第23話 お年玉と「恩」
この年になるとお年玉もあげる側になってしまって、昔は楽しみだった親戚への挨拶周りにも、あまり出歩かなくなった。それでも親というのはいつまでも子供は子供だと思っているのか、30歳になる今年も、父親からおこづかいをもらってしまった。友人に聞いてびっくりしたが、働くようになってから、おばあさんにお年玉をあげているというから、「世の中の人は本当に偉いんだなー」と感心する。ご祝儀を包む時やお歳暮やお年賀を送るときにいつも思う事だが、大人は付き合いや形式で、一年間にいくら使っているのかと思うと、「早く大人になりたい!」などとは思わず、もっと子供を楽しむべきだったと後悔する。確定申告や年金など、世間で当たり前の事がさっぱりわからない私は、アダルトチルドレンを馬鹿にしている場合ではない。「今年からは、本当にちゃんとしよう!」
ここ何年かは、長い厄年かと思うほど嫌な事も多かった。昨年の後半にはたくさんのお祝い事があったから、「終わりよければすべて良し」で片付いてしまうが、精神的にも大きく成長した大事な時期だったと思う。周りの人のゴタゴタに巻き込まれて、結局は貧乏くじをたくさん引いた。私は、しつこい性格のわりに、見切りをつけたらあっさりしているから、やるだけやった関係はあっけなく断ち切る。私の友人にはヤンキー出身の、仁と義の意を重んじる仲間がたくさんいる。今まで彼らから学んだことは数知れず、その精神から何度も救われる事があった。いつもこれを一番に念頭においていても、出会う人全てにそうできない事もあるし、勘違いが起きてしまう事も多い。ただ、「三国志の関羽」を心の神様と信じる私は、この先も出会う恩に、自分の大事とする道徳の基本を忘れずに生きていきたいと思っている。 水商売の友達やお世話になったお客さんにも、いまだに付き合いのある人がたくさんいる。私が六本木で知り合った人達は皆、一筋縄ではいかないが、子供や親、借金や特別な過去、それぞれの十字架を背負って生きていた。どんな事があってもしがみついたり、踏ん張っていたから、チャラチャラと立ち寄った者達は、あっけなく追い出され、あっという間に通り過ぎていった。ホステスに限らず、歌手や俳優の仲間、どの世界でも、どの職業でも、自分の武器を最大に使って利益を生む人がいて、人を蹴落としてでも這い上がる人がいる。見方を変えて、キレイ事を言えば、卑怯なやり方かもしれないが、成し遂げる為だけの覚悟とは、そう簡単に誰もが持てるものではない。口ではどんな事でも言えるが、人は人をそう簡単には裏切ったり、傷つけられない。もし思いのほか楽にできたのなら、天使の顔を持つ悪魔であって、いつかは自分に必ず返ってくるはずだ。雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ、自分の信念を持ち、歩いた道の後も振り返ることができる、立派なヒトに私はなりたい。 |