第27話 生まれと育ち
私の家では全員が、なによりも父の仕事を一番として考え、優先して生活してきた。
家業を中心に生活するという事は、家族や親戚の行事はもちろん、誰かが病気になっても、たとえ近しい人に不幸があっても当たり前に仕事へ出る。他の人に代わりがきかない事なので、いつどんな事が起こっても、スケジュールは変えられない。幼い頃も、運動会や授業参観などの学校行事に、親が来る事はとてもめずらしかった。小学校の時の9月1日は、家族の誰かに迎えに来てもらわなければいけない防災訓練行事。私は何度も誰のお迎えもないまま、クラスのみんなが帰り終わるまで、教室でひとり待っていた。もし本当に災害があったら、私は親とはぐれてしまうのだろうと、夏休み明けの初めにどんより。この日が来る事が毎年とても嫌だった。また、民謡歌手の仕事がどんな事なのかわからない友人や先生に、かわいそうな子供だと思われる事でその切なさを倍増させていた。 もともとの性質にプラスして、「生まれと育ち」によって、子供の性格が構成されていくのは確かのような気がする。商売柄から面がわれている事から「家から一歩出たら誰が見ているかわからないし、何を言われるかわからない。悪い事や恥ずかしい事はしないように気をつける」とうるさく言われた。特に、年末の有名な番組や、大きな仕事が父に入った時は、いつも以上に身の回りに「危ない事件」を作らないように努力する。独自のスタイルと個人事務所で活動してきた父でもそうなのだから、テレビを初めとするメディアの中でどっぷり仕事をしている芸能人や政治家、公人といわれる人々の生活は私達の考える以上に規制され、ゴシップから守られているものかもしれない。ワイドショウ大好きの私も、人の噂話は尾ひれが付き、「火のない所に煙はたたない」と、ありもしない事が当然のように存在するのは身を持って百も承知している。小さい頃から別に目立ったことをしなくても、川崎の小さな町ではいろいろ言われる事も多かった。またそれは、本人の弁解もできない場所で話されるのだから、たまったもんじゃない。 今では何とでも言って欲しいと思うが、大人びて見える私達兄弟の外面がいいのも、自分の身を守るためにつけた技だ。付き合う友人にはうるさく言われなかったものの、タバコや酒、夜遅くに遊ぶ事や付き合う異性、ましてや身なりにも気を使った。人の目を気にして生きるというのはすごく息苦しい事で、人の目の多い密室の電車などに乗る事も、くたくたになるくらい疲れるから昔からとても苦手だった。運が悪いと、バスの運転手さんにマイクをとおしたまま、「お父さんは元気ですか?」などと聞かれる。よく友人に自意識過剰気味と言われたが、これも「生まれと育ち」だった。以前からの約束だった22才になっても状況は変わらなかったし、あまりにも窮屈だったので、親に逆らう事も日常になり、自由に風に吹かれたいと反発しながら自分の好きなように生活するようにした。 いつだったか舞踊家の友人に、「あなたは自由でいいわ」と言われた。彼女は生まれてからお約束どおり、いつかは家を継ぎ家元になるだろう。お弟子さんの稽古をつけたり、仕事に追われて他の友達と遊ぶ事もあまりなかったようだった。私は「本当にしたい事なら、家を捨ててでもやるといい。そのかわり、不自由もでてくるはずだよ」といった。今彼女にある、同級生が買う事のできない高価なブランド品と、有名人との派手なおつきあいなど、きっとできなくなる事が絶対あるはずだったから。家であっても、会社であっても所属している間は、守らなければならないルールがあるのと同時に、第三者に大きく守られている。長い時間、親と戦って得た自由のかわりに、新しく責任が生まれる。ただ、長年習慣としてきた事にお里は知れてしまうだろうが、今から先のレールを引くのは自分であって、少しの勇気と根性で、誰にだって自由の空を描くことはできるような気がする。 |