ダイヤ・ノ・ヒト
     歌と、芝居と、わたし。

安曇野めぐ留

2004年1月1日更新

第21話 着物と「いい女」

 新しい年の始まりには、いつも着物を着ることにしている。毎日の小さな積み重ねで、自分の人格や人生が造られていくが、私はそう要領のいい方ではないので、ひとつの年ごとや季節ごとに反省や決意を固め、小さな終止符を打つ事にしている。そして新しい始まりの日には、家族や親戚との簡単な挨拶をし、身を正す為に着物を着るのだ。パリット襟を正し、引き締めることで、これから出会う新しい日々の自分に、心地よい緊張感が生まれる。「また一から、がんばろー」と、一喝入れるのだった。小さい頃からの習い事などからも、浴衣や着物にほとんど抵抗はない。着る事によって、動作や正座が苦しくてキツイ事もなく、長い時間お酒を飲む事だってできるから、機会があれば日頃の生活中でも、もっともっと楽しめたらと思うくらいに着物は大好きだ。
 一言に着物といっても、染め方や織り方、生地の繊維などたくさんの種類があり、着る用途によってデザインも違う。六本木でのアルバイトをはじめてからは、お正月や毎月のおしゃれ日にも着物を着た。私は昔から何十枚も持っていたので、レンタルはしなくてよかったが、美容院で2万円くらい払って、着付けとセットをしてもらう。頭は大きく結ってもらい、舞妓さんや芸子さんほどではないが、襟を多めに抜く。演歌歌手の着物にしても、首筋を美しく見せるような着付け方には、もともとの仕立てまでが違う。実家で母に着せてもらっていたのとは全く異なり、生娘から妖艶な女性と生まれ変わる。気合を入れて、出勤するのだった。
 12時過ぎると銀座で仕事を終わらせたお姉さん達が、お客さんに連れられ六本木にも遊びに来ていたが、銀座級の着物の質の高さにはびっくりすることもたくさんあった。色や柄にしても、どちらかというと六本木は、黒字や白地に"極妻"を思わせる大きな柄が多かったが、銀座は薄いピンク地などに小さな柄で、歌舞伎座へ出かけてもおかしくない上品な物だった。ホステスが着るものにお金を掛ける事は、その人の格の高さを教えてくれるし、また、その女性を連れて歩く男性のステイタスともなる。高く「いい女」が店の終わった後も付き合うという事は、その女性の店にお客さんが今まで使ったお金がソウトウだった事を想像させる。
「いい女」とは、ただ黙ってそこに座っているだけでもいい。そして、そういう女性を観察した他の女達は、またより一層、自分に磨きをかける。私も含め、女性は自分の事を棚に上げたまま、クダラナイ嫉妬でショッパクなってしまう事が多い。美しいヒトを目の前にしてボロを探したり、鏡で自分の顔を見てハッとする事もあるが、いいものはいいといつも素直になる事を心がけたいものだ。お高くとまってしまわぬように、いつでも自信を持って凛と構え、いつか花道をお気に入りの着物で、粋に歩いてみたい。