第10話 さまざまな出会い
"かわいい子には旅をさせろ"と言うが、全く知らない人間の中を歩くというのは、学びと共にもれなく危険もついてくる。もちろん旅で手に入れるものはたくさんあるが、出発する日の夢や希望が、少しの旅運の悪さやアクシデントで、悲しみに変わる事もある。どんな世の中や町であれ、私が親になった時、かわいい子供を放り出せる勇気がもてるだろうか?自分が身をもって旅の怖さも知るようになって、うちの両親のようにお気楽に、「無事に帰ったから。いい経験だったわねー。」ではすませられないだう。
タイでは四月にはいると、『ソンクラン』という旧正月を、水を掛けて祝う。チェンマイは、大阪の道頓堀よりずっとずっと汚いお堀が町中心を囲んでいて、その水をくみ上げては、容赦なく歩行者に掛け捲る。きれいに着飾っていれば水を掛けられる事も少ないと聞いたが、どんなに高い服を着ても10m歩けばびしょ濡れになるだろう。タイ人達は恐ろしいほど酒豪ばかり。私は何事も体験しようと、それに付き合いワインやウイスキーを朝から飲み、近所の人のトラックの荷台で祭りに参加した。どう防いでも、入ってしまうお堀の水に割られたお酒で、史上最強の悪酔いをする。また、いくら暑いからといっても、一日中水を浴びたままでいれば具合も悪くなる。期間中は何一つしないで、ただ飲むしかない。一生に一度体験したら、二度と参加したくない行事である。 これでもかと何日も続く祭りに、ノイローゼ気味になってしまった私は、昼間のほとんど外に出られなくなっていた。夜に起きて、食事やショッピングをしていたところ、近所の人に声をかけられ、日本人の男の子を紹介された。"タイは若いうちに行け"という航空会社の言葉どおり、猿岩石の旅に憧れ、海外貧乏旅行に来ていた日本の若者にもたくさん会ったが、その彼は、オーストラリア留学を終えて、日本への帰り道にタイへ立ち寄っていた。言葉はオーストラリア訛りなのか、互いに日本語が通じなくて、英語で会話していた。旅の醍醐味や武勇伝、彼の長旅の体験談は、ひとり寂しく心細かった私を勇気付けてくれた。甘ったれの私に「海外の女性は、旅に向けて普段から鍛えているよ。日本の女の子も、もっと防犯について考え、何かあった時に自分で自分を守れるように体力をつけなきゃダメだよ」よく説教した。確かに平和ボケしている為に、護身術を学ぶ事なんか考えてもいなかった。日本には伝わらないが、現実に滞在中にも、タイ国内での強盗や誘拐事件で亡くなった日本人もいた。犯罪の増加する日本国内にいる時も、海外に出た時も、身を守る事について、もっと考えなきゃいけない。 彼は何日かでインドへ向かい、他アジアの国々をまわり帰国した。その後もバイトをしてはヨーロッパやたくさんの国を訪れ、夢だったカナダでの永住を決めた。そして、その空の下に亡くなった。何年も経った今でも、ピンク色のリーブフラワーの下で、彼が話してくれた旅への希望が、私の中でキラキラしている。少年のような瞳で空を仰いでいた姿が、私にとっての旅の憧れそのものだった。 |