| 形 式 |
車 番 |
説 明 |
| キハユニ26 |
14, 15 (2両) |
この[キハユニ]には予備車がなく,この2両はフル稼働していました。全検などで小倉工場に入場
した時は,門サキ車の代走か,あるいはキハ35等の一般車が充てられていました。 |
| キハ26(600) |
601, 602, 603, 604, 605 (5両) |
[キロ25格下げ車キハ26 400形]のロングシート改造車で,
当初は601〜616の16台が顔を揃えていましたが,出入台が原形のまま
(デッキの仕切板は取り払われたものの,ドアが狭くしかも両端部2ヶ所のみ)で混雑がひどかったため,
奈良運転所からのキハ35・36形転入を機に,11両が長崎機関区へ転属となりました。 |
| キハ30 |
23, 32, 55, 56, 57, 68, 86, 87, 88 (9両) |
“食パン顔”の両運転台形で,唐津線の山本−岸嶽間(通称岸嶽線)にも,キハ10に代わって登板する事があり,
山本駅の0番ホームで憩う姿を目にする事もありました。
その岸嶽線は1971年8月20日に廃止となりました。 |
| キハ35 |
9, 10, 38, 39, 47, 69, 71, 72, 82, 114, 115,
119, 140, 141, 142, 143, 144, 145, 146, 154, 155,
197 (22両) |
こちらは同じ“食パン顔”の片運転台形便所付きで,「筑肥線の顔」とも言うべき車両です。
特に114・115と140〜146の計9台は,かなり古くから(おそらく新製当初から配置
されていたのではないかと思いますが‥)門ヒカラを名乗っていました。他は千チハや天ナラからの
転属車が多く見られます。 |
| キハ36 |
4, 7, 8, 14, 27 (5両) |
キハ35形の便所なしタイプで,1979年に全車奈良運転所から転入してきました。
筑肥線ではニューフェイスと言えるでしょう
(顔は同じ“食パン”なので,キハ30や35と見分けはつきませんが)。 |
翌3月22日からは,大半の車両が唐津運転区(門カラ)へ移り,
早岐機関区(門ハイ)からの転属車(キハ20形,40形,47形)と同居する事になりましたが,
中には長崎機関区(門サキ)へ引っ越したものもありました。
また一部の車両は,遠く水戸機関区(水ミト)へ転属しています。(茨城県在住の紙屑野郎様情報)
なお,現在も関東鉄道で活躍中の車両があるそうです(キハ30 23,55,56,86の4両ですが,
車番は変更されています)。
(札幌市在住の中村 博様情報)
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- 今まで住んでいたところ=
- 〜昭和54年:佐賀県唐津市
- 〜昭和59年:北海道江別市
- 〜平成2年:北海道帯広市&音更町
- 〜現 在:北海道札幌市(というわけで,九州と北海道のきっぷが多いワケです)
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- 初めて乗った電車急行列車:「山陽」=
- 急行「山陽」といえば岡山〜下関間の153系が有名ですが,それ以前に広島〜博多間を
475系で運転されていて,博多→下関を乗車しました(後に「はやとも」に改称)。
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- 初めて乗ったディーゼル急行列車:「ゆのか」=
- 「ゆのか」は,博多〜大分間の日豊本線を「にちりん=博多〜西鹿児島」・「佐多=博多〜鹿屋」
と併結運転していた多層階建て急行(当時は多層階建てが流行っていた)で,
大分からは久大本線経由で博多に戻るという循環型急行でもありました
(のちの日豊線電化で475系電車化)。
博多→(日豊)→別府を乗車。
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- 初めて乗った客車急行列車:「西海1号」=
- 人気の20系特急「あかつき」の寝台券が取れず,夏休みに初めて乗った寝台車(スハネ16でした)
がこの「西海1号」でした。
当時は佐世保〜大阪間の夜行急行で,門ハイの基本編成に加えて博多〜大阪間には
門タケの座席車と寝台車数両が増結されていました。
博多→大阪を乗車。 |
- 初めて乗った電車特急列車:「はと」=
- まだ新幹線が東京〜新大阪間しかなかった頃のことです。
当時博多〜新大阪間に「はと」,熊本〜名古屋間に「つばめ」が,いずれも大ムコの481系11連
(ボンネットタイプ赤ヒゲ付)で運転されていました。初めて乗った「はと」は,
座席がバスのように全て前を向いており,前の座席の背もたれに折りたたみ小テーブルがついていて,
びっくりした思い出があります。
それと,出発時の引き出しの静かさにも驚かされました。 博多→宮島口を乗車。 |
- 初めて乗ったディーゼル特急列車:「かもめ」=
- そのころの「かもめ」は京都〜長崎・佐世保間運転の80系DC(大ムコ)でした。
当時は特急の数が少なく,この「かもめ」はとても
重厚な印象があります。初めて食堂車を利用したのもこの「かもめ」でした。
小郡→博多を乗車 |
- 初めて乗った客車特急列車:「さくら」=
- 当時の「さくら」は南シナの20系での運転で,1両に1人の割合で「乗客案内」の腕章を着けた
“車掌補”が乗務していました。
博多→大阪(土砂崩れ等の影響で大幅に遅れたため,新幹線に乗り換えるべく大阪で下車した)
を乗車しましたが,博多を発車すると間もなく,手作業で寝台の設営が行われたのを覚えています。
まず下段の座席モケットを水平にし
(座席使用時は,座り心地をよくするために,後ろ傾斜がつく様ゲタをはかせてある),
背もたれの一部をハネ上げて読書灯を出す(通路寄りにある)。
次に中段のロックを外して寝台をセットする。
中段寝台の壁面から梯子を取り出して窓側の取っ手にセット。
上段からリネン類を取り出して下段のみシーツを敷き,中下段に枕と毛布を置く。
そして中段にしまい込まれているカーテンを中段部と下段部に一つずつ取り付ける‥。
車掌補さんは,これを9区画全部一人で行っていました。 | -
- 職 業=
- 現在の職業は「団体職員」という得体の知れないモノです。
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- 趣 味=
- *そば・うどん作り(木鉢や麺棒,麺切包丁もあり,手打ちそば,手打ちうどんを作ります)
- *漬物作り(たくあん,キムチ,にしん漬けが得意です)/いかの塩辛作り
- *とうふ&豆乳作り(市販のキットを使ったものですが,ザル豆腐や黒大豆を使った豆腐がおすすめです)
- *本格焼酎飲みくらべ(リンク集にある鹿児島の酒屋からいろんな種類の焼酎を買っていますが,
やはり“芋焼酎”がいち押しです)
- *全国の城郭めぐり(現存天守のある12の城はもちろん,櫓や門などの遺構の残っている城郭も
順次訪問中です)
- *ラグビー(学生時代に7年間続け,現在は母校の指導やレフリーをつとめています)
- *オペラ(クラシックの管弦楽曲も好きですが,やはりオペラ,それもイタリアオペラ
よりワーグナーなどのドイツオペラが好きで,新国立劇場でのトーキョーリングや,
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」,ベートーヴェンの「フィデリオ」などを見てきましたが,
とにかく圧巻でした)
- *旅行ときっぷ集め(現在JR線全線乗車を継続中で,城郭めぐりと合わせて出かけています)
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