第49話 人生修行
電車の中で人をかき分けて自分の席を獲得できるんじゃないか? くらいに、たいへんずうずうしくなってきた私も、このところ果てしなく続いている悲しい出来事たちにグッタリしかけている。祈る場所も見つけられずに、すがるものもわからないまま家から一歩も出られない。お香やろうそくをガンガン焚いて精神を集中させても気持ちが落ち着く様子もないし、目を閉じても浮かんでくるのは辛い事ばかり、ただただ体の中の隅々の血管から何かがジリジリ抜けていくよう。こんな風に朝が来るのを待つのは久々の事だと思う。ちょっと前ならヘベレケになるまで飲み続けて、友達と語りまくったり電話しまくっていたのに、今ではクラーイ部屋で取り憑かれたように韓国ドラマを永遠と見ている。そしてそんな私を見て、家族はゾッとシテイル。全ては私の中にあって、こんなに寒い夜を終わらせられるのも自分だけなのに、まだまだ人生修行が足りないのです。
NYへ向かう前に、友人と山梨県甲府の七面山という修行の御山に登った。山へは学校の行事などでしか登った事がないので、1882メートルあるという事も、実際に行くまではピンとこなかったが、誘ってくれた友人の大切な願掛けもあったので、こんな機会はめったにないと挑戦してみる事にした。普段も時間のある時は、ダイエットも兼ねてマラソンに励んでいたので体力や精神面での心配はなかったが、修行の御山に登るとなれば、清くなければケガをするかも? なんて考えちゃって眠れない。それでもやっぱり山を甘く見ていたようで、登り始めると途端にナヨナヨ、まだ暗い朝方の冷たい空気が肺に入ればとても息苦しく、頂上までもつのかと自分に問いかけながら黙々と足を動かす。一合目、二合目と丁寧に記してくれている事やその脇に小銭を置いて手を合わせて行く事が、頂上へ少しづつ近づいているという満足感を与えてくれていたし、途中の団子やポカリがおなかを満たしてくれる場所もあったが、「こんな風に登っていたら、修行じゃないよね?」なんて笑い合う。有名な歌手の千社札等もたくさん目にしたが、ヒット祈願! 涙の出る話…みんながみんな成功を祈ったら、失敗のない世の中になるのだろうか…? また、私のおばあちゃんや曾おばあちゃんも、ずいぶん昔にこの山に登ったと聞いていたので、すれ違うすげ笠と白衣などを着た人を見ては、こんな感じだったのかな?と想像したりもした。追い越し追い越される時には、挨拶をするのがお約束だけれど、こうした普段はあまり経験しない見知らぬ人とのコミュニケーションも、心励まされあったかーいとジーンとする。何事も初めと詰が大切!中盤に入るまでは重い足もトントン拍子に進み、なんとも言えないさわやかなハイがやって来た。六、七時間くらいかかって頂上に到着し、深呼吸と山や緑を堪能した後に御開帳や祈願をする。体を動かして汗をかいた事や山に登った達成感か? いやそれとも何かの特別なパワーのおかげか? とても清々しくて筋肉の疲労感までもが私を癒してくれた。
マラソンをしている時も、坂道を目の前に「止まったら負けだ!」とか、「こんな坂が登れないなんて、いままでもっと辛かっただろう?」なんていつも自分に問いかける。そして家に帰ればあったかいシャワーで、とても幸せな気分になる。きっとそのままを人生や夢にたとえてみれば、何の為に超えるのか? いつまで続くのか? なんて毎日のように悩む必要なんてないんじゃないかと思う。ただ私自身が少しの清々しさを味わう為だけに、障害物を作り出していただけだと置きかえるだけで、道のりに咲いてた花や風景も、ずっと楽しんでいられたのかもしれないんだ。私が私である為の坂道を、今日からちょっとだけ探してみよう!
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