Vol.09   
2004/06/12


昨年の大晦日以来更新をやめている兄弟サイトをたまにチェックしてみると、アクセスカウンターの数字がホンの少しずつ動いていて、いつのまにか16000を超えています。「少しずつ」といっても、毎週1回の割で更新し続けているこの『モンバサ ジャンクション』よりもアクセス数が多いというのは、ウラを返せば現在進行中のこの『モンバサ ジャンクション』へのアクセスがいかに少ないかということにもなります。

コインロッカーに入れたままのようなその兄弟サイトには、以前NHKで放送された『神話の力/ジョーゼフ・キャンベル、ビル・モイヤーズ』のことを紹介した文章を書いたことがありました。読者からの反響がほとんど無いサイトでしたが、最近その『神話の力』の章を見たという方からメールをいただきました。

そのメールには、、、、、。
「NHKで放送されたことのある『神話の力』のテープを探していたが、英語版は確認したけれど日本語版はNHKにも保存されていないことが分かり、日本語版はもう見れないものと途方にくれていた。そんな中、“神話の力”をキーワードに検索エンジンにかけ、ヒットしたサイトを丹念にチェックしたところ、このビデオについて触れたあなたのサイトに出会った。そのビデオを現在も所有していたらダビングしてくれないだろうか?。見ず知らずの人に失礼なお願いだとは思うが、自分のこれからの人生に重要なことが語られているようでどうしても見ておきたいのです」。
というような内容が丁重な言葉で書かれていました。

この『神話の力/ジョーゼフ・キャンベル、ビル・モイヤーズ』のビデオがどういう内容だったかを説明しましょう。

神話学の世界的権威者ジョーゼフ・キャンベル(Joseph Campbell 1904−1987)が死の2年前、テレビジャーナリスト、ビル・モイヤーズ(Bill Moyers)の問に答える形で、「神・宗教・芸術」について、近現代の思想芸術に対する深い洞察をもとに語っているのが『神話の力(The power Of Myth)』というビデオで、日本では1994年『海外ドキュメンタリー/神話の力〜ジョーゼフ・キャンベルとの対話』としてNHK教育TVで6回シリーズで放送(各45分)されました(その後この対談を元に『神話の力/早川書房』として単行本化)。

「旧約聖書に出てくる神とインドの伝説に出てくる神とは違いがあります。
しかし形がどのように違っても、神話は生きることそのものに対する深い洞察を与えてくれるものであり、誕生から死にいたるまで我々が試練をくぐり抜けて歩けるように導いてくれるものである」という考え方を主旋律に、例えば、地理的に全く接触が無かったはずの人々の間に語り継がれる神話に多くの類似点を見出すことができるのはなぜだろうか?というようなことが分かりやすく語られています。

“神話学”となってしまうと、咀嚼する能力が私には無かったでしょうが、まるで先生が生徒に聞かせるような語り口と、合間合間に挿入される実写フィルムによって神話の世界に引き込まれてしまいました。神話がたんなる物語で終わらず、時代を超えて私たちの生きる道しるべとなっていることが良く分かる企画でした。

私がこの6回シリーズの中で最も感動したのが『永遠の仮面』というタイトルの最終回で、そこで語られた言葉をテープに起こして何度も何度も読みかえすことによって、大げさにいうとその言葉によって私は救われたと思ったし、その後の私の支えになったといってもよい番組だったのです。

じつは数年前にもこのサイトを見たという(もちろん)見ず知らずの方から、「ダビングして欲しい」という依頼があり送ったことのあるビデオだったのです。未熟ゆえ、『神話の力』への想いを充分に表現することができなかったけれど、そんな拙いサイトでも誰かの目に止まって、「ビデオを見たい」とこうして反響を寄せてくれたのも、これもなにかの“ご縁”だという思いから今回も即ダビングして送ってあげたわけです。

2回も問い合わせのあったこの番組が、アピールの仕方によっては再放送されるかも知れないと思いつき、NHKの広報にこのテープはアーカイブスとして保存されているのか?と問い合わせたところ「保存されていません。あしからずご了承ください」との返事。

それだったら、、、、、、。

私が10年前、テープから起こして何度も読み返し、どんなことに感動を覚えたのか『Vol.6 永遠の仮面』の終盤の部分をここで再現しましょう。
              (ビデオから取り込んだ音声が流れます)
以下の文章は音声とリンクしています。
声を出して一緒に読んでみてください。

  《ジョーゼフ・キャンベル》
ドイツの哲学者ショーペン・ハウアーは60歳ぐらいのとき、ある素晴らしい論文でこういっています。

ある程度歳をとり人生を振り返ってみると、そこにはひとつの秩序があるように見える。
まるで誰かの手で構成されたかのようだ。
ただ偶然に起きたように見えた出来事も、実は、次の展開のために重要な要素だったことがあとになって分かる。
この筋書きは一体誰が作ったのだろうか。

夢が自分では意識できない自分自身の何かによって作られるように、人生も全て自分の内なる意思によって作られるのだ。

偶然出会った人々が自分の人生の重要な要素になるとすれば、自分も他人の人生の重要な要素になるはずだ。

全ては一大シンフォニーのように響き合っている。

あらゆるものが他の全てのものに影響を与えているのだ。

我々の人生はどれも、同じ一人の人が見る夢のようなものだ。見えないひとつの意思から生まれている。
それゆえ我々の人生は他の人々の人生とつながりあい、全ては互いにつながりあっているのだ。

素晴らしい思想です。
これはインドに起源をもつ思想で、“宝石の網”といわれるイメージです。宝石の網の中では全ての宝石が他の宝石を反射して輝きます。あらゆるものは他のあらゆるものとの相互の関係で成り立っていて、全ては影響しあっています。
ですから何があっても誰も責めることができないのです。
そのひと本人の意思で起きたわけではありません。
誰一人として自分の意図したとおりの人生を送る人はいないんです。

   《ビル・モイヤーズ》
しかし私たちは皆んな目的を持って人生を生きていますねぇ?
違いますか?

   《ジョーゼフ・キャンベル》
生命自体に目的があるとは思えません。生命とは何か?というと、それは生存と繁殖の強い欲求を持った細胞の集まりです。

   《ビル・モイヤーズ》
まさか、そんなことはないでしょう。

   《ジョーゼフ・キャンベル》
いいですか? 生命そのものに目的はありません。ただ、あらゆる生命体は潜在的な能力を持っていて、その能力を追求することが生命の使命だとはいえるかも知れません。

そのためにはどうすれば良いんでしょうか?アレをすべきか?コレをすべきか?その問に私はこう答えます。

「自分の無上の喜び、“至福”を追求しなさい」とねぇ。

人には自分が中心にいるかどうかを知る“内なる力”があります。
自分が正しい道の上にいるのか?それとも外れているのか?を知る力がねぇ。

   《ビル・モイヤーズ》
人生で重要なのは目的ではないんですね?

   《ジョーゼフ・キャンベル》
そうです。重要なのは人生という旅そのものなのです。
目的地がどこか?ではありません。

以前、ある本でこんな一節を読んだことがあります。

旅をしていると目的地がどんどん遠のいていくように思える。
やがて人は気づく。

真の目的は旅そのものだったのだと。

正にこれです。
これに気づく瞬間はこの上なく幸福な瞬間です。


   《ビル・モイヤーズ》
私は“エデンの園”は過去ではなく未来に存在すると思っています。

   《ジョーゼフ・キャンベル》
いま存在するんです。
人の目には見えなくとも“エデンの園”はいま存在しています。

『神話の力/ジョーゼフ・キャンベルとの対話』
(NHK教育TV 1996年7月6日放送より)

声:滝田祐介(ジョーゼフ・キャンベル) 小川真司(ビル・モイヤーズ)



何年ぶりかでビデオを見て、あぁ、10年前のちょうど良いときにこの番組をみたんだなぁ、と感慨を新たにしたけれど、、、、、どうも変だ。
この、座り心地が悪く落ち着かないような気分はなぜだろうか?。

そこで私はアッ!と声を上げるのです。
「“オーム”が無かった!!!」
この番組は、ジョーゼフ・キャンベルがビル・モイヤーズに対して“オーム”の説明をする感動的なシーンで終わるはずだったのです。ところがその“オーム”のシーンが無いまま番組が終わってしまってるのです。

なぜだろう?私が記憶しているあのシーンはどこにいったのだ?!。
不安になった私は6本のテープを再び観はじめたけれど、それでも“オーム”のシーンは確認できません。何か別の番組と混同してしまったのだろうか?。イヤ、絶対にこの番組のはずだ!。

記憶の中の“オーム”のシーンを探して何回か巻き戻し早送りを繰り返しているうちに、最終章のVol.6だけは他の章よりも6分ほど短いことに気がつきました。それも録画時の器械の操作ミスで切れたということでなく、短く編集したという終わり方です。もしかすると?と思い、改めてダンボール箱のビデオコレクションをチェックすると、Vol.6のビデオがもう一本出てきてそれには探していた“オーム”のシーンがちゃんと入っています。

なぜ?!。
同じ番組なのにVol.6だけは2種のバージョンが存在するのだろうか?。
気になるとどうしようもなく気になる性格で、NHKに問い合わせたり新聞のラ・テ欄で調べてみると、このシリーズはなんと過去3回放送されていることが判明したわけです。

さらにコレクションのテープを調べてみると、Vol.6は、@1994/2/12放送と、A1996/7/6放送の2種類で、1996/7/6放送分が“オーム”のシーンが入っていない短縮バージョンだったのです。
神話の力
ジョーゼフ・キャンベルとの対話
(NHK放送)
放送日時
<海外ドキュメンタリー> <知への旅>
1994年
(H.6)
1994年
(H.6)
1996年
(H.8)
Vol.1 英雄伝説
Hero's Adventure
1/7(金)
20:00
1/8(土)
18:00
6/1(土)
21:15
Vol.2 神と人間
First Storytellers
1/14(金)
20:00
1/15(土)
18:00
6/8(土)
21:15
Vol.3 古代の語り部
Message of Myth
1/21(金)
20:00
1/22(土)
18:00
6/15(土)
21:15
Vol.4 死と再生
Sacrifice & Bliss
1/28(金)
20:00
1/29(土)
18:00
6/22(土)
21:15
Vol.5 愛の女神
Love & Goddess
2/4(金)
20:00
2/5(土)
18:00
6/29(土)
21:15
Vol.6 永遠の仮面
Masks of Eternity
2/11(金)
20:00
2/12(土)
18:00
7/6土)
21:15
結局、想像できることは「オウム事件前・事件後」では“オーム”の取り扱いが違ったということだったのでしょう。オウム事件後、カルト的な集団に対するメディアの報道姿勢が、興味本位ではないか?あるいは増長させたのではないか?と問題視され、メディア同士で相手の足を引っ張り合うという現象がありました。

そんな社会状況の中で、いくら真面目な番組とはいえ、“オーム”の解説をしている映像を流すことは非難を受ける危険性を含んでいて、そのために再々放送にあたってはカットしたものでしょう。私がそんな2種類のテープをなぜ持っているのか、録画した経過などは全く思い出せん。しかし、キャンベル博士がショーペンハウアーの言葉を引用した後、チベットの僧侶がオームを唱える感動的なシーンは私の頭の中に焼き付けられているのです。このシーンが入っている入っていないでは作品の重みが全く異なるのです。

現代では“癒やし”とか“自分探し”というと宗教ガラミだったり、人の弱みにつけこむ単なる口達者が跋扈するウサンクサイ世界になってしまいました。こんな現代だからこそ、10年前のこの番組が再放送される価値があると思ったがNHKにもテープは存在しないとのこと。ということはこの番組が一般公開される可能性もありません。

それなら、、、、、、。
私が『神話の力 ジョーゼフ・キャンベルとの対話』の『Vol.6 永遠の仮面』からカットされたその6分間をこのサイトで再現しましょう。

削除されたシーンを復活させることで、“空”に還ったオームへの野辺の送りといたします。最初に放送されてから10年を経て、今回「失われた“オーム”」を探して繰り返し観ることになったのも“誰かの書いた筋書き”だったのかも知れないし、「偶然出会った人々が自分の人生の重要な要素になるとすれば、自分も他人の人生の重要な要素になる・・」こともあるのだから。

『神話の力/ジョーゼフ・キャンベルとの対話』
(NHK教育TV 1994年2月12日放送より)

   声:滝田祐介(ジョーゼフ・キャンベル)  
小川真司(ビル・モイヤーズ)


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