「待ち竿」来たる

一年間待った。
注文してから、待って待って待ちこがれた壮志16尺。

硬式胴調子のこの竿はまさに今の時期を想定してお願いしたもので、期を見計らったかのように仕上がってきた。
注文したお店の女将は「竿師はんはちゃんと計算してはりますわ」なんて。いかにももっともらしい口調で、しかし無責任に宣うのであった。(^^;;

おおよその調子は伝えてあったのだけれど、それにしてもこれだけ的確に意向を汲み取ってくれて調子を合わせてくれる作者もそう多くはいるまい。仕上がってきた調子はまさに「我が意を得たり!」のものできわめて「調子」がよい。まるで全身がバネのような心強いものであった。

考えてみればそれぞれの持つ「調子」というものの概念は個人個人によって実に曖昧で、もちろんその意向を受け取る竿師のみなさんもそれぞれのモノサシの上で解釈されている。つまり、感覚的なものであるだけに双方ともに実にいい加減な「アナログ的感覚」だけの話しで意志の疎通が図られているわけだから、考えてみれば恐い話である。。

それに、好き勝手に調子を表現するわがままな使い手はもちろん、竿を売ることを本職としている竿屋さんですらわかったような顔して好き勝手に筋の通らないへりくつをこね回し、やれこの竿の調子はなんちゃらかんちゃら・・・などと無責任に評価することがまかり通っているから、へら竿業界なんてのは不思議な世界である。

そもそも「調子」なんてものの言葉の持つ意味はナニをさして「調子」と呼ぶかということにはじまり、漠然とまた曖昧模糊としているもので、竹の持つ個性や特徴はもちろん、硬さや柔らかさなんかも一括りにして「表現」する言葉であるから、使い手からみればその竿を一言で表現するのには便利な言葉なのである。しかし反面、作り手から見ればきわめて難解な暗号みたいな「表現」であって、注文する人の感覚には驚くほど幅広い個人差がある。はたしてこの作品がどのような人物に、どのようにして使われていくかということを包括的に考えて組み合わせていかなければ、顧客の期待を裏切ってしまうという悲惨な状況を招き、無責任に評価されてしまう。

だから、、、竿を注文する輩はいつも好き勝手にイメージだけを「言葉」にして、自分のほしい「調子」なんてのをお願いすることが多いのだけれど、その期待に添えるよう文句ひとつも言わずに注文に対して、いい加減でわがままな客のイメージを解釈しながら懸命に作ってくださる作者の方々には頭が下がる思いである。

その点、店頭に並んだモノの中から好みの調子を選ぶという方法はぢつに合理的で確実な方法なのだけれど、現実を見てみたところで納得して選べるだけの流通量があるわけでもない。しかも、お気に入りの作者のものであるとか、デザインやお値段など選択肢が狭まれば狭まるほどお目当ての竿を手に入れる確率は少なくなる。
つまり、絶対数がまだまだ少ないのである。がんばれ。竿師のみなさん。

まっ、ちょっと脱線してしまったのだけれど、結局ナニが言いたかったのかというと、「良い調子」なんてものは使い手が「気に入った感触と、想定している釣りの環境の中でもっとも楽しめ、その環境の中でもっとも自分の望んだ味わいを演出してくれる竿のバランスである」というのが私の見方であり、本人が気に入っている「調子」に対して他人がとやかく言うことそのものが論外である。

もちろん、「良い竿」、「良くない竿」の評価は使い手の意向にどれだけ満足できるものであるかということになるから、これも他人がとやかくいう筋合いのモノではない。本人が気に入れば「良い竿」であり、そうでなければ「良くない竿」なのである。人様の竿を自分のモノサシで評価することそのものがナンセンスである。

業界の重鎮などと呼ばれて天狗になっている人などは、やれ「七三調子だからこの釣りには向いていない」とか、「胴調子で大型狙いは愚の骨頂である」などとまことしやかに吹聴し、和竿の絞り方はこうでなければあきません、、、、などと、釣り座の高い釣り桟橋の上から思いっきり竿に負担を掛け、足下に潜られたへらさんに竿を突き上げながら訳のわからないことを真顔で解く場面に出くわすが、まぁ、それはその偉いさんの好みであってすべての人々がそうだとは限らないし、また、それを周囲に押しつけ、さも当然のように定義付けてしまうのは見ていて滑稽である。

まぁ、竿銘による「評価」も評価する人の特定の銘に対する思い入れが強くて似たようなもんだけれど、一番大切なのは自分がその竿を信頼でき、こころより気に入った竿を使うことによって釣りを楽しめるということなのだ。(^_^)

というわけで、待ちこがれてようやく私の掌に収まった壮志16尺は、満足度300%の「調子」であった。(^_^)

で、今回のへらにっきは前置きが長くなったのだが、それも今回ご一緒させていただくことができたヘラ研阪神クラブの杉原会長から教わった「和竿」に対する様々なお話を伺って、改めてもう一度「調子」という得体の知れない「感覚」的なことについて考えてみたかったからである。興味の無い人には申し訳なし。(^^;;

5月30日

このGWの円山川で体験した衝撃的な釣りがきっかけで、その日の釣りを見事に演出してくれた「飄々作」のウキを杉原さんに作っていただいた。

予定より少し遅れて「仕上がったヨ」との連絡をいただいたものだから、この日、岡山の金剛川にご一緒させていただいて受け取ることとした。

当初は吉井川での釣りを予定していて、私も久しぶりだったものだから楽しみにしていたのだけれど、残念ながらここ数週間は結果が出ないらしい。
ならば・・・と言うことで吉井川の支流・金剛川への釣行となった。

京都の我が家を前日のお昼過ぎに出発して、ちょいと姫路に立ち寄って市川をやってみる予定でいたのだけれど、高速代をけちって一般道から走ったものだから、中途半端な渋滞にいくつもつかまってしまい、市川の河原に到着したのはもう5時になっていた。時々シャワーのような通り雨が降り注ぎ、ポイントを見て回っているうちにやる気も萎えてきた。

で、姫路観光をちょっとばかり楽しんで、待ち合わせのSAへ直行した。
予定していたSAは夜中でも車の出入りが多かったものだから、ようやく眠りに着いたのはもう空が白じんだ頃だった。
午前7時過ぎ。杉原さんからの二度目(^^;;の携帯で目が覚めた。無事合流。(^_^)

どんよりと今にも降りそうな暗い空が広がっていて、空気はたっぷりと湿気を含んでいる。
その昔に痛めた腰のあたりに鈍痛が走り、今日は思いっきり雨に降られるだろうと覚悟した。

むっとするような湿気に包まれた金剛川の朝

金剛川は吉井川に注ぐ支流である。川幅は100mほどだろうか、対岸の人の顔がかろうじて見える程度のこじんまりとした河川である。水は至って綺麗でテトラの根本まではっきりと見えるほどである。

ここ数日の天気の良さが災いして、水量は平水よりも少し低いという所だろうか。いくつかのポイントを案内してもらったのだけれど、雰囲気のあるポイントは底が見えていたりした。
雨でもあって濁りが入ればポイントの選択肢も広がるのだろうけれど、これだけ綺麗だと竿を出せる場所も限られてくる。

予測もしなかった晴れ間に春夏混合姿の松下さん
 


約1時間ポイントを探し回り、4名の同行されたみなさんは左岸の比較的浅い場所に釣り座を広げられた。

私も間に入れていただこうかと迷ったのだけれど、これだけ水が綺麗だと少しでもタチのある所の方がいいだろうと、右岸の深場にある柳の木の間に釣り座を選んだ。

広々とした河原なのにあえて柳の間を選んだのは、少しでも雰囲気を求めてのものであって、自分だけ隔離させてもらおうなんてスケベ心からではない。(^^;;

少し上流に松下さんが入る。杉原さんは知らない間に行方不明。(^^;;

この日は、待ちこがれた壮志 16.0尺を継いだ。ぢつは先週も雲出川で使ってみたのだけれど、3枚の元気なへらさんが思いっきり楽しませてくれて、その調子がすっかり気に入ってしまったのだ。

まぁ、私の場合は二週続けて同じ竿を使うなんてことは滅多に無いのだから、それだけ気に入った竿ということになる。

適当に餌を練り込んで第一投。もちろんウキは「飄々作」。今にも降り出しそうな暗い空が背後に入っても、「飄々作」は見やすい配色がされていて苦にならない。
半時間も打っただろうか。突然ウキが動き出した。
たっぷりと鉛を背負う「飄々作」がズッと入る。ごつんっ!と胴に乗る。ぎゅーーんと締め込まれて竿に引っ張り上げられてきたのは9寸のマブ君。(^^;;

その後もウキは元気よく動き続け、快調にマブ君がひっぱり上げられてくる。9寸から尺程度のマッキッキのマブ君は、お下品な顔をしながら穂先を震わせるのであった。(^^;;

モロモロは浮いているが透明度の高い金剛川

しばらくして、鉛をしっかり背負った「飄々作」は馴染み際に一瞬受けが入り、しばらくしてどすんっ!と力強く落ちた。

ひょいと合わせてやると壮志 16.0尺の胴にしっかりと乗り、今までのマッキッキ軍団とは明らかに違う力強い引きが伝わってくる。ゆっくりと竿を起こしてくると沖目で浮き、竿のバネに引っ張られながら素直に寄ってくる。なんにも力はいらない。まるで魔法のように竿が勝手にへらさんを引っ張ってきてくれる。う〜〜む。こりゃすごいっ!。(^_^)

ハタキを終えたばかりの、まだ痛々しい姿のへらさんが差し出したタモに吸い込まれるようにして収まった。型は尺ちょっと。やんちゃ盛りである。

その後も快調にマブくんは鈎に乗ってきて、退屈しない程度に竿を曲げてくれた。普通に使っている竿ならば、床から離れない9寸級のマブくん退治は苦痛なのだけれど、この竿を使っているとそれもない。まぁ、相手があいてなので楽しくはないけどね。(^^;;

いつの間にか杉原さんが戻ってきて、私の少し上流に釣り座を構えられた。わずかな時間のあいだに下流のポイントで、小型ばかり3枚釣ってこられたという。さすが。

ハタキ後で傷ついた金剛川のへらさん
 


杉原さんの邪魔をしたりされたり(^^;;しながら、餌を打ち続けていると、馴染み際に力強く「つんっ!」と来た。

へらさん独特のずっしりとした重量感に竿が大きく弧を描き、ゆっくりと起こしてやると素直に浮いてくる。

しっかりとタメが効き、竿の角度が45度以上に高くなってくると力強く浮かせてくる。いいねぇ。この竿。いい仕事しよる。たまりませんわ。(^_^)

肉厚で、胸を大きく張ったグラマーな尺1寸のへらさんがゆっくりとタモに収まった。(^_^)

お昼が回った頃から地合が遠のき、たまにマッキッキ君が竿を曲げるのみとなる。

夕方。馴染み際の強いアタリで尺ちょいの型が出た。引きは抜群に強い。川釣りの醍醐味はこの目の覚めるような強いへらさんの引きにあるということ。私は存分に楽しみながら竿を絞り上げた。

雑誌の取材を兼ねた釣行で、カメラを首からぶら下げて取材に出かけられた杉原さんが戻って来られるのを待って、満足でお腹がいっぱいになった私はみなさんより少し早く、単身帰路に就くことにした。
良い竿と良いウキと楽しいみなさんとの釣り。最高ですわ。(^_^)

ちょうどそのころ、マブが出て夕方の地合が出始めたのだろうか、松下さんと杉原さんの顔つきが変わりはじめた。きっと私が帰ったあとは、鬼のような形相でウキを睨み続けていらっしゃったのに違いない。(^^;;

謎の覆面姿・・怪しい姿でウキを睨め付ける杉原氏の図(^^;;

杉原さんをはじめ参加された阪神クラブのみなさん。楽しい時間をありがとうございました。またよろしくおねがいします。(^_^)