『 宝石箱 』 Presents By 和田紅葉
<夢の中の昔話>
彼らは逃亡していた。
ヒバリだろうか、鳥の鳴き声に交じり、彼らの放つ荒い吐息が聞こえる。
緑色のそよ風は、森林の匂いを放つが、甚だそぐわない。
彼らは逃げているのだ。
「早くっ!」
行くあてなど無い。ただ諾々と後少し、あと少し…と。
「あっ!!」
ジャラッ、という石を擦り合わせるような音と小さく光る粒があたりに散らばった。
「馬鹿っ!」
彼らの一人が手早く、落ちた光る物を集め始めると、他の者もそれに習い
地べたに膝をつけて黙々と拾い始めた。落とした彼も、すぐそれに加わった。
「・・・全部?」
まだ青少年のような集団の中で、恐らく最年長だろうと思われる女性が早口で問う。
「うん。・・・ごめん」
光る粒子の入った皮袋を腰に縛り付けながら、落とした少年は言う。
そうして彼らはまた逃げ始めた。
「家に帰れば安全なんでしょ?」
ピピピピピピピ・・・。
爽やかな初夏の陽気が、彼らのいる森に降り注ぐ。
「そう、だよ」
幾分躊躇いの間を置きながらも、最年長の彼女は疲れきった仲間達をあやす様に諭す。
それは自身に対する、ほんの少しの希望であり欲望であり、慰めでもあるようだった。
「さぁ、早く行こう!ココにいるとアイツが・・・」
彼女は酷く憎憎しげに言葉を切ると、嫌悪をむき出した表情のまま木漏れ日の中に消えていった。
他の者も、身震いをし眉間に皺を寄せて、思い立ったように逃げ出した。
― 13 ―
「・・・・・・・・・やな夢ね」
原因は分かっている。ジョージと会ったからだ。あのジョージ。
昔から私を振り回して、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。本当、手のかかる子だった。
でも、その手を振り払わなかったのは、多分私の意志。
好きだったんだ、彼も、彼の「ハチャメチャ」な行動も。
だから「後味まろやか団」に入ったのも、私の意志だ。私が…悪いんだ。
「・・・けど、あれはバカジョージが・・・」
「バカジョージが・・・何だい?」
他人の声が聞こえたので咄嗟にドアの方を見ると、やぁオハヨウ、と他人行儀な笑顔の
シグマが立っていた。
「シグマさん…!の、ノックくらい」
「したけど中々出ないからさ。開けちゃったよ」
乙女の部屋を覗くなんて何て破廉恥な野郎なんだ。その破廉恥漢はゴメンねと
可愛くないのに可愛さを無理矢理作って謝った。コスい。果てしなく。
「それより、お腹すかない?もうお昼過ぎだし。ご飯にしない?」
気分転換にさ、と訳知り顔で微笑むシグマは何か怪しい。
多分グレイとジョージの関係について知りたがっているのだ。野次馬根性。
「・・・せっかくですけど・・・行きません」
「彼がいるから?」
「・・・はい」
強情だねぇ〜、吐いちゃいなよ〜、と彼特有の口調でおどける。
グレイはそれを見なかったことにして、着替えますから、とシグマを追い出した。
「ねぇ?グレイさ」
「言いませんよ」
「あ、いや。そうじゃなくてさ」
「・・・何です?」
「溺れてる人は藁を掴むんだよ、助かるために」
「・・・・・・はぁ・・・・・・あの、それが?」
「僕は優しくて賢い藁だって事」
後で昼ご飯持ってくるよハムスター君が、とさりげなく無責任な台詞を残して
シグマは大人しく部屋を後にした。
彼なりに、この状況を慰めてくれたのだろう。そう気付いたのはドアが閉まってから3分後だった。
きっと話してしまえばいいんだろう。きっと何を言っても、あぁそうか、と流してくれる仲間だ。
けど。
けど、私は紛れもなく犯罪者なのに。
いくら仲間達が・・・良い意味で適当だとしても、さすがに犯罪者を匿ってはくれないだろう。
否。匿ってくれそうだから、話したくない。
逃げて逃げて逃げ疲れてもまだ逃げて、逃げる意味すら見失ってもまだ逃げている。
こんなのは、私だけでいい。
「ねぇねぇ、結局どういう関係なの?」
「お嬢は兄貴の姐さんでやんす!」
「いや、メアリーさんとの関係じゃなくて・・・」
「はいは〜い!アタシはメアリーちゃんって呼んで欲しいなぁ、ルイシアちゃん☆」
「うぅ・・・(話が通じないよぉ・・・)」
さて、一夜明けて。相変わらず食堂に入り浸っている密航者達は好き勝手に騒いでいる。
ジョージは密航者代表として皿洗いをしているらしく、居るのはシュガーとメアリーだけだ。
で、その密航者連中とワイワイしているのは、おなじみルイシアちゃん☆である。
グレイの様子が違ったのを心配して、色々と調査をしているらしい。けして自分の好奇心のため
ではない・・・・・・・・・・・・のか?
「ジョージさんとグレイの関係だよ!」
「・・・グレイ?あの人、グレイっていうの?」
「グレイを知ってるの?メアリーさ・・・・・・ちゃん」
「・・・・・・・・・う、うん。でも、その話、ジョージが嫌がるから」
「えーーーーーー!!!教えて教えて!ね?お願い!あたし達、友達でしょ?」
会って間もないのに友達とはよく言ったものである。
さすがに若い人のテンションは違う。メアリーも満更ではないようで、そうだね、と頷いてから
「これね、絶対秘密だからね!破ったら絶交だよ☆」
などとキャピキャピしている。絶交以前に友達なのかが謎ではあるが。
昔、15年くらい前の話ね。これ。
ジョージ、ちっちゃい頃から熱い人でね。なんか「盗賊団」に入ってたんだって。
名前は「後味まろやか団」って言って・・・当時は結構有名な盗賊団だったらしいんだ☆
でも、ある国のお城に盗みに入った帰りに・・・お城に帰るはずだった王女様ご一行に鉢合わせ
しちゃったらしいんだよね。で、その場の勢いで・・・一人兵士を殺しちゃったんだって。
殺したのは・・・そのグレイって人。ジョージはその人を庇って・・・ずっと逃げてるの。
「アタシ、あのグレイって女、嫌い。ジョージに庇ってもらって、自分は呑気な顔してさ。
ジョージは今だってキャパシールのイヌから逃げてるのに・・・」
メアリーはその顔いっぱいに嫌悪をむき出して言う。シュガーも知っていた話らしく、
何も言わないまでも表情はやはり苦々しい。
「で、でも・・・そんな話・・・」
信じられないよ、と言おうとしてルイシアは口をつぐんだ。
だから隠したかったのかも、とあらぬ考えが過ぎる。グレイが頑なに言わなかったのはきっと。
きっと彼女が犯罪者だからだ。
「ち、違うよ!!グレイは、グレイがそんな事してるわけないじゃん!」
ルイシアが知っている彼女は、いつも微笑んでて怒ると怖くて手当てが上手で優しくて買い物好きで
間接外すのが得意で意外とお酒に強くて変な所で鈍感なのに頭が良いお姉さんみたいな。
「あの女、のうのうとこんな船に乗りやがって・・・ジョージの辛さも知らないくせに・・・っ!!」
「お嬢・・・物騒な事・・・考えたら駄目でやんすよ」
でも。でも。でも。何で今は話してくれないんだろう?
何でいつもみたいに「嘘ですから大丈夫」って笑ってくれないんだろう?
何で昨日はあんなに不機嫌だったんだろう?まさか本当に?
「違うよ。グレイは・・・グレイはそんな事・・・してない・・・してないよ・・・」
「「・・・・・・・・・・・・」」
「おい、そこのオテンバ娘!密航者と戯れる前にこっち来て手伝・・・・・・・?」
重苦しい空気を破ったのはまさに場違いの権化、割烹着姿のガルディアだった。
どうやらジョージと一緒に皿洗いをさせられているらしい。
いつもの調子で妹を呼びつけたら、柄にもなく沈痛な面持ちだったのでビックリしているようだ。
妹のこういう顔を見ると、大抵の兄は戸惑いながらも「俺がなんとかしてやらなくちゃ」と思うのが
世の常なわけで・・・。
「ル・・・ルイシア?ど、どした?ん?こいつらに何か言われたか?お兄ちゃんが殴って」
「お兄ちゃん」
「何だ?いじめられたのか?ルイシア」
「本当?(上目遣い)」
「・・・え、え?あの・・・何が」
「本当なの?(うるうる)」
「う・・・。あ、あぁ。そう、そうだよ。本当だ!本当なんだよ。だから安心し」
「・・・・・・う、う、う、うわぁぁぁぁんっっ!!!!!!お兄ちゃんのバカぁっ!!」
「わぁあっ!な、何だ?ルイシア!こら、泣くなって!!」
実際、兄として何かしてやらなくては、と彼が必死になって考えたのは想像に難くない。
だから「本当?」と聞かれて「本当だから安心しろ」と言ったのも、ある種わかる。
わかるけど・・・バカじゃない?
しかも丁度間の悪い時にノエルやらシグマやらジョージやらがワラワラ戻ってきてしまうのだ。
まぁこれはお約束。
「あ、ガル兄!!妹泣かしたー!いーけないんだ!!」
「ふん、全く、男の風上にも置けん奴だな、貴様。まぁ置きたくもないが」
「あのねハムスター君?女性を泣かせるのはベッドだけで十分」
「だあああっ!!うるせぇ!!特に最後の奴!!お、俺は泣かせてねぇ!!誤解だ!」
なぁ?と思わず密航者達に答えを求める。が、収支見ていたはずの二人は相変わらず重い顔を
崩さずにいる。
「・・・・・・?」
「おい、メアリー?シュガー・・・?お前ら、一体何をしてたんだ?」
「・・・・・・怒んない?じょーじ。」
「・・・努力はする」
アノ人、ジョージの言ってたグレイって人なんだって・・・。
最低の女。自分が助かるためにジョージに罪を着せて逃げた人。
嘘つきの人殺し。
「・・・お嬢。皆さんの前ですぜ」
「だって、だって!!あの人のせいでジョージは逃げてきて、苦しんできたのに!
あの人がジョージがやった、って言わなきゃ・・・・・・あの人が全部悪いんだっっ!!」
ジョージはそれっきり嘘みたいに黙りこくった。ガルディアやノエルが何を聞いても、うんとも寸とも
言わなくなってしまったのだ。メアリーも自室にこもってしまった。
が、その後こっそりシュガーが謝りに来て「秘密でやんすよ?」と念押しして話してくれたので
一同はようやく、ルイシアが泣き喚いた理由が飲み込めたのである。
「・・・・・・まっさかぁ、だってあの姉さんだよ?」
確か医者なんでしょ、とノエルは渇いた笑いを漏らす。
ガルディアも、アイツがそんな訳ねぇだろ、と軽く流す振りをする。
しかしシュガーは、本当なんです、と初めて「普通の敬語」で話した。
「あっしもね、一応調べたんです。その”後味まろやか団”は確かに手配書が出回ってます。
それまでは、義賊よろしく悪党から金を掠め取ってたらしいんですがね」
その事件以来すっかり名が落ちたそうです、とシュガーは見かけによらず細やかに話した。
何か変だなぁ、と今まで黙っていたシグマは話を反芻している。
「・・・・・・待ってくれないか?その・・・義賊・・・なんだって?」
「へ?”後味まろやか団”ですかい?」
まぁ変な名前ですが、あっしの名前もシュガー・ペッパーでやんすからね矛盾してやす、と
彼の口調に戻ってガハハと笑う。笑っていなければ持たない空気だったのだ。
「”後味・・・まろやか”?・・・それってあの”後味まろやか団”?いや・・・そんな名前が他に・・・」
でも違う後味まろやか団だという可能性もあるし、後味まろやかだというだけでは・・・、とシグマは
狂ったように『後味まろやか』を連発している。まるで早口言葉。
「あの・・・・・・大丈夫でやんすか?この人」
「・・・さぁ?オカシイのはいつもの事だろ、コイツは」
「でもガル兄・・・まろやかまろやか言いすぎじゃない?・・・何か」
何か知ってるんじゃないの?シグマ兄さん。
<まろやか、って言いにくいし打ちにくい。嫌いな言葉第2位になりました(笑)>