ダイヤ・ノ・ヒト
     歌と、芝居と、わたし。

安曇野めぐ留

2004年7月15日更新

第36話 ニューヨーク行4

 ブルックリンの倉庫街の隙間に吹く風は、足元から体に凍みるように感じた。灰色にくもった空の下、コンクリートには発泡スチロールのような雪がカラカラ舞っている。時差から考えても、「ずいぶん遠くへ来たもんだ」と深いため息。同居人の好みもあるが、NYでは私が好きな音楽になかなか出会えない。テレビから流れるフィルコリンズライブを見ては、イージー・ラヴァーを熱唱していると、BJが部屋からあわてて出てきて「おもしろいか?」と怒る。また何人か名前を挙げて、どこに行けばそれ系のライブが見れるかと尋ねても、「L.A.に行け!」と言われる。私ははなっからNYを勘違いしていたみたい…。毎朝スーパーで流れる退屈な音楽に、どんなにか癒された事だろう。また、日本じゃありえない事だが、BJのバンドのメンバーがやってきて、家でドンスカ練習をする事もたびたびあった。たまにバグパイプが参加して「かっこいいなー」と感心していると、同じアパートの他の階の住人が、「いつ終わるんだ?このところ毎日だぞ!」と怒鳴り込んでくる。それでもアンディが「彼らもうすぐライブなんです」と答えると、不服そうではあるが家へ戻っていく。なにより感心なのは、曲のアレンジやライブやマーケティングについて、思いついたアイディアを話せば、すぐにバンドのメンバーが集まり行動を起こす。また着たい服についても、こんなのが着たいとデザインを言えば二日後に出来上がるように、NYの若者には行動力がある上に、友人ネットワークも広範囲だ。超一流には程遠いかもしれないが、チャンスを求め地団駄を踏んでいたり、自由な発想で生き生きとしているアーティストはゴロゴロしている。とかく何かをしようとするとお金の問題で悩まされ、予算がなければグレードが下がったり、スケジュールが合わなかったりでうまくいかない方が多いが、あらゆるジャンルの中で、みんながみんな貪欲に夢に向い忙しくしているこの場所なら、日本の数倍の速さで自分の思うものに近い作品を作る事ができるのは間違いないと感じる。
 マンハッタンでレコーディングしている友人から時間ができたと連絡があり、慣れない地下鉄に乗って向かう。ずいぶんと確認したつもりでも、反対へ反対へと進んでしまう事が多かったので、恥ずかしくない程度に地下鉄マップを見ながら心して電車に乗る。気がついたら墓地、気がついたらクイーンズなんて思い出すだけでも本当に怖い。駅を出てからは「札幌と同じ」と言い聞かせ、何番街? 何丁目? と探し歩き、マンハッタンのど真ん中にあるスタジオに着いた。外観からは全くわからなかったが、日本人のNYレコーディングでも、よく使われるスタジオらしく、中には立派な機材が並び、一線で活躍をしている耳を疑うような、エンジニアとプレイヤーが存在する。ボーっとはしていられない。友人はほとんどの作業を終えて、ちょっとした歌録りなどの最終段階に入っていた。しばらくぶりに聞く日本語と、なつかしい顔にホッとする反面、彼女の心のサポートができたらいいと思っていたので、緊張するあまり口数は少なくなってしまう。違う国で違う言葉で、妥協できない自分の作品を作り上げるのはすごく大変だろうと察するのだが、私よりずっと若いはずの彼女は、ひとまわりもふたまわりも大きくなったように見えた。シーズンオフの為、松井ニュースは聞けなかったものの、同じようにたくさんの人種が自分達の可能性を信じて、映画の中でしかみた事のない街の中に夢を作っている。きっと実現できるであろういつかの為に、私もコートのポケットにたくさんのNYを詰め込もう。