆を抜く超本格的戦闘攻撃機だった。
 我がシルバーナイツの軽武装カスタムジェットコミューター”スカイライナー”とはまるで比較にならない。
 地域紛争くらいしか起こらないオムニでは、長距離航続型攻撃機など本来使い道のない機体であるはずだ。しかし、それが登場した。何かが始まるのだろうという予感は、思えばその頃からあったような気がする。
 エミリオの野郎、モノで釣ろうという魂胆か?

 「社長、この切抜き、『オムニ防空軍、ブラストウィンドを正式採用』だそうですよ」
 「バカ、よく見ろ。最後に『…か?』って書いてあんだろが」
 「あ、ホントだ。…でも社長、乗りたいですよね、ブラスト」
 「あんなもん、経費じゃ買えんぞ」
 「まさか。買えとは言いませんよ。乗りたいなってだけです。ヒコーキ乗りの夢じゃないですか?」
 「まぁな。…なぁウッド、防空軍でこいつに乗れるとしたらお前、どうする?」
 「んー、ちょっと考えちゃいますね」
 「そうか。”スカイライナーGTR”じゃ物足りないよな」
 「い、いえ。あれはあれでいい機体です。ですが、いくら民生の最高級品とはいっても、軍用とではやっぱり格が違いすぎますよ。運動性はともかく、軍用機の電子装備・火器管制装備はとても民生では手に入りません」

 そうなのだ。正直言えば俺だってレイランドには乗りたい。エイティーズも最近では軍用機まがいの新型を投入してくることもある。いかな名機スカイライナーとは言え、もうやっていけなくなるのは時間の問題だ。原価償却もほぼ計画通りだ。
 民間への搭乗兵器購入許可制度も先日の連邦議会で可決されている。弁護士の先生に頼んでとってもらった認証も、もうじき下りることになっている。
 だが、機種転換には踏み切れない。
 社長として、俺には社員の家庭を守る責任がある。軍用機種への機種転換は我が社の整備員の首切りに直結する。
 レイランドの機体はレイランドの技術者しかいじれないのだ。

        * * *

 ある日、経理部長(まぁ、要するに家内だ)の報告で、俺は奴の策略にはまったことを知った。エミリオとか言うあの糞餓鬼は我が社のクライアントに揺さぶりをかけていたのだ。
 最大の取引先である「ジョー&エルフィン空運」の株式の7割は既にオムニ防空軍の元に握られ、我が社への依頼は事実上皆無となってしまった。J&E社の経営権自体もこのままだと遠からずオムニ防空軍のものになるだろう。
 軍のくせに株で利殖だなどと、あの若造の考えそうなことだ。

 そして、年もあけた2534年。
 俺にはもう、なにもなかった。社屋も飛行機も飛行場も抵当に取られ、差押えを食らっていた。株式は非公開にしていたため手元に残ったが、それが一体なんになろう。
 有難いことに、社員は皆残ってくれていたが、これが、最後のカードなのだ。

 再び俺の社長室にやってきた奴は、俺の背後に居並んだ社員全員の睨みをものともせぬようにこう言った。
 「社長、我が第9航空群はあなたの力を必要としています。J&E社は既にAMC−209のナンバーをつけた機体を受領しました。TFW−19ナンバーをつけたA−310があなた方を待っています。そう、かのブラストウィンド、です」
 こいつ、本物の軍人になりやがった。俺の嫌いなタイプの軍人にだ。
 「サンチェス中尉、いや、今は大尉でしたかな。質問が」
 「ええ、何でしょう?」
 「私が先代からシルバーナイツを引き継いで6年になります。この6年、顧客との信頼関係を一生懸命育ててきました。しかしね、信頼関係を壊すのがこんなに簡単だとは思いませんでしたよ。この半年、思い知らされました」
 「・・・」
 「お前ら一体、何様のつもりで、人の人生踏みにじってんだ!? 社長の10年を何だと思ってんだ!!」
 「やめろ、クリン」
 突然怒鳴った《クリン》ことロイ・フェルナンデスを諭し、俺は続けた。自分の頭が熱くなっているのを感じる。

 「ここまでして貴様らの守ろうとするオムニ軍の正義とは何だ?」
 「今あなたが仰ったとおりです。我が軍は全オムニリングが祖先より受け継ぎ、80年に渡り育ててきた信頼関係を守らねばならない。御為ごかしと思われるでしょうが、現実の危機を乗り越えたとき、この言葉の意味をもう一度噛みしめて貰えるはずだと信じています」
 「喰っていくためだ。貴様の戯れ言、信じてやる」
 「では、ここにサインを」
 差し出されたペンを断り、自分のペンで書く。

 −オムニ防空軍第9航空群第1戦術飛行隊 TFW−19 シルバーナイツ
                       中佐待遇 C.V.ギャラハン

 俺は「中佐」に二重線を引き、「少佐」に書き換える。
 オムニ防空軍では、中佐以上は空を飛べないことになっているからだ。
 
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 銀騎士の伝説(第2部)「ロイ《クリン》フェルナンデス −純情の代償−」


 気がつくと銃灰色の配管の張り巡らされた低い天井が眼に入った。
 「どこだ、ここ?」
 つぶやきながらベッドから体を起こす。
 窓一つない鉄の個室だ。遠く、発動機の音と微震動が続いている。明りは2列になった蛍光管。白いカーテンで部屋は二分され、その向こうは見通せない。ベッドの横には点滴のラックがあり、俺の左腕につながっていた。
 してみると、ここはどこぞの病院であるらしい。
 「オムニ海軍子宮海艦隊所属、サバニ級ヘリ空母”はいむるぶし”よ。現在母港、クレイ海軍工蔽に向けて巡航帰還中」
 女の声が聞こえ、カーテンの裏側から白衣の少女が姿を現した。
 「認識票、見させてもらったわ。TFW−19、ロイ・フェルナンデス中尉。ね、ホントに”シルバーナイツ”の《クリン》?」
 妙に気安い言葉に多少たじろぎながら、答える。「あ、ああ。そうだけど。そういう君は?」
 「フェリクス。セシル・フェリクス海軍中尉。空挺レスキュー班よ」

 彼女の”レスキュー”の言葉に反応して俺の頭は動き出していた。俺の身に何があったのか。

 2537年、夏。
 ”テイネント・クライマー”作戦は、戦線の膠着しているダドリア地方に対し、テイネント山脈を越えて地球政府軍の背後から急襲をかけるというもので、我々シルバーナイツは陽動及び足止めのため、地球海軍子宮海艦隊に対し欺瞞攻撃をしかけたのだ。
 ギャラハン隊長(俺には”社長”という呼称の方がしっくりくる)は既に亡く、《ウッド》がシルバーナイツを率いている。
 この作戦のさなか、俺は撃墜され、いろいろと頑張って少しでも味方制空権内へと戻ろうとしたのだが、愛機レイランド・ダグラスA−310”ブラストウィンド”はあえなくその心臓を止め、海上に不時着とあいなった。
 ブラックボックスバックアップ用の20ギガバイトメモリーカードを抜き去ったとは言え、国民の血税ウン千万オムニドルが自爆、目の前で沈み行くさまは見るに耐えなかった。
 上空の戦闘の終結を待って、カラーマーカーを水に溶かす。30時間と言う短い寿命を与えられた水溶性バクテリアが水面を蛍光オレンジに染める。
 エマージェンシーコーラーのスイッチを入れる。
 《ウッド》や《イース》の手際さえ良ければ、2時間もすれば救助ヘリが来てくれるはずだ。
 ふと水面に目をやると、青い透明のギョウザのようなものが浮遊していた。なんだろう、と思っていると不意にビリッとした痛みを感じ、それから…
 俺は気絶したらしい。生まれて始めて飲んだ海水のしょっぱさを噛みしめながら。

        * * *

 セシルは馴れた手つきで点滴を外し、白衣を脱いだ。通常の軍服の上にスモックを着ていたのである。聞けば、俺を救出してくれたのは彼女なのだという。
 ありがとう、の言葉を意外にも「仕事だもの」の一言でさらりと受け流すと、彼女は外に行こうと言った。
 俺達は左舷甲板に出た。20ミリバルカンファランクスポッドにもたれて海を眺める。見渡す限りの水平線だ。すこし気分が悪くなった。俺は代々山岳民族で、船は苦手だ。というより今まで乗ったことがないのだ。
 海上の強い風に吹かれてセシルの長い黒髪が乱れ流れる。すこし気分がよくなった。
 「あたしね、シルバーナイツは小さい頃から知ってるの。レイリーストーンの航空ショウでのデモフライト、見てたもん。カッコよかったぁ…」

 あの気安さはそういうことだったのか。
 俺は都会にあこがれて山を下り、レイリーストーンにやってきた口だが、セシルはあの飛行機の町で生まれ、飛行機パイロットにあこがれて育ってきたのだ。聞けばちょうど同い年だということだ。
 私立のパイロット育成大学を卒業し、念願の海軍航空隊に配備されたはいいが、「後方支援担当で、ぶかっこうなヘリを眺めてなくっちゃいけないのってストレスが溜まるのよね」と笑った。
 「ねぇ、体はもう平気? しびれとか、ない?」
 「ちょっと首筋がヒリヒリするけど?」
 「実を言うとね、あなた、死にかけてたのよ。原生生物に刺されて全身麻痺して海面に伏せてたんだから。救助したときなんてもう大変だったのよ。派手な外傷がなかったから良かったようなものの、意識はない、白目向いてる、息はしてない、弱脈頻数だし、海水はたらふく飲んでるし。なんでそんなにピンピンしてるのか、不思議なくらいよ。処方が良かったのね。人工呼吸までやったし」
 かぁっっ! と一瞬で俺の頭が熱くなる。じっ、人工呼吸だとぉ!?
 「あのっ、そのっ、えっと、……ごっ、ごめんなさいっ!」
 しどろもどろで、俺はなぜかあやまっていた。
 「いいのよ。言ったでしょ、仕事だもの、しょうがないわ」
 そういってセシルは笑った。その形の良い唇に俺の目は吸いつけられていた。

 半日ほどをセシルと過ごし、艦内のあちこちを見て回った。船もそんなに悪くないな、そんな思いを抱いたのはセシルのお蔭かも知れない。
 夕暮れが近付き、ヘリポートに大型輸送ジェットヘリが着艦した。救助兵はこれに乗って、一足先にクレイ海軍工蔽の病院に収容される手筈になっている。
 「さよなら、また会いましょうね」ヘリに乗り込む俺に、セシルはそう言ってくれた。「これは偶然なんかじゃないわ。またいつか巡り合える気がするの。女の直感!」
 言葉を探しているうちに、飛行甲板士官がやってきて無情にもドアを閉める。
 「きっと、約束だ!」
 この言葉はセシルに届いたろうか?
 ツインローターの音もけたたましく、ヘリは発艦した。

        * * *

 …艦上ヘリポート。見上げる女の横に身の丈2メートルはあろう黒人が立つ。

 「いいのか? あれで」
 「あら、ズィム班長。だぁって、純朴でカワイイんだもん」
 「そうじゃない。また男をだまして…」
 「だましてなんかないわ。あたし、嘘は言ってないもの。世の中には知らないで済めばそれでいいことだってよくあるじゃない」
 「知らぬが仏、か? 小悪魔が、よく言う…」
 「彼だって、班長とキスしたとは思いたくないんじゃなくって?」

 …黒人、頭を振りながら戻って行く。女、微笑む。

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 銀騎士の伝説(第3部)「ドン《イース》マーベリック −新しい世代−」

 まだ明け切らぬ朝の6時半、エミリオ・サンチェス司令の命令は突然だった。
 「完全爆装で哨戒飛行せよ」
 オムニ独立戦争も開戦以来4年目を迎え、2539年。我がオムニ独立軍の勝利も間近いと噂されているが、このW・コーイチ航空宇宙基地に配属以来の奇妙な命令だった。

 亡き社長や行方不明の《ウッド》、そして現隊長の《クリン》にとってはエミリオ司令は相当煙たい存在であるらしいが、僕はかなり有能な、頼れる上司だと思っている。補給を切らしたことはないし、かなり無茶な作戦行動であっても、その時点で考えられる最高の飛行計画をいつも上げてくる。
 なによりも僕達に戦果を挙げさせてくれることがありがたい。
 僕の機体でさえキルマークは既に5個を数える。
 実際に撃墜の憂き目にも遭い、司令を認めたくない《クリン》は「奴は一番危ないところに俺達を当てるのさ。戦果を挙げられるのは俺達の腕のあかしさ」と言って相手にしないが、戦果を挙げ、おおむね無事に帰還できているのは事実なのだ。

 MK25・MK50で完全爆装、増槽満タンで飛び立ったTFW−19”シルバーナイツ”は4機のダイヤモンド編隊を組み、高度1万メートルまで上昇、哨戒行動に入る。
 僕の乗る機体はレーダーを強化したRA−310で、ダイヤモンドの最後尾についている。AWACSほど特化された電子装備を持っているわけではないが、早期警戒・戦闘・攻撃と何でもこなせる機体だ。隊長以下3機は名機”ブラストウィンド”のマイナーチェンジ機A−311という編制だ。

 「左舷よし」と《ユーリ》。彼は報告の早さには定評がある。
 「広範囲受動レーダー、反応なし」これは僕。
 「右舷、異常ありませェん」と鼻にかかった声で《エンドウ》。
 こんな若い女の子までが戦闘機なんぞ乗り回しているご時世なのだ。
 隊長がこの娘とデキているかいないかで、W・コーイチ基地では賭けが成立している。今のところ8:2でデキてる方が優勢。だが「絶対尻に敷かれるタイプだぜ」という点で皆の意見は一致している。
 まぁ、女性の優位は今に始まった話じゃなし。特務小隊ドールズや海軍の強襲潜水艇「いざなみ」なんて女性部隊も勇名を馳せている。地球政府軍にも女性部隊があるとかないとか。

        * * *

 司令部から入電。”アトランタ・マラソン。金メダルを獲れ”
 「なんだこれ」と思いつつ、全機にリンク。
 「ちっ」と《クリン》が舌を打つ。「やっぱり来たか」
 「隊長、これはどういうことです?」
 「各機に告ぐ。本隊はこれよりアトランタ宇宙港の爆撃に向かう。進路変更、228。巡航速度、マッハ1クォーター。高度保て。」

 地球政府軍最終集結地、アトランタ。
 ここへの侵攻計画は何も明らかにはされていなかったが、噂は飛び交っていた。いわく、「アトランティスはオリハルコンの山」
 ここへの攻撃命令が下された。
 僕流の解釈では、これはつまり、エミリオ司令は我々に最後に最高の戦果をプレゼントしてくれるのだ、ということだ。

 「バカなこと言うなっ!!」と《クリン》は激昂した。コントロールが甘くなって機体が左右に振れている。「兵士の補充が近いんだっ! アトランタは今頃厳戒体制だぜ! あの外道司令、とうとう俺らを殺す気らしい」
 「隊長、金メダル、とは?」と《ユーリ》。以前所属していた海軍航空隊での異名「銀の髪の電卓」は伊達じゃない。彼は常に沈着冷静だ。
 「ほかの部隊が既に動きだしてるってこと! アトランタマラソン、早いモン勝ちってわけ! あーもうっ、なんだってあのエミリオって奴はあんなに戦果にこだわりやがるんだ!?」

        * * *

 ファジイ2航法コンピュータに目的地座標を入力。
 司令部から送られてきた予想配置データ、WANTIS経由で宇宙軍から送信された当該空域衛星観測敵配置データ、環境局気象課の電離層観測値、天候データなどと照らしあわせ、最適の進入コースを計算する。
 コンピュータは以上の作業を一瞬にして無言のうちに終え、MFD(多機能ディスプレイ)上にコースを表示、オートパイロットの起動許可を求める。
 「ああ、やってくれ」
 僕の言葉を音声認識し、全機の許可が下りるのを待つ。3・2・1のカウントダウンの後、A−311の編隊がぐっと高度を下げる。
 やることが、ない。

 ピーッと電子音。コーションライト。コンピュータの塊のくせにこんなとこだけやけにアナクロだ。ひとパンチくれてライトを消す。
 「後方上空に飛行機雲を観測。光学追尾。指向性レーダー照射。……上空機を確認。IFFは味方。F−221の5機編隊。進行方向は本隊を追従」
 「所属は?」
 「ちょっと待ってください。識別コード、来ました。177特務大隊所属、エア・ドールズ」
 エア・ドールズ! まさか彼女達とレースすることになるのか?

 「やっほう、《クリン》、元気?」
 無線封鎖を破って突然飛び込んだ上空機からの声。若い女の声だ。隊長のコールネームを知っている? ドールズが?
 この声に反応して隊長機がまた左右に揺れる。航法コンピュータの制御下にあるはずの機体がだ。隊長も知らない声ではないようだ。素っ頓狂な声をあげる。
 「セシル!?」
 「やーっ、嬉しいっ! 覚えててくれたのね!」
 「ほ、本隊は現在作戦行動中である。す、速やかに無線の閉鎖を要請する」
 「どうせ行くトコ一緒でしょ? あ・と・ら・ん・た」
 「ほ、本隊の目標はご、極秘! 速やかに当空域からの離脱を要請する」
 「あー、そーゆーこと言うわけ? 命の恩人様に向かって?」
 隊長機の揺れがまた激しくなった。
 「失礼、エア・ドールズ隊長、エリオラ・イグナチェフ少佐だ。取り引きしよう」とやや渋目の通る声。
 「取り引き?」
 「あなた達が対空装備を持ってないのは分かっている。わたしたちにはそれがある。あなた達はRA−310を持っている。その力を少し貸して欲しい」
 「確かに、このまま突っ込んでも20ミリバルカンだけの我々がアトランタにたどり着けるかどうかは怪しいものがありますね」と《ユーリ》。

 「お願い。あたしは地上のみんなを助けたいの。むかしあなたを助けたようにね」と、セシルとかいう女の声がDRu−18対地ミサイルのように隊長のハートを直撃、粉砕した。

 そして、シルバーナイツは今作戦において、(後に”パワードールズ”作戦が正式呼称となる)、ドールズのサポートを立派に勤めあげ、終戦の快哉を共に叫んだ仲間として、その後も深〜い交流が続いている。

 銀騎士の伝説(第3部)おわり

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 銀騎士の伝説(第4部)「エミリオ・サンチェス −人形使い−」

 私がW・コーイチ航空宇宙軍基地オフィスに戻ると、軍事情報端末ディスプレイが点滅していた。表示はこうだ。
 「−−メールが6通届いています(未読分1通)−−」
 いつものことだ、と思いつつ未読メールのアイコンをクリックする。

 ジアス戦役が始まって2年近くになるが、私の指揮する第19航空隊「シルバーナイツ」は休み無しだ。
 独立戦争後の空軍力削減調停により、かつての規模からは大幅に縮小再編制されたシルバーナイツは、しかし、なぜか私の指揮下に依然あり続け、各戦場をあちこち飛び回る遊撃航空隊となっていた。
 このような現在の空軍組織は、かつて惑星規模戦略航空群構想案を貫いた私の理想に描く空軍の在り方とは程遠いが、時代の流れか「柔軟な部隊運用」の名の元にこうした例は空軍に限らず、さまざまな組織で試みられている。
 ただし、このような小規模な航空部隊が編制できるに到ったのも技術の進歩があったればこそのことである。レイランド・ダグラス社のパワーローダー開発の経験は新機軸戦闘機F−231として結実した。

 未読メールを読み終えた。
 TVインターホンウィンドウをクリック。画面に現れた《ウッド》に言いつける。彼はパープルハート(名誉戦傷章)を受け、パイロットを引退した後、私の副官としてシルバーナイツの大きな柱となってくれている。有能で、私に不忠実なところが誠に頼もしい男だ。
 「クリンとイースに呼集。12時間後に出張だ。私も行く。トラベルポッドを準備してくれ」
 「了解。こんどは、どちらへ?」
 「パト・デ・セレス市。・・・認めたくないものだな、因縁などと」
 「はい?」
 「かまうな、こっちのことだ。あとはまかせるぞ、ウッド」
 「はっ」
 TV画面のウッドが敬礼する。彼の右腕はバイオニアLDC社製の最新義手であるが、彼を再び空へ飛び立たせるほどの性能はなかった。
 ウッドが画面から消え、メールが再表示された。
 メールの差出人は「newland_col@dolls.battalion177.ghq.mil」で、タイトルは「ヴェルジーニャ平原撤退作戦 《レイン・ダンス》作戦要項」だった。

        * * *

 数日後早朝。惑星標準時0620。
 パト・デ・セレス空軍基地を飛び立った二人をレーダーで追尾する。司令官と言うのは因果な商売で、この輝点をただ見つめるだけしか出来ないというのは、精神衛生上、実に良くないことだ。作戦によっては輝点を見つめることも、通信すらも出来ないことさえある。
 私は胃薬を流し込みながら、作戦の始まりを待った。
 今回の作戦「レイン・ダンス」では、シルバーナイツはドールズの指揮下に置かれる。私はオブザーバーとして助言を与えるだけだ。しかし、不幸中の幸と言うべきか、わがシルバーナイツは制空権確保の担当という、まさに適材適所を絵に描いたようなミッションとなった。

 それにしても、わがシルバーナイツ、よほど「破烈の人形師団」ドールズに気に入られたらしい。
 セシルとかいう小娘との歯が浮くような昔話も聞かされたが、つい先日、私が真相をはっきりさせてやった。
 クリンの奴は、涙を流して喜んでくれた。
 ドールズの持ってくる仕事は過酷だ。しかし、お蔭と言っては何だが、戦果は上々。過酷なミッションを実力でくぐり抜けた我が隊を「暴空族あがり」などと陰口を叩く者はもはや存在しない。(念のため、一般大衆レベル、一部の軍人の中でさえエアロガードとエイティーズは明確に区別されていない。ヤクザと用心棒が端目には同じに見えるのと同じ道理だ)

 涼やかな女の声が私を呼んだ。
 「ごきげんよう、サンチェス少佐」
 「ニューランド大佐か!?」
 昔からの彼女を知る身から思うに、野戦テント司令部のほうが似つかわしい彼女だが、空挺降下部隊や航空部隊も抱える身としては、むしろ空軍基地が主な活動場所になるのだそうだ。
 「このたびはご招待に預りまことに恐縮の極み、と言いたいところだが、大丈夫なのかね? 今回のドールズの編制は演習部隊と聞いているが」
 「ふふっ、そのはずだったんですけどね。結果的には、最高に厳しい実弾演習を課したことになりました」とニューランドは微笑みを浮かべ、言った。「強いですよ。あなたの想像より、そしてきっと、わたしの想像よりも」
 「そうか。まぁ、君の言うことだ。信じるとしよう。だが、航空隊の指揮権だけでも、こっちに渡してはくれんもんかね?」
 「ブリーフィングでも言ったはずよ。惑星標準時0600、先発隊メテオストライク発進。同20、後発隊シルバーナイツ発進。同30、メテオストライク作戦空域到達。0720、両隊合流。同30、メテオストライク撤収。0830、シルバーナイツ撤収」
 「それはわかっているが・・・」
 「3時間の長期戦よ。制空権の維持は今作戦の成功を占う重要な課題だ。貴官の申し出は誠に有難いが、またの機会に宜しく頼む」
 やれやれ、ニューランド大佐も変わらんな。

        * * *

 惑星標準時0630、先発隊メテオストライク、敵機と接触。
 戦闘状況ディスプレイに「爆撃機×4+護衛戦闘機×8」と表示が現れる。メテオストライク隊を示す輝点から新たな輝点が発し点線を描く。最新鋭防空兵器AIM9C「エンジャク」長距離空対空ミサイル。
 私の目の届かぬところで戦端は開かれた。

 ピーッとインカムが鳴る。シルバーナイツとの直通回線が入った。
 「《クリン》より《人形使い》、作戦空域まであと30。状況知らせ」
 「こちら《人形使い》。作戦空域の敵機を確認した。合計12機だ。情報部め、またいい加減な情報よこしおって。メテオはずいぶんと分が悪いな」
 「セシルが?」
 「クリン、いいかげんセシルはよさんか。・・・どうだ、意地悪してみる気はないか? なに、ちょっと到着時間を遅らせればいいことだ。女なんざ焦らせば焦らすほど燃えるもんよ」
 「司令、あんたって人は!」
 「HA! 悪かった。今度は、本気で訊くぞ。本当に助けたいか? 自分の命を賭けてでも?」
 ちょっとした間があった。1秒も経っていないだろうが、マッハで飛ぶクリンの脳味噌はフル回転だったに相違ない。返事はなかったが、沈黙が何よりも彼の意志を伝えていた。

 「これから言うことは命令不服従のそしりをもまぬがれんことだ。一度しか言わん。良く聞け」
 ここで間を置く。ニューランド大佐に聴こえるように声を張り上げる。
 「諸君らは当初計画の迂回コースを破棄、作戦空域へ急行せよ」
 「サンチェス少佐!」
 ニューランドの声を無視し、続ける。
 「小官の考えるに、情報部が確認したという対空陣地はダミーだ。敵の立場で考えれば、追撃戦の際にこれほど大規模な対空陣地など用意するなどナンセンスだ。小官の言葉を信じ、ダミーと思しき対空陣地の直上を越え、直線コースをたどるならば、作戦空域到達時間を20分は縮められる」
 「サンチェス少佐! 貴官はどのような権限があって・・・!」
 「黙りたまえ、ニューランド! 撤退戦で、かつ長期戦などとはかつての貴官ならば考えもせぬ愚策であるはずだ! 作戦立案の基本は敵の立場に立って物事を考えること。実戦においては、戦力は集中して投入すること。これは独立戦争時のドールズの金科玉条ではなかったか?!」
 「ぐ・・・」
 紅の唇を噛みしめる姿が妙に艶やかだ。ニューランドめ、いい表情するじゃないか。
 「こちらの心配は無用だ。騎士は淑女を護るための戦いには負けん。どうする?メテオ隊の無事を考えれば答えは一つと思うが?」
 冷静さを装うサングラスの奥にニューランドの真意が窺える。
 「・・・《人形使い》より《クリン》。あとは思うがまま、好きにやれ。成功・失敗の別によらず、責任は私が負う」

        * * *

 レイン・ダンス作戦は成功のうちに終了した。
 メテオストライク隊のピンチを救った二人は、引き続きサン・リベルタ空軍基地へ移動、移動司令部「ヒドラウィング」の護衛任務についた。
 W・コーイチ基地に戻った私はウッドの出迎えもそこそこに、軍事情報端末のディスプレイスイッチを入れる。表示はこうだ。

オムニ軍軍事情報システム侵入改竄攻性防壁プログラム "DoLLS PLAYER Ver1.21"
 命令   :ヴェルジーニャ平原地区偽装対空陣地配置
 ステータス:正常終了
>どうしますか?(X:実行 E:終了 D:消去 R:記録)

 ”D”をクリックすると、ウッドに渡された留守中の記録のチェックを始める。
 全て、この世はこともなし。

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 銀騎士の伝説(第5部)「ティーエ・ロレンゾ −癒えてゆく傷跡−」

 右半身が痒い。それは「幻影肢」と言われる一種の精神病だ。

 4年にわたる長い眠りから目覚めたとき、僕の右半身にはバイオニアLDC製義体が取り付けられていた。
 フレコミは「パワーローダー技術を転用した人の考え通りに動くサイボーグ」
 とんでもない。思考制御なんてよほど調子のよい時でないと使い物にはならない。これは心臓に植え込まれた発電機を動力とし、口腔内キーボードとスロート(喉)マイク、腕時計に似せたスイッチ群とサングラスに似せた視線入力装置によって制御されるロボットだ。

 けっして、僕の体などではない。

 パープルハート(名誉戦傷章)授賞の際に渡された記録をひもといてみる。
 独立戦争末期2540年。
 TFW−19シルバーナイツ隊長だった僕は、オルステッド森林地帯上空で撃墜され、意識不明のまま地球政府軍捕虜収容所へ収監された。挙げ句「負傷捕虜の肉体損壊をくい止める為」4年に渡って「冷凍睡眠処理」された、とある。

 で、目覚めてみればサイボーグ、というわけだ。

 戸籍上31歳と登録されている僕の半分だけの27歳の肉体は、しかしパイロットとして充分な運動機能を持ってはいない。「人道的」な健常者たちの考えた障害者保護条例により、身障者の雇用先は極度に限られていた。僕にとって、突然押し寄せた4年間と言う時間の流れに押し流されるまま、社会へ出ることはとてつもない恐怖だった。

 だから僕は、戦の傷が「名誉」になる軍隊に残ったのだ。

        * * *

 2545年。ジアス動乱が終わった。
 防空軍のサンチェス司令に暇を請い、僕は郷里を目指した。
 レイリーストーン市。飛行機の街。シルバーナイツ発祥の地。

 「ティーエなの? 驚いた。全然変わらないのね」
 そう言ってキャミィは優しく僕を迎えてくれた。夫でもあったC.V.ギャラハン社長の亡き後、一人息子を女手一つで育て上げた元経理部長。
 ポニーテールだった髪もショートに変え、今ではすっかりお母さんが板についてきている。
 「バリーに会わせるわ。大きくなったんだから」

 旧SAC社屋。
 今は遊覧飛行と旅客運輸で細々と喰い繋いでいる。
 一機だけ残った旅客ジェットコミューターをバリーが一生懸命整備している。7年前の社長の軍葬のさい、訳も分からず泣きじゃくっていた忘れ形見も、もう12歳になった。
 「バリーっ、お客さんよ!」とキャミィの呼ぶ声に、振り向いた顔は油塗れ。
 「だれーっ?!」まだ声変わりしていない幼い声。
 「ぼくだ! ティーエ・ロレンゾ! シルバーナイツの《ウッド》!」
 「うそーー!」と走ってくる。意外に背の高く、ガッチリした体つき。
 子供の成長は早いものだ。
 正直、7年前に会ったきりの僕を、よくおぼえていてくれたものだと思う。

        * * *

 旅客ジェット機「シュペルター」。
 乗員はサイドバイサイドの2席、客数6名、双発ジェットエンジン搭載。取り立てて特徴はないが、パイロットを夢見る者が一度は乗る機体。
 垂直尾翼に描かれた銀騎士のエンブレムが懐かしい。

 「ねっ、一緒に飛んでよ」とバリー。
 「この子もなかなかやるんだよ。実習飛行はもう100時間越えてるからね」とキャミィ。「まぁ、操縦見てやってよ。・・ウッドは計器をお願い」
 僕の体が不自由なのを気遣ってくれるキャミィの言葉が嬉しい。僕はうなずいて左舷座席に座る。バリーは主操縦席に慣れた感じで乗り込む。
 キャミィは、いつでも代われるように、と予備シートを引き出す。彼女はかつてはかなり鳴らしたパイロットだ。でなきゃあの社長の嫁になんぞ来れるわけがない。
 イグニッションを入れると2発のジェットタービンが深呼吸して心地よい音を立てる。整備は上出来。

 離陸。オートパイロットがシーケンスを終了し、コントロールがバリーに渡る。
 「どう? なかなかやるっしょ?!」とバリー。
 「おう、なかなかやるな!」と僕。実際、彼の安定感のある操縦はその若さに似合わぬ風格をそなえていた。

 淡い緑に萌える眼下の山々が奇麗だ。
 オムニは若い星だと誰もが言う。
 しかし、地球政府軍の捕虜収容所で何度も繰返し見させられたヴィデオ映像に写った地球の景色もまた緑。オムニも地球も、宇宙にたった二人の若き兄弟星なのではないだろうか。

        * * *

 ぱっ、と閃光。
 ごいん、と衝撃波。
 どがん! と爆発音。
 「きゃうっ!」とキャミィ。
 「後方から攻撃!」とバリー。
 「ばかな!! 攻撃だと!?」と僕。
 「前方の民間機! 早急に避難せよ!」と通信機。女の声だ。「こちら第9管区オムニ航空警察隊《フォックス・ハウンド》、繰り返す。前方の民間機! 当空域は現在交戦区域に緊急指定されている。至急避難のこと。以上!」
 WANTISレシーバにユーザIDとパスワードを入力。使い慣れた通信機は間もなく現在地を表示した。確かに赤指定されている。

 ・・ん、WANTISレシーバ? ちょっと待て。

 「なんでこんなとこに軍用のWANTISレシーバがあんだ?!」と僕。
 「レイリーストーン3丁目! いい街だよね」とあっさりバリーが答える。
 《盗品街》・・ね。バリーめ・・・あなどれん奴。

 ディスプレイに眼を戻す。
 赤いドットは敵。後方に戦闘機2機。ドットの横の表示では”ペレス”と”ロイカ”とある。近頃ニュースによく出る無差別エイティーズ(空賊)だ。
 白いドットは味方。更に後方、A−312が2機。ドットの横の表示は”セシル”に”クリン”。

 「クリンか!」
 僕は無線を開いて思わず叫んだ。概ねこの無線機も怪しげなジャンク屋で見つけたものに相違ない。
 「・・・た、隊長!? ウッド中尉?」クリンの素っ頓狂な声。
 「ティーエ・ロレンゾ退役大尉だ! 相変わらずの名コンビだな、まだ尻に敷かれてんのか!?」
 「そっ、そんなことないですよ、ちゃんと・・」
 「クリン!無駄話はあと! ロレンゾ大尉も、早急に退避を!」
 ・・やっぱり。思ったとおりだ。

 ぱぱん! またも衝撃。さっきより近い。
 「離脱するよ!」とバリー。そうだ。こんなとこからは逃げるにかぎる。
 「お待ち」
 「かあさん?!」「キャミィ?!」バリーと僕の声がシンクロする。
 「男がこのまま退き下がるってのかい?」・・眼が恐いぞ、キャミィ。
 「たしか、燃料タンクが一個余ってたね?」・・本気か?キャミィ。
 「バリー、前に教えたろ?《スラム・タンク》」・・。ああ、やっぱ本気だ。

 《スラム・タンク》。15年以上も前、暴空族だった僕達二人を「空のボニー&クライド」と呼ばしめた技。
 空中機動しながら燃料タンクを切り放し、慣性だけで思いのままに飛ばし、相手に叩きつける。対地対空あらゆる目標を脅かす非武装ジェット標準装備の爆撃弾。これを破ったものは後にも先にも一人しかいない。《銀騎士》C.V.ギャラハン、その人だ。

 レーダーを後方監視モードで再起動。後方から曳光弾。8の字回避機動。
 「目標・敵戦闘機を確認、軌道計算よし、リリース用意! 3・2・1・・」
 「やっておしまいっ!」とキャミィ。
 エアブレーキ展開。ランディングギアダウン。フラップ全開。
 「ぽちっとな!」僕はタンク投棄ボタンを押した。
 がこんっ、と鈍い音。一瞬だけ聴こえた、ひゅんっという落下音はすぐにドップラー効果で聴こえなくなった。

 バリーが操縦かんを思いきり引っ張りながら「それ押して!」と叫ぶ。
 とっさの言葉に僕は眼の前の《ニトロ》とかかれたボタンに右ストレートをくれた。急加速の衝撃で体がシートに叩きつけられる。なんて旅客機だ。
 ぼぉん! と背後からタンクのくぐもった命中音。

 「ビンゴォ!」と通信機からセシル。「さっすがシルバーナイツ!」

        * * *

 「まぁ、そりゃ僕だって若い頃はいろいろあったよ。でも社長に会ってさ、ま、早い話が負けちゃってさ、教えられたって言うのかな。『少年よ、非行に走るな。飛行に疾れ!』って大真面目で語られちゃね」
 過激な遊覧飛行の帰り、僕はついつい昔話を始めていた。
 もう間もなく飛行場に着く。空は赤く染まり、森の緑が闇に呑まれていく。
 「情熱に打たれた、のかしらね。あたしたちはそれであの人についていくことにしたの」
 「空の楽しさも、恐さも社長に教わったんだよ」
 「・・・父さんって凄い人だったんだ。・・・かなわないな」
 「根っこはただのスケベなオヤジギャグ野郎なんだけどね」
 「ウッド、あんた、そんなふうに思ってたのかい?」
 「はは、まあね。でも尊敬はしてたよ。バリー、お前に社長のようになれとは言わない。ただ、社長の言葉を借りれば、男らしく勇敢に生きて欲しいな」
 「その『男らしく』っての、俺、苦手なんだよなぁ」
 「そうかな? 簡単なことさ。あらゆる局面で『僕が勇敢な男ならこうするな』と思う勇敢な男を演じ続ければいいんだ」
 言いながら、思う。こんな言葉、社長の受け売りだ。だが、僕自身が社長に言われ続けたことでもある。

 そう、そういうことなんだ。
 ニトロブーストボタンを叩く瞬間、この右手は素晴らしいストレートを繰り出してくれた。
 やって、やれないことはない。
 今は右腕の義手のBEPAMは少しきしんでいるが、僕は言った。
 「着陸は、僕にやらせてくれないか?」


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