08437/08504 HFD03224 YASU 道満太郎
(17) 96/08/13 13:25 コメント数:1


 荒川は、その昔「暴れ太郎」と呼ばれ、何度ともなく氾濫し、近隣に多
大な被害を与え続けていました。そのため、古くは江戸時代から、何度も
治水工事が行われましたが、この悪戯(いたずら)小僧を防ぐ事は,でき
なかったようです。

 昭和30年代の初めになって、やっと戦後の混乱も落ち着き、人々に余
裕が出ると、またまた荒川の大治水事業の計画が持ち上がってきたのでし
た。

 これは、その頃、工事の人たちが住んでいた道満河岸(河岸とは昔の船
着き場の名残です)での、お話です。
...................................................................

                道満太郎


「ねえ、にいちゃん。つまんないよーー」
「しょうがないだろ。かあちゃんは仕事なんだから・・・」
「あーあ、どうして、父ちゃん死んじゃったんだんだろう?」
「知るかい、そんなもん。はやく、飯、食っちゃいな」

 夏休みに入り、友達が家族で行楽地に出かけているのを見ている峰次郎
は、毎日、兄の洋太郎に口を尖らせながら文句を言うのが日課だった。

「昨日の日曜日は、達也のところは家族で稲毛の海岸に潮干狩りに行った
って言うしさ、孝三のとこなんか、船橋ヘルスセンターの大プールに行っ
たんだぜ。あーあ、いいなぁ、父ちゃんが生きていたらなぁ」

「そら、また峰のいいなぁ、が始まった」

 洋太郎は、ちゃぶ台に蝿よけの丸型のネットをかぶせると、台所に食べ
終った茶碗と箸を持って行った。峰次郎はだぶだぶのランニングシャツの
襟のところを咥え、見飽きた「少年」の「鉄腕アトム」の絵だけをめくり
ながら、まだ口を尖らせている。


 二人の父親は峰次郎がまだ母の胎内にいる時に亡くなっていた。荒川の
治水工事での事故だった。その後も、飯場でまかないを手伝っている母親
は父親の事はあまり口に出さなかったので二人は父親の事はほとんど知ら
ない。

「峰次郎、土手の釣り堀にでも行ってみるか?」

 洋太郎は井戸の手押しポンプをガチャガチャ上下させて水を出すと、暇
そうに鼻くそを丸めながら外を見ている峰次郎に話しかける。

「いやだよ、つまんないよ。どうせ見てるだけなんだから」

「へへへ、釣りは高くて、できないけど、棒アイス買ってやるからさ。今
朝、かあちゃんに小遣い貰ったんだ。そうだ、クジ引いてもいいぞ」

「ほ、ほんと!!やったぁーー、じゃ行く、早く行こうよー」

 峰次郎はその言葉に嬉しそうに立ち上がると、継ぎ当てだらけの半ズボ
ンの尻を洋太郎の方に向け、蠅たたきを手に取ってブンブン振り回した。

 太陽はぎらぎらと輝き、タールを塗った電柱にとまっているアブラゼミ
の泣き声が日中の暑さを予感させる朝だった。



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               道満太郎 その2


「坊主達,ここで何してるんだい?」

  土手の上でアイスキャンデーを食べながら釣りを見学していると後ろか
ら声がした。

「釣りを見てるんだい」
「釣りって、あのヘラブナのかい?」
「そうだよ。いっぺんやってみたいと兄ちゃんと話してたんだ」

 人見知りをしない、大らかな性格の峰次郎は、どこの誰とも解らない男
と話している。洋太郎は、と言えば、二人の会話に耳を傾けながら、いつ
でも峰次郎のランニングを引っ張れるようにじっとうつむいている。


「おじさんは、この辺の人なの?」
「ああ」
「ふうーん、じゃあの釣りもしたことあんの?」
「あるさ。う〜ん、でも、坊主たちにはどうかな」
「だいじょうぶだい。兄ちゃんは何でもうまいんだぞ。勉強でも、かけっ
こでも学級で一番なんだから」
「そうか、あっはははは」

 大笑いする男の声に洋太郎は恥ずかしそうに峰次郎の横っ腹をつついた。
峰次郎はどうして小突かれたか、わからずに、忙しそうにアイスキャンデ
ーのお尻からしたたり落ちる汁をすすっている。

 ぎらぎら照り付ける太陽に男は腰の手ぬぐいを手に取ると「どっこいし
ょ」と二人の隣りに座った。不思議な事に、玉の汗をかいている二人とは
対照的に男は汗一つかいてはいない。

「かあちゃんはやさしいかい?」
「うん、ちょっと、けちん坊だけどさ」
「とうちゃんは?」
「いない。死んじゃったんだ」
「そうかい。まだ、二人だけじゃ釣りに行けないよな」

「それに、釣り堀って、アイスが何本も買えるくらい高いんだよ。おじち
ゃん、しってる?」

「ははは、そうか。そうだよな。ところで坊主たちの名前は?」

「僕が峰次郎、兄ちゃんは洋太郎って言うんだよ。兄ちゃんは、海のよう
に大っきくなるように。で、僕は山のようにでっかい人になるようにって、
父ちゃんが付けてくれたって」

「そうか・・・・・・で、いくつになるんだい」
「僕が3年生で弟は1年生です」

 珍しく引込み思案の洋太郎が口を利く。

「3年生か・・・その割にはしっかりしてるな、坊主」
「兄ちゃんは班長なんだよ」

 途中でまた峰次郎が口をはさむ。とっくの昔にアイスを食べおわって、
こんどはヒモ付きの大きな飴をほおばりながら、相変わらず口を尖がらせ
ている。


「まだ、夏休みだろう。それじゃ、明日の夕方、おじちゃんが釣りをやら
してあげるから、夕方の5時ころ、ここにきたらいい」

 二人に同情したのか、男は微笑みながら峰次郎の頭をなでると、眩しそ
うに太陽を見上げた。



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              道満太郎 その3


「これ、峰次郎。蚊帳の端に乗るんじゃないよ。鴨居に掛けられないじゃ
ないか」

 夕飯(ゆうはん)もすんで片づけを終えた母親が就寝の準備をしている。

「洋太郎。峰をどかしなっ!!」
「峰っ、、こっちにこい。言う事を聞かないと、遊んでやんないぞ」
「ちぇっ、トランポリンみたいで面白いのに・・・」

 浴衣の紐を胸まであげて、腹巻きまで胸巻き状態にさせた峰次郎が、ま
た口を尖がらせて文句を言う。真夏とはいえ、夜になると川に近いせい
か風が家の中に入り込んできて、風鈴を「ちりり〜ん」と鳴らしている。

 峰次郎は、まだ布団にはいらずに蚊帳の網の隅っこに包まって「テント
ごっこ」などと言って遊んでおり、まだまだ寝そうには無い。

 しかし、だんだん、夜もふけると子供たちが待ちわびている時間がやっ
てくる。日中は忙しくて、なかなか二人の相手ができない母親が、川の字
になって添い寝をしながら、うちわで二人にやさしい風をおくってくれる
からだ。

「ねえ、かあちゃん」
「なんだい。峰次郎、寝付けないかい」
「うん。ねえ、明日、釣れるかなぁ」
「どこのおじちゃんだか知らないけど、危ない事だけはしちゃだめよ。洋
太郎も峰の面倒をちゃんと見て頂戴ね」
「・・・・・・」

 こうして、母親と子供たちはクスクス笑ったり、今日の出来事を自慢げ
に話したりして、とっても柔らかで、ゆったりとした時間が過ぎていく。

 しばらくすると、子供たちは昼間の疲れで眠くなり、欠伸をし始める。

「さあ、もう遅いから寝ましょうね。電灯を小さくするわね」

 母親は明かりを消すと二人のお腹にやュタオルをかけて、ゆっくり
とまた、うちわを動かした。人工的な物音が一切しない中で、鈴虫やコオ
ロギが、時折鳴る風鈴の音と静かな夜のアンサンブルを奏でている。

 やがて、二人の静かな寝息を聞きながら、満足げに微笑んだ母親も深い
眠りに落ちていった。

                    つづく(ほんとか?)(^^;

                       YASU(HFD03224)

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08438/08504 HFD03224 YASU 道満太郎(その2)
(17) 96/08/13 13:26

             道満太郎

               道満太郎 その4

「ねえ、兄ちゃん。おじちゃん、本当に来てくれるかなかぁ」
「わかんないよ」
「だって、とっくに釣り堀の人たち帰っちゃったよ」
「そうだよなぁ」
「それにしても、あのおじちゃん道満太郎なんて変な名前だよね」
「ああ」
「おじちゃん、来ないんじゃないの」

 道満河岸の釣り堀は午後4時に終了する。もっとも、今日は8月の13
日なので釣り客もお盆の準備で早あがりする人たちが多い。さっきから二
人は不安げにあたりをキョロキョロ見回している。

「坊主たち・・・・待ったかい?」

 振り向くと、誰もいなかったはずの背後に昨日の男が立っていた。

「おじちゃん、遅いよーーー。釣り堀、終わっちゃったみたいだよ」
「ははは、大丈夫さ。おじちゃんは管理人さんと友達だから、夕方の涼し
い時間に釣らせてもらえるから」

 男は二人を見ると、にっこり微笑んだ。ふと気が付くとアブラゼミの泣
き声が涼しげな、ひぐらしの声にかわっている。

「じゃ、竿と仕掛けを取ってくるから待っててね」

 男は鍵が掛かっているはずの管理人の小屋に、音も無く、すっと入って
いく。しばらくすると、やぶ蚊を追い払いながら待ってる二人の目の前に
二本の竿が差し出された。

「さあ、この竿を使うといい」
「あっ、竿だ。おじちゃん、借りていいの?」

 こんな時はいつも一番最初に手をだすのは峰次郎だ。遅れて洋太郎も遠
慮がちに手をだして、繋ぎの無い一本の竹の竿を受け取った。竹の竿には
ぐるぐる巻きになった仕掛けとウキが付いていて、餌さえあればすぐにで
も釣りができる状態になっている。

「いいかい、このサツマイモをふかしたものを練って丸く針につけるんだ
よ」

「こんなお芋で釣れるの?」

   【解説】
    この頃は、ヘラブナ釣りの餌などは釣り道具屋では売っていないのでみ
な手作りをした。サツマイモを少し固めにふかして皮をむき、冷ましてか
ら裏ごしをかける。食わせなら、あたり鉢で何回か、粘りを出すように擦
り、バラケなら肉挽き機で2度くらいかけたものを使用していた。

「ははは、大丈夫。ヘラブナは生餌では釣らないんだよ。洋太郎君、まず、
餌をつけないでウキの目盛りを確かめてごらん」

 男は、まだ一人では振り込めない峰次郎のウキの調節しながら、振り込
んだ洋太郎のウキを見ている。

「あの、赤い節が、餌落ちと言って餌が無い状態なんだよ。わかるかい?
さあ、今度は餌をつけて振り込んでごらん。そう、今度は黄色の目盛りま
で沈んだよね。あの目盛りを見ながら餌があるかどうかを判断するんだよ」

「あれですね」
「そう、そう。餌があるうちに、あのウキがツンと鋭く水面に潜ったら竿
を上げるんだよ。洋太郎君」

 堅物の洋太郎は男に言われた通り餌を丸めてつけると、微動だにせずに、
じっとウキを見つめている。峰次郎の竿も調整がすんだらしく、珍しく、
お喋り峰次郎も真剣にウキを見ている。

「それ、いまだ洋太郎くん!!」
「え??」

洋太郎は男の声に、おっかなびっくり、竿を上げた。

「 あ、・・・」

 反射的にあげた洋太郎の竿にどうやらヘラブナが掛かったらしかった。

 生まれてこの方、釣りなんてしたことのない洋太郎は、いきなり魚が走
ったので、どぎまぎしてしまい、竿を持つ腕を伸ばせずに、今にも竿先が
水面についてしまいそうだ。

「洋太郎くん!!両手で万歳をするように竿をあげてごらん」

 とっさに男が洋太郎に声をかける。

「兄ちゃん、がんばれ!!」

 あまりの力の強さに洋太郎の頬は引きつる。必死の形相の洋太郎の後ろ
にいつのまにか男が立ってお腹のあたりを押さえてくれている。強烈なヘ
ラブナの引きだったが、男に言われたとおり、両手で万歳をする頃になる
と、荒川育ちの元気のよいヘラブナも、しぶしぶ釣り座の方に寄ってきた。

 夕暮れの薄暗い水面にピュッと水をふくと、尺上のヘラブナがイヤイヤ
と体を捻じりながら男の差し出すタモにおさまり、モッサモッサとゆれた。

「やったね、兄ちゃん」
「やったな、洋太郎くん!!」
「・・・・・・」

 洋太郎は初めての釣りに体が興奮して、しばらく口も利かずに魚を見て
いた。


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    ▲▲   ▲▲   ▲▲    ▲▲    ▲▲▲




            【道満太郎 場面5】

「かあちゃん、帰りに夜店で何か買ってね」

 火のついた灯篭があちらこちらで揺れる中、洋太郎と峰次郎も父親の戒
名の入った灯篭を手に持って川面に降りて神妙な顔をしている。

「さあ、いつまでも手に持ってないで、川に流してちょうだい」

 その声にうながされ、奇麗な灯篭を流すのがもったいない、と躊躇して
いた峰次郎だったが、まわりの人たちと同じように、そっと水に浮かべた。


 読経とともに幾千もの灯篭が黄泉の国に向かって流れていく。まるで今
日だけは荒川が天の川にでもなったように光の帯がずっと先までつづいて
いる。途中で草にひっかかって、なかなか本流に流れ出さないものや、薄
   い光を放ち、先を急いでいるようなものなど、まるで故人の魂がのりうつ
   っているかのように流れていく。


ど〜ん、ひゅるるるるるる

 突然の、花火の音に、ぼけっと川面を見ていた洋太郎と峰次郎は顔を上
げた。

「あがった、あがった」
「うわーー、きれいだ。ネ、ネ、かあちゃん、みてみて」
「はい、はい」

 町内会の三河屋の宣伝の入った団扇でやぶ蚊を追い払いながら、母親も
空を見上げる。打ちあがった花火が流れる水面にキラキラと投影されてい
る。

「あっ!!かあちゃん、太郎さんだ」

 人込みの雑踏の中で峰次郎が叫んだ。

「えっ?釣りに連れていってくれたおじちゃんかい?」
「そうだよ、ほら、あそこの綿菓子屋の横だよ」

 その声に母親もそちらの方角を探すが、それらしき人物はいない。

「本当にいたのかい?」
「ほんとだよう」
「綿菓子屋のとこに人なんていないじゃないか」
「また、峰の早合点だよ、かあちゃん」
「ちがうよ、本当にいたんだい」

 峰次郎は確かに先日の男がこちらに向かって、笑いながら手を振ってい
るのを見た気がしたのだ。

「あーあ、確かに見たのになぁ」
「おじちゃん、夏休みが終ったら仕事に戻るって言ってたじゃないか。た
ぶん、今日あたり帰っちゃったんだよ」
「そうかなぁ」
「なんか、あるのか?峰」
「うん、いやさ、おじちゃんに一度頼みたいことがあったんだ」
「なに?釣りかい?」
「ちがうよ、俺さ、あの・・・・さ」

 珍しく峰次郎が照れて口ごもる。

「なんだい、変な奴だな」
「あのさ、、えっとさぁ、、オレ、一度、肩車されてみたかったんだ」
「肩車?肩車って、あの肩にのるやつかい?」
「うん、ほら、みんな父ちゃんにやってもらってるじゃん」

 その会話に、二人の様子を笑顔で見ていた母親の顔が瞬間曇った。母親
は二人の会話が聞こえなかったかのように再び団扇を動かす。

「さあ、かあちゃんは先に帰ってスイカを切っておくから、仕掛花火が終
ったらさっさと帰ってくるんだよ」

 花火も佳境に入ったらしく、先ほどから夜空には大輪の華がさいている。
そんな不憫な会話をしている子供たちに、母親はそう言うのがやっとだっ
た。

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  (灯籠流しに見える?(^^; )


                        つづく(かなぁ??)
                        飽きてきたし・・・・(~~;;


08439/08504 HFD03224 YASU 道満太郎(その3)
(17) 96/08/13 13:27

          ***************
         *  道満太郎【場面7】  *
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        @@               @@
      @@@                  @@@@@@@@@


「洋太郎君、峰次郎君。何してるんだい?ふたりっきりかい」
「あっ!!太郎さんだ」

 その声に振り向いた峰次郎が叫ぶ。

「おじちゃん、仕事に帰っちゃったんじゃないの?」
「ああ、これから帰るのさ。そんなことより、はやくあっちに行かなきゃ、
仕掛花火が始まっちゃうぞ」
「うん、でも、大人の人たちがいるから見えないんだもの」
「ははは、そうか」

 男は見物人の方向を見ながら少し考え込む。

「よし、おじちゃんが、かわりばんこに肩車してあげるから、さあ、行こ
う」

「肩車っ?!!ほんと?おじちゃん。」

 峰次郎の頬が赤く上気している。洋太郎も、これまでに一度も肩車をし
てもらった経験が無いので、躊躇しながらも峰次郎に手を引かれるままに
なっている。

「よし、じゃ、峰次郎君からだな」

 見物人の後方に立った三人は仕掛花火のアナウンスを待っている。

「うわーー、高い。わ、わ、わーー、おじちゃん、始まったよ」

 初めて肩車をしてもらった峰次郎が興奮気味に叫んでいる。峰次郎は花
火などそっちのけで、新鮮な初めての視界を楽しんできょろきょろしてい
る。

「よし、じゃ、次は洋太郎君だ」
「え、、いえ、、僕はいいです」

洋太郎は照れくささが先にたって思ってもいない事を口に出す。

「遠慮するな」

 男はそんな姿をさっして、洋太郎の腰をかかえるといっきに肩の上まで
持ち上げた。その瞬間、人間の壁に囲まれていた視界が一気にひらけ、花
火を待つ人の頭が黒い絨毯を敷き詰めたように土手の上を覆っているのが
見えた。

 遠慮がちに、男の頭の上に手を置き、大きな手が自分の足をぎゅっと押
さえてくれるのを感じると「父親ってこんなかんじなのかもしれない」と
生まれて初めて洋太郎は父の存在を意識した。

「おじちゃん、どうもありがとう」
「今日はどうもありがとうございました」

 二人は男の目の前で、ぴょこんと頭を下げる。そんな、二人の頭をやさ
しくなでながら男は二人の視線のまで腰をさげる。

「たのしかったかい?おじちゃんは、仕事で遠いところに行かなくちゃな
らないから、もう会えないかもしれないけど、二人とも元気で」

「うん、おじちゃん、すんごく楽しかったよ。そうだ、おじちゃん、お礼
に長嶋のメンコあげるよ」

 峰次郎は半ズボンの後ろのポケットから大事そうに長嶋と王が向かい合
って構えていているメンコを取り出す。

「ははは、いいのかい?そんな大事なもの。せっかくだから、もらっとく
よ。峰次郎くん、ありがとう」

「釣、とっても面白かったです。もう少し、大きくなったら一人で挑戦し
てみます」

 洋太郎も峰次郎の背後から小さな声で言う。

「うん、おっと、時間だ。二人とも元気でな。いい子でな」

 男は時の流れを恨めし気にそう言うと立ち上がって後ろを向いた。その
時、ゆく夏を惜しむかのように「ど〜ん」と最後の花火があがった。その
   音に洋太郎と峰次郎は空を見上げる。


「あれ?兄ちゃん、おじちゃんがいないよ」
「ほんとだ。帰っちゃったのかなぁ」

二人が花火を見上げた瞬間に男の姿はそこにはない。最後の花火が終わる
頃、どこからか涼しい風が吹きはじめ、夏の終わりを二人に感じさせた。


「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」「」


     ★★★★★★ 道満太郎 場面8 ★★★★★★

 洋太郎と峰次郎が初めて父親の存在を意識した夏からどれくらいたつの
だろう。

「道満河岸も久しぶりだねぇ」
「でも、この堤防も、あそこに見える釣り堀もちっともかわっちゃいない
な」
「そうだね、洋太郎兄さん」

 道満河岸の護岸工事が終わり、一家は工事で亡くなった人のための慰霊
祭に参列するために今日は懐かしい道満河岸にやってきていた。

「それにしても暑いね」
「峰は暑がりだからな」
「二人とも静かにしなさい」

 母親はそう言うと、二人をおいて背広を着た人たちのところへ挨拶しに
いった。

「始まるまで、釣り堀でも見に行くか?」
「いいよ、暑いからさ」
「あの時もこんなに暑かったっけ」

 洋太郎は小さな声でぼそっと言う。

「えっ?何か言った?」

 母親を目線で追っていた峰次郎が聞き返す。

「い、い、いや何でもない」

 公園の片隅にはテントが張られ、その隣には白い幕に覆われた記念碑と
思われる白い大きな物体があった。その手前には家族のために用意された
パイプイスが3組3列にきれいに並べられ、家族の到着を待っている。

 そのうちに、工事関係者の元に挨拶していた母親が日傘をたたみながら、
珍しく興奮気味に帰ってきた。

「どうしたんだい。かあちゃん」

 母親は峰次郎の心配げな質問にも答えないで、にこにこ微笑んでいるだ
けだった。

「ねえ、かあさん。何かいいことでもあったの?」

 洋太郎が問いかけて、はじめて母親が口を開いた。

「今日、私たちを招待して下さったのはね。あの除幕式をしてほしいから
何ですって」
「除幕式って?あのひもみたいな物をひっぱるやつ?」
「そうなの。あの像は工事をしている人の像なんですって」

 母親はハンドバックの中からハンカチを出すと、そっと額をおさえた。

「しかも、制作された人が、工事中の写真から働く労働者を作りたいとの
ことで・・・・・」
「なんだか、よくわかんないよ」

 峰次郎が横から口を出す。

「みね,しずかにしろよ」
「ともかくね。あの像は父さんがモデルなんですって。だから、私たち今
日呼ばれたんですって」
「ほんと?楽しみだなぁ。家にはろくな写真が無くてさ、おれ父ちゃんの
顔がよくわかんないもんね」

 相変わらず峰次郎は変わってはいない。

「それじゃ、あの像は父さんって事?」
「そうよ」
「へぇ、僕もはやく見てみたいな」
「洋太郎も峰次郎もそう言うわけだから、行儀よくしてね」
「そうか、じゃ髭そってくるんだったな」
「はは、産毛のくせに」

 母親はそんな兄弟を優しく見ている。

08440/08504 HFD03224 YASU 道満太郎(その4)
(17) 96/08/13 13:27 コメント数:2

              道満太郎


 いよいよ慰霊祭が開始され、除幕式を行う時間になってきた。母親や洋
太郎が落ち着いているにもかかわらず、柄にもなく峰次郎はそわそわと落
ち着かず、あがっているように見える。

「それでは御家族代表のみなさん、お願いいたします」

 合図とともに、洋太郎と峰次郎は目の前の紅白の紐を思いっきり引っ張
る。見上げると像の頭の部分からあっけなく白い幕はおりてきた。照りつ
ける日の光が逆光となってよく顔が見えない。

「兄ちゃん、顔がよく見えないね」
「ああ、何か前方を指さしている銅像みたいだけど」

 係りの人のアナウンスに促されるように二人は席ついた。今度は遠くて
銅像の顔がよく見えない。

「ちぇ、なんだい。顔がよく見えなかったじゃん」
「ほんとだよな」
「これ、おまえ達、しずかにしなさい」

 二人は震える声にぎょっとして母親の方を見る。ハンカチで額の汗を拭
いていると思っていた母が銅像を見て泣いている。いままでに見たことも
ない初めての母の涙だった。それほどまでに、銅像は父親にそっくりだっ
たのだろう。二人は下を向いて、しばらくの間ずっと両手を膝の上におき
慰霊祭が終わるのを待った。

「母ちゃん、終わったみたいだね」
「そうね」
「さっき、銅像の顔がよく見えなかったから、近くで見てきていい?」
「ええ、ちょっと待って、かあさんも、行くから」

 そんな母の声も聞こえないかのように二人は人の流れに逆らって銅像の
方向に走る。母親は二人の座っているあたりを見回して、忘れ物がないか
どうか確かめている。

 銅像に近づいた二人は思わず顔を見合わせてしまった。峰次郎が兄に確
認するように、一言一言ゆっくりと言った。

「兄ちゃん、この銅像って太郎さんじゃない?ほら、ヘラブナ釣りに隣の
釣り堀につれていってくれたさ」

 洋太郎は銅像を見て声もでない。やがて、母親が二人のそばにやってき
て二人の肩を優しく抱く。

「これが、おまえ達のおとうさんだよ」

 その声は相変わらず震えており、必死に涙をこらえている。洋太郎も峰
次郎もそんな母をきょとんとした表情で見る。

「どうしたんだい。二人とも黙り込んでしまって」

 母親は二人の前にしゃがみ込んで優しく微笑んだ。

「だってさ、かあちゃん。この人さ、道満太郎さんだよ。ほら、小さいと
きに僕らを釣りにつれていってくれたり、肩車をしてくれたりした太郎さ
んだよ」

 必死に峰次郎は母親に説明している。

 その言葉を聞きながら洋太郎は二三歩銅像に近よる。洋太郎には何もか
も理解できた。多感な時期にあらわれてくれた父親のやさしさを思うと、
涙が後から後からとめどもなく流れた。

 ゆっくりと父親の銅像を見上げたとき、涼しい風が鼻先を通り抜ける。

 夏の終わりを感じさせたあの時と同じにおいがした。


                           道満太郎 完