第15話 働くこと
思ったように事が運ばないことの方が、人生にはたくさんある。それでも、何もしないでただ家の中でじっとしていると、もっともっと気が滅入ってしまう。高校生の時、同級生や先生方と上手く付き合えないで、朝起きて登校しては引き返し、どこに出かけるでもなく、家の中で詩を山のように書いていた。思ったように伝えられない心の言葉や反発は、今読み返してみても強い願望と訴えが交差した、10代の素直で滑稽な姿を思い出させる。あの頃と同じように、この部屋に閉じこもっていてはいけないのだが、友人との飲み会やクラブで踊って時間を過ごすよりは、ずっと意味があるような気がして、今でも家から出ない日がたくさんある。楽しみにしていた遠足が、雨で中止になるように、どうしようもない事が世の中にはたくさんある。そんな事に負けてばかりいられないのだが、一枚一枚捲っていくほどに、自分と相手の核なる部分を知ることが怖くてたまらなくなる時がある。知れば知るほど、近くなれば近くなるほど、見ザル、言わザル、聞かザルになりたくなってしまう。
深夜のカラオケバイトは、思ったよりずっときつかった。時給900円で夜の10時くらいから、朝の六時、七時まで。昼間の仕事内容のトイレやエアコン掃除はなかったものの、深夜は忙しい上に酔っ払いの後始末が大変だった。あの頃にしては画期的というほど、安いカラオケやだったのもあって、紳士的な人の集まる場所ではなかったから、お客さん同士のケンかも絶えなかったし、下品なからかわれ方もされた。潮の満ち引きや重力に逆らって働いている訳だから、体もずいぶん壊したてしまい、時給900円が、全く割に合わなくなってしまった。昼間の普通のバイトを始めても、やりたい音楽には資金が足りない。 そして同じくその頃、いつもの事のように親ともめ始める。タイで感じたように、親に感謝の気持ちや、家族への想いが大きくなった私だったのに、長年の溝は簡単に埋められない。一人でもがいても、仲良くする事すら出来なかった。早く家を出て、しがらみから逃れたくなる。せっかく始めた音楽活動ではあったが、一ヶ月のうちライブのない日がほとんど。親元を離れる事を一番に、お金を稼ぐ事だけに思いは集中していった。そして売れない夢人のお約束、水商売のアルバイトが始まった。以前タイ旅行の為に、近くの知り合いのお店で手伝い程度に働いたことはあったものの、都内の高給をちらつかせた所へ向かうのは少々怖かった。それでもチェンマイで出会った女性達の強さに触れた事もあってか、8時間働いて7200円のバイトより、5時間で二倍くらいになる六本木は、家を出るために必要な資金を充分用意できる魅力的な場所だった。親には内緒で、週の3日高級クラブで働くようになり、今までには出会った事のない人達と、新しい出会いが始まる。親の見えない保護もなく、私が誰かも名前も知らない、何もかもがマッサラの大都会東京の夜が始まった。 |