あ・ら・カルチャー

阿武秀子

2008年3月20日更新

第11回 かえってこい、教材〜国語教科書に取り戻したい作品

市原豊太『自己嫌悪』その1

 市原豊太(いちはらとよた/1902〜1990)の『自己嫌悪』をつい最近高校生と読んで、味わいをあらたにした。もとは講演録だが、随筆的な評論文としてだいぶ前の教科書に載っていたようだ。
 夏目漱石の評論「私の個人主義」「現代日本の開化」なども講演録である。長過ぎず短過ぎず、自己の存在意義に悩み、人生の岐路に立って進みあぐねている青少年向けに手頃な内容。教養主義を堂々と押し出し、ややくすぐったい感も覚えるが、時代を超えてなお訴えてくるものがある。
 書き手について知る資料は多くない。仏文学者で東大教授、のちに獨協大学の学長をつとめた。戦前、戦中、戦後を生き、白樺派とのかかわりが深いという。手元の文学便覧をながめたところ、年代的に重なる作家では中野重治(1902〜1979)、
そして何と、小林秀雄(1902〜1983)がいる。
 ちなみに梶井基次郎 1901〜1932、堀辰雄 1904〜1953、伊藤整 1905〜1969、円地文子 1905〜1986、とまあ挙げていくとキリがない、か。     
 市原豊太は教科書から消えた人ということになろう。70年代後半〜80年代にかけて私の高校時代に読んで感銘をうけた評論家、たとえば唐木順三(1904〜1980)、亀井勝一郎(1907〜1966)、中村光夫(1911〜1988)なども今ではあまり読まれなくなった。
 私自身すでにもう市原豊太を読んだ記憶がなく、これを高校生に読ませようとすすめてくれたのは、上の世代の先生である。

 今回はこの文章についてではなく、「最近の自己嫌悪」を記したい。
 それはつい数日前のこと。宅配便をめぐる出来事だ。
 私は毎週、週刊誌に書評を書いている。発売日の約2週間前に原稿を仕上げ、そこで扱った本をすぐに編集部に届けるか送るかすることになっている。なるべく持参して届けるようにしているが、毎週行くのはちょっとやっかいである。送るときには宅配便を使う。
 我が家から最も近いコンビニはローソンで、以前はヤマト便を扱っていたが、ここ何年かは「ゆうパック」になった。ローソンとヤマトの決別ということで大きく報道されたことがある。ゆうパックのいいところは、こまめに値段体系が分かれていて、2回目から同じところに送る場合は割引になることである。しかし、指定の時間から大幅に遅れたり、宛先に本人がいないと事務所に預けないといった「融通のきかなさ」が露呈し、編集部の担当者からはゆうパックで出さないように、と言われてしまった。
 そこで、少し離れたところにあるファミリーマートならヤマト便を扱っているので、このごろではそちらを使うことにしている。少し高いけれど大きさで値段が変わることもないし(よほど大きければ別だが)、何といっても到着の時間が確実である。
 翌日の午前に先方に到着させたいときには、前日の夕方5時までにコンビニに持っていけばよい。そのつもりで私はその荷物を宅配便に持っていくべく包んでおいた。
 魔がさすというか、宅配便にのせようというその日、私はファミマのそばを何度も通ったのに、荷物のことをすっかり忘れてしまった。
 夜6時半になって気がついた。自己嫌悪、である。
 それでも集配のトラックなら荷物を取りに来てくれるかもしれないという甘い期待が思い浮かび、ヤマトの交換に電話をしてみた。すると、大丈夫であるかのように話がすすんだのだが、明日の午前までに、と伝えると、それはできない、という。本日の集配は午後6時までの電話の受け付けになります、今の時間ですと、いちばん早くて明日の午前の集荷で、午後5時までの到着になりますという。即座に断わった。
 なんてバカなことをしたのだろう。せめて30分前に気づけばよかったのに。自己嫌悪のループにどんどんはまっていく。
 そして、担当者に電話していつまで着くようにしたらいいかを確認。やはり明日の午後まで、ときっぱり。バイク便を出してもいいが、家に荷物の渡し手がいなくてはならない。それができないから私はあせっている。
 明日の朝、早く家を出て届けるか、それとも用事の途中で動くか。しかし、どう考えてもきつい……。
 もしかしてと思い、いつものファミマに電話してみた。すると、夕方5時便のあとに、午後9時までの「ナイト便」があり、翌日の午前着が可能だとわかった。
 自己嫌悪におちいっていた私はすっかり喜んでしまった。それにしても、なぜヤマトの交換はそれを言わなかったのか。お近くのコンビニならナイト便があります、と。仕事が細分化されていて、そういったことにまで目がいかないようになっているのだろうか。
 大急ぎでファミマに行く。ところが、である。普通の元払いの伝票が1枚もない、という。着払いなどほかの種類の伝票はあるのに、ごく普通の伝票がない。
 これはヤマトがわるいのか、ファミマがわるいのか。伝票の在庫が減っているのに請求しないファミマの方が「仕事力」が低いのだろうな。
 ファミマの男性店員(テレビでやった「電車男」の主人公を演じた伊藤某に似ていた)は平然と、5分かそこら探しまわって、あげくに「近くにファミリーマートがありますので、そこに行ってください」と抜かしたのである。
 行きましたよ、私は。5分ほどさらに歩いて。
 そこでは中国人の若い女性店員が応対してくれた。
 明日の午前に着きますかと聞くと、にっこりうなずいて「はい、だいじょうぶです」と返ってきた。
「自己嫌悪」が私の中からスーッと消えていくのがわかりましたよ。現場の力ってのは、こういうことだろうな、とも思いました。