竿の握りについて考えてみる

釣り具屋で竿を選ぶとき、あなたは何を基準に選ぶだろうか。
銘かもしれないし、塗りかもしれない。ひょっとしたら、調子のみを見て
選ぶ人もいるかもしれない。

その選択肢は人それぞれの好みによって異なるが、ずらりと並んだ陳列台の
中から目を引くのはなんといっても握りのデザインである。

どちらかといえば保守的なへら竿の世界の中にあって、握りだけは近年に
なって様々な工夫と細工が施され、見た目も一段と華やかになりつつある。

考えてみれば、それぞれの竿の個性を表現またはアピールできる部位は
握りが最も適切だ。
常に釣り人自身が触れる部位であるとともに、最も目に近い部分である
ことから常に意識される部分である。

たしかに、伝統ある紀州の銘竿にそのような装飾は邪道だという意見
もあるが、それはそれで正しい。

しかし、個性豊かな装飾をされた握りを手にする事はじつに楽しく、
よりいっそうその釣りを味わい深いものにしてくれる。
まさに、握りはその竿を演出する最も重要な部位なのだ。

たとえば、「食う」という目的を果たすだけなら、なんの装飾も施されて
いないありきたりの茶碗で十分事足りる。
しかし、美しく彩られた茶碗で飯を食うと、同じ中身であってもおいしく
感じることができる。「京懐石は器で食す」という言葉があるが、まさしく
それに似ているのではないかと私は思う。

一方、当然の事ながら握りはその機能を追求される部位でもある。

いくら見た目が美しくあっても、滑りやすいものであったり、
負荷によってぎしぎしと音を立てるようであれば釣趣も半減してしまう。
また、使っているうちに疲労を蓄積していくようなものでも困る。
過剰な装飾は逆に品位を落とすことにもなりかねない。

こうして考えてみると、握りの持つ個性と要素は、竿のみならずその釣り
全体に大きく影響する大切な部位だと、最近になって思うようになった。

そんなことから、「握り」について様々な角度から思うがままに書いてみたいと思う。

◆握りの種類について◆


綿糸

綿糸を巻かれた握りは、最も保守的なものではないかと思う。
どちらかといえば機能一本に絞った扱いやすい握りである。

特に長竿や釣り堀のように握りを持つ手に肉体的な負担が大きい
釣りには、しっかりと握れるという面において抜群に扱いやすい。
扱う上で注意しなければいけないのは、雨の日などの使用によって
握りに水分を含ませてしまうことである。

たいてのものは、漆に浸されていたり塗られているけれど、
長年使っていると局部的に防水の役目をしない部分もできてくる。


綿糸ということで、特に吸水性が高いために過剰な水分は劣化の
原因になる。また、雨の日に餌が握りに付いてしまった場合は、
使用後に入念な手入れを行わないとカビの原因になることもある。

そういう意味では、比較的手入れを必要とする握りだと思う。

ほとんどのものが黒い漆を含ませた仕上げとなっている事から、
どちらかといえば個性の乏しいデザインだ。
しかし、シンプルなゆえに飽きの来ない、へら竿創生期からの伝統的な作りだ。

藤巻き

綿糸で作られた握りとともに伝統的なものが藤握りだ。

藤を密に巻かれた握りには、暖かみと輝きがあり、そしてまた上品な
雰囲気を作り出す。特に、密に巻かれた藤の凹部に黒漆を塗り込まれ
た作りには、しばし目を奪われる上品さが漂う。やはり、和竿には藤が
最もよく似合うのではないかと私は思う。

しかし、その見た目の美しさと品位とは別に、藤巻き握りは想像以上に
デリケートで、その分些細なことで故障を伴うことが多い。
また、握りとしてその機能を考えた場合、とりわけそれに優れていると
言える代物ではなく、逆に扱いに難しい面も多く含んでいる。

密に巻かれた藤握りは綿糸に比べて遥かに滑りやすいし、握りに
アクセントを持たせるために部分的に間隔をあけて螺旋状に巻かれたものは、
大きな負荷によってその部分に触れる指に刺激を受けることもある。また、そう
いった作りのものは、長く使っているうちに巻かれた藤が緩んでしまうこともある。

たとえば、藤と綿糸を交互あるいは適度に間隔を開けて巻いた握りは、水分を
含むことによってそれぞれの給水率に差があることから、藤の部分がぶよぶよと
浮いたような状態になることもある。

まぁ、しっかりと拭き取りがされているし、中にはウレタンで防水処置をされて
いるものもあるから、よほどの事が無い限り起こる故障ではないが。

藤巻き握りの竿を使っているうちに、突然ギシギシと鳴き出した経験のある人も
多いと思うが、よほどしっかり漆で固着させているにも関わらず、ちょっとした
事が原因でこうした小さな故障が起こる可能性の高い、極めて扱いの難しい
ものだと思う。
しかし、普通に使っている分にはそういった故障も起こる事が少ない。

こうして欠点ばかり書き連ねるといけないな。(^^;;

藤巻き握りの持つ独特の手触りの良さと、暖かみのある上品な雰囲気は、
それらの欠点を十二分にカバーできるものだ。

どちらかといえば、私は機能面と耐久性を犠牲にしても、
より上品な藤巻き握りが好きだ。

漆仕上げ

つるつるの漆仕上げの握りには、なんとも言えない味わいがある。
特に、相対的な色合いの研ぎだし仕上げのものには、深い
ところからにじみ出てくる抽象的な模様に心を奪われることも多い。

しっとりと吸いつくような手触りは心地好くて、よほど水に濡れたり
餌の油分を手に付けていない限り、見た目以上に滑らないものだ。

そういう点から、この手法の握りには根強いファンも多い。
もちろん、私などもそんな中の一人だ。

ただ、このての握りには個性を表現するために色ものの漆を使う
ことが多い。
よほど乱雑に扱わない限りは起こらない故障だが、ついうっかりと
硬いものにぶつけて漆の表面に傷が入った場合は、修理のとき、なかなか
うまく色をあわせることが難しいようだ。
同じ配合の顔料を用いた場合でも、その漆の乾燥度や冴え具合によって
微妙に元の色とずれてしまう。

とにかく、私はこの握りが大好きだから、そういったリスクは覚悟の上で、
できるだけ丁寧に扱うように心掛けている。

最近になって蒔絵を施したものも見かけるようになってきた。
私も蒔絵握りは3本ばかり所有しているが、たいていのものは金箔を浮かせる
ために下地の漆は黒で塗られている。
色ものではさほど気にならなかったけれど、漆黒の漆は案外細かい傷が
目立ってくる。

干からびたグルテンや、餌の細かい粒子が乾燥するとまるで石のように
硬くなってくるので、仕舞う時にうっかりと乾いたタオルで拭き取ると、
まるでやすりを掛けた時のように細かい傷が走る。

そのため、私はいつも仕舞う直前に水分をたっぷりと含ませたタオルで、
表面に付着した餌の粒子を浮かせて、拭き取るように心掛けている。

まっ、こんなことを書くとなんとわずらわしいなだろう。。。。と
思われるかもしれないが、長く美しく使いたいのであれば、漆器に触れる
ときと同じような気配りが必要な握りだ。

そう、漆仕上げの握りは芸術品なんだから。
傷が付いたから、、、と文句をいう人に使う資格はない。
    

竹張り

最近はあまり見かけることが無くなってきたけれど、竹張り握り
は一事大流行した手法だ。

その作りには様々な手法がとられ、竹で竿尻を包み込むようなもの
から、細かく割った竹を散りばめるようなものまで、様々な工夫が
されていた。

「竹には竹を」という、竹張り握りにこだわる続ける作者もいる
ようだが、それだけ和竿にはこの握りが見事に調和する。

竿本体と同じ色肌が握りにまで続くさまは、あか抜けた雰囲気を
作り出し、均一の重量感を与えてくれる美しい作りだ。

ただ、見た目の美しさとは逆に、正直なところなかなか扱いにくい握りでもある。

包み込むような竹張り握りは、先に書いた藤握りのように長く使っている
うちに鳴きだしてしまう事もある。

細かく縦割りされた竹を接着したものは、うっかりとぶつけてしまった時に
剥がれ落ちることもある。それに、縦割りされたものを張りつけた握りは、
その竹と竹のあいだに塗られた漆が、それぞれの竹の伸縮によって欠けて
しまうこともある。

表面の拭き取りが落ちてしまうと、その部分にだけ水分が吸収されて
黒ずむこともある。

使っているときには、包み込まれたタイプの握りは比較的滑りやすいし、
縦割りされたタイプのものは負荷がかかると指に密着した部分が痛く感じる。

そんな故障や使いにくさの目立つ握りではあるが、
この握りのスマートさはそれらのリスクを背負ってもなお使いつづけたい
不思議な魅力のある作りだ。
 

銘木

つい最近まではよく作られていた握りだが、最近はほとんど見かけることも
少なくなってきた。

竹張り握りは、どちらかといえば冷たい光を放つのに対して、銘木握りは
「木」本来の暖かみを感じる事のできる握りである。
なかでも朴の木で作られたものは、暖かみと柔らかさとやさしさを感じさせて
くれる、親しみやすくて味わいのある握りである。

ただ、素材が柔らかいものだけに傷付くことも多くて、深いタナで釣るときに
竿を後ろに滑らせて、ウキを調整したときにうっかりと桟橋の角で傷付けた
苦い経験がある。

もう手放してしまったが、私もこの握りを長年愛用していた時期がある。

一方、カリンなどの比較的硬い素材で作られたものは、数釣りなど回転の早い
釣りには扱いやすく、手のひらにかかる負担も軽かったように思う。
そして、その色合いから重厚な雰囲気をも漂わせることから、竿そのものに
格調の高さを思わせる。

中には、思わず吹き出してしまいそうな不細工なのもあるけど。(^^;;

それだけ、この握りは加工が簡単なように見えて、デザインという面
に於いて実に難しい仕事を要求されるのではないかとも思う。

口巻き仕上げの竿に、深い色合いの銘木握りを施したものは、すぐにでも
自分のものにしてみたい欲望に駆られる雰囲気を漂わせる。

やはり、日本人なんだろうね。
木と紙の文化の中で育った我々の宿命なんだろうか。(^^;;

ただ、硬い素材でできたものは漆仕上げのものと同じように表面の処理が磨いた
ものであるだけに、餌の油分などによってうっかりと滑ることも多い。
そして、地が白くて表面処理のされていない握りは、手の汚れなどが付着して
残ってしまう事もある。

そういう点において、この握りは比較的気を使う握りでもある。

銘木握りは、見た目の雰囲気はもちろん、使った感触は極めて満足度の高い
仕上げであると私は思う。

そんなことから、この握りを見る機会が少なくなったことが残念でたまらない。
乾漆
ここ数年のうちに、特に目に付くようになってきたのが乾漆握りである。

その作り方や素材については詳しくは知らないが、加工のたやすさと
色使いの自由度が高い点から、カラフルでお洒落な作品が多く作り出されている。
じつは、私自身この握りは触れてみただけで、実際に使ったことはない。

しかし、その仕上がりから見れば、適度な摩擦を生む表面処理によって
機能面を含めた使いごこちは申し分なく、歴代の握りを陵駕する
ものであることは容易に想像できる。

見た目は先に書いたように自由度が高いことから、作者の感性が
そのまま忠実に表現できるようである。

つまり、配色とちょっとした細工次第で今までに無い素晴らしいデザインの
作品が生まれてくるだろう。

でも、あまり過激なものは嫌味だけど。(^^;;

乾漆には、今までの伝統的な握りの型を破った、目を見張るような
作品が生まれることを期待したい。

耐久性が気になるところではあるが。(^^;;
 

握り雑感

私の知っている範囲で握りの素材について書いてみたが、過去には、あるいは現在
でもその素材と設計は思考錯誤を繰り返しながら続けられている。

前述のように、握りは常に注目を集める部位であり、釣り人自らが触れることによって
その感触を楽しめる部分でもある。それだけに、買い手は握りによってその選択の
幅を絞ることも多い。

また、作る立場から見れば握りは最も自分の個性を表現しやすい部分であり、
注目度も高く購買意欲を掻きたてる部分である。

過去には鮫皮をはじめ、貝をあしらったものや織りもの、金属を使った高価なものまで
作られていた。
まぁ、採算性を勘ぐるのは下衆だけれど、日本の伝統的な素材や
自然な素材を中心に今でも模索し続けている。

しかし、それらの素材を扱う上で専門的な知識を習熟させるでもなく、外注化へ
逃げる作者も少なからずいると聞く。

自らの作品の、いわゆる最も個性を発揮できる部分(見た目のこと)を自らの手で
作れない作者がいるということは、私には非常に残念でたまらない。

つらつらと、思うがままに書きつづけたけれど、
これから先、紀州の若い作者達が、なにを用いて、どのような表現をしてくれるか
という面において、私は非常に興味深い。