新芸術の不評
天才的なフランス人ギュイオーは、数多くのすぐれた着想を持ちながらそれらを十分に発展させえぬままに終わったが、その中でも特記しなければならないのは、社会学的な観点から芸術を研究しようとした試みである。このような研究テーマは、一見不毛のように思う人があるであろう。そして芸術をその社会的効果の側面からとらえることは全く見当違いで、人間をその影を通して研究しようとするのと同類ではないか、というだろう。つまり、芸術の社会的効果は、一見したところ、その美的本質からあまりにも遠く、あまりにも付帯的なものであるので、そこを出発点にして如何にして様式の本質に潜入しうるのかがよくのみこめないのである。たしかにギュイオーは、彼のこの天才的な試みから最良の結果を引き出すことはできなかった。彼の短命とあの死へ向っての悲劇的で足早な歩みが、彼の妙想を澄ませることを妨げ、初歩的で自明なことのすべてを差し置き、最も本質的で奥深く秘められたものに主力を集中することを妨げたのである。彼の著作『社会学的観点から見た芸術』は、その題名のみが存在し、内容はいまだ書かれていないということができるのである。
私がはからずも芸術社会学が実り豊かなものであることを知ったのは、数年前に、ドビュッシーに始まる音楽の新しい時代について小論を書いた時のことであった。私はその時、新しい音楽と伝統的な音楽との間の様式上の差異を、可能な限り明確に定義づけようと企てた。問題は完全に美学上の問題ではあったが、しかしそれにもかかわらず、私は、その問題に到達する最短の道は一つの社会現実、つまり、新しい音楽の不人気という現実から出発することであることを知ったのである。
今回は、テーマをより一般的に広げ、ヨーロッパにおいていまだに活気を見せている芸術全般、したがって新しい音楽のみならず、新しい絵画、新しい詩、新しい演劇などについて語ってみたいと思う。歴史上のそれぞれの時代が、その自己表現のあらゆる形式の間に実に緊密な連帯関係を付与している事実は、まさに驚くべきことでもあり不思議なことでもある。最もかけ離れた芸術ジャンルにおいてさえ、同一の発想、同一の生の様式が脈打っているのである。若い音楽家は、自分ではそれとは気づかずに、彼の同時代の画家、詩人、劇作家が目ざしているのと全く同じ美的価値を、音を用いて実現しようと志向するのである。こうした芸術意識の一致は、必然的に、同一の社会的結果を生むこととなる。事実、新しい音楽の不評に相応して、他のすべての新しいミューズたちも不人気なのである。すべての新芸術は不評である。しかしそれは例外的にそうだとか偶然に不評なのではなく、本質的、宿命的に不評なのである。
新来の様式はすべて一定の検疫期間を通過しなければならないし、あのロマン主義が到来した時も『エルナニ』をめぐる論争や、その他諸々の闘争があったではないか、といわれるかもしれない。しかしながら、新芸術の不評はそれとは非常に違った様相を呈しているのである。ここでわれわれは、評判をえていないことと不評であるということを区別する必要がある。革新的な様式が評判を勝ちとるには若干の時間がかかる。したがってその様式は、その期間は評判はえていないが、さりとて不評でもないのである。普通引き合いに出されるあのロマン主義の強襲は、社会現象としては、今日の芸術が示しているものとまさに正反対なのである。ロマン主義は、「民衆」をたちまちのうちに征服した。しかしその「民衆」にとって旧来の古典主義は、一度たりとも琴線にふれたことはなかったのである。ロマン主義が戦わねばならなかった敵は、まさに、詩の「旧体制」の復古的な形式の中で強直してしまっていた選ばれた少数者たちであったのだ。ロマン派の作品は、印刷術が発明されて以後、多くの発行部数を誇った最初の例である。ロマン主義は、まさに民衆様式であったのであり、民主主義の長子として、大衆から最高の扱いを受けたのである。
これに反して、新芸術は大衆を敵にまわしており、今後も永遠に敵とするであろう。新芸術は本質的に非大衆的であるばかりでなく、反大衆的でさえあるのである。新芸術の作品はどれも、自動的に、観衆の間に奇妙な社会的効果を生み出す。観衆を二つのグループに、つまりその作品に好意的なごく限られた人びとからなる少数派とその作品に敵意を抱くおびただしい数の多数派に分けてしまうのである。(ここではあのスノッブという得体の知れぬ動物群ははぶくこととする。)つまり、芸術作品は、二つの対立グループを作り出す社会的な力、群集という不定形な人間集団を二つの異なった階層に選別分離する社会的な力として作用するのである。
この二つの階層に対する選別原理とはどのようなものであろうか。芸術作品はすべて、意見の分離をもたらす。ある人びとはその作品を好むが、他の人びとは嫌い、またある人びとは非常に好むが、他の人びとはそれほどでもないといったぐあいである。こうした意見の分離は、組織的な性格のものでもなければ、特定の原則に従うのでもない。われわれの個人的な性質が、その時々によって、われわれを一つのグループに仲間入りさせるわけである。しかし新芸術の場合に限り、かかる分離は、個人の趣味の違いという段階よりもさらに深い次元において生ずるのである。問題は、新しい作品を民衆の大多数が好まないとか、少数者のみが好むとかいったことではなく、大多数が、つまり、大衆がそれを理解しえないというところにあるのである。『エルナニ』の上演を観た旧い弁髪組は、このヴィクトル・ユーゴーの劇作品を十分に理解したし、理解したからこそ好まなかったのである。特定の美的感受性に忠実な彼らは、このロマン主義者が提示した新しい芸術的価値に不快感を覚えずにはいられなかったのである。
「社会学的観点から見た」新芸術の特徴は、社会を、新芸術を理解できる人間と理解できない人間の二つの階層に分けるところにある、と私は考える。このことは、ある階層の人びとが、他の階層の人びとが持っていない、一つの理解のための器官を所有していることを意味し、これら二つの階層が人間という種の二つの変種であることを意味しているのである。新芸術は、ロマン主義芸術のようにすべての人を対象としたものではなく、特に才能を持っている少数者に向けられた芸術なのである。ここに大衆が新芸術に対して憤りを感ずる原因があるのである。ある芸術作品に接して、嫌いだが理解はしたという場合、人はその作品に対して優越感を持つから、憤りを感じはしない。ところが、その作品に対する嫌悪感が、作品を理解しえないところに由来する場合、人は侮辱されたような気になり、漠然とした劣等感を抱くのであり、作品に向って憤懣をぶちまけることによって逆に自己を肯定するという形で、そうした劣等感をいやす必要があるのである。新芸術は、善良な小市民の前に姿を見せるだけで、彼らに、自分はまさに小市民そのもの、芸術的秘跡を受けることもなければ、あらゆる純粋美に対して盲目であり聾である小市民であることを、否応なく自覚させるのである。ところで、百年間にわたって終始一貫大衆にへつらい、「民衆」を賛美してきた後でこうしたことをやれば、それなりの罰を受けるのは当然である。あらゆる面で優位を占めることに慣らされてきた大衆は、特権階級の芸術であり感受性の面での貴族、本能の面での上流階級の芸術である新芸術によって、彼らの「人権」を犯されたように感ずるのである。大衆は、新しいミューズが姿を見せれば、あたりかまわず足げにするのである。
約一世紀半にわたって、「民衆」は、大衆は、自分が社会そのものたらんとしてきた。ストラヴィンスキーの音楽やピランデルロの戯曲は、こうした大衆に対して、彼らが「単なる民衆」に過ぎず、社会の一構成要素であって、歴史の過程に作用する力を持たない無力な素材であり、精神的な世界において二次的な因子に過ぎないことを自覚させる社会学的な力を持っている。他方において新芸術は、「選良」に対して、彼らがこの灰色の大群衆の中にあって自己を見分け、自己を再認識すると同時に、彼らの使命は少数者たるところにあると同時に、多数者を向こうにまわして戦うところにあるのだ、と自覚させる上にも貢献するのである。
政治から芸術の分野にいたるまで、社会は、当然そうあるべき二つの階層というか階級、つまり、すぐれた人間の層と凡俗な人間の層に再構成される時が近づいているのである。ヨーロッパのすべての疫病は、この新しいそして救世主的な分裂の時代に流れこみ、そこで治癒されることであろう。内的な構造もなければ支配的な規律もなく、無差別で無定形で混沌とした統一の中で、社会は百五十年間生きてきたが、こういう状態を継続することはできない。今日の生のあらゆる局面の根底には、腹だたしい不正が息づいている。つまり、人間は完全に平等であるというあの誤った仮説がそれである。われわれが人びとの間に分け入り、足を一歩踏み出すごとにその反対の事実があまりにも明白になるので、一歩一歩が苦痛に感じられるほどである。
こうした問題を政治の分野で提起したとすれば、それによって引き起こされる感情の波はあまりにも激しく、とうてい現時点では人びとを納得させることはできないだろう。しかし幸いにも、先にふれた一時代における歴史精神の連帯性のおかげで、政治の世界では劣等な感情のために曇らされてしまっている道徳改革の兆候と予告が、今芽吹きつつある現代芸術においても全く同様にあらわれていることを、冷静に、しかもきわめて明確に指摘することができるのである。
「知性を持たぬ馬や騾馬のようであってはならない」と福音書家はいっている。大衆は足げにするばかりで、理解はしないのである。われわれはその逆をやるよう試みてみよう。そして新芸術からその基本的原理を抽出してみよう。そうすれば、新芸術が如何に深刻な意味で不評であるかがわかるであろう。
芸術のための芸術
新芸術がだれにでも理解しうるものでないとすれば、それはその手段が総括的に人間的なものでないことを意味している。そうした新芸術は一般人向きではなく、一般人よりすぐれているとはいえないかもしれないが、しかし一般人とは明らかに異なっている特殊な階層向きの芸術なのである。
なによりもまず明確にしておかなければならないことが一つある。それは、大多数の人びとはいったい何をさして美的快感と呼ぶのかということである。彼らがある芸術作品、例えば、ある劇作品が「好き」だ、というとき、彼らの気持には何が起こっているのであろうか。答えは明瞭である。つまり人びとは、彼らの前に提示された人間の運命に自分の関心をひくようなドラマがあった場合に、その作品を好むのである。登場人物の愛、憎しみ、悲しみ、喜びに心を動かされ、それらがあたかも現実に起こっていることであるかのように、自分もそれに参加するのである。そして架空の人物を現実の生きた人間と錯覚させてくれる作品を「良い」作品だというのである。叙情詩の場合には、彼らは詩人の背後に息づく人間の愛と苦悩を捜し求めるであろう。絵画の場合には、彼らが、なんらかの意味で、いっしょに生きたらおもしろいだろうと感ずるような男女が画面に描かれている場合にのみ惹かれるであろう。彼らが風景画を美しいと感ずるのは、そこに描かれている現実の風景が、行ってみたくなるような快適さとか感傷的な趣を持っているときであろう。
以上のことは、大多数の人びとにとって美的快感とは、日常生活において彼らが普通にとっている精神的態度と本質的には変わりない一つの精神状態であることを意味している。それはただ、功利性が希薄であるとか、より密度が高いとか、結果的に苦痛を伴わないとかいった性状形容詞的な意味での差異を持っているに過ぎないのである。要するに、芸術における彼らの対象というか、彼らの注意、そして注意とともにそれ以外の能力を引きつける対象となるものは、日常生活における場合と全く同じもの、つまり人間の姿と人間の感情なのである。彼らにとって芸術とは、興味深い人間的な事象との接触を可能にしてくれる諸手段の総体なのである。真に芸術的なフォルムや非現実性や想像力の介入も、彼らが人間の姿とその有為転変を明確に感じとる上に妨げにならない範囲内でのみ認めるわけである。そしてひとたびそうした純粋に美的な要素が優位を占め、ホアン〔太郎〕やマリア〔花子〕の物語が十分に捉えられなくなるととたんに、彼らはわけがわからなくなり、舞台であれ、小説であれ、絵画であれ、それを前にしてどうしてよいかわからなくなってしまうのである。しかし彼らは、対象を前にした場合、感情を動かされ情緒的にかかわってゆくという、あの実際生活上の態度以外の態度を知らないのだから、それも当然である。こうしたかかわり方の可能性を提供しない芸術作品は、彼らが役割を演ずる余地を与えないのである。
ところで、次の点はきわめて明確にしておく必要がある。すなわち、芸術作品がわれわれに語ったり描いたりしてくれる人間の運命に共感し、喜んだり苦しんだりすることは、真の美的快感とは非常に違ったことだということである。そればかりではない。芸術作品の人間的な側面にのみとらわれるということは、厳密な意味での美的快感とは、原理的に相入れないものなのである。
これはきわめて簡単な視覚の問題である。何かものを見ようとする場合、われわれは視覚器官をある特定の方法で調節しなければならない。この調節が適切でない場合は、ものは見えないか、見えたとしてもぼけてしまう。窓のガラス越しに庭を眺めている姿を思い描いていただきたい。その場合われわれは、視線がガラスの所で止まらずに、ガラスを突き抜け、花や茂みのところで焦点を結ぶように調節するだろう。見ようとする対象は庭であり、視線はまっすぐそこまで延ばされるから、視線はガラスを素通りしてガラスの存在には気づかない。ガラスが透明であればあるほど、われわれがガラスを見る度合は低くなる。しかし努力をすれば、その庭を無視し、視線を後退させてガラスのところで止めることもできる。その場合庭そのものはわれわれの視界から消え、われわれに見えるのはガラスに貼りつけられたような、混然とした色の塊だけになるのである。このように、庭を見るということと窓のガラスを見るということは両立しえない二つの操作であり、一方が他を排除するとともに、それぞれ異なった視覚調節を必要とするのである。
これと同様に、芸術作品を前にしてホアンやマリアあるいはトリスタンやイゾルデの運命との共感を求め、彼らに精神の焦点を合わせる人には、芸術作品は見えないであろう。トリスタンの悲運はまさにトリスタンの悲運なのであり、したがって、それを人が現実のものとして捉える範囲内においてのみその人を感動させうるわけである。ところが芸術作品は、それが非現実的である程度においてのみ芸術的なのである。ティツィアーノが描いたカルロス〔カルル〕五世の騎馬像を享受しうるためには、そこに真の生きたカルロス五世を見るのではなく、一つの肖像、一つの非現実的なイメージ、つまり虚構として見ることが不可避な条件なのである。肖像画のモデルとなった人物とその肖像画とは、二つの完全に異なるものであり、われわれの関心はそのいずれか一方に向けられるのである。前者に向けられた場合、われわれはカルロス五世とともに「生きる」のであり、後者の場合には、一つの芸術作品を芸術作品として「観照」するのである。
ところで、大多数の人びとは、芸術作品という透明なガラスに、彼らの注目の焦点を合わせることができない。そして、そこを気づかずに素通りしてしまい、作品に暗示されている人間的現実に執着し熱狂するのである。彼らに対して、手中の獲物を手離して、芸術作品そのものに注目するようにすすめたとしても、彼らはそこには何も見えないと答えるであろう。事実、そこには人間的事象はなく、芸術的に透明なもの、純粋に潜在的な力があるだけだからである。
十九世紀を通じて芸術家たちはあまりにも不純な方法をとった。彼らは、厳密に美的な要素を最小限に削減し、作品をほとんど全面的に人間的事実のフィクションから構成するという方法をとったのである。この意味で、前世紀の標準的な芸術はすべて、それぞれ様相こそ違え、写実主義的であったといえる。ベートーヴェンもワーグナーも写実主義者であったし、シャトーブリアンもゾラも写実主義者であった。ロマン主義と自然主義も、今日の高みから眺めると、両者間の距離はちぢまり、写実主義という共通の相貌をあらわにしてくるのである。
こういった種類の作品は、部分的に芸術作品であるに過ぎない。こうした作品を享受するには、芸術的な感受性、つまり、潜在的で透明なものに焦点を合わせる能力を持つ必要はない。いわゆる人間的な感受性を持ち、あとは隣人の苦悩や喜びが自分の中に反響するままにすればこと足りるのである。したがって、十九世紀の芸術があれほど評判がよかったことが納得ゆくのである。それは大衆のために作られており、芸術であるよりも人生の抜粋であったのである。従来、二種の異なったタイプの芸術、つまり、少数者のための芸術と大多数者のための芸術を持った時代(1)には、後者がつねに写実的であったことを想起していただきたい。
(1) 中世がその例である。中世では、貴族と平民という社会の二層構造に照応して、「慣例的」、「理想主義的」な芸術、つまり、芸術的で高貴な芸術と、写実的で風刺的な庶民芸術とがあった。
私はここで、純粋芸術が可能か否かを論ずるつもりはない。たぶん不可能だろうとは思うが、私がそう判断する理由は、説明するにはやや長すぎ困難でもある。したがってここでは触れないほうがよいと思うわけである。その上、この問題は、現在私が論述していることにはそれほど大きな関連を持つものでもない。たとえ純粋芸術が不可能であったとしても、芸術の純粋化への傾向がありうることは全く疑問の余地がないであろう。そしてこの傾向は、ロマン主義や自然主義の作品に支配的であった人間的要素、あのあまりにも人間的な要素を徐々に排除してゆく形をとるであろう。そしてその過程において、作品における人間的な内容がほとんど見えなくなるときが到来することだろう。その時われわれは、芸術的感受性という特殊な能力を持った者のみが知覚しうる芸術作品を持つこととなろう。それは芸術家のための芸術であって大衆人のための芸術ではなく、俗用芸術ではなくある階層の芸術となろう。
ここに新芸術が社会を二種類の人間に、つまり、新芸術を理解できる人間と理解できない人間、すなわち芸術家と非芸術家とに分ける理由があるのである。新芸術は芸術的な芸術なのである。
しかし私は、ここでこの芸術の新しい方法を称揚しようとしているのでもなければ、ましてや前世紀に用いられた方法を中傷しようとしているのでもない。私はただ、動物学者が相対立する二つの動物群の特徴を記述するように、両芸術の相貌を記述しているだけである。新芸術はすでに世界的な事実となっている。ここ二十年のあいだに、二世代にわたる若者たちのうち最も鋭敏な者たちは─パリ、ベルリン、ロンドン、ニューヨーク、ローマ、マドリードにおいて─突如として、伝統芸術は彼らの興味を惹かないばかりでなく、嫌悪感さえ与えるという如何ともしがたい事実に直面したのである。こうした若者たちに対しては次の二つの処置のうちいずれかを取るしかない。つまり、彼らを銃殺するか、あるいは、彼らのいうことを理解するようこちらが努力するかである。私は断然第二の方法を選んだ。そしてまもなく、彼らの中に、全く明快でまとまりがあり合理的な新しい芸術観が芽ばえ始めていることを知ったのである。それは気まぐれとはほど遠く、それまでに芸術がたどった全過程が必然的にもたらした実り豊かな結果を彼らは感得していたのである。この新芸術に抵抗し、すでに底をつき、衰弱し旧式になってしまったフォルムの中にかたくなに閉じ込もっていることのほうが、気まぐれであり、身勝手であり、したがって不毛な行為なのである。芸術においてわれわれがなすべきことは、道徳の場合と同様に、われわれが任意に選択するのではなく、時代がわれわれに強制する作業司令に従わねばならないのである。この時代の秩序への従順さこそ、個人がとりうる的確さの唯一の可能性なのである。だがそうしたとしても、何も達成しえないかもしれない。しかし、いまだにワーグナー的なオペラを作曲したいとか自然主義的な小説を書きたいとこだわることのほうが、失敗の公算がはるかに大きいことは確かである。
芸術において、繰り返しはいっさい無効である。歴史上に現れるそれぞれの様式は、一つの類型の枠内でいくつかの異なった形式を生み出しうる。しかしながら、やがてはそのすばらしい鉱脈も掘りつくされる日がやってくる。例えば、ロマン的・自然主義的な小説や演劇がたどった運命がこれであった。この二つのジャンルが今日不毛なのは、才能ある作家がいないからだと考えるのは、あまりにも素朴な誤りである。これらのジャンル内での可能な組み合わせが堀りつくされたに過ぎないというのが実情である。したがって、未発掘の鉱脈を発見する能力のある新しい感受性が、こうした涸渇と時を同じくして抬頭してきたことは、幸運とみなさねばならないのである。
新様式を分析してみると、次のような、相互に深く関連し合ったいくつかの傾向が見出せる。つまり新芸術には、(一)芸術の非人間化、(二)生きものの形象の排除、(三)芸術作品をして芸術作品以外たらしめないようにする、(四)芸術を遊戯以外の何物でもないとみなす、(五)芸術の本質の一つをアイロニーとする、(六)にせ物をいっさい回避し、周到な制作を心がける、(七)若い芸術家たちは、芸術を、なんら超越的な価値を持たない自目的的なものと考える、などの傾向があるのである。
以下こうした新芸術の相貌を、それぞれ簡単に描写してみよう。
現象学の数滴
高名な男が死にかかっている。妻がその枕もとにいる。医者が臨終間近い男の脈をとっている。部屋の奥にはさらに二人の人間がいる。一人は、職業上の理由からこの死の場面に立ち合っている新聞記者で、もう一人は偶然に来合わせた画家である。妻と医者と新聞記者と画家が、同一の事実を見守っている。しかしながら、この単一の事実─一人の男の末期の苦悶─は、この四人の一人ひとりにそれぞれ異なった側面を提示するのである。それはあまりにも違っているためにほとんど共通点を持っていないとさえいえるほどである。悲嘆にくれる妻と、冷静にその状況を見ている画家とでは、この事実の持つ意味にあまりの違いがあり、むしろ、妻と画家は完全に異なった二つの事実に臨んでいるといったほうが、より正確とさえいえるほどである。
つまり、一つの現実も、これを相異なる視点から眺めた場合、多くの相異なった現実に分割されるのである。そこで次のような疑問が生じる。これら無数に分割された現実のうち、どれが真正な現実なのか。われわれが、どれをとったとしても、それは恣意的たらざるをえない。われわれがどれかを選択するとすれば、その選択は気まぐれ以外の根拠を持ちえないのである。これらの現実はすべて等価値なのであり、それぞれの現実はそれに相応する視点に立った場合には真正なのである。われわれがなしうることといえば、こうした観点を分類し、その中から実際的にいっていちばん正常で自然だと思えるものを選び出す以外にない。そうすることによってわれわれは、絶対的というにはほど遠いが、少なくとも現実に対する実際的で標準的な概念をうることができるのである。
ところで、あの死の場面に立ち合っている四人の視点を最も明瞭に区別する方法は、彼らの次元の一つ、つまり、末期の苦悶という共通の事実と四人の間の精神的な距離を測定することである。妻の場合には、その距離は僅少であり、ほとんど存在しないといえる。この悲しむべき出来事は、彼女の心を激しく苦しめ、彼女の魂の大部分をおおいつくしてしまうので、彼女の人格と一体化する。逆のいい方をすれば、彼女はその場面に深く入りこみ、その一部となるのである。われわれがあるものを現実に見ることができるためには、つまり、ある事実がわれわれが眺める対象となるためには、その事実をわれわれから引き離し、われわれの存在の生きた一部であることを止めさせねばならない。したがってこの妻はその場に臨んでいるのではなく、その渦中におり、その事実を眺めているのではなく、生きているのである。
医者となると、すでにやや離れた距離にいる。彼にとってこの問題は、職業上の一つのケースである。彼のこの事実とのかかわり合いには、あの哀れな妻の魂を圧する激烈な苦悩は伴わない。しかしながら医者としての彼には、この起こりつつある事実に真剣に取り組む義務がある。その事実に対し彼にはある程度の責任があるばかりでなく、医者としての権威さえ危険にさらしかねない。したがって、妻ほど心底から全面的にとはいえないが、彼もまたこの事実に参加するのである。彼はその状況の虜となり、彼の人格の心情的な面からではなく、職業的な部分から、その劇的な事実の内部に引きずりこまれてゆくのである。彼もまた、自分の誠心の中心から発する感動ではないが、その周辺にある職業的良心から発する感動をもって、この悲しむべき事件を生きているのである。
ところでわれわれが、ひとたび新聞記者の視点に立ってみると、その苦悩に満ちた事実から如何に遠く離れたところにいるかに気づくのである。その距離はあまりにも遠く、われわれは、その事実との感情的な接触を全く失ってしまう。新聞記者がその場にいるのは、医者と同じように、職業上の義務からで、自発的、人間的な衝動からではない。しかも医者という職務が医者に事件への介入を余儀なくさせるのに対し、新聞記者の職務はまさに関与しないこと、つまりただ観察することだけを要求するのである。新聞記者にとってその事件は、あとで新聞紙上で記述しなければならない単なる光景に過ぎないのである。彼はそこに起こりつつあることに感情的に関与しないし、精神的にその事件の埒外にあり、その事実を生きずに、ただ傍観しているのである。しかし傍観といっても、あとで読者に伝えねばならないという意識をもって観察している。彼は読者を引きつけ、感動させ、できうべくば、一時なりともその死にゆく人の親類縁者ででもあるかのように涙を流させたいのである。彼は学校時代に読んだホラティウスの処方箋を思い出している。「もし私を泣かせたいなら、まず貴方自身が泣かねばならない。」
新聞記者はこのホラティウスの教説に従い、あとで書く記事に注ぎこむ感動を自分も味わおうと努める。つまり、状況を「生き」てはいないが、生きているように「装う」ことになるのである。
さて最後に画家になると、事件には無関心で、ただじっと舞台に目をすえているだけである。そこに起こりつつある事件は彼の関心を引かない。よくいわれるように、彼は事件から数千レグワも離れたところにいるのである。彼の態度は純粋に眺める人のそれである。いやさらに、事件をその全貌において眺めてはいないとさえいえる。つまり、事実が内包する悲劇的な意味は、彼の知覚外にあるのである。彼は外在的なもの、つまり光、影、色価にのみ注目する。かくして画家にいたって、心理的な距離は最大となり、感情的介入度は最小となるのである。
以上のような分析を行なうことはそれ自体悲しいことだが、しかし、それによって現実とわれわれの間の精神的な距離を明確にできるとすれば、償いうるであろう。上記の例の距離の尺度において、その接近度は事実への感情的な介入度に相応し、遠隔度はわれわれが現実の事件を前にしこれを純粋な観察のテーマに変えうる度合、つまり、事件からの解放度に相応する。われわれがその尺度の一方の端に位置した場合には、この世界─人間、事物、情況─の一つの様相、つまり「生きられた」現実を見出し、反対の端からはすべてをその「眺められた」現実の様相において見ることになるのである。
ここでわれわれは、美学にとって本質的なことを指摘しなければならない。それなくしては、新旧を問わず、芸術の生理にメスを入れることは容易ではないのである。つまり、先のような相異なった視点に相応する現実の様相の中に、それ以外のすべての様相がそこから派生し、すべての様相の前提となっている一つの様相があるという事実である。現実の様相のうち生きられた様相がそれである。もしも一人の男の末期の苦悩を全身全霊で心も狂わんばかりに生きる人がだれもいないとすれば、医者もその事実に没頭することもないであろうし、新聞の読者も、事件を記述する記者の感傷的な表情を理解しえないだろうし、また悲嘆にくれる人びとに囲まれたベッドに横たわる男を描いた画家の絵も、われわれには理解しえないであろう。全く同じことが他の対象─それが人間であれ事物であれ─についていえる。リンゴの基本形象は、われわれがリンゴを食べようとするときに見られる形象である。それ以外にリンゴがとりうるあらゆる形象─例えば1600年代の画家がバロック的な装飾と組み合わせてリンゴに与えた形象、セザンヌの静物画に見られる形象、あるいは少女の頬の初歩的な隠喩としての形象─はすべて、大なり小なり、その基本的な様相をとどめているのである。絵画でも詩でも、あの生きられた形象の名残りを全くとどめていないとすれば、理解しえないもの、つまり、通常の意味を剥奪した言葉を並べた演説が無意味であるように、無内容なものとなるであろう。
以上のことは、現実度の尺度の中にあって生きられた現実が特殊な優位性を持っていることを示しており、そのためにわれわれは、生きられた現実こそまさに現実「そのもの」とみなさざるをえないのである。生きられた現実の代わりに、人間的現実といいかえてもいいだろう。臨終の場面に平然として臨んだ画家は「非人間的」とみえる。したがって、人間的視点というのは、われわれが情況、人、事物を「生きる」視点だといえる。そしてその逆に、すべての現実─女、風景、事件─は、それらが通常生きられる様相を示すとき、人間的であるといえるのである。
一例だが─その重要性については後述する─世界を構成している諸現実の中に、われわれの観念も含まれている。観念は、それによって事物を思考するとき、われわれは観念を「人間的に」用いているといえるのである。つまり、ナポレオンについて考えるとき、普通われわれは、ナポレオンと呼ばれる偉大な人間にのみ注目する類である。これに対して心理学者は、通常とは異なる「非人間的」な視点を採用し、ナポレオンその人から離れ、自己自身の内部を見つめ、彼のナポレオンに対する観念を観念そのものとして分析しようとする。つまり、心理学者の視線は、われわれが普通の生活において用いる視線の逆方向にむいているわけである。そこでは観念は対象を考えるための道具ではなくなり、それ自体が思考の対象となり目的とされるのである。新芸術は、こうした非人間的転換を思いがけない方法で用いているが、それを次に見てみることにしよう。
芸術の非人間化始まる
新芸術は、目まぐるしい速さで、種々様々な方向と試みへむかって自己分解してきた。それらの生み出した作品の相違を強調することはきわめて容易である。しかし、それ以前にまず、すべての作品にみられる共通の基盤─それは相異なる形で、また時には相矛盾する形で表れる─を限定すべきで、それをせずに、差異性、個別的な特殊性を強調することは無意味であろう。すでにアリストテレスも、事物が相異なる場合は、類似している点において、つまり、ある種の共通する性質において相違するのであるといっている。物体にはすべて色があるからこそ、それぞれの色の差異がわかるのである。種はまさに属の内訳であり、種の一つ一つが、種全部に共通の遺産をそれぞれ異なった形で生かしているのを目の当たりにする時、われわれははじめて、種というものを理解しうるのである。
私は新芸術の方向の一つ一つにはあまり興味がないし、ましてや個々の作品ということになると、わずかな例外を除けば、ますます興味がない。それに、新芸術作品に対する私の評価などだれにも興味がないだろう。自分のインスピレーションを限定し、芸術作品をほめたりけなしたりすることに専念している著述家は、文章を書かないほうがいいだろう。彼らは、そんな難儀な仕事にはむかない人間だからである。クラリーンが無器用な劇作家についていったように、彼らはその努力を別の仕事に、例えば家庭を築くことなどに振り向けたほうがいいだろう。すでに家庭を持っているというなら、もう一つ築いたらいいだろう。
重要なことは、この世に一つの新しい美的感受性(1)が存在しているという厳然たる事実である。種々の方向や個々の作品の多様性に対して、この感受性は属的なものを意味するというか、それら多様性の源泉をなすものである。この感受性の本質を明らかにすることはかなり重要のように思われる。
(1) この新しい感受性は、創造者のみに見られるのではなく、単なる観衆に過ぎない人びとにも認められる。先に私は、新芸術は芸術家のための芸術であるといったが、あの場合の芸術家とは、新芸術作品の制作者のみならず、純粋に芸術的な価値を知覚しうる能力を持った人びとをも含めているのである。
私は新しい芸術作品の最も包括的な特徴は芸術の非人間化の傾向にあると思う。前段で述べたことをあわせて考えれば、私のいわんとすることがより正確になるだろう。
新様式の絵画作品と1860年の絵画作品を比較するに際して、最も簡単な方法は、まずそれぞれの画面に描かれているもの、例えば一人の人間とか一軒の家とか一つの山とかを比較対照してみることである。そうすると、1860年の画家はなによりもまず、対象が、画面の外にあって生きられた現実つまり人間的現実の一部を構成している時に持っている雰囲気と全く同様な雰囲気、全く同一の相貌を、画面の上でも持つようにしようと意図していることに、すぐに気づくであろう。1860年の画家が、それ以上の多くの複雑な美的意図を持っていたことも考えられるが、しかし重要なことは、まずはっきりと似せるというところに出発点があったことである。そこでは、人間も家も山もすぐにそれとわかり、われわれがずっと見慣れてきた従来の親しみある姿を見せている。ところが最近の絵画では事情は逆で、われわれはそうしたものを見分けるのに苦労する。その作品を観る人は、この画家はたぶん似せて描くことができなかったのだろう、と考えるかもしれない。しかし1860年の作品もまた「まずく描かれている」こともありうるのである。つまり、画像と画面外にある実物との間に大きな距離があり、重大な食い違いがあることもありうるのである。しかしながら、その距離が如何なるものであっても、その伝統的な画家の誤りは「人間的」な対象を指し示しているのであり、それらは「人間的」な対象への道中でのつまずきであり、セルバンテスの作品に登場する画家オルバネーホが自作を観る人に何が描いてあるのかをわからすために絵の横に書き入れた「これは雄鶏なり」〔「ドン・キホーテ」後篇、第三章〕 に匹敵する失敗なのである。最近の絵画では、これと全く逆のことが起こるのである。つまり、画家が失敗するとか、脇道にそれてしまって実物(自然的=人間的)に到達しないというのではなく、彼らの方向は、われわれを人間的な対象に導く道とは全く逆の道を指し示しているからなのである。
おぼつかない足どりで現実を目ざして歩いてゆくのとは反対に、画家は現実に反抗しているのである。画家は大胆にも現実をデフォルメし、現実の持つ人間的様相を破壊し、現実を非人間化しようともくろんでいるのである。われわれは伝統絵画の中に描かれている事物となら、幻覚のうちに共存することができる。たとえば多くのイギリス人がジョコンダ[「モナ・リーサ」〕に恋をしたではないか。ところが新しい絵画に描かれている事物との共存は不可能である。画家は事物から生きられた現実の様相を根こぎにすることによって、われわれが日常世界へ戻りうる橋を落とし、渡し舟を焼き払ってしまったのである。画家はわれわれを一つの抽象的な世界にとじ込められたままに放置し、われわれに、人間的に接触することが不可能な対象との接触を余儀なくするのである。したがってわれわれは、通常の事物を生きる生き方とは全く異なった別の接触方法を即興的に考案しなければならない。われわれは、そうした異常な形態に適した前代未聞の行為を創案し発明しなければならないのである。この新しい生、自然の生の廃棄を前提として発明されたこの生こそ、まさに、芸術の理解と享受なのである。この新しい生には感情もあるし情熱も欠けてはいない。しかしその感情と情熱は、われわれの本来の人間的な生の景観をつかさどっている精神の花とは非常に異なった植生に属していることは明らかである。それら超事物(1) ultra-objetos がわれわれの内なる芸術家に呼び起こすものは二次的な感動なのであり、まさに美的感情そのものなのである。
(1) ultraismo (超越主義)という名称は、この新しい感受性を指し示すためにいままで造られた名称のなかで最も適切なものの一つである。
以上のようなことを目的とするならば、人間的形象─人間、家、山─を完全に捨てて、全く新しい形象をつくり出すことのほうがより簡単だといわれるかもしれない。しかしそれはまず第一に、実行がむつかしい(1)。というのは最も抽象化された装飾的な線にまでも、ある種の「自然」の形象の記憶が執拗に息づき続けるだろうからである。そして第二に─しかもこれが最も重要な点だが─われわれが今問題としている芸術は、人間的な事物を含まないゆえに非人間的であるというばかりでなく、積極的に非人間化するという作業だからである。新芸術は、人間的なものからの逃避に際して、新奇な図鑑の実現という終着点よりも、人間的様相の破壊という出発点のほうに、より大きな関心を抱いているのである。人とか家とか山とかとは全く違ったものを描くというのではなく、できうる限り人間に似ていない人間、われわれがその変容に気づきうるよう最小必要限の形しかとどめていない家、かつて山であったものから─蛇が抜けがらから出てくるように─奇蹟的に現れた円錐形を描こうとするのである。今日の芸術家の美的快感は、こうした人間的なものに対する勝利から湧き出でるのである。だからこそ、つねに勝利を具体化し、一つ一つの場合において、絞め殺した犠牲者をあきらかにそれとわかるように明示する必要があるのである。
(1) この点に関して一つの極端な試み 〔ピカソのいくつかの作品〕 がなされたが、しかしみごとに失敗している。
俗人は現実から逃避することはたやすいことだと考えるが、実はこの世で最もむつかしいことなのである。全く無意味なこと、理解不能なことをいったり描いたりすることは容易である。関連のない言葉を並べたり、無茶苦茶な線を引いたりすればよいからだ(1)。しかし「自然」の複写でもなく、しかもそれなりに実体を持ったものを作り出すということは、至高の才能なくしては不可能なことである。
(1) ダダという冗談が行なったことがこれである。人びとは、新芸術の同じような奇行や失敗に帰した諸々の試みが、その有機的な原理から、ある種の論理性をもって派生していることに徐々に気づいてゆくことであろう(前注参照)。この事実は、新芸術が、意味に満ちた統一的な運動であることを、十二分に物語っている。
「現実」は、芸術家の逃亡を防ごうとして常時待ち伏せている。それをまいてみごとに逃げきるには、芸術家側にどれほどの抜け目なさを必要とすることだろうか。芸術家は一人のユリシーズ[オデュッセウス]、しかも逆方向に進むユリシーズでなければならないのである。芸術家は、日々生活をともにするペーネロペーの手を逃れ、待ちうける危険と暗礁の中を魔女キルケーの領土にむかって航海するのである。したがって、間断なく行われている待ち伏せを一瞬たりといえどもうまくまくことに成功したときに芸術家が、竜の首を足下に切り落とした聖ジョルジュばりの傲慢なジェスチャーをしたとしても、われわれは悪く考えないことにしよう。
理解への招待
前世紀が好んだ芸術作品は、その中核につねに生きられた現実を抱えており、それが芸術作品のいわば実体をなしていた。芸術はこの実体の上に作用し、その作用は、その人間的中核に研きをかけ、ワニスをかけ、光沢を与え、装いを正したり反射光を加えたりすることに限られていた。大多数の人びとにとっては、こうした芸術作品の結構こそ、最も自然であるとともに唯一つ可能な形と思われるのである。つまり、芸術は生の反映であり、一つの気質を通してみた自然、人間的なものの表現等々であると考えているわけである。ところが、若者たちはこれに劣らぬ確信をもって、その正反対を主張するのである。明日になれば若者の主張のほうがつねに老人の主張よりも正しいとされることを考えてみれば、なぜ今日において老人の主張が若者の主張につねに勝らねばならないという理由があろうか。なにはともあれ、腹をたてたり大声でわめいたりしないほうが身のためである。「叫び声のあるところ真の科学は存在しない」とレオナルド・ダ・ヴィンチもいっているし、スピノーザは「嘆かず、怒らず、理解せよ」とすすめている。われわれの信念というものは、最も根強く最も確固としているときにこそ最も疑わしいものなのである。そうした信念はわれわれの限界を、われわれの越ええぬ境界を構成し、われわれを閉じこめる牢屋となるのである。もし生の中に、生の境界を拡大しようとする激しい熱望が燃えていないとしたならば、生とは実につまらぬものである。人間の生の充実度は、その人間がより多く生きようとする熱望に比例する。従来どおりの生の地平線内に生き続けようとするかたくなな態度はすべて弱さを示すものであり、生のエネルギーの衰退を意味するのである。地平線とは、生理的な線であり、われわれの存在の生きた一つの器官である。われわれが十全な生を享受しているときには、地平線はより彼方まで広がり、延長され、ほとんどわれわれの呼吸と一致して弾力的に波打つのである。これに対して地平線が不動になったときは、強直化したことを意味し、われわれも老年に入ったことを意味するのである。
芸術作品は、ミューズたちが梳り磨きあげてくれる人間的中核を必然的に持っているはずであるということは、アカデミックな人びとが考えるほど明白ではない。そう考えることは、さしあたって、芸術を単なる化粧にまで引き下げることを意味する。生きられた現実の知覚と、芸術形式の知覚とは、それぞれがわれわれの知覚器官の相異なった調節を必要とするがゆえに、原則的に相入れないものであるということは、先に指摘したとおりである。そのような二重の視線をわれわれに要求する芸術は、斜視の芸術である。十九世紀はおそろしく藪睨みの時代であった。したがって十九世紀の芸術作品は、正常なタイプというにはほど遠く、ひょっとしたら、趣味の歴史において最も異常なものであるとさえいえよう。偉大な芸術を誇った時代はすべて、芸術作品がその重力の中心を人間的なものに置くことを避けてきた。前世紀の感受性を支配した一種独特のリアリズムという至上命令こそまさに、美意識の発展過程における前例のない怪物なのである。したがって、新しい発想は、あまりにもとっぴな様相を呈しているにもかかわらず、少なくともある点においては、芸術の正道への復帰であるといえるわけである。なぜならばこの正常さは「様式への意志」と呼ばれるものだからである。ところで、様式化するということは現実を変形することであり、非現実化することである。つまり様式化は非人間化を意味するのである。またその逆に、様式化する以外に非人間化する方法はないのである。ところが、リアリズムは、芸術家に対して、事物の形象におとなしく従うように勧めることによって、結局は様式を持たぬよう勧めているのである。だからこそ、スルバランの熱烈な愛好者は、どういう表現を用いたらいいかわからないままに、スルバランの作品にはルーカスやソローリャ、ディッケンズやガルドースのように「個性」 caracter があるというのである。これら四者は、様式は持たなかったが個性は持っていた。こうした十九世紀に対して、ほとんど個性を持っていなかった十八世紀はあり余るほど様式を持っていたのである。
芸術の非人間化は進む
若い人びとは、芸術に人間的なものを挿入することをすべて「タブー」とした。ところで、人間的なるもの、すなわち、われわれの日常的な世界を構成している諸々の要素には、三段階からなる序列がある。まず第一の階級が人間であり、第二の階級が生物、第三の階級が無機物である。そこで、新芸術が行使する拒否権の激しさは対象の階級序列に比例している。第一の階級は人間的なもののなかでも最も人間的なるゆえに、新芸術がもっとも忌避するものである。
この事実は、音楽と詩において非常に明確に認められる。
ベートーヴェンからワーグナーにいたるまで、音楽のテーマは個人的な感情の表現にあった。音楽家たちは、壮大な音の建築を構築し、その中に自伝的内容を盛り込んだ。それは大なり小なり告白的な芸術であった。美的快楽は、感染による以外に享受する方法がなかった。「音楽では、感情が自らを楽しむ」とニーチェさえもがいっている。ワーグナーは、『トリスタンとイゾルデ』に、自分がヴェーゼンドンクを相手に犯した不義を盛り込み、もしわれわれがその作品を楽しもうとすれば、数時間のあいだ、われわれがなんとなく不義の当事者たらざるを余儀なくしている。あの音楽はわれわれに悔恨の情を起こさせる。その音楽を楽しむためには、われわれは泣き、苦悩し、あるいは、ひきつったような官能にひたらねばならない。ベートーヴェンからワーグナーまで、すべての音楽はメロドラマであった。
それは不誠実なやり方だ、と今日の芸術家はいうであろう。それは、隣人の苦痛もしくは喜びに感染するという人間の持つ二重の弱みを悪用する方法である。このような感染は精神的な次元でのことではなく、ナイフでガラスを擦った時に受ける歯が浮くような感じと同じように、機械的な反射作用なのである。つまり、自動的な効果であって、それ以外の何物でもないのである。擽りと歓喜を混同してはならない。ロマン主義者はおとりを使って狩りをする。彼は不正にも鳥を発情させておいて、自分の手で音の散弾をうち込むのである。芸術は、心理的な感染の上に成り立つものではない。なぜならば心理的な感染は一つの無意識的な現象であるが、芸術は知的作用の極としてあくまでも明澄でなければならないからである。涙と笑いは、美的観点からすればごまかしである。美の表情は、憂愁もしくは微笑の段階をけっして越えるものではない。しかもそこまでも行かずにすめば、なおいいのである。「あらゆる腕の冴えは冷たさをかもし出す」(マラルメ)のである。
私は、若い芸術家の判断はかなり分別のあるものだと考える。美的快楽は、知的快楽でなければならない。こういうのも、快楽には、盲目的な快楽と澄明な快楽とがあるからである。酔っ払いの喜びは盲目的である。そこには、この世のすべてのものごとと同じように、原因がある。それはアルコールである。しかし、そこには動機がない。宝くじに当たった人も喜ぶが、しかしその喜びは非常に性質を異にしている。というのは、その人は特定のことに喜びを感ずるからである。酔っ払いの楽しさは封鎖的であり、楽しさがそれ自体の中に閉ざされていて、その楽しさがどこから来たのかを知らず、一般にいわれるように、根拠がないのである。これに対して宝くじに当たった人の喜びは、自分の喜びの動機となりそれを正当化してくれる一つの事実を認識するということにもとづいているのである。彼は、それ自体喜ぶべき対象を目の当たりにするから喜ぶのである。その歓喜は目を見開いた歓喜であり、動機によって息づき、対象から主体へ流れてゆくような歓喜である(1)。
(1) 原因作用と動機づけとは、二つの全く異なった因果関係である。われわれの意識状態の原因は、その意識状態のために存在しているのではない。つまり、科学がそれらを究明するしかないのである。これに対して、ある感情とかある意志とかある信念の動機は、それらの一部を形成している。つまり意識的な因果関係なのである。
機械的ではなく精神的たらんとするものはすべて、こうした明澄さ、聡明さ、動機づけという性格を持たねばならないであろう。ところが、ロマン派の作品は、その作品の内容とはほとんど無関係な快楽を喚び起こすのである。音楽の美しさ─それは私の外に、私を越えた彼方、つまり、音の湧き出る所にあるべきである─と、その音楽が私の内部に喚び起こすかもしれない溶けるような感じ、ロマン主義時代の聴衆が満足したあの感じといったいどういう関係があるのであろうか。ここに完全な見当違いがあるのではなかろうか。主体は芸術作品を楽しむかわりに、自己自身の中に喜びを見出している。作品は単なる原因、つまり、彼の快楽のためのアルコールと化してしまっているのである。このことは、芸術を根本的に生きられた現実の表明としている限り、つねに起こることである。生きられた現実は、われわれを強く捕えずにはおかず、われわれをその現実に感情的に参加させ、その結果、それら現実をその客観的な純朴さにおいて眺めることを不可能にしてしまうのである。
見るという行為は距離を必要とする。美術というものはすべて、それぞれの幻燈機を持ち、事物を遠ざけ、変形してみせる。われわれはそれぞれの魔法のスクリーンの中に、この世から追放され、われわれには近寄りえない天体の住人となったそれら事物を、われわれから完全に遠い存在となったそれら事物を眺めるのである。こうした非現実化が達成されないとき、われわれには、それら事物を生きるべきかあるいは眺めるべきかという致命的な迷いが生ずるのである。
あの〔マッソー夫人の〕蝋人形を前にした時、われわれは一様に奇妙な不快感を味わったはずである。この不快感は、人形を前にしたわれわれが、明快で安定した態度を取るのを不可能にしてしまう、あの人形たちの持つ如何ともしがたいあいまいさにある。生きた存在として受けとめると、人形は死物である事実を露にしてわれわれを嘲笑するし、フィクションだと思って見ると、人形は怒りに胸を高鳴らせているように見える。蝋人形を純然たる対象と化す方法はないのである。人形を見つめると、人形のほうがわれわれを見つめているのではなかろうかという不安感にとらわれる。そして結局は、あの一種の借物の屍体のほうへ感情を移すことになるのである。蝋人形こそまさにまぎれもないメロドラマである。
新しい感受性は、選ばれた人びとが蝋人形を前にして抱いたのと非常によく似た嫌悪感を、芸術の中の人間的な要素に対して感ずるのだと私は思う。ところが、あの気味悪い蝋人形の冗談は、つねに俗衆を魅了してきたのである。ここで、今すぐ解答を出そうとは思ってもいないし、また少し場違いとも思える疑問をいくつか提示しておこう。こうした芸術における人間的なものに対する嫌悪感とはいったい何なのであろうか。それはひょっとして、人間的なもの、現実、生そのものへの嫌悪感なのであろうか、それとも全く逆に、生を尊重するゆえに、生が芸術と混同されること、芸術のように二次的なものと混同されることに対する嫌悪感なのであろうか。また芸術を二次的な機能と呼ぶとき、あるいは芸術を神聖視して文明の栄光と呼び、文化の誇り高き羽飾り等々と呼ぶとき、そこにどういう意味があるのであろうか。以上の疑問は、先ほど述べたとおりここでは場違いである。不問に付そう。
メロドラマは、ワーグナーにおいて、常軌を逸した高揚に達した。一つの形式がその頂点に達した後は、その逆方向への変化が始まるというのがつねである。すでにワーグナーにおいても、人間の声は主役の座をおり、数多い楽器の宇宙的な響きの中に埋没している。しかしこれにとどまらず、より根本的な変化を避けることはできなかった。つまり、音楽から個人的な感情を排除し、音楽を典型的に客観化することによって純化する必要があったのである。その偉業を成し遂げたのがドビュッシーであった。ドビュッシー以降われわれは、陶酔することも涙することもなく、平静に音楽を聴くことができるようになった。最近数十年間に音楽芸術において行われたすべての試みは、天才ドビュッシーによって開拓された新しい超現世的な世界にその足場を置いているのである。ドビュッシーが行った主観的な世界から客観的な世界への転換はきわめて重大な意味を持っており、それと比較した場合、その後の分化作用はほとんど意味を持たぬほどである。ドビュッシーは音楽を非人間化した。これによって、音響芸術は新時代を迎えることとなったのである。
これと同様の急回転は、詩においても起こった。詩も解放する必要があった。詩は人間的素材をつめこまれ、全く重々しい存在に変わりはて、ガスの抜けた気球のように地面を這いまわり、立ち木にぶつかり、屋根瓦をこすり、満身創痍の状態であった。こうした詩の解放者はマラルメであった。彼は、詩に再び気球の力と上昇力を与えたのである。もっとも彼自身は、こうした野望を実現しえなかったかもしれない。しかしながら、新しい大空探検隊の隊長として、砂袋を捨てよという決定的な作戦命令を下したのは彼であったのだ。
ロマン主義の世紀における詩のテーマが何であったかを思い出していただきたい。詩人は、よき中産階級としての彼の私的な感情を、彼の大小の悩み、彼の宗教的あるいは政治的な関心、そして彼がイギリス人ならばパイプをくゆらしながら耽る夢などを、美しい言葉でわれわれに伝えた。詩人は自己の日常的な存在形式をなんらかの方法で感傷の中に包み込もうとした。時には、ボードレールの例のように、詩人の才能によって、詩の人間的中核の周囲に、より軽やかな材質からなる輝く円光が湧き出ることもあった。しかしその光彩も実は偶然の産物であったのであり、詩人の願望はつねに一人の人間であることであった。
「若い連中には、一人の人間であることが悪に見えるのかね。それでは、若い連中は何を望んでいるんだね。詩人に小鳥になれ、魚竜になれ、十二面体になれとでもいうのかね」と、青年期を過ぎた詩人は怒りをおさえて尋ねるかもしれない。
私にはわからない。私には答えられない。しかし若い詩人は、詩を書くときは、ただ単に詩人たらんとしているのではないかと私は思うのである。新芸術はすべて─この点では、新しい科学、新しい政治、要するに新しい生と一致しているのだが─なによりもまず、境界線が判然としていないことに反感を示すということは、後で見るとおりである。ものごとの間の境界線が明確であることを望むということは、知的な潔癖さの兆候である。生と詩は別々のものだ、と若い詩人たちは考えるというか、少なくともそう感じているのだ。そして、両者を混同するのはやめよう、というのだ。詩人は、人間がその限界に達した時点から出発するのである。人間の運命は自己の人間的な道程を生きることにあり、詩人の使命は存在しないものを創作することにある。そこに詩人としての職業の正当性があるのである。詩人は、それ自体としてすでに存在している現実に、一つの非現実的な大陸を加えることによって、世界を拡大する。作家 autor の語源は auctor つまり、増大させる者である。ラテン人は、新しい領土を祖国のために勝ちとった将軍をそう呼んだのである。
マラルメは、詩人たらんとした前世紀最初の人であった。マラルメ自身がいっているように、彼は「自然の素材を拒否し」、人間的な動・植物誌とは違った小さな叙情的な作品をつくったのである。こうしたマラルメの詩は「感じ」られる必要がない。というのはそこには、人間的な何物もなければ、感傷的な何物もないからである。一人の女性を歌っている場合でも、それは「だれでもない女性」であり、ある時を夢見ていても、それは「日時計には存在しないひと時」なのである。マラルメの詩は、こうした種類の拒否によって、生の反響を完全に抹消し、眺めるだけですでに至上の喜びであるような地球外に存在する姿を提示してくれるのである。そうした現実離れした相貌の間にあって、詩人を業としている人間の哀れな顔がなしうることはなんであろうか。それはただ一つ、姿を消し、気化し、無名の純粋な声と化し、叙情詩の真の主役である言葉を空中に捧げることである。その無名の純粋な声、韻文の音響的実体こそ、周囲をとり巻く人間から自己を分離することを知っている詩人の声なのである。
どちらを見てもわれわれが遭遇するのは以上と同一のこと、つまり、人間からの逃亡である。非人間化の方法自体は数多くある。今日ではたぶん、マラルメが用いた方法が支配的であるといえようし、私も、マラルメの詩集には、またロマン主義の震動とおののきが伝わっているのを知っている。しかしながら、今日の音楽がドビュッシーに始まった歴史の一章に属しているのと同じように、すべての新しい詩はマラルメが指し示した方向へ進んでいるのである。個々の芸術家の着想によって画された諸々の小さな印から目を上げ、新様式の基本線を捜し出そうとするならば、この二人の芸術家を結びつけることが肝要であると私は考える。
芸術という口実のもとに、幾人かの男女の往来を物語った書物で、今日の三十歳以下の人間の興味をひきつけようとしても、それはきわめてむつかしい。彼には、そうした書物に社会学的、心理学的な臭いをかぎとるからであり、彼とても、ものごとが混同されずに、はじめから社会学的、心理学的に書かれているならば、その本を喜んで受け入れることであろう。しかし、彼にとって芸術はまた別のものなのである。
詩は今日、隠喩(メタファー)の高等数学と化しているのである。
タブーと隠喩
隠喩は、人間が持っている能力の中でも最も効果的なものということができよう。その効力は魔法の領域に及んでおり、うっかりした外科医が手術のあとで器具を患者の体内に置き忘れてしまうことがあるように、神が人間を造った時に体内に置き忘れてしまった道具のようにさえ思えるのである。
われわれが与えられている隠喩以外の能力はすべて、われわれを現実の内部に、すでに存在するものの内部に縛りつける。われわれができる最高のことといえば、ある事物に他の事物を加えたり、差し引いたりすることくらいである。そうした中にあって隠喩のみが、現実からの脱出を可能とし、現実の事物の中に空想の岩礁をつくり出し、軽やかな浮き島を出現させることを可能にしてくれるのである。
一つの事物を他の事物によって代替する知的行為、しかも後者に到着しようというよりも、どちらかといえば前者を回避しようという願望から代替するという知的行為を人間が行うということは、全く不思議というほかはない。隠喩は、ある対象を、その上を他のものの相貌で覆うことによって、掻き消してしまう。われわれとしては、こうした隠喩の背後に、現実を避けようとする人間のある種の本能の働きを認めないわけにはいかないのである。
最近、ある心理学者が隠喩の起源を研究し、その根源の一つが「タブー」の心理にあることを発見して驚いた(1)。かつて、恐怖が人間にとって最も有効な鼓舞者であった時代、宇宙への恐怖によって支配されていた時代があった。その時代においては、人はいくつかの現実─それらは、一方においては如何とも避けがたい現実であった─を回避する必要性を感じた。それぞれの地方において最も数多く、しかも人間が食料源としていた動物は、神聖視されるようになった。この神聖化は、その結果として、その動物を手で触れてはならないという考え方をもたらした。そうした場合、例えばインディオのリリョーエトは、その動物を食べる時どうやったであろうか。彼はしゃがんで両手を尻の下で組み合わせたのである。こうして彼はその肉を食することが許された。尻の下の両手は、隠喩的に両足となったからである。われわれはここに、行為による隠喩法、言語による隠喩法に先だつ原初的な隠喩、現実を回避したいという源望に由来する一つの隠喩の形式を見るのである。
(1) Heinz Werner 《Die Ursprunge der Metapher》 1919 参照。
原始人にとって言葉は、その言葉が指し示す対象そのものとほとんど変わらないので、タブーとなっている恐るべき物の名を口にすることを避ける必要性が出てくる。こうして、別のものの名称を用いながら、話の中で暗々裡にそのものを示すようになってくる。たとえば、王に所属するものいっさいをそのものの本来の名で呼ぶことのできないポリネシア人は、王の藁葺宮殿に松明が燃えるのを見て、「大空の雲間に稲妻が輝いている」というようないい方をするのである。これは、隠喩による現実回避にほかならない。
このようにして隠喩という手段はタブーの中から生まれたが、一度形ができ上がれば、その手段はありとあらゆる目的のために使用することができる。その一例が、現実の事物の品位を高める目的のためで、詩において最もよく用いられてきた方法である。そこでは、愛する現実を飾り浮き彫りにするという装飾的意図のもとに、類似のイメージが用いられた。ところで、隠喩が装飾ではなく実体となった新しい詩において、哀れな現実を称揚しその品位を高めるどころか、いっそう低下せしめ迫害するような、名誉毀損的なイメージが圧倒的に多いという事実は、実に興味深いことである。最近私は、ある若い詩人の作品で、稲妻が大工の金尺に、冬の裸の樹々が大空を掃くほうきにたとえられていたのを読んだことがある。詩の武器は、自然の事物に反逆し、それを傷つけあるいは殺しているのである。
超現実主義と下部現実主義
隠喩は非人間化のための最も基本的な手段ではあるが、しかし唯一の手段ではない。それぞれが効果を異にする様々の手段があるのである。
その中でも最も単純な手段として、慣習的な遠近感に変化を与えるという方法がある。人間的な観点に立った場合、事物には特定の順位というか、序列がある。ある事物は、われわれにとって非常に重要なものに思えるのに対して、他の事物はそれほど重要とも思えないし、全く無意味にさえ思える事物もある。したがって、非人間化の願望を満足させるためには、事物の本来の形を変化させなければならないということはない。つまり、事物の序列を逆転させ、生における最も些細な出来事が記念碑的な雰囲気のうちに前景に浮き出るような芸術を作ればよいわけである。
これが、一見したところでは非常に違っているかに見える新芸術の二つの方法を、その根底において結びつけているのである。隠喩による超現実主義と下部現実主義とも呼びうる手法によって、現実の回避と現実からの逃亡という同一の心理が満足させられるのである。詩においては、高みに昇る代わりに、自然な遠近感の水準以下の世界に沈潜することが可能である。リアリズムを極限にまで押し進めることによってリアリズムを超克した最高の例は─彼らは拡大鏡を手にして生の微小部分に注目したに過ぎないが─プルーストであり、ラモン・ゴメス・デ・ラ・セルナであり、ジョイスである。
ラモンは、乳房だけについて立派に一冊の本を書くことができるし─ある人はラモンを評して「半球に向って航行する新コロンブス」といっている─サーカスや暁やラストロ〔マドリードの古物市〕やブエルタ・デル・ソール〔マドリード旧市街の中心〕についても一冊の本を書くことができる。その手法は簡単で、普通ならわれわれが注目しないような領域を生のドラマの主人公にするわけである。ジロドゥー、モランなども、抑揚こそそれぞれにことなっているが、全く同じ詩のグループに属している。
このことは、なぜジロドゥーとモランがあれほどプルーストの作品に熱狂しているか、またまったく時代を異にしているプルーストがどうして今の若い世代を楽しませうるのかを明らかにしてくれる。大荘園ともいえるプルーストの小説と新しい感受性が共有する特質は、たぶんこの遠近感の変更であろう。つまり、かつて小説が描いていた魂の古典的・記念碑的な形象への侮蔑的態度と、感情や人間関係や性格などの細微な構造に対する非人間的な注目がそれである。
反転法
隠喩は、ひとたびその主体性を確立すると、詩の方向を左右する主役に近い役割を果たすこととなる。このことは、要するに美的意図がその符号を変え、裏返しになったことを意味する。かつて隠喩は、現実の上にかぶせられ、装飾とかはめこみとか礼装とかいった役割を果たしていた。ところが今日ではその逆に、詩的でない支柱というか現実的な支柱を排除し、隠喩そのものを現実化し、詩の内実 (res poetica) としようとしているのである。しかし、美的処理の段階におけるこうした反転は、隠喩のみが負っている役割ではなく、すべての段階、すべての手段において行われていることであり、今日の芸術全般に共通した相貌─一つの傾向(1)─とさえなっているのである。
(1) 私が、新芸術に本質的なものとして本書で整調している諸特徴の一つ一つは、いわゆる支配的な傾向と解すべきものでって、絶対的な属性と看做さるべきものでないことは、いちいち脚注でことわるまでもないであろう。
われわれの精神と事物との関係は、われわれが事物を考察し、事物についての観念を形成するというところに成立する。厳密にいうならば、われわれが現実に関して持っているものは、その現実に関してわれわれが形成しえた観念のみである。観念とは、われわれが世界を眺める望楼のようなものである。ゲーテは、新しい観念はわれわれの内部に生まれ出た新しい器官のようなものだ、といっているが、まことに当をえた表現である。われわれは観念によって事物を見るのであり、精神が自然に活動している場合には、目がものを見る時に目自体は見えないのと同様に、われわれも観念そのものには気づかないのである。別のいい方をするならば、考えるということは、観念を通して現実を把握したいという願望であり、精神の自然な動きは、観念から世界に向かう方向をとるのである。
しかしながら、観念と事物との間には、つねに絶対的な距離がある。現実は、つねに、その現実を内包しようとする観念から溢れ出てしまう。事物は、つねに、その観念の中で考えられた以上のものであり、別の様態をしているものである。観念はまたつねに、一つのあわれな図式のようなもの、われわれが現実に近づこうとして組み立てる足場のようなものに過ぎない。しかしながら、一般的には、現実とはすなわちその現実についてわれわれが考えたことであるとする傾向があり、現実と観念を混同し、観念を事物そのものと看做してしまう。要するに、われわれの生に根ざすリアリズムへの熱望が、現実の無邪気な理想化という方向にわれわれをおとしいれるのである。これがわれわれの生得的、「人間的」な傾向なのである。
そこでわれわれが、もしこうした自然の方向に従うことを拒否し、その方向を逆にし、推定的な現実に背を向けて、観念そのもの─単なる主観的な図式─をとりあげ、角張ってやせ細ってはいるが、透明で純粋な輪郭を持っている状態のままで生命を与えたとするならば─要するに、観念を故意に現実化してみるならば─結局は観念を非人間化し、非現実化したことになるであろう。なぜならば、観念は、事実上、非現実的なものであり、それを現実と看做すことは、とりもなおさず理想化することであり、邪気なく偽造することだからである。観念にその非現実そのものの状態において生命を与えることは、いうなれば、非現実を非現実として現実化することなのである。この場合、われわれは精神から世界へという動きはとらず、その逆に、図式、つまり、内在的、主観的なものに成形力を与え、客観化し、世界化するのである。
一枚の肖像画を描く伝統派の画家は、モデルとなっている人物の現実を把握しえたかのようにふるまうものだが、実際には、その現実の人間を構成している無限の要素の中から、画家が自分の頭で図式的に選択したものしか画面にとどめていないのである。もし画家が、現実の人間を描こうとする代わりに、その人物に対する彼の観念、彼の図式を描く決心をしたとしたらどうであろうか。その場合、画面は真理そのものとなり、そこにはかつては不可避であった失敗もありえないであろう。現実と張り合うことを断念することによって、その絵は、真にそうあるべきもの、つまり、一枚の絵=一つの非現実に代わるのである。
表現主義やキュービズムなどは、それぞれ程度を異にしてはいるが、上のような決意を、芸術の根本的な方向にそって実行しようとしたものである。画家は、事物を描くことから観念を描くことへ移った。芸術家は、外部の世界に対して目を閉じ、彼の内部にある主観的な景観に瞳をこらすようになったのである。
ピランデルロの『作者を捜す六人の登場人物』は、その無器用さ、素材の粗悪さにもかかわらず、演劇美学に興味を持つ者に一考の余地を与えた最近における唯一の作品ということができるだろう。この作品には、私が説明しようとしている芸術テーマの反転の実に明確な例が見られるのである。伝統的な演劇は、その登場人物の中に現実の人間を見、その登場人物が行う大げさな動作に「人間」ドラマの表現を見ることを、われわれに期待した。ところがピランデルロの場合には、登場人物そのものに、つまり、観念、もしくは、純然たる図式としての登場人物に、われわれの興味をひきつけることに成功しているのである。
このピランデルロの戯曲は、演劇史上最初の厳密な意味での「観念のドラマ」であるということができよう。これ以前にそう呼ばれてきた作品は、いわゆる観念のドラマではなく、観念を象徴する似非人間のあいだのドラマであった。『作者を捜す六人の登場人物』では、その六人の苦痛にみちた運命は、単なる口実に過ぎず、したがって実効を欠いている。ところがその代わりにわれわれは、観念そのものによる真のドラマ、作者の頭の中で動きまわる主観的な幻影による真のドラマを観ることができる。この作品における非人間化の意図はきわめて明確であり、しかもそれが可能であることを立証しているのである。それと同時に、この作品は、多くの観客にとって、このような反転された遠近法に視線を調節することが如何にむつかしいかを示してくれる典型的な例でもある。観客は人間ドラマを捜し求めるが、この作品は、その人間ドラマを無効にし、うしろに引っこめ、嘲笑し、その代わりに─つまり、最前面に─演劇的虚構を虚構そのものとして押し出してくるのである。多くの観客は、騙されていることに腹をたてながらも、芸術の快いごまかし、しかもそのごまかしの結構があらわであればあるほど、えもいえぬごまかしに酔うすべを知らないのである。
偶像破壊
新様式の造形美術が、生きた形体というか生命ある存在の形体に対して、真の嫌悪感を持っているといっても、いい過ぎではないだろう。この現象は、最近数年の美術と絵画と彫刻を、あたかも悪夢からさめたかのようにゴシックの規範から抜け出しルネッサンスという現世的な一大収穫をおさめた時代のものと比較してみれば、全く明快になるであろう。あの時代、鉛筆や鑿は、動・植物が生命の息づく豊艶な形体によって示す模範に追従することに官能的な歓びを感じていたのである。躍動的な生命が脈打っていさえすれば、対象たる存在は何であってもかまわなかった。そして画面から、あるいは彫刻作品から有機的な形象が溢れ出し、装飾にまで及んだ。それは豊穣の時代であり、奔流のような生の泉が、そのまるく熟した果実で、空間をうずめつくさんばかりの時代であった。
今日の芸術家は、なぜ、生命ある形体の柔らかな線に従うことにかくも嫌悪を感じ、それを幾何学的な図式に置きかえてしまうのであろうか。キュービズムはありとあらゆる失敗をし、詐欺さえ行なってきたが、それにもかかわらず、われわれもしばらくの間は、とにかく、ユークリッド的な純粋形体の造形言語に魅せられたことがあった事実は否定しえないのである。
この現象は、歴史が周期的にこうした幾何学的造形の荒れ狂う時代を通過しているという事実を思い起こすと、いっそう複雑な様相を帯びてくるのである。先史時代の美術の流れにおいても、感受性はまず生命形体を探求することから始まり、最後には、その生命形体を、あたかも戦慄と嫌悪感をおこさせるものであるかのごとく捨て去り、動物や宇宙の形象の最後の残滓ともいうべき抽象的な記号の世界に引きこもってしまったのである。蛇は様式化されて雷紋となり、太陽は卍となった。時にはこの生命ある形に対する嫌悪は憎しみにかわり、社会的な紛争さえ引き起こした。東方キリスト教の偶像に対する反逆、セム族が行なった動物像の制作禁止─これは、アルタミーラの洞窟を動物像で飾った人間たちとは正反対の本能である─などは、その宗教的な意味の他に、後のビザンチン美術にその影響の明らかな、彼らの美的感受性にも起因していることは疑問の余地がないのである。
宗教と芸術の歴史においてしばしば爆発を繰り返しているこの偶像破壊という現象を徹底的に研究してみることは、非常に有益なことであろう。新しい芸術に、こうした偶像破壊を望む奇妙な感情が作用していることは明らかである。そしてそのモットーが、マニ教徒によって受け入れられ、聖アウグスチヌスが激しく反対した、あのポリフュリオスの戒律「すべての肉体は逃げ去る」 Omne corpus fugiendum est であることも十分にありうることである。ここでは肉体が生命体を意味していることはもちろんである。しかしこれはまた、絶頂期においてあれほど生命ある形体を愛したギリシア文化のなんと奇妙な反転であろうか。
過去の否定的な影響
この拙論の意図が、新芸術の相貌を、その特異な面をいくつかあげることによって、描き出そうという域を出ないことは、先に述べたとおりである。そうはいっても、そうした意図は、同時に、より大きな好奇心に支配されているのはいうまでもない。しかし、その好奇心を本書において満足させることはできないので、読者はそれを感じとり、あとは自分で静かに思索していただきたい。私がいわんとしていることは次のとおりである。
私は別の機会に(1)、芸術と純粋科学は、最も自由な活動であり、それぞれの時代の社会的条件にしばられる度合いが最も少ない活動であるがゆえに、集団的感受性が変化する場合は、如何なる変化でもまずこれら二つの活動にその傾向があらわれるものだ、ということを指摘したことがある。人間が生に対する根本的な態度を修正しようとする場合には、その新しい気質は、まず芸術作品と思想面に現われ始める。これら両活動は、その精細さゆえに、精神の貿易風のちょっとした動きにも、きわめて従順に反応するのである。農村では、朝バルコニーに出て、近隣の家から立ち昇る煙を見てその日の風向を推測するのと同じように、われわれは新しい世代の芸術と科学を、それと似た気象学的関心でのぞいて見ることができるのである。
(1) 拙論 『現代の課題』 を参照していただきたい。
しかしながらそのためには、まず新しい現象の実体を明確にすることが不可欠である。そうしてのちはじめて、その新しい現象が、生の如何なる新しい一般様式の兆候であり前ぶれであるかを問うてみることができるのである。そしてその質問に対して答えるためには、芸術が行なっている奇妙な方向転換の原因を解明する必要があるが、この拙論でそこまで立ち入るには、ことはあまりにも重大だといわねばならない。芸術を非人間化しようとする願望がなぜ生まれてきたのか。生命ある形体に対する嫌悪感はなぜ生まれてきたのか。たぶんこうした現象も、すべての歴史的現象と同様に、おびただしい数の根を持っていることであろうが、この点を究明するためには、最も鋭敏な臭覚を持つ必要があろう。
しかし、他にどのような原因があるにせよ、一つだけ、それが決定的な原因ではないとしても、きわめて明白な原因がある。
過去の芸術が未来の芸術に対して持っている影響力には測り知れないものがある。芸術家の内部ではつねに、彼独自の感受性と既存の芸術とが衝突し化学反応を起こしている。芸術家はただ一人で世界と出会うのではなく、彼と世界との関係には、つねに、芸術伝統が通訳のように介入してくるのである。芸術家独自の感受性と過去の美の形式との間に起こる化学反応は、どういう形をとるだろうか。それは当然なことに肯定的な場合もあるし、否定的な場合もありうる。芸術家は、自分が過去に近いと感じ、自分が過去から生まれ、過去を継承し、過去を完成しつつあるのだと自覚するか、あるいはまた、程度の差こそあれ、伝統と化したか、あるいは現存の、そして現在支配的な芸術家に対して、名状しがたい嫌悪感が湧き上がるのを感ずるかのいずれかであろう。前者の場合には、慣習的な型の中に安住し、彼が聖化したいくつかの表情を繰り返すことによって大きな快楽を味わうであろうし、後者の場合には、伝統的な作品とは異なった作品を作るばかりでなく、その作品に権威ある規範に対する攻撃的な性格を盛り込むことによって、前者と同じ快楽を感ずることであろう。
過去の現在に及ぼす影響を論ずる場合、以上のことが忘れられているのが普通である。一つの時代の作品には、その前の時代の作品に大なり小なり似せようとする意志があるのだ、となんの疑問もなく認めてきたのが従来の立場であった。つまり、過去の及ぼす否定的な影響を認め、新しい様式は、多くの場合、伝統様式に対する快楽さえ伴う意識的な否定によって形成されているのだ、ということを認めるのは、ほとんどの人にとってかなりむつかしいことらしいのである。
ところが、ロマン主義から今日にいたるまでの芸術の軌道は、過去の芸術を否定し、攻撃し、嘲笑するという気質を美的快感の一要素と看做さない限り、理解することはできない。ボードレールは、古典のヴィーナスが白い肌であったという理由で、黒い肌のヴィーナスを賛美した。その時以来、次々と登場してきた様式は、伝統に対する否定的で冒涜的な要素をますます増してゆき、今日では、新芸術の輪郭は、旧芸術に対する否定そのものによって形造られているとさえいえる状態になっている。しかしこうした事態は、実は容易に理解しうる。つまり芸術が、何世紀間にもわたって、重大な断絶も経験しなければ歴史的破局にも見舞われず、継続的な発展過程をたどってきた場合には、そこから生まれる作品は山積する一方で、それに伴って伝統の重圧も徐々に増大し、現時点におけるインスピレーションを圧殺してしまうのである。別のいい方をすれば、生まれ出る芸術家と世界の間に介在する伝統様式の量は日ごとに増大してゆき、両者間の直接的で独創的なコミュニケーションを妨害するのである。そしてその結果、次のいずれかの事態が起こるであろう。つまり、伝統が独創力を完全に駆逐してしまうか─これがエジプト、ビザンチウム、東方一般の場合である─あるいは、過去の現在に対する圧力がその性質をかえ、新芸術が自分の首をしめている旧芸術の力を徐々にはね返してゆく長い時代が突如おとずれるかである。後者がヨーロッパ人の場合であり、ヨーロッパ人には、東方のあの如何ともしがたい伝統主義と過去主義とは対照的な、未来派的本能が支配的なのである。
私が「非人間化」と呼び、生命ある形体への嫌悪感と呼んだものの多くは、まさにこの現実に対する伝統的な解釈に対する反感に由来している。そしてその攻撃の激しさは、距離の遠近に反比例する。だからこそ、今日の芸術家は、前世紀に支配的であった様式に対して最大の嫌悪感─その中にはより古い様式に対する嫌悪も含まれていることは事実である─を感ずるのである。ところが一方では、新しい感受性は、時間的、空間的に最も隔たった芸術、たとえば先史時代の美術やエキゾティックな未開地の美術に対して、なんとも疑わしい親愛の情を装っている。実のところ、新しい感受性が原始美術にひかれるのは、作品そのものにひかれるというよりも、その純真さ、すなわち、伝統の不在、まだ伝統が形成されてはいない芸術だという理由によるのである。
ところで、ついでに、過去の芸術に対するこうした攻撃的態度は如何なるタイプの生の到来を予言するのか、という問題を考えてみると、身のすくむような劇的で巨大で不可思議な事実を発見する。というのは、今日あまりにも一般化されている過去の芸術を攻撃するという態度は、つまるところ、芸術そのものに反逆することを意味するからである。なぜならば、芸術とは、具体的にいって、今日にいたるまでの間に作り上げられたものにほかならないからである。
しかしそれでは、純粋芸術に対する愛は仮面であって、その背後に、芸術に対する満腹感、芸術に対する憎しみが隠されているのだろうか、という疑問が生じる。だが、そんなことがありうるだろうか。芸術に対する憎しみは、科学に対する憎しみ、国家に対する憎しみ、要するに文化全般に対する憎しみが芽ばえているところでなければ、生まれえないのである。ヨーロッパ人の胸中に、ヨーロッパ人固有の歴史的本質に対する思いもかけぬ憎しみが、永い修道院生活の後に修道士を襲う職業的憎悪 odium professionis、修道院の規律に対する憎悪、自己の生を形成してきた規則そのものに対する憎悪のようなものが発酵してきたとでもいうのであろうか(1)。
(1) 過去の芸術が未来の芸術に否定的に作用する際の心理的メカニズムを分析してみるのは興味のあることであろう。さしあたっては、とにかく一つきわめて明白なものがある。倦怠がそれである。一つの様式の単純な繰り返しは、感受性をにぶらせ疲れさせる。ヴェルフリンは、
『美術史の基礎概念』において、この倦怠がしばしば美術を動かし、変形を余儀なくせしめたことを証明している。文学においてはこの傾向はなおさら顕著である。キケロはまだ、 「ラテン語で言えば…」 を latine loqui と書いているが、五世紀のアポリナス・シドニウスになると latialiter insusurrare と書かねばならなくなっている。同じ表現があまりにも長年月にわたって用いられたためであった。
しかし今は慎重を期して筆をおき、こうした数々の疑問の群れが翼を広げて鶴のように舞い上がるのを拱手傍観している時であろう。
アイロニックな運命
先に述べたように、新様式の特徴は、最も一般的にいった場合、「人間的、あまりにも人間的」な要素を排除し、純粋に芸術的な要素のみをとどめようとするところにある。この事実は、芸術に対して非常な情熱を持っていることを意味しているようにみえる。ところが、この事実のまわりをまわり別の側面から眺めてみると、そこに、芸術に対する嫌悪と蔑視という全く逆の一面があるのに驚くのである。この矛盾は明白であり、大いに強調されねばならない。結論的にいえば、この矛盾は、新芸術とは二義的性格をもった現象だということを意味するといえよう。しかしこのことは、最近の大事件のほとんどが二義性を持っていることを考えれば、全く驚くには当たらないであろう。ヨーロッパの政治的事件を少しでも分析してみれば、それらが全く同じ二義的内実を持っていることに容易に気づくはずである。
しかしながら、同一のものに対するこうした愛と憎しみの矛盾も、今日の芸術作品をより間近で眺めてみると、やや弱まってくる。
芸術が自分自身の中に引きこもった事実がもたらす最初の結果は、いっさいの感傷性の追放であった。「人間性」で覆いつくされていたときの芸術には、生に付属した重々しさが反映されていた。そのとき芸術は、非常に壮重な、ほとんど聖職ともいえるものだった。時には、ショーペンハウエルやワーグナーの場合のように、人類の救済までも目ざしたことがあった。その段階にとどまっている人にとっては、新しい発想が例外なく喜劇的なものであるという事実は、理解しえないはずである。新しい発想はすべて、喜劇的というただ一本の弦をかなでている。そしてその喜劇性の度合いは種々様々で、全く道化的なものからちらっと見せる皮肉な目くばせまでにわたっているが、どの場合にも喜劇性は認められるのである。しかし作品の内容が喜劇的なのではない。もしそうならば、「人間的」様式の一つに逆戻りしたことになるであろう。そうではなくて、内容の如何にかかわらず、芸術そのものがおどけているのである。先に指摘したように、虚構を虚構そのものとして求めるということは、陽気な心の状態でなければできないことである。つまり、芸術そのものに向かってゆくのは、まさに芸術を笑劇と看做しているからである。この点こそ、生真面目で、あまり今日的でない感受性を持っている人びとにとって、今日の芸術作品を理解する上で最も障害となる点である。そうした人びとは、今日の絵画や音楽は完全な「笑劇」─しかもこの言葉の悪い意味において─であると考え、笑劇にこそ芸術の根本的な使命と善なる役割があるのだと信ずる人もありうるということを認めないのである。しかし、もし今日の芸術家が過去の「真面目」な芸術と張り合おうともくろんだり、キュービズムの絵が、ミケランジェロの彫刻作品と同じように感動的でほとんど宗教的ともいえる賞賛を要求するとすれば、それこそ「笑劇」─しかもこの言葉の悪い意味で─ということができよう。しかし今日の芸術家は、われわれが、冗談である芸術、まさに自嘲そのものである芸術を眺めるように仕向ける。実は自嘲にこそ、新しいインスピレーションの喜劇性があるのである。新芸術は、特定のだれかとか特定の何かとかを嘲笑する代わりに、芸術そのものを嘲笑するのである。
読者が慎重さを旨とされるならば、私が上のようにいったからといって、あまり色をなさないでいただきたい。芸術は、こうした自嘲において以上に、その魔術的な資質を最高に発揮することはないのである。というのは、芸術は自殺行為を行ないながらも芸術であり続けるのであり、自己否定は驚異的な弁証法によって、自己保存となり勝利となるからである。
私には、なんらかの意味でのアイロニーをふくんでいない詩とか筆触とか音といったものが、今日の若者の関心を喚びうるとは思えないのである。
それはともかく、こうした傾向は、その思想としても理論としても、けっして今回がはじめてというわけではない。十九世紀の初頭に、シュレーゲル兄弟を指導者とするドイツ・ロマン派は、アイロニーをもって美の最高の範疇とした。そしてその理由は、今日の芸術の意図に一致するのである。つまり、芸術は、もし現実を再現し描写するだけならば、その存続理由はないというわけである。芸術の使命は、現実には存在しない地平線を出現させることにある。その使命を達成するためには、われわれの現実を否定し、そうすることによって、われわれをその現実の上に引き上げなければならない。つまり、芸術家であるということは、われわれが芸術家でない限りそうであるようにきわめて真面目な人間を真面目にとりあげないことである。
この不可避的なアイロニーという運命が、最も忍耐強い人をさえいらだたせるような非常に独得な単調さを新しい芸術に与えていることはいうまでもない。しかしながら、それとともに、先に私が指摘した愛と憎しみとの矛盾は、解消するのである。憎しみは、芸術に真剣にかかわりあうのに対して、愛は、すべてに対して勝利を収める芸術、自分自身に対してまでも勝利を収める輝かしき芸術に笑劇的にかかわるのである。後者の場合には、たがいに向かい合った鏡が相互にしかも無限に写し出してゆくために如何なる形象もこれが最終的という形をとらない鏡の間のように、すべての形象は嘲笑され、純粋な映像と化されてしまうのである。
芸術、この重要たらざるもの
以上考察したことがらすべてが寄り集まって、新芸術が示している最も尖鋭で重大で深刻な兆候を形成し、新しい感受性の不可思議な相貌を形作っている。われわれとしては、こうした感受性を注意深く考察しなければならない。しかしこの感受性はなんとも名状しがたいものである。その理由はいくつかあるが、主として、適切に記述することが非常にむつかしいからである。
今日の若い世代にとって芸術はさして重要なものではないのである。この文章を書き終わるやいなや、私は、驚愕した。この文章が様々な異なった意味を持ちうることに気づいたからである。実は、今日の普通の人間が芸術を重要なものではないとか、昨日の人間に対するほどの重要さを持っていないとか考えているというのではなくて、芸術家自身が、自己の芸術をあまり重要な仕事とは思っていないということなのである。しかし、こういったからといって、真の情況を正確に表現しえているとはいえない。というのは、芸術家が自分の作品や自分の職業をあまり軽視しているというのではなく、芸術作品や芸術家という職業が重苦しいほどの重要性を持っていないからこそ芸術家はそれらに関心を示すのであり、その関心度は重要度に反比例するのである。この事態は、今日の芸術と三十年前、また一般的に前世紀の芸術の状態とを比較してみなければ容易に理解しえない。その当時、詩と音楽は巨大な広がりを持った活動分野であった。つまり、宗教の崩壊と科学の不可避的な相対主義とに直面した人類を救済するという大事業を課せられていたのである。芸術は二つの点で重要なものであった。その第一はテーマで、当時は人類の最も重要な問題をテーマとして取り上げるのが普通だった。その第二は、芸術それ自体が、人類を正当化し人類に尊厳を与えることのできる人間的能力として重要視されていた。あの頃の偉大な詩人や天才音楽家が大衆に対してとった厳粛そのものといった態度、預言者もしくは宗教の創設者といった態度、世界の運命を左右する政治家といった堂々とした態度を思い出していただきたい。
今日の芸術家は、自分がこのように巨大な使命を負わされ、したがって、自分の作品のなかで同じように広大な反響をもちうるテーマを取り扱わねばならないとなったら、きっと恐れおののいてしまうであろう。今日の芸術家は、雰囲気が厳粛さを失いはじめ、事物がいっさいの形式から自由になって軽々と跳びはねはじめるのに気がついたときはじめて、そこに芸術の成果を感じはじめるのである。すべてのものが跳躍している状態こそ、彼にとっては、ミューズが存在することの真の証拠なのである。芸術が人間を救うことがあるとすれば、それは人間を生の厳粛さから開放し、思っても見なかった幼年時代に帰してくれるからに過ぎないのである。かくして、あの森の入口で子山羊たちを躍らせたパーンの魔笛が、再び、芸術の象徴となったのである。
古い世界に子供っぽさを作り出す試みなのだと思えば、新芸術はすべて理解できるものとなり、またかなりの偉大さをも帯びてくるのである、その他の旧い様式の芸術は、劇的な社会・政治運動とか、深遠な宗教・哲学思潮などとの関連づけを要求する。ところが新様式は、スポーツやゲームがえている人気に自分も近づきたいと願っているに過ぎないのである。これら二つの事実は、同一の母体から生まれた兄弟なのである。
ここ数年の間に、スポーツという大波が新聞紙面に襲いかかり、真面目という三本マストの帆船のほとんどすべてを難破させてしまったのを目撃してきた。社説は大見出しの波間に沈み、レース用のボートが勝ち誇ったように紙面を漕ぎまわっている。肉体の崇拝は、まさに小児的傾向の兆候である。というのは、肉体は若い時にのみ美しく軽快だからだ。これに対して精神の崇拝は、老化への意志を意味する。なぜならば、精神は、肉体が衰えだした時はじめて、その絶頂に達するからである。スポーツの隆盛は、老年の価値に対する青春の価値の勝利を意味する。全く同じことが映画についてもいえるが、映画こそ肉体的芸術の最たるものである。
私が若かった頃には、まだ、老年の様態というものが大きな権威を持っていた。少年は一時も早く少年であることから抜け出そうと願っていたし、すでに老衰した男の疲れきった足取りを好んでまねしたほどである。ところが今日では、少年少女はできるだけ少年期を延ばそうと努めているし、青年男女は若さを保持しそれを強調しようとしているのである。いまやヨーロッパが若さの時代に移りつつあることは、全く疑問の余地がないのだ。
この事態は驚くにあたらない。歴史は、長大な生物的リズムによって動いているのである。そしてその最大の転換は、二次的で小さな原因によって起こりうるものではなく、非常に基本的な要因、宇宙的な性格を持った根源的な力に起因するのである。また生命ある存在につきものの両極ともいえる最大の相違─性別と年齢の老若─もまた、それぞれの時代の特徴に大きな影響を与えないはずはない。歴史はこの両極の間をリズミカルに往復しており、ある時代には男性的資質が、そして他の時代には女性的資質が支配的になり、またある時代には青年的特質が、そして他の時代には円熟味というか老人的特質が称揚されてきたのである。
今日のヨーロッパの生がそのあらゆる分野で示しつつある兆候は、男らしさと若さの時代の到来を告げている。女性と老人はここしばらくの間、生の支配権を少年たちに譲らねばならないだろうし、世界がしだいに堅苦しさを失ってゆくように見えても別に不思議ではないのである。
新芸術の特徴はすべて、以上のように芸術が重大なものでなくなったという一事に要約できるし、この事実はまた、芸術が、人間の関心もしくは興味の序列に占める位置をかえたことを意味しているのである。われわれは人間が抱く関心をいくつかの同心円であらわすことができるが、その同心円の半径こそ、すべての中心をなすわれわれの生、われわれの最大の熱望が沸騰している生からの距離を示している。あらゆる分野の事物─それが生的なものであろうと文化的なものであろうと─はすべて、この脈打つ中心に、あるものは強くあるものは弱く引きつけられながら、同じ円の軌道をまわっているのである。私は、かつては科学や政治と同様に、この熱い中心、つまり、われわれの人格の支柱の非常に近くをまわっていた芸術が、外側の軌道に移ってしまったのだといいたいのである。芸術は、外見的にはその属性をなんら失ってはいないが、より遠く、より軽い、二次的なものとなってしまったのである。
純粋芸術をあこがれることは、一般に信じられているように傲慢な態度ではなく、その逆に非常に謙遜な態度なのである。人間的感傷を拭い去った芸術は、重要さというものを全く持たず、芸術たること以外を望まない芸術そのものと化すのである。
結語
エジプト人は、彼らが崇拝する女神を、一万の名を持つ女神イジス Isis mirionima と呼んでいた。現実というものは、ある意味で、このイジスのようなものである。現実の構成要素、現実のもつ相貌は無数なのである。最もつまらないものであっても、それをわずかな名称で定義づけようとすることは、大胆すぎる行為といえないだろうか。無限にある特徴の中からわれわれが特に指摘したものが、実際に決定的な特徴であったというようなことは、まったく幸運な偶然といわねばならないであろう。そして対象としている現実がまだ生まれたばかりで、これから生の軌道を描き始めようとしている場合には、なおさらのこと、その偶然に出会う可能性は少なくなるのである。
したがって、新芸術の相貌を明らかにしようとしたこの拙論が誤りだらけであることも、十分以上にありうるわけである。この拙論を終わるに当たって、私は、この後で、だれかがより確実な分析を行なってくれるであろうという期待を持っている。多くの者が集まれば、それぞれが、一万の名のいくつかを分担しうるからである。
しかしながら、私が行なった解剖の所見にふくまれていない部分的な特徴を指摘することによって、私の見解を修正しようと試みても、それはただ単に、私の誤りを繰り返すだけに終わるであろう。特に芸術家が自分の芸術について語る場合に、こうした誤りを犯しやすいのである。彼らは、事実から十分に離れて、広範な視野を持とうとしないからである。真理に最も近い定義というものは、より統一のとれた調和のある表現でしかもより多くの個別例に妥当するもの、織機のように、杼の一回の飛走によって千本もの糸を織り合わすようなものでなければならないはずだからである。
私をこの新芸術の分析にかりたてたものは、理解するという無上の喜びそのものであって、怒りとか感激ではなかった。私は、新芸術の意図するところの意味を探りたいと思った。私のこうした行動には、私がすでに新芸術に親愛感を抱いていたことが前提となっていることはいうまでもない。しかしながら、われわれが一つのテーマに向かう場合、親愛感を持ってする以外に如何なる方法があるだろうか。親愛感がなければ、そのテーマを不毛の鎖につなぐ結果に終わるであろう。
新芸術は今日にいたるまで、なんら価値あるものを生んでいない、という人があるであろう。私も、それに近い意見を持っている一人である。私が新芸術から抽き出そうとしたものは、最も興味あるその意図であって、したがって私は、新芸術の作品のできばえには関心を払わなかった。しかし、この生まれたばかりの新様式が、すばらしい実を結ばないとだれが保証できよう。新芸術が企てている事業は巨大である。無からの創造を試みているからである。私は、将来、新芸術があまり欲張らずに、より適格な実をあげることを期待している。
しかし、新芸術にどんな誤りがあろうとも、この新しい姿勢には一つだけ不動のものがある、と私は考えている。それは、後には退きえない、ということである。若い芸術家のインスピレーションに対して向けられる反対意見はすべて正しいといえるかもしれない。しかし、それだからといって、彼らのインスピレーションを処罰しうるだけの理由とはならないであろう。反対意見には建設的な提案が伴わなければならないはずである。つまり、芸術に対して、今のような非人間化の道でもなければ、またいままで利用され乱用された道でもない、新しい道を暗示してやることである。
芸術は、つねに伝統の枠内に存続しうるのだ、と叫ぶことはきわめて簡単である。しかしながら、この快適な言葉は、絵筆やペンを片手に、具体的なインスピレーションの到来を待っている芸術家には、何の役にもたたないのである。