第46話 年の暮れ、慌しさの中で
年末がやって来たというのに、今年は忙しすぎてワクワク感が全然生まれない。それよりもあっという間だった365日の、ツケの残業と焦りでいっぱいになっている事がとても辛い。大掃除もちょこちょこ始めてはみるものの、二日後には元に戻ってしまうから、やりきれなさは50パーセント倍増し、また掃除を始めると自分の古い音源やずいぶんと聞いていないCDが見つかって、はかどらないまま仕事が増えているのも現実。とくに今年は、何年も私のバンドでドラムやパーカッションを叩いてくれていた佐藤一憲さんが亡くなってなおさら、一緒にやっていたバンド「スキンシッパーズ」のリハテープやなにやら聞いては、その頃を思い出していろいろ考えている。今やりたい事を後でやろうと思っていても結局できないままだったり、お互いもっと年老いた時にどんなライブができたのかなんて考えていたら、残念な気持ちがたくさん見つかった。「こんちきしょう、どんどん歌ってヤルゾ!」と心に誓うものの、達成感をなかなか感じられないままにこのままずっと行くのはとても危険!…山頭火など読んではその寂しさを想像しながら、自分の心の行く道を慎重に選択しよう。
新潟のアピア田んぼツアーで、米作りと同じくらい楽しみなのが収穫祭。私は一度も参加したことがないのだけれど、田んぼに関わるアピアや地の人々がライブをするようなのだ。場所は岩室のある車屋さんで、表はショールームなのに入るとライブハウス? なんて変わった所があって、そこの大きなステージで音楽と共に一年の感謝と次の年の豊作を願うのだ。もちろん普段はちゃんと車屋さんとして機能しているはずなのだけれど、地元での信頼関係もあってか車を何台も展示しなくてもカタログで充分成り立っているらしい。私も何度か立ち寄った事があって、ちょうどその車屋さんのバンドの練習を見れた日もあったが、選曲や演奏する人の輝きで、大好きなチェンマイのブラッセリーへの想いと重なって涙したのを覚えている。夢や成し遂げたい事があれば、心も暮らしも都会へ向かうのが普通だけれど、チェンマイに住むたくさんのアーティスト達が口ぐちにしていた、「用がある時だけバンコクに行けばいい。生活にも困る事もないし、行き詰った時に山や川がすぐ近くにある場所に住んでいたい!」こんな言葉を思い出す。 何処で何をしていても数秒で全て伝えられる便利な時代に、都会でなければならない理由を探す。アンテナに情報をキャッチしやすく、またされやすいという意味では、東京タワーのそばにいたい気もするけれど、うんざりするような有害電波から自分を守るなら、少し不便でも静かな所がイイに決まっている。小さな頃から外で遊ぶ事もほとんどなかったし、四季の移り変わりや風景に全く無関心で、自分が自然界に生かされている事や生命の神秘なんて、考えた事もなければゾクゾクした事もなかったが、もしも今より少しだけ、風の音や太陽の匂い、清々しさを感じられるような暮らしの安定があったら、山になってしまった私の悩みのいくつかも雨と一緒に流れてくれるような気がする。 |