佐賀駅を発着する列車@
<国鉄時代のなつかし写真Aにもどる>

1976年(昭和51年)6月に佐賀駅Cホーム(現在のAホーム)で撮影された,下り特急「あかつき」です。
牽引機は鹿児島区のED76 1006で,7月1日の電化開業を待たずに運用されていました。

同じくED76 1006(鹿)の側面です。


上の「あかつき」の電源車カニ25 1(門サキ)です。
24系25形の分割運用(当時の「明星・あかつき」)のために,余剰となっていた20系電源車カニ22
を改造したもので,鳥栖〜長崎間のみ連結されていました。
パンタグラフが載っていた屋根上の切り欠きが特長です。

1976年(昭和51年)6月に佐賀駅Cホームで撮影された,DD51 760(早)です。
電化前の長崎本線は,鳥栖区と早岐区のDD51が大活躍していました。

上の写真のDD51牽引「あかつき」(14系)です。
上の写真の14系下り「あかつき」ですが,1両目がスハネフ14でなく,なぜかスハフ14(しかも逆向き)
になっています。
よく見ると「天リウ」の表記があり,どうやら竜華客貨車区の車両のようで,方向幕も「新大阪」になっています
(佐世保行なのに‥)。
スハネフの車両故障だったのかもしれません。(当時の14系「あかつき」は早岐客貨車区所属)

1976年(昭和51年)6月に佐賀駅Cホームで撮影された,下り特急「みずほ」です。
牽引機は,直前に落成したばかりのED76 88(鹿)で,7月1日の長崎・佐世保線電化開業に向けて増備されたELは,
全て鹿児島区に配置され,広域運用されていました。

1976年(昭和51年)6月に佐賀駅Cホームで撮影された,下り急行「雲仙・西海」です。
昭和50年の山陽新幹線博多開業に伴い,旧型客車を一掃して,この14系座席車が夜行急行として運転されていました。

同じく14系「西海」です。
熊本区の14系6連×2で運用され,「雲仙・西海」のほか,「阿蘇」,「くにさき」でも活躍していました。

1978年(昭和53年)3月に佐賀駅で撮影された,キハ58 161ほか4連(門サキ)の急行「ちくご」です。
肥前山口で「出島」と別れ,単独運転で佐賀へやってきました。
「ちくご」は佐賀線経由のため,D番ホームへ入線しています。

1976年(昭和51年)6月に佐賀駅Eホームで撮影された,485系試運転電車です。
電化開業を3週間後に控えた6月上旬の様子で,その後「かもめ」「みどり」として運転される485系電車が,
全国から南福岡区に集結していました。

1976年(昭和51年)6月に佐賀駅Eホームで撮影された,旧型客車列車です。
ローカル幹線に多数見られた列車で,必ずと言っていいほど郵便車や荷物車が連結されていました。
写真のシミはご容赦ください。

1976年(昭和51年)6月に佐賀駅Dホームで撮影された,キハ26 452(岡オカ)です。
ご存知キロ25の格下げ車ですが,座席はワインレッドのロマンスシートが並んだ豪華な車両です。
車体表記は「岡オカ」でしたが,実際には早岐区に転属した車両で,この翌年に筑肥線向けロングシート改造を受け,
車番もキハ26 616(門ヒカラ)となりました。

1976年(昭和51年)6月に撮影された,旧佐賀駅ホーム跡です。
佐賀駅は,昭和51年の国体開催を前に,その年の2月19日から新駅舎(長崎線高架化)が開業し,
旧駅舎と旧機関区の取り壊しが進んでいました。
写っているのは跨線橋で,SLの煤が付いた立派なものでした。
手前側では道路工事が行われています。

同じくホーム跡です。
手前が上り線の2番ホームで,向こう側が下り線の1番ホームと,切り欠きの佐賀線用0番ホームです。

同じく,旧佐賀駅北側に連接していた,旧佐賀機関区跡です。
当時の佐賀機関区は,唐津線と佐賀線,甘木線,矢部線運用のDCがおり,「門サカ」表記のキハ16やキハ17,
キハ20などが配置されていました。
見えているのは検修庫の建物で,その手前にはまだレールが残されています。
なお佐賀機関区は,佐賀駅高架開業と同時に,隣の鍋島駅南側に移転し,車両の配置はなくなりました
(全車早岐機関区に移籍)。

同じく旧佐賀機関区の機関庫です。
ここには西唐津区の9600形SLが常駐し,唐津線と佐賀線の貨物列車牽引に当たっていました。
「黒煙防止」の文字が書かれています。
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