もじり的和竿の躾け

和竿との付き合い方について思うがままに書いてみようと思います。アレも書きたい、コレも書きたいなどと思っているうちにだらだらと長文になってしまいましたが、お暇な方、どうぞ最後までおつきあいくださいまし。

「和竿の躾け」などとたいそうなタイトルを付けてしまいましたが、私の場合は至って自己流で、また、和竿しか使わないからといって、何も特別なことをやっているわけではありませんので、正直言ってナニをどのように書いたらよいのか迷っております。(^^;;

はたして私のやり方が竿のためにいいのか悪いのか判断できませんし、それが正しいかどうかもわかりません。おそらく、和竿使いが100人いれば100通りの使い方、管理の仕方があるでしょう。それもまたよし。


ただ、私のやりかたで言えることは、現在所有しているすべての竿は、これといって故障もなく、見た目もそこそこ綺麗なものばかりですから、あまり間違った扱いをしているとは思えません。(^^;;

それに、和竿だからといって基本的にカーボン竿とその手入れに差があるわけではありません。ただ、一方は分子が規則正しく配列された化学製品であり、一方は枯れてなお呼吸する生き物であるということから、そういう面ではちょっとだけ繊細な気持ちで接する必要があるということでしょうか。


まっ、なんやかんやと理屈を捏ねたり、前置きで弁解したりするよりも、とりあえず私がふだんからやっているものを無責任に書いてみたいと思います。

これを見てくださっている暇な諸先輩や竿師のみなさん、「あほなことしてはりまんな」って怒らないでくださいね。いいアドバイスがあれば、こっそりとメールにて教えてくださいまし。(^^;;



いちおう、目次のようなもの

使用前 竿の継ぎかたについて
    差し込みは一気に入れてちょっとだけ回す
使用中 乗ったときに竿を回す
    邪魔くさいけどコミの確認
    道糸のカラミと浮遊ゴミ
    竿にやさしい抜き方をする
    雨降りなどで抜けにくくなったとき
使用後 現場で竿の表面の水分を拭き取る
    帰宅後、濡れぞうきんでエサと汚れを取る
保管 室内竿掛けでも大丈夫(^^;;
    竿は乾拭きがベター
口栓のこと
メンテナンス 火入れ
    拭き取り(胴拭き)
    コミ合わせ
    芽割れ
    色モノは難しい
    竹だから折れることもある
竿受けと玉の柄のこと
雑感 お値段についての考察

使用前

竿の継ぎかたについて

竿の継ぎ方についてよく言われているのが、「元から穂持ちまで、それぞれの芽を交互にあわせて、自然に生えている状態に継ぐ。」ということです。正直言って、私はこの説を聞いたときにぶったまげてしまいました。(^^;;


まぁ、確かにそれもひとつの理屈で正しいのかもしれませんが、なんと邪魔くさい事をまことしやかに言われ、実行されているのかと思うとちょっと滑稽でもあります。
では、芽無し竿はどうすればいいの?。厚い段巻き竿で芽の位置がわからないものはどうするの?。第一、個々の部位はそれぞれ別の環境で育った竹なんすよ。(^^;;

そんなことから、私はこの考えは全く無視しておりまして、至ってきままに無頓着に継いでおりますし、継ぎ方によって調子の差がでるように感じた事は一度もありません。それに、継ぎ方によって調子に差のでるような竿は、竿としての機能を十分に発揮できない、いわば未完成品と失笑しております。

そういえば、ずいぶん昔の作りなんですが、我が釣友の保有している竿には「合わせ印」が付けられているのを見たことがあります。釣友が購入時に聞いたところ「この竿は、ここで合わせて継ぐと最高の調子が出るように設計されているんや」ということでしたが、それって、逆に言えば合わせ印を無視して継ぐとその竿本来の調子が出ないってことになりますよね。それに、使うたびに同じ方向に負荷を欠けてしまいますので、癖が出やすくなってしまうのではないかと思います。

確かに、合わせ印は作者の主張を表現するための配慮なのかもしれませんが、勘ぐってみれば、逆にその品質に疑問を抱かせる材料でもあるわけです。

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差し込みは一気に入れてちょっとだけ回す


唯一、継ぐ時に気をつけているのは差し込み方でしょうか。というのも、差し込みが緩いと使っているうちにコミが甘くなって、口割れなどの故障の原因になりますもので、和竿を使う上で一番気を使う作業でもあります。


竿というものは、当たり前のことですが、元から穂先にかけてテーパー状になっております。でも、コミの部分は逆テーパーになっているわけであります。ですから、竿を振っているうちにすっぽりと抜けてしまう可能性もありますし、根がかりや超大物がかかって伸ばされたときに抜かれてしまうことだってあります。


で、しっかりとコミを入れておかないと、大枚ん万円!がぷかぷかと水面に浮かんだまま、呆然とそれを眺めるという情けない姿を晒すことにもなりません。中には、目の前に浮かんだ竿に向かって、パンツ一丁になって、冷たい水の中を平泳ぎで回収に向かったという豪傑もおります。

確実にコミを入れるには、できるだけコミの近くを持って、それぞれの継ぎ部をしっかりと奥まで差し込み、奥まで届いたら軽く4分の1ほどねじりましょう。すると、さらに奥までしっかりと入ります。


それでも、使っているうちにコミは緩みます。常に、抜けようとする応力がかかる以上しかたのないことですよね。でも、緩んだからといって作り手の責任ではありません。コミの形状から見て、緩むのが当たり前なんですから。


なかには、一日中振りつづけても緩まないという、驚くほどコミの良い竿もあります。なかなかこんな竿には恵まれませんが、よほど化学竿のように超精密なコミが作られているか、コミの相性が驚くほどよく出来ているのでしょう。こんな竿に当たれば儲けものです。(^_^)

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使用中


乗ったときに竿を回す

特に気を付けている訳ではありませんし、無意識のうちにやっているのかもしれませんが、合わせた時には手のひらは上を向いた状態で、人差し指で握りを支えるような握りかたをしますよね。

そして徐々に竿を起こしていって、自分の頭の高さくらいまで腕を上げてくると、今度は手のひらを下にした状態で竿を絞り込んでいきますよね。えっ、ちゃいまっか?うむむ、ひょっとしてわいだけなんやろうか。。。(^^;;

まぁ、他人様の事は放っておいて、私の事を中心に進めて行きますが、つまり、手のひらを下にした時点で竿がクルリと回転する訳であります。

これって、どうでも良いようなことなんですが、「へらさん」という負荷を掛けた状態で竿を回すということは、竿の癖対策と言う面においては効果的だと私は考えています。


それに、コミが緩んでいたりした場合は、竿を回したときにその感触で判断することもできますし、事故が起こる前に前兆を察することができるのです。


また、深いタナで釣っているときは道糸のヨレも、竿を回すことによって半減しますし、もし、まだやったことが無いひとはぜひやってみてくださいまし。そして、なによりも人差し指を竿の上面にあてがった状態でへらさんを取りこむことによって、竿本来の張りと調子を感じ取ることもできますもので絶対にお勧めです。

また、無理に引っ張れない体制ですもので乱暴に扱うこともできませんし、なによりも竿に余計な負担をかけなくてすみます。

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邪魔くさいけどコミの確認


使っている途中にコミが緩んでしまうと、先に書きましたようにいろんな故障の原因になって、余計な出費が必要となったり、泳いで竿を回収しなければならない顛末を迎えたりと、あまり良い結果は待っていません。

最近のカーボン竿などは、そういった事はまれなのかも知れませんが、「コミ確認」は、和竿を扱う上では最も重要な作業だと私は考えています。


ですから、私の場合は餌を打ち始めて1時間位で、一度コミを確認するようにしています。

もし緩んでいるようであれば、先に書いたように4分の1程度軽く竿をねじ込んで増し締めするようにしています。たいていの場合は、この一度の作業でほとんど緩むことはありませんが、釣れ続いている時や、タスキ振りを繰り返している時などは、コミに対して抜けようとする応力が連続的に掛かりますので、結構頻繁にコミの確認を行っています。


そんな地道(^^;;な作業のおかげで、コミの緩みが原因で今までに抜けたり、玉口を破損したような故障はありません。
もし、何度も何度も増し締めが必要な竿は、コミの調整に出すようにします。

でも、あんまり強くねじ込むと口割れの原因になりますので、あくまで「やんわり」とねじってやってくださいまし。「わいが書いたからそうやったら割れたやんけっ!」ってのはナシね。(^^;;

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道糸のカラミと浮遊ゴミ


まっ、これは化学竿でもおんなじ事だと思いますが、穂先の先端部に道糸が絡んだりすると、合わせた時の衝撃をもろに受けて、カミソリで切ったようにスパッ!と穂先が切れてしまうという事故が起こることがあります。私は一度体験しただけでしたが、釣友などは数回同じような経験をしています。


鮎竿などには「カラマン棒」たら言う文明の利器がセットされたものもありますが、和竿にそれを求めるのはどだい無理っていうもんであって、まして、あのカチャカチャとした感触を伴う「からまん棒」というメカは、和竿のしなやかでなめらかな感触を否定するものであります。

カーボンのヘラ竿はどうなっているのか知りませんが、まぁ、接着剤の固まりみたいなもんですから、道糸が絡んですっぱりと穂先が切れるという故障は起こらないでしょうし、そんなメカも必要でないかもしれませんね。

浮遊ゴミは大敵です。

乗っ込み期のように、ダム湖のワンドや上流部を攻める場合は浮遊ゴミに悩まされます。特に増水後のダム湖は浮遊ゴミが一面に広がって、投餌点に細工をしてもなお餌を落とすポイントに苦労もしますし、道糸が馴染まないことでいらついたりもします。


そんな中で、苦労して餌を打ち込んで、運良くアタリが出てくれても、穂先に被さったゴミ様のおかげで合わせるタイミングを逸してしまったことも何度かあります。


もし、無理矢理合わせると穂先を傷つける事もありますし、最悪の場合は折ってしまうことすらあります。だから、そんな中でアタリを合わせる時には竿をあおるのではなくて、竿尻を手前に引くような合わせ方で対処しています。

おっと、これはカーボン竿を扱う時でも同じテクニックですよね。まさに、釈迦に説法。(^^;;

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竿にやさしい抜き方をする

さて、一日の釣りを終えて竿を抜くとき、あなたはどのようにして抜きますか?。

何度かコミを確認して、しっかりと締まった竿を抜くのはなかなか難しいものです。確かに、ねじったり、力任せに一気に引き抜けば簡単に抜けてしまうのですが、その時のちょっとした竿のたわみが原因で口割れを起こしたり、勢い余って何かにぶつけてしまって、竿そのものを破損したりすることも多いですよね。

でもご安心ください。竿にはちょっとした抜き方のコツがあります。

左の画像のように、右手で竿のコミ上部をしっかりと握って、左手でコミの下部をしっかりと握ります。そして、左手の親指を右手の手首に近い掌に当てて親指の力で掌を押すわけです。

このとき、右手も左手もしっかりと竿を握るのですが、けっして引っ張ったりしないで、親指の押す力だけで竿を抜くようにします。みなさん、親指を鍛えましょう。(^_^)

つまり、竿を引っ張って抜くのではなくて、親指で押して抜くという考え方ですね。

こうすることによって、勢い余って何かにぶつけることもありませんし、指で押すことから竿にたわみができて玉口を破損することもありません。

もし、滑って左右のにぎりがしっかりとできない場合は、奥様が台所で愛用されているゴム手袋を使う方法もあります。しかし、あくまでもそれは固定するという意味で使うだけで、「親指で押して抜く」という考え方は変わりません。

それでも、抜けないときや雨の日などでコミが強烈に締まった場合は、またそれなりの抜き方があります。

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雨降りなどで抜けにくくなったとき


普通に竿を抜くときでも、「引っ張って抜く」のではなく「押して抜く」と書きましたが、雨降りなどで抜けにくくなったときでもその考え方は変わりません。


まっすぐに竿を引っ張って抜くと言うことは本当に難しくて、抜けにくい時などはどうしても竿を持つ手によけいな方向に力が掛かってしまいます。
たとえば、思いっきり引っ張ってみると抜こうとする直線的な力だけでなく、重力方向にも余分な力がかかってくるのです。


コミは、直線的な力が加わるだけならば多少きつくても抜けてしまうのですが、他の方向に加わる力とその力が合成される事によって、抜けにくくなってしまいます.

ところが、お互いを押して抜くことによって、直線的な力を加えやすいことから、スッポリと抜けた時に勢い余って何かにぶつけて破損したり、玉口を破損したりする事故を防ぐことができるわけです。


雨降りなどでコミがしっかりと締まって抜けにくい場合は、2人がかりで抜くようにすると、直線的な力を加えやすいことから、思った以上に簡単に抜けるのです。


左の画像のように、お互いが左手に竿の一方をしっかりと握り、右手でもう一方の竿をしっかりと握ります。

「せぇいのぉっ!」のかけ声とともに右手に握った竿を押すと、、、あらら、簡単に抜けてしまいます。(^_^)

単独釣行の場合も同じように、もう一人の相棒の代わりをロープなどを使って固定さえできれば、思ったよりもスムーズに抜くことができます。


どうしても抜けない場合はそのまんま竿を家に持って帰り、奥方に協力を仰ぐというのもひとつの方法ですよね。後は知りませんが。(^^;;

つい先日に、ある釣り具関係の方から「抜けにくい時は玉口のコミの出来るだけ近くをしっかりと握ってねじる」という抜き方を教わりました。

かなりしっかりと入ったコミでしたが、実際にやっていただいてあっさりと抜けたのには驚きました。ああ、こういう抜き方もあるんだなぁと感心していましたが、正直言ってまだ和竿の扱いを良く知らない頃にはそのような抜き方をしていた時期もあります。

おそらく、和竿の扱いを熟知した人がやれば難なくこなせる事なんでしょうが、当時の私は無知ゆえに、少なくとも2本の竿の玉口をその抜き方で潰した苦い経験があります。だから、抜くときに竿をねじるという行為には恐ろしく不安になるんですよね。(^^;;

そんな私の苦い経験から、竿を抜くときには、「直線的に抜く」ことをお勧めします。ねじって抜いて、「ピシッ」と玉口が叫んだら、それだけでもう傷モノになっちまいますから。

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使用後


現場で竿の表面の水分を拭き取る


もう、これなんぞはあたりまえのことで、あえてここにかく必要のない文章ですよね。

ふだんからカーボン竿を使っている人は、納竿時に仕掛けをほどいて、そのまんま竿袋へ直行!という人もいますが、これなんぞは「手抜き」とか「ずぼら」と言うのではなくて、化学竿ならではの便利さを活用していると言う事でしょう。和竿屋さんは、その点でちょっとだけ手間を掛けてやってくださいまし。

「水分を拭き取る」という目的は、竿を仕舞う時に竿の表面についた水分を、防水の処理を施していない竿の内面部に持ち込まないというものです。

たとえば、穂先であれば3番の中に収めるのですが、その時に水分を3番の内部に持ち込んでしまうと、虫が付いたりカビが発生する原因にもなります。


もうひとつ。仕舞うときに「拭き取る」ということは、竿の表面に付いた水面の汚れや、餌のカスを拭き取るということでもありまして、まぁ、洗車と同じような気分で、ごく普通にやってくださいまし。

そそ、当たり前のことなんですが、竿を拭くときは必ず竿のコミ部分から玉口方向(つまり、太い部分から細い部分に向けて)に拭く事をお忘れなく。特に穂先は、先端から根本に拭くと先端の蛇口とかズボラが布の繊維に引っかかって折れてしまうこともあります。また、玉口の漆が欠けていたり傷が入っていたりした場合も、同じように布の繊維にその部分が引っかかって被害を大きくすることもあります。往復拭きなどもその危険性がありますもので、必ず根本から先端に向けて布を滑らしましょう。

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帰宅後、濡れぞうきんでエサと汚れを取る


私の場合は、更に帰宅後にも竿の表面を掃除するようにしています。


この場合の掃除の目的は、こびりついたまんま固まったグルテンや、穂先や穂持ちにこびりついた水の汚れを落とすという目的です。

もっぱら野釣り専門の私は、グルテンを中心とした餌作りをしているもので、こびりついて固まったグルテン様のお世話をよくやらされます。

こいつは始末が悪くて、放っておいて固まってしまったものを無理に爪で剥がそうとすると、その部分の胴拭き漆までも一緒に剥がしてしまうのでなかなか手強いものです。

また、水中に浸けている穂先や穂持ちは、水の垢(アオコなどは強烈ですよね)や汚れがしっかりと食いついています。現場である程度ふき取っても、帰宅してみれば白く残っている事も多いですよね。うっかりと、何気なくそれらの汚れが残ったまんま、硬く絞った雑巾とか乾いた布で拭き取ろうものなら、乾燥したそれらの異物がまるでヤスリのような状態となって、せっせと漆を剥ぎおとしているということにもなりません。

で、帰宅後はたっぷりと水を含んだ雑巾で竿全体を拭いて、餌の残っている部分は特にたっぷりと水分を与えて、浮かせたものを拭き取ります。

時間が経つと硬化して取れないグルテン様も、その日のうちならまだ水気を吸ってくれますので、ふやけてくれて掃除がしやすいのです。
表面が奇麗になったら、今度は乾いたメリヤスなどの柔らかい布で、余分な水分を拭き取ります。

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保管


 室内竿掛けでも大丈夫(^^;;

「和竿は生きものである。」と、先の章で書きましたが、それだけに保管する環境を選択するには気を使う面も多くあります。


たとえば、保管場所の室温や湿気の具合だとか、直射日光の当たる場所はなるべく避ける方が好ましいとか、生き物を相手にするにはそれなりの環境を整える必要があります。


理想を言えば、桐製の竿タンスなるものに、竿袋に入れたまま竿を立てかけて保存するのがもっとも理想に近いと聞きます。竿袋に入れたまんまというのは、まぁ、竿に下着を着せているようなもんですな。そして、タンスの片隅に、コップ一杯の水を絶やさないように置いておけばなお良いそうです。


が、私のように「うるとらビンボー」で「ウサギ小屋」の住人といたしましては、竿の保存にはそれが良いことは存じておりますが、なかなかそこまでの環境を整えてやるだけの財力とスペースを確保するのが無理なわけであります。


で、どうしているかと言いますと、鴨居に自作の竿掛けをぶら下げて、しかも素っ裸で竿を載っけているだけであります。(^^;;


竿の保存場所が天井に近く、西日が射し込むこともあって、夏場は特に高い温度の中で保存することになりますので、竿にとってあまり好ましくない環境であることは熟知しておりますが、ひとつだけメリットがあるとすれば、それは「埃」がたまらないということでしょうか。おっと、寝ころべばすべての竿が視界に入るということも忘れてはいけませんな。(^^;;


そんな状態ですから、とても威張って書けたもんではありませんが、幸い保管状態が悪くて竿に悪い影響が出たとかの経験もありませんし、要は、「カミさんや子供などの外敵から安全に保管できる場所を作る」ということが一番大切な事ではないかと考えています。

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竿は乾拭きがベター

さて、奇麗に汚れを落としたあと無事所定の場所に保管できたなら、たまには日常の手入れなどと口実をつけて竿を触ってみたくなるもんです。

気に入った竿ならば、釣りに行けない冬の雨の日ともなると竿掛けから取り出して、一人にやにやしながら竿を磨きにかかる変態めいた行動を起こすのも、和竿ファンなら納得の出来ることですよね。


横着な私などは、メリヤスでさっとホコリを拭い取る気分で磨くのですが、なかには几帳面な性格の人もいらっしゃるようで、合成艶出し剤をしみ込ませたウエスなどで丁寧に磨く方や、竿用のオイル(竿油)をたっぷりと塗り込む人もいらっしゃるようです。


まぁ、手入れ一つにしても人それぞれで、「竿によかれ」と思ってやっているわけでして、どれが正しいとか悪いとかではなくて、手入れをするという気持ちそのものが竿に対する愛情の現れでしょう。

しかし、竿師に言わせると、日常の手入れは「から拭き」がもっとも竿のために良いようです。たとえば、蝋をぬりたくった竿は、胴拭きを掛けるときに漆が馴染まないし、油を塗り込んだ竿は、火入れの時にしみ込んだ油が沸騰して変色したりなどの問題が起こるようです。
それに、あまりしつこく磨くと、竿の凸部(芽の部分など)の胴拭きが落ちることもあるそうです。

そんなことを聞いてから、私は空拭き党となっております。それに、空拭きをしてみると、胴拭きが落ちかけてムラになっていることが良くわかりますので、拭き取りに出すタイミングを見極めるためにも、空拭きは重要な作業のひとつだと考えています。

でも、拭き取りに出した竿が戻ってきて、胴拭き漆が冴えてきた頃に一度だけ蝋を掛けます。まぁ、これはいわゆる洗車時の「ワックス掛け」のようなものでして、胴拭きを保護する目的でやっていることです。

参考までに、私が普段使用して入るものは、できるだけ化学品の混じっていないものということで、「ニューグッド(高級つや出し)」という商品を愛用しています。


もともと、家具や仏壇の艶出し剤ですから、漆との相性はまったく問題ありません。原料は「蝋とシリコン」と表示されています。

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口栓のこと

口栓の存在は結構悲しくて、実際に釣りをするときにはその役目を解放されてしまうため、その存在はちょっとだけ影の薄い面もあります。だから、和竿使いに限らず、口栓をうっかりと紛失してしまうことも多いですよね。そんな存在感の薄い口栓ではありますが、実は口栓の役目というのは案外重要なんです。


当たり前のことですが、竿を仕舞ったときのいわゆる「蓋」というのが主なお役目なんですが、ところがどっこい単なる「蓋」ということだけではありません。口栓をすることによって玉口の保護を行うとともに、玉口の変形を防ぐという重要なお役目をも仰せつかっているわけです。

とりわけ雨の日に使った後などは、玉口に水分が含まれるために変形しやすく、うっかりと口栓をしないまま放っておくと楕円形に玉口が変形したりすることもあります。そうした、玉口の変形は次に使うときに無理な力が掛かり、ピシッという恐ろしい音とともに玉口が割れてしまうこともあります。
うっかり者の私などは、口栓を無くしてしまうこともよくありますもので、この経験は豊富(^^;;でなんども痛い目にあっておりますからして、口栓の大切さは身にしみおりますが「紛失」する悪癖は未だに直っていません。(^^;;

で、その口栓なんですが、差し込むときに無理矢理奥まで差し込んだりすると抜けにくくなってしまいます。たぶん、竿を使っているうちにコミ確認を繰り返していると玉口は広がった状態になっていて、時間の経過とともに玉口が収縮するのかもしれません。でも、こういった事例はまれにおこることです。

しかし、雨降りに使った時には玉口が水分を吸収した状態で膨らんでいますの、中途半端な部分までしか口栓が入らないことがあります。そうしたときに無理矢理奥まで押し込んだりすると、簡単には抜けなくなります。緩めに差し込んだ場合でも、雨に濡れた後口栓の部分が締まって抜けにくくなります。そんなときは、何もしないでそのまま放っておくと数日で口栓と玉口が乾燥することによって簡単に抜けますから、けっして無理矢理抜こうとしなくても良いと思います。

口栓を無理矢理抜くときに起こる事故を防止するためにも、私は口栓に薄く蝋を引くようにしています。そうすることによって玉口の内面に蝋を付着させることにもなりますし、雨降りの後でもなにもしない時と比べて口栓は取りやすくなります。

さて、口栓は玉口を保護するなどと書きましたが、車に竿袋を水平に積み込んだりすると、中に収まった竿の各部が車の揺れに伴って動き、口栓の底部にぶつかって玉口の漆が欠けたりすることがあります。

漆が欠けることによって部分的な防水が切れた状態になり、下に巻かれた糸に水分が吸収され膨張したり乾燥することによって収縮したりで、健康な部分の漆が徐々にはがれていきます。
そのため、できるだけ口栓の底部に納めた部位の玉口に衝撃を与えないような管理が重要になるわけですが、以前にそれを防ぐよう口栓の底部にスポンジとか綿を貼り付けたことがあります。

たしかに、そうすることによって衝撃は吸収できるのですが、たまたまその竿の玉口の漆に小さな欠けがあったもので、玉口を保護するために取り付けた綿がその欠けに引っかかり、逆に被害を大きくしてしまった苦い経験があります。
そういうことから、私は、玉口を保護するための小細工は一切しないことにし、車に竿袋を積み込む際にも竿袋は縦置きにしたりして、管理の上で配慮するようにしています。

まっ、たらたらと書きましたけれど、口栓は大切な竿の一部でありますからして、くれぐれも紛失しないようにしっかりと管理するように心がけましょう。もし紛失した場合は、原竹などを拾ってきてテーパーを付けて代用するとか、修理に出すまでの間にちょっとした工夫が必要かと思います。


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メンテナンス

「和竿は生き物である。」と、うるさいくらいに書いていますけど、これは自分自身への認識を改めるという意味もあって書いているわけでして、「あたりまえの事をくどくどと書きやがってっ!」と叱らないでくださいまし。(^^;;


そんなわけですから、移り変わる四季の環境の中で、毎回異なった負荷を容赦なく掛けている以上、狂いは必然的に発生します。まぁ、和竿を使う以上は避けられない現実ですから、「曲がりやがってっ!」などと怒ってはいけません。なるべくしてなるものですからね。


その点、カーボン竿などはよほどのことがない限り狂いはでないでしょう。多少粗っぽく使っても故障することは少ないし、万が一破損しても部品はいくらでもあります。そういった面では化学竿は和竿にくらべて遙かに優れていますし、管理がしやすいという面においては圧倒的に軍配が上がります。

しかし、ものは考えようで、和竿は、こうして手間と時間を掛けてじっくりと熟成させていくものであると思えば、メンテに出す時間と手間は取るに足りません。それに、手を煩わせる子供ほど可愛いなどとも言いますし。

まぁ、手を掛ける事に楽しみを見いだすという、いささかマゾっ気めいた部分もないことはないですね。おっと、だからといって私はその手の人種ではありませんので。念のため。

ちょっと脱線。(^^;;

もともと、私は釣り雑誌は読まない主義なのでその記事は残っておりませんが、何かの拍子に立ち読みしたときにある竿師の方がおっしゃっていた言葉が今でも鮮明に思い出されます。

儂が一生懸命作った竿が、修理に戻ってきた時には、まるで嫁に出した我が子が戻ってきたような喜びを感じる。
紀州の竿は、使い手と作り手がじっくりと時間を掛けて完成させるものなんじゃ。

うむ。ものの真意はわかりませんが、私はこの言葉がいまでも頭の中から離れません。そして、それを何度も反芻するうちに、いつの間にか私はその言葉を信じるようになりました。

そうした事も含めて、私が普段から行っている和竿のメンテナンスについて触れてみようと思います。

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火入れ


まず、一番多い修理というのは「火入れ」ではないでしょうか。

先にも書きましたように、和竿を使っているうちに狂いは必然的に生じます。なかでも、「曲がり」や「癖」はもっとも発生しやすい狂いですよね。

たとえば、ちょっと大きめのサイズを大汗掻いて取りこんだ後、竿を竿受けに戻したときには「だら〜ん」と曲がり癖が付いてしまいます。
しばらくはそれが気になって仕方がないのですが、いつの間にか自然に治ってしまっています。
この段階では、まだ竿には製作時の火入れによって矯正力が残っている訳でして、何ら使用に関して問題があるわけではありません。


また、何百枚(私はそんなええ目をしたことはありませんが)も釣った後でも、何日かして竿を見てみたら、恐ろしく曲がっていた穂先が戻っている事もあります。この場合も同じように、竿にはまだ矯正力があります。

もともと、癖というものは、本来等長であるはずの竹の繊維が外力によって一方は伸ばされ、一方は圧縮されて発生するわけです。逆に言えば、厳しい自然環境の中で育った原竹の繊維は、ねじれたり曲げられたりと、外力によって本来等長であるべき竹の繊維を変形させながら自然環境に耐えているわけです。

そんな自然の中で育った原竹を、火入れによってまっすぐに、またその繊維が等長に戻るよう癖を付けているわけですから、狂いが出れば改めて火を入れて竹の繊維が等長になるように癖を付けてやればいいわけです。

このように、いわゆる「釣り癖」についてはある程度自然に治癒する事が多いですから、あまり気にすることはないでしょう。それでも、どうしても気になる人は火入れに出すとよいのですが、その都度修理に出していたりすると、手元にある時間より修理先にある時間の方が長いという情けない顛末を迎えることになりかねません。このあたりは、和竿を使い辛くとっつき難いものにしている部分でもあります。

で、私の場合は、わざわざ火入れのためだけに修理に出すと言う、そんなもったいないことはやりません。

釣り癖なんてものは、とことんひん曲がるまで使い倒してから、拭き取りやコミ合わせの時にお願いするようにしています。
第一、火入れのためだけに修理に出すなんて修理代(たいていの小売店では無償で扱ってくださるようですが)や手間がもったいないし、手元を離れている時間も寂しいものがありますから、ついでの時に処理するだけで充分だと考えています。。

それに、たいていの竿師は、修理に戻ってきた竿に対して、あえてお願いしていなくても「火入れ」はやってくださいますしね。ここは、作者の心遣いに素直に甘えるべきでしょう。(^_^)

ただ、ちょっと困るのが「コミの癖」であります。

穂持ちの玉口の部分は比較的癖が付きやすくて、竿受けに載せた状態で見れば、明らかに曲がっていることを認識する機会は多いですよね。でも、穂持ちの玉口の癖は使っている上で特に障害となることも少ないと思います。


しかし、穂先と穂持ちのしっかりした生地組の、3番のコミなどは、「く」の時型に曲がってしまうこともよくあります。
そのまんま使っていても良いのですが、竿受けの上で竿をくるりと回せば「くってん、くってん」と先を振ってしまうようになりますから、こいつだけは、気分的にどうにも具合の悪いもんです。


そんな場合も、その竿ばかりを集中的に使って、ある程度「癖」が出尽くした段階で修理に出すようにしています。まぁ、手持ちの竿を眺めても、今までにほとんどそんな経験はありませんけどね。(^^;;

最近では、そんな「癖」にまつわるトラブルを最小限に押さえることや、「狂いが出ない」事を謳い文句に発表されている作者もいらっしゃって、焦げる寸前まで強い火で炙られた竿をよく見かけます。
でも、これって、確かに狂いの出る確率は少ないと思うのですが、ひとたび狂えば、火入れによってそれを矯正するだけの繊維の粘性は保たれているのでしょうか?。

「紀州の竿は、使い手と作り手がじっくりと時間を掛けて完成させるものなんじゃ。」という、翁の言葉を信ずる私めといたしましては、こういう考えの基に作られた竿になんの魅力も感じません。

*

「火入れ」の話題とは少し離れますが、長い年月を使い続けた竿は、ごくまれに「腰抜け」状態に陥ることがあります。
管理池で何百枚も釣り続けて、しかも強引に引っ張り倒したりする人は経験されている事と思います。

「この竿はあかん。腰ヌケよった」などと、ご大層に吹聴する輩も何人か見かけたことがあります。まぁ、私に言わせれば、もともとそんな使い方をする事に問題があるわけで、なにも竿のせいではありません。(^^;;

で、その「腰抜け」という現象は、竿にまったく張りがなくなって、曲がったまんま元に戻らないような状況を言うわけです。つまり、竹の繊維がぶち切れた状態になるわけですね。


こうなるともう「合掌!なんまんだぶ、、、、゙」と言うしかありません。一度切れた繊維は元には戻りません。したがって、抜けた部分を新しく作り直してもらうしか修理の方法はないわけです。


そんな、悲惨な顛末を迎えないように、お気に入りの和竿とは、丁寧に、大切に、長く付き合っていきたいですね。

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拭き取り(胴拭き)

火入れとは違って拭き取りは、修理に出すタイミングは早ければ早いほど良いと思っています。
なぜなら、胴漆は竿そのものを守るコーティングであり、たとえ部分的であれその役目を果たさないようになってくれば、生地を傷め竿の輝きを失ってしまうばかりか、肝心の防水の役目を果たさなくなってしまいます。

「雨降りに使わないからええやんっ!」などと思ってはいけません。空気中には水分がしこたま存在しますし、暖房の利いた部屋で保存している場合は「結露」という大敵も潜んでいます。

この「水分」というやつは本当に困ったやつでして、いつぞやか、私が前に在席していた釣り会の会友は、長い間大切に押し入れにしまって置いた竿を久しぶりに取り出してみて、生地の縦割れと全身かびだらけの愛竿を見て愕然としたそうです。

後で見せてもらったところ、竿全体がカサカサで、その表面にこびり付いたバクテリアどんが赤や緑の花を咲かせておりました。こうなったら泣くに泣けません。(^^;;

さて、それでは拭き取りに出すタイミングですが、ずばり「艶」が無くなってくればすぐにでも修理に出すべきでしょう。早いに越したことはありません。

私の場合、釣り日記を LOTUS Approach を使って、釣行データを記入する一方、その日使った竿をデータとして保有しておりますもので、使用回数と釣果はもちろん、どの竿は何年前に火入れに出したとか拭き取りに出したとか、修理にいくらかかったとかは瞬時にわかるわけです。

で、そのデータから拭き取りにまつわる記録を平均化してみますと、おおよそ4年に一度程度のサイクルで行っているようです。もちろん使い方と使用回数にもよりますが。ちなみに使用回数の平均は14回でした。(^^;;

まぁ、それが適切かどうかは言えませんけれど、普通に使っている限り5年に一度くらいは拭き取りに出すようにしておくと無難ではないでしょうか。

最近では、拭き取りに用いる素材が従来の漆に変わって、ウレタンなどの合成樹脂を用いている作品も見かけるようになりました。

確かに、竿受けや玉の枝のように使用頻度の高いものは、強固な合成樹脂を使うことによって格段に「持ち」がよくなっています。耐久性という面から見れば合成樹脂は優れていて、ある意味では胴漆よりも頼もしい素材なんですが、私個人としては、あのテカテカとした軽い輝きはどうにも好きになれません。

その点、漆を使った拭き取りは、胴漆の奥からじんわりと滲み出すような深くて重い輝きと、品のよい光に、つい見とれてしまうほど素晴らしい感銘を受けることがあります。

拭き取りが終わり、新品のようになって戻ってきたときに、心地よい漆のほのかな香りとまだ冴えきらない胴漆のセピア色が、時間の経過とともに冴えていく様子を見ていると、よりいっそうその竿に対する愛着が深まるような気がしてなりません。

さてみなさん。油断は禁物ですよん。せっせと拭き取りに出しましょう。(^_^)

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コミ合わせ

長い間使っているうちに、コミの部分の入り具合が変わって入るのに気付いた人も多いと思います。

たとえば、まだ新しいうちはしっかりとコミ線の部分まで差し込めたものが、その3分の1程度を残してそれ以上入らなくなったとか、また逆にコミ線を遥かに超えてずぶずぶと奥まで入りすぎるようになってしまったとか。

なかには、奥まで差し込んでいくと「コツン」と底突きするようになってしまったとか、コミにまつわる故障(というよりも調整が必要になる事態)は、想像以上に多く発生します。

特に梅雨場のような湿気の多い季節や、雨降りの使用後などはコミの部分が水分によって膨張するために、コミ線まで入らない状態になってしまうことはよくあります。


これらの調整を要する状態になるのは素材の乾燥度と水分が主な原因となりますが、まだ新しい竿の場合は、玉口に塗られた漆の安定具合や、その下に巻かれた糸の収縮の状況などによって起こる場合もあります。

なかでも水分によるコミの狂いはよく起こることで、その部分は直接であれ間接であれ水分に接しないように配慮することの一言に付きます。
つまり、雨降りの日などはこまめにコミの緩みを確認し、玉口からの直接的な水分の進入を防ぐことであり、保管する場合は、過剰な湿気を帯びる場所や結露などの発生しない場所を選びます。

なかには「忘我」のようによく考えられていて、竿の内側全体に漆を引いた作品もあります。

さすがに、細かいところまで気配りの行き届いたことで定評のある「忘我」の作品は水分による狂いは少ないのですが、たいていの竿はこうした工夫と配慮がなされていません。そのため、無防備な竿の内側に水分が付着すると、またその内側は表面に対して吸水性が高いこともあって、差し込まれたコミの外部と内部の水分による膨張率の違いから、コミが入りにくくなったり抜けにくくなるのでしょう。

私の場合は、雨降りの後は納竿後乾いた布で水分を拭き取り、竿をバラバラにしたままティッシュペーパーでコミの部分を軽く包んで帰宅するようにしています。

帰宅してティッシュペーパーを取り除くとき、想像以上に水分を吸い取ってくれていることに驚きます。普通の人よりもちょっとだけ神経を使って管理してはいるのですが、それでもコミは狂います。

竹は竿として生まれ変わった後でもなお生きているのですから、それもしかたがないでしょう。それに、竹の繊維ってもんは、もともと地中から水分を汲み上げられるようになっているのですからね。

ちょっと脱線しました。(^^;;

そういった様々な要素が原因で一時的にコミが狂う事はよくありますが、たいていの場合は安定した環境の中で保管しているうちに元どおり復元します。しかし、それでもコミが狂ってしまったようであれば、急いで修理に出しましょう。

コミの狂いは、コミが浅いために生じる玉口の割れや、使っているうちに想像以上に早く緩んでしまったり、突然すっぽりと抜けてしまうなど、直接竿の破損に繋がりますもので、気付いた段階ですぐに調整に出すように心掛けるのが安全です。


おっと、前に竿を繋ぐときに「ぐっと差し込んで4分の1回す」と先に書きましたが、常にそうして繋いでいると回したときにコミの変形に気付くこともあります。この場合も同じように出来るだけ早い時期に調整に出すようにしましょう。コミが変形しているときは、たいていの場合口割れを起こしている事が多いですから。

みなさんのお持ちの竿の玉口を、親指と人差し指で軽く摘んで指の中で転がしてみましょう。そのとき、ピシピシというような音が出るものは玉口に割れが入っています。玉口が割れている事に気付いた時や、玉口の漆が欠けているときなども修理に出すタイミングは早いほど良いと思います。それだけ、コミは重要なメカニズムなんですからね。

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芽割れ


案外うっかりと見過ごしてしまうのが芽割れです。

いわゆる「芽」から発生し、竹の繊維方向に沿って縦割れした状態の物を「芽割れ」と呼んでいます。

節の部分を補強した段巻き竿ならそれも余程の事が無い限り起こることもないでしょうし、仮に起こったとしても段巻きによって補強されているために慌てる必要も無いのかもしれません。しかし、素竿の場合はすっぴんで補強されていないだけに、いつまでも放っておくと偉い目にあいます。

最初は小さな割れが入り、知らずに使っているうちに段々それが伸びていきますし、一気に大きな負荷がかかるといとも簡単に裂けてしまいます。ですから、出来るだけ早い時期に修理が望まれます。そのまんま放っておくと、節から節まで割れが走り、最後には裂けてしまいます。

私の保有していた竿の何本かにも、芽割れが発生したことがあります。

特に、紋竹のものは矢竹や高野竹で組まれたものと比べて、芽割れが起こりやすいように思います。
竹本来の生地の性質にもよるのかもしれませんが、一般的に紋竹は薬品とか焼きを入れて人工的に作られたものが多いだけに、生地そのものの強度や粘りに欠けているのかもしれません。

で、修理ですが、私の場合は芽割れを見つけた時にはそれだけのために修理に出さずに、不器用な自分の手で瞬間接着剤で補強したりしていました。竿師のみなさんごめんなさい。(^^;;

おそらく、修理に出しても同じように接着剤で固める位しか修理の方法はないでしょう。それともあたらしくその竹を作りかえるかというところでしょうか。


たんに接着剤で固めるだけなら修理代もたかがしれていますが、作りかえるとなると目を剥くほど高く付きます。
だから自分で接着剤を流していたわけですが、最近では竿に対して申し訳けない気持ちが芽生えまして、節の部分を補強すると言う意味と、気分転換の意味も含めて「段巻き」に作り直してもらっています。

この方法ならば修理代も思ったよりも安くあがりますし、拭き取りも同時にして貰えますので、よほど気に入ったもの以外は段巻きにイメチェンするというのもひとつの方法でしょう。

余談ですが、紋竹の段巻きってのも重厚な味わいがあっていいもんですよ。まっ、紋竹でなくても私は大の段巻きファンですがね。(^^;;
それに、以前愛用していた竿に芽割れが起こってからは、信頼できる竿師以外の素竿を使うのが恐くなったってこともありますし。

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色モノは難しい


メンテの話題を出したついでに、口割れなど漆をひいた部分の修理についてちょこっとだけ触れてみようと思います。
というのも、朱塗りや白塗りまたは「色」を使った塗りの竿を見かける機会も多くなりました。

じつは、私自身もありふれた素竿や黒の段巻きとは違った、いわゆる竿のデザインに個性を求めるようになってから、保有する色物の竿も徐々に増えてきています。
おっと、だからといって素竿や黒の段巻き竿は平凡であるというマイナスの論理ではなくて、最もベーシックな作りとしてへら竿を代表するデザインですから尊いに決まってます。(^^;;

で、その色物なんですが、先に書きましたように口割れや下糸の巻き直し、あるいは竿の作り替えなど新たに漆を重ねるような修理が起きた場合に、綺麗に色が合ってくれなくて困ったときがあります。


もちろん、修理してくださる竿師の方々はそれぞれの色を作り出すときにきっちりとした色粉の調合があるわけで、忠実に配合を再現してもなお色が合わないというジレンマが起こります。
考えてみれば、車の部分補修の場合でも、ディーラーで修理してもらってさえ、光の当たり具合で目立ったり、境界が馴染まない部分が出てくるわけです。

まして、和竿などは長い年月を経たものなどはその褪せ具合だとか、また逆に漆の冴え具合などによっても微妙な色の違いははっきりと表面に現れてきます。
私なども色物の竿をよく使っていますので、修理に出した際にはその色のなじみ具合に愕然としたことも少なくありません。


だからと言って「色がちゃうやんけっ!」などと怒ってはいけません。
竿師の肩を持つ訳ではありませんが、色を合わせると言うことは本当に難しくて、目立たなくなるまでにはかなりの年月を要する覚悟が必要です。

個性溢れる色モノの竿を振ることは痛快で、また優雅さをももたらしてくれるのですが、修理に伴うリスクを充分理解した上で使う必要があると思います。

しかし、そのリスクを負ってなお、色物の竿を振る快感はたまらないものであります。

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竹だから折れることもある


世間では「形あるものはいつか壊れる。。。」と吹聴した物理学者がいると聞いています。それって、あたりまえのことなんですが、わかっていてても我が愛竿がけたたましい音とともに折れるさまは、そのショックもむちゃくちゃ大きて、「ここはどこ?私はだぁれ?」などと、しばし呆然としてしまいます。

和竿使いにめったにこんな人はいないでしょうが、たとえば2年1組とか3年2組とかの太い糸を使って根掛かりを強引に引っ張ったとか、太い仕掛けの時に鯉さんに一気に走られたとか、穂先に浮遊物が絡んでいるにも関わらず強引に合わせたとか、そんな、折れるべくして折れるような使い方をすれば、いくら粘りある竹の繊維とはいえ、ひとたまりもありません。これは化学竿でもきっと同じでしょう。

普通に作られた健康な竹であれば、多少のことでは折れるようなモノではありません。たとえば、手芸に使う竹製の編みバリなどは、ほとんど両端がくっつくほど曲げても折れないし、植木鉢の竹棒なんて、力いっぱい曲げてみても簡単に折れることはありません。

しかし、編みバリの表面にちょっとだけカミソリで傷を付けて曲げてみると、、、、あらら、簡単に裂けてしまいます。

つまり、竹の表皮や一部の繊維が切れていたりした場合は、その部分に繊維の収縮による負荷の分散が行われずに、そこから簡単に折れてしまうのですね。

竿だって同じ事が言えます。特に穂先などは数ミリの径しかない竹ヒゴみたいなもんですから、浮遊しているゴミなどの衝撃によってその部分に少しでも傷が入れば、負荷が掛かった時にいとも簡単に折れてしまうわけです。

穂持ち以降の太い竹についても同じようなことが言えますが、穂先に比べて圧倒的に竹の繊維が多いことから、負荷の分散によって簡単に折れてしまうことはないと思います。よほど大きな傷とか亀裂が入っていれば別ですがね。

だったらどんな時に折れるのかということを、私の経験から書いてみます。

口割れ(コミ部分)は、コミが甘い状態で使っている時に、瞬間に大きな負荷がかかった時に起こるように思います。たとえ、へらさんが掛かっていなくても、コミが緩んだ状態で使っていると、合わせたときにコミに掛かる瞬間的な負荷によって折れてしまいます。これはコミの確認を怠った使い手の問題ですね。

節から折れる事は滅多にありません。私はこんな経験をしていないのでよくわかりませんが、よほど大きな傷とか、節ヌキが大きくて肉厚が無くなっていた時とか、火を入れすぎて炭化したとかではないでしょうか。健康な竹の場合、多少荒く使っても、節は最も頑丈な部分なので簡単には折れることはないでしょう。でも、私の知り合いには節からポッキリと折れたという人もいますし、こればっかりはいろんな要素が複雑に絡み合って起こる者ですから、いちがいには言い切れない部分もあります。

節の近くから折れて、折れた瞬間に粉が吹くことがあります。これは、虫が食っている状態ですね。ようやく手に入れたま新しい竿を、心弾む竿卸しの時に、初物の一枚を掛けた瞬間にあっさりと折れたなんて、泣きそうになったことがあります。購入したお店に、残骸を持って掛け込みましょう。

この虫食いってやつは、肉の柔らかい竹の内部から侵食してきますので、外観を見る限りわからないものです。でも、購入の際に、元と元上に収められた3番や穂先、補持ちを引っ張り出すと、竹の粉がパウダー状にまとわりついて出てくる竿があります。これなんぞは要注意です。

どうしてもそれが欲しい時には、お店の方に保証してもらってから買いましょう。でも、そんなのは買わないのがベストですが。

まっ。いろいろ書きましたが、形あるものはいつか壊れる。。。ってことですね。

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竿受けと玉の柄のこと

重いからと和竿は使わないけれど、竿受けや玉の柄は竹製の物を使っていらっしゃる方々も多いと思います。考えてみれば、化学竿にしても竹に似せたデザインのものも多くありますし、へら屋さんは潜在的に竹へのあこがれを持って釣りを楽しんでいるのかもしれませんね。そういったものを見ていると、「やっぱりへら鮒釣りは日本の釣りじゃい」と嬉しくなってしまいます。
また、とりわけ竿受けは竿と違って素人でもそれなりのものを作ることができるので、釣り場には個性ある竿受けが並ぶ光景を目にする機会も多くありますし、それ故、うんと身近に感じる道具でもあります。

最近では、管理池主体の釣りが中心になってきていることもあって、使われている竿受けは1本半の小節が目立ちます。小節の竿受けは見た目もしっかりと力強くて安心感があり、そういった素材を中心に竿受けの材料として選ばれているようです。
竿の上げ下ろしに伴って負荷を受けるために、竿受けの材料は竿に比べて硬いものが使われているますが、見た目の力強さと相まって、小節のものは最も適しているのでしょう。
そうした、丈夫な材料を選りすぐって使われているために、使い続けているうちに狂いが生じたりひん曲がってしまったりという故障は、竿に比べて極端に少ないようです。修理の多くは印籠部のコミ調整であるとか、玉の柄についた傷を補修するという程度のものでしょうか。
こうした、比較的取り扱いやすい竿受けや玉の柄ではありますが、竿に比べて圧倒的な使用頻度の高さから、その表面処理の状態に対しては気を配ってやらなければならない面も持ち合わせています。

和竿を普段から使い慣れている人なら、竿受けに対する扱いやメンテナンスのタイミングは熟知されていますが、化学竿を主体に使っていらっしゃる方には竹製の竿受けの扱いはなかなか難しい面もあります。

たまに行く釣り掘りなどでよく見かけるのですが、真っ白に変色した竿受けを使い続けていたり、雨降りの時には真っ黒になるほど水分を吸い取ったものや、雨滴がそのまんまの形でシミ状に吸い込んだ竿受けを使い続けている人を見ると、思わず両手を前に合わせて黙祷したりする気分になるときもあります。
まぁ、見ず知らずの人に「拭き取りせんとあきませんね」などというのは、余計なお世話ですから言えませんけどね。

竿受けが白く脱色したり、水分を吸収するようになってしまうのは「胴漆の劣化」によるもので、そのまま使い続けていると知らぬ間に割れが入り、生地そのものが使い物にならなくなって、新しく作り直さなければいけない状態となってしまいます。こまめに拭き取りに出すようにすればそういった状態にはならないのですが、和竿業界ってところはメンテに時間と費用がかかるために、ついついおっくうになってしまいますね。
でもね、そんな手間や時間を惜しんでいると結果的に高くついてしまうんですよね。

胴漆の役目は、竿のメンテのところにも書きましたが、大切な和竿を守るうえでもっとも重要なものであります。酸やアルカリ、熱に対して強く、さらに天然の塗料の中でも最も堅牢と言われている漆ではありますが、たいていの物質がそうであるように、漆にしても太陽からの紫外線による風化(劣化)は避けられません。

玉口や段巻きのように何度も重ねて塗った部分は比較的その影響を受けることも少ないようですが、胴拭きのように薄く伸ばされた部分は紫外線の影響をもろに受けて、少しでも劣化が始まれば表面がかさついたり、水分を吸収する部分が生じたりすることによって、劣化はどんどん進むようです。

まして竿受けや玉の柄は、竿に比べて使用頻度は圧倒的に多くなりますし、それに、お天道様の下(考えてみれば、蛍光灯も紫外線を発しますよね)で長時間使い続ける道具だけに、表面の手入れはできるだけ早い時期に行わなければなりません。

できあがったばかりの竿受けは、ほんのりときつね色に黒ずんでいます。でも、何度か使っているうちに透明になって来て、生地本来の美しい輝きがでてきます。一方、室内で竿袋にいれたまま大切にしまっておくと、購入して半年にもなるのに、まだ黒ずんだままということもあります。
そして、塗りあがったばかりの黒ずんだ胴漆が透明になってくる状態を「漆が冴えてくる」などと言っていますが、これも立派な紫外線による劣化が進行しつつある証なのかもしれませんね。

拭き取りに出すタイミングは、これも竿と同じように表面がかさついてきたり、艶が無くなってきたり、竿受けに落ちた水滴がそのまま模様のようになって吸収してしまうようになれば、すぐにでもお店に持ち込んだ方が無難です。


和竿や竹製の竿受けを長く使い続けたければ、拭き取りは絶対に避けて通れない最も大切なメンテナンスであると思うのでありますが、購入するお店にせよ釣り雑誌の広告にせよ、それに触れている部分や説明が殆どないということが、結果的には新しい消費者を戸惑わせる原因になったり、和竿や竹製の竿受けや玉の柄に対する失望を生みだしてしまうのではないかと思います。

せめて、和竿を取り扱う小売店には、その取り扱いやメンテナンスについての、初心者に対してわかりやすい説明書のようなものを常備していただきたいですよね。和竿はともかく、竹の竿受けや玉の柄は、もう一部のマニアだけのものではないのですから。(^_^)

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お値段についての考察

さて、こうして様々な角度から和竿に付いて書きつづけてきましたが、いよいよ一番関心の高い価格について思うままに書いてみようと思います。

ただし、あらかじめお断りしておきますが、この文章はあくまで「激安サラリーマン」である私個人の立場から感じたものでありますからして、かなり見方が偏っているわけであります。そうした事を十分理解していただいて読んでいただければ幸いです。

ある雑誌によると、和竿の価格帯を分類する上で「高級品」とか「普及品」というように紹介されていたように思います。たしかに、その価格から見れば「高級」であったり、「普及品」は一般に入手しやすい価格帯であるわけですが、どうもこの「高級」という言葉に私は引っ掛かるのです。


たしかに、「尺あたり2万円から4万円」もするような品物は庶民にとって「高級」であるわけですが、その方面のセンスに乏しい私には、「普及品」と呼ばれている作者の作品に比べて、その価格に応じた品質に差を見い出せないのであります。だから私は、あえて「高価格品」と呼ぶようにしています。(^_^)

その「高価格品」と呼ばれる竿にしても、たかが釣りの道具としての竿という観点から見ればその価格の高さはかなり異常で、環境の厳しい野釣りで、不可抗力による故障を気にしながらへらさんの引きを味わうという気持ちにはとてもなれません。

そんなことから、貧困に悩む私としては比較的手が届きやすい尺あたり6千円から1万5千円程度の価格帯を中心に、自分の釣りに応じた調子や仕上がりのものを購入するようにしています。しっかりと見れば、数千円のものでも、驚くくらい品質の良い物もたくさんありますしね。

世間様に名の通った「銘」とか、だれそれの弟子だからなどという「系統」や、誰それの評価などで選ぶよりも、自分の予算の範囲の中で、その竿を自身が手にしたときのフィーリングが合ったものを選ぶべきだと思います。(^_^)

確かに、中には一本くらい名の通ったいわゆる「銘竿」と呼ばれるものを持ってみたいという願望はありますが、それ以上に、同じ予算であれば2本とか3本の異なった個性の強い竿を持つことに魅力を感じるわけであります。そのほうが、釣りの楽しみはうんと幅は広がりますし、それに、希少価値を手に入れるとか銘竿を保有するというのは、所詮自己満足の域を出ませんので、私はそれに少しも興味を感じません。。。。。などと偉そぶってますが、まっ、ほんとうは欲しいけど、激安サラリーマンの悲哀というものでしょうか。単なるヒガミですけどね。(^^;;

で、どんな竿を選べば良いかと言うことなんですが、もちろん自分自身が手にしたときのフィーリングとその竿の持つ個性に魅力を感じることが一番大切なことは言うまでもありません。それに加えて、私はその竿にどれだけ作者の手が入っているか、どれだけ丁寧に作られているかという点も大切だと思っています。つまり、どんな職種でもそうですが、丁寧な仕事に粗悪品はありませんものね。おっと、だからといって「綺麗」と「丁寧」は根本的に違いますので、同じように考えないでくださいね。(^_^)

そんなことから、私は購入時には必ず「芽と節の処理」を選択のバロメーターとしています。もっとも、段巻き竿の場合は別ですが、素竿ならば節の掃除がきっちりと丁寧に施されているかという見極めは非常にたやすいですし、芽をくり貫いたあとの処理とか、漆による芽の描き方がいかに格好良く丁寧になされているかということも、見える部分だけに、その作者の仕事と竿作りに取りこむ姿勢は見えてくるのです。
そういう意味では、素竿はごまかしの効かない作りでありまして、それだけに、しっかりとした目を持ってみればその仕事の出来は、素人でもある程度判断できます。

段巻きとなれば、「塗り」によってそのあたりは判断しづらい部分もありますが、それゆえに「塗り」という部分に注目してもいいと思います。特に、穂先の塗りなどは、下地が浮いているものとか、穂持ちの塗りが均一でないとか、ひどい物になると下地の糸が浮いてきているものなどもありますよね。また、段巻きの境界が綺麗に処理されていないとか、漆が皺になっていたりするものさえあります。
誰でも知っているような名の通ったものでしたが、そんな雑な作りの竿の価格を「尺単価3万!」と聞いてぶったまげたことがあります。(^^;;

まぁ、噂によると「先代 孤舟」の竿なんぞは、抜群の調子にも関わらず塗りが荒いなどと言われていますが、それゆえに熱心な信者?を産み出す一方で、嘲笑の対象になったこともあるそうです。


今、目の肥えた和竿使いが多い時代に、その作り方が通用するかどうかは疑問ですが、「竿」というひとつの道具を作り出すにあたって、塗りにせよ調子にせよ、たとえ一部でも劣る部分があるとすれば、それはもう「優秀な職人の仕事」とは言えないのではないかと思いますし、「銘竿」と賞するに値しないのではないかと私は考えます。

銘竿とは、すべてにおいて秀でたものを言うのです。名匠とは、銘竿を安定して生み出せる秀でた作者をいうのです。だから、私たちはそれに応じたお金を払う価値があるのです。けっして、血統や派閥から生み出されるものではありません。

勘違いしてませんか?>業界さん。(^_^)

つらつらと、生意気な事を書き綴りましたが、もっとグローバルな視野にたって、私たちもモノを見る目を育てていきたいですね。なんせ、高い買い物ですから。。。

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ひととおり、もじり的和竿の扱いについて書いてまいりましたが、まだまだ補足しなければいけないことや書き落としている部分も多々あります。

今後、ぼちぼちと、思いついたときに細かいところまで手を入れていこうと思っております。

こんな、だらだらとした、しかも駄文を最後まで読んでくださった方々に感謝します。(^_^)

さて、釣りに行くか、、、 

 

** このページについてご意見、アドバイスなどありましたらメールください。(^_^)