あ・ら・カルチャー

阿武秀子

2007年2月1日更新

第1回 バカボンとアリババ

 地域のケーブルテレビが少し前から家で見られるようになった。休日診療のある病院やワクチン接種に関する情報、名所や歴史案内、学校紹介といった地域ならではの情報が流れている。それと同時に、9チャンネルや11チャンネルでも地方のテレビ局の番組が見られることになった。
 どこのテレビ局の制作かよくわからないのだけれど、平日の夕方「5時に夢中」というニュースショーみたいな番組があって、昨年夏までは徳光アナウンサーの息子さんが司会をやっていた。曜日ごとに異なったコメンテーターが出てきて、それがわりと面白いので時々見ていたら、徳光さんの息子氏は昨年秋からテレビ東京の夕方4時の長寿番組「レディス4」の司会に昇格してしまった。コメンテーターで私が気に入っていた体格のいい女装の松子さんは、最近TBSのお昼の番組にも出ている。そうやって地方局というのも注目されているのかと思った次第。
 枕はこのくらいにしよう。これからが本題。
 地方局ではかつてキー局でやっていたアニメやドラマを放送している。昨年の秋頃にそこで『天才バカボン』をやっていた。おかしなヤツ(バカボンやパパの友だちであることが多い)が出てきて、それとバカボンのパパが絡んでわけがわからない展開になる。
 ある日「野口英世なのだ」(たしかそういうタイトルだった)を私は何の気なしに見ていたのだけれど、見始めて身を乗り出すことになった。ばかばかしさというかシュールというか、あらためて見直したのである。
 病院で奇病が流行っているという設定。どういうわけか患者や医者や看護婦がくっついてしまうという病気で、その細菌を顕微鏡でのぞくと細菌同士もくっついている。医者がどうしていいか参っているところ、バカボンのパパが力を発揮するのですよ。
 バカボンのパパが細菌や病人に向かって「野口英世」と叫ぶと、なんと細菌同士が離れ、病気が治るのである。それで病院内のあちこちでパパが「野口英世」とやって有り難がられる。でも、そのうちパパは、お腹がすいた、夕飯が何か気になる、だから帰るのだ、と去ってしまう。
 ところが、病院には実はまだその細菌による病人が残っていた。そこで医者がバカボンのパパの真似をして叫ぶ。「野口…」。野口のあとが出ない。「うーん、野口…五郎」と言うのだけれど、それでは細菌は離れない。〈呪文〉が違うのですから。さらに「美川憲一」とか「沢口靖子」とか言うけれど効果はなく、「野口」のあとの言葉を思い出せず患者はそのまんま。
 そのあとはバカボンの家になる。夕食はスパゲッティだった。パスタがからみあって(あの細菌たちのごとく)いるところにパパが「野口英世」と呼びかけている。でもパスタは離れない、という結末。
 最後のおまけみたいなシーンにまず私は感心したのだが、「野口英世」の呪文にも笑った。
 で、気づいたのですよ、呪文といえば、と。
 それはイスラム世界の古典、説話文学の『千夜一夜物語』のなかの「アリババと四十人の盗賊」。
 アリババは貧しい男だったのだが、あるとき偶然に金持ちになった。財宝は洞窟のなかに隠されていて、洞窟の扉を開くには「開け、胡麻」の呪文を唱えなくてはならない。アリババには欲張りの兄がいて、その呪文を知ろうとする。アリババは人がよいので教えた。
 兄はこれで財宝は自分のものだとぬか喜びし、張り切って洞窟の前に立つ。しかし、出ないのである、「開け、胡麻」の呪文が。「開け…麦」とか「開け…米」とか言うのだけれど。兄は正しい呪文にたどりつけず、結局死んでしまった。
 ここまでが物語の前半。後半に女奴隷のマルジャーナが活躍して、アリババの財宝をねらう盗賊たちを退治し、アリババとマルジャーナは結ばれるという大団円。
 
 バカボンのパパが言った「野口英世」の呪文を医者がまともに言えないのと、アリババの兄が「開け、胡麻」を思い出せないというのが似た展開になっている。赤塚不二夫さんはアリババのエピソードをどの程度意識していたのだろうか。
 マンガにも本歌取りがあるということか。それもイスラムの古典から、なのだ。