第30話 魅せられた者
「今、池袋で、山田かまち展やっているよ」めずらしく、私と仲の悪い弟からメールがきた。私が実家から出たことで、少しは寂しい思いをしているだろうと、何度もメールを送ったのにちっとも返事が来ないから、2、3日前、母にグチを言った。多分それを聞いて、返事の内容をなんとか探しては送ってくれたのだ。最近は、パリッとスーツを着て、私などにはできないような難しい仕事をやっている。社会人として、立派に地を踏んでいる弟を、母は涙を流して喜んでいる。弟が生まれてからは、両親ともすごく忙しかったので、内弟子さんや祖母に育てられた私より、ずっと寂しい思いをしたと思う。私がちょうど中学や高校生の時に学童や保育園のお迎えも行ったが、遅れたり忘れたりもあって、弟が最後まで一人で遊んでいた事もあった。思い出すと、本当にかわいそうだったなーとウルウルする。だから、私が大人になってからは、かまいたいくていろいろしてみるが、どうやらアフターフェスティバルのようで、全く相手にされていない。
私が山田かまちに出会ったのは、高校を卒業して、父のバンドでコーラスをしていた頃だった。高校の友人が群馬県の伊香保でアルバイトをしていて、たまたまテレビか雑誌でかまち美術館を知り、作品を見たところで、私が好きそうだったからと連絡をくれた。私は新幹線に乗って、高崎を訪れた。入ってすぐ、大きなかまちの写真があった。どこか遠くを見た、とてもいい写真だった。館内には、たくさんの作品展示してあり、17歳で亡くなった彼の言葉が、まだティーンエイジャーだった私の心に刺さった。彼の遺作といわれた、"絶筆"の前で私は足を止め、大泣きした事を今でも覚えている。ナポレオンがピラミッドの中で見たスクリーンのように未来事ではなかったが、今まであった悲しい場面、寂しい気持ちを、その画用紙の中に見た。早回しのスライドのようだった。そこへ広瀬館長が、何故か声をかけてくれたので、かまちの直筆のノートをたくさん見させてもらう事ができた。涙は止まらなくて、この人に会いたかったと思うと、また泣けてきた。ずっと抱えてきた想いや、願いがそこにあったように思えた。帰ってから父に話すと、「すごい人に出会ったな。でも、人はそれを毎日の生活に忘れてゆく。忘れないようにしろ」そう言われた。 2年くらい後にNHKのプライム10という番組で、かまちに魅せられた若者の特集があり、館長さんの薦めで出ることになった。私にとってのかまちや、その頃描いていた夢の事、うまくいかない事たくさん話した。その頃、銀座でやっていたかまち展でも撮りたいと言われたので、彼に再会しに出かけた。同じように"絶筆"の前に立ったが、方々で取り上げられるようになっていたから、以前と違ってたくさんの人がその絵に群がっていて、手の届かない所に行ってしまったようで寂しかった。また同時に、ひとつづつ年をとって、初めてその絵に出会った時の自分から、変化していた自分も悲しかった。今でも、かまちの詩集などを開いてみる日があるが、その中にある言葉のまま、止まっていられなかった自分がいる。父の言葉のように、リアルさも失ってしまっていた。それが、生きた時間の流れなのかもしれない。 彼は小さな頃から描きためた、大人顔も負けの絵と詩を、山ほど残して逝った。若さゆえの葛藤と美しさがそこにあった。これからもずっと、その言葉たちもあの頃の自分も、色褪せないでと願う。誰かの中の尾崎のように、私の中の山田かまちがいる。 |