Diary〜大学を考える〜平成ルネッサンスの地平から〜
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 大学はどう変わるか〜平成ルネッサンスの地平から〜

(1)ルネッサンス=〈文芸復興)と現代日本の類似点
本稿の目的は、現代日本の状況をヨーロッパ十四〜十六世紀のルネッサンスになぞらえ、そこに欠落するものを見据え、日本における文化的活動の称揚を促進することである。まずは、現代の日本の状況とルネッサンス当時のヨーロッパとの類似点を探ってみることにする。
第一に、ルネッサンスの背景となった当時のヨーロッパの状況に極めて似たものが、現代の日本の社会にも存在しているということが言える。
それぞれ―いわゆるルネッサンスと、我々が今話題にしようとしている(平成ルネッサンス) ―を生み出す母体が、全く相同なのである。この点について、具体例を交えつつ考えてみよう。
ルネッサンスは、教会主導の中世的社会体制に対して、また封建領主による封建的社会体制に対してのいわばカウンタカルチャーとしての意味合いを持っていた。この例としてよく挙げられるのが、絵画における遠近法の導入である。中世以前の絵画においては、キリスト聖者といった宗教的シンボルたちが画面の中心に大きく描かれていたのに対し、ルネッサンス以降の遠近法を用いた絵画では、全てが人間の視点から見たままに描かれている。ここに、ルネッサンスが教会中心の価値観を、人間主導の価値観に引き戻したという事実が見てとれる。ルネッサンスを生み出した時代的背景を象徴的に表すとすれば、封建領主、あるいは教会を頂点にした円錐形のヒエラルキーを用いるのが適当であろう。
これに対して、現代まで連綿と人間社会、思想、科学を支配してきたのは、近代合理主義のパラダイムである。これは、当然ギリシア以来の西欧形而上学の伝統を忠実に継承するものであるから、これまた<論理の体系>としてのヒエラルキーとしてシンボライズされる。日本における西欧形而上学の影響というのは軽視されがちであるが、ある意味では、日本ほど理性に対する偏執が強い国はない。大概の日本の高校では、入学時、あるいは進級時に文理のコース分けが行われるが、ここで多くの学生は、理数系の科目、特に数学が出来る、出来ないで文理Yコースの選択を行うのである。文系に進んだ者の多くは、数学が出来ないというコンプレックスを持ち続けるのである。数学が出来る、出来ない、というのは、論理的な思考が出来る、出来ない、ということの象徴の他ならない。
このとおり、現代もルネッサンスも<ヒエラルキー>という共通の父親を持つのである。ルネッサンスは、ある意味においては、教会中心のハイアラキカルな世界観を打披し、人間中心の世界観を復興しようというようという運動であった。「復興」と書いたが、ローマカトリック教会の支配の下で長らく忘れられてきたギリシア・ローマの古典的な文化を再評=復興することは、ルネッサンスのヒエラルキー打破の基本的なストラテジーであった。これも日本の現在の状況に合致するのである。
周知のとおり、日本は太平洋戦争後のGHQ占領時代を通じて、あまりに多くの西洋の事物をあまりに急速に吸収した。これが現代の日本人の価値観に少なからず悪影響を与えてきたことは否めない。日本にとって、西洋文化の急激な流入はこれが初めての経験ではなかっ た。鎖国が解かれた直後の、明治維新の時代がそれにあたる。二度にわたる西洋文化のラディカルな洗礼を受け、日本人は西洋的事物、西洋的価値観を盲目的に信奉するようになった。科学・哲学の分野では、西洋合理主義の申し子、(客観性)という神話が幅をきかすようになり、我々の日常生活にも舶来の品々が溢れている。芸術の面でも我々の価値観は大きく変わった。西洋の文学、絵画、彫刻、音楽、演劇が大量に輸入される反面、日本固有の芸術は保存されているものもあるにせよ、次代を担う若者達には過去の遺物以上の存在と映っているだろうか。卑近な例を挙げれば、マスメディアには金髪のモデル達が群をなしている。日本人の価値観はここまで変わってしまったのである。西洋的合理主義の洗礼を受けた私達は、少なからず日本古来の文化を犠牲にしてきたことは、疑いもなく事実なのである。丁度ルネッサンス期の人々がギリシア・ローマ古来の文化を見直したように、我々も古典的文化を見直す時期に来ているのではないだろうか。
以上、ルネッサンスの詩人達にとってのローマ教会、封建制は、我々にとっての西欧合理主義一辺倒の現代社会だということを述べてきたが、一つ忘れてはならないことがある。合理主義が科学に与えた影響として、先に<客観性>という神話について触れたが、この客観性とは、そもそもルネッサンスの産物であるということである。ルネッサンスによって、人間は教会というフィルターを通さず、事物のありのままの姿を見つめることを学んだが、それが今日になって合理主義という形で我々の精神活動を規定しているのである。我々に必要なのは、ルネッサンスよりさらにラディカルな文芸の<復興>を行うことである。

(2) 現代と経済―現代のもう一つの特質
事実、太平洋戟争以降、日本は高度成長を遂げ、少なくとも物質的には、豊かな国になったと言えよう。ここでいつも問題となるのは精神面であるが、経済的に潤っているのに日本人の心の何と貧しいことよ、といったステレオタイプな発想は、あまりに安直である。日本の成長、反映は、日本人の気違いじみた労働の上に成り立ってきたのであって、ここで日本人が休むことを覚えたら日本はどうなるのか、という問題は決して問われないからである。実際、これは大きな問題で、例えばある企業では二週間働いて一週間休むというローテーションで勤務する、ということが考えられたが、実際に施行されるには至っていないとのことである。しかしながら、これは純粋に物理的、経済的な開港であるゆえ、本稿ではこの安直な発想それ自体を検証することにする。
戦後の高度成長は日本人の生活をことごとく変えた。高度成長が今日の我々に、文化的活動を行う余裕を与えてくれたという面においては、これを評価しなくてはなるまい。江戸末期から維新期にかけての西洋文化の受容は、鎖国を解かれ、軍事国家として自国が海外の列強に大幅に立ち後れていることに気付いた日本人の「焦燥」が一つの大きな引金となっている。彼等にとっては、文学云々よりも、自分の国を守ることが先決だったわけである。こうして考えると、経済的、物質的余裕が文芸の発展にいかに重要であったかがわかる。その反面、高度成長期を生きた日本人が、別の生き方―働くばかりでなく、生活を楽しみながら生きて行くという生き方―もあるのだと気が付くのはあまりに遅すぎたという感がある。今日になって、「時短」が叫ばれ、「生活大国」なるスローガンが叫ばれているが、我々日本人の、一般的なレベルでの精神面における生活水準が向上したとする顕著な傾向は見当らない。それでは、知識人のレベルではどうであろうか。この点について、先の開国後の西洋文化の受容の問題という観点から考察する。

(3) ウェスタニズムの受容
日本人は、明治以降、ありとあらゆる分野に西洋の事物、思想を取り入れてきた。政治家達は、外国から兵器を買い、憲法を輸入し、政治体制を輸入した。知識人達は、優れた工学、自然科学(自然科学の掛合、方法論まで輸入していることは、注目に値する)を輸入し、文学、思想も輸入された。この急激な文化の輸入が様々な面で弊害をきたしていることは度々指摘されるところである。システム、思想などが歪んだ形で輸入された理由は、それらのシステム、思想を受け止めるバックグラウンドの違いだけではなく、西洋とは違った職種の人間がこれらの輸入にあたっていたことも上げられる。医者であった杉田玄白が解剖学を輸入しても、何も問題は起こらない。これに対して、坂本龍馬は社会システムの受容と同時に、政界と財界の癒着という、現代の癌とも言うべき罪悪を作り出してしまったのである。本質的にはビジネスマンだった龍馬は政治的にも指導的な立場に立ったが、彼はあらゆる官僚的ポストを拒み、経済人となる。ここに政界と財界の深い関係の萌芽を見ることが出来る。
もう一つの例として、福沢諭吉の場合を考えてみよう。前段で、この時期の西洋文化の受容においては、思想、芸術などよりも、富国強兵に直接結び付く実際的な学問が重視されざるを得なかったことに触れたが、諭吉の場合もそのご多分にもれず、「実学」を提唱し、実際的な学問の導入、普及に努めた。諭吉以前に西洋文化の受容に努めた渡辺華山、佐久間象山の場合も、実質的な面が色濃く見られるが、諭吉の場合、それを「実学」としてわざわざ提唱していることは注目に値する。すなわち論告は、著書『学問のすすめ』において次のように述べているのである。

されば今、かかる実なき学問はまず次にし、もっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり。

なるほど彼によるウェスタニズムの受容も、富国強兵の必要に迫られてという面が大きいが、彼はそれが本来的な受容の形式であるとは考えておらず、国の内情が安定し、外国に対して競争力がついた(内安外競論)暁には、真に文化的なものも受け入れて行くべきであるということを良く知っていたのである。
諭吉の場合にもう一つ注目すべきことは、彼が学者であると同時に、啓蒙家、教育者であったということである。後で触れる教育の問題を考えると、これは一つの大きなポイントである。
柄谷行人は、エッセイ「批評とポストモダン」(『批評とポストモダン』所収) において、日本における西洋思想の受容の問題に触れながら、「形式的」なるものと、「実質的」なるものを、巧みに分類している。極論すれば、日本人のウェスタニズムの受容は、全く「形式的」なものでしかないのである。柄谷が問題にしている<ディコンストラクション>に関しては、少なくともそうだと言えるであろう。ディコンストラクションとは、もともと、すなわちデリダがフランスでその概念を提出した当時は、西欧のロゴス中心の形而上学的な伝統に対する強烈な批判であった。それが、アメリカに渡った時点では文学批評における有効な方法論となっていた。「いわば中性的な分析用具し(今村仁司) になり下がったのだ。
これが日本ではどう受容されたか。言うまでもなく、日本にあったのはロゴス中心の西洋的形而上学の伝統ではなかった。あったとしても、所詮促偏の形而上学である。借り物の哲学相手に、ディコンストラクションなる概念が、強烈なアンチテーゼとしてのエネルギーを発揮できたわけがない。
それでは、知識人達にとって、現代を乗り切る上での急務は何か。冒頭でも触れたように
―これも一つ間違えるとあまりに月並みな発想に陥るが―日本古来の文化を十分に見直すことである。ルネッサンスにおける<復興>の対象となったのは、ギリシア・ローマの古典文化であるが、人間、自然をありのままに描き出し、世界を論理的に捉えようとしたこれらの文化は、教会、封建制に対する人間の主権を回復しょうとするルネッサンスのねらいに明らかに共鳴する部分があった。これは、我々の問題としている平成ルネッサンスにおいても同じことである。演劇を例に説明しよう。現代の哲学の間題は言語の問題に収斂する、などとよく言われるが、西洋の合理主義的哲学においては、ロゴス=言語である。そんな西洋に見られる演劇もまた、言葉の演劇と言えよう。戯曲は言葉を尽くして書かれ、俳優はその二言をもって観客を魅了するのである。それに対して、能、歌舞伎と言った日本古来の演劇は、間の演劇、とでも言えるのではないだろうか。能、歌舞伎においては、言葉よりも間が重要な意味を持ち、これらの演劇は文学的と言うよりは音楽的である。言葉=ロゴスの演劇のカウンタパートとしての日本特有の演劇が、合理主義一色の価値観を打破しょうとする我々の平成ルネッサンスの営みにおいて、有力な道具として期待されたとしても、これは納得のいかぬことではなかろう。
ウェスタニズムの受容の問題については既に触れたが、これに関してもう一点付け加えるとすれば、西洋の文化を取り入れるにしても、文化それ自体を見ていては駄目だということである。文化は社会の一部であり、文化と社会のインタラクションにこそ文化の本質がある。日本に何らかの思想を輸入するのであれば、その思想が歴史的総体としての日本とどういう関係にあるのかまで論じ尽くす必要が当然であろう。





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