第11話 家族って?
今では父の名前やソーラン節は、小さな子供からお年寄りまで知られるようになったが、彼の唄いたい民謡を作り上げるまでは、母も本当に大変だったと思う。
サラリーマンを辞め好きな事業を始める人も最近はたくさんいるけれど、安定した生活から一変すれば家族の協力は不可欠。派手な着物を着てたくさんのお弟子さんを持っていた時に比べて、今でも我が家は周りが思うより裕福ではなく、まさしく自転車操業。また、共働きと言う事もあって、普段は祖母や内弟子さんに面倒を見てもらった。弟はもっと悲惨で、家には子供の私しかいなかったので、まっすぐなんて育つわけがない。親の都合で、夜中まで祖母の家に預けたり引き取ったり、別れの時間はいつも大泣きをして駄々をこねた記憶がある。何処が安心の我が家なのかわからずに、いつか本当に置いていかれてしまう様な気がして怖かった。 チェンマイのゲストハウスに、タイ人のダオという美しい女性が住んでいた。以前は、ナイトバザールで雑貨を売っていたが、バイクの事故で怪我をして足が不自由になってからは、近くの観光客相手のバーでホステスをしている。外国人のボーイフレンドもたくさんいる、おしゃれでかっこいいヒトだ。いつもショッピングやディスコ、ビューティーサロンに連れて行ってくれて、そこで会うオカマちゃんやホステス仲間との会話は、不況や不幸を吹っ飛ばす勢いがあって本当に楽しかった。二人で町を徘徊する時は、日本人に英語で道を聞かれるほど、私はタイのギャルに同化していった。 愛猫ギャーコの鳴き声が耳障りだと言われ、彼女の部屋に謝りにいった時、たくさんの写真を見せられた。前のダンナさんが写っていたと思われる部分が切り取られた、彼女と子供の写真が山ほどあって、夫の浮気や暴力から逃れてきた事など、今までの経緯を話してくれた。「猫のミャーミャーが、赤ちゃんの泣く声に聞こえて悲しいの。」そう言って彼女は泣いてしまった。度々、親戚に預けている子供が彼女を訪ねて来ていた。自分の自由の為に一人で暮らしている訳ではなかったが、9歳でまだおしゃぶりをして、赤ちゃんのように彼女にしがみつく子供を、私はどこか自分に重ね合わせ胸がキューンとしていた。 私の同級生の親にも、友人にも、離婚した人はたくさんいたし、今では周りにシングルマザーもシングルファーザーもたくさんいる。もちろん両親そろって円満なら一番良いが、毎日怒鳴り合いのケンカや家庭内別居、いがみ合っているのに形だけ守ったりするよりは、お互い違う道を歩いていく方が幸せかもしれない。問題はその先にあり、分担の出来ない生活を乗り切る強さや、余裕のない中でも子供とまっすぐ向き合えるかが、彼らの勝負どころではないだろうか。 普通の幸せな家庭に育っていない私も、実際のところ自分自身の新しく築き上げる家族に、いい妻、いい母になれる自信はない。自分の分身となる子供を産むのすら怖いと思ったり、春日三球・照代の「地下鉄の電車はどこから入れたのか?」のように、考えるだけで眠れなくなる時もある。それでもいつかは、子供の頃に憧れた家族像を目指して、素敵なママにもなってみたいわけだから、女心は秋の空である。 |