奥飛騨無情 その2

8月14日

猛烈な寒さで目が覚めた。
車のドアを開けると冷たい空気が入ってくる。車のフィールドモニターは18度。ここは天国ぢゃ。(^^)
一台置いて隣に停めたクワマンさんは、リアドアを開けっ放しにしたまんまお散歩タイムを楽しんでいる。
ぼんやりした頭を朝の冷気で覚ましながら、道の駅の縁石の上で朝飯を食う。
まだ6時にもなっていないというのに、道の駅には遊びに来た家族連れや若いグループの車が次々に入ってきて、寒い寒いを連発している。さすがに夏休みぢゃ。

さて出発。ここから憧れの御母衣湖まではほんのひと走りである。くねくね路を走り、急に視界が開けたと思ったらあっさりバックウォータに到着していた。標高は880m。空気は更に冷たい。
岩瀬橋を渡りきったところに車を停めて、橋の上から湖面を眺める。夏の水位で10m以上減水している湖面はそれでも青く透き通っていて、小さな波紋がいくつか広がっている。おお、いるいる。小さいけどへらさんらしきモジリを見ることができて、早く竿を出したい衝動に駆られる。
まぁあわてなさんな。とりあえずですね、日本初というロックフィルダムの堰堤を見に行こうと、気分はすっかり観光客となっていた。
さてダムサイト。ロックフィルといえば九頭竜湖のイメージが強かったので、御母衣湖の堰堤を見たときにはちょっと落胆した。とにかく圧倒的な存在感を誇る九頭竜湖にくらべて、ここの堰堤は湖の規模の割には迫力がない。しかし、ひとつひとつの大きな岩を丹念に積み重ねられた堰堤からは、コンクリートで作られた堰堤とはまた違った荒々しさと重みがある。

左:九頭竜ダム 右:御母衣ダム  電力会社の看板がじゃま。この会社、景観に対する配慮がないのね。

前夜にクワマンさんから教わったのだけれど、コンクリートの耐用年数はおよそ100年と言われている。しかも、あくまでそれは理論値で、実際にまだ100年経過したコンクリートの構造物はない。つまり、重力コンクリート式のダム湖の耐用年数が100年とすれば、初期に作られたダム湖は耐用年数の半分近くを経過したことになる。それに比べてロックフィルで作られたダム湖は朽ちることはない。
しかし、やがて土砂の代謝によって堰堤近辺は浅くなり、いずれ堰堤の限界を超える時が来る。そのときはどうするか・・・・・
そのダムを壊しさらに下流にダムを作る。
およそ人間の一生に匹敵するサイクルで、一本の河川には下流に向けて点々と堰堤が築かれて行く。
いずれ遠い将来、日本列島には自然な水の流れは消え去るのである。

ひと通りダム湖を見て回った我々は、このダム湖を良く知っているF氏のアドバイスに従ってモジリのあった岩瀬橋の上流に掛かることにした。
幸い古道が河原近くまで続いていて、4駆の威力を発揮させながら行けるところまで車を下ろした。
付近一帯は昔の村落の後で、湖岸から岸辺を見上げれば整然と積まれた石垣が今もここに集落があったことを物語っている。かつてここに「人」の営みがあった名残として、枯れた井戸が今もその後を残していて、家屋があったような矩形に刻まれた凹みや、河原に降りる小道。畑の跡など、このダム湖の誕生とともにここを追われた人々や、ここで生まれここで死んでいった人々の魂が今もその木陰の中に宿っているような気がして、それらの人たちのこの山奥の土地への思いを考えると、ここで竿を出して遊びに興じようとすることが申し訳ないような気がした。

枯れた井戸の跡。土留めの板はまだ朽ちていない

屋敷跡の平地から上流に向かった先端にクワマンさんが釣り座を構える。私は少し下流の、岩瀬橋からひとつ目の出っ張りの先端に釣り座を構えることにした。
道具を広げる間にも、橋の下流から私のすぐ上流あたりにはいくつかのモジリが出ていて、へらさんの居そうな気配がむんむん漂っている。
朝方の冷え込みが嘘のように、お日様に照らされて汗まみれになる。
急な気温の変化に体調がすっかり狂ってしまって、竿を出すまでの短い間にキジ打ちを連発した。

水連16.2尺を継ぐ。タチは3本。うむ、ちょうど手頃な深さである。少し上流に向かって浅くなり、下流は安定して3本である。きっと、屋敷跡か畑の上を打っているのだろう。
いつものようにいい加減にマッシュを溶いてエサを打ち始める。
数投目からウグイが釣れ始めてきて、半時間も打てばウグイとジャミだらけになってしまった。あまりにもうるさいので床に下ろした瞬間、ズルッ!とウキが落とされる。ギュンと乗ってキュンと走りプツンと切れる。走ったから鯉やろね。(^^;;
その後も、山奥のダム湖ゆえ底周辺は水温が低いだろうと、1本半のタナから床までを探るのだけれど、どのタナに持っていってもウグイの猛攻となる。
時々ウグイに混じってケタバスが釣れてきたりモロコが出たりとに賑わせてくれるのだけれど、肝心の鮒の気配は無い。
時間だけが淡々と流れていく。

黙々とエサをうち続けるクワマン兄の図

昼飯を食って昼寝をした。
やはり今朝方の冷え込みで風邪をひいたらしく、体が重くて熱っぽい。それでも滅多に来れない土地だからすぐ上流の流れ込みを探検したり、上流にある別の集落跡を見て回ったりした。

再び釣り座に戻る。待ちかまえていたように数投目からウグイが釣れだしてきて、またイワシ釣りの再会となる。しばらくして対面で小さなモジリが出て、それに見とれているとウキ横2mほどのところでガバッとイルカモジリが出てびっくらした。(^^;;
おお、いるやんっ!
だんだん分厚くなる黒い雲を気に掛けながら必死になってエサを打つ。どんどん打つ。容赦なく打つ。
上から下までを探るように小細工をして、あれこれ試してみるのだけれど反応がない。
ああ、やっぱりあかんかぁ・・・・と床に下ろした瞬間、どすんっ!と来た。
いかにもへらさんのような引きが伝わってくるのだけれど、とにかく軽い。適当に楽しんで取り込んだのは8寸級の合いべら君だった。(^^;;

引きも目も、体高もへらさん。口だけが受け口でない。残念。

それでも鮒気が出たことで気合いが入ってくる。急に真っ暗になって強烈な雨が落ちて来たこの時こそチャンス!とばかり餌打ちを繰り返すのだけれど、とうとう夕闇が迫るまでへらさんが姿を見せてくれることはなかった。

5時半。豪雨の切れ目を狙って竿を納める。先に帰路に就いたクワマンさんを橋の下から見送り、また降り出した強い雨にせかれるように御母衣湖を後にした。

明日は福井のダムでやろうと思っていたので、白川郷からスーパー林道を抜けて勝山に出ることにした。
ダム湖からほんの10Kmほどで白川郷に出る。ゆきんこの帽子のような合掌作りの民家を遠くに眺めながらソフトクリームを食って、一息ついてスーパー林道の料金所に到着した。
「勝山まで抜けたいのやけど?」と、事務所から飛び出してきたおじさんに告げる。
「すいません。6時で閉門です」「そんな殺生な・・・」
15分ほどあの手この手で粘ったのだけれど、ソフトクリームに誘われて定刻を30分超過した代償は大きかった。

豪雨でウキが見えない。雷さんが来なかったことだけがラッキーだった。

結局、かわいそうなもじりさんは庄川添いを富山まで向かい、暗くて見えない合掌作りの五箇山から金沢に抜ける。
途中、前が見えないほどの大雨に惑わされ、へろへろになりながら9時過ぎに金沢ICにたどり着いた。
風邪と予想もしなかった大回りですっかり元気のなくなったもじりさんは福井での釣りを断念した。
時間とともにだんだん熱っぽくなってくる老体に鞭打ちながら懸命に走り、午前0時すぎに見事帰宅した。

来年のリベンジでは、ソフトクリームに惑わされないで、6時までに白山スーパー林道に入ることを忘れないでおこう。(^^;;