織田道代

 詩人で、絵本作家で、中学、高校の国語教師でもある織田(おりた)さんが、「ことば」を虫メガネで覗くようにして拡大してくれます。でも、けっして顕微鏡ではないというのが、「絵本」的というか。

2009年11月11日更新

第89回 らくちょう・・・落鳥 

 秋も深まった10月27日早朝、13年も共に過ごしたインコのつろが天国へ飛び立った。「落鳥」という言葉は辞書にはないが、なにかで鳥が止まり木に止まれなくなって落ちることは鳥の死を意味し、それを落鳥と言う……と読んだ記憶がある。
 つろは先代のシラセとキリコの末っ子である。この仲良し夫婦は4個の卵を次々上手に孵した。孵った順に外見の第一印象から、名を「横たわり」「くちばし」「黒」「ちび黒」としたが、3番目と4番目の黒い雛は日ごとにインコらしく黄色や緑が目立つようになってきたため、「くろ」では可哀想だというので「くろ」を変化させて「つろ」「ちびつろ」とした。それから上の3羽がそれぞれ良いお宅にもらわれて、手元に残ったのが「ちびつろ」。それがだんだん大きくしっかりして「ちび」ではなくなったので「ちび」を取って「つろ」に昇格したというわけである。
 そのつろは、猫のジャムが家族になってからは、籠の外に出ることなく、小さな大豪邸で一生を過ごすことになった。言葉は教えなかったし、覚えなかったが、その分豊かなさえずりをして、楽しませてくれた。電話越しにつろの声を聞いたある人などは、あなたの家は森の中にあるみたいだ!!と驚嘆した。いったい何羽の小鳥がいるのか?……と思ったそうである。
 毎夕の水の儀式として、きれいな水を水入れに入れて、直接飲ませることをやっていたのだが、そのたびに「早く、ちょうだい!」という風に、止まり木の上の細い足で、忙しく足踏みをして待ちきれぬ様子を愛らしく示すこともした。私はその様子に、つろ一羽しかやらないけれど「足踏み隊」と名づけた。「足踏み隊」の隊長つろは、似合いの小さい黄色い帽子をかぶって水を飲むまで毎回早く早くの足踏みをしてみせた。
 それが、足踏みをしなくなり、水もそんなに喜んで飲まなくなり、とうとう右足が動かなくなって、左足だけで止まっているようになった。そして、それも叶わなくなって、下にうずくまることが多くなった。落鳥である。でも、つろは小さな大豪邸から、療養のための小さな小さな別邸に移って何日も生き続けた。
 水の代わりにレタスや小松菜を差し出すと元気良く食べた。足踏み隊長の貫禄充分の食べっぷりだった。「すごいね、つろは!人でいうと、300歳くらいだよね」と娘と話し合った。つろの落鳥は即、死ではないことに感謝した。

「落鳥」と同じ音のことばに「落丁」がある。製本する際、何かの原因でページが抜け落ちること、また抜け落ちたページを言う。一冊の本は、落丁によって、不完全なものになってしまう。抜け落ちたページには、何が書かれていたのか?切断されてしまった世界は謎となり、読者の心をざわざわと騒がせる。落とされた時間。落とされた場所。落とされた人物。落とされた事件。落とされた風景。落とされた言葉……そして、脈絡もない場面が突如何事もなかったかのように広がり続くのだ。

 つろが昇天してから、10日ほどが経つ。小さい黄色い帽子をかぶったつろの遺骸は、秘密の小さな墓地に、月光の下、埋葬された。そこには私の本から、ぱらぱらと落丁していった小さな仲間たちが集っている。穴掘りを買ってでた娘は、つろの大きさより少し大きめに、深く深く土を掘った。

  つい「つろ!」と ピヨタのことを 呼んでいる

  青空を 落丁ページ 飛んでいく


 一羽残されたピヨタは、小さな大豪邸で心なしか寂しそうだ。ジャムがその大豪邸を時折のしのしと訪れ、鼻を籠にくっつけて、ピヨタをふんふんとお見舞いしている。
 毎夕の水の儀式は、足踏み隊長がいなくなったので、静かなものだ。ピヨタは喜んで飲むけれど、相変わらず、足踏みはしないままだ。

過去ファイル

第1回 もじことば……文字詞

第2回 ひだりゆがみ……左歪み

第3回 かえるのめかりどき……蛙の目借時

第4回 つるかめ……鶴亀

第5回 そろばん……算盤

第6回 あーとーで……後で

第7回 あそびことば……遊び言葉

第8回 おめざ

第9回 おくりがな……送り仮名

第10回 だんだら……段駄羅

第11回 さきものいい……先物言い

第12回 でか……刑事

第13回 だんだられんく……段駄羅連句

第14回 ひゃくめろうそく……百目蝋燭

第15回 おみおつけ……御御御付

第16回 きぬた……砧

第17回 「じ」と「ぢ」

第18回 かがみ……鏡

第19回 かいぶん……回文

第20回 ききなし……聞きなし

第21回 どどいつ……都々逸

第22回 はやくちことば……早口言葉

第23回 なぞなぞ……謎々

第24回 あらたしきとし……新しき年

第25回 ぶんまわし……規

第26回 うめみづき……梅見月

第27回 がり……許

第28回 さすまた……刺股

第29回 なんきんだま……南京玉

第30回 おどりことば……踊り言葉

第31回 みせけち……見せ消ち

第32回 はしおんち……箸音痴

第33回 だくおんぷ……濁音符

第34回 どら……銅鑼

第35回 ところてん……心太

第36回 おうまがとき……逢魔が時

第37回 しもたや……仕舞屋

第38回 ぶう……湯

第39回 はこいり……箱入り

第40回 つんどく……積ん読

第41回 つめなが……爪長

第42回 そば……蕎麦

第43回 あんご……暗語

第44回 かさ……傘

第45回 めりはり……乙張

第46回 くも……雲

第47回 しゃっくり……吃逆

第48回 でんきぶらん……電気ブラン

第49回 めがね……眼がね

第50回 しょくどう……食堂

第51回 おまけ……御負け

第52回 あくび……欠伸

第53回 かけら……欠片

第54回 あかんべ……赤んべ

第55回 うらがなしい……心悲しい

第56回 つくもがみ……九十九髪

第57回 テゲテゲ……大概大概

第58回 ひにちぐすり……日にち薬

第59回 はなふぶき……花吹雪

第60回 ごがつびょう……五月病

第61回 あぢさゐ……紫陽花

第62回 あさがお……朝顔

第63回 はちがつじん……八月尽

第64回 のぞきまど……覗き窓

第65回 ハンカチ……手巾

第66回 しおり……栞

第67回 はっぱく……八拍

第68回 まがなすきがな……間がな隙がな

第69回 はるさる……春さる

第70回 ささにごり……小濁り

第71回 ささらほうさら

第72回 ごまかし……胡麻菓子

第73回 ちょうつがい……蝶番

第74回 じゃぐち……蛇口

第75回 うたかたびと……泡沫人

第76回 「すさむ」と「なずむ」……荒むと泥む

第77回 ガーブスイ

第78回 スキップ

第79回 あめつちのふくろ……天地の袋

第80回 しかすがに……然すがに

第81回 いきやか……生きやか

第82回 すってんてん

第83回 まあまあ

第84回 くもがたじょうぎ……雲形定規

第85回 まちがい……間違い

第86回 うつろひ……移ろひ

第87回 なかなおり……仲直り

第88回 い……怡