赤ちゃん時代は、今振り返ると自分の時間を持てる(=昼寝の時間が長い)だけまだ楽だったような気がする。コドモが動き出し、寝ている時間が徐々に短くなってくる。そして一日分のごはんを用意して相手する。相手にも自我が芽生えてくるので一筋縄にはいかない。すごく、気力と体力を要する仕事だ。決して「一日大してすることもなく暇」な人ではない。
「子育てはこんなに楽しいことだったのか」「小さい命が日々育つのを見守ることが楽しい」という人は、すごく素敵だ。一種の才能でしょう。だから、女は子育てするべき、との押し付けで何かを我慢しながら"幻想の"専業主婦をしている人がいないかどうか---実際いるんだろうけれど、「そうじゃない」と声をかけたくなる。女だからできるってもんじゃない。向き不向きがある。
★要注意キーワード★ 「一日中カワイイコドモと過ごせていいね」
だったらあんた1日でいいから代わりに面倒見てくれ!
確かにコドモはかわいい。だけど人間相手の商売、イライラしたり怒ってしまったりその結果自己嫌悪に陥ったり。カワイイカワイイと言ってるだけじゃ育児はできないし、一日付き合うことができない。無条件にいいね、と言われてもそりゃ違う。おまけにこの言葉のウラに「家で気楽で暇に過ごせていいよな」というおまけがついてくることもある。
ちゃんと大変さを分かってください。
職種や勤務時間、勤務体系によって精神的・肉体的な負担がどれくらいどういうウエイトでかかるかは異なりますが...。時間との戦い、コドモの病気との戦い、職場の偏見との戦い...あれこれ戦ってます。
一番のメリットは、育児以外の自分のしたいことを実行できているという点。そして、育児から離れる時間の分だけコドモをいとおしく思える。たくさん可愛がれる。量より質の愛情です。
★要注意キーワード★「こんなに小さいうちから預けて働くなんて...カワイソウ」
世間に蔓延する3歳児神話。それを真理と受け取って罪悪感を持ちながら働く母もいる。そんな人を追いつめるような言葉。最も望ましいのは罪悪感を持つ必要がないと知ってもらうことだけれど。また、もっとコドモと過ごす時間が欲しいと思いつつ日々過ごしている人にとっても辛い言葉です。