MORI's Homepage about KOREA 韓国旅の途中で



韓国料理は奥が深い

韓国料理は奥が深い。
韓国に行く前、韓国料理といえば、焼肉、ビビンバ、冷麺ぐらいしか知りませんでした。家庭でキムチ鍋が味わえるようになり、街には韓国式居酒屋が目に付くようになってきたとはいえ、ごくフツーの生活をしている日本人にとっては、この程度のものなのではないでしょうか。

しかし、実際行ってみると、メニューの多さに驚いてしまいます。最初のうちは、種類が多い事しかわからないのですが、ハングル文字が少しずつ読めるようになると余裕が出てきて、好奇心も湧いて来ます。
「いったい、これはなんだ」
こうして、今まで食べた事がないメニューを見つけたら、とにかく注文してみることにしています。
もちろん、文字が読めても言葉の意味はわからないから、何が出てくるかはできるまでわかりません。それでも、辛い料理が出てくると思っていれば間違いないでしょう。まちがっても、バターやチーズを使った料理は出てきません。

それから、韓国料理は素材をこねくり廻したような料理もあまり出てきません。だいたい、「トントン → パッパ → グツグツ → 完成」という作業行程。サッサッサ〜とできてしまうので、ウンチクの介入する余地はありません。(だから、料理本の種類が少ないのかも) 唐辛子の辛さに包まれているものの、素材の味が活かされているとも言えるでしょう。

この辛さについても、最初のうちは単に「辛い」としか頭に残っていなかったのですが、そのうちに辛さにもいろいろあることがわかってきました。
・みずみずしい辛さ
・まろやかな辛さ
・甘みさえ感じる辛さ
・直線的な辛さ (即効型)
・額から汗がでる辛さ (ジワリジワリ型)
・舌から水分が失われるよう辛さ
・舌が麻痺し、水を飲んでも取れない辛さ(青トウガラシを生でゴリゴリ食べた時の様な辛さ)

汁(クク)・湯(タン)料理は、価格も手頃で種類も多いので必然的に注文する機会が多いのですが、基本的には 赤 か 白 かの賭け。何が出てくるかわからないといっても、ただ、ず〜っと唐辛子の赤いスープが続いた時は、ちょっとつらいです。運ばれた料理を見た瞬間、「これで5食連続で赤か〜」という時には、ちょっと泣きたくなります。それなら最初から他のものを注文すればいいのですが、新しいものに目が行ってしまいます。 いずれにしても、辛いものが苦手な人は、韓国では少し苦労するかもしれません。

毎食違ったものを食べているとはいえ、パソコンの検索機能と一緒で、名前が一字でも違うと、自分の脳ミソは別の料理とみなしてしまいます。おかげで、同じ料理も結構食べてます。
「トルソッピビンパプ(石焼きビビンバ)」の後に、「チョンジュピビンパプ(全州ビビンバ)」を連続して食べて、同じやないかと気付いたり、その後「トルグロピビンパプ」というメニューを見つけて、「おー、これは、この食堂限定のものなのか」と思い注文してみると、出てきたのはやっぱり石焼きビビンバだったり。(後で辞書を引いてみると「石器のビビンバ」の意味でした。)

こうして試行錯誤を繰り返した結果、旅行者のくせして数十種類の韓国料理を食べた事になりますが、まだまだゴールは見えません。安価なものから食べて行ったため、高価な料理がまだたくさん残っています。犬料理もそろそろ食べてみたいのですが、なかなか機会に恵まれません 。あと、最大の難関は、発酵させたエイの刺身、それから料理とはいえませんが ポンデギ(蚕のさなぎを蒸したもの)といったところかな。


【ひとくちメモ】

韓国の庶民料理についてまとめられた本としては、「B級グルメが見た韓国」(文春文庫) が面白い。これを読んで韓国の食堂に行かれるのがいいと思います。


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寝ないと損.. 韓国の寝台車

日本の国土は狭いとよく言われるけど、細長いぶん端から端まで行くのには相当の時間がかかります。韓国国鉄の寝台車に乗ってみると、その事実を再確認できます。

私が乗ったのは釜山発ソウル行き 23時30分のムグンファ号の寝台車。ちょうど金曜日の夜だったため 10%の割り増し料金が適用され、安い上段の寝台でも 43900ウォン。寝ているうちにソウルに着けるというメリットはあるとはいえ、 2万ウォンの安宿で夜を明かして体勢を整えた上で、セマウル号でゴージャスにソウルへ向かうのとほぼ同じ料金。しかもソウル到着は早朝 4時40分過ぎ。そもそも釜山からソウルまで450キロぐらいなので、いたしかたありません。

寝台車は長い編成のムグンファ号に1両だけ。しかも1号車なので、改札してからホームをかなり歩かないといけません。わざわざ寝台に乗る客が他にいるのだろうかと思ってましたが、この日はかなり埋まっていたと思います。ちなみに、窓の数から推測して上下段あわせて28人が定員です。

クレゾール消毒液の香りが漂う寝台車の中に入ると、車掌がやってきて乗車券の提示を求められます。指定の寝台まで案内してくれるのですが、乗車券は返してくれません。しばらく観察していると寝台客全員の乗車券を預かっているようです。
寝台上段と下段の料金の差 (上段はさらに8000ウォン高) は歴然としていて、上段は空間が小さく屋根裏部屋の印象が否めません。小さな覗き窓があるだけ。まぁ、日が暮れている間しか走らないので構いませんが。

さて、寝台車に乗ったらまずしなくてはいけないのは・・寝る事です。ソウルまで多く見積もって 5時間。この間に寝られなかったのでは、何のための寝台車ということになってしまいます。既にテジクッパとビールで万全の状態に仕上げていた私は、そのまま寝るための努力をしました。

 ZZZ...Z Z Z .. ZZZ...Z Z Z..ZZZ
しかし、寝台車というのは日本と同様でなかなか振動が気になって眠れないものです。それでも、狭いスペースの中で寝返りを幾度となく打ち、へんな夢とか見てうつらうつらしていたところ、カーテンが少し開けられました。
「お客さん、次はソウルです」
車掌はこう言って、預かっていた乗車券を渡しました。

早い。今は永登浦 (Yongdungpo) のあたり・・あと、10分か。まぁ、着替えぐらいはしておこうか。
時刻表を見る限りは、この列車のソウル到着は、他の寝台車の中でも最も遅いため、ソウル駅についてもしばらく眠れるのでは・・ということを考えてました。車掌が来るまでは、ずっと寝ておこうと思い、ふたたび、夢路へと Uターンしていきました。

カタコトの音がゆっくりとなっていき、まもなく到着か。 キーッとブレーキの音。でも、しばらく寝るもんね
バサッ
到着と同時に寝台のカーテンが車掌よって順次開けられていきます。
・・こういう時にはコリアンタイムでもいいのになぁ。
しかし、もう少し寝ていよう
・・と思う間もなく、清掃員のおっさん達が交換用のシーツを持って、客が降りるのを待たずにしてドカドカと乗り込んでまいりました。

もうだめだ。 観念して、ホームに追い出されてしまいました。寒い夜空の下、寝ぼけ状態の眼に電流が走りました。

【ひとくちメモ】

ソウル駅構内には、沐浴湯 (サウナ) があります。一般の沐浴湯とまったく同じ感じですが、仮眠コーナーがあります。といっても 2層構造のザコ寝部屋でして、このときは大変混雑しており、新規参入スペースがありませんでした。

この時間帯で、うどんコーナーはすでに開店していたようですが、コーヒーショップ・レストラン等は 6時過ぎから。風呂にゆっくりつかって時間をつぶすしかないような感じです


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午前 9時の下関駅

釜関フェリー を降りてはじめて韓国に足を踏み入れた時は、知らない世界にいきなり放り出された感じで、まったく余裕がありませんでした。それと同様に韓国から日本に帰国する際には、同じような境遇の人間、はじめて日本にやって来るという韓国人も紛れているのではないか.....そう考えて、2度めの韓国旅行の帰り、午前 9時の下関駅構内で人の流れを眺めていました。

すると、いたいた。駅前の下関市街図を見て思案にふける若者。背中にはザック。まちがいなく韓国人旅行者と思われるので、声を掛けてみました。
彼、ミスター韓 は釜山出身の真面目そうな学生で、日本ははじめてといいます。
どこに行くんだと聞いてみると (もちろん韓国語会話はできないので、ボロボロ英会話)、驚いた事にヒッチハイクで東京まで行くのだと言います。そのくせ彼は地図も持っていませんでした。
観光案内所に一緒に行って地図を貰い、ヒッチハイクできそうな場所を聞きましたが、「幹線国道である 2号線に出ないと」という返事。そこに行くまで約10キロ。
結局、ミスター韓 は歩いて下関駅を後にしました。トラックターミナルぐらい教えてあげればよかったと気付いたのは翌日だったから、しょうがないか。彼は果たして無事に東京にたどり着いたのでしょうか?

ミスター申は、下関駅の改札口で女性駅員ともめていました。韓国男児らしくなんとか気合で改札を突破しようとするのですが、女性駅員はダメですの一点張り。言い合いになっています。
「どうしたんですか」と駅員に聞くと、
「これは切符でないんですよ」とのこと。日本のJR全線を乗れるレールパスの引き換え券だから、改札を通れないのは当たり前なのですが、それが言葉として伝わらないから、ややこしい話しになっています。自分も韓国で似たような経験をしていると、よくわかってきます。

彼は、今日は山口に立ち寄ってた後に広島のユースホステルまで行くといい、小郡まで一緒に行きました。
ガイド 「地球の歩き方」の韓国版の「日本」を見せてくれたのですが、それを見ると日本の旅館は韓国とくらべて泊まりにくいなと実感できます。温泉マークとかないから一目で見て旅館とはわかりにくいし、韓国の旅館の感覚で和風旅館などに行くと多大な出費を強いられそうです。

ミスター申はしきりに風俗関係の相場も聞いてきましたが、日本の相場を聞くと絶句。とりあえず広島の繁華街の地名を教えておきましたけど、どうなったのかな?



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忠州湖にて

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忠州湖 (Chungju-ho) は、忠清北道の忠州 (Chungju)から
丹陽(Tanyang)
まで続く長いダム湖。
昭陽湖同様に、漢江の上流にあたる(南漢江)

忠清北道 の丹陽から下流の忠州に至る忠州ダム湖の遊覧船。新丹陽の船着場には、孝道観光 (子が親に贈る旅行)とおぼしき爺さん婆さんの姿が目立ちます。いざ船に乗ってみると四方八方韓国人の団体さんで、そのド真ん中にひとり私が乗る図式となりました。

出発してしばらく経った頃、若い船員が私のところにやってきました。
「uツ亜▲魯鵐愁蠅任離侫蝓璽函璽D鵐阿覆匹?」
いつものことですが、何を言ってるのかサッパリわからなかったので (文字化けではありません)、わからないと答えておきました。雰囲気からみて、どうでもいいことのように思えました。

すると、船員は客室のテープレコーダをスイッチオン。ビートの聞いたインストゥルメンタルのポンチャックが流れてきました。なるほど、音楽を掛けてもいいかと聞いてくれたのか。それにしても音の大きさが半端ではなく、船から静かに景色でも眺めていようかという考えは、この時点でふっ飛びました。

デッキに出るのも面倒なのでずっとその場に留まっていたところ、客室内の空気が徐々に変化して行くのがわかりました。そしてついに我慢できなくなったのか、サザエさんみたいな若手のおばさんが踊り始めました。結構官能的な動きをするため最初はおっさん連中の喝采を受けていましたが、そのうちひとりふたりと駆り出され、おばさんグループ全体に飛び火。ついには客室の通路がディスコ会場となっていきました。 踊り方はディスコ・ゴーゴー・民族舞踊をピビンパプのごとくかき混ぜた感じです。

「おー、これがポンチャックディスコというやつか。」
飛行機でも踊るという朝鮮民族。おばさんはトンドン酒やビール片手に歌いながら踊り、船の運転手にまで酒を勧めている始末。婆さんにも往年の感覚が蘇ったのか、席を立ってゴーゴーするものも出てきました。逆に爺さんは一様にプイと横向いてたりしてますが、そのうちに隅っこに追いやられていき、追いやられた先でまたディスコが始まって追っ払われるなど、一面あわれです。

途中の船着場に到着する時には、さすがに営業優先でテープはプチッと切られてしまい、船内は一瞬静かになりました。 で、船着場の方を見てみると、ススキを手に持って振っているおばさんを先頭に、すでに踊っているように見える別の団体が、船に向かって手を振っています。

「これは大変なことになりそうだな。」

予想通りノリのよさそうなのが、いっぱい乗ってきました。テープなんかなくても自然発火。客室の全域でディスコ大会が繰り広げられていきます。 こうなると、唯一の部外者にして、ずっと同じ席にいる私に関心が向けられてきたようで、サザエさんがトンドン酒片手にお迎えにやってきました。
「まぁ、これでも飲んで一緒に踊りましょう」 と言ったかどうかはわかりませんが、最後には陥落して引っ張りだされてしまいました。しかし、音楽も民族の壁を超えるというか、最初はエーッと思ってましたが、まぁやってみると面白い。これがきっかけで、その後は船内で質問攻めにされてしまいました。

この団体は忠州ダムからは観光バスで出発していきましたが、きっとバスの中でも踊っているんだろうな。


【ひとくちメモ】

<忠州湖交通情報>
新丹陽から忠州に抜けた時の情報です (1998年10月)

新丹陽のバスターミナルのすぐ下流側に忠州湖遊覧船乗り場があります。私は国鉄嶺東線の堤川駅前から市内バスで新丹陽に行きましたが、新丹陽のバスターミナルは経由しませんでした。

パンフレットによれば、忠州湖遊覧船は忠州←→チャンヘ(Changheo)がメインで (30〜40分間隔で運行)、水位増加時のみ新丹陽まで運行とあります。忠州←→新丹陽は、98年10月に訪れた時には 一日3便でした。
464名乗りの大型船と、123名乗りの高速艇が就航しています。

忠州湖遊覧船からの風景ですが、チャンヘを過ぎたあたりに岩峰があるのを除いては、ごく普通のダム湖の風景と思っておいていいでしょう。

忠州ダムの船着場から、忠州市街までは 約18キロ。市内バスもあるようですが、このときはタクシーを利用しました。乗る前に料金を聞いたら 5000ウォンでした。



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掛布コールと韓国プロ野球の間

韓国 のプロ野球を観たのは、今のところ1997年にソウル 蚕室(Chamshil)球場で 1度きりですが、その時のイメージがなかなか強烈でした。

まずは、球場前の売店(屋台)。キムパやスルメやカワハギのみりん干し等 ドメスティックな食品が中心で、しかもバイトの売り子ではなく、アジュマ・ハルモニ (オバさん、ばあさん) が売っているところ。地方の市場の廻りを見ているようで、なかなか韓国的な光景です。

国旗掲揚の後、試合が始まると同時に球場を包み込むキムチの香り。空気の層が襲い掛かってくるような観衆 3万人の匂いはすさまじいの一言に尽きます。

それから、チアガールのみなさん。毎回毎回イニングの合間に登場するのがマメで感心しました。また、鑑賞の対象があくまで大人中心になっているところもよく、眼の保養になります。

そして何といっても、男性チアリーダーの音頭と地鳴りのするような太鼓の連打で盛り上がる応援風景。韓国人の表情や反応がとてもよく、観客席を見ている方が面白かったりします。また、韓国語の感嘆詞の練習にも最適です。


はっ・・・。今、突然ひらめいたのですが、韓国には、喜怒哀楽がストレートに出るという国民性以外にも、応援が盛り上がるための要素があるに違いありません。 少し考察してみましょう。

日本のプロ野球で集団の応援コールで最初に思い出すのが、甲子園球場での掛布コール。地鳴りのするような「カッ・ケッ・フッ」の連呼はブラウン管を通してもよく伝わってきたものです。

また、トランペット応援登場後の広島球場の「かっとばせ〜 コ・ウ・ジ」コールも鮮烈でした。しかし、どうして山本浩二は「ヤマモト」コールにならなかったのでしょう。ひとつには同姓の選手 (山本一義) がいたこともありますが、「コウジ」という3文字の方が語感がよかったからかもしれません。この仮説によれば、ジャイアンツ清原和博は姓名ともコールの素質に恵まれてないことになります。

かたや、韓国のプロ野球の選手名は、韓国人ならフルネームで3文字のオンパレート。全員が3拍子でいけます。これは偶然とは言え合理的。応援の形態とか深く考えなくても、とにかく同じ調子で自然に連呼しまくればいいことになります。こうして無意識のうちに応援が盛り上がり、観客同士の一体感も味わえる・・・

ここまで書いてきて、まぁ別に野球に限った話ではないなと気がつきましたけど。とにかく、韓国人の名前はコールに馴染むようにできてますね。



【ひとくちメモ】


スコアボートに「三振」の表示
韓国人に混じって本気で応援するなら、場内で売っているスティック風船は必須アイテムです (2本1組の風船を軽く叩くだけで、パンパンといい音が出る)。私の場合、隣のオッサンと仲良くなり一緒に応援したのですが、この1000ウォンをケチッたばかりに、あとで手が腫れて参りました。そこまで応援するなよ〜、と言われそうですが、やはり熱くなりますよ。

スポーツは国境を軽く飛び越えます。韓国語をろくに話せない私自身が韓国各地で現地人とコミュニケートする時 "そんどんよる"という単語にどれだけ助けられたことか。日本同様、海外で活躍するスポーツ選手は自国の誇りです。韓国で人気のある中日ドラゴンズの選手や大リーグドジャーズのパクチャンホ、女子ゴルフのパクセリの名前ぐらいは覚えて韓国に出かけましょう。



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昭陽湖にて

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昭陽湖 (Soyang-ho) は、ソウル市内を流れる
漢江の上流(北漢江)にある江原道の春川 (Chunchon)
から、さらに15キロ上流にあるダム湖。

韓国 も地方に行くとなおさら、いろいろな厚意を受けることがあります。なかには、「自分ひとりのために、そこまでしてくれなくても」というのにも遭遇します。

江原道の春川 (Chunchon) から市内バスに揺られて、昭陽ダムへ行きました。そこから昭陽湖の高速艇で楊口(Yanggu)まで行き、東海(日本海)側の束草(Sokcho)に抜ける旅程です。
しかし、もともと行き当たりばったりの旅をしているので、時間とかはあんまり考えずに行きました。

バスは終点・昭陽ダムの堰堤に到着。巨大なロックフィルダムからの風景がよかったので写真を一枚。周りの看板を見ると"撮影禁止"でしたが、時すでに遅し。
ダムの堰堤からは、ワカサギの水槽を店頭に出した屋台がずらっと並んでいます。ただ、まだ冬の早い時間帯なので、開店準備中といったところです。

さて、ふと船着場を見ると、ちょうど高速艇が出発していくところでした。まぁ、そんなに急いでいるわけでもないし、朝から旬のワカサギの天ぷらを肴に一杯やるのもいいや。 とりあえず、時間だけでも見ておこうかと、150メートル先の船着場にゆっくりと降りていきました。

もう、先ほどの船もいなくなって静かな船着場。次便は1時間後です。
では、ワカサギの天ぷらへと引き返そうとすると、若いお姉さんに声を掛けられました。
同じ方面に行くのかな、幸先がいいな...
「どこに行くの」
「楊口です」
それを聞くと事務所の方に入っていきました。なんや、職員か。もう、次の船の切符でも売ってくれるとは、ちゃっかりしてるなと思っていると、事務所の中でゴニョゴニョ。

どうも無線で船と交信しているようです。まさか、
そして、「切符買って」といいます。なんと、もうかなり先まで行ってるはずの船がUターンしてくるようです。
おいおい、ありがたすぎるが、乗客に顔見せができないよ〜 そうでなくても、イルボンなのに。

桟橋に行くと、船が戻ってくるのが見えました。そして接岸、オヤジが「早くこっちに乗れ」と言います。客室に入ると、今度は乗客の視線が集まった。気まずい。みんな韓国人ばかりで 40人ぐらいか。

こんな時、どういう言葉を使えばいいのだろうか.....そんなこと全くわからないので、覚えたての言葉で、はじめてあやまりました。


【ひとくちメモ】

<昭陽湖交通情報>

春川から昭陽ダム行きの市内バス( 11,12,12-1番) は、南春川駅→春川駅→市外バスターミナル向かい→中央路→春川ロータリー→昭陽路を経由します。休日の日中は20分おきの運行ですが、平日は、1時間に1本程度と便数が少なくなります。

昭陽ダムのバス停から、船着場までは徒歩10分程度。

楊口の船着場には、売店が1軒あるだけで何もありません。船の到着にあわせて、郡内バスが待ってくれているので、まずは乗車の意志を示しましょう。楊口市外バスターミナルは、楊口大橋を渡って町中に入ってしばらくのところ。バスは市外バスターミナル終着でないので注意。



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