神さんの国へ・ふたたび

ここ数年、毎年言われ続けていることではあるが気象様のごきげんがすこぶるよろしくない。
今年も例年通り「異常」である。

夏の始まりから続いていた猛暑はまだ序の口で、気の早い台風がやってきたかと思えば相次いで到来し、九州・沖縄をはじめ東北や北陸、山陰や四国・和歌山や三重など全国を次々と襲っていった。
幸い我が地方は直撃を受けたにもかかわらず大きな被害も出なかったが、釣行を繰り返すたびにその地方に残る台風の爪痕に、その自然の持つエネルギーの強さを感じさせらる。
被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げます。

一方、連発して襲撃した強い地震には、先の阪神・淡路大震災を思い出さされた。
築30年を誇る老朽化の激しい我が家ではあったが、大きな横揺れにやっつけられることもなく、無事に耐えてくれた事に安堵した。
しかし、、、この次に来たときにはどうなるかという不安は払拭できない。

いつ襲ってくるかわからない自然の大きなエネルギーに不安を感じながら、今年の秋の釣りはいつもと違う秋の釣りとなった。
                             

このサイトの掲示板でとんとんと話が進み、休みを取って9月の23日から島根に釣行した。
私にとって島根の釣りといえば、四十間堀のあの強烈な釣りが思い出される懐かしい土地である。
釣行の度に、八寸から38Cmまでの型が面白いように釣れ続き、一度も期待を裏切らなかった恐ろしく魚影の濃い釣場であり、野釣りが盛んだった当時は毎週のようにこの川で例会が行われ、冬場から春にかけて関西方面からマイクロバスを駆って多くの釣人がここを目指した。

引きが強くてカッコの良いへらさん。(^_^)

この釣り場の大きな魅力であった。

細々と記録し続けている釣行DBを開いてみれば、1978年4月2日が四十間堀への最後の釣行となっていたが、それまでの間、幾多と無く松江への釣行を体験した。
そんな、まだ若かった頃の思い出が松江にはいっぱい詰まっている。
わくわくした気分でいよいよ当日を迎えた。

9月22日

午後6時に仕事を終えて、そのまんま高速に飛び乗った。
とりあえず高速を使い、通勤渋滞を避けるために兵庫を一気に走り抜け、道路が空きだしたあたりで一般道で米子に向かう予定である。
平日の夕方と言うことで、一般道は交通量がピークの時間帯ではあったが、さすがに高速は車の量は多いものの流れていく。
滅多に高速を使わない私だけに、このときだけは高速道の価値がありがたかった。

瀧野・社を越える頃から車の数は激減し、きわめて快適で退屈なドライブとなる。
加西SAで夕食タイムに突入し、さてこれから・・・と気合いを入れて再びアクセルを踏み込んだ。
山崎、作用と西に進むにつれてますます車の数は少なくなり、とうとう単独走行となる。風景のない深い闇に潜む山々の間を縫うように走る退屈なドライブも限界に来て、とうとう津山ICで高速を降りた。

国道に出た。津山からは国道53号・181号を経て久世に向かう。
この時間でも国道は車の量も多く、我が家に向かう人々の車で溢れている。ヘッドライトに照らされて浮かび上がる対向車のドライバーの顔の向こうに、その人がいまこの土地で生活をしている事やそのご家族の事をぼんやりと考えたりして、一般道でしか味わえないその土地の生活の臭いを感じ取りながら通勤帰りの混雑の中に紛れていった。

久世を通り過ぎるとその賑やかさもウソのように静まり、峠を越えて日本海へ向かう車の数は激減する。
漆黒の中に大きく立ちはだかる山々に向かい、おもむろにアクセルを踏み込んでいく。
忘れた頃に対向車のライトが近づいてきて、そして去っていく。辺りには小さな集落がいくつもあって、それをすぎるとまた漆黒の世界となる。山に向かえば向かうほど集落の群れは小さくなってきて、トンネルにさしかかる頃には完全な真っ暗闇の世界となっていた。

峠にさしかかる。四十曲トンネルを抜け、なぜかカーブしているトンネルを走り抜ける。昔のまんまだ。眠気覚ましにはもってこいのあぶないトンネルだ。(^^;;
それにしてもここ30分ほどの間一台の対向車ともすれ違わない。もしろん、私の前後には車は一台も走っていない。
うう・・・もし、へんなもんが出てきたら一人で戦うしかないな。
バックで流れる「鬼塚ちひろ」の怪しげな歌詞を聴いていると、ますます気分は「変」になっていくのであった。(^^;;

「深夜の四十曲峠には鬼塚ちひろがよく似合う(^^;;」なんて。(^^;;

米子に抜ける。
いつの間にか道路はすっかり整備されていて、高速道路もできていたりする。地方の田舎町だった街並みは見違えるように整備され、オシャレなマンションが両側にいくつもできていた。

見覚えのある国道9号に入る。この辺りまでくるとまだ昔の面影は残っていて、中海の畔から安木・東出雲にさしかかるとまるでタイムスリップしたように、当時のまんまの夜景が広がっている。やはり山陰はこうでなくては。。。(^^;;

深夜の松江市を抜ける。26年前の四十間堀での釣りが急に蘇ってきて、ぬたぬたの畦を歩くたびに長靴が重くなり、泥だらけになりながら釣った思い出が昨日のように脳裏に浮かんでくる。

ぼんやりと昔の楽しかった釣行を思い出しながら宍道湖沿いに出る。

遙か対岸の灯火が見える。
人々の生活の気配が漆黒の向こうにも広がっていて、妙なところに感動を覚えた。

深夜0時。いよいよ道の駅「湯ノ川」にたどり着く。
約束の夜明けまでにはまだたっぷり時間はある。
深夜だというのに車の出入りが激しくて、宿泊場所を探しているときに岐阜から来た若者と知り合った。
岐阜から国道9号線を使い、途中の温泉場を泊まり歩きながらここまで来たという。

京都から「鮒」を釣りに来たと言った私は彼らから好奇の視線を浴び、理由を問いただされて長い説明に入った。(^^;;

ふぅ。京都から350Km。疲れた。寝る。