ダイヤ・ノ・ヒト
     歌と、芝居と、わたし。

安曇野めぐ留

2004年1月21日更新

第24話 相性診断

 年末から、占いや風水の本がマイブーム。もともと、血液型で出会った人を判断してしまうほど、こういう類の本が大好きだ。父とは血液型や性別が違うもの、干支も動物占いも同じで、そこへ遺伝子ツナガリをプラスすると、顔からしても母がうんざりするほどに私達は本当に似ている。似ているから理解できるが、似ているからぶつかる。寂しがりで甘え上手、人に厳しく自分に甘い寅年のこじかチャン。また鼻っぱしの強さから、自分を大きく見せようとするあまり、あえて敵を増やしてしまう事がある。早読みできても、要領よくなんて渡っていけるはずがない。
 三宿での生活に一年を迎える頃、都会の人との距離感の保ち方やオヤジと呼ばれる人達への恐怖心、夜始まる生活にウンザリしては、生活の為に働く繰り返しで、音楽活動が疎かになっていく。ホステスの代表的な病気の自律神経失調症や子宮内膜症に悩んでいた。このまま、同居人との暮らしを続けるか選択を迫られている時、地方から出てきた年下の人と出会い、ズボラな私にはもってこいの関西系商売人の彼と付き合い始めた。ジャンルは違ってデジタル系ではあったが、同じように音楽を志し夢を持って上京していた。次第に彼の家で音楽制作に時間をとるようになり、お互いの仕事の日数も減らした。現実的な彼も、八年近くの夢を追った東京暮らしに疲れているようで、お互い暖かいものに飢えていたから、二人はスピード婚約をする。お互いの親に挨拶も終わり、後は、三宿の家から越して、新しい場所へ移る準備など、結婚へ向けて走っていた。ところが何ヶ月か経ち、仕事が減ってお金はキツキツになれば、神経質な彼は大雑把な私を毎日小うるさく叱る。相性占いも悪いうえ、狭い部屋でたくさんのコンピューターに囲まれ電磁波地獄、そのうえ、酒で太っていた私に肉禁止令は下され、なに一つない自由に、母は「結婚前からそれじゃぁ、絶対無理だ」、なんども説得する。そんな中、父のライブを二人で渋谷のジァンジァンまで見に行った。ゲストは中島啓江さんで、ネーネーズのカバー曲である、「黄金の花」を歌ってくれた。母はこの曲がとても好きで、いつもいい歌だといっていた。曲は独特の沖縄音階に流れ、詩はゆっくり心に沁みる。
「寿司や納豆食べてますか? 病気のお金はありますか? 悪い人には気をつけて」「素朴で純情な人達よ、心の花を咲かせてね。黄金で心を汚さないで」。メロディに乗せられたいくつもの言葉が、私を通り抜けていく。その時の生活やこれから目の前にした結婚への不安なのか、涙が止まらなかった。その後はケンカするとちょくちょく実家へ帰る事が多くなり、何かあると実家に戻れる私に、彼は地方から出てきた人の苦労をエンエンと語る。彼と同じように、子供の頃北海道から出てきた父に、「何年もこっちで暮らしているのは何故か?」「帰りたかったら帰れたんじゃない?」「地方から出て来た人はそんなに偉いの?」と絡んだ事もあった。思ったとおりに結婚は白紙となり、私達は別々の道を選んだ。
 私の友人には、働きたくないから、子供が欲しいからと言ってお嫁さんになった人がたくさんいる。稼ぎは「ある程度で」なんていう条件はあっても、好きな人じゃなきゃダメだという法則はない。結果はずっと後にわかる事かもしれないが、安易に一生の相手を選ぶほど怖いものはない。