第35話 ニューヨーク行3
だんだんと熱くなってきて、玄関に飾っている石鹸でできたタイのマーライ(供花)を見ては、チェンマイに帰りたいと思う。愛国心がないわけじゃないんだけれど、毎日、余計な事に悩まされるから「もうやだー。タイ!タイ!」になってしまう。「もっと、もっと強くなろう」とがんばると、天気のいい日ほど悲しくなる。顔を洗うのに蛇口をひねって、指の間からこぼれる水に、窓から西日が差し込んだ事が、どうしようもなく悲しくなって、声をあげて泣いてしまっていたりする。がんばればがんばるほど、どうやって行けばいいのかわからなくなるくらいなら、知らない土地で、頼りようも、がんばりようもない所でただ夢中になっている方が、知らずと力が沸いてきて、前方の霧の中へも歩いていけるような気がしてくるのだ。
NY滞在の二日目から、なんだかよくわからないが、連日連夜のパーティでたくさんの人に出会う。一日最低三ヶ所の場所へ顔を出し、自己紹介してビールをおごったり、おごられたり。時差の関係もあって、夜中には携帯から日本へ"おうちに帰りたいコール"、毎晩泣いていた。母には、「自分で一ヶ月ものスケジュールを組んでおきながら、いまさら仕方ない」と言われる始末。どうせ私は、NOといえない日本人。自己主張の強い人ばかりで、どう毎日をこなせばいいのかなんてわかるはずもない。全く知らない人達の中で、自分はどう見えているか?スマートにこなせているか?なんて感じたのはとても久しぶりで、マッキーの'どんな時も〜'を大声で歌いたかった。BJはパーティ以外でも、いろいろな場所へ連れて行ってくれた。毎日どこかで必ず彼の友人がライブをやっていたが、彼の趣味もあってか、ほとんどがアバンギャルド的音楽か、ぬいぐるみを着たりしたポップなデジタルパンク?だった。また、日本人の舞踏家がプロデュースしたダンスライブや、カークラッシュといって、ライブ会場のど真ん中でただ車を壊すイベントなど……。どれもが超満員という事、チケットが安いという事に感心する以外は理解不能で、私は"最先端NY"を考える。「本当にどうにもならなくなったら、アメックスでチケットを買って帰ろう」なんでこんな所まできてしまったのか、いつも雲を眺めては自問自答していたと思う。 お世話になる事になった家に同居する四人は、部屋の内装を見てもそれぞれ個性的だったが、彼らには積極的に話しかけて、地下鉄の乗り方などを教えてもらった。毎朝起きれば、料理好きのアレックスが、サイクリング後のシャワーをしていて、当然のようにバスタオル一枚で「グッドモーニング」の挨拶をしてくれる。二、三日して合鍵をもらったが、マンハッタンでレコーディングしている友人も忙しそうだったので、ベッドフォード周辺を散歩する以外にやることがない。昼間はBJもバイトがあり、ビデオの監督や制作をしているチャットも職探しへ出かける。十代に家族と台湾から移ってきたアンディは、ウィンドウディスプレイの仕事をしているところスカウトされ、ハリウッド映画などのセットをデザインし制作している。お外は怖いからなんてジーットしていると、夜まで誰とも話さないままになってしまうのだが、お世話になっている事も考えて、男所帯の散らかった家を掃除する。誰かがいる時は出前をとって食事するが、昼はさすがにお腹もすくので、スーパーで買い物をして料理をするようにした。これがたいした料理ではないのだが、彼らにとってかなりのヒットだったようで、アンディはよっぽどでない限り、満点パパのように仕事からまっすぐ帰って来て、一緒に食事をとってくれた。毎日二、三人分の食事を作ってあげるようになり、いつのまにかハウスキーパーになってしまっていたが、こうする事でNYが少しだけ楽しく感じられた。「まだまだ帰れないぜ NY!」 |