第25話 自動車事故「その後」
今日は久々に横浜へ連れて行ってもらって、何年ぶりかに港の見える丘公園まで出かけた。おしゃれな洋館が立ち並び、どこか異国に来ているようだった。私の住む川崎市の家から、車で港北や青葉など横浜市に入るのはすぐで、第三京浜を使えば川崎駅前へ行くより横浜はぜんぜん近い。
「車でお出かけ」が大好きで、10年近く前に教習所に通ったが、歯医者など前もって予約を取って行動するのが苦手な私は、仮免許を取れる寸前に期限切れで、結局免許は取れずじまい。よってドライブと言えば、『連れて行ってくれる人』探しが一番の難関で、ここにつまずけばどこへも行けない。また都合のいい話だが、「連れて行ってくれる人」を間違えてしまうと思い通りのドライブにはならない。 窓を通り過ぎていく風景や車中に流れる音楽が、家の中の退屈な時間よりずっといろんなものを生み出してくれる時がある。何も特別ではない、なんでもない時間を持つ事は、忙しい毎日の中ではなかなか作れないけれど、海をただ眺めたり、朝の公園で深呼吸をしたり、こうする事で私は、また改めて新しい明日という日を送れているような気がする。 ドライブが好きだと言ってもスピード狂でもなく、もともと怖がりの私は、運転慣れした人が細い道をかっ飛ばす時や、高速道路でのキンコンキンコンが怖くて心臓が痛くなる。小さい頃に母の運転する車で交通事故にあった時の恐怖も鮮明に覚えているから、「ブーブ!」と動く乗り物を喜ぶ子供のように単純に車が好きな訳ではなく、ただ身動きの取れない不自由なスペースの中で、何かを考えているアンニュイな自分が好きなだけかもしれない。 3年ほど前の雨の降る深夜、ライブ終えた帰り道に、その時のバンド仲間の車で事故にあった。鉄のカタマリの怖さを本当に知らされた。車は少し出っ張った電柱に自爆してタイヤは真横を向いてドアも閉まらないし、私の頭でフロントガラスは割れ、警察官も「強いオデコだ。良く生きていた」と褒めるほどヒドイ事故。すっごーく痛かった。ところがぶつかった瞬間はかなり冷静なもので、少しも動けない割には家族に電話させてもらったり、運転していた人にも「落ち着いて、大丈夫」と気を使っていた。野次馬の人達もたくさんいたけれど、救急車を呼び、寒さに震えている私に何人もの人が上着をかけて温めてくれたり、警察に事故の状況を説明してくれて、すごく親切にしてくれた。私はそのまま病院に運ばれてしまって、その人達の顔もさっぱりわからないし、お礼の言いようもないが、見ず知らずの他人に親切にしてくれるような人達がたくさんいる事を知って、「まだまだ日本も捨てたもんじゃない!」と思った。また反対に、いつもはかっこいい事を言っていても、いざという時にあたふたしてあてにならない人や、オドオドしかできない人の姿もよーく見る事ができた。 昨年からは、ムチウチもやっと良くなり保険の示談も済んだので、私とこの事故との関係は一応終わった事になった。軽いケガですんだから良かったと言っても、あの事故からは車に乗ると自然に体に力が入ってしまったり、助手席に乗る事も怖くなったり、また運転していた人と音楽を一緒にできなくなったりと、心の傷もいくつか残った。携帯電話や飲酒、シートベルトの取締りが厳しくなって、罰金や減点が増えると皆一斉にグッドドライバーになるが、もっと根本の問題を考えて運転し、本当のドライブを楽しんで欲しい。私も自分で気ままに一人でドライブできるように、いつかは合宿で免許を取りに行きたい。最近人気のエステやご馳走付きメニューがいい……。 |