第33話 ニューヨーク行1
久しぶりにサムクックのCDを聞いていたら、なんでもない夜とコーヒーが、とても優雅な時間に感じられた。ここ何ヶ月かはライブ活動をお休みしてのんびり暮らしているが、暇な時間は山ほどあっても、いつもバタバタドタバタに、一日が終わってしまう。音楽や映画を楽しむ事も化粧やおしゃれをする事もなく、たまの外出にも、詩や原稿を書くのにも手際は悪く、切り替えるまでにかなりの時間がかかる。私のアンテナは台風と共にぶっ飛んでしまったかもしれない。復活して人前でうたを歌えるようになるまでには、どれくらいかかるだろうと不安になる事もあるが、平穏無事な日々がこの上ないポップカラーで私を包んでくれるものだから、今まで何度かあった岐路での選択が、間違っていたんじゃないかとさえ思ってしまう。いつか友人がキリキリになっている私に話してくれた、タイ仏教の『ミドルウェイ』のような毎日が、今はこうしてあるが、いつも突き詰めて考えてばかりいると、仕事や表現に向かう気持ちが、現実の自分の器量より大きくなりすぎたり、大切なものを犠牲にしてしまうことがある。自分の望むように来たつもりも、改めて知る私の出現によって、ガラっと変わってしまうんだから、人生旅行は、こうやって一生続いてしまうんだろう……。家族や仲間のおかげで、わがままにしていられるのだと感謝しつつも、またいつか"私を薄めないで"と言いだすのかと思うと、私はが私がとても怖い。
いつもマイペースに生きている私は、時々長い旅休業をするが、とんだ思い付きで出かける海外はタイぐらい。いつも年配のコジャレタおじ様達にも、「アジアにはまる女性は、好きになれない」とよく言われたが、「あったかいに飢えてるんだよー」と言っても通じないだろう。だから昨年一月に訪れたNYの旅は、サンザン自慢してしてみた。友人がレコーディングを予定していたのでその見学も兼ねて、約一ヶ月間みっちりNYを味わう。最高で最新の芸術やファッション、洗練されて少しはハイセンスになるのではないか? なんて思っていた。 泊まるところは、ブルックリンに住むアメリカ人の友人宅に決まっていたが、タイとは物価も違うからお金は必要だったので、ちんけなアルバイトをして用意した。クレジットカードも、お金の引き出せるものに手続きをとる。これは、チェンマイで一文無しになった事から学習した。きっと私の事だから、日本には売ってない洋服を買いマックッテしまうのは目に見えていたのだ。高校生の時に父がボストンで大道芸ツアーをした時について行ったのが初めてだったので、アメリカに行くのはこれが二度目だったが、うんざりするほどタイに通っているのもあって、一人で行くのもそれほど怖いと高をくくっていた。テロの後のNYというのが、唯一の心配事だったが、「どこにいても同じだ!いま行かなきゃいつ行くんだ!」と言い聞かせ、「寒いだろうから」と下北沢で購入した重ーい皮のコートをはおり出発する。テレビに映るセンチメンタルなマンハッタンの夜景と、颯爽と歩くニューヨーカーの姿しか想像できていなかった私は、浮かれ気分でJ.F.ケネディ空港に向かう。それで大丈夫なはずがなかった……。 |