高橋耕也
1965年宮城県生まれ。
工大卒業後,宅急便,航空整備士,アンカー工事、カメラマン・・・などなどの職につく。
その間熱中していた国際サファリーラリーのバハ1000ではクラス優勝を果たす。
砂漠に魅せられ、たった二人きりテントとカメラかついで砂漠で結婚式を挙げた。
フリーランスで雑誌の企画,編集をしていた頃、リサイクルにちなんだ手作りコーナーに2年間連載したのを機にファンが増え始め手作りが本業となっていく。
現在妻と二人の息子と群馬県嬬恋村在住。
(主な受賞,活動暦)
・92年ニコンフォトコンテスト金賞受賞
・第16回ユザワヤ大賞展 金属部門大賞受賞
・愛・地球博 世界からくりコンテスト入選
・平成16年〜平成17年八ヶ岳美術館において作品展開催
・プレイステイション2『龍が如く」実写版のひまわりの造形制作
・名古屋開港100年記念オブジェ製作
(テレビ出演)
・テレビチャンピオン(一回優勝)
・だれでもピカソ
・”ジャスト”(2回)
他多数
(掲載雑誌)
・Goody(1年連載)
・DIY雑誌”ドゥーパ”(2年連載)
他”BE-PAL”など多数企画、製作から撮影まで手掛ける
業務内容に関してはinformationへ
どんな道へ進んだとしても、知識や便利な道具を使いこなすのは常に経験しかないと考えている。

耕也氏について思うこと
彼が意識して廃材を利用しての創作活動を本格的にしはじめたのは7〜8年前からになる。
それまでは本当にいろいろな職に就いていた。
こんなことを言うと本当に何をしても器用で生活自体も本当に恵まれた中にいたのかと思われがちだが
本当に想像を絶する生活・・・あまり書くと夢が壊れるのでここまでにしておこう。
なぜ彼は今まで社会と自分自身の中でさまよい続けてきたのか・・
それは以前にも伝えたが幼少時代からの親の暴力などによって
人が普通に与えられるはずの存在の価値が自分になく常に自信がないから。
器用な彼は何をやっても窮めるまで行くのに結局そこに後戻りしてつまずき傷つく。
本当は人と会うのが怖くてたまらない。
だから不思議に思う方がいるかもしれないが彼は製作一筋に集中してほとんど人前には出ない。
たしかに彼の芸術的なセンスは類まれなものがあると思うしこのセンスがないと廃材も生かされないだろう。
しかしずっと彼を見てきて一つ廃材を利用するにあたりとても大切なことなのではないかと思うことがある。
それはふだん彼は大変倹約家であるということだ。
昔まだ他の仕事をしている時私が何か捨てようとすると次の日の朝センスよく再生してあったりしたものだ。
彼は以前テレビの番組の中で”捨てられてしまうものにも価値があって必ず出番がくる”ということを言っていた。
見ている人はたぶんかっこいいこと言ってる・・と思った人もいるかもしれないがその言葉は彼の抱えているものや
普段の彼の生活そのものだった。
いつもここを原点に忘れないようにこれからも作品を世に送り出してほしいと思う。 妻 二葉
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平成7年メキシコで行われたBAJA1000では
クラス優勝 |
平成6年二人だけの
砂漠の結婚式 |
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高橋耕也は時々絵も描きます。
まだまだ眠っている作品もたくさんありますので今後サイトの中に改めて絵のページを開きたいと思います。