あ・ら・カルチャー

阿武秀子

2008年5月19日更新

第12回 かえってこい、教材〜国語教科書に取り戻したい作品

市原豊太『自己嫌悪』その2

 では、この文章をみていくことにしよう。
 昭和22年(1947年)秋に行われた講演を筆記したものだが、内容からみて随想としてよいだろう。本が入手できないので、手元にあるコピーに基づき、何回かに分けて中身を忠実に追っていきたい。
 冒頭はこのように始まっている。

  自己嫌悪というのは、自分で自分をいとわしく思う、われながら自分がいやでたまらないという気持ちです。

 夏目漱石や白樺派などによって用いられるようになり、「近ごろの小説」には出てくるが、五、六十代以上の人々はよく知らないかもしれない、という。
 戦後まもないころの五、六十代以上といえば、明治30年代より前に生まれた人のことだ。最近の元気な中高年とは異なり、老人の世代を意味すると思われる。
 フランスでは(前回書いたが、市原豊太は仏文学者である)、デカルトの書いたものの中では使われていない、パスカルあたりから、らしい。
 自己嫌悪とは愛すべきもので、成長の過程で必要であり、苦しいいやなものだが、やがて脱却していく、と語っている。
 大概の高校生はここまでを読んだだけで、なんとなくほっとするらしい。なにせ、彼らは自己嫌悪まっただなかにあり、なるべく自己嫌悪などにはとらわれたくないと思いつつ、どうしてもそこに嵌まってしまうものだから。こうありたい自分や、すぐれた友だちやきょうだい、将来の目標、そういった諸々の理想とする対象があって、今そこに届かない現在の自分との距離を実感しているのである。
 だが、そういった感覚が希薄だったり、あるいは、ほとんど欠如しているようなツワモノもいる。自己嫌悪などしたくない、とか、これまで自己嫌悪を経験したことがない、とか、平然と言ってのける。そうか、こういう連中もいるのか、と私はいささか驚いたのだった。
 そういった連中は傍若無人なふるまいが多く、友だちのあいだでおもしろがられる面もあろうが、しんから信頼されるタイプではない。自分が何かを怠っていてもすぐ周囲のせいにする。高校生としては幼稚で(姿かたちは立派に高校生である)、自分というものを絶対的なひとかたまりとしてとらえ、それをいまだに疑っていないようだ。何か大切なものを見落としているというか、見ようとしていないのではないか、と思う。
 私が中学時代や高校時代をともにおくった友人たちは、濃淡はさまざまであったろうけれど、自己嫌悪は当たり前のように通過していただろう。青春期が過ぎても大小いろいろな自己嫌悪に出会っているはずだ。卑近な日常の後悔もあれば、人生を振り返ったときに目を覆いたくなるような失敗もある。30代になっても40代になっても、それは続いている。やってきた人生そのものも、おおよそ理想とはかけ離れているわけで、それを受け入れるのが若い頃よりは巧みになっているということだ。
 ただ、同じ学び舎にあっても、入学試験がうまくいくことや資格をとることにのみ汲々として、何のために学ぶのかを真剣に考えることをムダだとみなす者も結構いることはいた。そういう人たちがその後、難しい試験や資格をパスして、思い通りの人生をおくっているかどうかは知らない。
 先の傍若無人な現役高校生も今後どうなるかわからないが、世の中ではその類の人たちがずうずうしく生きている面もあるので、自己嫌悪なんぞできない、という者に、無理にしなさい、とも言えない。

「自己嫌悪」は死語になったとまで言わないが(現に共感する高校生がちゃんといるのだし)、こういう物事のとらえ方をばかばかしいと考える人が増えていくのではないか。私はそんな危機感を覚えている。この感じすらも古くさい、ということになるのかもしれないのだが。