第39話 寿町フリーコンサート
どうしてこうも怠け者なのか、親に真相を聞いてみたいとおもうが、夏になると海を見る以外に何もしたくなくなる。
クーラーのキイタ部屋も長時間座り込むと居心地も悪く、お散歩にでもと思うとアセモができる。生まれた時から色黒でも夏の太陽にも弱く、気性が激しいわりには虚弱体質で、すぐ貧血で倒れてしまう。だから、健康的で白い歯! ビキニでキラキラした笑顔の女性にとても憧れる。日焼けサロンなんかに行ってみると、30才にもなればシミも増えて立ち直れない。カネボウキャンペーンガールみたいに、私もキラキラしたいんだぁ…。今年はどこかに出かける予定もなく、もくもくと歌っていた。それというのも「寿町フリーコンサート」に出演が決まった仲間の'伽弥'というバンドが、昨年からライブ活動をすっかり休止していた私を、ゲストに誘ってくれたからだった。横浜といえば恒例の野毛の大道芸、十代の頃に友人と企画した、有名なバンドホテルの離れにあったシェルガーデンでのライブぐらい。どれも思い出すだけで、ぞっとするようなものだったような気がする。休業中という事もあって、歌かどうかすごく悩んだけれど、テレビのドキュメンタリー番組でしか見た事のない"寿町"という町にはとても興味があった。「いつもの予感」だけが、私の精一杯の頼りだった。
ガラガラの第三京浜を使って、お昼前に職安前広場に着く。それほど高い建物もないのに空はとても小さくて、暑い日だった事もあってか、町の匂いで目が覚める。町で暮らす人と、コンサートのスタッフが祭りの準備に急いでいる。「体動かして働けよ!」周りではお酒をチョイとひっかけて、ケンカごしに作業をしていたりする。隣に座り込んでブツブツ、ひやかしにやって来たのかと様子を窺えば、「いい音楽聞かせてくれるんだろー。いい歌うたいに来たんだろー。聞かせてくれよ!」リハーサルが始まって、他のバンドの曲が聞こえてきた。活動を休んで以来、大きなスピーカーから音楽を耳にするのは一年ぶり。ステージ前のピロティに立って空を仰げば、生暖かい風とサウンドが私の細胞にジワーっと染み渡っていく。人のエネルギーに押され、私は涙が出そうになる。生きているという共通点を持った人間どおしが、心のコブシを互い違いに掲げ、地響きのようにうなっている。私はいつも歌う時に、ぐっとコブシを握る。いくつもの稽古や教えからは、舞台のそでで自由な心と体を用意し、一歩表に出たらそれを自在に使うと学んだが、いまだにそれをできたためしがない。やっと最近はプレッシャーなんかじゃガチンゴチンにはならなくなったものの、まだまだ些細な事にも左右されてしまう小さな人間だ。以前にも、私事の心が邪魔をして、ライブでうたいながら泣いた事がある。でも、今日は泣けない。誰が誰を励ますんだかもわからないくらい、本物が住んでいる町。「私はここでうたうんだ」伽弥の出番が始まり、私も呼び込まれて3曲うたった。途中で「がんばれー!」という声がたくさん聞こえた。とかくこの御時世では、「がんばれ」という言葉をかけてはいけないとよく言われる。そんな時いつもがんばらなきゃがんばれないからと、私は自分に「がんばれ」という。だから私にとって寿町でかけられた「がんばれ」は、久しぶりに効いた熱いアッパー! すごく嬉しかった。 町の人には一見、おじいさんに見えても、父と同い年の人もたくさんいた。ケンカが強いとか東京でも人気者だとか、ビールと小指を出して「これが好きだったから失敗した」とか、「男も女も、欲を出したらいけないよ」こんな言葉をよく耳にした。自分の親の話は聞けなくても、ここでは話相手になる事も楽しかった。この日の自分の歌が、最高だったとは決して言えないが、これからも安曇野めぐ留がうたってゆくのにも、私自身が生きてゆくにも、とても大切な場所だった事は間違いない。お昼に食べた寿町のラーメンの味と一緒に、生涯何度も思い出す一日だろう。 |