ダイヤ・ノ・ヒト
     歌と、芝居と、わたし。

安曇野めぐ留

2004年1月8日更新

第22話 おせち料理は安らかさを思い起こさせる

 お正月の主役であるお雑煮は、我が家では色気も何もなく、菜っ葉と鰹節のみで作る。母方の祖母の田舎の味だろうか……。それぞれの地方や家の味付けと具があって、お正月の迎え方があるのだろうけれど、度々、友達の家でごちそうになるものは、色とりどりのおふや型抜きされたニンジン、肉や魚の入った豪華版が多く、小さい頃は友人宅のおせちやお雑煮がうらやましかった記憶がある。祖母に育てられた私は、普段も煮物などの地味なカラーの食事が多かったので、洋食やハイカラな食べ物が大好きだった。ここ数年は、家族の食事も作るようになり料理の腕も上がったが、ご飯と味噌汁中心に構成された和食ばかり。これにしか安心できなくなっているという事は、やっぱり育った味が一番なのかもしれない。
 以前の三宿での暮らしは、夕方に起きて朝寝る、万年二日酔いの毎日だったので、忙しいあまりにコンビニや出前、外食で済ませる事が多く、また都内は有名店のデリバリーも充実していたし、おしゃれなレストランも近くにたくさんあったので、それを初めのうちは楽しんでいた。ところが、毎日となるとどうしても飽きてくる。お店のお客さんに連れて行ってもらう港区近辺の高い寿司や焼肉、ついに何を食べても感動がなくなってしまった。また、味覚と同様に、選び抜かれた人に囲まれた毎日の生活はいつも緊張感が抜けずに、ゆっくり眠れもしない日々を作り出してゆく。素朴で気兼ねなくくつろげる仲間や家族が恋しくてたまらなかった。家を飛び出して、ケンカ別れのまましばらく連絡を取っていなかった父も、心配して仕事の合間にデートに誘ってくれたが、いつも満足できないでいる自分がそこにいて、高級なお寿司屋さんやジャズバーなどでご馳走してもらうたび、申し訳なくて仕方なかった。祖母や母の料理があって、「立て膝・胡坐」で泣いたり笑ったり、特別ではない普通の風景の中で、父とたくさん話がしたかったのだ。
 私はある写真家の言葉を、何かあるたびに思い出す。富良野で住み込みをしている時、ふと立ち寄った旭川近くの写真館のアーティストは、その土地に暮らしながら写真を撮っていた。取材に来た記者に「アンテナ、サビてんじゃないの?」と怒鳴り、続けて私達に向けて「安住の中にいたら腐ってダメだよ。何かを求めて、歩いてなきゃ。いつも眠ってちゃダメだ。僕もそろそろ、ここを出る!」。私の尊敬する芸術家は、皆こう言う。どちらかというと、望んでもいないのに舞い込んで来るものに振り回され、休めないでいる日々より、安心して眠れる場所や人を探し求めて旅をしている私は、いつもこの類の言葉に疑問が残る。大切な場所や人がいるから、またがんばれるというのは、普通のIQを持つ凡人の発想かもしれないが、本日も口にした、母の雑煮のありがたさに「あったかいはやさしい」と、ホッとして涙している。