MORI's Homepage about KOREA はじめての韓国


#20. 潮のカーテン

昨日とはうって変わって、雲ひとつない青空が広がっていた。まさか、2日も続けて船が運休だったということはないだろう。これが実に3度目となる沿岸フェリーターミナルへ向かう足取りも軽い。
ガイドブックによれば釜山と麗水(ヨス)を結ぶ高速艇「エンゼル号」は韓国でも人気の航路らしく、売り切れになることもあると聞いた。そのため出発の1時間以上前から余裕を持って出かけているのだった。

さて、ターミナルへ着くと一刻も速く切符を買いたいのだが、例によってどこの売り場で切符を買っていいのかがわからない。窓口のひとつに infomation の文字があったので、「angel ......ticket.....」などと英単語を並べてみる。
しばらくの沈黙の後、窓口嬢は「エンゼル号はこちらの窓口で」というようなことをゴニョゴニョ。もしかしたら英語ではなくて韓国語でしゃべっているのかもしれない。韓国に来てから思うのだが、相手が何を言っているのかはわからなくても、ニュアンスだけがなぜか伝わる瞬間がある。
しかし、肝心の窓口には誰も席につく気配がない。いったいどうなっているんだ。切符を売る気があるのだろうか。

出発の1時間前になって、窓口のひとつに札が掛けられると、何人かが動き始めた。ハングル文字は読めないが、出発時間が合っているのと、ANGEL と表記が添えてあるから、この窓口で間違いないだろう。
今日の予定は麗水へ行くことだけ。麗水行きの船は1日1本 釜山発14時の便だけで、残りの便は途中の港止めである。もちろん直通で行ってもかまわないけど、閑麗水道の美しい景色を一気に駆け抜けてしまうのも勿体ないように思えた。どこで知らない町で寄り道をしよう。地図を調べると、途中に統営(トンヨン)という町がある。どんなところかは全然わからないが、到着がちょうど昼食の時間..... 衝動的に、「10:20 統営 大人1人」と書いたメモを窓口に差し出してしまった。さて、これからガイドブックで予習だ。

さらに散々待たされた挙句 (異常に早くからやって来ていることが元凶なのだが)、出発間際になって改札がはじまった。ずいぶん小さく見える70人乗りの高速艇は満員どころか、ガラガラの状態だった。 おまけに、客席の窓は潮の皮膜で覆われている。昨日の強風の影響なのだろうか? まるでダビングを無制限に繰り返したビデオのような窓である。

そして出港。水の上から見ると、釜山のそれほど高くはないビル街も、摩天楼のように見えてくるから不思議だ。影島の鉄橋をくぐり抜け、チャガルチの漁港を横に見ながら、エンゼル号は陸地から離れていく。
さようなら、釜山。これから先は日本語もあまり通じないところになるのだろうな。退路は既に絶たれてしまった。

小さなエンゼル号は外海に出ると、波にもてあそばされ続けている。しかし驚くのは、こんな揺れにもかかわらず、平気で新聞を読んでいる韓国人が多いことだ。たまたまなのかもしれないが、彼らの三半規管は強力なのだろうか。
廻りの風景は山の高さがあまり高くないこともあり、日本の対馬の風景に似ている。その分、郊外にもなぜかある高層アパートがよく目立つ。平地が少なくて住宅地が不足しているのだろうか。



途中、小さな港に立ち寄り、島と島の間をすり抜け、養殖ブイが地雷原のように展開する海原を横切っていく。ここまで天気が良すぎるのがかえって仇となり、たたでさえ照り返しがきついのに、お日様へと向かっていく進路を取っているので前方の景色は逆光ばかり。さらに眼の前には潮の付着した窓がフィルターとなっていて、ずいぶん損をしたような感じがする。はじめのうちは、ガイドブックに出てくるような断崖が建ち並ぶような海岸風景がエンゼル号から楽しめるのではと思っていたが、そんなこともなく統営
に到着しそうである。

鉄道でもそうだけど、韓国の改札は出発時間間際というのが多いです


統営から巨済島へ行くバスは巨済大橋を経由しますが、橋の上からの島々の眺めが素晴らしい。まるで瀬戸内海や熊本県の天草を彷彿とさせます。海上からの眺めよりもオススメ。目的がないとなかなか乗る機会のない路線ですが、ぜひお試しください。




#21. 一品だけの食堂

統営に着いた。さて、昼食をどこで食べるか。
今朝もコンビニで買った野菜クラッカーしか食べていないし、いい加減にまともなものを食べないと栄養不足になってしまいそうである。
いきなり通り掛かりの食堂に入ろうかとも考えてみたが、店先に羅列してある料理名らしきハングル文字がそれを躊躇させた。読むのにはめちゃくちゃ時間がかかるし、何の料理かさっぱりわからない。

ガイドブックに載っている食堂を見ても、釜山では多かった「日本語が通じる」マークは見当たらない。
どうしようかと思っていると 「メニューは キムパのみ」という文字に目が止まった。
メニューが一品だけなら言葉の心配は要らないじゃないか.....こうして、キムパ(韓国海苔巻)の店に食べに行くことに決めた。この統営の町の名物でもあるようだ。


地図を見ながら20分ぐらい街中をさまよい、港の近くでガイドの写真と同じ店をやっと見つけることができた。
この食堂の店先には不透明なガラス戸が並んでいて、中の様子がまったくわからない。実は鉄火場だったりして。それに、どの戸から入っていいのかもわからない。ガイドに載っていなかったら、まず来なかっただろうな。

ガラガラガラ〜ッ
テーブルが9つほどの店内には昼時というのに客が誰もいなかった。一瞬空気が止まる。入口の近くの座敷には、イカとダイコンのキムチがどっさり入ったタライがある。その脇に姑がで〜んと構えており、嫁さんが片隅に座っていて、目が合った。
「キムパ」 とひとこと言って、席に着く。ここで何か他の言葉が返ってくると返答不可能だが、そういったこともなく安心する。

どんなものが出てくるのかと見ていると、発泡スチロールのケースから作り置きの小さな海苔巻をいくつか取りだし、二つのタライからキムチを豪快にドサッ。 嫁さんが「日本人なのに、ちょっとキムチを載せ過ぎじゃない」(推定) のようなことを言っているが、おかまいなしだ。そして、白濁したスープと共に、あっという間に出てきた。韓国版ファストフードといっところだろうか。

キムパは釜山の屋台で食べたカラフルなものとは違って、中には具が何も入っていない。しかも、単体では味がまったくないので、キムチと一緒にいただくようだ。特にダイコンのキムチは切り方が乱切りで大きく、噛み応えがって美味しい。韓国に来て身体が慣れてきたのか、辛いのを食べても頭が痒くなることはなくなってきた。
結局、キムチばかり食べて、キムパよりも先になくなってしまった。すると、嫁さんが来て何事か言うと、追加を持ってきてくれた。

食後くつろいでいると、頭の上に発泡スチロールの箱を載せたおばさんが2人やってきて、キムパを補充した。どうやら、どこか別の場所で作っているらしい。そして、隣のテーブルで何かを皿に盛り、店の人と一緒になって食べ始めた。
しばらくすると、「あなたもいかが?」(推定)と誘われたので、さっそくいただいてみる。
むむっ、これはなんだろうか 餅と小豆と芋の混じったようなもので、甘い。
ガイドの会話集で「これはなんですか」と聞くと、嫁さんは何かしゃべっているのだが、聞き取れない言葉だった。こちらがポカ〜んとしていると、いろいろなところに電話を掛け始めた。何か調べてくれているようだ。 そして、ノートにこう書いてくれた。

だが、ハングル文字で何と書いているのかわからない。相手の発音を耳を済ませて聞いてみたが、「トゥ」というものらしい。また謎の食べ物がひとつ増えた。


◆「韓国の食堂は入りにくい」
韓国の食堂の扉は、中の様子がわからないのものが多く、慣れるまではいきなり入るのに緊張感を伴います。


◆「キムパ単体では味がしない」
韓国の海苔巻は酢飯を使っていません。普通のご飯です。釜山の屋台で最初に食べたときに、まず甘味を感じたのもそのせいかもしれません。

◆「トゥ」(正解は「トッ(ttok)」)
上記のハングル文字は「(トッ) イラゴ ハムニダ」.....(餅)といいます
この謎の食べ物は、韓国の餅と判明しました。まぁ、そのままでしたね。 




#22. つけられている

キムパ屋の前は漁船のずらっと並ぶ港である。潮の匂いが心地よい昼下がり。統営はなかなか雰囲気のいい町だと思う。韓国のナポリとも喩えられるようだ。



さて、帰りは行きとは違う道にしよう。港からあとは適当に細い路地をうねうねと歩いていく。
釜山の繁華街のにぎやかさも良かったけど、地方都市のありふれた町並みを眺めるのも面白い。
自宅の台所としか思えないような造りの食堂もある。もちろん看板など何も出ていない。中を覗きこむと、あのバスターミナルで食べた謎の串がある。やっぱり有名な韓国料理なのだろうか。

ある路地では、白色の車を前に3人の男が立っていた。どうやら車のドアに大きな傷がついてしまったようだ。その前を何気なく通り過ぎようとしたとき、男のひとりが塗装スプレーを持ってドアの傷に噴射。
これがまた、まるっきり手加減しないので、白色のペンキの帯がダラダラと垂れ下がっている。おぉ、豪快。
思わず噴き出してしまいそうになった。韓国と日本ではやっぱり感覚が違うのだ。

何気なく後ろを振り返ると、少し離れたところにオヤジがいる。
んっ、待てよ・・あのオヤジは見覚えがあるぞ
確かこの路地に入るかなり前、キムパ屋の近くでも会っている。
ここまであみだくじのように適当に角を曲がってきた。普通の観光客は歩かないようなところを。もう一度同じ道順で歩けと言われても、到底無理なところ・・・
それなのに、後ろにいる。

そのまましばらく歩きつづけたが、やはり背後から離れない。即座に思った。
「つけられている」
偶然とは思えなかった。
やっぱり外国は、日本のように安全もタダで手に入るところではないのだろうか。
心臓の鼓動が高くなる。
ザックを背負っているから、よそ者とすぐわかるのか
マウンテンパーカーのポケットの護身道具を握る手が汗ばんできた。
斜め下に視線を落としながら背後を伺う・・・
なおも、ついてきている。

どうすればいいんだ。
ひったくりだろうか。それとも・・・
相手がやってきた時、戦えるだろうか。逆襲されたらどうすればいいのか。
そして、勇気は・・・
いろいろと考えているうちに自分でもどうすればいいのかわからなくなってきた。
「逃げよう」

待ちに待った旅客船ターミナルの建物が見えてきた。
いや・・・
もしかしてオヤジの目的地も旅客船ターミナルではないだろうか。
統営の町の中心街から、海上交通の拠点に向かうというのはごく普通のことじゃないか。
とっくの昔に余裕などなくなっているくせに、旅客船ターミナル前の横断歩道をわざと通り過ぎてみた。
・・・・
これですべてがわかった
目的地はきっと自分自身だ。

一刻も早く、できるだけ突飛な行動をして、この場を離れたい。
ターミナルの構内までたどり着けば、衆人監視の状態になるから大丈夫だろう。
そう思ったら、車の切れ目を狙って車道に飛び出し、道の中央を逆行。そのまま旅客船ターミナルへ全力疾走。
オヤジはついて来ていない。でも、どんな表情をしていたか見る余裕などなかった。

もうターミナルの構内から外に出たくなかった。
次の麗水行きまで 2時間近く。もう少し統営の町を歩いてみたかったが、オヤジと再度遭遇するのはごめんだ。
興味の沸かない待合室のテレビを見つめながら、無為な時間だけが流れていた。

今から考えると、ただ単に行き先が同じ方面だったということでしょう。ただ、なんか嫌な予感がして・・・虫の知らせというやつだろうか。この護身道具は手首の関節を極める棒でしたけど、誰に対しても使われることがないまま、どこかで落としてしまった。
韓国の治安はとてもいいと思いますが、それでも日本ではなくて外国という認識は持っておいた方がいいです。

統営。ただ通過するだけではもったいない町です。別のページであらためて紹介しようと思います。写真は、南望山公園に行く途中に見渡せる統営の町並み。はじめての時にはそこに立ち寄る余裕などなくて、後日に撮った写真です。




#23. 旅のお師匠さんは・・

さて、ここまで来ると、旅客船の時刻表も、乗船申告書も全部ハングルだ。まわりの韓国人が記入しているのを覗きこむと、そこには達筆の記号があふれていて、理解できない。
とりあえず何か埋めないといけないと思い、ない知恵を絞って全項目を適当に回答。
しかし、改札の男はノーチェックで受け取るだけ。まぁ、あたりまえか。見えない苦労は全くの徒労に終わった。
エンゼル号は統営を離れていく。あのオヤジとも二度と会うことはないだろう。
結局ここではキムパを食べただけだったなぁ・・・
   
三千浦(サムチョンボ 泗川)にさしかかる頃、乗客の女の子の手元に目が奪われた。本のページの部分が青色・・・あの「地球の歩き方」である。地球の迷い方とか、海外で日本人だとすぐわかるなどと酷評されることもあるみたいだけど、こうしてちゃんと役に立っているじゃないか。
しかし、こんなところで日本人に会うとは意外。それは彼女の方がより思っていたようで、
「はじめてで、いきなりここに来るのは、相当マイナーですねぇ」
ちなみに、今日は「歩き方」の時刻の間違いで予定が狂ったのだとぼやいていた。

彼女は千葉県から来ている女子大生で、韓国は4回め。なんでも、このあと仁川(インチョン)からフェリーで中国に渡り、北京の大学で1か月間中国語の短期留学、修了後に香港に立ち寄って・・・自分とはスケールが違う
エンゼル号からの景色に多くが望めないということがわかってきたので、それからは彼女とずっと話し込んでいた。

最初はグループ旅行だろうと思っていたが、よく聞いてみるとひとりなのだという。それだけでも凄いなと感じたが・・・
「今日はどちらへ?」
「麗水(ヨス)に泊まります」
「ホテルとか予約してるんですよね?」
「いや、宿は決めてないんですよ。」
「・・・」
「韓国で今までどんなところに泊まりました?」
「韓式旅館に泊まってます。昨晩はお金をケチって旅人宿だったけど」
「じゃあ、麗水で一緒に旅人宿でも探しましょうか」
「・・・え ・・・あっ、お願いします」

見知らぬ町での宿探し。釜山では自力でどうにか泊まれたが、それは日本語が併用できたからの話。しかも、旅館よりも治安にも不安のある旅人宿。それらすべてをまとめて彼女があっさりと言ったのに驚いてしまった。凄すぎる。
感心すると同時にそれは、本日の最大のイベントかつ不安事項であった宿探しが、極めて他力本願な形ながら成就することを意味していた。まさに渡りに船という言葉がぴったりである。

定刻の17時40分にエンゼル号は麗水の港に到着した。
さて、日が暮れる前にまずは急いで宿探しかなと思っていると、彼女が言った。
「麗水の日没が見れるいい場所があるから行きませんか」
「・・・え ・・・あっ、お願いします」

彼女はまわりの韓国人に道順を聞いているらしい。今まで韓国人に質問することなど思いもつかなかった。
現地の人は方向を指を指しながら話し、けっこう遠いよという表情を見せた。
「距離があるみたいだから、バスで行きましょ」
バス・・・そう、自分が釜山で散々な目に遭ったあの「市内バス」に乗るのだ。

いったいどうやって乗るのかと観察していると、まずはバス停の人に会話集で話し掛けている。
「今、なんて言ったの?」
「何番のバスに乗ったら行けるのか聞いてるんですよ。あっ、来た、来た。」
こちらは日本語訳を聞くだけである。
そしてバスに乗ると、今度はコワモテの運転手に話し掛けている
「今、なんて言ったの?」
「降りるところを運ちゃんに教えてもらうんですよ。これがいちばん確実」
しばらくして運転手が振り向いた。
「ゴニョゴニョ(着いたよ)」
こうして方向感覚・位置関係などよくわからないのに、無事に目的地についてしまった。
「しかし、会話集は絶対要るなぁ」
韓国語の会話集が販売されていることさえ知らなかった私は、もはや論外であろう。

残念ながら日没には間に合わなかったけど、突山大橋のたもとの公園から見る麗水の夜景は素晴らしかった。明かりの数こそ少ないものの、ライトアップされた突山大橋を中心に、パノラマ状に夜景が広がる。きっと麗水のデートスホットなのだろうな。しかし、恐ろしい冷え込みで誰も来る気配がなかった。
明日はたぶん雪が舞うだろう。


という訳で、30オヤジのわたくしは、女子大生に助けられたということを読者の皆様に報告いたします。
私は彼女の韓国旅行のスタイルを踏襲して、今日まで韓国を旅行し、台湾でも応用してきました。この時は韓国旅行2回分ぐらいの知識を仕入れたように思います。やっぱり同じ旅行者から教えてもらうと覚えるのも速いし、それが日本人であればなおさら。
この後も、旅行の技術でカルチャーショックが続きます。続きは次回に。




#24. 本日の宿

日はどっぷりと暮れてしまった。
再び市内バスでフェリーターミナルの近くに戻ってきた。身に突き刺すような寒風が吹く町並みには、人通りも少ない。そんな中、おばあさんの出している屋台から湯気があがっている。屋台といってもほとんど吹きさらし状態で、見ていて可哀相に思ってしまう。

さて、その湯気の出所は、旅行中ずっと気になっている 例の「串」だった。
「あの串、どこでも見かけるけど、何?」
「あれは、おでん」
「お・で・ん って、日本語のおでん?」
日本のおでんのスジ肉が、魚介練製品と入れ替わっているだけで、韓国でもおでんは、おでんなのだ

「ここで旅人宿があるかどうか聞いてみる」
そう、これから宿探しがあるのだ。 彼女の考えでは、「男の人が旅人宿がどこにあるか聞くと、場合によっては女人宿を紹介されるかもしれないけど、女の子が尋ねればそんなことはないんじゃない」というヨミだった。

屋台のおばあさんが指差した方へと進む。表通りから1本筋をはずれると、暗くて寂しそうな雰囲気になった。こんなところで宿を取って治安は大丈夫なのだろうか。
看板の文字を読むというよりも、ハングル文字の形...要するに似たような図形を探す感覚でヨインスクを探す。すると、ぽつぽつとヨインスクの文字が見つかった。

最初に見つけた旅人宿は看板の明かりこそついているものの、建物自体は真っ暗。とても営業しているような感じがしない。
「ここはキケンじゃない」
「やめよう」
次の旅人宿も、あやしい雰囲気が漂っていた。1階のシャッターは下ろされていて、その脇のガタのきた扉は開いたまま。中を覗き込むと、2階の暗闇へと続く階段がある。まったく不安を覚えてしまう雰囲気である。

彼女が言った。
「とりあえず交渉してみる。2人で行くとたぶん1部屋になってしまうから、ちょっとここで待っててくれる」
そういえば、今まで泊まった宿では枕が必ず2つあったなぁ

そして彼女は建物の内部に消えた。
「ぉぉ、勇気あるぅっ」
男がこんなのでは情けないと思いつつも、自分が最初に泊まった「ソウル荘旅館」とは比較にならないあやしさから、正直なところ彼女にまかせる以外に術がなかった。

3分ほどたって彼女がが戻ってきた。
「ok,ok, カギもあるし、湯も出るって。宿のおじさんも少し日本語しゃべれるみたい」

建物の2階は、中央の廊下の両側にドアが並んでいて、学校の古い寮みたいな感じだった。一番奥に共同の浴室があって、湯は出るもののカギはないようだ。

部屋の中は、昨晩の旅人宿と比べると少し広かったが、布団にはシーツなどなくて、ず〜っと使ったままではないかと思えるほどだ。まぁ、1泊 10000ウォンと格安だし、自分にとってはあまり気にならない。

しかし、彼女はどうなんだろうと思って聞いてみると
「中国では、もっとスゴい所にも泊まったりしたから、大丈夫」
これでも常識レベルの宿ということらしい。ちなみに、カギがかかること 湯が出ること このふたつはいつも聞いているのだと教えてくれた。


荷物の整理が着いたので、夕食を食べに出ることにした。今度は食堂探し。あのハングルメニューだらけの食堂でどうやって注文とかするのだろうか。部屋のカギを閉めたのを確認して、さぁ出発。


今となっては笑い話ですが、ガイドブックに載っていないような旅人宿でも泊まれるのだということをはじめて知りました。韓国では食堂でも、旅館でも、とにかく外見のあやしさに二の足を踏むようなケースがありますけど、内部は普通ということが多いです。それでも自分の直感だけは大切にしています。

旅人宿や民泊の多く(荘旅館でも一部)では、寝具に対してあまり期待を持たないほうがよいです。どうしてもという方は、アウトドア用品店で売っている封筒型の寝袋用シーツを持かれることをお勧めします。




#25. テーブルを埋め尽くす皿

幹線道路を横切り、にぎやかな方へ適当に歩いていくと、すぐに食堂があった。いつもなら店の外にあるメニューを立ち止まって読むのだが、やっぱり保護者つきだと気が楽だ。何の不安もなく入場。
腰を落ち着けて壁のメニューを見る。でも、やっぱり読めないから、ガイドブックで見たコムタンあたりにしようか。写真で見たスープの白色が豚骨スープみたいで、そそる。

「ちょっと、この食堂は高めのところかもネ」
「なんで?」
「ピビンパプが4000ウォンでしょ。相場は3500ウォンぐらいかなぁ」
といっても、すぐにはピビンパプの文字は探せなかったが、4000ウォンの料理はひとつだけ
そうか・・・あの、漢字の「甘」の字が縦に4つ並んでいるのが ピ・ビン・パプか。
・・・ という思考が入ったあとで
「なるほど」
「私、メウンタンというのに引かれてるんですけど、どう? ちょっと高めだけど」
「メウンタン? それって何?」

今までに聞いたこともない料理で、想像がつかない。彼女が言うにはとても辛い魚の鍋。一人前が6000ウォンだが、2人前からでないと注文できないという。確かにメニューの脇にもカッコして (1人前) らしき文字が添えられている。なるほど、この機会に一人旅では食べれないものを食べておくのもいいか。

料理ができるまでの間、「ほほー、食堂の内部はこうなっているのか....」としばらくあたりをキョロキョロ見回していた。そのうち料理が運ばれてきたのだが、アルマイトの容器に入ったご飯は別にして 1、2、3.... 合計10皿もある。あっという間にテーブルの上が皿で埋め尽くされた。
びっくりしてしまった。
赤い色したキムチだけで5皿もある。その他のちょっとしたおかずが残り。これだけで、ご飯のお代わりができそうだ。
そういえば、釜関フェリーで会った夫婦が「食堂に行って10000ウォンぐらいのものを頼むといいよ。一日30品目のを食べれば健康にいいというけど、韓国なら簡単だよ」とか言ってたのが頭に浮かんできた。

さらにメインの料理がメウンタンがやってきた。
大きな浅い鍋に魚が3匹、セリ・大根などの野菜、彩りとしてはコチュの赤色も目立つ。辛いスープという意味と聞いて警戒していたが、今日の寒さで身体がほっかほかになって、辛いという以前にとてもおいしい。

彼女にいろいろと食事作法を教えてもらう。家庭科の実習のような感じだ。
「ご飯はスプーンで食べる」
「茶碗は手で持たずに、テーブルに置いたままにする」
「鍋から箸で直接つついて食べる」
すべてを食べ切ることはできそうにないよ、半端な量じゃないねぇ、と言うと、
「韓国人はもてなしをする時、足りないのはとても失礼だから、余るぐらいに出てくるのよ」と答えが返ってきた。
う〜ん、初めて聞くことばかりだ。文化の違いなどとひとことで言えるほど単純なものじゃない。

食べ終わったところでデザートらしきものが現れた。和風な色合いで、すすってみると甘酒のような感じ。韓国名でシッケというらしい。普段は甘酒など飲まないのだが、辛い料理の後にマッチするのが発見だった。

食堂を出て、コンビニで朝食でも買おうと思っていたのだが、それらしきものがまったくない。探しているうちに繁華街になってきた。夜の9時過ぎ。麗水(ヨス)は地方都市なのだが、人通りも多くまだ宵の口といった雰囲気だ。どの店も営業しているのに驚いてしまった。
やたらおなじみの横文字ブランドの商標が目に付く。adidas,Nike,FILA,INTERMEZZO・・・・だが探しているコンビニはなし。
「ミチコロンドンがあるのに、何でコンビニがないの? この町」

ある店の前に万国旗が吊るされていた。韓国だから日の丸抜きの万国旗と思っていたのだが、そんなことはなかった。「おいおい、こんなところに日の丸があっていいの」

お互いに町をフラフラするのが好きなので、結局、町を一周してしまった。身体は冷えてしまったところでタイミングよく、コーヒーの自販機が現れる。紙コップとはいえ300ウォンとは安い。
「・・・・・」
しかし、カップの半分しか入らなかった。ツイてないな。

仕方ないので旅人宿の近くまで戻った時、ふと前方の電気屋を見ると、そこがコンビニだった。1時間さまよった挙句に、さっきの食堂の近くにあったとは・・・やっばり、ツイてない。

おまけに、この角を曲がったら旅人宿だ思ったら、ない。確かにあったはずなのに。
彼女も場所がよくわからないと言う。うわぁ、こんなところで道に迷ったんだろうか。


◆2人前からの料理
韓国の食堂では、注文が2人前からという料理も多いです。みんなで箸をつつきながら食べるというスタイルで、日本でいうところの鍋物を想像してもらえればわかりやすいかな
2人前になりやすい料理としては、
 ・焼肉全般(牛豚鶏 素材を問わず)、プルコギ
 ・ポシンタン(補身湯...犬鍋)、オリタン(鴨鍋)、ヘムルタン(海鮮鍋)、テグタン(タラ鍋)
 ・あとよくわからないが、プデッチゲ(部隊チゲ...ソーセージやラーメン入り味噌鍋)、カムジャタン(ジャガイモ鍋)あたりもそう。

◆万国旗
今まで韓国各地の商店街で万国旗を見てきましたが、日の丸が抜いてあるものを見たことがありません。何も知らない当時は、これはホントなのかとビックリしてましたが。


◆自動販売機のカップコーヒー
てっきり故障なのかと思ってましたが、これが普通の状態です。韓国の場合、おおむねカップにちょろっとしか入りません。





#26. 楽園の人々

情けないことに宿の名前を覚えていなかったので、人に尋ねようがない。やっと見覚えのある風景が現れた時には、身体はすっかり冷え切ってしまっていた。
旅人宿の名前は「ナゴン旅人宿」。"ナゴン"とは韓国語で楽園という意味らしい。

部屋へ向かうと、管理人夫婦がテレビを見ているうちに眠りこけている。夫婦でシンクロして 座ったまま・口をあけたままで意識がなくなっているのには笑えてしまった。
いかにも気持ち良さそうで気の毒だけど、鍵をもらわないと部屋の中に入れないので、起きてもらう。
そして、鍵を回すジェスチャーをしてみる。英語の「KEY」も通じるみたいだな。
・・・しかし、主人は怪訝そうな表情を浮かべる。
どうしてだろう。

そのうちに奥さんがどこからか木箱を取り出してきた。それは、釘やネジなんかが入っているような箱で、その中を探っている。 とても旧型の鍵がその中に混じっていて、ひとつずつ取り出している。しかし、鍵といっても部屋番号のプレートなど何もついていない。要するにどの部屋の鍵かは一切不明である。
 主人:「あの部屋の鍵ってあったか、おい」
 奥さん:「もう5年ぐらい使った記憶がないわよ」
というような会話がされているではないか。

おいおい、これは面倒なことになってしまった。
結局ひとつずつ試してみることになったのだが、ボロボロの鍵なのでなかなかうまく回らない
これもだめ
これもだめ・・・
・・・パズルのような作業が続き、やっと2つの部屋が開いた。

それにしても、このナゴン旅人宿はいったい何なのだろうか。ナゾだらけだ。
まずは、彼女の隣の部屋の韓国の子ギャルの2人組だ。こんな場末の旅人宿に何しに来たのだろうか。
もしかして、あ・や・し・い・宿なんでは・・・

夜が更けると、受付の方で最大ボリュームの口論が始まった。確か、昨晩もそうだったような。韓国語のしゃべり方を聞いていると全部ケンカのように聞こえてしまう。風呂上りにビール2本を飲んだこともあって、便所に行きたくなったのだが、今部屋を出ると巻き添えを食ってロクなことにならないと思い我慢する。

それが静まったかと思うと、今度はコギャルの部屋の方でオヤジの怒号が響き、その後に平手打ちの音が聞こえたような。おいおい。親が娘を連れ戻しに来たのであろうか。どうでもいいけど、ちょっと静かにして欲しい。

恐ろしい冷え込みのためか、オンドルの効きがすこぶる悪い。なんだか寒気を催してきた午前1時。オンドルの効きと反比例するように、自分の左隣の部屋の自問自答自爆型のオヤジが絶好調になった。
酒が入っているのか最初はソフトの語り口で始まるのだが、その後ひとりで絡みまくった挙句。収まりがつかなくなって怒りが爆発。それで、一旦落ち着き小康状態になるのだが、再び火山活動が活発になってくる。これが無限ループのように続くのだから、勘弁して欲しい。

これらの不協和音の下でベースラインとなっていたのが、右隣の部屋のチャンネル回し男だ。深夜になってもテレビのチャンネルをガタガタ回す音が断続的に続く。いったいなにをやっているのだろうか。爆弾でも作っているだろうか。

後は周りが寝静まるのをひたすら待つだけだ。あぁ、何かとんでもない巣窟に足を踏み入れてしまったような・・・向かいの部屋の彼女はこの状況をどう思っているのだろう。


すべての旅人宿がこんな感じという訳ではありませんから、念のため


◆旅人宿
今となっては笑い話ですが、 はじめての旅行中、旅人宿は見かけはどれもフツーなのに、そのなかに女人宿が混ざっているのだと思っていました。泊まってみて、その宿が女人宿だとわかったら・・・なんてね。しかし、実際はそんなことはなくて一目で区別できます。内部にピンク色の電灯が点っている建物に
間違って入ってしまうことは、まずないでしょう


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