ダイヤ・ノ・ヒト
     歌と、芝居と、わたし。

安曇野めぐ留

2003年11月27日更新

第16話 街の中へ

 渋谷から電車で20分、私の住む川崎の溝の口という場所は、都会でも田舎でもない中途半端な町。だんだんと都市開発も進み、イメージもずいぶん変わったが、今でも中国やオランダのように、自転車の大群が走り回っている。
 私が生まれた頃は、中心を流れるドブ川の臭いに包まれ、山手線などのリサイクル電車で走る南武線や、立ち飲み屋台と、ここは「ドブノクチ」と呼ばれていた。東京に追いつきたいのか、おしゃれな店が増えれば、おしゃれな人々が移って来る。久々に町を歩くと、外国人にもたくさん出会う。横切る多摩川が天の川となり、東京にしがみついた人々との境を作ってくれていた時代も終わり、掛けられたいくつかの橋によってつながれてゆく。私の知っている町は人工的な風景とスタイリッシュに変化し、時折心が、なんとも言えない寂しさを感じる事がある。
 東京という場所に、地方からの人々が何を求めて出かけてくるのか、どんな夢や野望を描いてやってくるのか、いまだにわからない。そこにどんな覚悟があるのかもわからない。私は働き始める事で、その切ない涙を何度も目にするようになった。
 六本木という街が、最近は風変わりしたとよく聞く。10代から通い踊っていた、港区のクラブやライブハウスに立ち寄る以外ほとんど縁のない所だったが、いざ仕事を始めると本当にいろんな世界が見えてくる。もちろん、バブルや防衛庁の事件のあった頃だったから、人から聞くような以前の華やかさはないものの、私の日常の金銭感覚の十倍、百倍のお金が一瞬にして右から左へ移動する。私の相手したお客さんの払う金額やお給料も含め、申し訳ない気分になる事も多々あった。
 面接に受かったのは高級クラブと呼ばれる店で、毎日美人のホステスが20名ほど働く。どんなお客さんに対しても受け答えができるほど、たくさんの知識を持っているが、客席以外ではホステス同士の会話はほとんどなく、待機の場所でじっと待つ。うちの母親の家系はおしゃべりが好きで、その事から損をしたり、誤解を招く。正直者は得をすると言うが、口は災いのもとでもあって、賢い人は余計な話をしない。よく相手や周りを窺ってから、必要最小限の言葉を選んでお話するほうが、利口だったりする。孤独が怖かったり、不安だから余計な話をしては同意を求めたりしてしまうのだが、慰めあったり仲良くする努力も、ここに働く人たちは必要なかった。それぞれが女性として、ホステスとして、プライドを持ち凛と構え自分自身と戦う。まさに個人商店と同じで、緊迫感はいつも張り詰めていた。夜の水商売で働く人を蔑んでいた訳ではないが、根性でお酒を飲みきる姿や、嫌なお客さんの話も笑い飛ばす姿を見ては、お酒や会話で酔わせる商売が、こんなに真剣勝負だとは思いもしなかった。その場所に飛びこまないとわからない事がたくさんあるが、人が立ち向かう所ならどこに居ても、自分がどうあるべきかの見本があって学びがある。夜に羽ばたく蝶に、憧れはどんどん募っていった。