状況に応じて竿を選ぶのもおもしろい
早いもので、私がこのHPを開設して1年半になります。その間、NIFTYのメンバー以外にも、このHPを通じてたくさんの人々と知り合うことができました。
いただくメールの数も月日を重ねるごとに増え、お会いしたこともない多くのみなさんとの会話を楽しんでおります。ほんとうにありがたいことです。さて、今まで新しく知り合った方々から寄せられるメッセージには、「和竿を買いたいけどどんなのがいいの?」という漠然とした内容のものがたくさんありました。
でも、私は単なる和竿好きのおっさんであって、その道のプロではありませんもので、なかなか的を得たご返事をできないのであります。それに、生意気にもアドバイスなんて大それた事ができる立場でもありませんもので、返事に窮する事も多くありました。
ある一定の理論に基づき、安定した品質と管理のもとに作られた化学竿と違い、調子ひとつとってみても和竿は生み出された数だけの個性や特徴があるわけですから、はじめて和竿を購入しようという人にはその選択に迷うことも多いでしょう。
その点、身近に和竿使いがいらっしゃれば、実際に使わせてもらったり、直接アドバイスを受ける機会も多いでしょうし、日頃から通っている釣具屋さんで和竿を扱っていたりすれば、多くの竿を見る事によって「見る目」を養う機会もあるでしょう。でもなかなかそんな恵まれた環境の中にいる人は少ないようですね。だから、そんな悩ましいご質問が私なんぞのところに迷い込んだりする訳なんですが、無責任に言ってしまえば「気に入ったのを買えば?」と言うことになってしまいます。
たとえば、私のように野釣りが大半を占める人とか、管理池専門の人だけをとってみても、主として使う竿の調子に違いはありますし、人によればその調子に対して自分の感性が「適、不適」という考えもあります。
それに、その釣りに応じた竿を選ぶもよし、竿に応じた釣りをするのもまたよしという考えもありますね。
まだあります。「竿のオチに対するデータで遊んでみる」の文章の中にも書きましたが、あきらかに「この竿ではこういう釣りをして欲しい」という作者の意図が見えてくるものもあります。
使う環境次第ではその竿が生きてくる場合も多いですし、逆にまた、釣趣を激減してしまう場合だってあります。だから難しいんですよね。でもね。使う本人さえ納得していれば、乗っ込み期の大型一発狙いに総高野竹のべらんべらんの調子の竿を使うのも勝手だし、ちゃんべらの数釣りにオチの強い硬調子で空中をぶっ飛ばしてくるのも本人の勝手なのであります。この釣りにはこんな調子の竿を使いなさいという定義はありません。つまり、カンナで鰹節を削るのも、ワイングラスでお茶漬けを食べるのも本人の勝手なのであります。
が、そんな事ばかり言っていると、つまりなんでもいいと言うことになってしまいますので、ますます頭が混乱して戸惑ってしまいます。そんなことから、私が普段からやっているその釣りの環境に応じた竿をなんで選ぶのか、その竿が一番気持ちよく使える釣りはどんなんだろうかということを、例によって「もじり的独断と偏見」によりまして、ちまちまと書いてみたいと思っています。
人それぞれ、いろんな哲学や理論、ご意見もあるでしょう。そして、あたりまえのことですが、それらは全てが正しいものです。そういったことを念頭に入れていただいた上で、「阿呆の見本」的に読んでいただければいいなと思います。■ 竿の「調子」を強引に分類してみる
和竿の釣りを心ゆくまで楽しむためには、私たち使う側にとっても使う竿に対して、ある程度、その竿の持つ個性を引き出せる為の知識と認識を持って接する必要があります。たとえば、その竿を手に取って繋いでみた感触が、使い手にとって柔らかいと感じるのか、それとも硬いと感じるのかということも、ひとつの体感から得た知識となります。
もし柔らかいと感じるのであれば、深いタナからゆっくりとへらさんを引き上げる楽しみを味わう場面で使いたいし、硬いと感じるのであれば回転の早い釣りでがんがん釣る時に使いたいと考えることもできるでしょう。しかし、硬い、柔らかいという、いわゆる「感触」というものは、人それぞれによって見解が異なるわけですから、その分岐点を定義するということに関しては無理があります。しかも、使う環境を含めた見解という要素もそれに加わってくるわけですから、はてさて、困ったもんです。
まして「硬い、柔らかい」の見解だけをとってみても、はじめて和竿に接する方には比較の対象となるものが無いだけに、更に迷う原因ともなりますね。おっと、断っておきますが、カーボン竿やグラスロッドは物理的に和竿とは異なりますので、比較の対象にはなりません。(^^;;
そのような事から、「感触」という至ってアナログ的な面から見ると収拾がつかなくなってしまいますので、「竿」というものを物理的な面からみて分類し、それぞれの個性を考えてみようと思います。● 調子の一般的な分類
さて、一般的に言われている「調子」というものはどういうものなんでしょうか。「調子」という言葉自体、漠然としていて「その言葉の持つ意味をのべよ」と問われた場合、いささか返答に困ってしまいます。
ところが、広辞苑によりますと「調子」という言葉の意味には「はずみ」とか「勢い」という意味があるようで、これらの意味を竿に当てはめてみた場合、その竿のどの部分に「はずみや勢い」があるかという考え方もできるのではないかと思います。
つまり、「その竿にとって、物理的にどの部分にへらさんをかけた時の負荷が集中するか。そして反発するか。」と解釈できるわけですね。普段、何気なく使っている「調子」という言葉には、そういった意味があるということと、「なるほどうまく言い当てている」と、今更ながら関心したりしています。(^^;;
で、これからはじめようとする文章の中で使う「調子」という言葉の意味は、例によってもじり的独断と偏見において、すべてその解釈を当てはめることにしますのでご了承くださいまし。
☆ 一般的にへら竿は、「先調子」と「胴調子」というように分類されていますが、竿の先端に調子の出ているものを「先調子」、竿の中央付近に調子の出ている竿を「胴調子」と呼ばれています。
また「先調子=裏調子」、「胴調子=本調子」などとも呼ばれていますし、更に「先調子=七三調子、八二調子、四分六調子」、「硬調胴調子、軟調胴調子」という言い回しで更に詳しくその竿を表現しているようです。中には「全体調子」などとますます訳のわからん言い回しをする人もいますが、それだけ「調子」というものを表現することは難しいということなんでしょう。
作者によってもその捉え方は違いますし、そのうえ、更に、使う環境や対象魚によっても「硬い」「柔らかい」という感覚もありますから、、、、ああ、もう投げ出したくなります。(^^;;で、そんなことを言い出したらますますややこしくなってきますので、ここでは一般的に言われている「先調子」と「胴調子」というように大きく分けて考えてみたいと思います。
:先調子と胴調子をくらべてみる
先調子(八二調子、七三調子、四分六調子を、ひとつに括ってそのように呼ぶ事にします)の竿は、言わずと知れた和竿を代表する調子であります。へら鮒釣りにおいて最も多用されていることはもちろん、新しく作られている竿の大半がこの調子の竿で、とりわけ四分六調子のものは、従来からのへら鮒釣り界では最も理想的なものだと私は考えています。しかし、近年になって、管理池の釣りも大型のへらさんが人気を高めるようになって、ますます竿の調子もそれに耐えられるような作りになってきました。また、野釣りが中心だった地方の釣りにも管理釣り場が増えてきていることもあって、より操作性が求められることから、全体的に扱いやすい先調子、しかも七三調子でいくぶん硬調の竿が主流を占めているようです。
一方、胴調子の竿は、どちらかといえば「竿の張りを楽しむ」といういわば「遊び竿」的な性格が大きくて、実用的な部分よりもよりメンタルな部分で愛用できる調子だと思います。反面、深いタナからの型狙いなどの場面では、竿全体でへらさんを浮かせてくるという力強い面をも持ち合わせています。
そうした背景も含めて、調子の違いと適応を見てみましょう。:更に詳しく調子の差を見てみる
四分六調子
四分六調子の竿は、その操作性の良さと、へらさんが鈎がかりしてから胴に乗ってくる感触の心地よさ、取り込みに至るまでのなめらかな負荷の移動は、この調子でしか味わうことのできないものです。つまり、トータルバランスに最も優れた理想的な調子で、「和竿の釣りを楽しめる」調子だと私は考えます。
もちろん、その使用範囲はへら鮒釣り全般に及び、野釣りから管理池の釣りまで幅広く活用できるオールマイティーな調子です。ただ、逆に言えば最もポピュラーなゆえ、何かしらの目的を持って使うという点において、物足りない部分もないことは否めません。
でも、はじめて和竿に触れるならば、この調子が一番のお勧めですし、無難な選択でもあります。そして、この調子は、和竿の釣りの楽しさを知る窓口でもあります。七三調子
一方、七三調子は、先に抜ける軽快な調子が特徴で、使い心地も四分六調子のものにくらべて、持ち重り感が少なくてずいぶん硬いものに感じます。それだけに、釣り掘りなどのような回転の速い数釣りには疲労も少なくて扱いやすいですし、また、障害物の多い野釣りでの操作性は抜群ということから、私はこの調子の竿を「へらさんを釣るための竿」と位置づけています。つまり、もっとも実用的な調子ということですね。
そのため、和竿独特の重量感と負荷の移動を楽しむには、いささか「趣」に欠けると私は考えますが、攻撃的な釣りを楽しむためにはこの調子は相性がいいでしょうし、長竿の場合は持ち重り感が少ないということもあって、ダム湖の釣りをはじめ、野釣りの場面でその機能を発揮できるのではないかと思います。
はじめて和竿を購入される方で、その対象が管理池の釣りだったりした場合は、この調子の竿が扱いやすいと思います。
八二調子
八二調子の竿ともなると、その釣趣は激減します。つまり、和竿を楽しむというものではなくて、竹の持つ独特の張りと粘りを利用して「強引にへらさんを引っ張る」ということにでもなりますか。たとえば、障害物の多い乗っ込み期の大型一発狙いとか、釣り掘りのカッツケ釣りなどのように、うむを言わさずに一気に釣り上げるという目的に適した調子であって、決して「竿」を楽しめる調子ではありませんが、そのパワーを生かした釣りに実力を発揮します。
この調子には、穂持ちに矢竹を組み込まれたものが多いですね。胴調子
その点、胴調子の竿は、ゆっくりと和竿本来の釣り味を楽しめる調子です。「へらは和竿で釣るもんや」とかほざいている御仁もおりますが、その真意はこの調子に向けられたもので、私の最もお気に入りの調子であります。
先が重くてゆっくりと負荷が移動していくこの調子は、深いタナから時間を掛けてへらさんを引き上げてくる釣りに対して心地よく、また、向かい風の強い時などは竿の自重となめらかな負荷の移動によって餌打ちに扱いやすいし、広いフィールドでの大型狙いには、竿全体でへらさんの動きを受け止めながら浮かせてくる、竿の底から湧き出てくるパワーを楽しめます。まさに、「和竿を心ゆくまで楽しめる調子」と言っても過言でない贅沢な作りであります。
●材料の組み方を見てみる
へら竿独特で、しかも個性ある調子は、材料の組み合わせによって多種多様のものを作り出すことができます。それらの組み合わせは竿師の哲学であったり、イメージであったり、またわがままであったりと、そのまま作者の意図が直接反映されたモノであって、私たち使い手にとっては、そんな、数知れないバリエーションの中から自分の好みのものを見つけてゆく楽しみがあります。
うっかりと穂先を紛失して、新しく作り替えてもらった竿が送られてきたとき、触ってみた感触がごろりと変わってしまった経験を持っている人も多いと思いますが、それだけ材料の組み合わせによる調子と使い心地の変化は微妙で、とても、文章で表せるものではありません。
太い細いとか、小節であるとか、オチが強いなどのように、同じ矢竹であってもその組み合わせを考えればキリがありませんもので、ここではちょっと早足で、その一部だけについて見てみようと思います。
:一般的な作り
穂持ちに高野竹を組み込んだ作りは、今、一般的に広く流通している作りで、組み方としてみればごく普通の手法であります。穂持ちに組み込まれた高野竹によって産み出される柔らかくて粘り強く張りのある個性は、へら竿の大きな特徴であるタメを作り出し、餌打ちから取り込みまでのなめらかな負荷の移動を可能にするもので、「穂持ちに高野竹」はへら竿の定石となっています。もちろん、穂持ちに使われる高野竹の素材や、穂先と三番に用いる材料との組み合わせによってさまざまな調子や感触のものが産み出されています。私たちがもっとも楽しめる釣りの場面を想定し、それに応じた調子のものを追い求めていくことも和竿使いの楽しみのひとつでもあります。
:穂持ちと3番に高野竹を組み込んだもの
穂持ちと三番(5本切り以上の場合)に高野竹を組み込んだ設計の竿は、どっしりとした重量感と跳ねるような強力な張りが特徴です。先が重く仕上がるこの設計の竿は、回し振りで餌を打ち込むときにはその強烈な張りによって、向かい風の中でも驚くほどスムーズな打ち込みが可能で、また、張り掛かりから取り込みには、三番に組まれた高野竹によって負荷が竿の中心部にタメを作ることから、この竿ならではのどっしりとした重量感あふれる釣り味が楽しめます。また、深いタナでの釣りでは素直に竿を立てることもできますもので、竿さえ立てば後の取り込みまでの道中は、竿自身にあえて力を加えること無く、竿がへらさんを引っ張ってきてくれる面白さを味わえる事も見逃せません。
それに、三番に組み込まれた高野竹は強烈な張りと粘りを貯えているものですから、ダム湖などの広いフィールドで大型をねらう釣りの場面においても、力強く頼り甲斐のある味方であります。どちらかといえば私の場合はこういった調子の竿が大好きで、もっぱら野釣りで、しかもタナの深いところからゆっくりと引き上げてくる場面を選んで使っています。
ただ、人によっては先が重く仕上がり、しかもどろんとしたその感触を嫌う人もいらっしゃるようです。
たしかに、この設計の竿には独特の癖もあって、特に長い竿を思うがままに扱えるようになるには、ある程度の慣れは必要かと思います。まぁ、個性の強い設計の竿ですからして、人によってその選択は好きずきなのでありますが、ちょっと懐に余裕ができたならばこの作りの物を手にしてみることも、自分自身の釣りの楽しみの幅を広げるという意味において、大いに役立つことと思います。
:総高野竹
総高野竹の竿は、独特の張りと粘りでより深い楽しみを味わえるもので、閑散時の釣り掘りや野釣りの場面で、一枚一枚のへらさんを大切に、竿の張りに任せてたっぷりと時間を掛けて釣り上げる楽しさが、この調子の真骨頂ではないかと思います。あえて言うならば、「遊び竿」と位置付けられるのではないでしょうか。作られている竿の長さが、高野竹という素材の物理的な制約もあることから、一般的には13尺以下の短竿が多いのですが、16尺程の長竿(この作りのものとしての長竿ね(^^;;)ともなれば、その強烈な独特の個性ある調子を存分に楽しめることと思います。
とりわけ軟調の総高野竹竿は、張りと粘りが強烈に強い作りですからして、もちろん大型のへらさんに対しても通用しますが、私個人としてはこの作りの竿では、手のひらから尺程度のサイズのへらさんを釣り上げるときが最も楽しめるのではないかと思います。
一方、硬調の総高野竹には軟調のものとはその使いごこちに驚くほど差もあって、素材の持つ強烈な張りを存分に生かし、浅いタナでの回転の早い釣りにも威力を発揮しますし、大型のへらさんであっても竿全体で引っ張る力強さもあります。軟調と比べれば同じ高野竹を用いる作りであっても、まるで二重竿格?(そんな言葉あるかいな(^^;;)のような両面を持つ作りではありますが、その竿の作りと個性を知ることによって、様々な場面でその個性を生かせることでしょう。
ただ、総高野竹の竿は、全般的にその扱いがはじめて和竿に触れる人には難しい面もあり、操作性も決して良いものではありません。とりわけ柔らかい作りの総高野竹の竿は、標準的な作りの竿に比べて合わせが遅れてしまうということと、それを補うために合わせが強くなってハリス切れをおこすとか、竿全体が柔らかいために餌打ちが定まらないなど、その扱いのコツを知るまでは思うように扱えないという難しさもあります。
反面、鈎がかりの時には竿全体でその衝撃を和らげるために、へらさんに与える衝撃も少ないことから、あまり強烈な抵抗をされることなく、比較的やわらかくてしかも楽に浮かせてくることが可能です。
この調子の味を一度でも体験すれば、ますます「和竿の虜」になってしまうでしょう。それほど「深く広い味わい」のできる調子で、見方を変えればちょっとだけマニアックな竿でもあります。
なかでも軟調の作りのものは、和竿使いならば、いずれ一本くらいは竿袋に忍ばせて、平日の釣堀りなどでゆっくりと、しかも釣果に追われない場面で遊んでみたいものですね。この竿を通して、また違う世界を体験してみるのも面白いものです。
:総矢竹
穂持ちに高野竹を用いた一般的な作りとは違って、穂持ちに矢竹を使った竿は独特の調子を持っています。高野竹という張りと粘りによって作り出された、力強くて優雅な使い心地とは違って、総矢竹の竿は、相対的にオチが強く仕上がるため、まるで竹槍のようにシャンとしていて、竿というよりも一本の「棒」のような雰囲気であります。
普通に使うにはこんな竿はごめんだと私は嫌うのですが、でも、この作りにはこの作りでしか体験できない面白さがあるのもまたいいのかもと思います。
たとえば、ちょいと前の関西の釣り掘りでは、うどんのカッツケ釣りにはこんな調子の竿に人気があって、ひょいと鈎がかりさせたならばスーと竿を立て、へらさんには一切有無をいわさずに水面を滑らせるようにして取りこむ釣り方で威力がありました。
まぁ、うどんのように餌に負荷が無くて、ウキも小さな鉛しか背負わないモノですから、打ち込みはあまり気持ちの良いモノではありません。思いっきり竿を振り抜いて、そのスピードで餌を打ちこむという具合でしたから。
また、乗っ込み期の野釣りの場面では、浅場に突っかかってくる巨大なへらさんを狙う釣りには頼もしい竿でもあります。これも同様に、オダや葦の影に逃げ込もうとするへらさんを、竿の強さを生かして強引に引っ張り上げるという釣りには無くてはならない竿ですが、いかんせん、竿全体に粘りがないものですから、ちょっと力を緩めたりしたら簡単にバレてしまったりと、慣れていないとなかなかうまく使えない竿でもあります。
このように、多少強引な釣りをしたい場面とか、乗っ込み期の大型一発狙いのシュチュエーションに限っては猛烈に頼りがいのある作りではありますが、「竿」としてみれば面白いものではないし、まして竿の調子を味わうなんてものとは無縁の作りだと私は思っていますが、道具としてみれば、それなりの場面を与えてやれば心強い作りの竿であることは確かです。
:合成竿
最近では穂先と穂持ちにカーボン竿の部品を組み込んだ「合成竿」と呼ばれる製品もよく見かけるようになりました。私はこういった中途半端な作りは好きではありませんもので、実際に自分の釣りの場面で使ってみたことはありません。
でも、巷のうわさによりますと、持ち重り感もなくて疲労が少ないということから、管理池の釣りでは使いやすいと聞いています。
実際、ある竿師の試作品みたいなものをちょっとだけ使わせてもらったことがあるのですが、先がやたらと軽くて拍子抜けするほどものでした。持った感触もスカスカとしたモノでしたので、どっしりとした竹竿独特重量感が好きな私にはそれ以上の興味は湧きませんでしたが、実用という面から見れば、これはこれで良いのかも知れませんね。
ただ、新しい試みや創意工夫は次の発展への原動力となるもので、それはそれで充分賞賛に値するものなんですが、やはり竿師は竿師としてあくまで竹竿にこだわり、たとえば、穂持ちに高野竹をはじめて使った時とか、根本でぐんと膨らみを付けた腰の強い穂先が発表されたときとか、そういったいくつもの改良と改善と、また時代にマッチした作りへと変貌を遂げたように、あらゆる情熱を竹竿に向けて、とことん竹竿で勝負して欲しいと思うのは私だけでしょうか。
だからといって、合成竿を批判する気は毛頭ありませんが、やはり「竹竿」は「竹」で組むからこそ「竹竿」なのであって、そこに変なもんが混じってくるとまた違ったモノになるのでしょう。
:小節和竿独特の張りと粘りは、竹の持つ柔軟かつ強力な繊維によって生み出されています。そしてその繊維は、それぞれの「節」によって束ねられ次の節へと繋がっています。
より柔らかい竿を作り出すには節間が長いものほど繊維の伸縮に幅が持てるということでしょうし、逆に、小節の作りの竿は節間が短いために、その伸縮は節間の長いものに比べて小さいと考えられますから、節間の長いものに比べて硬いものになるということですね。
さらに、節間が短くなればなるほど竹のオチ(テーパー)は大きくなりますから、生地そのものは想像以上に硬くて強いものになります。たとえば、15尺の5本切りの竿の場合は4節取りというのが一般的ですが、同じような太さでそれが5節取りであれば、4節取りに比べて硬くて強い竿に仕上がっている可能性が大きいということですね。
おっと、可能性が大きいというのは、たとえば火の入れ方であるとか、肉厚であるとか、本来の生地の性格に左右されると言うこともあるということです。
このように、節間の短い生地は比較的オチの強いものが多いですから、当然、竿そのものは若干太めに仕上がってきますし、見た目も力強くてバネのあるものが多いですから、実用的な竿という位置づけになります。そのようなことから、乗っ込み期の釣りであるとか、管理池の回転の速い釣りであるとかの場面には威力を発揮するでしょう。
でも、どちらかといえば柔らかい調子が好きな私から見れば、小節の生地は「竿」よりも、見た目の力強さと生地の硬さから、「竿受け」として見る方が魅力を感じますけど。(^^;;
:長尺切りと短尺切り
和竿には、作り出されたそれぞれの竿に個性と特徴があるというように書き続けていますが、その中のひとつとして竿の切り数というものがあります。もちろん、作者それぞれが竿の設計に対しての「型」を持っていらっしゃるわけでして、たとえば15尺の5本切りの竿であれば、元と元上が何尺で、3番が何尺だとか、穂先と穂持ちはなんぼになるとかの基本があるようです。また、逆に、どうしても使いたい生地がある場合とか、作り出したい調子があるときにはその生地を活かすことを前提にして、理想的な調子を作り出すために自由な切り込みをされることも多いようです。そんな時は、できあがった竿の長さは「結果」という事になりますね。
生地組みにも作者それぞれの個性と哲学があって、できあがったものしか目にできない私たちには、想像も付かない思いが込められているようです。一般的に和竿の切り込みを見た場合、8尺から10尺までのものは3本切りが標準とされていて、11尺から13尺は4本、15尺から16尺は5本、17尺から19尺は6本とされているように思います。
しかし、中にはその概念を無視して、たとえば18尺の5本切りであるとか、15尺の4本切りや13尺の5本切りなど、材料に用いる素材によってその個性を生かすための切り込みをされた竿を見かけることもあります。
実際、私もそんな作りの竿に興味を持って、いろいろな切り込みの竿を好んで購入していますが、実際に使ってみると、なるほどと感心させられる感触を与えてくれて、その竿に応じた使い分けを楽しんでいます。
で、実際どう違うのかと言われると漠然としていて言葉で表現するのは難しいのですが、私の使った感じでは、長尺切りはそれぞれの生地が長いわけですから、当然、穂先や穂持ちも長く作られていますし、しかも継ぎ数が少ないことで竿全体が細身となることから先の重い竿に仕上がっているようです。つまり、調子が竿の中央付近にできるわけですから、典型的な胴調子と言うことになりますでしょうか。非常に重厚な味わいのできる竿で、深いタナからへらさんを引き上げてくる釣りには最高の釣り味を与えてくれます。平たく言えば遊び竿ということにもなりましょうか、打ち込みにはゆっくりと餌の重みが先に抜けていき、取り込みは竿全体でじんわりと引っ張ってくるような感じですので、釣果に追われないのんびりとした釣りを楽しみたいときにはこの作りの竿は相性がいいと感じます。
逆に短尺切りはオチが強く仕上がってきていることと、穂先や穂持ちが短く作られていると言うことから、先が軽くてどちらかといえば硬いものに仕上がっています。浅いタナでの回転の速い釣りであるとか、乗っ込み期の大型狙いのような場面で大いに活用できると感じます。中には、私の愛用している「旭峰 13.0 尺」のように、13尺で5本切りの設計で3番に高野竹を使ったものがあります。しかも、元と元上はかなりな小節を使ってあり、元が硬くて先が柔らかい竿に作ってあります。理論だけとってみればこんな作りのものはバランスが悪いのではと考えるのですが、それがまた見事な張りを生み出してくれるから不思議なものです。
私は、もっぱらこの竿を乗っ込み期の一発狙いによく使うのですが、鈎がかりさせてからの矯めの深さは抜群で、じんわりとへらさんを浮かせてくる力強い竿に仕上がっています。使った感触も抜群に心地よく、私の自慢の一本であります。
私の釣り歴のなかでも、一番たくさん40Cm上を釣り上げた思い入れの強い竿でありまして、この竿を抜きにして私の乗っ込みの釣りは考えられません。こういった相反する性質を取り入れて、見事に調和させた作品にお目にかかれる機会が少なくなってきたことが、私には残念でたまりません。
つづく
例によって、今、書いている最中でありますからして、長い目で見てやってくださいまし。こうして先に公開して自分にプレッシャーをかけないと、なまぐさなもじりさんは途中で放棄してしまいますもので、どうかご理解くださいまし。(^^;;