あ・ら・カルチャー

阿武秀子

2007年5月2日更新

第4回 お稽古というもの(その2)

「少し脱線の巻」
 初夏らしい日がなかなかやってこなかったが、ゴールデンウィークに入ってようやく半袖で外出できるようになった。
 昨年秋ごろ、前のシリーズを連載していた途中で、オオミズアオのお客さまのことを書いたのだった。オオミズアオの幼虫がサナギになったのが昨年の9月下旬だったから、あれから7か月余りがたつ。
 言い換えれば、彼らは我が家の一隅の、からっぽの水槽の中で桜の枯れ葉とともに7か月以上も滞在している。
 時折ガサゴソという音がする。たしかに生きているらしい。しかし、その音以外は、水槽の底を持ち上げて下からのぞいても、葉に包まれた、親指の先ほどの塊が張り付いているばかりで、どれが繭なのやら判然としない。ただの枯れ葉としか見えない。
 もうだめかもしれないね、などと子供たちと話していたが、それでもやはりときどき水槽から、葉がこすれて、そのなかで身をよじらせているような音がする。
 そうこうするうちに、つい最近、彼らの羽化がはじまったのである。
 2週間前に1匹。これは明け方のことだった。さすがに感動があった。ただ、繭から出るところを見たわけではない。水槽から飛んで出てきた(水槽には新聞紙で軽く覆いをしている)。
 うす緑を帯びた白い羽、産毛の生えた白い体。止まっているときには扇子のようなかたちになるが、その縁に赤茶色の筋。黄色い透明な小さな葉のかたちをした触覚が60度くらいの角度で付いているのも愛敬がある。その羽化したばかりのものを近所の公園に放した。
 10日ほど前にもまた1匹。
 いずれも元気に飛んでいったが、翌日には気温が下がったり、雨が降ったりして、その行方を案じてしまう。
 そして5月1日朝、今ちょうどこれを書いているのだが、いつも仕事をしているダイニングのテーブルから私が首を左上に向けると、いるのですよ。羽化したばかりの2匹のオオミズアオが。1mほど間隔をあけて、窓の上のあたりに、ちょっと斜(はす)に右の羽をやや下げて止まっている。
 昨日がいかにも初夏といった天気だったので、その気温の上昇に合わせてのことにちがいない。今朝はふたたび気温が下がってしまったので、ほとんど動かずにいる。
 蛾がそばにいるというだけで、生きた心地がしない人もいるだろう。私はもともと生き物が平気なタチで(海辺にいるフナムシ以外は)、しかも、同じ空間でともに冬を越した関係である。友愛とでもいうべきものによって結ばれている。彼らは私の様子を見ているようでもあって、離れがたい。
 天気次第かなあと思いながら、それでも外に行ってもらわなくてはならない。

 さて前回、子供の頃のお稽古ライフについて書いた。
 私の子供時代はといえば、高度成長期まっただなかの昭和40年代だ。ピアノを習うことが広まり、楽器会社がバックについた音楽教室が隆盛し、家にピアノを置く家庭が増えた。ピアノがある家は、日本の高度成長に比例するかのように当時おそらく「右肩上がりに」増えたのではなかったか。
 先生たちがそれだけいたということは、昭和30年代には音大など指導者を養成するところにかなりの人が通っていたのだろう。
 ピアノといっしょに家に鎮座していたのが百科事典である。狭いアパートに2種類の百科事典があったのを覚えている。1つは子供向きでやさしい内容。図鑑みたいな色付きのページが多かった。小学校低学年だった私がレッサーパンダの存在を知ったのも、その図鑑だった。
 もうひとつが五十音順に並んだいわゆる百科事典。
 20数年後には、あの20巻のボリュームがCD2枚に収まったり、さらには、てのひらサイズの電子辞書にまでなったり、というのは、当時は考えもつかなかったことだ。

 子供のお稽古の話に入る前に、大人のためのお稽古のことを少し。
 友人の柚香里さんがだいぶ前からかるた取りをしたいと言っていたのだが、その前に、かるた取りのためのウォーミングアップをしようということになり、4月から「百人一首のつどい」を始めた。
 毎月1回、そのお宅で百人一首を3、4首ずつ読み込んでいくという試み。いわば、かるたのお稽古である。「桜」をテーマにした第1回は10人以上が集まってくださって、それはそれは盛り上がった。
 私自身が30代半ばではじめて教師をやった「遅れてきた教師」であり、そのための下地づくりも、学生時代よりは仕事に就いてからという面が強い。身をもって「学び直し」を体験している。だからこそ、多くの方とそれを実践できるのが有難いし、百人一首を別の角度からながめるチャンスでもあるので、心躍るような思いでいる。