第48話 プーケットの恋2
彼の信仰宗教には度々断食の日があって、太陽の昇る少し前から日の沈むまで、タバコなどはもちろんどんなに暑くても水すら飲めない。そんな時はランチに誘われても、彼の前で食事を取る事がとても悪い事のようなような気がして、「こんな時に会いに来るもんじゃない」と、心に誓う日もたくさんあった。宗教上の問題はないかなどと、本を山ほど買ってみるものの、我慢できるかわからない事が他にもたくさんあった。家族や友人は常に反対の意見で構えていたし、それをはねのけてまで行くには、住む場所が遠い以外にも当人同士にこれ以上ないくらいのモエタギル物を必要としていた。特別はそう簡単に転がってはいないのだ。
ある正月の家族旅行に、父がタイを選んでくれた。チェンマイに行く事くらいしか考えていなかったが、「海も良いなー」なんて言ってくれちゃうもんだから、プーケットにも寄って行く予定をたててみる。弟は「タイなんて行きたくない!」と居残り宣言するし、雲行きが怪しくなってはいたものの、そのまま続行! 父と母との初めての旅行タイへ向かった。チェンマイでは友人のオイなども案内を手伝ってくれて、ナイトバザールをはじめとする傘とシルバーの工場や寺院など観光をしてまわり、もちろん夜はブラッセリーにも行き、トゥックのギターを存分に楽しんだりした。トゥックはとても気を使ってくれて、食事や飲み代をタダにしてくれたり、昼食などにも顔を出してくれたが、今回は家族旅行なので通訳さんもいないから、仕方なく私があたふたする。それにしても万国共通なものは「飲兵衛のミュージシャン」で、音楽魂についての話は長いし熱いし、同じ事が何回も繰り返される。嫌気がさして放っておくと、共通語もないのにかなり意気投合して盛り上がっている。「パパは思ったとおりの人だ」トゥックは嬉しそうに笑ったのを思い出す。お正月という事もあってか、チケットの問題で私は一人一日早くプーケットへ向かった。心配は山ほどあったが、オイが連れて来てくれるというので両親を預けたが、ドイステップやバラ園などを訪れ楽しく時間を過ごしてくれたようだった。またオイには、今まで娘がお世話になったお礼にと、洗濯機を気前良くプレゼントしてくれたと電話で聞いていたので、心配もなく安心して空港まで迎えに出かけた。二人はとても元気そうだったし、私も普通の親子旅行している事に憂いを感じながら町を案内し、オイは初めてのプーケットタウンのショッピングにウキウキしていた。ところがその夜……やっぱり普通じゃなかった。父はカンカンに怒り出し、彼を紹介する暇もないまま、次の朝のドアの隙間、置手紙一枚でバンコクに向かい日本へ帰ってしまった。部屋代は払って行ってくれたものの、親との旅行でほとんど文無し状態、「嘘でしょー?」なんて私達は途方にくれてしまった。友人達は今でもこの話に大爆笑するが、私にしてみれば「こんな熱海みたいな所にいれるかー!」なんて言葉がいまだリフレインするほど、もちろんその後何日間かはずうーっと泣きっぱなしだったと思う。原因はとても暑かった海外旅行の疲れとか、うるさいほど寄って来た土産物屋さんだとか、彼氏に会いたくないとかいろいろあっただろうと思う……。冷静になってから考えれば、やっぱりタイにお嫁に行くなんて絶対無理だったんだ! その後も何度かはプーケットに行ったけれど、結局彼の持つ領域に少しだって入れた事はなかったと思う。本社はイタリアにある会社だったのだけれど、彼自身もその国と文化にかなりノックアウトされていたし、時々紹介されるイタリア人のお客さん達と話す様子を見るだけでも、心はいつでもそちらへ向かっているんだと気づかされる事ばかりだった。半分意地になっていたかもしれないが、クールに割り切った恋を続けられるほど良くできた女でもなく、次第に連絡も途絶えていき、ゆらゆら心細く灯っていた炎はいつしか消えてしまった。結局私の恋は、国境も宗教も越える事はなかったが、時々イーグルスを聞くたびに胸がキューンとなるのは今も変わらない。 |