第17話 喧騒と暮らし
年末になると楽しい行事も増え、いつもドキドキそわそわで眠れなくなる。それと同時に乾いた空気や風、春夏にはないクラーイ空は、大人達の哀愁の横顔を、私に演じさせてくれる。ここ最近は、友人との“つぶれるまで飲もう会”にも参加しないで、静かに年末を楽しんでいる。今年は父の十四年ぶりの紅白出場もあって、我が家はお祝いムードというか、たいへん忙しくなってしまった。紅白に出場する事が、アーティストとしてどういう事なのかは、ここ何年かで賛否両論だが、今までインディーズでがんばってきた父やスタッフ、地道に音楽活動を続ける仲間には、景気の悪かった一年の締めくくりに、大きな励みと喜びを運んでくれただろう。実力のあるなしにかかわらず出たくても出れない番組のうえ、レコード会社に所属しない者にはほとんど縁遠い事。また、田舎である苫小牧の友人や親戚は、涙を流して喜ぶほど大晦日の大きなお仕事なのだ。私も今回は、父に心から「おめでとう」と言う事が出来た。
六本木で働いていた頃は、クリスマスや忘年会、年始までイベントがたくさんあった。もちろんクラブという所は、セットや着付けなどで義務づけられている事もあって、一般の女性より普段から美容院に行くことが多い。ドレスを着る機会も多くなり、綺麗に着飾ることも店の高い料金や自分達の給料に含まれている。言葉使いや身のこなし方、政治経済やたくさんの知識や語学力を持つことで、高級クラブのホステスは成り立っている。どんな会話にもついていけるように、新聞やテレビはもちろん、毎日家で勉強する事はたくさんあった。私は、歴史や地理が得意ではなかったので、なぜ六本木というか知らなかった為に、席を移動させられた時もあったほど、毎日出会うお客さんの顔や名前はもちろん、仕事や趣味をお酒を飲みながら一気にインプットするのだから、大学卒や頭の良い女性ばかりなのも納得できる。時には大切なお客様を接待に使うための、高級クラブ。全てのグレードが高くなければ、いけないのだ。女として男の人の好みや遊びには、頭をかしげる事も多いが、家の近くの庶民的なスナック、ギャルの多いキャバクラにもそれなりの楽しさがあるにしても、私のダンナさんとなる人にはその十回や二十回分を我慢して、一度高級クラブで飲んでみて欲しいものだ。そこに働く人はもちろん、お酒を楽しむ紳士にも真似て欲しい所はたくさんある。 一緒に働く中には、モデルや女優の卵がたくさんいた。目指している芸事の道も、私のひとつの売りにしていたが、カラオケなどもないこういった場所ではあまり役に立たない。お客さんにも、「ダンナの遊び相手のホステスより、牛丼や新聞配達をしている子の方が、茶の間の奥様達には人気が上がるだろう」と説教された事もあったが、あの頃は、そのプロフェッショナルな仕事に、毎日人生の大切な勉強していたように思う。一般論はそれぞれあるもの、芸の肥やしは夜の街に山となっていて、見逃してしまわないようにアンテナを、いつでもどこでもピカピカにしては乾杯をくり返していった。 |